DAI-SONのアレやコレやソレ

創作ライトノベル、「ハーミット」「愚者の弾丸」「ハーミット2」を掲載。更新停止中です。

「ハーミット2」 ACT.3 ごめんねミミ

5月4日(月曜日)
千代「へぇ…この子がみるくちゃん。意外と小さいんだね。」
何かあったときに、名前と顔が一致しないと困るので、千代の方から会いたいと申し出ていた。
ゴールデンウィークが終われば必然的に会うのだが、安全の確認できていない超能力者から目を離すという行為は、一分一秒でも長いものだ。
みるく「胸が…なのね?」
千代「身長のこと。」
みるくの能力は、『影に潜って高速で移動する』こと。
小柄ですばしっこい、なんとも噛み合わせのいいものだった。
榎「もう、帰ってもいいですか?」
みるくは榎の言うことを聞くと約束した。
しかし、裏を返せば、榎が居なければ危険人物と捉えられても当たり前ということだ。
念には念を、というわけで、引っ張り出されたのである。
千代「でも、今日は遊ぶ予定ないんでしょ?」
今日は、セイラが墓参りに行くということで、集まらない事になっている。
榎「そういう訳じゃなくて…」
榎はみるくに視線を向ける。
もじもじと、照れ笑いが返ってくる。
榎「やっぱり怖いですよ‼」
みるく「だからー、ついていくだけなの。もうなにもしないのー。」
榎「んうう…」
千代「榎ちゃん、みるくちゃんの手綱を握れるのはあなただけなんだから、あなただけが頼りなの。」
榎「ええ、本人の前でそれ言います…?」
千代「じゃあ、みるくちゃん、私の言うことは聞いてくれる?先輩後輩の位置関係として。」
みるく「ん~。」
みるくは難しい顔をした。
千代「ほら見なさい。『榎ちゃん以外の言うことを聞く義務はないし、そんなことを言われる謂れは無い』って顔してるじゃない。」
榎「そんな風に思ってるの?」
みるく「ええ~。」
言いたいことがあるようだが、言えずにおたおたしているようだ。
昨日は感情的になっていたものの、普段は気が小さいようだった。
千代「いいように使うような事をいっているのは百も承知だけど、私たちでは3割ほどでしか成功させられないことを、榎ちゃんは9割9分9厘でできるんだ。」
みるく「私、随分なあつかいなのね。」
自分がしたことがしたこととはいえ、野犬のように扱われていることに不服な様子だった。
榎「えぇっ‼?あぁ、いや、その…」
千代「あのねぇ、あんまり言いたくないんだけど、これって裏を返せば、榎ちゃんがみるくちゃんを突き放さないようにお願いしてるんだよ。」
みるく「あっ…」
千代はみるくと榎の手を握った。
千代「私はね、圧倒して蓋をすることよりも、和解して共存することを望んでいるんだ。私がもし前者を望んでいるのなら、今もこの町で生きている、"バイパスの狂気"の犯人を殺しに行ってるよ。」
榎「先輩…」
でも…という顔をする榎の言葉を、千代は遮る。
千代「ま、もちろん、こんなことが言えるのは、幸いにもみるくちゃんが人を殺していないからなんだけど。治癒不可能な傷を負わせていた場合でも、難しい話になったでしょうね。」
みるく「う…」
千代「互いに傷もなく、嫌い同士でもないんだから、仲良くとまでは言わないけど、憎しみ合わないでほしいなって思ったんだ。」
千代は、『大切な仲間と殺し合いになった事もあったから、麻痺してるのかな』と、心の中で自嘲しながら言った。
榎は、それに、小さく頷いて見せた。
榎「わかりました。でも、気持ちの整理をする時間をください。」
千代「ありがと。」
そう、微笑みかけて、視線をみるくに移した。
千代「それで…これは命令じゃなくて、お願いなんだけど。」
榎の手を握っていた方の手を離し、両手でみるくの手を握る。
千代「榎ちゃんを守ってあげて。結構、無茶に抵抗のない娘だから。」
榎「そんなことはないですよ。」
心外な、と割ってはいる。
千代「普通の女の子は、死なばもろともな自己犠牲なんてやりません。」
榎「うっ」
みるく「わかったの。無茶しそうなときも、一緒にいるから、すぐに守るのね。」
