DAI-SONのアレやコレやソレ

創作ライトノベル、「ハーミット」「愚者の弾丸」「ハーミット2」を掲載。更新停止中です。

「愚者の弾丸」 EX.LAST 愚者の弾丸

不適な笑みが、フードの暗がりのなかに覗く。
相変わらず男か女かわならない声だし、顔立ちまで中性的だ。
仮面の男「おら、連れてきたぜ。」
コッパ「ご苦労様。二人はもう好きにしていいよ。」
優しくて穏やかな甘い口調で、二人に退場を促す。
仮面の男「ケッ、どうせ"お前の好きにしかならないくせに"。」
そう捨て台詞を吐いて、のどかな風景に向かう。
崖を落っこちるわけにもいかないので、迂回するために岩陰に消えて行く。
それを見送ると、一同へと視線を戻す。
コッパ「一応形式的に聞くけど、マリンをこちらに引き渡す気はないんだね?」
番長「当然だ。いや、渡してもお前は殺すから、どちらだって同じだけどな。」
殺気立つ番長や一同に対しても、コッパは依然として余裕の表情だ。
コッパ「だよねー。ここでうんと言うなら守ってきた甲斐もないだろう。だがね……」
コッパの声色は飄々としたものから、冷たいものへと変わる。
コッパ「君たちは、どうやっても私に勝てない理由がある。」
サクリファイス「んなもん、やってみなきゃ解らねぇだろ。」
その凄みに対してコッパは首を横に振る。
コッパ「しかし、それは同時に、マリンさえ私に近づけないことになる。」
麗「何が言いたい。」
噛み合わない会話、自分が抱えている問題、双方に苛立っている麗は八つ当たりな返しをした。
コッパ「試してみるかい?」
コッパはやってきたそこから動かない。
回りには、ただただシャボン玉。
話を聞いているようで聞いていないのは挑発なのか。
だが、彼らはその挑発に乗ってやる他無かった。
サクリファイス「やってやるぜ!!」
強く地面を蹴り、唾を鎌に変えて槍兵のように突っ切る。
コッパはまた、不適に笑う。

番長「? おい、何突っ立ってんだ?」
サクリファイス「は……?」
今まで走っていたはずのサクリファイスは、元の位置に立っていた。
サクリファイス「??? どうしたんだ、俺…。」
訳もわからないまま、再び走り出す。

だが、またしても、元の位置に戻されていた。
サクリファイス「マジで近付けない…。」
そう漏らす彼に対して、回りは怪訝な眼差しを向ける。
番長「何言ってんだ? お前、"なにもしてないだろ"。」
サクリファイス「お前こそ何言ってるんだ!!? 俺はもう、2階も"戻された"んだぞ!!?」
ブリンク「申し訳ありませんが、私にも、サクリファイスさんは"立ち呆けていただけ"に見えました。」
サクリファイス「一体何がどうなってるんだ!!?」
麗「時を戻す能力か?」
サクリファイス「そうだ、そんな感じ。」
やっと同意の声を聴けて安心するが、コッパは肯定も否定もしない。ただニヤニヤとこちらを眺めている。
番長「─────いや、違うな。」
サクリファイス「はぁ!!?」
せっかく得られた同意に水をさされて思わず過敏になる。
番長「よく考えてみろ。時間を戻しているなら、ボーッと突っ立ってる時間なんて産まれないだろ。その時間が巻き戻るんだからよ。」
サクリファイス「た、たしかに。」
麗「代案はあるのか?」
番長は頷いた。
番長「あいつがやっているのは、"過去の改変"だ。フォスターがやったことを"なかったこと"にしたから、フォスターは何もせずに突っ立ってたんだ。」
コッパは尚も笑った。
コッパ「すごいねぇ。やっぱり、一番危険なのはキミのようだ。」
肯定し、尚も笑った。
"解ったから、何ができる? "
態度がそう言っている。
コッパ「私はねぇ、都合の悪いことだけ無かったことにして、都合のいいことだけ残しておくことができるんだ。でもね、マリンを拐おうとして抵抗されると、さらったこともひっくるめて消さなくてはならなくなるんだ。」
あぁ、なるほど。
これが、再三に渡って見せられた、"瞬間移動"の正体。
奴は、自分が訪れた事実を無かったことにして、戻っていたのだ。
コッパの顔が、シャボン玉に歪に映る。
コッパ「私は、これから君たちが"マリンをこちらに差し出すこと"以外は赦さないからね?」
これが、"勝負にならない"ということだ。
そもそも、戦いなどさせてくれないのだ。
番長「だが、見るとよぉ、そのシャボン玉がアーツなんだろ? それに当たらなければいい。」
そういいはなって番長は操縦を構え、返事を待たずに引き金を引く。
見事にシャボン玉の間を縫って、コッパの脳天に直撃する。
サクリファイス「おおっ!!」
コッパはぐらりと倒れ──────
た、はずだった。
だが、まばたきしてしまったすぐ後、そこには無傷のコッパが平気な顔で立っていた。
コッパ「私は"当たってなどいない"。残念だったね。」
ミツクビ「ふ、不死身かみゃうっ!!?」
コッパ「だからぁ、私には当たらないんだってば。」
麗「そうか、じゃあ、シャボン玉を"割らなければ"いいんだな?」
麗はつむじ風を作ってシャボン玉をひとつの渦に集めた。
麗「これならテメェは無防備だ!!」
麗は大剣を握りしめ、駆け出す。
目の前まで難なく距離を詰め、剣を振りかぶる。
コッパ「はいはい、その手なら他のやつも使ったよ。」
降り下ろされる剣に、新たなシャボン玉を口から吹き出す。

麗「……クソッ!!」
番長「ダメだったんだな。」
麗「あぁ…。」
どうあがいてもそこから動くことができず、何一つなすことができない。
なにかそこに打開策は無いのか?
番長は、記憶の海へと思考を還す。
──────そういえば、千代は、アーツを使っているにも関わらず、姿はほとんど超能力のままだった。
私にも、きっとあのときの能力があるはずだ。
番長「────"再現(エコー)"」
そう、呟いた瞬間、世界は硝子のように砕け散り、その代わりに、ネガポジ反転で真っ黒なモノクロ世界に変わる。
番長(成功だ!!)
かりそめの3秒間がスローで進んで行く。
だが、なにかがおかしい。
何がおかしい?
わかる前に、能力は終わりを告げ、闇は光の点に呑み込まれ、カラフルな元の世界が戻ってくる。
あぁ、そうだ。
この能力はあくまでシュミレーション。
何か目的を持たなくては。
次は、"普通に弾丸を放ったときのシュミレーション"。
番長「"再現"」
その呟きは我が物か解らぬ力への不安か、それへの呪い。
意味もない合図に応え、世界は再び砕け散る。
死んだ世界は、鮮やかなステンドグラスになって偽りの時間のなかで塵になって行く。
番長(やっぱりおかしい!!)
そのおかしさに、ようやく気づいた。
シュミレーションは始まらないどころか、視点は一人称。
本来のこの能力は、シュミレーションを三人称視点で眺めて、相手の攻撃や反撃を先読みする能力なのだ。
しかし、これでは全く機能していない。
番長(劣化してしまったのか?)
途方にくれる。
そんな彼女をおいてけぼりにするように、経過したニセモノの3秒は収縮して行く。
サクリファイス「おい、何かしてるのか?」
行動を消される度にもとに戻ってしまう性質のため、こんな質問が投げ掛けられる。
サクリファイス「番長、さっきからお前、なにかブツブツ言ってるだろ。」
コッパ「…? まて、何かしているか? この私の知らないところでっ!!」
番長「…。」
まだだ。そう自分を留める。
ここで黙れば、ハッタリが成り立つ。
コッパ「やはりお前は危険だ!! この私が殺してやる!!」
そう言って取り出したのは、なんの変鉄もないただの剣だった。
彼は、完璧な防御を持っていながら、憐れなことに攻撃に関しては、てんでダメなのだ。
コッパ「この私の剣がお前を殺すまで、何度だって戻ってやる…。お前は私を不安にさせる。そんなことがあってはならない!!」
じりじりと歩み寄るコッパ。
何度も止めようと飛びかかっては戻される仲間たち。
番長(違うんだ…。)
劣化した訳じゃない。
むしろ、進化しているはずなんだ。
千代の能力だって、"皆既日食"と名付けられた新たな能力が宿っていた。
コッパ「待っていろ…。そのままだ…。」
この能力は、何らかの理由で機能が変化している。
新旧の能力のハイブリッド。
番長「もう一度だッ!! "再現"!!」
世界に漆黒の蜘蛛の巣が走る。
色彩は虚構の世界の主の視界から排除されて行く。
そこで、更なる違和感。
おかしい。
可笑しいんだ。
なんで、モノクロの世界のはずなのに、"自分の色だけ抜けていないのだろうか? "
ていうか、動く。
本来ならありえない。
手を握ったり開いたり。
これはつまり…つまり…?
戸惑う間に、うそんこの世界は排水溝に飲まれる洗面台の水のように消えて行く。
コッパ「なんだ…。なんだよ"エコー"って…。何をしているんだ!! 教えろー!! 」
歩み寄っていたコッパは走り出す。
まずい。時間がない。時間がない? 時間…。
番長「"エコォォォォオオオオ!!"」
わかったぞ。
   世界という薄氷に穴が開く

コッパが過去を操るなら、
   プラスの時間、真っ黒な世界が現在に蓋をする。

私の能力は、
   色褪せぬ乙女は選ばれし銃を握る。

"未来から攻撃してしまう能力"。
愚者の名を授けられた能力の世界で、愚者の双銃から放たれる螺旋の弾丸。
名付けるなら、─────"愚者の弾丸"。
引き金を引く。
こんなもの、単なる合図に過ぎない。
でも、この心は武器だ。
この武器は彼女の心だ。
無機質な合図、収束する黒、その中をイカサマの時間で進む弾丸。
未来から放たれた弾丸は、現在のコッパの脳天をうつ。
コッパ「今更こんなもの…? 」
シャボン玉は弾ける、傷は消え…再び現れる。
コッパ「なぜだッ!! 何故消えない!! 」
コッパを囲むシャボン玉はひとつずつ割れて行く。
番長「無駄だ。お前がいくら戻ったって、その3秒後がついてくるぞ。」
コッパ「なんだよそれ!! デタラメだ!! 」
開いては塞がる傷をかきむしる。
番長「デタラメな能力で居座り続けたクソヤロウはどこのどいつだよ。」
コッパ「嫌だ、消えたくない…。」
番長「お前は死ぬんだよ。本当の意味でな。残ったシャボン玉の数だけ懺悔しておいたらどうだ? どうせ、私たち以外にも私欲でいろんなものを傷つけて来たんだろ? 」
コッパ「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だーーーーーーーーーー!!」
番長「憐れだな。」
シャボン玉を使いきり、戻れなくなったコッパの頭は螺旋に呑まれ、一瞬、ピタリと止まると、四方八方へと醜い肉片を飛び散らした。

