DAI-SONのアレやコレやソレ

創作ライトノベル、「ハーミット」「愚者の弾丸」「ハーミット2」を掲載。更新停止中です。

「愚者の弾丸」 EX.36 越えて尚、あの世この世を歩むなら

ブリンクは太い蔦のドームを作り出す。
たが、空が曇っているせいか、それとも下が砂地なせいなのか、うまく成長できずにその場を覆うまでには至らず、花瓶のように小さい口を開けていた。
その中で、サクリファイスと番長は生命力を使い果たし、倒れていた。
麗もかなり消耗してはいたが、気を失うほどではなかった。
マリン「番長お姉ちゃん、消えちゃうのかな…。」
濡れた寒さにうずくまったまま、そんなことを言う。
ミツクビ「そんなネガティヴなこと言っちゃダメニャン。」
とは言ったものの、現実は目の前にあるものだ。
サクリファイスは消耗して気を失っているだけだが、番長は、僅かとはいえ超常現象を使ったせいで、脚部が半透明になり、幽霊のようになっていた。
たかが数発、しかもなるべく消耗の少ない形で撃った程度で、肉体をとどめておくことも難しくなる。
それが、目の前にあり得るはずのない現象を無理矢理に引きずり出した代価なのだ。
麗「無茶苦茶やるんなら、反動もまた無茶苦茶か。
どちらに恐ろしいと言えばいいかわからないな。」
ブリンク「ええ…。出来るなら、二度と使う機会を与えたくないものです。」
沈黙が訪れる。
灰色の空がよりいっそうドームの中を暗くする。
ミツクビ「そ、そういえば珍しいニャン、曇り空って。
こっちの世界ではずっと晴れていた気がするニャン。」
麗「言われてみればそうだな。
雨が降らなくても干ばつする恐れはないし、気にしていなかったな。」
空を見上げる。
ブリンク「雨が降るのもそう先のことではないでしょうな。」
麗「ブリンクさんには申し訳ないけど、天井がないことには心細いな。二人を抱えてでも、どこか建物に避難した方が良いな。」
ミツクビ「でも、ここ海岸ニャン。建物なんてあるのかニャン?」
麗「港町の対岸だ。そう遠くないところにこちら側の港町があるだろう。
そうだな…。灯台なんかがあれば解るんだが。」
ブリンク「しかし、灯りが点るまで待つと言うのも巧くはありませんね…。」
話をしているうちに、雨粒が砂浜を濁らせ始める。
麗「不味いな…。時間がない。」
雨粒の冷たさに、サクリファイスは意識を取り戻す。
サクリファイス「………ン」
マリン「サクリファイスお兄ちゃん!!」
サクリファイス「もっと効率的な呼び方はねぇのか…ウウン…。」
ミツクビ「ダーリン…。」
安心したいところだったが、やはり番長の容態は思わしくない。
サクリファイスもそれにすぐ気がついたようだった。
サクリファイス「ハッ…笑わせてくれる。
会ったときからずっとデカい口叩いておきながら、一番ひどいザマじゃねぇか。」
麗「お前…。」
前のめりになる麗に、小さく手を振る。
サクリファイス「まぁまぁ、そういうことじゃない。コレは、一番ヤバイ奴に使うべきだと思ってね。」
ポケットからクリスタルを取り出す。
麗「これ、あの時の…。」
サクリファイス「そうだ。やっぱり命がけで旅してるんだ。
"いざというとき"は、来てほしくなくても来るもんだ。」
サクリファイスは苦しそうに寝返りを打つと、隣に寝ている番長にクリスタルを押し当てる。
クリスタルは空っぽになった番長に吸い上げられるように、あっという間に光の粒子になって、番長の体の中へと入って行く。
そして、半透明だった番長の脚は、すっかり元通りになった。
マリン「あぁ、やったぁ…。」
ブリンク「安心するのはまだ早いですよ。
目を覚ます気配がまるでありません。
見た目を取り繕っただけで、中身は空っぽなんです。」
サクリファイスは、落ちてくる雫が番長の頬を伝って行くのを眺めた。
サクリファイス「そうか…。俺のせいで足止め食らってたのか。情けねぇな…。」
ミツクビ「そんなことないニャン。ダーリンが居なかったら、あのまま海の藻屑になってたニャン。」
サクリファイス「そうか…。」
そう返す彼の目は虚ろになってきている。
麗「やっぱり、もう少し眠らないとダメみたいだな。」
サクリファイス「悪ぃ…。」
今度は、気を失った訳ではなく普通に眠りに落ちた。
ブリンク「とりあえず端に寄せましょう。 風が強くならなければ、濡れることはありません。」
言われるがままに、二人を中心から引きずり出す。
麗「もう少しくらいなら凌げそうだな。」
ブリンクとマリンはサクリファイスを、麗とミツクビは番長をそばにおいていた。
蔦にもたれ掛かると、伝ってきた水滴で背中が濡れてしまうため、膝の上に寝せる他なかなった。
雨がさほど強くないお陰で、蔦の過ぎ間からくる雨はそう多くはなかった。
ミツクビ「こうやって見ると、番長ちゃんって結構美人だニャン。」
麗「そうか?女々しい男みたいだと思うんだけど。」
ミツクビ「え~。団長は見る目ないニャー。」
麗「髪を切ったら少年にしか見えないと思うぞ。」
ミツクビ「でもお尻ぷりぷりだニャン。」
麗「スタイルの問題だったらお前の方がマシだろ。
持ち上げてみればわかるけど、こいつ結構筋肉ついてるぞ。」
ミツクビ「努力家なんだニャ。」
麗「あぁ。仲間のためなら、単身敵地に赴くような奴だからな…。
自信の鍛練は怠らなかったんだろう。」
サクリファイス「…そのこと…なんだが。」
半目でこちらを見ながら話しかけてくる。
麗「おい、無理するなって。
お前にはなんの治療もしてないじゃないか。」
サクリファイス「そう、治療のことだけど、番長には言わないであげてやれ。
クリスタルを持ち出すのに一番反対してたのはこいつだ。
それが皮肉にも、一番必要だったのは自分だったなんて気づいたら、きっとこいつのプライドが許さないだろう。」
麗「いや、これは仕方ないだろう。」
サクリファイス「何だかんだ葛藤して混乱しつつも、本当は人を殺したりすることを泣いて嫌がるような奴なんだ。
こいつは、自分が一番やりたくないことだから、誰かに押し付けたくないんだよ。
一緒に旅をしてくれるって約束してくれた俺たちみたいな仲間にはなおのこと。
クリスタルを使いたくないのだって、自分の痛みや代価を、死んだ誰かに肩代わりしてもらうようなもんだから、本能的に嫌がったんだよ。
千代たちに出会ったときにそうだったけど、こいつはきっと、正しいと思うことに出会うほど、自分の本当の気持ちを思い出して混乱するんだ。
人を100人殺せば生きて帰られるなんて眉唾物の噂を信じて殺人マシーンになったかと思いきや、かつての仲間に…自分でない正しさにぶつかって、滅茶苦茶なこと言って…いや、あのときは千代の奴も同じだったけど…。
でも、みんなは知らないと思うけど、迷ってほしいと言われたとき、こいつは心の中で、ただの一人の少女である本当の自分の存在を思い出して、大泣きしたんだ。
それから、方針は人助けと、星の戦士のもとへ行くことだけに減ったんだ。
人殺しなんて、本当は誰もやらなくていいことなんだから、よりクリーンな、本当の自分が苦しくないことを目差し始めたんだ。」
一同は耳を疑った。
彼女の言葉の裏側も、彼女の表情の真相も、気にしたことなどなかった。
彼女は元よりよくしゃべる方だ。
言葉を投げれば、皮肉だろうがなんだろうが、何かしらの返事は帰ってくる。
だから、知らない顔などないと勝手に思っていた。
それを知るサクリファイスの語りに、合いの手をくべられる者など居なかった。
サクリファイス「…しかし、クリフォートに着いたとき、こいつはさらに混乱した。
何故って、消えてなくなることが救いになる奴がいることに気づいたんだよ。
たくさん転がっていた、死ぬことも、生きることも望めない奴もいたしな。
滑稽なことに、この世界では、本当の番長が守りたい者ほど嫌う世界だったんだ。
心清き者を道具にして、物心持たぬ者は、死んでいることもわからずに産まれるときを待っている。
俺たちの中で一番ショックだったろうな。
クリスタルになることを望むような奴らはさ、死ぬときも苦しかっただろうに、死んだあともこんな報われない時間を過ごすだなんて…。
そして今、こいつは苦しんだ人間の命で、都合よく生き長らえようとしている。
だから、このことを知ったら、今まで機械のように信じてきた目的も、少女のように抱えてきた正しさも、どちらも取りこぼしてしまうんだよ。
こいつは、出会ったときと変わりなく、ワガママで傍若無人だけど、その願いは幼くか弱いものだったんだよ。」
巡る。
歩んできた道で見てきた彼女の幾重にも重なる表情。
記憶の中、手を伸ばすほど矛盾して行っていた彼女の姿。
リアルタイムではなにも感じなかった仕草のひとつひとつがなんとも悲痛に見えてくる。
サクリファイス「こいつはやるべきことのために、誰よりも真人間である自分を封じ込めて、残酷なマシーンを演じているんだ。
きっと生前も、今も、そしてこらからも、だ。」
あまりに罪だ。
無知でいすぎた自分達がこれほどまでに罪だ。
思わず歯を食い縛る。
サクリファイス「だから、こいつがわからないように、せめて理想を傷物にしてしまわないように、彼女だけをヒロインでいさせてやりたいんだ。
こいつの理想は、こいつが歩む道でしか描けないんだから、一度優しい言葉をかけてやめさせたりなんかしたら、再び歩くのが辛くなって、二度と歩き出さなくなっちまう。
そんなことになったら、今までこいつが頑張って、迷って、突き進んできた道は何だったんだよ…。
こいつが、俺たちに見えない苦しみを背負っていたとしたら、見栄を張った手で背中を支えてやろうなんて大層なことはせずに、見えない様な手で、なにもなかったかのように、そよ風のようにそっと押してやるのがいいとは思わないか…?」
途中から涙声になっていた彼の気持ちの吐露を、なにも言わずに聞いていた。
麗も、マリンも、ブリンクも、ミツクビも、番長の涙なんて知らなかった。
サクリファイスがそれを野暮ったく話さなかったのは、自分達が戦の支え以上になることが彼女にとって邪魔になるのではないかと考えた結果なのだろう。
麗「そうだな…。
番長自信が納得する道を歩んで、その結末を迎えるまでは黙っておいてやるか…。」
ブリンク「いやはや、若者と思って軽率に足を突っ込んだ自らが不甲斐ないですな。」
サクリファイス「助かる…。じゃあ…そゆこと
…で…。」
また彼が眠りにつく頃には、雨は弱まり、鉛色の空は沈黙していた。
ミツクビは、番長を抱きしめ、頬を寄せる。
ミツクビ「…ニャニャ?番長ちゃんって、団長と似たような匂いがするニャン。」
麗「あぁ、なんか、実家みたいな匂いがするな。」
ミツクビ「近くにいればいるほど、番長ちゃんは人だニャ~。」
不意に冷たい風が吹いて、マリンは思わず身震いした。