千代「ありがとうね。やっぱり、争いがあるのなら、剣を防ぐ剣が必要だから、頼もしい。」
榎「えっ?剣を防ぐなら盾じゃないんですか?」
千代「盾っていうのは、次に剣を突きだすためのものなんだよ。盾しかないなら、盾が壊れるまで、相手は攻撃をやめないから、時間稼ぎにしかならないんだよ。」
榎「ボディーガードって事ですか…そらなら少しは気が軽くなるかなー…。」
千代は、スマートフォンの時計を確認する。
千代「おっと。結構時間とっちゃったね。私もこれから用事あるから、今日は話すなり帰るなり、好きに過ごしてね。」
榎「何の用事ですか?」
千代「セイラちゃんと同じ。」
榎「あー、なら、水さしちゃ悪いですね。」
千代「それじゃあね。」
春風に揺れる黒いマントを見送る。
榎「先輩、プライベートでもマントなんだ…」
みるく「ふふ、やっと二人きりになれたのね…」
榎「うあ、待った。さわるの禁止ね。」
みるく「えぇ…はーい。」
榎(慣れるのにはまだ時間が掛かりそうだなぁ…。)

セイラ「へぇー、藤原先輩も墓参りッスか。でも、家族は元気なんスよね。」
千代「うん、家族のお墓じゃないんだ。」
目指す場所が同じ墓地のため、二人は必然的に鉢合わせた。
千代「あ、そうだ、アイス食べてく?」
アイスクリーム屋の『サーティーンワン』が前方に見えた。
セイラ「いや、気持ちはありがたいンスけど、遠慮しときます。」
千代「なんで?確かに私お金持ちじゃないけどさ。遠慮しなくていいんだよ?」
セイラ「いや、自分、アイス苦手なんスよ。」
千代「へー、意外。じゃ、自販機で飲み物でも買いなよ。」
千代は100円玉を二枚手渡す。
セイラ「サーセン、わがまま言って。」
千代「いいのいいの。」
店に入ると、ゴールデンウィークだというのに、閑散としていた。
無理もない。"バイパスの狂気"の"妊娠の呪い"が起きたのは、ここが中心だった。
今では、曰く付きの店として避けられ、閉店もそう遠くはないと、まことしやかにささやかれている。
そんななか、真相を知っている千代は、人気の少ない場所として、都合よく活用している。
カウンターには、以前から勤めている爽やかな青年がいた。
実は彼女が居るらしく、辞めるよう説得されているらしい。
しかし、契約社員として役職を預かっているため、次の就職先が決まらない限りはどうすることもできないという。
セイラ「店員さんがいるからあんまり大きい声では言わないスけど、よくこんなところ来ますよね。」
真相を知らないセイラは、嫌そうな顔をしていた。
千代「なに、呪いの正体は超能力だったんだから、本当は、今はもう普通のお店なんだよ。」
適当な席に座り、アイスをつつき始める。
セイラ「そ、そーなんスか?」
セイラは話題に勢いよく食いついた。
千代「う、うん。」
セイラ「そっ、スか…」
千代「まぁ、アルカナバトルっていう、大きな戦いが終わって、それが消えてなくなったことも確認したしね。」
セイラ「犯人…まだ、生きてるんスか?」
それは、興味本意の声色ではなかった。
憎しみが入った、圧し殺すような声だった。
千代「うん。赦せないけど、殺せもしないから。」
セイラ「そっ、スかぁ…。気分悪いッスね…。」
千代「でも、能力は無くなったんだから、もう殺しを働くことはないよ。今は国の監視下に置かれてるって聞いてるし。」
セイラ「ま、それが普通ッスよね…。」
セイラは缶ジュースを飲まずに、手のひらのなかでもてあそんでいた。

千代「はぁ~。久し振りのスイーツは素晴らしい。」
店から出て、おおきくのびをする。
セイラ「好きなんスか?先輩。」
千代「うん。ジム行った後とかだと、格別だよ。」
セイラ「先輩、ジムなんか行くならマネージャーじゃなくて、普通に部活で走ればよかったじゃないスか。」
千代「鍛える場所とペースが違うんだよ。」
セイラ「ふーん…あ、やっていることと言えば、なんで"探偵ごっこ"なんて始めたんスか?」
千代「ん、実は、この墓参りもそれに関係することなんだ。」
セイラ「…やっぱ、身内が殺されたんスか?」
