DAI-SONのアレやコレやソレ

創作ライトノベル、「ハーミット」「愚者の弾丸」「ハーミット2」を掲載。更新停止中です。

「愚者の弾丸」 EX.31 その青は

この街には様々な娯楽施設がある。
その中でも、一行が目当てにしていたのは、カジノもどきの集会場だ。
大層な設備がないため、主にポーカーやチンチロリンなどの簡単な道具を使って行えるゲームが主だ。
この世界では金品の価値が微妙なため、賭けるのは話のタネや王様ゲーム的な命令権などといった形のないものだ。
儲けるためにやっているわけではないから、それで不満はないし、むしろ、物を賭ける方が問題なのだ。
この世界で価値のある物品と言ったら、人そのものか、クリスタルだ。
どちらも、賭け事に使うなんて言い出した奴から人間性を疑われる。
番長「めんどくさいな…。」
いかつい男「ここで情報屋をやるんなら、博打が強くなきゃあいけねぇぜ?ヒッヒヒ…。」
番長「そうかよ。」
テーブルの向こう側、トランプをシャッフルし始める。
すると、唐突に番長はその手をはたき落とす。
いかつい男「イテェっ!!何すんだ!!」
番長はため息をつく。
番長「イカサマして勝ったって嬉しかねーだろ。」
いかつい男「な、なんの話だ。」
番長「シャッフルが不自然で遅い。先に並びを見ているな?」
いかつい男「ぐっ」
番長「うろたえたな。この勝負は不戦勝。お前の反則負けだ。」
いかつい男「けっ、いけすかねえ小娘だ。」
番長「お前もイカサマするんなら、もっと肝を鍛えな。」
いかつい男「ーーーーで、そのコッパとか言うやつ?たしか、姿が見えないように全身をおおっているとか。」
番長「そうだ。」
いかつい男「そこのガキとは違うのか?」
男は集会場の奥のテーブル、掲示板前に座っている人影を指差す。
番長「ーーーーん、特徴が若干異なるな。コッパは性別不明だが、あれは少女だ。しかも、顔がちゃんと見える。」
いかつい男「油断してるんじゃないのか?」
番長「まさか。マリンが一目見て同じだと言わないと言うことは体格が違うんだろう。」
男は困った顔になって机を指でとんとんと叩く。
番長「知っていることはそれで全てか?」
席をたとうとする番長。
いかつい男「いや、まて。その、俺の言うことをなんでも信じてくれるって言うんなら聞いてほしい。」
番長「勿体ぶるな。私たちは暇な訳じゃない。」
いかつい男「……消えたんだ。」
番長「…?すまない、声が小さくて聞き取れなかった。もう一度言ってくれ。」
いかつい男「だから、"俺の方を向いたかと思ったら消えたんだ!!"奴は。
でも、あんときに見かけた奴なら、性別不明っつう特徴が一致するからさ、ありのままに伝えただけさ。」
番長「いや、恩に着る。賭けに見合った景品だった。」
いかつい男「お、おう。」
笑われると思っていたのか、男は拍子の抜けた顔をしていた。
そのすぐあと、向こうからテーブルを強く叩く音が聞こえた。
サングラスの男「このガキっ!!クリスタルを賭けるだなんて、なに考えてんだ!!」
コッパと似たようなマントを着た少女は、席から飛び退いて、集会所を駆け抜ける。
麗「イテッ。」
麗は振り向き様にぶつかってしまう。
少女「ごご、ごめんなさい!!」
早口にそう言うと、そのまま走り去ってゆく。
麗「なんなんだ…って、あーあ…。」
少女は傘を持っていた。その傘に付いていた水滴が、服を濡らしてしまっている。
麗「はぁ…。ついてないな。」
そこへ、ミツクビが駆けつける。
ミツクビ「団長、大丈夫かニャン?」
麗「びちょびちょになっただけさ。」
その返答に、ミツクビは難しそうな顔をする。
麗「どうした?」
ミツクビ「おかしいニャン。"そとは雨が降ってなんかいないのに、濡れていた"のかニャン?」
麗「それならそもそも、どうして傘なんか…。」
麗の鼻先に、水滴が落ちたような気がした。