「愚者の弾丸」 EX.35 アンカー&アーム

一閃。
翻る太刀筋は夢か幻かと空を薙いだ。
番長の胸元のボタンが真っ二つになり、小さな音を立てる。
アリス「気に入らないねぇ。
…いや、一撫でで御せぬもまた優雅か。」
それは蝶か鳥か、はたまた鮪や烏賊か。
余りの速さにその剣閃は風の筋を撫でる様だ。
アリス「いとおしさゆえに、ついついちからが抜けてしまったが…次は無いぞ?」
遊ぶように、弄ぶように剣を振るう。
番長(船を沈めれば何とかなるかと思ったが…この水瓶にくりぬかれた海が奴のものなのだから、下手に力業で行ったところで勝てやしないか…。)
牽制で、弾丸をいくつか放つ。
しかし、アリスはそれをいとも簡単に、斬撃で弾いてみせる。
アリス「言ったろう?次はないと。」
身を屈め、次の攻撃をする最善の体制になる。
アリス「戦いの後の事を心配するような戦いは詰まらん。いや、楽しみが無くなるのを恐れることはアタシにもあるが、それとは訳が違う。全力でない戦闘をする貴女の姿はさながら、原石さ。見つけたときはそりゃ嬉しいが、磨いてやらなきゃ美しさが台無しよぉ。」
不適な笑みを続ける彼女は、不意によそ見をする。
それは、ピラニアと戦い続ける他のメンバーの方だ。
アリス「おっと、御一行様も後がないんだったな。」
アリスはそれ以上の事をすることもなく、視線をこちらへ戻した。
その目には、先程よりも残忍で猟奇的な、イカれた感情が顕になっていた。
アリス「次の剣を、受ける覚悟はあるか?」
アリスは先程までと同じように、重そうなドレスにそぐわないスピードで距離を詰める。
放たれる黒銀の歪曲した線。
その線は止められた。
カトラスはデッキに切れ目を入れた。
そう、番長は"素手で"剣を叩き落としたのだ。
アリス「いいね…。貴女、いい目になったよ…。」
両者、下手に動けなくなった。
剣を抜けば、また拳に剣を捕えられる。
拳を振るえば、その間を縫い、腕を切り落とされる。
後だしジャンケンだった。
アリス「それが限界か…?いや、もう少しビックリ出来そうだな…。」
膠着状態にイニシアチブを取ったのは、やはりアリスの方だ。
剣を抜く瞬間、素早く盾を突き出す。
同時に飛び上がり、反射的に繰り出された番長の拳を盾で受け、その勢いで後退する。
番長は、すぐさま間合いを詰める。
カトラスは袈裟を薙いだが、それを屈んでかわし、サマーソルトキックが炸裂した。
そう、炸裂したのだ。
正確に言えば、炸裂しているのは現象力だ。
打撃が繰り出される度に、青白や薄紫の光が散る。
番長(かなりムチャはしているが…体内への超常現象なら、数発行けそうだ…。)
超常現象による肉体強化で、番長は限界を超えた状態を作っていた。
ほぼ直上空に吹き飛んだアリスがデッキに落ちる。
アリス「フフフ…ハハハハ。
そうだ!!そうでなくちゃ詰まらない!!
さぁ、その限界の限界を見せてみろ!!」
斬撃は格闘を覚えて道筋を替える。
より、捕って止められない位置へ。
拳はそれを捌く。
だが、腹部には浅く切り傷を入れられてしまった。
アリス「お互い出しつくしたか。」
アリスより頬を釣り上げ、愉快な顔になる。
アリス「そうサ!!この極限の戦いが一番濡れるんだぜぇぇぇえええ!!」
カトラスはまた歪に翻る。
2つの拳はそれを挟んだ。
番長「これはジャパニーズ白刃取りだ。ファーストアースの財宝だぜ。」
アリス「面白いものを見つけたな。」
番長カトラスから拳を離す。
その刹那、気がつく前の速さで足はアリスの腹部を薙ぐ。
アリスはうめくこともできずに吹き飛んで行く。
番長「終わった…んだな。」
アリスは虹のようにアーチを描いて飛んで行く。
アリス「なかなかに美麗な娘だったよ…。だが、やはり生前の世界の海に、心残りかな…。」
コバルトブルーに沈んで行く彼女は、その深い色の中で、その存在を曖昧にしていった。
それに比例して、水面は少しずつ元に戻り始めていた。

