DAI-SONのアレやコレやソレ

創作ライトノベル、「ハーミット」「愚者の弾丸」「ハーミット2」を掲載。更新停止中です。

「愚者の弾丸」 EX.38 私(ミィ)の復讐劇

……………………。

酷く重い微睡みをやっとのことで飲み込めそうなのに、呼吸をするためだけに全力を尽くしているんじゃ仕方がない。
何度踏ん張りを利かせても、夢のなかにズルズルと引き戻されるもどかしさ。
誰もいない。
自分がいるとはわかっていても、自分が居ることを証明する人間がいない。
そうなると、自分はリタイアしてしまったのだろうか。
あんな半端なところで滅びてしまったのか。
情けない。

………………。

呼吸はしているんだ。
その空気の流れる音だけが、自分が何らかの世界に留まっている証明だ。

………………。

その空間を引き裂く者が居た。

声「まっててね。迎えにいくから。私の一部が、そばにあるから。助けを"読んで"。」

………………。

いかないでくれ。
あぁ、その声は遠退く。
いやしかし、体は重さを感じ始めている。
────────戻れる。
まだ生き返ることは無理そうだけど、まだ終わりじゃない。
目の前に見えるのは、妄想ではない、肉体の前にある光…。

番長「……………………………ン。」
液体のように不自由さを極めた肉体の操作感覚を掬って固めてゆく。
天井は不気味に光る石が無造作に打ち付けられおり、地上に重いものが乗ろう物なら音を立てて崩れてゆくだろうと容易に想像させた。
手足に枷はない、軟禁監禁の類いではないのか?
粗末なベッドに自分が寝ていることを確認する。
どうも寝覚めは悪いようだ。
ベッドには仲間が肩を並べてよしかかり、静かに寝息を立てている。
ミツクビは向こうに転がっているが、奴の寝相が悪いのは知っていることだ。
ブリンク、マリン、サクリファイス、麗、???
番長「──────────ッ!!!!」
声にならない叫び声をあげる。
おかしい。おかしいのだ。
何を呑気に敵とお昼寝しているのだ。
いや、ここでは時間などわからないが。
番長(いったい何がどうなってるんだ!!?
倒した筈のアリスが居るし、しかもみんなはそいつと一緒に仲良く寝てやがるし…。)
華美な装飾品が無骨な岩壁を飾る部屋の中、一人で思考を張り巡らせる。
番長(とりあえず、寝ているうちに危険は撤去するしかないか…??)
ベッドの上に立ち、銃を構えようとする。
だが、形は固化と霧散を不安定に繰返し、あろうことか手はガタガタと震えている。
そんなことをしていたせいで時間がたってしまい、ついには固化することもできなくなり、体の力が弱まって膝をついた。
番長(なんてことだ…。アーツを維持するほどの生命力も無い…。)
自分の無力さに項垂れる。
仲間の力を借りればなんとかなると、一人じゃないから強くいられると、そう教えられ、それを信じて進んできたのに、一人にされてしまえばそんな言葉など何にもなりやしない。
無意識に歯を食い縛っていた。
アリス「…む、寝過ぎたか。」
アリスは無防備にのびをする。
端麗な姿に似合わぬ、だらしのないあくびまでしてのけた。
それを、息を殺しつつ、冷や汗をかきながら見守る番長。
アリスに振り向かれ、視線が合う。
何も出来ない。
もう、何も抵抗できない。
無理して能力を使っても、無抵抗のままでも、体がぶっ飛ぶことに変わりないだろう。
アリスは立ち上がり、覆い被さる。
番長(もうだめだ…。)

アリス「目が覚めたかアタシの大事な番長よ。」
番長「………………………???」
文字通り覆い被さっただけ。
ハグ。それ以上のことはない。
アリスの豊満な胸を顔に押し当てられて息が苦しいし、ビキニアーマーの角がこめかみあたりにめり込んで痛いが、そんなことはどうでもよい。
番長「ンッ!!!!」
押し退けると、呆気なく後退するアリス。
アリス「愛想がないのう。」
よく見なくても変わっている衣装に、すっとんきょうな返事のトッピング。
番長「夜這いか?」
精一杯の抵抗。
アリス「そうさな。性的欲求というものがあったならそうしていただろう。だが、私はセックスよりも戦闘の方が興奮するのでな。あ、いや、寝ている姿も捨てがたかったぞ~ほんとだぞ~。」
戦っていたときのような覇気は感じられず、倦怠期の若旦那のような、気の抜けた返しをする。
アリス「ん~。食わず嫌いも良くないかな?」
アリスは番長の腰とうなじにそれぞれ手を回して顔を間近に寄せる。
たが、その直後には「思ったほどじゃなかった」という顔をして、解放される。
アリス「やはり、美しい娘には勇ましい表情の方が映えるな。惚けた表情が好きだという男の気持ちが解らん。いかなるときも凛としているから美しいのではないのか?」
アリスが持論を披露し始めると、騒がしさに回りの仲間たちが目を覚ます。
サクリファイス「こ…こは?」
麗「あぁ、話すと少し長くなるが、アリスのアジトだ。」
サクリファイス「ふーん………………はァ~~~~ッ!!!!????」
その後、アリスが自分達と一時的な共同戦線を張っていることを説明した。
番長「利害の一致ってやつ…なのか?」
サクリファイス「まー、アリスならそんな怪しい首輪つけんじゃねーって言いたくなるし、現にはずしてるけど、クライネは世間知らずだったし、なによりコッパの野郎を盲信してたからなぁ。」
アリス「それに、クライネ嬢は貰い物などしたことが無かったようでな、いたく喜んでいたもので、可愛かっ……止めようが無かったのだ。ぬふっ。」
その時のことを思い出したのだろう、下品な笑いが口元から漏れだしている。
そんな和やかな雰囲気とは正反対に、いきり立つ姿があった。
ミツクビ「その幸せな顔を奪った奴が、この町にいるのかニャッ…ッ?」
熱を帯びたその問いかけに、アリスは凛とした表情を取り戻し、頷く。
アリス「そうだ、全員が目覚めたことだし敵の特徴について話そう。そのために安全な場所に移動したのだからな。」
一同は円を作るように陣取った。
アリス「いいか、コッパ12聖典という組織自体、横の関係はあまり深くはない。
だから、持っている情報は限りなく小さいかもしれないし、核心かもしれない。全ての可能性を受け入れる覚悟も、疑う覚悟もしておいてくれ。」
一同は"何を今更"と言う表情で頷く。
アリス「よろしい。では、手元にある情報を出そう。
まず、相手は"切裂のドリー(キリサキノドリー)"、声色から男性だとされているが、素顔は誰も見たことがない。なぜなら、奴はパーカーとズボンをそのままキグルミにしたような妙なアーツで身を覆っているからだ。こちらとしては見つけやすくて良いのだが、反面、体を覆っているせいで容易く傷付けることが出来ないんだ。
奴のアーツの能力は、"斬撃でできた傷からは剣を発射、突きや弾丸による穴からは鉄の棒を発射する"アーツだ。その上、服の上から切り裂いても、いくらでも再生するというイカれた性能だ。だから、剣技を生業とするアタシには非常に相性が悪い相手だ。そこで…。」
辺りを見渡し、再び口を開ける。
番長「格闘に長けた奴が必要ってことか。」
アリス「うむ。貴女(おまえ)の言う通りだ。」
番長「となると、私かミツクビか?
いや、私は今これでいてかなりヤバいから、ミツクビ一択って訳だ。」
ミツクビ「ミィが…ミィがやっていいのかニャン!!?」
アリス「本当は、こういうときはアツくなっている奴に行かせちゃいけないんだがな。生憎、選択肢がない。」
ミツクビ「何だろうと構わないニャ…。復讐ができるなら、それで…ッ!!!!」
ブリンクは危機感からか、たしなめに入ろうとしたが、麗はそれを制止する。
ブリンク「な…。」
麗はダメおしとばかりに首を横に振る。
そのあと、ミツクビに向き直る。
麗「ニャンコ。」
ミツクビ「…?」
あまりに穏やかに話しかけられたもので、メロメロとほとばしっていた心を痒くさせられる。
麗「やりたいようにやれ。お前が本当にやりたいように。いつ振り向いてもいいが、"迷うために"振り向くのだけは駄目だからな。」
ミツクビ「…??あ、当たり前だニャン。戦ってるときによそ見なんてしないニャン?」
麗「そっか。それならいい。」
ミツクビの表情はいつのまにか和らいでいた。

アリス「分担も必要そうだな。」
悩ましげな顔で、そう切り出す。
麗「…だな。マトモに戦闘できる奴が少なすぎる。
ここに残る奴と、ドリーを始末しに行く奴等で別れた方がいい。」
ブリンク「それではこうしましょう。
私とマリンさん、番長さん、サクリファイスさんとここに残ります。アリスさんと麗さん、そしてミツクビさんは外に出てもらいます。理由は各々ご理解いただけますよね。」
一同は頷く。
アリス「現実的で、かつ素早い判断だ。では、行くぞ。」