コッパ「遅かったじゃないか。」
クライネ「ごっ、ごめんなさい。」
低い建物の上から、コッパは声をかけてくる。
コッパ「それで?ちゃんと仕留めたのかい?」
クライネ「それが、思ったように威力が出なくて…。」
涙ぐみ、モジモジとして結果を伝える。
コッパ「使えないな。マリンを拐うせっかくのチャンスだったのに。」
クライネ「…!!」
クライネは唇を噛み締めた。
コッパがこれまで自分に怒った事などなかった。
いつも、励まして、自信が崩れないように声をかけてくれていた。
こんな冷めた表情を見たのは初めてなのだ。
クライネ「ごめんなさい…ごめんなさい…。」
コッパ「もういいよ。優れた剣を持っていても、振り方がわからないんじゃ使いようが無い。今の君はそういう状態なんだよ。」
それだけ言うと、プツリとコッパの姿が消えてしまう。
クライネ「待って…行かないで…」
視界は涙に揺れるコッパーブルーに支配される。
クライネ「う…っう…。」
彼女はただ泣き、くしゃくしゃのその顔も、視界も、意識さえも、ぐずぐずの青い絵の具に塗りつぶされてゆく感覚に支配されていた。

集会所を出るとき、麗はバケツを返したような水を浴びる。
麗「…ッ!!誰だよこんなイタズラしたのは。」
しかし、水を溜めていた器やブービーは見当たらない。
ブリンク「大丈夫ですか?」
どこから出したのか、タオルを渡される。
麗「すまない。恩に着る。」
わしわしと頭を拭く。
番長「ギャンブルに負けた腹いせかもな。」
麗「勝ちすぎた覚えしかない。ビギナーズラックかな。」
サクリファイス「うらやましいぜ。チクショウ。」
ミツクビ「全くだニャーン。ダーリン弱すぎだニャン。」
サクリファイス「るせぇ!!お前はルールを理解しろっ!!」
番長「…じゃあ、それぞれ手にいれた情報をーーーー」
そう言いかけた時、頭上から全員を覆うほどの水塊が落ちてきた。
おかげで、全員が水浸しになってしまった。
麗「度が過ぎてやがるぜっ!!」
集会所に戻って怒号を上げる麗だったが、どよめきと困惑の声しか帰ってこなかった。
サクリファイス「今のうちに名乗り出れば武力行使だけはやめてやるぜ?」
いかつい男「まてまて、ここにアーツ使いなんて居ねぇって!!」
サングラスの男「んだんだ!!いても混属性だ!!水単色なんて居ねぇって!!」
番長「ーーーーとなると」
ミツクビ「やっぱり、あの傘の女の子だニャン!!みるからにスッゴク怪しかったニャン!!」
バーテン「う、嘘だろ…?」
ドリンクカウンターにいるバーテンは天井を見上げていた。
天井は、ミシミシと音をたてていた。
ブリンク「まさか…。」
マリン「"来る"!!」
天井を引き裂いて、巨大な水塊が形を失って、集会所のありとあらゆるものを流してゆく。
番長「お前らッ!!無事か!!」
サクリファイス「背中を打ち付けたが、なんとか…。」
集会所から道へ、せせらぎのように水が流れてゆく。
麗「あの少女を探すぞ!!」
一同は頷く。

クライネ「コッパ…様…。」
彼女は、たった一人、自らを純粋に必要としてくれていたあの人の期待を裏切ってしまったという罪悪感にさいなまれていた。
クライネ「私…は…、最後まで、信じていますから、どうか…。どうか、私の事を、心の隅で信じてください…。」

コッパはまた、高台から街を見下ろす。
建物から水と人が流されるのを視線がとらえる。
コッパ「始まったか…。
まったく。彼女の能力はどうしてあんなに面倒なのかね…。
まぁ、でも、しっかり貯金してあげたぶんの成果は期待しているよ…。ふふふ。」
ーーーーそう、彼女の面倒な能力は、面倒な過去のせいなんだ。