番長はアリスの最期…こちらからみればピラニアが消滅するまでを見守った。
サクリファイス「ハァ…ハァ…終わっ…ん?」
見ると、水位は元に戻っているのに、船は沈み続けている。
麗「しまった!!コッパに船のアーツ所有者が始末されたかッ!!」
マリン「上からも崩壊してるよ!!」
番長「何とかならねぇか!!」
サクリファイス「何とかしてみるぜッ!!」
船が割れ始めた隙間に鎌を差し込んで、水を固め始める。
サクリファイス「集まれッ!!」
固めた水で小さい船を作り上げた。
船が崩壊し尽くす寸前に全員が乗り込む。
ミツクビ「狭すぎニャン!!」
麗「いや、やるべき事があるから、丁度良い!!」
サクリファイス「なんだ!!?これでもわりと無理してるぞッ!!」
麗「"帆"を張れ!!」
サクリファイス「出来るかそんなもん!!」
麗「擬きでいい!!何とかしろ!!」
サクリファイス「しろと言われたら仕方ねぇ!!」
サクリファイスは帆に似せた看板状の塊を作る。
麗「ナイスだ相棒!!」
麗はそこめがけてありったけの暴風を吹き付ける。
ブリンク「船型ならいけると…。考えましたね。ですが…。」
マリン「風ばっかり強いけど、なんか進んでる気がしないよ!!」
麗「っかしぃなぁ~…。」
遠方にある大陸はいっこうに近づいている気配がない。
番長「じゃあ、風のレールだ。」
麗「いやいや、アレは一人用だぜ?」
番長「船そのものを乗せればなんなかなるはずだ。」
麗「一度浮かせなくちゃ駄目だ。」
番長はため息をつくと、水面を覗き込んだ。
番長「最期の一発だ…。」
麗「…は?」
番長「タイミング、逃すなよ!!」
番長は振りかぶると、紫色の燐光と共に、その拳を水面に打ち付ける。
すると、巨大な気泡が船を持ち上げる。
気泡が弾けた瞬間、船は宙に放り出される。
麗「今か!!」
さっきまでの鈍さが嘘のように、モーターボードのようなスピードで水の船は進む。
麗「ッシャァァァアアア!!」
ミツクビ「降りられそうな岸があるニャン!!」
サクリファイス「そ…か…。」
サクリファイスは朦朧とし始める。
ブリンク「大丈夫ですか?気を確かに!!」
麗「オラァァァ!!間に合えぇぇぇぇええ!!」
水の船が解けるのと同時に、一同は海岸に放り出された。

「愚者の弾丸」 EX.34 ワンダーランド・イン・シー

全員が船に登り終えると、待ってましたと言わんばかりに、錨が上がる。
誰も甲板に出ていないはずなのに、ひとりでに船は動いている。
サクリファイス「船自体がアーツってことか?」
ブリンク「でしょうな。…ですが、すぐに危害を加えて来ないのが不気味ですな。」
その台詞が指すように、帆はゆっくりと風を取り込んで膨らんでゆき、それに準じて船は前進する。
麗「まぁ、乗り物に乗って襲われなかったパターンは無いからな。油断するなよ。」
番長「当然だ。」

そう言った後も、しばらく船はゆらゆらと進む。
その間、ずっとミツクビは水面を眺めていた。
涙は置いて行けても、悲しみまではおいては行けぬから、なおさらクライネの象徴でもある水を眺めていたくなったのだ。
ミツクビ(この世界で死んでしまったら、存在として死ぬとされているニャン。
でも、生前の世界では、死ぬまでこの世界が有ることを知らなかったニャン。
なら、塔のように、何層にも何層にも世界は続いているんじゃないかニャン。)
見えない海の底を見ながら、淡い思いを浮かべる。
ミツクビ(また似たような世界があったなら、今度は間違っても、だれも幸せにならない結末を迎えてほしくはないニャン…。)
遠い所へ行ってしまった彼女に思いを馳せていると、少し向こうの水面は不自然な挙動を見せる。
…水面が持ち上がって段差ができる。
ミツクビは目を擦って確認するが、見間違いなどではない。
ミツクビ「みんな!!海の様子がおかしいニャン!!」
船の上の貨物やら船室に続く階段の入り口やらに気を張っていた一同は、押し黙っていたのにいきなり大声を上げたミツクビに驚く。
番長「どうしたっ!!?」
全員が船の端の手すりから身を乗り出して、とんでもない光景を眺めていた。
サクリファイス「なんだよ…これ。」
水平線は真円のラインにすり替わる。
サクリファイス「なんなんだよっ!!この"規模"はっ!!」
叫び出すのも無理はない。
マリン「バケツ…金魚鉢…壺……違う、水瓶(みずがめ)だ。」
???「その通り。アタシたちはね、宝を隠すために、水瓶を使ったのさ。誰も、日々使っている水瓶の石の下に宝が沈めてあるなんて考えないだろう?」
階段のある部屋のドアを開けて、派手な女は姿を見せた。
見事なまでのパイレーツドレス。
いかにもな女海賊そのものであった。
女海賊「グラスを飲み干せば黄金顕る、ってね。」
上機嫌に鼻を鳴らす。
番長「お前がこの船と水瓶を用意したのか?」
女海賊「"お前"、とは随分ご挨拶だな。
これでも美しく在るつもりなのだぞ?」
左目を覆う眼帯を触りながら言う。
番長「質問の答えになっていないな。」
女海賊「はいはい。水瓶を用意したのはアタシ。
でも、船を用意した人は残念ながらまだ下の部屋にいる。」
麗「流石にここまで来たら相手が一人って訳にも行かないか。」
女海賊「いや、そうではない。彼は本当に船を出しているだけだ。こちらは一人と変わりない。
船にへんぴな仕掛けなんてあったらアタシが困る。」
麗「それはそれはありがたいことで。」
女海賊「ところで、アンタたちは自分がおかれている立場がわかっているのかな?」
ブリンク「もうすでに、貴女のテリトリーの中だ…。
と、おっしゃいたいのでしょう?」
女海賊「その通りだぜ!!聞き分けのいいお爺さんよぉ!!」
その直後、水瓶の中の水は渦潮を描き始める。
サクリファイス「うおっ、何だ?」
船には遠心力が掛かり、ふんばらざらるを得なくなってしまった。
そこへ、デフォルメされたピラニアのような魚の群れが飛びかかってくる。
麗「マジかっ!!?こいつは思ったより酷いぜ!!」
一同は、魚の相手をせざるを得なくなってしまう。
サクリファイス「ただでさえバランス取りにくいってのにっ!!」
銘々の武器で魚を凪ぎ払う。
だが、
番長(――――何故かこっちにだけ来ない…?)
魚の群れは綺麗に番長だけを避けて襲ってくる。
番長は女海賊を振り向く。
女海賊「ふふふ、可愛いぞ小娘。
美麗な乙女も賊な我らから見てすれば崇高な財宝よぉ。
やはり、金銀・ロマン・美女!!海にはこれらの財宝たるものが欠かせないな。」
番長「気に入られても嬉しくないがな。」
女海賊「性格は詰まらんなぁ。ロマンやロマンスがいかんせん足りないぞ。」
番長「生き返ってから補充するだけさ。」
女海賊「まぁ愛でるだけならどちらでもいいことか。
アタシはね、貴女(おまえ)と危険なランデヴーがしたい。」
そう言うと、女海賊は右手には錨がかたどられたカトラスを、
左手にはクレーンアームがかたどられた盾のアーツを出す。
女海賊「貴女、名をなんと言う?」
番長「笛音番長だ。名前など、識別記号でしか無いがな。」
女海賊「では、礼儀だ、こちらも名乗ろうか。
右手には団結する矛!!左手には金銀財宝の煌めき!!
見えざる瞳は愛を映し!!名声轟け腹太鼓!!
我こそが"大渦のアリス"!!とくとその目に焼き付けよ!!」
口上を言い終えると満足げに笑った。
番長「それがやりたかっただけか?」
あくまでも冷ややかに返す番長。
アリス「いやいや申し訳ない。
アタシは何でも楽しまなければ損だと思う性分でね。
酒を飲むのも、飯を食うのも、財宝を探すのも、美女を愛でるのも、猛者と戦に興じるのもなぁ!!」
デッキは叩きつけられたチカラの衝撃に唸りを上げる。
その木造の声が示すように、あり得ないスピードでアリスは番長に飛びかかる。
番長「…ッ!!?」
咄嗟に銃で振り払おうとするも、左肩から右腰まで、袈裟斬りが浅く肌を抉りとる。
番長「速いッ!!?」
次の一撃が来る前に、剣の側面めがけて発砲し、なんとかその場を退ける。
互いに飛び退き、距離が開く。
アリス「ヒューッ。すばらしい。
まだ右手がビリビリしやがる。」
言葉とは裏腹に、表情は余裕そのものだ。
番長「自分に有利な環境を作った上に、高速の剣技で圧倒すると言うわけか。
テメーの方がよっぽど物騒だ。」
アリス「なんだよ。"貴女のチカラはそんなもんじゃないだろう"?」
番長「…!!?
いや、何を根拠に言っている。
今の一撃で、私はわりとこたえているが?」
アリス「嘘をつけ…!!貴女の手加減の正体、必ず見破ってやる!!
全力で来い!!笛音番長ァァァァ!!」
アリスはまた、デッキを蹴った。