麗「一応閉めておいた方がいいよな。」
強い日差しに瞳を刺されながら問いかける。
アリス「一応ではない、絶対だ。」
言われるがままに、明らかに土埃の被りようが違うタイルを元の位置へ戻す。
すると、上から声が聞こえる。
???「よォ…。お前、脳筋だと思ってたけど、案外器用なのなァ…。」
屋根の上に立つ不気味な姿。
深紅のパーカー、黄色いズボン。
顔までも、肌のひとつも見せず被う姿はフェルト人形にも見える。
顔の大きさと不釣り合いに大きい体躯が、いかにそのキグルミが分厚いかを証明している。
手の部分はしゃもじのように丸くなっており、そこから四本の刃がそれぞれ生えている。
ミツクビ「お前かッ、クライネをあんな目に逢わせたのはッ!!」
パーカーの顔の部分に描かれた笑顔が憎たらしく震える。
ドリー「そうさ。俺が"切裂のドリー"。首輪のアーツを持っている張本人よォ。
はっはっは。しっかし、あいつはもうダメだったんだよ。裏切るとか裏切らないとか、それ以前にさァ。
あいつは、"生き返る目的を失っちまった"。
生き返りたいと願わない奴は、コッパ12聖典には必要ないんだよなァ…。」
笑いながら、無い目でこちらを見つめてくる。
ドリー「アリス…。お前もだよ。
敵の女に色目使ってよォ、不味いなァ、と思っていたら案の定。お前、"満足しちまった"よなァ。
それもそうか…。お前も生前は人間じゃなかった奴等の一人だもんなぁ…。人間として生きるのが、楽しくなっちまったようで。」
語りたいことを語り終えたのか、ため息をひとつついて、笑うのをやめる。
ドリー「ま、そういうことだから、お前が仲間でいたいか敵でいたいかは別として、"必要がないから"、お前を始末させていただきますわ。本気でねェ。」
それを合図としたのか、建物の隙間から、小さな中庭へと、もう一人、男が現れた。
アリス「……!!バカなッ!!お前が他のメンバーと組むなんてあり得ないッ!!」
もちろん、それはドリーに向けてはなった言葉ではない。
アリス「"月影のエリオット"!!」
そう呼ばれた男。
若白髪が目立つごわごわとした頭髪。
日に焼けた肌、深く刻み込まれた顔の皺たち。
漆黒の鎧を纏い、銀色の剣を携えている。
真っ直ぐなその瞳には、ドス黒い狂気が凝縮されている。
エリオット「私の全ては愛する我が国への忠誠が起こさせる。それ以外のことはない。例外無く!!
故、故郷へ帰る私の妨げとなろうものなら、たとえ昨日までの同胞であろうと手にかけて見せよう!!」
ドリー「ま、つまりは、"マリンをこちらのグループへ渡す可能性が消えたなら、もう敵ですよ"ってコトだ。やァ、賢い選択だねェ。」
アリスは、放つ虚勢もメッキのようにボロボロに剥げた弱気な顔で相手を睨む。
麗「どうした、そんなにヤバい相手なのか?」
アリスは口の中で食い縛っていた歯をほどき、言う。
アリス「ああ。エリオットのそれは、まさしく"戦争"だ。アタシが海で最強なら、こいつは地上で最強だ!!」
それを言い終えるか言い終えないか、それほどのタイミングで、あらゆる道と言う道から、エリオットが現れる。
麗「嘘…だろ…?」
狼狽える間にも、エリオットは増え続ける。
麗「クソッ!!」
襲いかかってくるエリオットの群れを大剣で弾き返す。
一人一人の戦力は、多少腕の立つ兵士といった程度だ。
だが、それも束となればとんでもない脅威だ。
致命傷を受ければ霧散してゆくものの、圧倒的に供給量の方が多い。
そして、異様なのは襲ってきているのは一部というところだ。
では、残りの方はどうしているか?
ミツクビ「…!!??」
なんと、"残りのエリオット同士で争っている"のだ。
麗(そうか、数が多すぎて、敵味方の区別をつけさせるだけの精度がないのか…。たしかに、これは"戦争"としか形容し様がないな。)
そこへ、ドリーはようやく降りてくる。
麗「アイツ、正気か??」
アリス「正気もなにも、最初から降りてくるつもりだったんだよ!!絶対にアイツから目を放すなッ!!」
ミツクビ「承知ニャッ」
返事をしたすぐ後に、その答えを知ることになる。
数体のエリオットは、目の前に現れた標的に向かって躊躇無く剣を降り下ろす。
キグルミが裂けて、中の真っ黒い空間が見える。
ドリーは体をくねらせて、その傷口をこちらに向ける。
アリス「来るぞッ!!」
たくさんのエリオットの間を縫って幾つもの剣がこちらへ飛来する。
傷口ひとつにつき一本。だが、傷口をエリオットに次々増やされては、そんなことは些末事だ。
剣を放つとまた次々傷口はふさがり、次のエリオットの斬撃を待つ。
時々エリオットに刺さるが、物量が物量なのでお構い無しだ。
挙げ句、地面に落ちた剣を拾い上げて、二刀流になるエリオットまで出始めた。
ミツクビ「フキーーーーーッ!!」
アリス「ダメだ、埒があかない。何か手はないか!!?」
迫り来る波状攻撃。
剣の舞に興じる戦争の中の道化。
ミツクビ/麗/アリス「「「あの、道化野郎が鼻につく。」」」
ドリー「くへへ、ちからを抜けば、いたぶったりしてやらないのによォ。」
こちらの声が聞こえているのか聞こえていないのか、挑発をけしかけてくる。
麗「なぁ。」
アリス「短く頼む。」
息を切らしながら、剣を振るう。
脂汗が体を伝っていくが、不便なことに、伝えたいことは口で言わなければ伝わらない。
麗「一瞬だけ隙を作る。そのうちに、ミツクビは奴の元へ。」
アリス「意義なし!!」
ミツクビ「暇なし!!」
麗「実行されたし!!」
叫んで、大剣を地面に突き立てると、爆発にも似た暴風が、エリオットたちをはねのける。
刹那、ミツクビはパチンコで飛ばされた玉のように弾けとんだ。
ドリー「ホォー…。」
今、今しかない。
エリオットの群れが戻ってくる前に。
拳を握りしめるミツクビ。
だが、脳裏には余計な思考がちりばめられていた。
(もしかして、殺せないのでは?)
(パンチ一発なんて不可能なのでは?)
(そもそも、人を殺したことなど無い。)
(いつも、止めはみんなだ。)
(自分は、どうすれば正解なのだ…?)
答えを求めて、振り向きそうになる。
だが、さっきの言葉が、脳裏の全てのいざこざを塗りつぶした。
『やりたいようにやれ。お前が本当にやりたいように。いつ振り向いてもいいが、"迷うために"振り向くのだけは駄目だからな。』
心のスイッチが木っ端微塵になったのを感じた。
(自分が"やりたいこと"はただひとつ。
クライネと同じように、首を跳ねてブッ殺す。それだけだ。)
ミツクビ「ックシャァァァァァァアアアア!!!!」
牙をむき出しにして、爪のアーツを横一文字に薙ぐ。
お次とばかりに、飛来する凶刃を縦一文字に薙ぎ払う。
ドリー「そんなことをしても無……駄?」
ミツクビには、もうドリーのことなど眼中になかった。
遂げられた復讐の余韻を、荒れ狂う足音のなかに感じていた。
ドリー「何故だッ!!何故塞がらないッ!!」
誰もが忘れていた彼女の秘めたる能力。
その爪は、その軌跡を焦がし、再生を叶わなくする焔の魔爪。
ドリーは塞げなくなった穴から霧散して行く生命力を必死でとどめようともがく。
だが、その哀れな姿は戦争の中ではあまりにも…矮小だった。
いつのまにか、アーツの剥げたその亡骸は、頭、首、胸部に真っ赤な平行線を描かれて、寸断されていた。
それを、怒濤の足音がメチャクチャにしてゆく。
肉片は、戦禍の中で無様に、そして当たり前のように、町の片隅へと蹴飛ばされ、転がっていった…。