クライネは、貴族の街に産まれた、貧民だった。
こきつかうために産まされ、育ててられいた奴隷が、彼女だった。
扱いは、容易に想像がつく。
埃にまみれ、目線はいつも床か靴の裏。
味覚なんて存在しない。
いつも、鼠も食べないようなスープと、ゴムみたいな、肉か何かも判別がつかぬものが彼女の主食だった。それも1日1食。空腹を紛らわすために、わざと湿ったバケツを積み上げて虫の住みかにして、かかったゲジゲジやハサミ虫を食べるのが習慣だった。
だが、ある日、仕えていた豪邸の主が飼っていた犬が、骨付き肉を持ち出した。
犬は構って欲しがっただけらしく、その肉はほいと放り投げてしまった。
床に落ちたものだ。よかれと思ってそっと口にした。
驚いた。
彼女は飲み込みもせずバケツに吐き捨てた。
ぎとぎととしていて、喉が渇く。
正直、まずい、といった方が正しかった。
そんなものを、貴族どもは幸せそうに食べていた。
逆に言えば、自分が普通の人間でなくされていたことを、はっきりと自覚したのだ。
その日から、彼女は復習の事だけを考えていた。
自分を人間でなくした奴等が、ただただ憎かった。
それ以外に、全うな理由など思い付かなかった。
復讐のためならなんでもした。
体を売って、より汚い仕事をした。
どれもこれも、奴等の困った顔が、苦しみに歪んだ顔が見たかったから、乗り越えた。
そして、彼女は闇商人から、たくさんの爆弾を買った。
目的は決まっている。
この家の爆破なんて生温い仕打ちで済ませるものか。
この街に隣接する山の上にはダムがある。
彼女は屋敷を抜け出し、崖をよじのぼり、ダムのちょうどヒビの入った場所に、差し込むように仕掛け、導火線に火を点けた。
ダムを決壊させれば、この街は水に呑まれる。
それが目的だった。
なんの希望もない、腐って見えるこの街を、綺麗にしてしまおうという考えだった。
クライネ(これが、私がこの生涯で感じる、最初で最後の温もりだ。)
鈍く煩い音がする。
体は浮かび、反転した世界、天井に吸い込まれてゆく水と自分。
その中で、彼女は、満たされた顔で、溺死していった。

彼女の能力は悲しみの能力。
雨の日に、傘をさせるほどの生活なら、きっと彼女は狂わなかったのだ。
心の傷が広がるほど、悲しみの濁流は溢れてゆく。
ーーー自分に唯一優しくしてくれた人に見限られる。
それが、彼女の悲劇の再来の引き金だった。