「愚者の弾丸」 EX.33 涙風よさらば

サクリファイス「うおぁぁぉぁぁぉあああ!!」
釣り下がる水柱を失った彼はものすごいスピードで落下して行く。
それを慌てて麗のアーツの風で受け止める。
サクリファイス「確実に死んだと思った…。」
麗「安心しろ、俺たちはもう死んでる。」

サクリファイス「…そうか、そんなことがあったのか。」
上空から見ていた彼に、地上起きたことを伝えた。
あれからミツクビが一言も喋ろうとしない理由も、理解した。
サクリファイス「一緒に生き返る方法を探してくれる…か。あんな目に逢いながら、生き返りたい理由なんてあったのかね。」
番長「目的云々より、誰かに優しくされたことで依存してしまったのだろう。」
彼らが話しているうちに、ブリンクは埋葬を済ませたようだった。
麗「すまない。嫌な仕事ばかり押し付けてしまっているな。」
ブリンク「いいのです。老いぼれに出来るのはこれくらいですから…。」
麗「ハハハ、この世界での外見なんて当てにならないって知ってるくせに。」
不器用に笑う姿は、どことなくぎこちなさを掻き消せずにいた。
ミツクビは虚ろな目で粗末な墓を見つめている。
いつも陽気な彼女がここまでダメージを受けているのを見ると、見ているこっちまでこころが痛くなる。
マリンはなにも言わずにミツクビの手を握る。
ミツクビもまた、言葉もなく、唇を震わせ、とめどなく溢れ始めた涙を流れるがままにしていた。
サクリファイスが寄ろうとするが、番長はそれを引き留めた。
番長「やめておけ。彼女はただ傷心したために泣いているんじゃない。前に進むために、ここに涙を置いていっているんだ。」
サクリファイスは足に込めた力を抜いて、棒立ちに戻った。
サクリファイス「なぁ、コッパは確かに悪い奴だ。だが、それを咎められるほど俺たちは正しいか?」
不意に、そう問いかける。
番長は、無駄に青い空を見上げ、
番長「わからないな。少なくとも、私たちは正義のヒーローじゃないだろう。生前はこういうのをダークヒーローと呼ぶものだと思ってよく人を手にかけてきた。だけど、千代みたいな本物の正義のヒーローを見ちゃうとさ、ヒーローってつけることでダークの部分から目を背けるための、ただの言い訳でしかないって知った。
だから、正しさを叫ぶだけの正義もなければ、間違った人間に与するほど悪でもない。それだけしかわからないんだ。
ただ、自分が正しいかわからないからって、コッパみたいなやつを憎んじゃいけないなんて、そんなことはないだろう。
私たちが、私のワガママで正しさを失っていたとしても、コッパみたいなやつを恨むのは、きっと誰だって同じさ。」
麗「要は、悪い奴をとっちめる時くらいは自分の事は棚上げしておけってことだ。」
サクリファイス「ひでぇ言い回しだな。」
麗「自分が誰かにとって悪ではないか神経質に調べ回ってたらキリがない。人として抱えられるキャパシティだけで体裁を繕っていかなけりゃ、千代の奴みたいに破綻して暴走してしまうんだよ。」
訝しげな顔をする番長に対して、千代の悪口ではない、とサインを送る。
麗「人間は生きているだけで罪だと言われる。なら、死んでるときくらい、それらに目を瞑って貰ってもいいだろ。元が虫や猫のお前らなら尚更だ。」
サクリファイスは番長と同じように空を見上げた。
サクリファイス「ま、結局前に進むしか能がないのな。俺たちは。」
番長「違いない。」
そう呟いた両肩に、暖かい手が置かれる。
ミツクビ「おまたせだニャン。」
振り向くと、気丈に振る舞えるようにはなっていたようだ。
目の回りは赤く痛々しいが、それは彼女なりに自分と戦って行く証なのだから、野暮ったくとやかく言うのは止めることにした。
番長「もういいのか?」
ミツクビは頷く。
その傍ら、ブリンクは申し訳なさそうに、
ブリンク「因みに、私はもう一晩ここで過ごすことを提案したいのですが、よろしいでしょうか?」
サクリファイス「なんでだ?すぐにでも…。」
行く先を見たとき、納得せざるを得なかった。
サクリファイス「波は高め、浸いている船も無し…か。」
ブリンク「そういうことです。手配には尽力致しますが、やはり1日ほど猶予はほしいかと。」
麗「まぁ、無理に出て暗くなってもしょうがないしな。それにまぁ、休む猶予も出来たわけだ。」
クタクタになっているマリンの頭を撫でながら、優しくそう言った。