そして、陽は沈んで行く…。

「愚者の弾丸」 EX.37 それは美しきマーメイド

番長は一向に目を覚まさないが、それはもう仕方のないことだと割り切ってしまわなければならないな、と感じていた。
麗「なぁ、やっぱり移動しねぇか?」
寒さに震えながら、そう切り出した。
ブリンク「危険です。もうすでに囲まれている可能性だってあるのですよ。」
麗「だけどさ、ここじゃあ目立ってしょうがねぇ。
それに、こんなに寒いと、回復するものもしきらないだろう。」
ミツクビ「そういう時はちゃんと身を寄せ合えば暖かいから大丈夫だニャン。」
麗「そういう問題じゃなくてよ・・・。」
そう、頭を抱えていると、ドームの外から憎たらしい声が聞こえてきた。
アリス「いいじゃねぇか。混ぜてくれよ。」
麗「テメェ、消えてなかったのか!!」
活動できる全員が飛び起き、戦闘態勢に入る。
アリス「まぁまぁ落ち着けよ。アタシは番長以外とやり合うつもりはない。
だから、ちゃんと生きてるかどうか確認したくてね。」
麗「ちゃんと死んでるぜ。生き返ったり消えたりしちゃいねぇよ。」
アリス「そいつは何よりだ。」
ミシミシと神経が悲鳴を上げるほどに、空気は張り詰めてゆく。
その原因、余裕綽々と振舞うその姿は風を切り裂くほどに速く、かつ繊細な太刀筋を持つ。
走る死であり、吹き抜ける死である。
そんな相手を満身創痍の今、巨大な蔦の壁をはさんで間近にしている。
ところが、一向に攻撃的な気配を感じない。
命を狙っているのなら、蔦の壁を切り崩しにかかってくることもあり得なくないはずだ。
アリス「おい。」
こちらが構えて押し黙っていると、拍子の抜けた声で呼びかけてくる。
麗「なんだ、用があるなら回りくどい言い方はよしてくれ。」
強敵に対する精一杯の虚勢。
だが、帰ってくるのは虚脱としたため息だった。
アリス「そう強張るな。別に戦いに来たつもりはないと言っただろう。」
麗「番長の命は別じゃないのか?」
アリス「寝首を掻くのはアタシの美学に反するのでな。むしろお前らの手助けがしたいほどだ。」
麗「は?」
突拍子もない意見に一同の精神はどよめいた。
アリス「実を言うとな、全力でぶつかり合うのが信条の手前、先の戦いで激しく消耗していることは、お前らと同じなのだ。
だから、向こうの街まで同行し、一休みしたい。
そのあとに番長と決闘をしたい気持ちもあるのだが、何分アタシは海の上でしか全力が出せないものでな。それに・・・。」
ドームの外側から、アリスは何かを投げ込む。
一同は驚いて身を構えるが、それは見覚えのある鉄くずだった。
ブリンク「これは、チョーカー・・・ですかな?」
ミツクビ「――――!!!!」
ミツクビのしっぽの毛は逆立ち、歯を食いしばって怒りを顕にしている。
アリス「水の姫君の復讐を頼みたくてな。」
ブリンク「これはコッパという人間がつけたものですね。だとすれば、言われるまでもありません。」
アリス「いいや、ちょっと違うんだなぁこれが。
これを付けたのはコッパの部下・・・まとめて”コッパ12聖典”と呼ばれている能力者集団のひとりだ。
それはその部下のアーツで、裏切りをしないように付けたんだそうだ。まさか、殺す機能が付いているとは思わなかったがな。
もちろん私もその一人で、それは私が力尽くで外したぶんだ。付けられたその日に取り除いておいて正解だったよ。」
忌々しげに首を掻きながら言葉を吐き捨てる。
麗「それで、その首輪をつけた元凶が、そう遠くはないところにいるんだな?」
アリス「あぁ。というよりか、クライネを殺すまではあの街に居たんだろう。
そして、その晩に、コッパか誰かが用意した船で一足先にこちら側に来たのだ。
今考えたら不自然だった・・・あの日は船は全て水没したはずなのに、すれ違う船があるなんてよ・・・。」
ミツクビ「それで・・・本当に案内してくれるだけなのかニャン?」
訝しげな顔で尋ねる。
アリス「そうさ。・・・というより、目と鼻の先だから、急襲されないように護衛するだけだがな。」
麗「そうか、なら話は早い。もし信用を損なうことがあっても、それだけが嘘じゃなければ逃げの一手に徹すればいい。」
アリス「なんだ、その経験の浅い太刀筋で、アタシと渡り合える手立てでも?」
麗「俺一人が犠牲になれば、可能性はある。」
一度強がってしまった手前、気を強く、声を強く当て返す。
それに対して、アリスは大きく笑い声を上げた。
アリス「なんだ。お前らのことをおまけだと思っていたが、見込みがあるじゃあないか。
それだけの肝があれば、助力してやるまでもなかったかもしれんな。」
麗「冗談。手負いの人間を抱えて行くのには、この状況は厳しすぎる。」
アリスは上機嫌な笑みを浮かべながら、蔦の壁にもたれかかる。
アリス「ところで、これはいつどいてくれるのか?」
乾き始めた手で、ぺちぺちと蔦の壁を叩く。
ブリンク「・・・あなたを信用した前提での話になりますが・・・」
今までとは毛色の違う声色に、アリスは耳を傾ける。
ブリンク「街には敵がいるかもしれない、しかし、休むのは街でですよね。矛盾してはいませんか?」
麗「確かに・・・もしかしてお前・・・」
アリス「おーまてまて、疑うなら弁解の余地を与えてからにしてくれたまえ。
まず一つ、この状況下じゃあ街も浜辺も危険度は変わり無い。屋根やベッドが付いていたほうがいいだろう。
二つ、あの街の地下にはアタシが勝手に掘ったアジトがある。
おおかた、マリン嬢を探すために使っていた拠点といったところか。そこに居ればひと晩程度は難無いはずだ。」
ブリンク「納得しました。それではまもりを解きましょう。」
麗は、いいのか?、と問いただしたくなったが、ここまで来ては往生際が悪いなと言葉を呑んだ。
蔦の壁がなくなると、アリスは期待通り手ぶらで待っていた。
アリス「おぉ。」
上機嫌な様子で感嘆の声を上げる。
ミツクビの足元に転がっている番長にまっしぐらに近寄り、お姫様抱っこで持ち上げた。
それも、わざわざ力の入っていない番長の手を自らの首にまわして。
アリス「ぬふっ。」
不気味に笑い、恍惚の表情でその寝顔を愛でた。
その顔はさながら、新品のトランペットを買ってもらった少年のようだった。
ブリンクはそれに準ずる形でサクリファイスを持ち上げる。もちろん手は回さず。
麗「おい、護衛が持っていてどうするんだ。」
そんな声も何処吹く風、アリスは手にした財宝を愛おしそうにアジトへ運び始める。
麗「はぁ・・・このことも、教えてやらない方が番長の為か。」

陽は相変わらず差し込まず、澱んだ空はしかめっ面を保っている。
そんな不吉な風景とは裏腹、幸いにも敵襲が来ることはなかった。
アリスはそのことを知っていたかのような身振りだったため、まんまと弄ばれたな、と頭を抱えた。
そんな一行を迎えるのは、小洒落た石畳と、潮風で傷んでいる木造の家々。
此処こそが、ギャラク大陸とイースガルド大陸を結ぶ、”荒波轟く港町 シー・ハウンド”だった。
だが、名前のインパクトとは程遠く静まり返っていた。人が住んでいるはずなのに、活気が全く感じられない。
マリン「もしかして・・・もう敵に見つかっているんじゃ・・・。」
ブリンクの服の裾にしがみつき、震え怯えた声を上げる。
アリス「ん?もう雨は止んでいるだろう。海も穏やかだし。」
麗「だったら、なおさらおかしくないか?」
アリスは少々考えたあと、一人で納得した。
アリス「そうか、お前らはこっちの街のことは知らないんだったな。いや、噂程度は聞いているものと思って話していたよ。
この街はな、荒れた海を好む者が集まるんだよ。だから、海が平和な日は獲物になる荒波がこないから死んだように過ごすのさ。」
そう言って彼女は周りを見渡す。
アリス「――ま、逆に目立ってしまうというのもあるから、さっさと潜ってしまおう。」
返答も待たず、足早に建物の隙間に消えてゆく。
そのあとを追った先には、タイルが少し大きめになっている中庭があった。
その中の一つを、コケをまき散らしながら乱暴にひっくり返す。
アリス「先に一人行ってく・・・あ、いや、アタシが先に行くから、動けない人間を落としてくれ。」
タイルをどけたところに空いている穴を指差して言った。
麗「どっちでもいいだろ。」
アリス「いや、アタシ以外に番長を抱えられるのはあまり愉快ではない。」
ブリンク「わかりました。サクリファイス君もお願いしますね。」
アリス「失念していた。」
麗「嘘つけ、動けない人間って言った時点で多数だろうが。」
アリス「・・・では、アタシが下へ着いたら男の方から落としてくれ。」
へいへいわかりましたよ、といった顔で穴に取り付けられたロープのはしごで降りてゆく。
ミツクビ「ダーリン・・・グッドラック。」
ミツクビはサクリファイスの両足を掴んで吊るすように持ち上げる。
マリン「なんでさかさまなの・・・?」
麗「あぁ、あれはまっすぐ落ちるようにするためだ。
人間が持っている臓器で一番重いのは脳だからな。普通の体の向きの人間を意識を失ったまま落としても、空中で頭が下になるんだ。
だから、普通に落としちまうと途中で引っかかって、最悪、はしごまで引きちぎりかねない。」
ミツクビは手を離す。
その下でアリスはタイミングよく、ハグをするように受け止める。
アリス「ぽいっ。」
それを、横側に放り投げる。
ミツクビ「ふかーーーーッ!!」
麗「死にかけなんだから大事にしろ!!」
アリス「うっせーなー。」
バツの悪い声で答えつつ、構えを直す。
ミツクビはそれに合わせて番長の足を持ち上げる。
麗「おわっと。」
合図もなしに持ち上げられたので、慌てて後ろを向く。
ミツクビ「すごいニャ~スカートの内側、ポケットいっぱいついてるニャン。」
麗「さっさとしてくれ。」
ミツクビ「へいへいニャ~。」
軽口を叩きながら、番長を落とす。
先程と同じように、アリスはしっかりとキャッチする。
アリス「お前らも降りて来い、タイルは閉めておけよ。」
マリン、ミツクビ、ブリンク、そして、最後に麗が安全確認をしてから、タイルを引きずりながらはしごを降りた。