「愚者の弾丸」 EX.30 潮風に揺蕩うコッパーブルー

番長は眉間にシワを寄せて理解し難い状況を理屈付けようとしていた。
夢の中に閉じ込められたという彼の言い分もおかしいが、まず目の前にいる麗が自分の妄想なのか、はたまた本人なのか。
その答えは、閉じ込めた主から明かされることになった。
ジェイ「あ、いたいた。」
夢の外と変わり無い屈託のない顔で、店の外から二人の方へと歩み寄る。
麗「お前がやったんだな。」
番長が、ちょっとまて、と口走る前に、
ジェイ「うん、そうだよ。」
と、悪びれることなく答えた。
番長「どうしてこんなことを・・・!!?」
慎重に、かつ気を張って、身構えながら問いかける。
ジェイ「だって、”一回寝たら話を聞かせてくれる”って言ったじゃないか。
だから、ミーニィも”時間ならいっぱいある”って答えたんだよ~?」
麗「なんだ、本当にただ語らうのを待ちきれずに、夢の中に呼び出したのか?」
ジェイ「そうだよ~。」
話が噛み合ったことがわかった少年は笑顔になる。
二人も、ホッと胸をなで下ろす。
番長「そうか。なら、私が住んでいた”オールドマシーナリータウン”の話でもしてやろうか。」
ジェイ「おぉ~。」
麗「”オールドマシーナリータウン”だと!!?」
麗はこれまでにないほどに驚きの表情を見せる。
番長「・・・ん?なんだ、知ってるのか?」
麗「・・・い、いや、なんでもない。」
と、明らかになんでもなくない顔で答えた。
ジェイ「それよりさ~、はやく話を聞かせてよ~。」
番長「そうそう急かすなよ。」
と、また麗の表情が変わる。
麗「・・・ちょっと待て。どうしてそこまで俺たちの話に期待してる?」
番長「?」
麗はこれまでの流れのスムーズさに少々懐疑心を抱いていた。
ジェイ「え?いや~、だってさ~、少し前に来た旅の人に、
”これからグループで動いている旅の人たちが来るから、その人たちなら楽しい話をしてくれるよ”
って教えてもらったんだもん。
そしたら本当にみんなが来てくれたから、お話が楽しみで楽しみでしょうがなくてさ~。」
番長「どんな奴だった?」
ジェイ「・・・う~ん、外套をまとっていて、フードを深くかぶった、正体不明の風来坊・・・って感じだったよ~。
男の人か女の人かはよくわからなかったな~。」
番長(自分たちが知らなくて、私たちのことを知っている奴らってことは・・・)
番長「麗・・・もしかして・・・。」
麗「俺も同じことを考えていた。」
ジェイ「どうかしたの?」
向き合うふたりの顔を交互に覗き比べる。
番長「なぁ、マリンは居るか?」
ジェイ「え?あの金髪の子は”いないよ”。だって”起きてる”から連れてこれなかったんだ。」
麗「頼む、どちらか一人を起こしてくれ!!お前はおそらく利用されている!!」
掴みかかりそうな勢いでジェイに迫る麗。
ジェイ「無理だよ~。そんなに細かい出し入れはできないよ~。」
番長「じゃあ、一旦全員の起こしてくれないか!!?」
ジェイ「えぇ~、やだよ~。それに・・・」
彼はつまらなさそうな顔で椅子に腰掛けて言う。
ジェイ「ミーニィと合流しないと、どちらにしても不可能なんだ~。」

マリン「・・・ん。」
気が付けば雑魚寝している仲間の傍らに居た。
見知らぬ少年少女がベッドに寝ているのも確認した。
マリン(着いたんだ・・・港町。)
小さくあくびをして、ボケた頭の霞を払う。
なんだか急に喉が渇いたのを感じた。
それだけではない。
なにか、見えぬ緊張感がピアノ線のように張り巡らされているような気がする。
だが、そんな得体の知れぬものよりも、喉に迫るヒリヒリとした感触に耐えかね、立ち上がろうとした。
それを遮るように、廊下から足音が聞こえてくる。
木造の床を、堂々と土足で上がる、あの音だ。
マリンは急に胸の奥に締めつけらるような痛みを感じた。
乱暴に打ち付けられたあの時のものとは違うものの、明らかに仲間のものではないゴツゴツとしたその音は、
彼女に死の恐怖と平和の崩壊を暗示させた。
干からびた喉に、ざらついた唾液を通す。
足音はこの部屋の前で止まり、静かにドアを開く。
そこには、フード付きのマントを来た人間が立っていた。
マントによって身体的特徴が消えすぎていて、背格好以外の特徴がわからない。
男か、女かすらもわからなかった。
???「ふふふ。君が、マリン・クイールだね。
起きていたとは計算外だったよ。」
中性的な声で話しかけてくる相手。
名指しされたということはどういうことなのか、彼女には充分に理解できている。
???「さあおいで。痛くはしないから。
なに、行き着く先は”星の戦士”のところなのだろう?ならば、守ってくれる人間が変わるだけじゃないか。」
マリン(痛くはしないから、か。
きっと相手は私の能力のことを知っている。だから、正確には”痛くはできないから”なんだろうなぁ・・・。)
マリン「嫌だ。」
静まり返ったその部屋で、小さくもはっきりと、そう答えた。
???「君には、私の正体がわからないかい?」
相手は拒絶されたことに逆上することも動揺することもなく、堂々とそう続ける。
???「君たちがついさっきまで戦っていた”蜃気楼のサキュー”を動かしていたのは私だよ。」
マリン「コッパ・・・!!?」
コッパと呼ばれた相手は頷く素振りを見せる。
コッパ「そうだよ。直々に迎えに来てあげたんだから、もう少し柔らかい顔をしてくれてもいいのに。」
マリン「・・・・・・。」
マリンは、怒りと恐怖と驚きが綯交ぜになって口ごもる。
コッパ「私はあのような部下をいくつか抱えていてね。
君がどれだけ優遇されているか、わかるだろう?」
マリンは俯いてしまう。
コッパ「私には優秀な部下がいて、そして、私がいる。
さあゆこう。みすぼらしい旅人ごっことはもうおさらばだ。」
マリンはその発言に対して歯を思い切り食いしばった。
恐怖が灼かれ、怒りが熱を帯びた。
マリン「みんなは・・・番長お姉ちゃんは、あなたみたいな人から私を守るためにここにいる・・・。
そんなみんなを貶すことなんて許さない!!」
コッパ「大口を叩いたな?選択権など排除してやったことを知っておきながら―――」
コッパはマリンのか細い手を掴みにゆこうと踏み出す。
そこに立ち上がる影があった。
番長「・・・・・・・・・。」
銃口は既にコッパの頭を捉えている。
コッパは身を翻すが、弾丸が走ることはなかった。
コッパ「なんだ・・・コイツ・・・・・・寝ているぞ?」
番長は瞳を閉じたままだった。
立ち上がり、銃を構えているのに、寝息を立てている。
コッパ「ふふふ・・・ハッタリか。だが、これ以上近づけば次は無い・・・といったところか。」
コッパは妙にあっさりと背中を見せる。
マリンのは『待て!!』と喉まで出かかったが、今はそのままにしたほうが安全だと、乾いた息だけが漏れ出した。
コッパが去ったあと、番長は糸が切れたようにぐしゃりと崩れ落ちた。