マリン「…。」
ブリンク「…。」
麗「…。」
番長「お前のせいだな。」
サクリファイス「なんでだよ!!仕方なかっただろ!!」
何が起きているのは把握するには、あれからさほど時間はかからなかった。
軒並み、漁師たちは、「謎の降水によって船が沈んだ。」と嘆いていた。
あとはお察しの通りだった。
船が停泊していないのは、全て沈んでしまったからなのだ。
サクリファイス「どっちにしたって水塊がでかくなったら同じことだったじゃないか!!」
やり場のない怒りの矛先に立たされた彼は悲痛に叫ぶ。
番長「まぁ、それは多目にみるとして…。
今朝、いざ海岸に来てみれば、これか。」
揃って見上げるのは、大きな船。
しかも、明らかに海賊船である。
ミツクビ「めちゃくちゃ怪しいニャン。」
麗「狙い澄ましたように現れたな。」
マリン「…怖い。」
ブリンク「大方、コッパの差し金でしょうな。」
サクリファイス「俺が呼んだ訳じゃないからな。」
番長「よーし、お前に名誉挽回のチャンスをやろう。」
サクリファイス「人の話を聞けッ!!」
詰め寄るサクリファイスだが、もちろん番長は動じない。
番長「選択肢をやろう。ひとつは、素直に、罠だと解っていておめおめとこの海賊船に乗り込む。」
サクリファイス「嫌みな奴だぜ。」
番長「んで、ふたつめは、お前が水でボートを作って海をわたる。」
サクリファイス「出来るかそんなこと!!そんなにアーツ使い続けたら海のど真ん中で力尽きるわ!!」
番長「おや、弱気だねぇ。」
サクリファイス「冗談じゃねぇや。」
そう、捨て台詞のように吐き捨てて、海賊船へと向かう。
番長「マジで乗るのか。」
サクリファイス「元からそのつもりだった癖しやがってよ。」
そう言って、彼らは船から垂れた梯子に手をかけた。
麗「…って、お前、先にいくのか?」
番長「どうかしたか?」
麗「いや、お前スカート穿いてる自覚あるのか?」
番長「あぁ、スカートの内側に張り付けてるポケットが落ちたらごめんな。」
麗「いやいや、そうじゃなくて。」
ブリンク「番長さんのはしたない姿が見えてしまうことを心配しているのです。」
番長は呆れた顔をした。
番長「なんだ。私のパンツなんか見て嬉しいのか。よこしまな気持ちがあるなら先に行け。」
麗「いやいやいや、それだとどっちをとってもスケベ野郎みたいになるだろ。」
サクリファイス「おい!!てめぇらいつまで喋ってんだよ!!」
先に登り終えたサクリファイスから怒号が飛ぶ。
番長「虫がさざめくから先にいくぞ。」
麗「いやいやいやいや…ハァ。」
結局、麗は番長が登り終えるのを待ってから梯子に手をかけた。

「愚者の弾丸」 EX.32 知らぬが仏言わぬが花なら尋ねるあなたはけだものか

とうとう、落ちてくる水塊は気球ほどに達し、少し押し流されるまでに強くなっていた。
この唐突な襲撃に、街の人間は混乱して右往左往している。
番長「・・・このままじゃ、いたずらに体力を消耗するだけだ!!」
麗「空路はどうだ?」
ブリンク「全員を持ち上げることが可能なら是非お願いしたいですが・・・。」
ミツクビ「ダメニャン!!団長はマリンを抱えて飛ぶ程度で精一杯だし、何より、標的は団長だニャン!!」
麗「じゃあ、俺は海の上空に行く。なるべく地上の被害を最小限にするように心がける。」
番長「わかっ――――いや、”もう”だめだ。」
頭上には、もう次の水塊が生成され始めていた。
勢いが、今までの比ではない。
あっという間に、ドームほどの大きさまで膨れ上がる。
番長「クソッ!!螺旋の弾丸で閉じ込めるか?」
麗「ダメだ!!あれは解かれるとすごい勢いで散るから逆効果だ!!俺がなんとか・・・」
サクリファイス「俺を飛ばしてくれ。」
慌てふためく一同とは裏腹、天の海を睨みつけて、冷静に呟く。
番長「考え無し・・・という訳ではなさそうだな。」
サクリファイス「水は俺の専門だ。任せろ。」
ミツクビ「でもダーリン・・・あの量は・・・」
サクリファイス「大丈夫だ。少なくとも死にゃあしねぇんだから。」
心なしか、水はもう落ち始めている気がする。
大きすぎて、どうも距離が掴めない。
サクリファイス「時間がねぇぞ!!団長!!」
麗「・・・行って来い!!」
一陣の風が、サクリファイスを持ち上げる。
サクリファイス「意外とバランス取りにくいなこれ!!」
麗「文句はやり遂げてからきかせやがれ!!」
ぐんぐんと水塊との距離を縮める。
サクリファイス「まったく。水で俺に喧嘩を売ろうなんざ、よくもやるもんだぜ。」
彼は、アーツを水塊に突き立てる。
水塊は凍るように硬化してゆく。
いや、硬化しているのは表面だけだ。
巨大な水風船を作るだけと言ったら、そうではない。
固まった水塊から、海に向かっていくつもの触手のようなものが伸びてゆき、先端は平たく丸くなる。
そう、彼は水塊を利用し、巨大なジョウロを作ったのだ。
シャワーヘッド状にしたのは、波が立たないようにする彼なりの配慮だ。
番長「やってくれるじゃねぇか・・・。」
海には綺麗な虹が架かる。
それをよそに、水ジョウロにぶら下がったサクリファイスは叫ぶ。
サクリファイス「いたぞ!!術者は足湯がある建物の近くだ!!
コッパらしき影も見つけたが、消えちまった!!
だが、逆にそれができるのは奴ぐらいしかいない!!
この襲撃は奴によるもので間違いない!!」
その声を聞くやいなや、街の中を全力疾走して指定された場所へと向かう。
番長「・・・いたぞ!!あそこだ!!」
てっきり、敵も逃げ出すものかと思っていたが、その少女は膝が笑って動けないようだった。
クライネ「来ないで・・・来るなぁ!!」
今にも倒れそうな足取りで、傘を構える。
番長「あの様子だと、接近戦がてんで弱いのか。」
一同は走るのをやめ、じりじりと彼女に歩み寄る。
クライネ「来るなっ!!来るなっ!!お前らさえ素直に死んでいれば、コッパ様はまた私を必要としてくれるんだ!!」
傘のアーツを振り回す。
無情にも、空を切るのみなのだが。
番長「やめろよな・・・その言い方・・・。」
クライネ「うるさい!!幸せそうに仲良く暮らしてきたくせに、偉そうに指図するな!!」
番長「だから・・・その”自分が被害者前提”の口ぶりをやめろって言ってんだよ!!」
クライネ「なんだって!!?どんな生き方してきたかも知らないくせに!!」
番長「”必要としてくれるんだ”だってさ。
自分が道具扱いされていると自虐していて寒い寒い。
じゃあ言うぞ。
お前がコッパの言いなりじゃなけりゃあ、私たちが戦う必要も、お前が戦う必要もなかった。
そして、お前が受けてきた不幸をなんの関わりもなかった赤の他人が受けて、
復讐にも何にもならない、ただの八つ当たりで悲劇の繰り返しをするようなこともなかった。
そんなことをするお前は”加害者”なんだよ!!
どんな仕打ちを受けてきたかは知らねぇ。
だが、お前のしていることは、その災厄の元凶と何ら変わりないってわからないのか?
情を履き違えるな。気づいてたんだろう?お前は利用されていたんだ。
お前のことを見てくれるやつがアイツしかいなかったから、自分に嘘ついてたんだろ?
お前は一人ぼっちになるのが嫌で、あんな奴に甘んじてたんだろう?違うか?」
クライネ「・・・違う・・・だって・・・今日だけだもん・・・あんなこと言った事ないもん・・・
いっつも優しくて・・・励ましてくれて・・・・・・一緒に、生き返る方法を探そうって言ってくれた・・・。」
番長「そうか・・・。」
泣きながら訴えるクライネに対して、銃を突きつけた。
番長「頑なにコッパの奴に肩入れするなら、私は、場合によってはお前を殺さなくちゃいけなくなる。
悲劇に身を置いた人間を殺したくはないが、お前のそのチカラは・・・街を破壊しかねないチカラは、あってはならない。」
クライネ「・・・ぁ・・・ぅ・・・。」
クライネは歯をがたがたと鳴らし、俯いて、ただ泣くばかりになってしまった。
その射線の間に、意外にも、ミツクビが立つ。
番長「どうした。」
ミツクビ「番長ちゃーんは難しい話ばっかりニャン。」
ミツクビはわざとらしく、やれやれという表情を作る。
かと思うと、あろう事か、クライネに抱きついたのだ。
クライネ「なんだ、離せよぉ。」
そう言うと、ミツクビは、より強く抱きしめる。
ミツクビ「コッパは、こういうことしてくれたかニャン?」
クライネ「しないよ・・・っていうかやめろよ・・・」
ミツクビ「無理して悪ぶらなくてもいいニャ~ン♪」
頬ずりをして、じゃれ付き始めるミツクビ。
番長「・・・何してんだ?」
ミツクビ「だって、この子は好意的必要とされることがすきだニャン?なら、ミィの遊び相手になるのも、充分その範疇だニャン。」
クライネ「そんなの屁理屈だ。」
突っぱねようとするが、明らかに腕力が足りず、片手すらはがせなかった。
ミツクビ「ハニャ~?コッパにはホイホイついていったのにミィは嫌なのかニャン?」
クライネ「あの人は、ずっと優しくしてくれた。」
ミツクビ「見限ったのに?ひとりで戦わせたのに?」
クライネ「それは・・・。」
うろたえた隙に、ミツクビはマウントポジションをとる。
ミツクビ「ちょっとしくじっただけでぷーいって見捨てちゃうようなやつなら、こっちから願い下げだって思わないかニャン?」
クライネ「じゃあ、お前らを信用しろって?・・・そんな―――」
ミツクビ「コッパはマリンをさらって”星の戦士”のところまで行こうとした。
ミィたちはマリンを説得して同行してるニャン。
さ~てどっちが信用深いかニャ~ン?」
クライネ「あ・・・。」
ミツクビ「もし、信用できなくても、チヨの居るクリン・トラストとか、ミィたちの故郷のカインドに行けば、快く迎え入れてくれるニャン。」
クライネ「・・・・・・。」
こわばっていたクライネの体は、既にリラックスしていた。
ミツクビ「ここでスカウトするニャン。
さ~、ミィのおもちゃになるか、仲間になるか、選ぶが良いニャン!!
・・・どうせコッパはもうこの街には居ないニャン。帰る場所は、ないんニャよ・・・。」
クライネはまた涙を流した。
しかし今度は、悲しみの涙ではなく、安らぎと喜びの、温かい涙だった。
クライネ「じゃあ・・・仲間に――」
その言葉は最後まで続くことはなかった。
クライネ「ガァ」
クライネの顔は驚いた顔のまま硬直していた。
乗り上がっていたミツクビの腹部や太ももにはあたたかい鮮血がかかっていた。
あまり気にしてはいなかったが、クライネはチョーカーをつけていたらしい。
そのチョーカーは、ありえないほど小さく、そしてチャクラムのような薄い刃になっていた。
そう、コッパは、手下全員にこのチョーカーをつけていて、不測の事態が起きた時に、始末できるようにしていたのだ。
上空の水は、クライネの死を示すように蒸発してゆく。
それとは相反し、ミツクビの瞳からは、とめどなく涙が流れていた。
何が起こったかを、意識の全体でようやく把握した彼女は、両手の拳を握り締め、歯噛みした。
ミツクビ「・・・どこまでも卑劣な奴・・・。」
震える声で、塞き止められぬ感情が漏れ出す。
ミツクビ「絶対に許さない!!お前の終わりの日は、彼女と同じ最期を迎えると思え!!」
怒りに満ちた獣の猛りは、どこまでもどこまでも青く塗りつぶされた空にこだました。