もう、番長の興味はコッパではなくなっていた。
番長「教えてくれ。約束だろ? もう、星の戦士なんていう胡散臭い奴に頼る必要もない。
まぁ、確実性を求めるなら、そいつのもとまで行くがな。」
麗は唾を飲んで、空を見上げる。
麗「そっか。なら言ってやろう。」
ふっと、目を閉じる。
それは覚悟か、はたまた逃避か。
どちらにせよ、腹を決めた合図だった。
麗「この世界は、パラレルを…無駄な可能性を消して、生前の世界の歪みを消すために存在している。そして、生き返る方法は、パラレルの自分を殺すことだ。それも、自分の手で。」
番長「そうか。なら、探さなくてはな。」
麗「その必要はない。」
涙声になって、麗は髪留めを外した。
麗「そのパラレルは、俺だ。」
凍り付く。
その場にいる全ての仲間が言葉を失った。
麗「これはお揃いだな。お母さんの形見だもんな。当たり前だ。同じ親だ。俺とお前の違いは、男に生まれたか女に生まれたか。それだけだ。」
番長「やめてくれよ。何いってんだよ。星の戦士の元へいくぞ。馬鹿馬鹿しい。」
麗「オールドマシーナリータウンの魔女なんて聞いて驚いたよ。俺のパラレルでは、違う奴が魔女なんだ。賢者の石、超常現象、話でしか聞いたこと無かったけど、実物見たら本当に魔法だな。」
番長「やめろよ…。」
麗「お前がそばにいるとき、実家みたいな匂いがしてさ…。安心したよ。そりゃそうさ。誰よりも自分に近い存在なんだからな。あの、工場街の片隅に、俺たちは産まれ育ったんだもんなぁ!!」
番長「やめろって言ってんだろ!! 」
また、嫌な静けさが流れる。
番長「麗、そんなおどかしはいいんだ。
本当は違うんだろ? 100人殺せばいいんだろ? 」
麗はその問いに、首を横に振る。
麗「100人くらい殺せば、だいたいそのなかにパラレルが存在している。そんな程度のカラクリだよ。」
番長「…。」
応えないまま、番長は崖を迂回するように歩き出す。
麗「確かめに行くのか。」
番長「…。」
麗「きっと答えは同じだぞ。」
番長「…。」
麗「もし、この答えが間違えていて、消した後に取り返しがつかなくなったら、なんて考えているなら、そんな心配は要らない。」
番長「…。」
麗「…。」
しびれをきらせて、麗は番長に掴みかかる。
麗「迷うなよ…。お前は千代みたいな正義のヒーローじゃないだろ? 仲間を助けにいきたいだけの、悪党だろ? 」
番長「…ッ!! 」
その言葉に頭にきたのではない。
なんの悲しみもしらない、へーぜんとしたその態度が気に入らなかった。
番長「私はもう、大切な人を2人も殺している。
そんな私が、また大事な仲間を殺せるわけ無いだろーーーー!!」
こらえきれずに泣き出した番長の頬を、麗は殴った。
麗「俺だって消えたかねぇよ。」
それは彼なりの覚悟だった。
麗「お前が幸せを掴むときぐらい、明るい顔して送りたかったよ。」
それは彼なりの優しさだった。
麗「でも、ここで俺が消えなけりゃ、お前の生きている仲間を見殺しにしなくちゃあならねぇってことなんだよッ!!」
それが、彼の答えだった。
麗「俺は間違えて存在していたんだ!! 間違え続けるなんて誓ったりもしたんだ!! でも、お前のために消えられるなら、この俺も間違いなんかじゃなくなるんだ。だってそうだろう? お前は俺だ。俺はお前だ。お前がお前らしく生きてくれれば、俺はそれだけで嬉しいんだ。自分のことなんだからよ。」
麗は距離をとる。
そして、両手を広げた。
麗「さあ、撃てよ。お前には、もう、必殺の一撃があるだろう? なに、ふたつがひとつに戻るだけさ。これは殺しじゃない。」
番長「そんな…。こんなのってないよ…。あんまりだ…。どうしてこんな…。」
サクリファイス「あまったれるな!!」
ミツクビ「団長の想いを無駄にするニャ!!」
ブリンク「あなたは死んだままでいいのですか?」
番長「お前ら…。」
サクリファイス「俺たちは、カインドで、夢を見ていた。長い長い夢を見ていたんだ。」
ミツクビ「でも、番長ちゃんのおかげで気付けたニャン。失うものも、残酷なものも、生き物である限りなくならないってことを。」
ブリンク「ですが、いまここで起きていることは、失うことではない。」
マリンは番長の左手を握る。
マリン「これは、始まり。かけがえのない運命の、始まり。」
麗「だがら、銃を出して、引き金を引け。
俺を乗り越えて、やっとお前が始まるんだ。」
番長「…。」
静かに銃は形をつくる。
番長「ありがとう…。」
銃口はゆっくりと対照を捉え始める。
番長「こんなわがままに付き合ってくれて。」
視線が、銃の照準に合う。
番長「ありがとう、仲間でいてくれて、本当にありがとう。お前らがいなけりゃ、ずっと私は誰かを消し続けながら、無意味にさまよっていたよ…。
私の行く道を、照らし続けてくれて…ありがとう。」
引き金が絞られて行く。
麗はもう涙が止まっていて、うっすらと微笑んでいる。
麗「くだらねぇ死にかたなんて、二度とするなよ。」
番長「ああ。二度とお前らに会うもんか。」
完全に引き金は引かれた。
弾丸が飛び出る。
無骨な、銀色の弾丸。
その飛ぶ時間は無限にも思えて、一瞬にも思えた。
世界が歪む。
自分が歪む。
もう、どこにいるかもわからない。

溶けて行く。

固まって行く。

ばらばらになる。

うまってゆく…。

…。

……。

─────────────────ッ!!

ボディスーツの男「たった今のお前なら、稚拙な施設でも能力の行使を妨害できる!!」
周りにはリュックを背負っている奴らが居る。
おそらく、私は死ぬ直前に戻ってきたのだろう。
ボディスーツの男「お前の能力は、お前自身を殺めるために使え。」
番長「・・・・・・・・・。」
シルフィ「判断をあやまらないで・・・。」
陽子「見殺しにされたなんて言わないから・・・生きて・・・!!」
仲間は彼女を心から信頼し、尊敬し、愛していた。
だからこそ――――
番長「"再現(エコー)"」
懐かしい景色は嘘の世界に、一時的に書き変わる。
そして、仲間を人質に取っているやつらを、一人残らず撃ち抜いたあと、黒の世界は呼吸をやめる。
電子「!!?」
気づいたときには、もう、全ての敵の頭はくだけ散っていた。
番長「この"オールドマシーナリータウンの魔女"に、勝てるもんかよ。」

Fin.

「愚者の弾丸」 EX.41 対峙する運命

マドロシア「な、なんだ。1つ的が増えただけか?」
動揺していたのが馬鹿みたいだ、という風に振る舞う。
番長「千代…。これはいったい…?」
千代「これはね、ミツクビちゃんを逃がしたりしてくれていた大臣が持っていたアーツなんだけど、効果は見たままだよ。開かせないように番長ちゃんが興味の無いジャンルの本を探すのに手間取っちゃったよ。」
マドロシア「なに余裕かましてんだよ!!」
話をする千代に鉄の芯を放つマドロシア。
千代「"皆既日食"」
以前とは比べ物になら無いくらい落ち着いた様子で黒の砂嵐を纏い、結晶でそれを受け止めて見せた。
千代は驚くマドロシアをよそに、周りの様子を確認する。
千代「あなたのアーツは、縫い付けて固定する能力より"必中"がウリみたいだね。でも、何かに当たって止まってしまえば、何ともない棒切れに変わり無いね。」
マドロシア「ひ、ば、化け物だ…。」
思わず腰が引けて、後ずさるマドロシア。
マドロシア「み、見逃してくれ!!私は仲間を助けにいきたいだけなんだ!!」
だが、千代はそこから動かなかった。
番長「そうか、お前はそういう奴だったな。」
千代は頷く。
千代「あのときは暴走しちゃったけど、今は違う。
私は守るためにしか戦わないから…。」
番長「いいよ、充分だ。ありがとよ。」
番長は千代より前に出る。
番長「心が痛むなぁ。仲間を想う気持ちはわかるよ。」
マドロシア「なら、マリンだけをこちらによこしなよ!!」
番長「でもなぁ、志が同じ者同士ってのは、ぶつかり合うものさ。」
マドロシア「…ッ!!」
諦めたように両目を瞑り、こうべを垂れた。
番長「なぁ、何故、お前のような人間が、コッパのような奴の手に落ちたのだ?」
その言葉は、クライネの面影をどこかに見てか、浮かんできた慈悲だった。
マドロシア「あいつは、マリンを探していた…。私も探していた…。あとはわずかな甘言さ…。」
なんと潔いことか、それは彼女の本心だったし、自分も同じ立場ならそうしていただろうな、と容易に想像できてしまうことで、番長の心は揺らいだ。
だが、それは同時に、相手がいかに目的のために狡猾になれるかを知った瞬間でもあった。
番長「最後に、この世界の真実とやらを教えてもらおうか? 」
情けを押し殺し、決別の心を固める。
マドロシア「そうだなぁ…冥土の土産ってやつか。でも、すんなり教えるってのも惜しいんで、ヒントだけくれてやろう。
お前はきっと、"生きている方の世界に必要とされている可能性なんだろう"。」
マドロシアは番長に銃を向けられるまでもなく、自らのアーツで頭を撃ち抜き、自害した。
千代「し、詩人だね…。」
番長「あぁ、さっぱり意味がわからん。」
アーツが消滅して動けるようになった仲間たちが次々起き上がる。
サクリファイス「なぁ、スゴく助かったんだけど、お前、どうやって帰るんだ?」
千代「あ、えへへ。」
誤魔化すように照れ笑いをする千代。
番長「相変わらず、かっとなると後先考えないな。」
千代「番長ちゃんだけには言われたくないな。」
番長は少し考えたあと、思い出したように切り出す。
番長「そうだ、少し引き返せば、今まさに助けを求めている人たちがいる。そこに向かってみたらどうだ?」
千代はその言葉に懐疑的な眼差しを向ける。
番長「悪いのは私たちじゃない。敵が暴れすぎただけだ。」
千代「ふーん、そう。」
そんな口振りでも、千代は既に港町の方へ足を向けていた。
番長「"またな"。」
千代「うん、"またね"。」
ふたりは、いつしかの、「叶わないための約束」をかわした。

麗は暗い面持ちでいた。
ミツクビ「団長…?」
歯を食い縛り、悔しそうだった。
サクリファイス「なんだ?まともそうな奴が死んじまって悔しいのか?」
麗は首を横に振る。
麗「違うんだッ……!!」
それは、泣き出しそうで、怒り散らしそうな、苦しい声だった。
麗「なぁ、サクリファイス。運命ってのは残酷なもんだよなぁ。カインドから出てから、ずっとそうだ。」
サクリファイス「そ、そうだけどよ。いったいどうしたんだよ。」
麗「俺には解ったんだ。この世界の真実が…。」
ブリンク「本当ですか!!?しかし、思わしいものではないのですね。」
麗は頷いた。
サクリファイス「なぁ、言ってみてくれよ。みんなでどうするか考えようぜ。」
麗「言えるかよッ!!」
突き放すような悲痛な叫び。
麗「ひとりにしてくれ…。俺は、俺だけでコッパの野郎のもとに行く。お前らは、星の戦士のもとで真実を知ってくれ。」
番長「はぁ!!?メチャクチャじゃねぇか!!落ち着けよ!!」
麗「あとでまた会うことになる。それまで、ひとりにしてくれ。」
麗は風のレールを作り出す。
番長「待てよ、わかるように言ってくれよ。」
サクリファイス「そうだぜ、らしくもねぇ。」
麗「真実を知って一番辛いのは、番長、お前なんだよ…。だから、俺は今、お前に見せる顔が思い付かないんだ。」
うつむいたまま、言葉をつむぐ。
番長「なんだよ、余計気になるじゃねぇか。
なんだって受け入れてやる覚悟はあるぞ。」
少しの沈黙をあけて、風のレールは消えた。
麗「そうか…。なら、コッパをぶっ潰してからだ。俺は、俺の自分勝手でそれを望むが、いいか?
お前の正しさの邪魔になるなら、今すぐにでも言ってしまおう。」
番長は喉から手が出るほど教えてほしかった。
だが、一番苦しむのが自分だと言われては、ためらいができてしまうのも無理はない。
番長「…終わったら絶対話してくれよ。」
麗「あぁ、嫌でも話すことになるからな。」
番長は、星の戦士と麗との答え合わせが必要だと考えて、欲求を堪えた。