コッパ(―――やはり、保険としてクライネを配置しておいて正解だった。)
街を一望できる崖の上で、コッパはひとり佇んでいた。
コッパ(あとはスイッチを入れに行くだけになっているし、あんな小さなことをしくじるはずがないだろう。
そうなれば、この街ごと奴らを葬り、マリンだけをアリスに捕縛させればいい。)
コッパは、クライネが”最後の準備”を終えることを待ちぼうけていた。

番長「・・・・・・・・・・・・・・・!!マリンッ!!無事か!!」
ようやく夢の中でミーニィとの合流を果たした一同は飛び起きた。
マリン「・・・うん。ひどい汗だね。」
麗「よかった・・・。」
ブリンク「・・・一時はどうなることかと思いました。」
ミツクビ「なにかされなかったかニャン?はれんちなこととか!!?」
マリン「コッパが来た・・・。」
サクリファイス「なんだと!!どういうやつだった!!?どうやって乗り切った!!?」
動揺して矢継ぎ早に質問を投げかける。
マリン「マントで身を覆っているやつだった・・・それで、番長お姉ちゃんが守ってくれた。」
番長「私が・・・?」
麗「どうやって・・・?」
マリン「それはね・・・ナイショ。」
サクリファイス「ハァ~?なんだよそれ・・・。」
ジェイ「なんだか話聞けなくても面白かった気がする~。」
ミーニィ「する~。」
サクリファイス「お前らな~笑い事じゃねぇんだぞ。」
ミツクビ「まぁまぁ、いいじゃニャいダーリ~ン。結果オーライニャン!!」
サクリファイス「お前はもっと緊張感を持て。」
ブリンク「しかし、またろくに休むことができませんでしたねぇ。」
麗「なに、もうしばらく休みながら、話を聞かせてやるのもいいだろうよ。」
ジェイ「まじで!!いいの!!?」
番長「いいのか?子供の相手なんてしてて。」
麗「体だけじゃなくて、心の休息だって必要だろうよ、全員。」
そう言って、彼はベッドに腰を下ろした。