千代「ん~…話せば長くなるなぁー。でも、墓地までまだ長いし、ちょうど良いかな。」
セイラ「お願いしまッス。」

f:id:DAI-SON:20160804190040j:plain

2019年 冬

千代のクラス…1-Cには、仲良しの二人組がいた。
水色のロングヘアーが美しい、高飛車なミミと、白い癖っ毛で、引っ込み思案なアミ。
全然似付くとも思えぬ、相反する性質を持った二人。
だけどミミは、アミと居るときだけ、顔がほころぶのだ。
二人は共通の趣味があった。
それは、花を愛でることだった。
教室の隅には、以前、小さな鉢植えに、一輪の花が植えられていた。
冬休みが終わった頃には枯れてしまっていたが、その一輪の花が、彼女らの始まりだったという。
純白の百合の花。
クラスメイトのドジな奴が、つい買ってしまったという。
百合の花は、根を強く張るため、入院している人間への贈り物としては、最悪の花らしい。
それを知らずに、身内にそれを贈ろうとしたクラスメイトを、アミは止めたのだ。
それで、仕方なく教室に飾る事になった次第である。
ミミは、普段物静かにしているアミが、今という今に限って喋りだすのだから、きっと好きなのだろうと思い、ちょっかいをかけるようになった。
それ以来、打ち解けて、無二の親友になった。
ミミ「綺麗な百合の花だな。この近くに花屋なんてあったかな。」
アミ「駅前のビルの二階にあるよ。」
ミミ「へぇ。駅前には行かないかなら、気づかなかったよ。今度一緒に行こう。」
アミ「うん‼」
二人の関係は、クラスの風景のひとつとなっていた。
ミミがいればアミが。
アミがいればミミが。
それが当たり前になったのだ。
ミミ「時に百合の花といのは、女性同士の恋慕の象徴にもなるらしい。
そら、こうして見てみると、花弁がスカートで、おしべめしべが足を絡ませているようには見えないか?」
アミ「ちょっと無理あるかな…」
ミミ「ふふ、そうだな。」
冗談を言い、互いに笑う。
たが、彼女らはまだ知らないのだ。
それが、悲惨な運命の手向けになろうとは。
─────冬休みが明けて、花が枯れてしまったことを悲しんでいた頃、異変は訪れた。
ミミ「最近、だれかに見られている気がするんだ。アミ、お前じゃないよな。」
アミ「なんで私がこそこそする必要があるのよ。」
放課後の教室で、ミミは鉢植えに指を突っ込んで、土をほじり、球根を探していた。
ミミ「あぁ…これはダメだな。」
水のあげすぎだろうか、根っこは腐ってしまっていて、球根はぶよぶよになっていた。
アミ「勿体ないね。」
ミミ「仕方ないだろう。冬休みに、毎日来るわけにもいくまい。」
ミミはハンカチで指についた土を拭い、補助バッグを持ち上げ、髪の毛を翻す。
アミはそのあとを追う。
ミミ「───ッ‼?」
突然、ミミは振りかえる。
アミ「どうしたの?」
ミミ「…いや。」
アミ「大丈夫。私しか居ないよ。」
ミミ「…そうか。過敏になっていたみたいだ。」
その日は、それだけで終わった。
しかし、次の日の放課後も、ミミは視線を気にしていた。
次の日も、また次の日も。
ミミ「なあアミ、この前の動画に映っていた黒い人形(ひとがた)は、やはり幽霊だったのか?」
アミ「まさか。だとしたら、他の人にも見えるはずだよ。心霊写真や動画って、霊感ない人でも見えるでしょ。」
ここ最近、政府は超能力を発見したと大騒ぎしている。
普段いがみ合っている与野党ともども結託し、対策本部を設置しているくらいの、緊急事態だそうだ。
そんななか、少し前に出回った、いたずらのCG映像とされていた某所の防犯カメラの映像に、"黒い人形"が見える人と見えない人がいると、ネット上で話題になっていた。
その映像には、二人の少女(千代と枷檻なのだが)が映っている。
飛び込んできた枷檻を、黒い人形は殴り飛ばしている。
だが、見えない人にとっては、勝手に吹き飛んでいるようにしか見えないのだ。
この現象の正体は、超能力の才能の有無だった。
才能のある者は見え、才能の無い者は見えないのだ。