その先、崖や断層が目立つ地帯を進んで行くと、更なる人影が現れた。
ミツクビ「また刺客かニャン?もう、うんざりだニャン…。」
それが聞こえたのか聞こえていないのか、目の前にいる二人の人影はこちらを振り向いた。
一人は、目だしの仮面をつけた小柄な少年、もう一人は、筋骨隆々、トロ寿司のような赤いモヒカンが特徴の大柄な男だ。
仮面の男「お、おいでなすったぜ。」
モヒカン「ふん、他の奴らを殺してきたからどんなやつらかと思えば、ガキどもに老人が一人か。
まぁ、何年生きたかは知らんがな。」
モヒカンは歩み寄ってくる。
だが、攻撃を仕掛けに来ているといった感じではなかった。
番長「殺気が薄いな。やりあわないのか?」
やや挑発的な態度で相手の行動に応える。
モヒカン「ほんの少し前まではそうだった。だが、コッパは今、焦り始めている。」
仮面の男「俺たち12聖典との戦いによってお前らが成長しきる前に、直々に倒してしまわねばならんとさ。まったく、高く値をつけられたものよ。」
サクリファイス「? じゃあ、コッパの野郎はここにやって来るのか?」
仮面の男はその質問に、溜め息を返す。
モヒカン「違う。あいつは先回りしている。
星の戦士の前で、マリンを奪ってやるとな。
だから、あいつは星の戦士のもとへ向かっている。」
仮面の男「だから、俺たちは、もうただの案内のための遣いでしかねーのよ。」
なんだか拍子抜けだった。
だが、同時に両者は目的へとグンと近づいたことになる。
それは素直に喜ぶべきだった。
仮面の男「あーあ、待ってる場所が別のとこなら、裏切ってマリンをさらって、抜け駆けしようと思ったのによ~。」
モヒカン「無駄だ。今は言われたことだけをやるんだ。」
番長「あんな奴の裏切りくらいやればいいじゃないか。こっちとしては、今のほうが助かるけど。」
八つ当たりなのか、少々挑発的な態度をとる。
だが、仮面の男は真剣な顔で返した。
仮面の男「言っておくが、俺たちでも、お前らでも、コッパとは"戦いにすらならない"。それぐらい強いんだ。」
一同はピクリと反応する。
ブリンク「奴の能力について知っているのですか?」
だが、モヒカンはばつの悪い顔をした。
モヒカン「悪いが、これ以上話したら消される。
俺たちからできるのは、こういった脅し、警告、案内だけだ。
俺は心から言うぞ?"マリンだけをコッパに引き渡して、踵を返した方がいい"とな。」
ミツクビ「な~んかムカツク言い回しだニャン。」
いきり立つこちら側の態度にも、相手は乗らなかった。
仮面の男「警告はしたからな。」
番長「ムカつくやつはブッ飛ばすだけだ、なぁ、麗。」
空元気でも出させようと振るが、相変わらず麗はふぬけているというか、複雑な表情のままだった。
麗「あ、あぁ。そうだな。あいつはブッ飛ばされてしかるべきだ。(…そして、そのあとは…。)」
相手の二人は呆れたような顔をして、着いてくるように促した。
仮面の男「星の戦士は、この先の、"忘れられた街 ヴァン・ホーテン"で待っている。」
ブリンク「おや?おかしいですね…。」
ブリンクは地図を広げて首を捻る。
ブリンク「地図だと、陥没地帯と闘技場のある街(…名前はシミで読めませんが…)の間の、なにもない場所とされていますが?」
モヒカン「忘れられた街だからな。無理もないだろう。」
仮面の男「"黄金の街 カインド"だって、クリン・トラスト城に近くなければ地図に乗らないような場所だ。不思議なことじゃねぇよ。」
その言葉を最後に、会話は途切れてしまった。
それは同時に、あいつの気配が近づいてきた合図だった。
番長「思ったより近いんだな。」
仮面の男「ここまで来るのに短くなかったろうに。」
岩の陰から、チチチ、と小鳥が飛ぶ。
その先の崖の下には、穏やかな辺境が広がっていた。
血の気など微塵も感じられない平穏さがぬくぬくと伝わってくる。
だが、背後からは、それとは相反する声がするのだ。

コッパ「やぁ。最初からこうするべきだったね。正直、侮っていたよ。」
ふわふわと、美しいシャボン玉が舞う。

「愚者の弾丸」 EX.40 番長自身の選択

番長「全快はまだ遠いか…。」
目は覚めたものの、疲労と気だるさが枷となって体の自由を奪っている。
麗「しっかし、派手に散らかしてくれたよな。」
復興のために忙しなくなっている町を、遠巻きに眺めながら言う。
番長「他人事のように言うな。手伝わなくていいのか?」
麗「いや、もういいんだ。慈善の為に旅をするのは、もうやめたよ。」
番長は理解に苦しんだ。
そもそも、クリン・トラスト城を救うために街を出て、そのまま旅を続けているのだから、旅行く先を正しい方向へ導くために足を動かしているのではないのだろうか。
たしかに、自分についてきてくれると言った。目的に協力してくれるとも言った。
だが、それでは、彼自身の目的が無い。
何故、引き返さなかったのだろうか。
海を渡る前ならまだ間に合ったはずなのに。
麗「そんな顔をするな。」
番長「…。」
麗「俺にだって、生前の後悔はあるし、満足して死んだ訳じゃない。みんなだってそうさ、簡単に生き返る方法だとしたら、知っておいて損はない。」
表情で解るほどひどい顔をしていたのか?と思いつつ、納得できる回答を得られないことに苛立った。
番長「そんな程度のことのためにか…?」
麗「それだけじゃないさ。わかるだろう?コッパという大きな禍りを放ってはおけない。
慈善や正義じゃない。もっとシンプルな問題さ。ムカつく奴をブッ飛ばす。それだけのことさ。」
番長「でも、それはお前のためではないだろ。」
麗「でも、俺はムカついた。どんな心があんな奴を赦せるんだよ。たとえそのために間違った道を進むとしても、自分の気持ちを曲げるよりはずっといい。その方が鮮やかなんだ。街を守るために自警団を組んでいたのも、自分が納得できない物事を潰す言い訳が欲しかっただけなんだろうし。」
番長「なんだよそれ。適当すぎないか?そんな理由で命懸けで戦えるなんてどうかしてる。」
サクリファイス「あのさ、不毛だと思ったから一言だけ言いたいんだけど、いいか?」
番長「…なんだ。」
相変わらず空気が読めないな、と顔を向ける。
サクリファイス「お前、俺たちと一緒にいたくないのか?」
番長「どういうことだよ。」
サクリファイス「おっと、二言目のゆるしをくれよ。」
番長「茶化すな。聞き捨てならないぞ。」
睨むように…いや、睨んで、体の向きもかえる。
サクリファイス「お前は、さっきから、"一緒にいられない理由"ばかり探している。
俺はそれが不毛だと感じるんだ。同じ理由ならさ、"一緒にいられる理由"を探した方がいいんじゃあないのか?」
番長「…わ、私はただ、大層な理由もなく命を危険にさらすもんじゃないと思ってるだけだ。」
思わぬ正論に、戸惑いながら返す。
サクリファイス「仲間の幸せを願うことに、理由なんているかよ。だけど、お前が理屈をこねたがるから、言い訳を探してやってんじゃねえか。」
麗「正しさにこだわりたがるのは、今まではお互い様だった。でも、今は番長くらいだよ。
けど、だからこそ、お前の正しさを守ってやりたいし、そのために俺は間違うと決めた。」
サクリファイス「お前はすごいし、カリスマだ。だけど、ひどく繊細だ。」
麗「だから、仲間として放っておけないんだよ。ついていく理由はいくらひねったってそんなもんさ。いいことするのは二の次三の次だ。」
番長「いいのか…。せっかく千代に教えてもらった正しい道を無視してもいいのか?それに巻き込まれてもいいのか?」
サクリファイス「なんだ、お前、巻き込んでないつもりでいたのか。」
番長は呆然としてしまう。
麗「悪いけど、俺たちゃお前に引っ張られ過ぎて、振り向けないところにまで関わっちゃったんだけどなぁ。」
サクリファイス「あいつの道はあいつの道だろう。たしかに学ぶことはあった。正しい道だった。
だとすると、そもそも"生き返る"って言うことが、ヒトにとって、正しいか?」
番長「…あ。」
麗「気付いたか?目的そのものが生きとし生けるものたちにとって間違いなんだから、正しい道のりで生き返ることなんざ出来やしないようにできてんだよ。」
番長「は、はは…。」
馬鹿みたいだ。
これまで信じたり悩んできたりした道が、本当は一本道だったなんて、とんだ笑い種だ。
番長「なんだよ…。悩んで、葛藤してきたことは、全部無駄だったのか?なぁ。」
麗は首を横に振る。
麗「無駄なんかじゃねぇよ。っていうか、葛藤したのは俺達もだし、悩んできたからこそ気付けた結末なんだ。」
番長「お前ら…。」
崩れ落ちそうになる番長をミツクビが寄ってきて支えた。
ミツクビ「ごめんニャ、ミィも、番長ちゃんが寝てるうちに、こっちの道へと引かれちゃったのニャン。だから、ミィもあとは引っ張られるだけなのニャン。」
ブリンク「さぁ、何か指示をください。貴女の正しいと思う間違いに、私たちは従います。グルであり、味方であり、仲間なのですから。」
番長は泣かなかった。
むしろ、笑って言葉を返した。
番長「鬱陶しいコッパの奴と、ムカつく生死の境界をぶっ壊すために、見ていてくれ…私の背中を。」
彼らは、再び立ち上がる背中を護るために、最悪の鮮やかさを、その手に掲げた。
間違い続けよう。有無を言わせぬ引力を持つ、この猛き背中のために。