「愚者の弾丸」 EX.31 その青は

この街には様々な娯楽施設がある。
その中でも、一行が目当てにしていたのは、カジノもどきの集会場だ。
大層な設備がないため、主にポーカーやチンチロリンなどの簡単な道具を使って行えるゲームが主だ。
この世界では金品の価値が微妙なため、賭けるのは話のタネや王様ゲーム的な命令権などといった形のないものだ。
儲けるためにやっているわけではないから、それで不満はないし、むしろ、物を賭ける方が問題なのだ。
この世界で価値のある物品と言ったら、人そのものか、クリスタルだ。
どちらも、賭け事に使うなんて言い出した奴から人間性を疑われる。
番長「めんどくさいな…。」
いかつい男「ここで情報屋をやるんなら、博打が強くなきゃあいけねぇぜ?ヒッヒヒ…。」
番長「そうかよ。」
テーブルの向こう側、トランプをシャッフルし始める。
すると、唐突に番長はその手をはたき落とす。
いかつい男「イテェっ!!何すんだ!!」
番長はため息をつく。
番長「イカサマして勝ったって嬉しかねーだろ。」
いかつい男「な、なんの話だ。」
番長「シャッフルが不自然で遅い。先に並びを見ているな?」
いかつい男「ぐっ」
番長「うろたえたな。この勝負は不戦勝。お前の反則負けだ。」
いかつい男「けっ、いけすかねえ小娘だ。」
番長「お前もイカサマするんなら、もっと肝を鍛えな。」
いかつい男「ーーーーで、そのコッパとか言うやつ?たしか、姿が見えないように全身をおおっているとか。」
番長「そうだ。」
いかつい男「そこのガキとは違うのか?」
男は集会場の奥のテーブル、掲示板前に座っている人影を指差す。
番長「ーーーーん、特徴が若干異なるな。コッパは性別不明だが、あれは少女だ。しかも、顔がちゃんと見える。」
いかつい男「油断してるんじゃないのか?」
番長「まさか。マリンが一目見て同じだと言わないと言うことは体格が違うんだろう。」
男は困った顔になって机を指でとんとんと叩く。
番長「知っていることはそれで全てか?」
席をたとうとする番長。
いかつい男「いや、まて。その、俺の言うことをなんでも信じてくれるって言うんなら聞いてほしい。」
番長「勿体ぶるな。私たちは暇な訳じゃない。」
いかつい男「……消えたんだ。」
番長「…?すまない、声が小さくて聞き取れなかった。もう一度言ってくれ。」
いかつい男「だから、"俺の方を向いたかと思ったら消えたんだ!!"奴は。
でも、あんときに見かけた奴なら、性別不明っつう特徴が一致するからさ、ありのままに伝えただけさ。」
番長「いや、恩に着る。賭けに見合った景品だった。」
いかつい男「お、おう。」
笑われると思っていたのか、男は拍子の抜けた顔をしていた。
そのすぐあと、向こうからテーブルを強く叩く音が聞こえた。
サングラスの男「このガキっ!!クリスタルを賭けるだなんて、なに考えてんだ!!」
コッパと似たようなマントを着た少女は、席から飛び退いて、集会所を駆け抜ける。
麗「イテッ。」
麗は振り向き様にぶつかってしまう。
少女「ごご、ごめんなさい!!」
早口にそう言うと、そのまま走り去ってゆく。
麗「なんなんだ…って、あーあ…。」
少女は傘を持っていた。その傘に付いていた水滴が、服を濡らしてしまっている。
麗「はぁ…。ついてないな。」
そこへ、ミツクビが駆けつける。
ミツクビ「団長、大丈夫かニャン?」
麗「びちょびちょになっただけさ。」
その返答に、ミツクビは難しそうな顔をする。
麗「どうした?」
ミツクビ「おかしいニャン。"そとは雨が降ってなんかいないのに、濡れていた"のかニャン?」
麗「それならそもそも、どうして傘なんか…。」
麗の鼻先に、水滴が落ちたような気がした。