しかしながら、そんなことを知っているのは、アルカナバトルを経験した人間くらいだった。
だれしも幽霊だと思っていたし、事実、ミミもアミもそう思っていた。
だが、それを嘲笑うかのように、日本では、各地でポルターガイストの報告が上がっていた。
真偽はともあれ、超能力の存在が、まさに今、証明されようとしていた。
とはいえ、国が本気を出して取り組み始めているものの、当時はまだ、一般人の間ではオカルトの域を出ていなかった。
故に、その黒い人形が何を示すか、確かなことがわかっていなかったのだ。
ミミとアミは、それが見えていた。
二人は才能はあるが、自覚がない人間、ということだ。
二人は黒い人形を幽霊だと思い込んでいたため、その、感じる視線を、幽霊や祟りの類いだと考えていた。
ある日、校庭の花壇を踏んで横切る生徒を見かけた。
冬場は深く雪が積もっており、境界が見えず、時々花壇の端を踏んでしまうことは、毎年数人はやってしまう事故のようなものだった。
アミ「あの、そこは花壇の上なので、もう少し左を通っていただけませんか?」
男子生徒「おっと、悪ぃ。」
その男子生徒は(どうみてもミミにビビっただけだったが)言う通りに避けてくれた。
アミ「危なかったね。」
ミミ「ああ。」
なんでもない日のちょっとした出来事。
だが、花壇に背を向けて校門に向かおうとすると、また、視線を感じた。
ミミは振りかえる。
するとそこには、異形の姿があった。
人形(ひとがた)のようだが、その体にはびっしりと苔が生えていた。
ところどころ、隙間からは雑草の葉っぱが飛び出ていて、湿地をそのまま泥人形(どろにんぎょう)にしたような姿だった。
その人形は、顔にいくつもの目を持っていた。
その代わり、口や鼻のようなものは付いていない様子だった。
ミミは声をあげそうになったが、目があった瞬間に消えてしまったので、呆然としてしまう。
ミミ「今の…見たか?」
アミ「ごめん、何も。」
アミは一瞬振り向くのが遅れて、見えなかったようだ。
だが、ミミが今までにないほど怯えていたため、嘘ではないな、と直感した。
ミミ「私は…私はどうしたらいいんだ…」
声が震え、瞳は潤んでいた。
そんなミミに、アミは肩を貸す。
アミ「二人でやっつけよう。どんな手を使ってでも。」
ミミ「アミ…ありがとう。」
アミ「それは、全てが終わってから…ね。」
その日から、二人は寺院に行って貰ってきた、清められた塩を持ち歩くようになった。
札を使うと、逆に霊を校舎に閉じ込めてしまう事もあるらしいので、お坊さんは「いずれその時が来れば」と、渡してこなかった。
無論、その人形の正体は超能力のため、なんの意味もないやり取りなのだが。
一方でアミも、自らの超能力の才能に、徐々に蝕まれつつあったのだった。
────────────
目の前には赤ん坊がいる。
閉じ込められているのか?ぺたぺた、泣きながら透明な隔たりを疎んでいる。
その透明は円柱状のプラスチック。
赤ん坊の吐息が内側に水滴をつける。
わたしは、テーブルに置かれているそれに触れていた。
左手はそれのフタ上に、右手は下の土台についているボタンに。
それを認識したときに初めて、それが「ミキサーに赤ん坊を入れている」様子だと知覚した。
わたしの口角は上がっているようだった。
ボタンにかけた指に力が入る。
ミキサーの中では物足りぬとばかりに、叫び声は自らの行方を探して弾け飛ぶ。
骨を弾きながら、軽快に赤と肌色と白を同一のものにして行く。
出汁をとっているミネストローネみたいだ。
────────────
アミ「──────────ッ‼」
汗だくになって跳ね起きる。
自分の近くを手のひらで軽く叩き、ここが自宅のベッドだということを確かめる。
息は荒く、喉はカラカラだ。
最近はずっとこうだ。
昔から悪夢はよくみるほうだった。
そのせいで、いささか臆病な性格になってしまったのは否めない。
だが、ここ最近は毎日だ。
それも、眠るのが怖くなるほどグロテスクな夢を見るようになってしまった。