「愚者の弾丸」 EX.29 潮騒は永久の眠りにつく子守唄を歌う

一晩中歩き通したが、幸か不幸か、サキューの張っていた罠にあらゆる人間が引っかかってしまっていたため、
こんなに見晴らしの良い平原だというのに、行き違うものの一人もいなかった。
逆に言うと、森にはたくさんの迷子がいた。
だが、大抵はこっちを見るなり逃げてしまうような平凡な人間ばかりで、意に介すどうこうの問題ではなかった。
大所帯になったほうが危険なため、やむなく後を追わず、そのまま抜けてきた次第だった。

番長「本当に近づいているのか?」
海が見えるようにはなったものの、依然として街のような場所は見当たらない。
サクリファイス「バカ言え。もうかなり近づいてるぞ?」
ミツクビ「かなりって言ったってもう夜が明けちゃうニャン。」
かぁ、と気だるそうなあくびをする。
マリンは、能力を行使した疲れもあってか、ブリンクにお姫様だっこされて眠っている。
サクリファイス「・・・ほら、煙が見えないか?そろそろ肉眼でも見えると思ったんだが・・・。」
麗「・・・ん、まさか。」
サクリファイス「そうだ。ここから先は崖になってる。
んで、削り取られた崖に、街がある。」
陸の端に近づくにつれ、船が数隻見え、伸びる桟橋も見て取れる。
番長「・・・っと、こいつは驚いた。」
見下ろすと、まるでコロシアムを真っ二つに切り裂いたような異様な風景が広がっていた。
崖には段を作るように歩道が敷かれていて、しっかり住居も構えられている。
ここが、漣立つ港町 ホーム・オブ・ホープ。
殺気が薄く、活気にあふれる潮風の心地よい街だ。
麗「なるほど、これだけ平和なら外に出ることも無いな。
どおりで平原で行き交う人がいないわけだ。」
カインドに比べたら少ないものの、妖精もちらほら人に奉仕活動をしているのが見える。
番長「今度こそ、しっかり休めそうな街だな。」
サクリファイス「幻術はもう懲り懲りだぜ。」

少年「珍しー!!よその人だー!!」
少女「ほんとだー。」
一行に二人の子供が駆け寄る。
ブリンク「・・・?港町なのに来客が珍しいのですか?」
少年「うん!!向こう側の港がいっつも天気悪いんだって~。」
少女「この世界で雨が降るなんてびっくりだよねー。」
少年「だから、船はいっつも海底の調査に使われてるんだ~。
強いて言えば漁業?妖精さんがやってくれるからやる必要性はないんだけど、もの好きなおじさんもいるんだぜ~。」
少女「ねーねー、最近新しいことがなくて飽きたから外の話聞かせてー。」
少年「いいなそれ~。聞かせて聞かせて~。」
ブリンク「ほっほっほ。私の生きていた頃の武勇伝でも聞きますかな?」
少年「おっしゃきた!!」
ブリンク「その代わり、ここらでおすすめの宿を紹介してくださいませんか?」
少年「そんなこと言わなくたって、うちでゆっくりしていきなよ、おじいさん。」
ブリンク「おやおや、では、お言葉に甘えて。」
少女「わくわくさせてね、約束よー。」
少年少女に引かれて歩いていくブリンクを追って歩き出す一行、それを、番長は立ち止まって見ていた。
麗「・・・?どうした?置いてくぞ?」
番長「あぁ、いや。すまない。少し感傷に浸っていてな。」
麗「・・・ああ。あいつらも、マリンみたいなめにあったんだろうってことだろ?」
番長「あぁ。どうしようもないことは分かっていても、やるせなくてな。」
少ないとは言えど、幼くして亡くなった命は無いわけではない。
確たる証拠が息づく光景に、番長は千代の追っていた理想の遠さを知った。
番長「守るために救われない命と、守ったがために救われない命・・・か。」