来た方とは違う方向の町の端に集まった。
そこで、クリン・トラスト城でもらった地図を再び見る。
目的地には大分近づいているようだ。
番長「ま、ここまで来て諦める方がおかしいよな。」
独り言のように言い、ブリンクに地図を預ける。
マリン「番長お姉ちゃん。」
あまり口を開かないマリンが、珍しく自ら話しかけた。
番長「ん?どうした?」
マリン「隠してたわけじゃないんだけど、言わなくちゃいけないかって思ったことがある。」
番長「なんでも言ってくれ。いや、もうついていきたくないっていうなら考えものだが。」
マリンは首を横に振る。
マリン「違うの。実はね、私のアーツ、"弱くなっていってるの"。」
番長「具体的には?」
マリン「消耗するのはもちろん、射程距離も短くなっていってる。」
番長「ふむ…。」
元々、マリンについては戦力としては考えていなかったために、弱体化についてはさして気にはならなかった。だが、弱くなる可能性が指し示されたのは、意に介さずとはいかない。
番長「何故だろうか。」
マリン「わかんない。わかんないけど、使わないんじゃなくて、使えないんだって言っておきたくて。」
そこで、ハッとしてマリンの頭を撫でる。
番長「多分だけど、ハーツアーツは心の武器だから、その能力を手に入れたときの気持ちが薄くなっていってるんだよ。」
マリン「…?」
番長「出会った頃は、身を守るために残酷に戦ってきた戦士だった。でも、今は守られるだけの普通の女の子だ。戦う役目を負わなくてよくなったって感情が、武器を弱めたんじゃないかな。」
マリン「…必殺の保険がなくなって、残念じゃないの?」
番長「マリンは連れ回されているだけだ。能力なんて無いなら無いで構わない。戦っている訳じゃないだろ?」
マリン「だけど…。」
番長「無理に役に立とうだなんて思わなくていい。私は、私欲のためにお前をさらった悪い人なんだから。」
マリン「うん…。」
番長「戦いが終わったら、クリン・トラストに戻るといい。お前だけは、あっちがわの人間だ。」
マリン「う…ん?」
番長「どうした?」
マリンは何かを見つけたようだ。
マリン「あのひと…。」
向こうの女性を指差す。
麗「明らかに怪しいな。」
女性の足元には数体のくまのぬいぐるみが歩いている。
こちらのことを見つけると、女性は歩み寄ってきた。
ぬいぐるみはハーモニカをご機嫌に鳴らしている。
女性「コロ、す、いカセ…なイっ。」
両手に禍々しい漆黒の双剣を握る。
愉快にハーモニカを吹くくまのぬいぐるみたちは、ステップを踏みながら散り散りになっていく。
番長「随分間抜けなのが来たな。」
女性「あアアっ!!」
叫び声をあげて、剣を振るう。
だが、その剣は、双剣の利点を活かせていない、のろまな振りだった。
そもそも、二本握るには大きすぎる代物で、素人が扱えば、互いの刀身が絡み合ってしまうほど不便な見た目をしている。
女性「うアあっ!!」
もはや女性の動きは、剣に体を振り回されていて、見ていられないほどのものだった。
倒そうと思えば簡単だ。だが、何かがおかしい。
サクリファイス「こいつ、操られてるだろ。俺にだってわかるぜ。」
答えは順当なものだった。
明らかに、くまのぬいぐるみに女性が操られてるのだ。
そうとわかれば、麗はたちまち大剣でぬいぐるみを凪ぎ払い、切り裂いた。
女性は糸が切れたように倒れ、黒い剣は溶けてなくなった。
番長「粗末な仕掛けだこと。」
そう言って立ち去ろうとしたときに、女性の顔はこちらを向いて言った。
女性「"りボるばかンボつチたイ"で、まッてる。こっパはマだ、オマえをみテいるぞ…。」
言い切ると、女性はそのまま気絶した。
番長「トラップではなくメッセンジャーだったか。」

"リボルバ陥没地帯"というのは、この先にある岩山が続く道の事だ。
嫌でも通らなくてはならないが、そこで戦うと、わざわざ宣戦布告してきたというわけだ。
サクリファイス「凝った演出しやがるぜ。」
これから先、長い道のりを徒歩で行かなくてはならないことに鬱屈になりながら、足を進める。
麗「夜になると不味そうだが、1日では越えられないか。」
代わり映えのない景色が、よりいっそう気を滅入らせる。
ミツクビ「もう陥没地帯に入っているのかニャン?」
ブリンク「…入って…いるみたいですね。」
とは言うものの、見渡す限り岩肌いか見えないため、憶測でしかない。
番長「人気が無いな…。人と出くわしたら、まず敵か。」
ざらざらとした靴音が、砂混じりの風と混じり会う。
その先に足を止めている者が居た。
???「おや、来てくれたということは、エリオットはやられたか。」
スレンダーな乙女が振り替える。
見た目は、荒野のガンマンとしか言いようがない。
番長「お前が次の刺客か。」
ガンマン?「いかにも。」
その相手は、今までの敵とは明らかな違いがあった。
さわやかで、さっぱりとしている。
敵にするにはあっさりしすぎている。
麗「会話ができる相手ってことで一応聞いておくが、目的はなんだ。あんな下衆どもとつるんでまで生き返りたい理由はなんだ?」
ガンマン?「仲間のもとへ、帰りたい。そして、守りたい、この手で。」
番長「───────ッ!!?」
なんということ、彼女は番長と全く同じ目的を持っていた。
ガンマン?「心配するな。私はお前のパラレルではない。私の名前は、"魔砲のマドロシア"という。」
麗「…?なんで、パラレルかどうかの心配なんてするんだ?」
そういうと、マドロシアは顔をひきつらせ、ついには笑い始めた。
マドロシア「あっはっは。コッパも知らない様子だったから、まさかとは思っていたが、そうかそうか。」
番長「何が可笑しい。」
マドロシア「私はね、知っているんだよ。"星の戦士"が自分だけ知っていると思い込んでいる、この世界の真実を!!」
番長「何ッ!!?」
教えてくれ、と言わんとばかりに前にのめるが、言葉を遮られる。
マドロシア「お前らに教える訳にはいかないんだ。何故なら、マリン・クイールを本当に必要としているのは私だからだ!!」
マドロシアは、そう言うと懐から2丁の銃を取り出す。
番長の白い銃は、撃鉄などがついていない「トリガーのついた筒」といった感じの、"銃もどきのおもちゃ"と言うべき見た目だ。
それに対してマドロシアのもつ黒い銃は、生成された鉄の芯を撃鉄と火薬によって打ち出す、本物に近いタイプのものだ。
その銃身が、この得物で殺してやるぞと黒く煌めく。
サクリファイス「散るぞッ!!」
マドロシア「無駄だね!!」
一発ずつ、重い一撃を銘々に一発ずつ放つ。
麗は風のレールで移動を速めて避けようとする。
麗「嘘だろ!!?」
しかし、彼女の恐ろしさをすぐに思い知った。
麗、サクリファイス、ミツクビ、ブリンクと、次々に鉄の芯をまともに食らう。
それもそのはず、速度を失わないまま彼らを追いかけてきたからである。
番長はなんとか弾丸を命中させて破壊することができたが、それも狙いが多かったことで訪れたいラッキーだ。次はないだろう。
サクリファイス「なんだよこれ!!?頭おかしいぞ!!?」
叫んだ理由は、鉄の芯が追いかけてきたからではなかった。
彼らは強力な芯を食らって倒れ、そして、その芯が貫通した部分と地面が、無数の鉄の針とテグスで縫い付けられているのだ。
マドロシア「なんだよ…。そんな程度で生き返ろうだなんて考えてたのかよ…。」
地面を睨み付けながら、独り言のように呟く。
マドロシア「そんなちゃらちゃらした覚悟で、私の前に立ちふさがってんじゃないよ…。」
彼女は番長の方へ向く。
マドロシア「さぁ、マリンをこちらによこしなよ。いや、前に出してくれるだけでいい。お前らのレベルじゃ私に勝てやしないよ。まして、1つしかアーツを持ってないくせして…。」
番長「そればできない。私にも、待っている仲間がいる。」
マドロシア「そうか。なら、精々足掻きな。」
そう言われた番長の意識には、不自然なノイズが走っていた。

"読んで…。"

"私の一部がそこにあるでしょ…?"

マドロシアの銃口がこちらを向いているというのに、その声にそそのかされるように、スカートのポケットの中から本を取り出す。

マドロシア「ン?秘策か?だが、遅い!!」

この本は不自然だ。
今、触るまで気にしていなかったのに、とてもおかしいじゃないか。
なんで、海を渡ったのにシワのひとつもないんだろう。

マドロシアの引き金が引かれる。
それを、麗は剣を飛ばして遮る。
マドロシア「このっ、半殺しで済ませてやってるってのに!!」

本は開かれていた。
いや、これは本ではない。
誰かのアーツなのだ。
光が番長を包む。
マドロシア「目眩ましなど…?」

光が解かれると、そこに人影が現れた。
その人影は、黒きドレスを纏った、いつかの勇姿であった。

千代「まったく、世話が焼ける姉貴分だなぁ。」

「愚者の弾丸」 EX.── とある海洋冒険家の手記

※これはおまけです。読まなくても特にストーリーに支障はありません。※

19XX年 7月22日

広い海、ただ一匹だけ、ひときわ巨大な鮫がいた。
鮫は、片目がつぶれていた。
近辺の港町の人々の話をきくと、その鮫は、金銀財宝や、可憐な乙女に目がなかったそうで、船に余分な贅沢品を乗せていると、たちまち襲ってきたそうだ。

自分は、その災厄ともよべるものを捕獲、および駆除するために、船を出した。
その結果は見事に成功。
腹を捌くと、今まで溜め込んだであろう金銀財宝が体の中に貯まっていた。

その金品は、町の人々に返還されたが、持ち主が見つからなかったものもあったため、のこりは報酬として自分に渡された。
しかし、自分も個人で動いているわけではないため、その金品は財団へ寄付することにした。

長く海を旅していれば、おかしな事にはよく出くわすが、この件はとりわけ奇妙だった。
とりあえず、この件は長引かずにすんだことだけは喜ぶべきだろう。
事象の終結をここに記し、報告する。

「愚者の弾丸」 EX.39 窮鼠猫を噛み、窮猫狼を噛む

麗「はぁ…。はぁ…。ようやく数が減ってきたな…。」
夕日が影を伸ばし始めた頃、エリオットは増殖力を弱めていた。
アリスの鮮やかな太刀筋のお陰もあり、なんとか難を逃れられる兆しが見え始めた。
だが、異変に気づいたのは、地平線に太陽が触れ始めた頃だった。
エリオットの中に、戦わない個体がいることに気がついたのだ。
先程までは、乱戦だった上に襲ってくる数が多く、そういった個体は、中庭から溢れて弾き出されていた。
だが、数が少なくなると、一方的にやられていたり、逃げたりしている個体が目立つようになったのだ。
いったいこれは何を意味しているのだろうか。
麗「ちょっとあつまれ。」
中庭の中心に、背中合わせになって3人が集まる。
アリス「お前もおかしいと思ったか。」
ミツクビ「これは明らかにおかしいニャン。」
あろうことか、息を切らせて壁にもたげる個体まで出始めた。
今まで勇猛果敢に剣を振るいあっていた兵士が、一転、逃げたり休んだりしている。
本体の指示なら、珍妙すぎる指示だ。
麗「俺が思うに、こいつらは本体の命令以外の何かに従っている。自動操縦なのは見てわかるが、本体の相手を見つけて倒すことが目的じゃないんだ。」
ミツクビ「わざと仲間割れして、わざと逃げる役と追いかけて殺す役…。わざと休む役…。もしかして、これは"お芝居"なんじゃないかニャ?」
アリス「…は?」
戦闘とはかけ離れた発言に、調子を乱される。
だが、彼女はいたって真面目だった。
ミツクビ「人間は、作り話…ふぁんたじー?とかそう言うのが好きな人がいるニャン。そういうのを、いろんな役割を演じて体と言葉を使って語る人がいて…。」
アリス「いや、そんなことは知っている。だが、それとこれとがどう関係するんだ。戦っている間に芝居をうっているなんて、訳がわからん。」
ミツクビ「んと…。えと…。」
もじもじと言葉を詰まらせる。
麗「つまり、これは"戦っている"のではなく、あくまで、"物語の1シーン"ってことだろ。」
ミツクビの尻尾と耳がぴくりと立つ。
ミツクビ「そう!!そうだニャン。さすが団長。」
アリス「ということは、物語自体が能力で、それにしたがって動いているということか。ならば、モチーフがわからなければな。ヒントになりそうなことは躊躇わず言ってくれ。」
太陽はもうほとんど沈んでおり、雲にグラデーションを作り出している。
麗「陽が沈み始めてから人数が減り始めた。昼夜に従っている可能性が高い。」
アリス「他には。」
ミツクビ「仲間割れするってことは裏切り者が出ただろうニャン。」
アリス「必死で裏切り者を探す、けど、夜になったら必ず終わる…か。」
顎に手を当てて、むむ、と考え込む。
アリス「いや、まてまて、そもそもこの物語はまだ終わっていないのだよな。」
ミツクビ「ミャー…。あれだけ必死で探してたのに、こんなにあっさり時間に従うなんて、"物語"っていうより"ゲームのルール"みたいだニャン…。」
麗はその言葉に反応した。
ちょうど、太陽が沈みきり、うっすらと残るグラデーションだけが明るさを持ちこたえさせている時であった。
麗「"人狼ゲーム"だ。」
ミツクビ「??」
アリス「人狼ゲーム…だと?それは、どういうものだ?」
麗「ざっくり言うと、数人集まって、一人の狼役と、のこる数人の村人役を用意して、狼は見つからないようにみんなを騙すんだ。昼時間に疑い掛けの押し問答をして、夜になったら多数決をするんだ。見つかったら狼は処刑。」
ミツクビ「見つからなかったら…?」
麗「狼に、村人が一人、喰われる。そうやって回数を重ねて、狼と村人がふたりきりになったら、狼の勝ちなんだ。」
アリス「今の状況に当てはめると、エリオットたちは日中、散々互いを疑って傷つけあった挙げ句、狼を見つけられず消え失せ───────」
ミツクビ「たべられる"村人"は───────」
麗「俺たちだ。」

