DAI-SONのアレやコレやソレ

創作ライトノベル、「ハーミット」「愚者の弾丸」「ハーミット2」を掲載。更新停止中です。

摩利華お嬢様と魔法のランプ

「お嬢様、お得意様からこんなものを」
名のある投資家一家の一人娘、亜万宮摩利華は老いた使用人からあるものを手渡された。
埃っぽい布にくるまれていたそれを、彼女は白日のもとにさらす。
「これは……変わった急須ですわね。」
「いえいえ、これは"魔法のランプ"にございます」
「あらあら。そのわりには薄汚れていますわね。願いを叶えて下さるものならば、大衆がこぞって磨きに来るでしょうに。」
全貌を明らかにしたランプは、元は金のメッキと装飾で彩られていたであろう面影を、かろうじで見て取れるほどに赤錆ていた。
「ホホ、事実願いを叶えてくれる魔神など居りませぬゆえ、それは古き時代に、儀式のために作られたレプリカで御座いますよ。」
「うふふ、そうですわよねぇ。」
摩利華はもとの布をとり、ランプに巻き直した。
「しかし、誠に残念ながら、私どもの専門は株式や団体のような人間への投資……美術や骨董はちょっとねえ。」
「やはり不要でございますか。」
使用人がくるまれたランプを寂しげに受けとると、この屋敷に似つかわしくない、セーラー服にマントを着た、奇妙な格好の少女が入ってきた。
「遊びに来たよ」
「あら、いらっしゃい。お好きになさって。」
この少女の名は藤原千代。
摩利華の気のおけぬ友人であり、また思い人である。
千代は普通の庶民であるが、屋敷の人間は二人の特別な友情を知っているため、快く門を潜らせてくれる。
「何これ」
ベットに座る摩利華の横に腰かけると、ランプを指差す。
清潔な屋敷に持ち込まれた、薄汚れた布の包みは、庶民の目にも奇異に映るものだ。
「魔法のランプのレプリカだそうで」
「へえ、見せて。」
千代は人より好奇心が強い性格であるため、レプリカと聞かされながらも、布でランプを磨き始めた。
「ああ、そんな乱暴に磨いてはいけませんわ。錆びたメッキの"かす"がカーペットに散ってしまいます。」
「あ、ごめん。」
千代が磨くのをやめ、布をだらんと垂れると、結局、布の内に貯まっていた"かす"が千代の膝元に散らばってしまった。
「なんか食べこぼしみたいになっちゃった……」
「あらもう、子供じゃないんですから。」
布の上に、再び"かす"を集めて、窓から布とランプを突きだし、双方をほろうように擦り会わせた。
すると、どうだろう。
ランプは煙を吐き始めたのだ!
「うわあ!これは、本物じゃあないか!?」
ドライアイスが溶け出すように吹き出る煙は、徐々に集束し、形を成し始める。
「あら、あなたがランプの魔神かしら?」
摩利華はいたずらに、からかいのつもりで言うと
『ご明察!さあ、3つの願いをお聞かせ下さいませ!』
と、煙は大きな声で返事をした。
「ああ、大変だぁ」
使用人はあわてて、人を呼びに部屋を飛び出した。
「お金持ちにしてくれ!」
千代は魔神に向かって、何のためらいもなく平凡な願いを言った。
試運転、というやつだ。
興味本意で、本物かどうか確かめるために言い放ったのだ。
ランプの魔神はそんな千代を睨み付けた。
『願いを叶える資格を得たのは貴女ではない。こちらのお嬢様だ。』
「ふうん」
千代はシンプルな精神構造をしているため、魔神に対し、素直に"うさんくさいな"という第一印象を受けた。
一方で当の摩利華はと言うと、
「あらまあ、魔神にモテても嬉しくありませんわ」
と、的はずれな感想を漏らしていた。
『お嬢様!第一の願いは、"モテたい"でございますか?』
魔神は目ざとく摩利華の言葉尻を捉えた。
「ううーん、確かに私は美女に囲まれたいですけれど、最終的に千代ちゃんと結ばれなければ意味がありませんわ。」
『むむ、千代……というのはどちら様で?』
「私だよ」