麗「おい、これ、ひとりでやったのか?」
アリス「・・・あぁ。天気のいい日にまとめてやったぞ。バレないように土を捨てるのが一番大変だった。」
そこには、人一人住むには充分なスペースが広がっていた。
石を削って作られたであろうマネキンには、ドレスや鎧、ビキニアーマーなどが綺麗に飾られていて、壁には煌々と高貴な輝きを放つネックレスやバングルが意図的に作られた出っ張りにぶら下がっている。
何より目を引くのは、今入ってくる寸前まで磨き続けられたのではないかと思うほどに綺麗な姿見だった。
そこらに無造作に置かれている、金銀財宝の入った宝箱も大層なものだが、その鏡はこの部屋を引き伸ばしていると感じるほどに曇りひとつない。
天井にはほのかに発光する不思議な石がいくつも豪快にねじ込まれていて、美しい光源がより一層この部屋にある財宝を華やかに見せる。
その中に置かれている、存在しているそれ自身さえもこの煌びやかな空間に不釣り合いだと不満を漏らしていそうなほどみすぼらしいベッドに番長を寝せて、サクリファイスはそれにもたれかかるように置いた。
麗「はぁ。ホッとしたら疲れがどっと来た・・・。」
麗もサクリファイスに寄り添うように、ベッドにもたれかかる。
すると、アリスはおもむろにドレスを脱ぎ始めた。
麗「ってオイちょっと待てい!!」
アリス「なんだ、そんなつもりはないから、嫌なら目を瞑っていろ。」
下着姿のまま、ずぶ濡れのドレスを絞る。
アリス「脱ぐのも不本意なら、絞るのもまた不愉快だ。
まったく・・・せっかく華美に仕立ててもらったのに生地が傷むではないか。だが、こうしないと乾かぬしなぁ・・・。」
こちらのことは眼中にないのか、ひとしきり絞り終えると何も着ていないマネキンにかけて、手で叩いて気休め程度にシワを伸ばす。
ブリンクは紳士的に壁のほうを向いて考え事をしていたが、麗は不覚にもアリスの姿に見惚れていた。
今の今までは殺すべき敵であったし、男勝りな振る舞いであった為か全く意識していなかったが、いざこうして無防備な姿をさらされると、その魅惑的な体つきに心を奪われてしまう。
付くべきところに脂肪は付いているが、だらしなくはなく、その筋肉質さが乙女のか弱さを粉微塵にしてる。
引き締まっていてスタイリッシュ、なおかつラインはエロティック。さながらその凛としたしなやかさは踊り子のようである。
その淡麗な姿は、口で言わずとも”乙女たるもの美しくあるべき”と語りかけてくる。
麗(ああ、そうか。鏡を綺麗にしているのは、自らの美しさの一点の曇りも赦さないからだ。)
納得した。なぜ、そこらにある華美な装飾品よりも鏡を綺麗にしているかを。
強く美しく。それが彼女のあり方なのだ。
嗚呼、こんなにも堂々とした生き方をしている人間を疑っていたなんて。
あんなにも堂々と、「アタシのテリトリーに来れるもんなら来て見やがれ」と船をけしかけてくるような奴だ。
戦いにまで美学を持ち出すような奴だ。
自分は、”殺されても爪痕を残してやる覚悟”があっても、”戦いそのものに対しての潔い覚悟”がなかったのだ。
この道は、負け犬根性の薄汚い迷いは荷物にしかならない。
全力で間違い続ける潔さの方が、よっぽど大事で、重くて、醜悪で、美しい。
人助けをするために旅をする、なんて言った手前、自分が正しいことをしているとか、そうしなきゃいけないとか、自分が進む道は正しいとか、そんなことを思っていた。
多分番長だって、通ってきた道は違えどそうだ。
だが、結局戦いをする者は私欲を果たすことが目的なのだから、本当の意味で正しいとか正しくないとか、罪とか罰とか、そういう大事なものは一旦棚に上げて、とりあえず全力で間違い続ける。
後始末まで全部してやるという覚悟の上ではないと、生きて帰るだの、憎いやつに復習してやるだのというエゴは果たせないのだ。
間違えることを恐れていたら、泣き寝入りするしかないのだ。
そんなことは嫌だから、ただ愚直に救いたいものに肩入れして、信じた道を進む。
番長がヒロインだからって、自分たちが正義のヒーローだとは限らないのだ。
滅茶苦茶だって言われるだろう。悪者の言い訳だって言われるだろう。
だけど、正しさのために足を止めるなんて、この一団には出来やしないのだ。のっぴきならぬ。振り向けば暗闇だから。
これからは、背負う悪ではなく、突き進む悪となろう。行く道を塞ぐ歪を吹っ飛ばして進むのだ。
嗚呼、これで一層、躊躇いなく剣を振るえる。自分のわがままで守りたい明日の為に。

結局、麗はアリスが着替え終えるまでずっと見続けていた。
途中からは、見ていたというよりは、そっちの方を向きっぱなしで考え事をしていたのだが。
アリス「随分と熱心じゃないか。そんなにアタシが愛おしいか?」
麗「あ、いや、別に。」
アリスは今までのドレスとはイメージが真逆の、盗賊のような姿になっていた。
ほぼ下着といっていいブラのようなビキニアーマーに対し、腕から指先まですっぽりと包み込む、鉄板のついたグローブ。
ベルトで留められた短いスカートから伸びたセクシーな足には膝上までを覆うレガース付きのブーツを履いている。
アリス「ドレスの方が好きなのだが、あいにく相手が男だとわかりきっているのでな。」
そうは言いつつも彼女は姿見の前に立ってポーズを取ってはああでもないこうでもないという顔をしている。
アリス「うむ、不満だ。」
そううなづくと、麗の隣にもたれかかる。
麗は思わずどぎまぎしてしまう。
アリス「悪いな、アタシは恋愛というものに興味はないんだ。この世は、美しいか美しくないかさ。」
そんな期待外れで予想通りなセリフに、むしろ安心してしまった。
だが、心の平和は長くは保たなかった。アリスはそのまま眠ってしまい、麗にもたれかかってくる。
アリスの色めかしい寝息が耳にへばりついてくる。
見かねたミツクビは麗の頭を無言でひっぱたいた。
ミツクビ「ドーテー丸出しだニャン。」
麗「余計なお世話だ。」
そう返すと、緊張は解け、疲労に引きずられるように眠りについた。

 

 