獣の足音が聞こえる。
重く、大きな足音が聞こえる。
どしん、どしんと獲物を探している。
散々互いを疑って、疲れたヒトは無防備だ。
いい気味だ。今夜も腹は、満たされる。

「オオオォォォォォォオオオオン…。」
町中から、雄叫びが響いてくる。
3人は路地を抜けて町の中央へと飛び出すと、その姿はひときわ目を引いた。
巨大な人狼が、月明かりを迎えるように、天高く吼えていた。
野生を取り戻したその姿は、二足歩行の暴力そのもの。
その者が放つ力強さは、脳みそはおろか、回りの空気まで筋肉にしかねないものだ。
白銀の体毛がその身を包み、深紅の瞳が目の前の小さな獲物を捉えて離さない。
吐く息が白いのは、いかにその体を動かすのに熱量が要るかを物語っている。
ドン、と、唐突に隕石が落ちたような音を立て、その巨体がこちらへ走ってくる。
それが放つ気迫は、もはや恐怖を通り越し、痛みを与えてくる。
アリスとミツクビの中にある野生が、相手が高等なものであると理解させ、それゆえに屈伏してしまう。
ふたりの脚はガタガタと震え、泣くことも叫ぶこともできず、ただ下等な者として自然の摂理に従う瞬間を待っている。
だが、その場において、人間というものは勝機を探してしまうほど愚鈍だった。
その人間は、ふたりの手を引き、ありったけの暴風で屋根の上に飛び退く。
麗「何突っ立ってンだよ!!緊急事態だってんだ!!」
ミツクビ「だ、団長…。」
突進していた人狼は、鉄柱を刺すが如く踏みとどまる。
タイルは四方八方に弾け飛び、壁に当たったり窓ガラスを割ったりした。
悲鳴が上がり、本来の町の住人はバラバラと散り始める。
人狼は、そんな"外野"には目もくれない。
物語に加わっている"村人"は、赤き瞳が睨んでいる3人だけなのだ。
人狼と、一人の人間は睨みあう。
麗「かかってこいよ。ノロマ。」
幾つもの筋が人狼の回りを吹き抜ける。
それと同時に人狼は拳を振りかぶる。
麗「そこだッ!!」
人狼の周りに敷いた風のレールを滑走する。
そして、人狼の脇腹を掻っ捌く。
…つもりだった。
その剣は人狼の毛を少し削いだだけで、恐ろしく固いその肌や筋肉を削ることすら出来なかったのだ。
人狼は、それを予期していたのか、拳を前ではなく後ろへ振るった。
麗はそれを避けられず、屋根に拳ごと打ち付けられる。
ミツクビ「団長ォ~~~~~~ッ!!」
アリス「この野郎ォ~~ッ!!」
アリスは屋根を蹴って飛び出していた。
だが、乱心でとった行動になど、成果が伴う訳がない。
人狼はいとも容易くアリスをキャッチした。
ミツクビ「──────────ッ!!」
絶句する。
風のレールで軌道を変えられる麗に対して、直線状にしか飛べないアリスなど、キャッチボールと大差無いのだ。
アリス「ア゛エ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ェ゛ァ゛ァ゛ェ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛!!」
悲痛な叫び声を上げ、メキメキと握り潰されるアリス。
アリス「ア……ッハ!!」
肺から空気を抜かれ、声すら上げられなくなる。
人狼は大口を開け、その餌を受け入れる準備をする。
上を向き、その口の上にアリスを持ち上げる。
あとは手を広げるだけ。
抵抗する余裕も与えられず、涙だけが命乞いをしていた。
もう少しで落ちんとしたその時、大きな剣が人狼の手に当たり、アリスは僅かに口からそれた人狼の左肩に当たって、タイルの剥げた地面に投げ出される。
…麗は、屋根にめり込んだまま、剣だけを飛ばしたのだ。
ミツクビ「団長…?」
麗が、なんの意味もなくそんなことをするはずがなかった。
麗は、ミツクビを…いや、ミツクビの後ろを指差しているのが、小さく見えた。
ミツクビ(みんなを連れて逃げろって…?
いや、違う。これは何かのヒントニャン…。)
一度麗の方を見る人狼だったが、先程の攻撃が最後の抵抗だということを確信すると、ミツクビに向き直った。
ミツクビ(番長ちゃんならねじ切ってしまえば殺せるけど、戦えないニャン。ダーリンは水源がないと力そこそこだし、マリンは下手に無防備な状態でさらしたら、第三者に連れ去られる可能性もある…。ブリンクおじいさんは……!!)
その瞳が人狼と交わされるとき、すべてを理解した。
ミツクビ「団長の言いたいことがわかったニャウ。仲間を連れていくんじゃなくて、仲間を信じろってことニャン!!」
ミツクビは中庭に飛び退く。
ミツクビ「ミィは今、振り向く」
人狼は吼え、飛び上がる。
ミツクビ「迷うためではなく」
ミツクビは不自然にきれいなタイルのそばに立つ。
ミツクビ「いつでも共に戦っていると、信じるために!!」
人狼はミツクビを踏み潰さんと落下してくる。
その白銀の流星を、紙一重でかわす。
人狼は両足で力強く着地する。
すると、地面に亀裂が入り始め、人狼はバランスを崩した。
ミツクビは、隙だらけの喉元めがけて飛びかかる。
ミツクビ「ッシャァァァァアアア!!」
ありったけの力で、喉元を横に薙ぐ。
さすがの人狼も、斬首刑にかけられれば死あるのみ。
人狼の巨影は霧散し、首を掻き切られたエリオット本体が虚しく宙に投げ出された。
大穴の中へ落ちると、ミツクビはその死体を穴から投げ出した。
ミツクビ「邪魔くさいニャッ」
すると、瓦礫の中から声が聞こえる。
サクリファイス&番長「せーのっ!!」
瓦礫の壁が蹴破られ、中から仲間の姿が現れた。
ブリンクが、人狼が落ちてくる前に、地響きがしていた時点で蔦の壁でシェルターを作っていたため、無事だったのだ。
サクリファイス&番長「殺す気か~~ッ!!」
威勢のいい声が夜の町にこだまする。
ミツクビ「もちろんあのデカブツだけを殺す気だったニャン。」
マリン「…ふたりは?」
ミツクビ「ッ!!そうだニャン!!早く来てニャッ!!」
切羽詰まっていることを表情で読み取り、ふたりの元へ急いだ。

状態を見た番長の行動は早かった。
番長はサクリファイスとブリンクに応急処置をさせて、ミツクビにはマリンの監視、そして、自身は医者の捜索に当たった。
サクリファイス「団長ッ、お前って奴は…。無茶しやがって…。」
麗「でも、勝ったじゃねえか。」
番長「医者が見つかった!!幸いクリスタルの備蓄もあるみたいだ。」
ブリンク「よかったです…。早急に手当てを。」
アリスは既に気を失っており、復活不能かと思われたが、鍛え上げられていたお陰で、一命を取り留めていた。
医者は老いているためか、おぼつかない足取りで近付く。
医者「ワシは老いに誇りを持っておるぞ~。
死しても尚、この姿を望むことからもわかっていただけるじゃろ~。」
長話を始めるものの、傷それぞれの再生が可能かどうか、達人の手つきで診ている。
医者「本当はクリスタルなんそ甘えじゃ甘え。ワシの手にかかればちょちょちょちょ~いじゃて。年をとる度に周りに人が増えて行く人生は…」
番長は治療が終わった瞬間を見極め、一言二言口を挟んで武勇伝が垂れ流されるのを阻止した。
医者「そんなきれいなお嬢さんは久し振りに診たぞ~。べっぴんさんなんだから、体は大事にするんじゃぞ~。」
そう言うと、でこぼこになった道につまづきそうになりながら去っていったのだった。

アリス「…ン。」
番長「お目覚めか?」
瓦礫をどけた大穴のベッドの上にふたりをしばらく寝せていた。
昨晩の事件のせいで町は大騒ぎのため、仕方なくここを選んだのだ。
ブリンクたちは、中庭へ人が入らぬように、陥没して危険だと説明して押し返している。
アリス「…。」
アリスは、助かったことへの喜びよりも、自分が集めてきたものが瓦礫に埋もれてしまったショックの方が大きいようだ。
番長「せっかく共同戦線のよしみで助けてやったって言うのにそんな顔をするんじゃねぇ。」
アリスの額をぺちと叩く。
アリス「せめてドレスだけでも…。」
番長「じゃあ、人の姿でいなければいいじゃないか。お前、元は人間じゃないんだろ?」
アリスはまた暗い顔になる。
アリス「美しくない自分など嫌いだ。」
はぁ、と大きなため息をつく。
番長「消えた方がよかったか。」
アリス「意地悪め。」
アリスは暗い顔を変えず、そのまま言葉を続ける。
アリス「本当は貴女についていきたい。
だが、貴女はいずれ生き返ってしまうのだろう。」
番長はもちろんと頷く。
アリス「アタシはきっと泣くだろう。でもアタシは二度と泣きたくない。
乙女の涙は宝石と言う者がいた。だが、アタシにとっては醜いのだ。」
番長「で、結局どうするんだ?」
アリス「アタシは海へ帰るよ。お前ほど美しい乙女との別れは惜しくてたまらんが、やむを得まい。」
アリスは起き上がり、空を仰ぐ。
番長「実を言うとな、私もお前を連れて行きたかった。だけど、それは戦力を考えてのことだ。お前の為ではないから、勘違いはするなよ。」
アリスは皮肉げに笑いながら、
アリス「わかっておるわ。」
と、答えた。