一昨日見た夢では、放送室のモニターに、腹を裂いた人間の映像が写り、逃げても、スピーカーからずっと、咀嚼音が聞こえていた。教室に戻ると、クラスメイトが揃って先生を解体して、刺身にしてわさび醤油につけたり、薄く切ってしゃぶしゃぶにしたりして食べていた。目が覚めたら、ゴミ箱に向かうのも間に合わず、吐いてしまった。
しかし、昨日、あんなに辛そうなミミの顔を見てしまい、とうとう打ち明けられなくなってしまった。
口に出すのを堪えるために、ミミと仲良くなった思い出から今に至るまでを、手記にしてまとめていた。
のちにこれが発見されていなければ、この二人の関係の真相は闇の中だったろう。
その後も、人形はミミの背後に現れては消えた。
教室の隅の鉢植えの前、校庭の花壇、グラウンド脇の木の下、そしてついには、駅前のビルの花屋にまで姿を現した。
二人は花の話よりも、励ましの言葉を多く掛け合うようになっていた。
ミミは人形に怯え、アミは悪夢に苦しめられ続けた。
いつしか二人の精神はボロボロになっていた。
1月も終盤になり、卒業式の話題がちらほら聞かれるころ、二人はまた花屋に来ていた。
ひときわ美しい花を買って、お互いを励まそうと思ったのだ。
だが、二人はどの花も好きで、なかなか決められなかった。
そこで、目に飛び込んできたのは、百合の花だった。
白く、繊細な美しさをもち、首をもたげるセクシーさもある、二人の出会いの花だ。
二人は、それを買って、アミの家に向かった。
部屋に行ってそれを眺めると、その美しさに一層、心奪われた。
しかし、その景観を脅かすものがあった。
醜い土の塊は、百合の花に手を伸ばす。
ミミ「い、嫌…」
アミ「…待ってて。」
ミミ「一人にしないでッ‼」
アミ「すぐ戻る。」
アミは部屋を飛び出す。
父親の部屋に行き、ゴルフグラブを拝借して、駆け戻る。
ミミの手は苔だらけの土の手で覆われていた。
アミ「この化け物め‼」
アミはゴルフグラブを精一杯の力で泥人形に降り下ろす。
泥人形の頭は砕け散り、力無く消えて行く。
アミ「やっつけたよ…。」
が、アミは信じられない光景を目にする。
ミミの頭は潰れ、血と脳しょうを壊れた蛇口のように吹き出していた。
アミ「ごめんね…ミミ…手遅れだった…」
アミは"霊がミミを先に殺した"と思い込んでいた。
だが、事実は、"ミミの超能力である泥人形にダメージを与えたことによるダメージフィードバック"だったのだ。
母親の通報によって駆けつけた警察に、アミは現行犯逮捕された。
警察は"アミがミミを直接殺した"と思い込んでいた。
アミ「なんでッ‼?私はなにもしてないわ‼」
殺人によって無期懲役を求刑されたアミは、無実を証明するために、獄中でも手記を書き続けた。
だが、司法による判決は覆ることはなく、そこで、千代たちが手にした情報は途絶えてしまった。
超能力を知らないせいで、誰一人として真実にたどり着けなかったし、たとえアミが真実を知ったとしても、決して幸せにならない、悲しい事件だった。
ことが起きる前に、超能力のことをちゃんと知っている人間が関わっていれば、起きないことだったろう。

千代「それでね、思ったんだ。私たち超能力を知るものが、何かしら動いていたら、もしかしたら琴線に触れて、救えていたかもしれない…って。」
セイラ「じゃあ、これから行くのは…」
千代「そう、ミミちゃんのお墓。」
セイラ「…って、ここ駅前じゃないスか。遠回りッスよ。」
千代「いや、寄っていくところがあってね。」
千代は立ち止まり、上を指差す。
"フラワーショップ タチバナ"と、窓ガラスに大きく書かれていた。
セイラ「あぁ、ここがそうなんスね。」
千代「うん。やっぱり、彼女たちの因果には、ここで買った百合の花が似合うと思ってね。」
セイラ「えー、死に際に持ってたもんなんて残酷ッスよ~。」
千代「でも、出会いの花であって、そして、救いたいという想いの象徴でしょ?」
セイラ「そういうもんスか?」
千代「そういうものだよ。」
千代とセイラは、いつしかの二人のように、ビルの階段を登っていった。