街に、獣の足音が聞こえる。

「愚者の弾丸」 EX.36 越えて尚、あの世この世を歩むなら

ブリンクは太い蔦のドームを作り出す。
たが、空が曇っているせいか、それとも下が砂地なせいなのか、うまく成長できずにその場を覆うまでには至らず、花瓶のように小さい口を開けていた。
その中で、サクリファイスと番長は生命力を使い果たし、倒れていた。
麗もかなり消耗してはいたが、気を失うほどではなかった。
マリン「番長お姉ちゃん、消えちゃうのかな…。」
濡れた寒さにうずくまったまま、そんなことを言う。
ミツクビ「そんなネガティヴなこと言っちゃダメニャン。」
とは言ったものの、現実は目の前にあるものだ。
サクリファイスは消耗して気を失っているだけだが、番長は、僅かとはいえ超常現象を使ったせいで、脚部が半透明になり、幽霊のようになっていた。
たかが数発、しかもなるべく消耗の少ない形で撃った程度で、肉体をとどめておくことも難しくなる。
それが、目の前にあり得るはずのない現象を無理矢理に引きずり出した代価なのだ。
麗「無茶苦茶やるんなら、反動もまた無茶苦茶か。
どちらに恐ろしいと言えばいいかわからないな。」
ブリンク「ええ…。出来るなら、二度と使う機会を与えたくないものです。」
沈黙が訪れる。
灰色の空がよりいっそうドームの中を暗くする。
ミツクビ「そ、そういえば珍しいニャン、曇り空って。
こっちの世界ではずっと晴れていた気がするニャン。」
麗「言われてみればそうだな。
雨が降らなくても干ばつする恐れはないし、気にしていなかったな。」
空を見上げる。
ブリンク「雨が降るのもそう先のことではないでしょうな。」
麗「ブリンクさんには申し訳ないけど、天井がないことには心細いな。二人を抱えてでも、どこか建物に避難した方が良いな。」
ミツクビ「でも、ここ海岸ニャン。建物なんてあるのかニャン?」
麗「港町の対岸だ。そう遠くないところにこちら側の港町があるだろう。
そうだな…。灯台なんかがあれば解るんだが。」
ブリンク「しかし、灯りが点るまで待つと言うのも巧くはありませんね…。」
話をしているうちに、雨粒が砂浜を濁らせ始める。
麗「不味いな…。時間がない。」
雨粒の冷たさに、サクリファイスは意識を取り戻す。
サクリファイス「………ン」
マリン「サクリファイスお兄ちゃん!!」
サクリファイス「もっと効率的な呼び方はねぇのか…ウウン…。」
ミツクビ「ダーリン…。」
安心したいところだったが、やはり番長の容態は思わしくない。
サクリファイスもそれにすぐ気がついたようだった。
サクリファイス「ハッ…笑わせてくれる。
会ったときからずっとデカい口叩いておきながら、一番ひどいザマじゃねぇか。」
麗「お前…。」
前のめりになる麗に、小さく手を振る。
サクリファイス「まぁまぁ、そういうことじゃない。コレは、一番ヤバイ奴に使うべきだと思ってね。」
ポケットからクリスタルを取り出す。
麗「これ、あの時の…。」
サクリファイス「そうだ。やっぱり命がけで旅してるんだ。
"いざというとき"は、来てほしくなくても来るもんだ。」
サクリファイスは苦しそうに寝返りを打つと、隣に寝ている番長にクリスタルを押し当てる。
クリスタルは空っぽになった番長に吸い上げられるように、あっという間に光の粒子になって、番長の体の中へと入って行く。
そして、半透明だった番長の脚は、すっかり元通りになった。
マリン「あぁ、やったぁ…。」
ブリンク「安心するのはまだ早いですよ。
目を覚ます気配がまるでありません。
見た目を取り繕っただけで、中身は空っぽなんです。」
サクリファイスは、落ちてくる雫が番長の頬を伝って行くのを眺めた。
サクリファイス「そうか…。俺のせいで足止め食らってたのか。情けねぇな…。」
ミツクビ「そんなことないニャン。ダーリンが居なかったら、あのまま海の藻屑になってたニャン。」
サクリファイス「そうか…。」
そう返す彼の目は虚ろになってきている。
麗「やっぱり、もう少し眠らないとダメみたいだな。」
サクリファイス「悪ぃ…。」
今度は、気を失った訳ではなく普通に眠りに落ちた。
ブリンク「とりあえず端に寄せましょう。 風が強くならなければ、濡れることはありません。」
言われるがままに、二人を中心から引きずり出す。
麗「もう少しくらいなら凌げそうだな。」
ブリンクとマリンはサクリファイスを、麗とミツクビは番長をそばにおいていた。
蔦にもたれ掛かると、伝ってきた水滴で背中が濡れてしまうため、膝の上に寝せる他なかなった。
雨がさほど強くないお陰で、蔦の過ぎ間からくる雨はそう多くはなかった。
ミツクビ「こうやって見ると、番長ちゃんって結構美人だニャン。」
麗「そうか?女々しい男みたいだと思うんだけど。」
ミツクビ「え~。団長は見る目ないニャー。」
麗「髪を切ったら少年にしか見えないと思うぞ。」
ミツクビ「でもお尻ぷりぷりだニャン。」
麗「スタイルの問題だったらお前の方がマシだろ。
持ち上げてみればわかるけど、こいつ結構筋肉ついてるぞ。」
ミツクビ「努力家なんだニャ。」
麗「あぁ。仲間のためなら、単身敵地に赴くような奴だからな…。
自信の鍛練は怠らなかったんだろう。」
サクリファイス「…そのこと…なんだが。」
半目でこちらを見ながら話しかけてくる。
麗「おい、無理するなって。
お前にはなんの治療もしてないじゃないか。」
サクリファイス「そう、治療のことだけど、番長には言わないであげてやれ。
クリスタルを持ち出すのに一番反対してたのはこいつだ。
それが皮肉にも、一番必要だったのは自分だったなんて気づいたら、きっとこいつのプライドが許さないだろう。」
麗「いや、これは仕方ないだろう。」
サクリファイス「何だかんだ葛藤して混乱しつつも、本当は人を殺したりすることを泣いて嫌がるような奴なんだ。
こいつは、自分が一番やりたくないことだから、誰かに押し付けたくないんだよ。
一緒に旅をしてくれるって約束してくれた俺たちみたいな仲間にはなおのこと。
クリスタルを使いたくないのだって、自分の痛みや代価を、死んだ誰かに肩代わりしてもらうようなもんだから、本能的に嫌がったんだよ。
千代たちに出会ったときにそうだったけど、こいつはきっと、正しいと思うことに出会うほど、自分の本当の気持ちを思い出して混乱するんだ。
人を100人殺せば生きて帰られるなんて眉唾物の噂を信じて殺人マシーンになったかと思いきや、かつての仲間に…自分でない正しさにぶつかって、滅茶苦茶なこと言って…いや、あのときは千代の奴も同じだったけど…。
でも、みんなは知らないと思うけど、迷ってほしいと言われたとき、こいつは心の中で、ただの一人の少女である本当の自分の存在を思い出して、大泣きしたんだ。
それから、方針は人助けと、星の戦士のもとへ行くことだけに減ったんだ。
人殺しなんて、本当は誰もやらなくていいことなんだから、よりクリーンな、本当の自分が苦しくないことを目差し始めたんだ。」
一同は耳を疑った。
彼女の言葉の裏側も、彼女の表情の真相も、気にしたことなどなかった。
彼女は元よりよくしゃべる方だ。
言葉を投げれば、皮肉だろうがなんだろうが、何かしらの返事は帰ってくる。
だから、知らない顔などないと勝手に思っていた。
それを知るサクリファイスの語りに、合いの手をくべられる者など居なかった。
サクリファイス「…しかし、クリフォートに着いたとき、こいつはさらに混乱した。
何故って、消えてなくなることが救いになる奴がいることに気づいたんだよ。
たくさん転がっていた、死ぬことも、生きることも望めない奴もいたしな。
滑稽なことに、この世界では、本当の番長が守りたい者ほど嫌う世界だったんだ。
心清き者を道具にして、物心持たぬ者は、死んでいることもわからずに産まれるときを待っている。
俺たちの中で一番ショックだったろうな。
クリスタルになることを望むような奴らはさ、死ぬときも苦しかっただろうに、死んだあともこんな報われない時間を過ごすだなんて…。
そして今、こいつは苦しんだ人間の命で、都合よく生き長らえようとしている。
だから、このことを知ったら、今まで機械のように信じてきた目的も、少女のように抱えてきた正しさも、どちらも取りこぼしてしまうんだよ。
こいつは、出会ったときと変わりなく、ワガママで傍若無人だけど、その願いは幼くか弱いものだったんだよ。」
巡る。
歩んできた道で見てきた彼女の幾重にも重なる表情。
記憶の中、手を伸ばすほど矛盾して行っていた彼女の姿。
リアルタイムではなにも感じなかった仕草のひとつひとつがなんとも悲痛に見えてくる。
サクリファイス「こいつはやるべきことのために、誰よりも真人間である自分を封じ込めて、残酷なマシーンを演じているんだ。
きっと生前も、今も、そしてこらからも、だ。」
あまりに罪だ。
無知でいすぎた自分達がこれほどまでに罪だ。
思わず歯を食い縛る。
サクリファイス「だから、こいつがわからないように、せめて理想を傷物にしてしまわないように、彼女だけをヒロインでいさせてやりたいんだ。
こいつの理想は、こいつが歩む道でしか描けないんだから、一度優しい言葉をかけてやめさせたりなんかしたら、再び歩くのが辛くなって、二度と歩き出さなくなっちまう。
そんなことになったら、今までこいつが頑張って、迷って、突き進んできた道は何だったんだよ…。
こいつが、俺たちに見えない苦しみを背負っていたとしたら、見栄を張った手で背中を支えてやろうなんて大層なことはせずに、見えない様な手で、なにもなかったかのように、そよ風のようにそっと押してやるのがいいとは思わないか…?」
途中から涙声になっていた彼の気持ちの吐露を、なにも言わずに聞いていた。
麗も、マリンも、ブリンクも、ミツクビも、番長の涙なんて知らなかった。
サクリファイスがそれを野暮ったく話さなかったのは、自分達が戦の支え以上になることが彼女にとって邪魔になるのではないかと考えた結果なのだろう。
麗「そうだな…。
番長自信が納得する道を歩んで、その結末を迎えるまでは黙っておいてやるか…。」
ブリンク「いやはや、若者と思って軽率に足を突っ込んだ自らが不甲斐ないですな。」
サクリファイス「助かる…。じゃあ…そゆこと
…で…。」
また彼が眠りにつく頃には、雨は弱まり、鉛色の空は沈黙していた。
ミツクビは、番長を抱きしめ、頬を寄せる。
ミツクビ「…ニャニャ?番長ちゃんって、団長と似たような匂いがするニャン。」
麗「あぁ、なんか、実家みたいな匂いがするな。」
ミツクビ「近くにいればいるほど、番長ちゃんは人だニャ~。」
不意に冷たい風が吹いて、マリンは思わず身震いした。