この大陸に着いたときにいた海岸を訪れた。
アリス「クライネへの復讐は果たされた。これで共同戦線は終いだ。」
海を背にし、語りかける。
向かい合って立つ一同は頷く。
アリス「まぁ、正直に言うと、コッパの奴にも一泡ふかせてやりたいが、それはお前らに任せるよ。」
サクリファイス「なんだよ、ついてくればいいじゃないか。」
空気の読めない発言に、あらぬガンを飛ばされる。
アリス「すまないな。アタシはお前らの仲間ではない。」
サクリファイス「…。」
アリス「果ての願いが違うなら、いつかぶつかり合ってしまう。矛盾を赦せ。」
サクリファイス「あぁ…。」
アリスは海へと向く。
アリス「では、さらばだ。
アタシは、死んでよかったと思ったよ。」
番長「アリス。」
海へと歩み出そうとする彼女の背中に、声をかける。
アリス「なんだ、別れが惜しくなるではないか。」
振り向かずに、そう返す。
番長「アリス。お前はもう、敵ではない。」
アリスは誰も見ていない頬を吊り上げる。
その頬を、涙が撫でてゆく。
アリス「泣かせてくれるな。お前は、敵でなくては面白くないだろう。」
アリスはそう言って走りだし、高く跳んだ。
体はトランスしていき、鮫の姿になる。
鮫は、美しいアーチを描くと飛沫をあげて海へと溶けていった。
番長「こんなに潔いのに、美しくないなどとよくいったもんだ。」
一同は、もう用はない筈なのに、輝く水平線を眺めながら、繰り返す潮騒をいつまでも聞いていた。

「愚者の弾丸」 EX.38 私(ミィ)の復讐劇

……………………。

酷く重い微睡みをやっとのことで飲み込めそうなのに、呼吸をするためだけに全力を尽くしているんじゃ仕方がない。
何度踏ん張りを利かせても、夢のなかにズルズルと引き戻されるもどかしさ。
誰もいない。
自分がいるとはわかっていても、自分が居ることを証明する人間がいない。
そうなると、自分はリタイアしてしまったのだろうか。
あんな半端なところで滅びてしまったのか。
情けない。

………………。

呼吸はしているんだ。
その空気の流れる音だけが、自分が何らかの世界に留まっている証明だ。

………………。

その空間を引き裂く者が居た。

声「まっててね。迎えにいくから。私の一部が、そばにあるから。助けを"読んで"。」

………………。

いかないでくれ。
あぁ、その声は遠退く。
いやしかし、体は重さを感じ始めている。
────────戻れる。
まだ生き返ることは無理そうだけど、まだ終わりじゃない。
目の前に見えるのは、妄想ではない、肉体の前にある光…。

番長「……………………………ン。」
液体のように不自由さを極めた肉体の操作感覚を掬って固めてゆく。
天井は不気味に光る石が無造作に打ち付けられおり、地上に重いものが乗ろう物なら音を立てて崩れてゆくだろうと容易に想像させた。
手足に枷はない、軟禁監禁の類いではないのか?
粗末なベッドに自分が寝ていることを確認する。
どうも寝覚めは悪いようだ。
ベッドには仲間が肩を並べてよしかかり、静かに寝息を立てている。
ミツクビは向こうに転がっているが、奴の寝相が悪いのは知っていることだ。
ブリンク、マリン、サクリファイス、麗、???
番長「──────────ッ!!!!」
声にならない叫び声をあげる。
おかしい。おかしいのだ。
何を呑気に敵とお昼寝しているのだ。
いや、ここでは時間などわからないが。
番長(いったい何がどうなってるんだ!!?
倒した筈のアリスが居るし、しかもみんなはそいつと一緒に仲良く寝てやがるし…。)
華美な装飾品が無骨な岩壁を飾る部屋の中、一人で思考を張り巡らせる。
番長(とりあえず、寝ているうちに危険は撤去するしかないか…??)
ベッドの上に立ち、銃を構えようとする。
だが、形は固化と霧散を不安定に繰返し、あろうことか手はガタガタと震えている。
そんなことをしていたせいで時間がたってしまい、ついには固化することもできなくなり、体の力が弱まって膝をついた。
番長(なんてことだ…。アーツを維持するほどの生命力も無い…。)
自分の無力さに項垂れる。
仲間の力を借りればなんとかなると、一人じゃないから強くいられると、そう教えられ、それを信じて進んできたのに、一人にされてしまえばそんな言葉など何にもなりやしない。
無意識に歯を食い縛っていた。
アリス「…む、寝過ぎたか。」
アリスは無防備にのびをする。
端麗な姿に似合わぬ、だらしのないあくびまでしてのけた。
それを、息を殺しつつ、冷や汗をかきながら見守る番長。
アリスに振り向かれ、視線が合う。
何も出来ない。
もう、何も抵抗できない。
無理して能力を使っても、無抵抗のままでも、体がぶっ飛ぶことに変わりないだろう。
アリスは立ち上がり、覆い被さる。
番長(もうだめだ…。)

アリス「目が覚めたかアタシの大事な番長よ。」
番長「………………………???」
文字通り覆い被さっただけ。
ハグ。それ以上のことはない。
アリスの豊満な胸を顔に押し当てられて息が苦しいし、ビキニアーマーの角がこめかみあたりにめり込んで痛いが、そんなことはどうでもよい。
番長「ンッ!!!!」
押し退けると、呆気なく後退するアリス。
アリス「愛想がないのう。」
よく見なくても変わっている衣装に、すっとんきょうな返事のトッピング。
番長「夜這いか?」
精一杯の抵抗。
アリス「そうさな。性的欲求というものがあったならそうしていただろう。だが、私はセックスよりも戦闘の方が興奮するのでな。あ、いや、寝ている姿も捨てがたかったぞ~ほんとだぞ~。」
戦っていたときのような覇気は感じられず、倦怠期の若旦那のような、気の抜けた返しをする。
アリス「ん~。食わず嫌いも良くないかな?」
アリスは番長の腰とうなじにそれぞれ手を回して顔を間近に寄せる。
たが、その直後には「思ったほどじゃなかった」という顔をして、解放される。
アリス「やはり、美しい娘には勇ましい表情の方が映えるな。惚けた表情が好きだという男の気持ちが解らん。いかなるときも凛としているから美しいのではないのか?」
アリスが持論を披露し始めると、騒がしさに回りの仲間たちが目を覚ます。
サクリファイス「こ…こは?」
麗「あぁ、話すと少し長くなるが、アリスのアジトだ。」
サクリファイス「ふーん………………はァ~~~~ッ!!!!????」
その後、アリスが自分達と一時的な共同戦線を張っていることを説明した。
番長「利害の一致ってやつ…なのか?」
サクリファイス「まー、アリスならそんな怪しい首輪つけんじゃねーって言いたくなるし、現にはずしてるけど、クライネは世間知らずだったし、なによりコッパの野郎を盲信してたからなぁ。」
アリス「それに、クライネ嬢は貰い物などしたことが無かったようでな、いたく喜んでいたもので、可愛かっ……止めようが無かったのだ。ぬふっ。」
その時のことを思い出したのだろう、下品な笑いが口元から漏れだしている。
そんな和やかな雰囲気とは正反対に、いきり立つ姿があった。
ミツクビ「その幸せな顔を奪った奴が、この町にいるのかニャッ…ッ?」
熱を帯びたその問いかけに、アリスは凛とした表情を取り戻し、頷く。
アリス「そうだ、全員が目覚めたことだし敵の特徴について話そう。そのために安全な場所に移動したのだからな。」
一同は円を作るように陣取った。
アリス「いいか、コッパ12聖典という組織自体、横の関係はあまり深くはない。
だから、持っている情報は限りなく小さいかもしれないし、核心かもしれない。全ての可能性を受け入れる覚悟も、疑う覚悟もしておいてくれ。」
一同は"何を今更"と言う表情で頷く。
アリス「よろしい。では、手元にある情報を出そう。
まず、相手は"切裂のドリー(キリサキノドリー)"、声色から男性だとされているが、素顔は誰も見たことがない。なぜなら、奴はパーカーとズボンをそのままキグルミにしたような妙なアーツで身を覆っているからだ。こちらとしては見つけやすくて良いのだが、反面、体を覆っているせいで容易く傷付けることが出来ないんだ。
奴のアーツの能力は、"斬撃でできた傷からは剣を発射、突きや弾丸による穴からは鉄の棒を発射する"アーツだ。その上、服の上から切り裂いても、いくらでも再生するというイカれた性能だ。だから、剣技を生業とするアタシには非常に相性が悪い相手だ。そこで…。」
辺りを見渡し、再び口を開ける。
番長「格闘に長けた奴が必要ってことか。」
アリス「うむ。貴女(おまえ)の言う通りだ。」
番長「となると、私かミツクビか?
いや、私は今これでいてかなりヤバいから、ミツクビ一択って訳だ。」
ミツクビ「ミィが…ミィがやっていいのかニャン!!?」
アリス「本当は、こういうときはアツくなっている奴に行かせちゃいけないんだがな。生憎、選択肢がない。」
ミツクビ「何だろうと構わないニャ…。復讐ができるなら、それで…ッ!!!!」
ブリンクは危機感からか、たしなめに入ろうとしたが、麗はそれを制止する。
ブリンク「な…。」
麗はダメおしとばかりに首を横に振る。
そのあと、ミツクビに向き直る。
麗「ニャンコ。」
ミツクビ「…?」
あまりに穏やかに話しかけられたもので、メロメロとほとばしっていた心を痒くさせられる。
麗「やりたいようにやれ。お前が本当にやりたいように。いつ振り向いてもいいが、"迷うために"振り向くのだけは駄目だからな。」
ミツクビ「…??あ、当たり前だニャン。戦ってるときによそ見なんてしないニャン?」
麗「そっか。それならいい。」
ミツクビの表情はいつのまにか和らいでいた。

アリス「分担も必要そうだな。」
悩ましげな顔で、そう切り出す。
麗「…だな。マトモに戦闘できる奴が少なすぎる。
ここに残る奴と、ドリーを始末しに行く奴等で別れた方がいい。」
ブリンク「それではこうしましょう。
私とマリンさん、番長さん、サクリファイスさんとここに残ります。アリスさんと麗さん、そしてミツクビさんは外に出てもらいます。理由は各々ご理解いただけますよね。」
一同は頷く。
アリス「現実的で、かつ素早い判断だ。では、行くぞ。」