家に着くと、夜通し歩いた疲れからか、ひどい睡魔に襲われた。
サクリファイス「なぁ・・・話は一回寝てからでいいか?」
少年「いいよ~。」
少女「時間はいっぱいあるからー。」
快く奥の部屋へと一行を案内する。
なんの変哲もない家、なんの変哲もない寝室。
ベッドの数もふたり分しかなく、押し入れにしまっていた毛布を引っ張り出してくれていた。
少年「雑魚寝になっちゃうのはごめんね~。」
ミツクビ「え~、じゃあミィは女の子の方と一緒に寝るニャン!!お名前なんていうニャン?」
少女「ミーニィ・・・。」
少年「で、僕がジェイ。」
ミツクビ「ニャニャ?ジェイ君はミィと寝たいのかニャン?おませさんだニャ~。」
麗「いいから、わがまま言わずにお前も床で寝るんだよ。」
ミツクビ「えぇ~。」
番長「寝そべったらどこでも眠れるだろお前は。」
ミツクビ「そんニャ~・・・。」
ブリンク「あまり騒いだら、マリンさんが起きます。もう休みましょう。」
一同は川の字になって眠りについた。

番長「・・・?」
床が妙に冷たい。
番長「・・・・・・?」
風が吹いている。
番長「・・・・・・・・・!!?」
瞼を開くと、彼女はひとりで見知らぬ街の中に倒れていた。
米国のウォールストリートを思わせる、コンクリートと摩天楼。
行き交うトラックやタクシー。
公園では子供がおもちゃの銃で遊んでいる。
番長(夢の中・・・か。)
立ち上がり、辺りを見渡す。
番長(本当に見たことがない場所だ。オールドマシーナリータウンのどこにもこんな場所は見たことがない。
ファーストアースの風景なのだろうか・・・?)
街を進んでみる。
番長(しっかし夢にしてはリアルさが半端じゃないな・・・。)
安い映画で見たような、迫真の景色。
番長(ドラマとか映画は見ないタイプなんだが。)
大男と警察官が話していたり、資料を抱えたOLがブロンドの髪を揺らしながらすれ違ったり。
そんな、なんでもない風景を眺めながら、ただ呆然と街並みを歩く。
番長(私は今まで必死になって仲間と共に歩んできたが、
目的もなく、なんの物語の登場人物にもなれなかった人間とは、こういった気分なのだろうか。)
番長はそんなのんきなことを考えながら、手頃なベンチを見つけて腰掛ける。
番長(はぁ。歩き疲れて眠ったはずなのに、夢の中でまで歩くなんて滑稽極まりない。)
しばらく座っていれば目も覚めるだろうと思っていたら、お腹が可愛らしくうめいた。
番長(・・・どうやら、私は急かされているらしい。)
仕方なく、また立ち上がり、美味しそうな店を物色していた。
番長(・・・ん。)
視界の端に、ハンバーガーショップが留まる。
番長(もう疲れたから、ここでいいか。)
もっとましな店はあったはずだが、あいにくと舌よりも胃の方が正直なものだ。
店に入ろうとした手前、金がないことを忘れていた。
番長(そうだ、知らない街の通貨なんて持ってるはずないだろ。)
そう思った矢先、店と自分の間の狭い隙に、丸まった紙が転がってきた。
番長(数字が書かれていて割としっかりした紙だ・・・ここの土地の紙幣か・・・?)
都合が良すぎるか、とは思ったが、所詮は夢の中。
番長(どうせ本当に腹が膨れることもあるまいに、気休めをしてくれるのは私自身のいたずらか?)
丸まった紙幣を、スカートの狭いポケットに押し込み、店に入る。
店の中には、新聞とコーヒーを相棒にしたメタボリックな中年と、子持ちでなさそうなお姉さんが別々の席に座っていた。
黒い肌の店員が、愛想笑いと挨拶を提供してくる。
紙幣に書かれた金額を確認し、安いハンバーガーとドリンクを注文する。
席に着き、足を組んで、頬杖をついて注文を待った。
中年の視線が、スカートと足の間を縫い合わせている闇を解こうとしているが、疲れているので好きにやらせておくことにした。
しばらく経つと、丸いトレイに乗って、なんの旨みもなさそうな平凡なハンバーガーとコーラらしきドリンクが運ばれてくる。
だが、それは彼女の席に届くことはなかった。
見知った顔の美しいアッパーカットが描く曲線にハンバーガーは翼を授かり、自由の空という名の天井に吸い込まれて大きさを半分に減らした。
麗「なに呑気にランチタイムとしゃれこもうとしてんだよ!!俺たち、閉じ込められたんだぞ!!?」
番長「は?」
私が思い描く麗のイメージってこんなものだったか?と、首を傾げる。
麗「だから!!俺たちは閉じ込められたんだって!!”夢の中”に!!」