若干興味を失いかけている千代に対し、魔神は大袈裟に高笑いしたあと、
『では、千代殿がお嬢様を慕うようにすればよろしいのですな?』
と言い、千代の後ろに回って、両手で千代の頬を包み込んだ。
「およし!」
『!?』
今までのおっとりとした態度からは想像できないような一喝が飛ぶ。
これには、魔神も千代も驚き竦み上がった。
「卑怯な力で意中の相手を手玉にとって、何が得られるというのです!」
『ですが、結ばれるのがお嬢様の願いではないのですか?』
「そんなやり方で結ばれた千代ちゃんなんて、千代ちゃんではありませんわ!」
『こ、これは失礼いたしました。魔神めはお嬢様の誇りを心得ておりませんでした。』
魔神はすごすごと引き下がり、摩利華の下へと戻る。
『しかし、では、何をお望みで魔神めをお呼びに?』
「いえ、何か願いがあったわけではなく、これだけみすぼらしい姿でいらしたので、どうしたものかと触っていただけで……」
魔神は顔を覆ったり、腕を組んで唸ったりし始めた。
『困りました……魔神めは大昔に過ちを犯してしまった為に、高貴なる者の3つの願いを叶えなければ、呪いで死んでしまうのです。』
「それは大変ですわねえ。」
「自業自得じゃん。」
『ああ!冷ややかでいらっしゃる。どうか人助けと思って何なりとお申し付けください!これは贖罪なのです!』
魔神は手を合わせて深く頭を下げる。
今度は摩利華の方が、顔を覆ったり、腕を組んで唸ったりし始めてしまった。
「願いは自ら叶えてこそ、と思いますのよねぇ」
『努力では叶わない夢……がございましたら、叶えて差し上げますよ!例えば……不老不死、とか』
「駄目ですわ。それでは、千代ちゃんと共に老いることが出来ないではありませんか。」
『時をさかのぼる……とか……』
「興味ないですわね……」
魔神と摩利華は深々と溜め息をつく。
「あ、そーだ。それなら」
千代は摩利華に耳打ちした。
「これなら、"努力で叶わない"けど"叶えたい願い"っていう条件に合うでしょ?」
「流石は千代ちゃん。私のことをよく理解していますわ!」
『おお!お決まりになりましたか!第一の願い!』
「はい!」
摩利華は改まって魔神に向き直り、こう言った。
「私専属の美少女メイドになって下さいません?」
『────────ン?』
魔神はフリーズしてしまった。
満面の笑みを浮かべ、腕を組み、胸を張ったまま、硬直している。
「実は私、以前にメイドに"手を出してしまった"ので、我が家の使用人は女人禁制になってしまったのです。ですが、あなたならその禁則を破って、願いを叶えて下さいますわよね!」
魔神は深呼吸した。
『わかった。わかったんだが……その場合、第二、第三の願いを叶えたときにそれは終わってしまいますが、それでも?』
摩利華は笑顔のまま、ゆっくりと首を傾げる。
「何を仰っていますの?第二の願いは、あなたにずっと居てもらうこと……第三の願いは私があなたをいつでも召喚出来るようにすること……これで全てですわ!」
「どうだ、強いだろ。インチキ野郎。」
何故かしてやったりな、自慢げな千代。
しかし、事実、魔神はたじろいていた。
「さあ、ロシアンビューティーな金髪碧眼ツインテールロリ巨乳のマジカル・デリバリー・サモン・メイドになって下さいますよね!」
目を輝かせて魔神に詰め寄る。
『容姿まで指定してきた!』
「こうしてランプの魔神はロリメイドとして、生涯尽くしましたとさ、チャンチャン」
『ランプの中で消えちまった方がマシだった~!』
そこへ、使用人が警備の人間を引き連れて戻ってきた。
「ご無事でございますか!?」
息を切らす使用人に、摩利華はランプと布を突き返した。
「やはり、これは必要ありませんわ。」
警備の人間は魔神を探し始めるが、そこにはもう魔神は居なかった。
そして、摩利華の足許には、小さくうずくまる少女の姿があった。