麗「一応閉めておいた方がいいよな。」
強い日差しに瞳を刺されながら問いかける。
アリス「一応ではない、絶対だ。」
言われるがままに、明らかに土埃の被りようが違うタイルを元の位置へ戻す。
すると、上から声が聞こえる。
???「よォ…。お前、脳筋だと思ってたけど、案外器用なのなァ…。」
屋根の上に立つ不気味な姿。
深紅のパーカー、黄色いズボン。
顔までも、肌のひとつも見せず被う姿はフェルト人形にも見える。
顔の大きさと不釣り合いに大きい体躯が、いかにそのキグルミが分厚いかを証明している。
手の部分はしゃもじのように丸くなっており、そこから四本の刃がそれぞれ生えている。
ミツクビ「お前かッ、クライネをあんな目に逢わせたのはッ!!」
パーカーの顔の部分に描かれた笑顔が憎たらしく震える。
ドリー「そうさ。俺が"切裂のドリー"。首輪のアーツを持っている張本人よォ。
はっはっは。しっかし、あいつはもうダメだったんだよ。裏切るとか裏切らないとか、それ以前にさァ。
あいつは、"生き返る目的を失っちまった"。
生き返りたいと願わない奴は、コッパ12聖典には必要ないんだよなァ…。」
笑いながら、無い目でこちらを見つめてくる。
ドリー「アリス…。お前もだよ。
敵の女に色目使ってよォ、不味いなァ、と思っていたら案の定。お前、"満足しちまった"よなァ。
それもそうか…。お前も生前は人間じゃなかった奴等の一人だもんなぁ…。人間として生きるのが、楽しくなっちまったようで。」
語りたいことを語り終えたのか、ため息をひとつついて、笑うのをやめる。
ドリー「ま、そういうことだから、お前が仲間でいたいか敵でいたいかは別として、"必要がないから"、お前を始末させていただきますわ。本気でねェ。」
それを合図としたのか、建物の隙間から、小さな中庭へと、もう一人、男が現れた。
アリス「……!!バカなッ!!お前が他のメンバーと組むなんてあり得ないッ!!」
もちろん、それはドリーに向けてはなった言葉ではない。
アリス「"月影のエリオット"!!」
そう呼ばれた男。
若白髪が目立つごわごわとした頭髪。
日に焼けた肌、深く刻み込まれた顔の皺たち。
漆黒の鎧を纏い、銀色の剣を携えている。
真っ直ぐなその瞳には、ドス黒い狂気が凝縮されている。
エリオット「私の全ては愛する我が国への忠誠が起こさせる。それ以外のことはない。例外無く!!
故、故郷へ帰る私の妨げとなろうものなら、たとえ昨日までの同胞であろうと手にかけて見せよう!!」
ドリー「ま、つまりは、"マリンをこちらのグループへ渡す可能性が消えたなら、もう敵ですよ"ってコトだ。やァ、賢い選択だねェ。」
アリスは、放つ虚勢もメッキのようにボロボロに剥げた弱気な顔で相手を睨む。
麗「どうした、そんなにヤバい相手なのか?」
アリスは口の中で食い縛っていた歯をほどき、言う。
アリス「ああ。エリオットのそれは、まさしく"戦争"だ。アタシが海で最強なら、こいつは地上で最強だ!!」
それを言い終えるか言い終えないか、それほどのタイミングで、あらゆる道と言う道から、エリオットが現れる。
麗「嘘…だろ…?」
狼狽える間にも、エリオットは増え続ける。
麗「クソッ!!」
襲いかかってくるエリオットの群れを大剣で弾き返す。
一人一人の戦力は、多少腕の立つ兵士といった程度だ。
だが、それも束となればとんでもない脅威だ。
致命傷を受ければ霧散してゆくものの、圧倒的に供給量の方が多い。
そして、異様なのは襲ってきているのは一部というところだ。
では、残りの方はどうしているか?
ミツクビ「…!!??」
なんと、"残りのエリオット同士で争っている"のだ。
麗(そうか、数が多すぎて、敵味方の区別をつけさせるだけの精度がないのか…。たしかに、これは"戦争"としか形容し様がないな。)
そこへ、ドリーはようやく降りてくる。
麗「アイツ、正気か??」
アリス「正気もなにも、最初から降りてくるつもりだったんだよ!!絶対にアイツから目を放すなッ!!」
ミツクビ「承知ニャッ」
返事をしたすぐ後に、その答えを知ることになる。
数体のエリオットは、目の前に現れた標的に向かって躊躇無く剣を降り下ろす。
キグルミが裂けて、中の真っ黒い空間が見える。
ドリーは体をくねらせて、その傷口をこちらに向ける。
アリス「来るぞッ!!」
たくさんのエリオットの間を縫って幾つもの剣がこちらへ飛来する。
傷口ひとつにつき一本。だが、傷口をエリオットに次々増やされては、そんなことは些末事だ。
剣を放つとまた次々傷口はふさがり、次のエリオットの斬撃を待つ。
時々エリオットに刺さるが、物量が物量なのでお構い無しだ。
挙げ句、地面に落ちた剣を拾い上げて、二刀流になるエリオットまで出始めた。
ミツクビ「フキーーーーーッ!!」
アリス「ダメだ、埒があかない。何か手はないか!!?」
迫り来る波状攻撃。
剣の舞に興じる戦争の中の道化。
ミツクビ/麗/アリス「「「あの、道化野郎が鼻につく。」」」
ドリー「くへへ、ちからを抜けば、いたぶったりしてやらないのによォ。」
こちらの声が聞こえているのか聞こえていないのか、挑発をけしかけてくる。
麗「なぁ。」
アリス「短く頼む。」
息を切らしながら、剣を振るう。
脂汗が体を伝っていくが、不便なことに、伝えたいことは口で言わなければ伝わらない。
麗「一瞬だけ隙を作る。そのうちに、ミツクビは奴の元へ。」
アリス「意義なし!!」
ミツクビ「暇なし!!」
麗「実行されたし!!」
叫んで、大剣を地面に突き立てると、爆発にも似た暴風が、エリオットたちをはねのける。
刹那、ミツクビはパチンコで飛ばされた玉のように弾けとんだ。
ドリー「ホォー…。」
今、今しかない。
エリオットの群れが戻ってくる前に。
拳を握りしめるミツクビ。
だが、脳裏には余計な思考がちりばめられていた。
(もしかして、殺せないのでは?)
(パンチ一発なんて不可能なのでは?)
(そもそも、人を殺したことなど無い。)
(いつも、止めはみんなだ。)
(自分は、どうすれば正解なのだ…?)
答えを求めて、振り向きそうになる。
だが、さっきの言葉が、脳裏の全てのいざこざを塗りつぶした。
『やりたいようにやれ。お前が本当にやりたいように。いつ振り向いてもいいが、"迷うために"振り向くのだけは駄目だからな。』
心のスイッチが木っ端微塵になったのを感じた。
(自分が"やりたいこと"はただひとつ。
クライネと同じように、首を跳ねてブッ殺す。それだけだ。)
ミツクビ「ックシャァァァァァァアアアア!!!!」
牙をむき出しにして、爪のアーツを横一文字に薙ぐ。
お次とばかりに、飛来する凶刃を縦一文字に薙ぎ払う。
ドリー「そんなことをしても無……駄?」
ミツクビには、もうドリーのことなど眼中になかった。
遂げられた復讐の余韻を、荒れ狂う足音のなかに感じていた。
ドリー「何故だッ!!何故塞がらないッ!!」
誰もが忘れていた彼女の秘めたる能力。
その爪は、その軌跡を焦がし、再生を叶わなくする焔の魔爪。
ドリーは塞げなくなった穴から霧散して行く生命力を必死でとどめようともがく。
だが、その哀れな姿は戦争の中ではあまりにも…矮小だった。
いつのまにか、アーツの剥げたその亡骸は、頭、首、胸部に真っ赤な平行線を描かれて、寸断されていた。
それを、怒濤の足音がメチャクチャにしてゆく。
肉片は、戦禍の中で無様に、そして当たり前のように、町の片隅へと蹴飛ばされ、転がっていった…。






そして、陽は沈んで行く…。

「愚者の弾丸」 EX.37 それは美しきマーメイド

番長は一向に目を覚まさないが、それはもう仕方のないことだと割り切ってしまわなければならないな、と感じていた。
麗「なぁ、やっぱり移動しねぇか?」
寒さに震えながら、そう切り出した。
ブリンク「危険です。もうすでに囲まれている可能性だってあるのですよ。」
麗「だけどさ、ここじゃあ目立ってしょうがねぇ。
それに、こんなに寒いと、回復するものもしきらないだろう。」
ミツクビ「そういう時はちゃんと身を寄せ合えば暖かいから大丈夫だニャン。」
麗「そういう問題じゃなくてよ・・・。」
そう、頭を抱えていると、ドームの外から憎たらしい声が聞こえてきた。
アリス「いいじゃねぇか。混ぜてくれよ。」
麗「テメェ、消えてなかったのか!!」
活動できる全員が飛び起き、戦闘態勢に入る。
アリス「まぁまぁ落ち着けよ。アタシは番長以外とやり合うつもりはない。
だから、ちゃんと生きてるかどうか確認したくてね。」
麗「ちゃんと死んでるぜ。生き返ったり消えたりしちゃいねぇよ。」
アリス「そいつは何よりだ。」
ミシミシと神経が悲鳴を上げるほどに、空気は張り詰めてゆく。
その原因、余裕綽々と振舞うその姿は風を切り裂くほどに速く、かつ繊細な太刀筋を持つ。
走る死であり、吹き抜ける死である。
そんな相手を満身創痍の今、巨大な蔦の壁をはさんで間近にしている。
ところが、一向に攻撃的な気配を感じない。
命を狙っているのなら、蔦の壁を切り崩しにかかってくることもあり得なくないはずだ。
アリス「おい。」
こちらが構えて押し黙っていると、拍子の抜けた声で呼びかけてくる。
麗「なんだ、用があるなら回りくどい言い方はよしてくれ。」
強敵に対する精一杯の虚勢。
だが、帰ってくるのは虚脱としたため息だった。
アリス「そう強張るな。別に戦いに来たつもりはないと言っただろう。」
麗「番長の命は別じゃないのか?」
アリス「寝首を掻くのはアタシの美学に反するのでな。むしろお前らの手助けがしたいほどだ。」
麗「は?」
突拍子もない意見に一同の精神はどよめいた。
アリス「実を言うとな、全力でぶつかり合うのが信条の手前、先の戦いで激しく消耗していることは、お前らと同じなのだ。
だから、向こうの街まで同行し、一休みしたい。
そのあとに番長と決闘をしたい気持ちもあるのだが、何分アタシは海の上でしか全力が出せないものでな。それに・・・。」
ドームの外側から、アリスは何かを投げ込む。
一同は驚いて身を構えるが、それは見覚えのある鉄くずだった。
ブリンク「これは、チョーカー・・・ですかな?」
ミツクビ「――――!!!!」
ミツクビのしっぽの毛は逆立ち、歯を食いしばって怒りを顕にしている。
アリス「水の姫君の復讐を頼みたくてな。」
ブリンク「これはコッパという人間がつけたものですね。だとすれば、言われるまでもありません。」
アリス「いいや、ちょっと違うんだなぁこれが。
これを付けたのはコッパの部下・・・まとめて”コッパ12聖典”と呼ばれている能力者集団のひとりだ。
それはその部下のアーツで、裏切りをしないように付けたんだそうだ。まさか、殺す機能が付いているとは思わなかったがな。
もちろん私もその一人で、それは私が力尽くで外したぶんだ。付けられたその日に取り除いておいて正解だったよ。」
忌々しげに首を掻きながら言葉を吐き捨てる。
麗「それで、その首輪をつけた元凶が、そう遠くはないところにいるんだな?」
アリス「あぁ。というよりか、クライネを殺すまではあの街に居たんだろう。
そして、その晩に、コッパか誰かが用意した船で一足先にこちら側に来たのだ。
今考えたら不自然だった・・・あの日は船は全て水没したはずなのに、すれ違う船があるなんてよ・・・。」
ミツクビ「それで・・・本当に案内してくれるだけなのかニャン?」
訝しげな顔で尋ねる。
アリス「そうさ。・・・というより、目と鼻の先だから、急襲されないように護衛するだけだがな。」
麗「そうか、なら話は早い。もし信用を損なうことがあっても、それだけが嘘じゃなければ逃げの一手に徹すればいい。」
アリス「なんだ、その経験の浅い太刀筋で、アタシと渡り合える手立てでも?」
麗「俺一人が犠牲になれば、可能性はある。」
一度強がってしまった手前、気を強く、声を強く当て返す。
それに対して、アリスは大きく笑い声を上げた。
アリス「なんだ。お前らのことをおまけだと思っていたが、見込みがあるじゃあないか。
それだけの肝があれば、助力してやるまでもなかったかもしれんな。」
麗「冗談。手負いの人間を抱えて行くのには、この状況は厳しすぎる。」
アリスは上機嫌な笑みを浮かべながら、蔦の壁にもたれかかる。
アリス「ところで、これはいつどいてくれるのか?」
乾き始めた手で、ぺちぺちと蔦の壁を叩く。
ブリンク「・・・あなたを信用した前提での話になりますが・・・」
今までとは毛色の違う声色に、アリスは耳を傾ける。
ブリンク「街には敵がいるかもしれない、しかし、休むのは街でですよね。矛盾してはいませんか?」
麗「確かに・・・もしかしてお前・・・」
アリス「おーまてまて、疑うなら弁解の余地を与えてからにしてくれたまえ。
まず一つ、この状況下じゃあ街も浜辺も危険度は変わり無い。屋根やベッドが付いていたほうがいいだろう。
二つ、あの街の地下にはアタシが勝手に掘ったアジトがある。
おおかた、マリン嬢を探すために使っていた拠点といったところか。そこに居ればひと晩程度は難無いはずだ。」
ブリンク「納得しました。それではまもりを解きましょう。」
麗は、いいのか?、と問いただしたくなったが、ここまで来ては往生際が悪いなと言葉を呑んだ。
蔦の壁がなくなると、アリスは期待通り手ぶらで待っていた。
アリス「おぉ。」
上機嫌な様子で感嘆の声を上げる。
ミツクビの足元に転がっている番長にまっしぐらに近寄り、お姫様抱っこで持ち上げた。
それも、わざわざ力の入っていない番長の手を自らの首にまわして。
アリス「ぬふっ。」
不気味に笑い、恍惚の表情でその寝顔を愛でた。
その顔はさながら、新品のトランペットを買ってもらった少年のようだった。
ブリンクはそれに準ずる形でサクリファイスを持ち上げる。もちろん手は回さず。
麗「おい、護衛が持っていてどうするんだ。」
そんな声も何処吹く風、アリスは手にした財宝を愛おしそうにアジトへ運び始める。
麗「はぁ・・・このことも、教えてやらない方が番長の為か。」