セイラ「どうやってその手記を手に入れたんスか?」
ミミ家の墓に線香を立てながら、そう言った。
千代「枷檻ちゃんが持ってきたから、大きな勢力が動いたんじゃない?それこそ、私たち1女子高校生じゃ遠く及ばないほどの。」
セイラ「小鳥遊先輩ナニモンなんだよ…」
セイラはすっかりぬるくなった缶ジュースに指をかけた。
セイラ「あ、そういえば。」
かけた指はプルの上を遊び、外れてしまった。
セイラ「うちの墓に先輩紹介した方がいいかな。」
アゴに手を当て、小さく独り言を言った。
千代「好きにすれば?迷惑じゃないなら、私は構わないけど。」
セイラ「ん…そッスね。行きましょう。」
二人は田島家の墓の前に移動する。
セイラ「ここッス。じいちゃんばあちゃん。そして、親父の墓。」
千代「えっ…」
千代が驚いた顔をすると、セイラは言葉を遮るように指を千代の口許に突きだし、苦笑いをした。
セイラ「いいんスよ。気ィ使わなくて。受け入れていかなくちゃ行けないッスから。」
供え物をあげ、手を合わせる。
セイラ「あっれー、手順忘れちゃったよ。ローソクに火付けて線香上げるのが先だっけ。」
千代「気持ちがこもっていればいいのよ。」
セイラ「さすが先輩。いいことしか言わないッスね。」
千代「誉めてもなにもでないよ。」
二人できちっとならび、墓へ真っ直ぐ向き直る。
セイラ「パパ、今月も来たよ。愛しい一人娘が来ないと寂しいだろ?」
いつもは見せないような、穏やかな、チャラっ気の無い表情で、墓に向かって語りかけ始めた。
セイラ「前回来たときに散々心配してた友達の事なんだけどさ、ちゃんとできたよ。同じ学校から来た奴が居なかったから、正直怖かったけど、気を許し会える奴らと出会えた。昨日陸上部に志願してくれた奴が居たんだけど、そいつはちょっとヤバかったらしいんだよね。…いや、大丈夫。今は落ち着いたみたいだし。そりゃあ、不安だけどね。」
心のなかでは、父親が相槌をうってくれているのだろう、口調は相手がいるときのようなものだった。
セイラ「で、先輩もいい人いっぱい居たよ。私の隣にいるのはその一人、藤原千代先輩。パパの墓参りに付き合ってくれるくらいだから、どれくらい優しいか、わかるでしょ?へへっ、先輩はね、陸上部のマネージャーなんだ。いっつも世話してくれるんだ。力持ちでね、正義感が強い、頼もしい先輩なんだ。それでね…」
セイラの声は震えていた。
涙は堰を切ったように溢れだし、鼻水をすする。
セイラ「先輩…ッはね…ッヒ…」
しゃっくりが出る度に肩は激しく波打った。
とめどなく溢れ出る涙は、もはや隠そうともしない。
セイラ「ンフッ…先…ッ輩は…ッハ…パパを、殺した犯人も…ッ…生かして…ッヘ、おくような…聖人…ッフ、なん…ッだよ。」
千代「‼?」
セイラ「だから、…ッ私、ちゃんと幸せだよ…ッフ…」
千代はセイラの肩を掴んだ。
千代「それってどういうこと‼?」
セイラは泣いたまま答えた。
セイラ「親父は…"バイパスの狂気"の第二の事件、"妊娠の呪い"によって…ック…腹を裂かれて……殺された…ッスよ…」
千代「ごめん…私そんな気も知らないで…」
セイラは首を横に振った。
セイラ「先輩は悪くないじゃないですかッ‼先輩が何をしたっていうんですかッ‼全部犯人が悪いんだ‼犯人がなにもしなければ、親父は死ぬこともなかった‼先輩は気を使うこともなかった‼」
千代はセイラを抱き寄せ、背中をさすった。
千代「ごめんなさい。私はこんなにも無力だ。」
セイラ「何で先輩が謝るんですか。」
千代「犯人を確保したのは私たちだから…殺せなかったのも私。罰を与えられなかったのも私。だから謝るし、謝る事しか出来ないんだよ。」
セイラ「殺さなくて良かったんスよ…そりゃ、私は犯人をブッ殺したくてたまらなかったッスよ…でも、それで何かが帰ってくるなら…失われた未来のすべてが帰ってくるなら‼みんな‼みんな殺しあってるッスよ…際限無く、"取り戻しあってる"ッスよ…」
千代はセイラの背中に当てていたてを、セイラ頭に乗せ、撫でてあげた。