コッパ「遅かったじゃないか。」
クライネ「ごっ、ごめんなさい。」
低い建物の上から、コッパは声をかけてくる。
コッパ「それで?ちゃんと仕留めたのかい?」
クライネ「それが、思ったように威力が出なくて…。」
涙ぐみ、モジモジとして結果を伝える。
コッパ「使えないな。マリンを拐うせっかくのチャンスだったのに。」
クライネ「…!!」
クライネは唇を噛み締めた。
コッパがこれまで自分に怒った事などなかった。
いつも、励まして、自信が崩れないように声をかけてくれていた。
こんな冷めた表情を見たのは初めてなのだ。
クライネ「ごめんなさい…ごめんなさい…。」
コッパ「もういいよ。優れた剣を持っていても、振り方がわからないんじゃ使いようが無い。今の君はそういう状態なんだよ。」
それだけ言うと、プツリとコッパの姿が消えてしまう。
クライネ「待って…行かないで…」
視界は涙に揺れるコッパーブルーに支配される。
クライネ「う…っう…。」
彼女はただ泣き、くしゃくしゃのその顔も、視界も、意識さえも、ぐずぐずの青い絵の具に塗りつぶされてゆく感覚に支配されていた。

集会所を出るとき、麗はバケツを返したような水を浴びる。
麗「…ッ!!誰だよこんなイタズラしたのは。」
しかし、水を溜めていた器やブービーは見当たらない。
ブリンク「大丈夫ですか?」
どこから出したのか、タオルを渡される。
麗「すまない。恩に着る。」
わしわしと頭を拭く。
番長「ギャンブルに負けた腹いせかもな。」
麗「勝ちすぎた覚えしかない。ビギナーズラックかな。」
サクリファイス「うらやましいぜ。チクショウ。」
ミツクビ「全くだニャーン。ダーリン弱すぎだニャン。」
サクリファイス「るせぇ!!お前はルールを理解しろっ!!」
番長「…じゃあ、それぞれ手にいれた情報をーーーー」
そう言いかけた時、頭上から全員を覆うほどの水塊が落ちてきた。
おかげで、全員が水浸しになってしまった。
麗「度が過ぎてやがるぜっ!!」
集会所に戻って怒号を上げる麗だったが、どよめきと困惑の声しか帰ってこなかった。
サクリファイス「今のうちに名乗り出れば武力行使だけはやめてやるぜ?」
いかつい男「まてまて、ここにアーツ使いなんて居ねぇって!!」
サングラスの男「んだんだ!!いても混属性だ!!水単色なんて居ねぇって!!」
番長「ーーーーとなると」
ミツクビ「やっぱり、あの傘の女の子だニャン!!みるからにスッゴク怪しかったニャン!!」
バーテン「う、嘘だろ…?」
ドリンクカウンターにいるバーテンは天井を見上げていた。
天井は、ミシミシと音をたてていた。
ブリンク「まさか…。」
マリン「"来る"!!」
天井を引き裂いて、巨大な水塊が形を失って、集会所のありとあらゆるものを流してゆく。
番長「お前らッ!!無事か!!」
サクリファイス「背中を打ち付けたが、なんとか…。」
集会所から道へ、せせらぎのように水が流れてゆく。
麗「あの少女を探すぞ!!」
一同は頷く。

クライネ「コッパ…様…。」
彼女は、たった一人、自らを純粋に必要としてくれていたあの人の期待を裏切ってしまったという罪悪感にさいなまれていた。
クライネ「私…は…、最後まで、信じていますから、どうか…。どうか、私の事を、心の隅で信じてください…。」

コッパはまた、高台から街を見下ろす。
建物から水と人が流されるのを視線がとらえる。
コッパ「始まったか…。
まったく。彼女の能力はどうしてあんなに面倒なのかね…。
まぁ、でも、しっかり貯金してあげたぶんの成果は期待しているよ…。ふふふ。」
ーーーーそう、彼女の面倒な能力は、面倒な過去のせいなんだ。

クライネは、貴族の街に産まれた、貧民だった。
こきつかうために産まされ、育ててられいた奴隷が、彼女だった。
扱いは、容易に想像がつく。
埃にまみれ、目線はいつも床か靴の裏。
味覚なんて存在しない。
いつも、鼠も食べないようなスープと、ゴムみたいな、肉か何かも判別がつかぬものが彼女の主食だった。それも1日1食。空腹を紛らわすために、わざと湿ったバケツを積み上げて虫の住みかにして、かかったゲジゲジやハサミ虫を食べるのが習慣だった。
だが、ある日、仕えていた豪邸の主が飼っていた犬が、骨付き肉を持ち出した。
犬は構って欲しがっただけらしく、その肉はほいと放り投げてしまった。
床に落ちたものだ。よかれと思ってそっと口にした。
驚いた。
彼女は飲み込みもせずバケツに吐き捨てた。
ぎとぎととしていて、喉が渇く。
正直、まずい、といった方が正しかった。
そんなものを、貴族どもは幸せそうに食べていた。
逆に言えば、自分が普通の人間でなくされていたことを、はっきりと自覚したのだ。
その日から、彼女は復習の事だけを考えていた。
自分を人間でなくした奴等が、ただただ憎かった。
それ以外に、全うな理由など思い付かなかった。
復讐のためならなんでもした。
体を売って、より汚い仕事をした。
どれもこれも、奴等の困った顔が、苦しみに歪んだ顔が見たかったから、乗り越えた。
そして、彼女は闇商人から、たくさんの爆弾を買った。
目的は決まっている。
この家の爆破なんて生温い仕打ちで済ませるものか。
この街に隣接する山の上にはダムがある。
彼女は屋敷を抜け出し、崖をよじのぼり、ダムのちょうどヒビの入った場所に、差し込むように仕掛け、導火線に火を点けた。
ダムを決壊させれば、この街は水に呑まれる。
それが目的だった。
なんの希望もない、腐って見えるこの街を、綺麗にしてしまおうという考えだった。
クライネ(これが、私がこの生涯で感じる、最初で最後の温もりだ。)
鈍く煩い音がする。
体は浮かび、反転した世界、天井に吸い込まれてゆく水と自分。
その中で、彼女は、満たされた顔で、溺死していった。

彼女の能力は悲しみの能力。
雨の日に、傘をさせるほどの生活なら、きっと彼女は狂わなかったのだ。
心の傷が広がるほど、悲しみの濁流は溢れてゆく。
ーーー自分に唯一優しくしてくれた人に見限られる。
それが、彼女の悲劇の再来の引き金だった。