陽は相変わらず差し込まず、澱んだ空はしかめっ面を保っている。
そんな不吉な風景とは裏腹、幸いにも敵襲が来ることはなかった。
アリスはそのことを知っていたかのような身振りだったため、まんまと弄ばれたな、と頭を抱えた。
そんな一行を迎えるのは、小洒落た石畳と、潮風で傷んでいる木造の家々。
此処こそが、ギャラク大陸とイースガルド大陸を結ぶ、”荒波轟く港町 シー・ハウンド”だった。
だが、名前のインパクトとは程遠く静まり返っていた。人が住んでいるはずなのに、活気が全く感じられない。
マリン「もしかして・・・もう敵に見つかっているんじゃ・・・。」
ブリンクの服の裾にしがみつき、震え怯えた声を上げる。
アリス「ん?もう雨は止んでいるだろう。海も穏やかだし。」
麗「だったら、なおさらおかしくないか?」
アリスは少々考えたあと、一人で納得した。
アリス「そうか、お前らはこっちの街のことは知らないんだったな。いや、噂程度は聞いているものと思って話していたよ。
この街はな、荒れた海を好む者が集まるんだよ。だから、海が平和な日は獲物になる荒波がこないから死んだように過ごすのさ。」
そう言って彼女は周りを見渡す。
アリス「――ま、逆に目立ってしまうというのもあるから、さっさと潜ってしまおう。」
返答も待たず、足早に建物の隙間に消えてゆく。
そのあとを追った先には、タイルが少し大きめになっている中庭があった。
その中の一つを、コケをまき散らしながら乱暴にひっくり返す。
アリス「先に一人行ってく・・・あ、いや、アタシが先に行くから、動けない人間を落としてくれ。」
タイルをどけたところに空いている穴を指差して言った。
麗「どっちでもいいだろ。」
アリス「いや、アタシ以外に番長を抱えられるのはあまり愉快ではない。」
ブリンク「わかりました。サクリファイス君もお願いしますね。」
アリス「失念していた。」
麗「嘘つけ、動けない人間って言った時点で多数だろうが。」
アリス「・・・では、アタシが下へ着いたら男の方から落としてくれ。」
へいへいわかりましたよ、といった顔で穴に取り付けられたロープのはしごで降りてゆく。
ミツクビ「ダーリン・・・グッドラック。」
ミツクビはサクリファイスの両足を掴んで吊るすように持ち上げる。
マリン「なんでさかさまなの・・・?」
麗「あぁ、あれはまっすぐ落ちるようにするためだ。
人間が持っている臓器で一番重いのは脳だからな。普通の体の向きの人間を意識を失ったまま落としても、空中で頭が下になるんだ。
だから、普通に落としちまうと途中で引っかかって、最悪、はしごまで引きちぎりかねない。」
ミツクビは手を離す。
その下でアリスはタイミングよく、ハグをするように受け止める。
アリス「ぽいっ。」
それを、横側に放り投げる。
ミツクビ「ふかーーーーッ!!」
麗「死にかけなんだから大事にしろ!!」
アリス「うっせーなー。」
バツの悪い声で答えつつ、構えを直す。
ミツクビはそれに合わせて番長の足を持ち上げる。
麗「おわっと。」
合図もなしに持ち上げられたので、慌てて後ろを向く。
ミツクビ「すごいニャ~スカートの内側、ポケットいっぱいついてるニャン。」
麗「さっさとしてくれ。」
ミツクビ「へいへいニャ~。」
軽口を叩きながら、番長を落とす。
先程と同じように、アリスはしっかりとキャッチする。
アリス「お前らも降りて来い、タイルは閉めておけよ。」
マリン、ミツクビ、ブリンク、そして、最後に麗が安全確認をしてから、タイルを引きずりながらはしごを降りた。

麗「おい、これ、ひとりでやったのか?」
アリス「・・・あぁ。天気のいい日にまとめてやったぞ。バレないように土を捨てるのが一番大変だった。」
そこには、人一人住むには充分なスペースが広がっていた。
石を削って作られたであろうマネキンには、ドレスや鎧、ビキニアーマーなどが綺麗に飾られていて、壁には煌々と高貴な輝きを放つネックレスやバングルが意図的に作られた出っ張りにぶら下がっている。
何より目を引くのは、今入ってくる寸前まで磨き続けられたのではないかと思うほどに綺麗な姿見だった。
そこらに無造作に置かれている、金銀財宝の入った宝箱も大層なものだが、その鏡はこの部屋を引き伸ばしていると感じるほどに曇りひとつない。
天井にはほのかに発光する不思議な石がいくつも豪快にねじ込まれていて、美しい光源がより一層この部屋にある財宝を華やかに見せる。
その中に置かれている、存在しているそれ自身さえもこの煌びやかな空間に不釣り合いだと不満を漏らしていそうなほどみすぼらしいベッドに番長を寝せて、サクリファイスはそれにもたれかかるように置いた。
麗「はぁ。ホッとしたら疲れがどっと来た・・・。」
麗もサクリファイスに寄り添うように、ベッドにもたれかかる。
すると、アリスはおもむろにドレスを脱ぎ始めた。
麗「ってオイちょっと待てい!!」
アリス「なんだ、そんなつもりはないから、嫌なら目を瞑っていろ。」
下着姿のまま、ずぶ濡れのドレスを絞る。
アリス「脱ぐのも不本意なら、絞るのもまた不愉快だ。
まったく・・・せっかく華美に仕立ててもらったのに生地が傷むではないか。だが、こうしないと乾かぬしなぁ・・・。」
こちらのことは眼中にないのか、ひとしきり絞り終えると何も着ていないマネキンにかけて、手で叩いて気休め程度にシワを伸ばす。
ブリンクは紳士的に壁のほうを向いて考え事をしていたが、麗は不覚にもアリスの姿に見惚れていた。
今の今までは殺すべき敵であったし、男勝りな振る舞いであった為か全く意識していなかったが、いざこうして無防備な姿をさらされると、その魅惑的な体つきに心を奪われてしまう。
付くべきところに脂肪は付いているが、だらしなくはなく、その筋肉質さが乙女のか弱さを粉微塵にしてる。
引き締まっていてスタイリッシュ、なおかつラインはエロティック。さながらその凛としたしなやかさは踊り子のようである。
その淡麗な姿は、口で言わずとも”乙女たるもの美しくあるべき”と語りかけてくる。
麗(ああ、そうか。鏡を綺麗にしているのは、自らの美しさの一点の曇りも赦さないからだ。)
納得した。なぜ、そこらにある華美な装飾品よりも鏡を綺麗にしているかを。
強く美しく。それが彼女のあり方なのだ。
嗚呼、こんなにも堂々とした生き方をしている人間を疑っていたなんて。
あんなにも堂々と、「アタシのテリトリーに来れるもんなら来て見やがれ」と船をけしかけてくるような奴だ。
戦いにまで美学を持ち出すような奴だ。
自分は、”殺されても爪痕を残してやる覚悟”があっても、”戦いそのものに対しての潔い覚悟”がなかったのだ。
この道は、負け犬根性の薄汚い迷いは荷物にしかならない。
全力で間違い続ける潔さの方が、よっぽど大事で、重くて、醜悪で、美しい。
人助けをするために旅をする、なんて言った手前、自分が正しいことをしているとか、そうしなきゃいけないとか、自分が進む道は正しいとか、そんなことを思っていた。
多分番長だって、通ってきた道は違えどそうだ。
だが、結局戦いをする者は私欲を果たすことが目的なのだから、本当の意味で正しいとか正しくないとか、罪とか罰とか、そういう大事なものは一旦棚に上げて、とりあえず全力で間違い続ける。
後始末まで全部してやるという覚悟の上ではないと、生きて帰るだの、憎いやつに復習してやるだのというエゴは果たせないのだ。
間違えることを恐れていたら、泣き寝入りするしかないのだ。
そんなことは嫌だから、ただ愚直に救いたいものに肩入れして、信じた道を進む。
番長がヒロインだからって、自分たちが正義のヒーローだとは限らないのだ。
滅茶苦茶だって言われるだろう。悪者の言い訳だって言われるだろう。
だけど、正しさのために足を止めるなんて、この一団には出来やしないのだ。のっぴきならぬ。振り向けば暗闇だから。
これからは、背負う悪ではなく、突き進む悪となろう。行く道を塞ぐ歪を吹っ飛ばして進むのだ。
嗚呼、これで一層、躊躇いなく剣を振るえる。自分のわがままで守りたい明日の為に。

結局、麗はアリスが着替え終えるまでずっと見続けていた。
途中からは、見ていたというよりは、そっちの方を向きっぱなしで考え事をしていたのだが。
アリス「随分と熱心じゃないか。そんなにアタシが愛おしいか?」
麗「あ、いや、別に。」
アリスは今までのドレスとはイメージが真逆の、盗賊のような姿になっていた。
ほぼ下着といっていいブラのようなビキニアーマーに対し、腕から指先まですっぽりと包み込む、鉄板のついたグローブ。
ベルトで留められた短いスカートから伸びたセクシーな足には膝上までを覆うレガース付きのブーツを履いている。
アリス「ドレスの方が好きなのだが、あいにく相手が男だとわかりきっているのでな。」
そうは言いつつも彼女は姿見の前に立ってポーズを取ってはああでもないこうでもないという顔をしている。
アリス「うむ、不満だ。」
そううなづくと、麗の隣にもたれかかる。
麗は思わずどぎまぎしてしまう。
アリス「悪いな、アタシは恋愛というものに興味はないんだ。この世は、美しいか美しくないかさ。」
そんな期待外れで予想通りなセリフに、むしろ安心してしまった。
だが、心の平和は長くは保たなかった。アリスはそのまま眠ってしまい、麗にもたれかかってくる。
アリスの色めかしい寝息が耳にへばりついてくる。
見かねたミツクビは麗の頭を無言でひっぱたいた。
ミツクビ「ドーテー丸出しだニャン。」
麗「余計なお世話だ。」
そう返すと、緊張は解け、疲労に引きずられるように眠りについた。

 

 

街に、獣の足音が聞こえる。