千代「頑張ったんだね。あなたは私なんかよりずっと強い子だよ。失ったことの無い私なんかより、ずっと…」
セイラは延々と涙を流し続けた。
すすり泣く声を、千代はその胸で抱擁し、受け入れ続けた。
セイラ「先輩…ありがとうございます。犯人が国に預けられているなら、いつだって罰を与えられるでしょう。いつか、この先超能力に関しての法律ができれば、きっと犯人は裁かれる事でしょう…それが叶えば、親父は少しだけ救われると思うッス…」

セイラ「なんかスンマセン…ついてきてもらったあげく、感情的になっちゃって…」
千代「いいのよ。みんなには内緒の方がいいかな?」
セイラ「来るべき時に、自分の口で言うッス。」
千代「うん。わかった。」
すると、向こうから足音が聞こえてきた。
踏まれた砂利が愉快に鳴る。
女性「こんにちは。」
千代「こんにちは。」
セイラ「こんにちはッス。」
女性は薄手のシャツの上に、透け感のあるポンチョを着ていて、ガウチョパンツに厚底サンダルをはいていた。
イーゼル(絵を描くときに使う、カンバス等を立て掛けるもの)とトランクを抱えていて、絵の具の匂いがした。
女性「ちょっと話を聞いてもらってもいいかしら。」
千代「構いませんよ。」
女性「よかった。ごめんなさいね、急に。」
女性は木陰のベンチに二人を誘った。
持ち物はベンチの横に積んでいた。
セイラ「ここ、結構虫がうるさいッスよ~。」
たかる蚊やハエを払いのけるのに必死になるセイラをよそに、女性は話を始める。
女性「実は、人探しをしていて、いろんな人に聞いてあるいているのよ。」
千代「大変ですね。どんな人ですか?」
女性「年はあなたたちと大して離れていないわ。私の弟なの。」
セイラ「家出ッスか?」
女性「そうだったら…いいんだけど。」
千代「と、いいますと?」
女性の表情が曇ったので、セイラは直感的に「めんどうな話だろうな」と思った。
女性「弟が、弱虫だった弟が、少し前にいきなり電話をよこしたのよ。」
女性はウェーブのかかった長い茶髪を手で梳いた。
女性「『姉さん、僕は強くなったよ。だけど、まだ足りない。だから、北に向かおうと思うんだ。最凝町って場所さ。』
そう言い残して、連絡は途絶えたの。だから、私は嫌な予感がして、さきまわりしてきたんだけど、みつからなくて…」
千代「聞けば聞くほど不自然な話ですね…」
女性「ええ。しかも、この町は、物騒な事件が多いし、最近も殺人があったらしいじゃないの。だから、心配なのよ。あの子、もしかしたら犯人をとっちめようってんじゃないかって思うと、いてもたってもいられなくて。」
女性は段々声を大きくして、食らいつくような勢いになっていた。
千代「お、落ち着いてください。見た目の特徴は?」
女性「あぁ、ごめんなさいね、とりみだしてしまったわ。見た目は…そんなに派手ではないわ。でも、離れて暮らしているから服装はどんなものか…。背はそんなに高くはないわ。私より掌1つ高いくらいよ。」
千代「うーん…情報が少ないですね…。それだと、誰に聞いても同じ反応だと思いますよ。」
そんなもので何人にも訊いていたのか、と内心呆れていた。
女性「そう…焦ってしまって色々と見失ってたみたい。ありがとうね。少しの間、ちゃんと探す方法をねってみるわ。」
千代「見つかるといいですね。」
女性「それじゃあね。」
女性は積んでいた荷物を持って去っていった。
セイラ「せわしない人ッスね。」
セイラはようやく落ち着いて缶ジュースのフタを開く。
千代「うん。でも、やっぱり気になるのは、弟の方だね。」
セイラ「明らかに超能力手にいれたっぽいッスよね~。」
千代「問題は、わざわざこの町を選んだのは何故か…って事だよね。」
セイラ「ま、あとは先輩に任せるッス。」
千代「そうだね。強くなったっていう言葉が出る以上、攻撃的な能力だということは間違いないし。」
セイラは大きくのびをして、ジュースを一気に飲み干した。
セイラ「帰りましょっか。」
千代「うん。みんなにも一応伝えておこうか。」
黒いアゲハチョウが、ふよふよと空を漂う。