「愚者の弾丸」 EX.35 アンカー&アーム

一閃。
翻る太刀筋は夢か幻かと空を薙いだ。
番長の胸元のボタンが真っ二つになり、小さな音を立てる。
アリス「気に入らないねぇ。
…いや、一撫でで御せぬもまた優雅か。」
それは蝶か鳥か、はたまた鮪や烏賊か。
余りの速さにその剣閃は風の筋を撫でる様だ。
アリス「いとおしさゆえに、ついついちからが抜けてしまったが…次は無いぞ?」
遊ぶように、弄ぶように剣を振るう。
番長(船を沈めれば何とかなるかと思ったが…この水瓶にくりぬかれた海が奴のものなのだから、下手に力業で行ったところで勝てやしないか…。)
牽制で、弾丸をいくつか放つ。
しかし、アリスはそれをいとも簡単に、斬撃で弾いてみせる。
アリス「言ったろう?次はないと。」
身を屈め、次の攻撃をする最善の体制になる。
アリス「戦いの後の事を心配するような戦いは詰まらん。いや、楽しみが無くなるのを恐れることはアタシにもあるが、それとは訳が違う。全力でない戦闘をする貴女の姿はさながら、原石さ。見つけたときはそりゃ嬉しいが、磨いてやらなきゃ美しさが台無しよぉ。」
不適な笑みを続ける彼女は、不意によそ見をする。
それは、ピラニアと戦い続ける他のメンバーの方だ。
アリス「おっと、御一行様も後がないんだったな。」
アリスはそれ以上の事をすることもなく、視線をこちらへ戻した。
その目には、先程よりも残忍で猟奇的な、イカれた感情が顕になっていた。
アリス「次の剣を、受ける覚悟はあるか?」
アリスは先程までと同じように、重そうなドレスにそぐわないスピードで距離を詰める。
放たれる黒銀の歪曲した線。
その線は止められた。
カトラスはデッキに切れ目を入れた。
そう、番長は"素手で"剣を叩き落としたのだ。
アリス「いいね…。貴女、いい目になったよ…。」
両者、下手に動けなくなった。
剣を抜けば、また拳に剣を捕えられる。
拳を振るえば、その間を縫い、腕を切り落とされる。
後だしジャンケンだった。
アリス「それが限界か…?いや、もう少しビックリ出来そうだな…。」
膠着状態にイニシアチブを取ったのは、やはりアリスの方だ。
剣を抜く瞬間、素早く盾を突き出す。
同時に飛び上がり、反射的に繰り出された番長の拳を盾で受け、その勢いで後退する。
番長は、すぐさま間合いを詰める。
カトラスは袈裟を薙いだが、それを屈んでかわし、サマーソルトキックが炸裂した。
そう、炸裂したのだ。
正確に言えば、炸裂しているのは現象力だ。
打撃が繰り出される度に、青白や薄紫の光が散る。
番長(かなりムチャはしているが…体内への超常現象なら、数発行けそうだ…。)
超常現象による肉体強化で、番長は限界を超えた状態を作っていた。
ほぼ直上空に吹き飛んだアリスがデッキに落ちる。
アリス「フフフ…ハハハハ。
そうだ!!そうでなくちゃ詰まらない!!
さぁ、その限界の限界を見せてみろ!!」
斬撃は格闘を覚えて道筋を替える。
より、捕って止められない位置へ。
拳はそれを捌く。
だが、腹部には浅く切り傷を入れられてしまった。
アリス「お互い出しつくしたか。」
アリスより頬を釣り上げ、愉快な顔になる。
アリス「そうサ!!この極限の戦いが一番濡れるんだぜぇぇぇえええ!!」
カトラスはまた歪に翻る。
2つの拳はそれを挟んだ。
番長「これはジャパニーズ白刃取りだ。ファーストアースの財宝だぜ。」
アリス「面白いものを見つけたな。」
番長カトラスから拳を離す。
その刹那、気がつく前の速さで足はアリスの腹部を薙ぐ。
アリスはうめくこともできずに吹き飛んで行く。
番長「終わった…んだな。」
アリスは虹のようにアーチを描いて飛んで行く。
アリス「なかなかに美麗な娘だったよ…。だが、やはり生前の世界の海に、心残りかな…。」
コバルトブルーに沈んで行く彼女は、その深い色の中で、その存在を曖昧にしていった。
それに比例して、水面は少しずつ元に戻り始めていた。

番長はアリスの最期…こちらからみればピラニアが消滅するまでを見守った。
サクリファイス「ハァ…ハァ…終わっ…ん?」
見ると、水位は元に戻っているのに、船は沈み続けている。
麗「しまった!!コッパに船のアーツ所有者が始末されたかッ!!」
マリン「上からも崩壊してるよ!!」
番長「何とかならねぇか!!」
サクリファイス「何とかしてみるぜッ!!」
船が割れ始めた隙間に鎌を差し込んで、水を固め始める。
サクリファイス「集まれッ!!」
固めた水で小さい船を作り上げた。
船が崩壊し尽くす寸前に全員が乗り込む。
ミツクビ「狭すぎニャン!!」
麗「いや、やるべき事があるから、丁度良い!!」
サクリファイス「なんだ!!?これでもわりと無理してるぞッ!!」
麗「"帆"を張れ!!」
サクリファイス「出来るかそんなもん!!」
麗「擬きでいい!!何とかしろ!!」
サクリファイス「しろと言われたら仕方ねぇ!!」
サクリファイスは帆に似せた看板状の塊を作る。
麗「ナイスだ相棒!!」
麗はそこめがけてありったけの暴風を吹き付ける。
ブリンク「船型ならいけると…。考えましたね。ですが…。」
マリン「風ばっかり強いけど、なんか進んでる気がしないよ!!」
麗「っかしぃなぁ~…。」
遠方にある大陸はいっこうに近づいている気配がない。
番長「じゃあ、風のレールだ。」
麗「いやいや、アレは一人用だぜ?」
番長「船そのものを乗せればなんなかなるはずだ。」
麗「一度浮かせなくちゃ駄目だ。」
番長はため息をつくと、水面を覗き込んだ。
番長「最期の一発だ…。」
麗「…は?」
番長「タイミング、逃すなよ!!」
番長は振りかぶると、紫色の燐光と共に、その拳を水面に打ち付ける。
すると、巨大な気泡が船を持ち上げる。
気泡が弾けた瞬間、船は宙に放り出される。
麗「今か!!」
さっきまでの鈍さが嘘のように、モーターボードのようなスピードで水の船は進む。
麗「ッシャァァァアアア!!」
ミツクビ「降りられそうな岸があるニャン!!」
サクリファイス「そ…か…。」
サクリファイスは朦朧とし始める。
ブリンク「大丈夫ですか?気を確かに!!」
麗「オラァァァ!!間に合えぇぇぇぇええ!!」
水の船が解けるのと同時に、一同は海岸に放り出された。

「愚者の弾丸」 EX.34 ワンダーランド・イン・シー

全員が船に登り終えると、待ってましたと言わんばかりに、錨が上がる。
誰も甲板に出ていないはずなのに、ひとりでに船は動いている。
サクリファイス「船自体がアーツってことか?」
ブリンク「でしょうな。…ですが、すぐに危害を加えて来ないのが不気味ですな。」
その台詞が指すように、帆はゆっくりと風を取り込んで膨らんでゆき、それに準じて船は前進する。
麗「まぁ、乗り物に乗って襲われなかったパターンは無いからな。油断するなよ。」
番長「当然だ。」

そう言った後も、しばらく船はゆらゆらと進む。
その間、ずっとミツクビは水面を眺めていた。
涙は置いて行けても、悲しみまではおいては行けぬから、なおさらクライネの象徴でもある水を眺めていたくなったのだ。
ミツクビ(この世界で死んでしまったら、存在として死ぬとされているニャン。
でも、生前の世界では、死ぬまでこの世界が有ることを知らなかったニャン。
なら、塔のように、何層にも何層にも世界は続いているんじゃないかニャン。)
見えない海の底を見ながら、淡い思いを浮かべる。
ミツクビ(また似たような世界があったなら、今度は間違っても、だれも幸せにならない結末を迎えてほしくはないニャン…。)
遠い所へ行ってしまった彼女に思いを馳せていると、少し向こうの水面は不自然な挙動を見せる。
…水面が持ち上がって段差ができる。
ミツクビは目を擦って確認するが、見間違いなどではない。
ミツクビ「みんな!!海の様子がおかしいニャン!!」
船の上の貨物やら船室に続く階段の入り口やらに気を張っていた一同は、押し黙っていたのにいきなり大声を上げたミツクビに驚く。
番長「どうしたっ!!?」
全員が船の端の手すりから身を乗り出して、とんでもない光景を眺めていた。
サクリファイス「なんだよ…これ。」
水平線は真円のラインにすり替わる。
サクリファイス「なんなんだよっ!!この"規模"はっ!!」
叫び出すのも無理はない。
マリン「バケツ…金魚鉢…壺……違う、水瓶(みずがめ)だ。」
???「その通り。アタシたちはね、宝を隠すために、水瓶を使ったのさ。誰も、日々使っている水瓶の石の下に宝が沈めてあるなんて考えないだろう?」
階段のある部屋のドアを開けて、派手な女は姿を見せた。
見事なまでのパイレーツドレス。
いかにもな女海賊そのものであった。
女海賊「グラスを飲み干せば黄金顕る、ってね。」
上機嫌に鼻を鳴らす。
番長「お前がこの船と水瓶を用意したのか?」
女海賊「"お前"、とは随分ご挨拶だな。
これでも美しく在るつもりなのだぞ?」
左目を覆う眼帯を触りながら言う。
番長「質問の答えになっていないな。」
女海賊「はいはい。水瓶を用意したのはアタシ。
でも、船を用意した人は残念ながらまだ下の部屋にいる。」
麗「流石にここまで来たら相手が一人って訳にも行かないか。」
女海賊「いや、そうではない。彼は本当に船を出しているだけだ。こちらは一人と変わりない。
船にへんぴな仕掛けなんてあったらアタシが困る。」
麗「それはそれはありがたいことで。」
女海賊「ところで、アンタたちは自分がおかれている立場がわかっているのかな?」
ブリンク「もうすでに、貴女のテリトリーの中だ…。
と、おっしゃいたいのでしょう?」
女海賊「その通りだぜ!!聞き分けのいいお爺さんよぉ!!」
その直後、水瓶の中の水は渦潮を描き始める。
サクリファイス「うおっ、何だ?」
船には遠心力が掛かり、ふんばらざらるを得なくなってしまった。
そこへ、デフォルメされたピラニアのような魚の群れが飛びかかってくる。
麗「マジかっ!!?こいつは思ったより酷いぜ!!」
一同は、魚の相手をせざるを得なくなってしまう。
サクリファイス「ただでさえバランス取りにくいってのにっ!!」
銘々の武器で魚を凪ぎ払う。
だが、
番長(――――何故かこっちにだけ来ない…?)
魚の群れは綺麗に番長だけを避けて襲ってくる。
番長は女海賊を振り向く。
女海賊「ふふふ、可愛いぞ小娘。
美麗な乙女も賊な我らから見てすれば崇高な財宝よぉ。
やはり、金銀・ロマン・美女!!海にはこれらの財宝たるものが欠かせないな。」
番長「気に入られても嬉しくないがな。」
女海賊「性格は詰まらんなぁ。ロマンやロマンスがいかんせん足りないぞ。」
番長「生き返ってから補充するだけさ。」
女海賊「まぁ愛でるだけならどちらでもいいことか。
アタシはね、貴女(おまえ)と危険なランデヴーがしたい。」
そう言うと、女海賊は右手には錨がかたどられたカトラスを、
左手にはクレーンアームがかたどられた盾のアーツを出す。
女海賊「貴女、名をなんと言う?」
番長「笛音番長だ。名前など、識別記号でしか無いがな。」
女海賊「では、礼儀だ、こちらも名乗ろうか。
右手には団結する矛!!左手には金銀財宝の煌めき!!
見えざる瞳は愛を映し!!名声轟け腹太鼓!!
我こそが"大渦のアリス"!!とくとその目に焼き付けよ!!」
口上を言い終えると満足げに笑った。
番長「それがやりたかっただけか?」
あくまでも冷ややかに返す番長。
アリス「いやいや申し訳ない。
アタシは何でも楽しまなければ損だと思う性分でね。
酒を飲むのも、飯を食うのも、財宝を探すのも、美女を愛でるのも、猛者と戦に興じるのもなぁ!!」
デッキは叩きつけられたチカラの衝撃に唸りを上げる。
その木造の声が示すように、あり得ないスピードでアリスは番長に飛びかかる。
番長「…ッ!!?」
咄嗟に銃で振り払おうとするも、左肩から右腰まで、袈裟斬りが浅く肌を抉りとる。
番長「速いッ!!?」
次の一撃が来る前に、剣の側面めがけて発砲し、なんとかその場を退ける。
互いに飛び退き、距離が開く。
アリス「ヒューッ。すばらしい。
まだ右手がビリビリしやがる。」
言葉とは裏腹に、表情は余裕そのものだ。
番長「自分に有利な環境を作った上に、高速の剣技で圧倒すると言うわけか。
テメーの方がよっぽど物騒だ。」
アリス「なんだよ。"貴女のチカラはそんなもんじゃないだろう"?」
番長「…!!?
いや、何を根拠に言っている。
今の一撃で、私はわりとこたえているが?」
アリス「嘘をつけ…!!貴女の手加減の正体、必ず見破ってやる!!
全力で来い!!笛音番長ァァァァ!!」
アリスはまた、デッキを蹴った。