「愚者の弾丸」 EX.30 潮風に揺蕩うコッパーブルー

番長は眉間にシワを寄せて理解し難い状況を理屈付けようとしていた。
夢の中に閉じ込められたという彼の言い分もおかしいが、まず目の前にいる麗が自分の妄想なのか、はたまた本人なのか。
その答えは、閉じ込めた主から明かされることになった。
ジェイ「あ、いたいた。」
夢の外と変わり無い屈託のない顔で、店の外から二人の方へと歩み寄る。
麗「お前がやったんだな。」
番長が、ちょっとまて、と口走る前に、
ジェイ「うん、そうだよ。」
と、悪びれることなく答えた。
番長「どうしてこんなことを・・・!!?」
慎重に、かつ気を張って、身構えながら問いかける。
ジェイ「だって、”一回寝たら話を聞かせてくれる”って言ったじゃないか。
だから、ミーニィも”時間ならいっぱいある”って答えたんだよ~?」
麗「なんだ、本当にただ語らうのを待ちきれずに、夢の中に呼び出したのか?」
ジェイ「そうだよ~。」
話が噛み合ったことがわかった少年は笑顔になる。
二人も、ホッと胸をなで下ろす。
番長「そうか。なら、私が住んでいた”オールドマシーナリータウン”の話でもしてやろうか。」
ジェイ「おぉ~。」
麗「”オールドマシーナリータウン”だと!!?」
麗はこれまでにないほどに驚きの表情を見せる。
番長「・・・ん?なんだ、知ってるのか?」
麗「・・・い、いや、なんでもない。」
と、明らかになんでもなくない顔で答えた。
ジェイ「それよりさ~、はやく話を聞かせてよ~。」
番長「そうそう急かすなよ。」
と、また麗の表情が変わる。
麗「・・・ちょっと待て。どうしてそこまで俺たちの話に期待してる?」
番長「?」
麗はこれまでの流れのスムーズさに少々懐疑心を抱いていた。
ジェイ「え?いや~、だってさ~、少し前に来た旅の人に、
”これからグループで動いている旅の人たちが来るから、その人たちなら楽しい話をしてくれるよ”
って教えてもらったんだもん。
そしたら本当にみんなが来てくれたから、お話が楽しみで楽しみでしょうがなくてさ~。」
番長「どんな奴だった?」
ジェイ「・・・う~ん、外套をまとっていて、フードを深くかぶった、正体不明の風来坊・・・って感じだったよ~。
男の人か女の人かはよくわからなかったな~。」
番長(自分たちが知らなくて、私たちのことを知っている奴らってことは・・・)
番長「麗・・・もしかして・・・。」
麗「俺も同じことを考えていた。」
ジェイ「どうかしたの?」
向き合うふたりの顔を交互に覗き比べる。
番長「なぁ、マリンは居るか?」
ジェイ「え?あの金髪の子は”いないよ”。だって”起きてる”から連れてこれなかったんだ。」
麗「頼む、どちらか一人を起こしてくれ!!お前はおそらく利用されている!!」
掴みかかりそうな勢いでジェイに迫る麗。
ジェイ「無理だよ~。そんなに細かい出し入れはできないよ~。」
番長「じゃあ、一旦全員の起こしてくれないか!!?」
ジェイ「えぇ~、やだよ~。それに・・・」
彼はつまらなさそうな顔で椅子に腰掛けて言う。
ジェイ「ミーニィと合流しないと、どちらにしても不可能なんだ~。」

マリン「・・・ん。」
気が付けば雑魚寝している仲間の傍らに居た。
見知らぬ少年少女がベッドに寝ているのも確認した。
マリン(着いたんだ・・・港町。)
小さくあくびをして、ボケた頭の霞を払う。
なんだか急に喉が渇いたのを感じた。
それだけではない。
なにか、見えぬ緊張感がピアノ線のように張り巡らされているような気がする。
だが、そんな得体の知れぬものよりも、喉に迫るヒリヒリとした感触に耐えかね、立ち上がろうとした。
それを遮るように、廊下から足音が聞こえてくる。
木造の床を、堂々と土足で上がる、あの音だ。
マリンは急に胸の奥に締めつけらるような痛みを感じた。
乱暴に打ち付けられたあの時のものとは違うものの、明らかに仲間のものではないゴツゴツとしたその音は、
彼女に死の恐怖と平和の崩壊を暗示させた。
干からびた喉に、ざらついた唾液を通す。
足音はこの部屋の前で止まり、静かにドアを開く。
そこには、フード付きのマントを来た人間が立っていた。
マントによって身体的特徴が消えすぎていて、背格好以外の特徴がわからない。
男か、女かすらもわからなかった。
???「ふふふ。君が、マリン・クイールだね。
起きていたとは計算外だったよ。」
中性的な声で話しかけてくる相手。
名指しされたということはどういうことなのか、彼女には充分に理解できている。
???「さあおいで。痛くはしないから。
なに、行き着く先は”星の戦士”のところなのだろう?ならば、守ってくれる人間が変わるだけじゃないか。」
マリン(痛くはしないから、か。
きっと相手は私の能力のことを知っている。だから、正確には”痛くはできないから”なんだろうなぁ・・・。)
マリン「嫌だ。」
静まり返ったその部屋で、小さくもはっきりと、そう答えた。
???「君には、私の正体がわからないかい?」
相手は拒絶されたことに逆上することも動揺することもなく、堂々とそう続ける。
???「君たちがついさっきまで戦っていた”蜃気楼のサキュー”を動かしていたのは私だよ。」
マリン「コッパ・・・!!?」
コッパと呼ばれた相手は頷く素振りを見せる。
コッパ「そうだよ。直々に迎えに来てあげたんだから、もう少し柔らかい顔をしてくれてもいいのに。」
マリン「・・・・・・。」
マリンは、怒りと恐怖と驚きが綯交ぜになって口ごもる。
コッパ「私はあのような部下をいくつか抱えていてね。
君がどれだけ優遇されているか、わかるだろう?」
マリンは俯いてしまう。
コッパ「私には優秀な部下がいて、そして、私がいる。
さあゆこう。みすぼらしい旅人ごっことはもうおさらばだ。」
マリンはその発言に対して歯を思い切り食いしばった。
恐怖が灼かれ、怒りが熱を帯びた。
マリン「みんなは・・・番長お姉ちゃんは、あなたみたいな人から私を守るためにここにいる・・・。
そんなみんなを貶すことなんて許さない!!」
コッパ「大口を叩いたな?選択権など排除してやったことを知っておきながら―――」
コッパはマリンのか細い手を掴みにゆこうと踏み出す。
そこに立ち上がる影があった。
番長「・・・・・・・・・。」
銃口は既にコッパの頭を捉えている。
コッパは身を翻すが、弾丸が走ることはなかった。
コッパ「なんだ・・・コイツ・・・・・・寝ているぞ?」
番長は瞳を閉じたままだった。
立ち上がり、銃を構えているのに、寝息を立てている。
コッパ「ふふふ・・・ハッタリか。だが、これ以上近づけば次は無い・・・といったところか。」
コッパは妙にあっさりと背中を見せる。
マリンのは『待て!!』と喉まで出かかったが、今はそのままにしたほうが安全だと、乾いた息だけが漏れ出した。
コッパが去ったあと、番長は糸が切れたようにぐしゃりと崩れ落ちた。

コッパ(―――やはり、保険としてクライネを配置しておいて正解だった。)
街を一望できる崖の上で、コッパはひとり佇んでいた。
コッパ(あとはスイッチを入れに行くだけになっているし、あんな小さなことをしくじるはずがないだろう。
そうなれば、この街ごと奴らを葬り、マリンだけをアリスに捕縛させればいい。)
コッパは、クライネが”最後の準備”を終えることを待ちぼうけていた。

番長「・・・・・・・・・・・・・・・!!マリンッ!!無事か!!」
ようやく夢の中でミーニィとの合流を果たした一同は飛び起きた。
マリン「・・・うん。ひどい汗だね。」
麗「よかった・・・。」
ブリンク「・・・一時はどうなることかと思いました。」
ミツクビ「なにかされなかったかニャン?はれんちなこととか!!?」
マリン「コッパが来た・・・。」
サクリファイス「なんだと!!どういうやつだった!!?どうやって乗り切った!!?」
動揺して矢継ぎ早に質問を投げかける。
マリン「マントで身を覆っているやつだった・・・それで、番長お姉ちゃんが守ってくれた。」
番長「私が・・・?」
麗「どうやって・・・?」
マリン「それはね・・・ナイショ。」
サクリファイス「ハァ~?なんだよそれ・・・。」
ジェイ「なんだか話聞けなくても面白かった気がする~。」
ミーニィ「する~。」
サクリファイス「お前らな~笑い事じゃねぇんだぞ。」
ミツクビ「まぁまぁ、いいじゃニャいダーリ~ン。結果オーライニャン!!」
サクリファイス「お前はもっと緊張感を持て。」
ブリンク「しかし、またろくに休むことができませんでしたねぇ。」
麗「なに、もうしばらく休みながら、話を聞かせてやるのもいいだろうよ。」
ジェイ「まじで!!いいの!!?」
番長「いいのか?子供の相手なんてしてて。」
麗「体だけじゃなくて、心の休息だって必要だろうよ、全員。」
そう言って、彼はベッドに腰を下ろした。