「愚者の弾丸」 EX.33 涙風よさらば

サクリファイス「うおぁぁぉぁぁぉあああ!!」
釣り下がる水柱を失った彼はものすごいスピードで落下して行く。
それを慌てて麗のアーツの風で受け止める。
サクリファイス「確実に死んだと思った…。」
麗「安心しろ、俺たちはもう死んでる。」

サクリファイス「…そうか、そんなことがあったのか。」
上空から見ていた彼に、地上起きたことを伝えた。
あれからミツクビが一言も喋ろうとしない理由も、理解した。
サクリファイス「一緒に生き返る方法を探してくれる…か。あんな目に逢いながら、生き返りたい理由なんてあったのかね。」
番長「目的云々より、誰かに優しくされたことで依存してしまったのだろう。」
彼らが話しているうちに、ブリンクは埋葬を済ませたようだった。
麗「すまない。嫌な仕事ばかり押し付けてしまっているな。」
ブリンク「いいのです。老いぼれに出来るのはこれくらいですから…。」
麗「ハハハ、この世界での外見なんて当てにならないって知ってるくせに。」
不器用に笑う姿は、どことなくぎこちなさを掻き消せずにいた。
ミツクビは虚ろな目で粗末な墓を見つめている。
いつも陽気な彼女がここまでダメージを受けているのを見ると、見ているこっちまでこころが痛くなる。
マリンはなにも言わずにミツクビの手を握る。
ミツクビもまた、言葉もなく、唇を震わせ、とめどなく溢れ始めた涙を流れるがままにしていた。
サクリファイスが寄ろうとするが、番長はそれを引き留めた。
番長「やめておけ。彼女はただ傷心したために泣いているんじゃない。前に進むために、ここに涙を置いていっているんだ。」
サクリファイスは足に込めた力を抜いて、棒立ちに戻った。
サクリファイス「なぁ、コッパは確かに悪い奴だ。だが、それを咎められるほど俺たちは正しいか?」
不意に、そう問いかける。
番長は、無駄に青い空を見上げ、
番長「わからないな。少なくとも、私たちは正義のヒーローじゃないだろう。生前はこういうのをダークヒーローと呼ぶものだと思ってよく人を手にかけてきた。だけど、千代みたいな本物の正義のヒーローを見ちゃうとさ、ヒーローってつけることでダークの部分から目を背けるための、ただの言い訳でしかないって知った。
だから、正しさを叫ぶだけの正義もなければ、間違った人間に与するほど悪でもない。それだけしかわからないんだ。
ただ、自分が正しいかわからないからって、コッパみたいなやつを憎んじゃいけないなんて、そんなことはないだろう。
私たちが、私のワガママで正しさを失っていたとしても、コッパみたいなやつを恨むのは、きっと誰だって同じさ。」
麗「要は、悪い奴をとっちめる時くらいは自分の事は棚上げしておけってことだ。」
サクリファイス「ひでぇ言い回しだな。」
麗「自分が誰かにとって悪ではないか神経質に調べ回ってたらキリがない。人として抱えられるキャパシティだけで体裁を繕っていかなけりゃ、千代の奴みたいに破綻して暴走してしまうんだよ。」
訝しげな顔をする番長に対して、千代の悪口ではない、とサインを送る。
麗「人間は生きているだけで罪だと言われる。なら、死んでるときくらい、それらに目を瞑って貰ってもいいだろ。元が虫や猫のお前らなら尚更だ。」
サクリファイスは番長と同じように空を見上げた。
サクリファイス「ま、結局前に進むしか能がないのな。俺たちは。」
番長「違いない。」
そう呟いた両肩に、暖かい手が置かれる。
ミツクビ「おまたせだニャン。」
振り向くと、気丈に振る舞えるようにはなっていたようだ。
目の回りは赤く痛々しいが、それは彼女なりに自分と戦って行く証なのだから、野暮ったくとやかく言うのは止めることにした。
番長「もういいのか?」
ミツクビは頷く。
その傍ら、ブリンクは申し訳なさそうに、
ブリンク「因みに、私はもう一晩ここで過ごすことを提案したいのですが、よろしいでしょうか?」
サクリファイス「なんでだ?すぐにでも…。」
行く先を見たとき、納得せざるを得なかった。
サクリファイス「波は高め、浸いている船も無し…か。」
ブリンク「そういうことです。手配には尽力致しますが、やはり1日ほど猶予はほしいかと。」
麗「まぁ、無理に出て暗くなってもしょうがないしな。それにまぁ、休む猶予も出来たわけだ。」
クタクタになっているマリンの頭を撫でながら、優しくそう言った。

マリン「…。」
ブリンク「…。」
麗「…。」
番長「お前のせいだな。」
サクリファイス「なんでだよ!!仕方なかっただろ!!」
何が起きているのは把握するには、あれからさほど時間はかからなかった。
軒並み、漁師たちは、「謎の降水によって船が沈んだ。」と嘆いていた。
あとはお察しの通りだった。
船が停泊していないのは、全て沈んでしまったからなのだ。
サクリファイス「どっちにしたって水塊がでかくなったら同じことだったじゃないか!!」
やり場のない怒りの矛先に立たされた彼は悲痛に叫ぶ。
番長「まぁ、それは多目にみるとして…。
今朝、いざ海岸に来てみれば、これか。」
揃って見上げるのは、大きな船。
しかも、明らかに海賊船である。
ミツクビ「めちゃくちゃ怪しいニャン。」
麗「狙い澄ましたように現れたな。」
マリン「…怖い。」
ブリンク「大方、コッパの差し金でしょうな。」
サクリファイス「俺が呼んだ訳じゃないからな。」
番長「よーし、お前に名誉挽回のチャンスをやろう。」
サクリファイス「人の話を聞けッ!!」
詰め寄るサクリファイスだが、もちろん番長は動じない。
番長「選択肢をやろう。ひとつは、素直に、罠だと解っていておめおめとこの海賊船に乗り込む。」
サクリファイス「嫌みな奴だぜ。」
番長「んで、ふたつめは、お前が水でボートを作って海をわたる。」
サクリファイス「出来るかそんなこと!!そんなにアーツ使い続けたら海のど真ん中で力尽きるわ!!」
番長「おや、弱気だねぇ。」
サクリファイス「冗談じゃねぇや。」
そう、捨て台詞のように吐き捨てて、海賊船へと向かう。
番長「マジで乗るのか。」
サクリファイス「元からそのつもりだった癖しやがってよ。」
そう言って、彼らは船から垂れた梯子に手をかけた。
麗「…って、お前、先にいくのか?」
番長「どうかしたか?」
麗「いや、お前スカート穿いてる自覚あるのか?」
番長「あぁ、スカートの内側に張り付けてるポケットが落ちたらごめんな。」
麗「いやいや、そうじゃなくて。」
ブリンク「番長さんのはしたない姿が見えてしまうことを心配しているのです。」
番長は呆れた顔をした。
番長「なんだ。私のパンツなんか見て嬉しいのか。よこしまな気持ちがあるなら先に行け。」
麗「いやいやいや、それだとどっちをとってもスケベ野郎みたいになるだろ。」
サクリファイス「おい!!てめぇらいつまで喋ってんだよ!!」
先に登り終えたサクリファイスから怒号が飛ぶ。
番長「虫がさざめくから先にいくぞ。」
麗「いやいやいやいや…ハァ。」
結局、麗は番長が登り終えるのを待ってから梯子に手をかけた。

「愚者の弾丸」 EX.32 知らぬが仏言わぬが花なら尋ねるあなたはけだものか

とうとう、落ちてくる水塊は気球ほどに達し、少し押し流されるまでに強くなっていた。
この唐突な襲撃に、街の人間は混乱して右往左往している。
番長「・・・このままじゃ、いたずらに体力を消耗するだけだ!!」
麗「空路はどうだ?」
ブリンク「全員を持ち上げることが可能なら是非お願いしたいですが・・・。」
ミツクビ「ダメニャン!!団長はマリンを抱えて飛ぶ程度で精一杯だし、何より、標的は団長だニャン!!」
麗「じゃあ、俺は海の上空に行く。なるべく地上の被害を最小限にするように心がける。」
番長「わかっ――――いや、”もう”だめだ。」
頭上には、もう次の水塊が生成され始めていた。
勢いが、今までの比ではない。
あっという間に、ドームほどの大きさまで膨れ上がる。
番長「クソッ!!螺旋の弾丸で閉じ込めるか?」
麗「ダメだ!!あれは解かれるとすごい勢いで散るから逆効果だ!!俺がなんとか・・・」
サクリファイス「俺を飛ばしてくれ。」
慌てふためく一同とは裏腹、天の海を睨みつけて、冷静に呟く。
番長「考え無し・・・という訳ではなさそうだな。」
サクリファイス「水は俺の専門だ。任せろ。」
ミツクビ「でもダーリン・・・あの量は・・・」
サクリファイス「大丈夫だ。少なくとも死にゃあしねぇんだから。」
心なしか、水はもう落ち始めている気がする。
大きすぎて、どうも距離が掴めない。
サクリファイス「時間がねぇぞ!!団長!!」
麗「・・・行って来い!!」
一陣の風が、サクリファイスを持ち上げる。
サクリファイス「意外とバランス取りにくいなこれ!!」
麗「文句はやり遂げてからきかせやがれ!!」
ぐんぐんと水塊との距離を縮める。
サクリファイス「まったく。水で俺に喧嘩を売ろうなんざ、よくもやるもんだぜ。」
彼は、アーツを水塊に突き立てる。
水塊は凍るように硬化してゆく。
いや、硬化しているのは表面だけだ。
巨大な水風船を作るだけと言ったら、そうではない。
固まった水塊から、海に向かっていくつもの触手のようなものが伸びてゆき、先端は平たく丸くなる。
そう、彼は水塊を利用し、巨大なジョウロを作ったのだ。
シャワーヘッド状にしたのは、波が立たないようにする彼なりの配慮だ。
番長「やってくれるじゃねぇか・・・。」
海には綺麗な虹が架かる。
それをよそに、水ジョウロにぶら下がったサクリファイスは叫ぶ。
サクリファイス「いたぞ!!術者は足湯がある建物の近くだ!!
コッパらしき影も見つけたが、消えちまった!!
だが、逆にそれができるのは奴ぐらいしかいない!!
この襲撃は奴によるもので間違いない!!」
その声を聞くやいなや、街の中を全力疾走して指定された場所へと向かう。
番長「・・・いたぞ!!あそこだ!!」
てっきり、敵も逃げ出すものかと思っていたが、その少女は膝が笑って動けないようだった。
クライネ「来ないで・・・来るなぁ!!」
今にも倒れそうな足取りで、傘を構える。
番長「あの様子だと、接近戦がてんで弱いのか。」
一同は走るのをやめ、じりじりと彼女に歩み寄る。
クライネ「来るなっ!!来るなっ!!お前らさえ素直に死んでいれば、コッパ様はまた私を必要としてくれるんだ!!」
傘のアーツを振り回す。
無情にも、空を切るのみなのだが。
番長「やめろよな・・・その言い方・・・。」
クライネ「うるさい!!幸せそうに仲良く暮らしてきたくせに、偉そうに指図するな!!」
番長「だから・・・その”自分が被害者前提”の口ぶりをやめろって言ってんだよ!!」
クライネ「なんだって!!?どんな生き方してきたかも知らないくせに!!」
番長「”必要としてくれるんだ”だってさ。
自分が道具扱いされていると自虐していて寒い寒い。
じゃあ言うぞ。
お前がコッパの言いなりじゃなけりゃあ、私たちが戦う必要も、お前が戦う必要もなかった。
そして、お前が受けてきた不幸をなんの関わりもなかった赤の他人が受けて、
復讐にも何にもならない、ただの八つ当たりで悲劇の繰り返しをするようなこともなかった。
そんなことをするお前は”加害者”なんだよ!!
どんな仕打ちを受けてきたかは知らねぇ。
だが、お前のしていることは、その災厄の元凶と何ら変わりないってわからないのか?
情を履き違えるな。気づいてたんだろう?お前は利用されていたんだ。
お前のことを見てくれるやつがアイツしかいなかったから、自分に嘘ついてたんだろ?
お前は一人ぼっちになるのが嫌で、あんな奴に甘んじてたんだろう?違うか?」
クライネ「・・・違う・・・だって・・・今日だけだもん・・・あんなこと言った事ないもん・・・
いっつも優しくて・・・励ましてくれて・・・・・・一緒に、生き返る方法を探そうって言ってくれた・・・。」
番長「そうか・・・。」
泣きながら訴えるクライネに対して、銃を突きつけた。
番長「頑なにコッパの奴に肩入れするなら、私は、場合によってはお前を殺さなくちゃいけなくなる。
悲劇に身を置いた人間を殺したくはないが、お前のそのチカラは・・・街を破壊しかねないチカラは、あってはならない。」
クライネ「・・・ぁ・・・ぅ・・・。」
クライネは歯をがたがたと鳴らし、俯いて、ただ泣くばかりになってしまった。
その射線の間に、意外にも、ミツクビが立つ。
番長「どうした。」
ミツクビ「番長ちゃーんは難しい話ばっかりニャン。」
ミツクビはわざとらしく、やれやれという表情を作る。
かと思うと、あろう事か、クライネに抱きついたのだ。
クライネ「なんだ、離せよぉ。」
そう言うと、ミツクビは、より強く抱きしめる。
ミツクビ「コッパは、こういうことしてくれたかニャン?」
クライネ「しないよ・・・っていうかやめろよ・・・」
ミツクビ「無理して悪ぶらなくてもいいニャ~ン♪」
頬ずりをして、じゃれ付き始めるミツクビ。
番長「・・・何してんだ?」
ミツクビ「だって、この子は好意的必要とされることがすきだニャン?なら、ミィの遊び相手になるのも、充分その範疇だニャン。」
クライネ「そんなの屁理屈だ。」
突っぱねようとするが、明らかに腕力が足りず、片手すらはがせなかった。
ミツクビ「ハニャ~?コッパにはホイホイついていったのにミィは嫌なのかニャン?」
クライネ「あの人は、ずっと優しくしてくれた。」
ミツクビ「見限ったのに?ひとりで戦わせたのに?」
クライネ「それは・・・。」
うろたえた隙に、ミツクビはマウントポジションをとる。
ミツクビ「ちょっとしくじっただけでぷーいって見捨てちゃうようなやつなら、こっちから願い下げだって思わないかニャン?」
クライネ「じゃあ、お前らを信用しろって?・・・そんな―――」
ミツクビ「コッパはマリンをさらって”星の戦士”のところまで行こうとした。
ミィたちはマリンを説得して同行してるニャン。
さ~てどっちが信用深いかニャ~ン?」
クライネ「あ・・・。」
ミツクビ「もし、信用できなくても、チヨの居るクリン・トラストとか、ミィたちの故郷のカインドに行けば、快く迎え入れてくれるニャン。」
クライネ「・・・・・・。」
こわばっていたクライネの体は、既にリラックスしていた。
ミツクビ「ここでスカウトするニャン。
さ~、ミィのおもちゃになるか、仲間になるか、選ぶが良いニャン!!
・・・どうせコッパはもうこの街には居ないニャン。帰る場所は、ないんニャよ・・・。」
クライネはまた涙を流した。
しかし今度は、悲しみの涙ではなく、安らぎと喜びの、温かい涙だった。
クライネ「じゃあ・・・仲間に――」
その言葉は最後まで続くことはなかった。
クライネ「ガァ」
クライネの顔は驚いた顔のまま硬直していた。
乗り上がっていたミツクビの腹部や太ももにはあたたかい鮮血がかかっていた。
あまり気にしてはいなかったが、クライネはチョーカーをつけていたらしい。
そのチョーカーは、ありえないほど小さく、そしてチャクラムのような薄い刃になっていた。
そう、コッパは、手下全員にこのチョーカーをつけていて、不測の事態が起きた時に、始末できるようにしていたのだ。
上空の水は、クライネの死を示すように蒸発してゆく。
それとは相反し、ミツクビの瞳からは、とめどなく涙が流れていた。
何が起こったかを、意識の全体でようやく把握した彼女は、両手の拳を握り締め、歯噛みした。
ミツクビ「・・・どこまでも卑劣な奴・・・。」
震える声で、塞き止められぬ感情が漏れ出す。
ミツクビ「絶対に許さない!!お前の終わりの日は、彼女と同じ最期を迎えると思え!!」
怒りに満ちた獣の猛りは、どこまでもどこまでも青く塗りつぶされた空にこだました。