「愚者の弾丸」 EX.28 誰も彼もが同じ空を目指して

刃を伝い落ちる赤の雫。
硬直する。
サクリファイスは喉の奥に空気をつまらせて、声も出せない。
サキューは後ろに飛んで姿を消した。
サクリファイス(・・・そうだ、クリフォートから持ってきたクリスタルがあるじゃないか。)
うろたえてなどいられない、と刃を抜いてポケットを探る。
・・・はずだった。
ポケットは既に裂かれていて、腰には間抜けな切り傷だけが残っていた。
サキュー「お求めはこちらだろう?」
サキューはサクリファイスの持っていたクリスタルを見せつけてきた。
番長「この女郎!!」
麗「待てッ!!俺だ!!あいつは今、降り立っていない!!」
ここに来て、番長は冷静さを欠いてしまった。
両手には双銃が握られている。
サキュー「見たぞ・・・お前の完璧な姿!!」
変身の余地を与えてしまった。
これで相手は化けたい放題だ。
1つずつ策を消されてゆく、そんな中
ブリンク「皆さん!!”その場から動かないでください”!!」
普段、穏やかな口調で紳士的に話す彼がいきなり声を張り上げたものだから、全員が驚き、振り向いた。
ブリンク「全員の立ち位置を覚えれば、仲間同士で傷つけあうことはもう無いでしょう!!」
全員が停止する。
そう、”全員”が。
サキューも含め、全員。
麗「声を上げた瞬間に化けて停止してたらどうする・・・?」
番長「動いた奴からぶちのめす!!」
力む番長をよそに、マリンは唇を動かし、必死で何かを伝えようとしている。
サクリファイス(お願いだ・・・おとなしくしていてくれ・・・消えられちゃあ困るんだ・・・。)
そんなサクリファイスの心配よりも彼女は大事なことを伝えたがっている。
それを、ブリンクは受け取っていた。
ブリンク「皆さん!!飛び上がってください!!」
掛け声とともに、全員がジャンプしようと力む。
ミツクビ「ぐみィ!!?」
ところが、足にツタが絡みついていて飛び上がることができなかった。
そう、ひとりを除いて。
”サクリファイスは飛び上がった。”
”それをただ呆然と、サクリファイスは見ていた。”
ブリンク「今、飛べたのがサキューです!!」
そう言うと、サクリファイスに変身していたサキューの胸を、透明の何かが貫いた。
いや、違う。
マリンに付いていた胸の風穴が、カット&ペーストされていたのだ。
能力が解け、元の姿になったサキューが地面に叩きつけられる。
ブリンク「あなたが先ほど飛び退く直前、全員の足元にツタのトラップを仕掛けました。
あなたはそのことに気づいていなかったようですね。
完璧に変身するためには観察が必要なくせに、観察眼が鈍いですな。」
そう、マリンが必死で伝えたかったことは。
マリン「”一度だけでいい、もう一度だけ、敵を判別できる状態にして欲しい。”」
ということだった。
マリンが”痛いの痛いの飛んでゆけ”を使うために、対象をしっかり認識できる状態にして欲しいという願いだった。
ブリンクは、反撃の余地も考え、相手は不自由な空中に、自分らは安定した地上に置くことを選んだのだ。
サキュー「まだ・・・まだだ・・・。」
そう言うサキューの手足を、ツタが絡め取った。
ブリンク「あなたの負けですね。」
サキュー「勝ち誇ってんじゃ・・・ねぇ!!」
彼女の体は黒く染まり始める。
いや、彼女の体だけじゃない。
薄紅色の粉がかかった全ての樹木が黒く変色し始めて、闇に包まれ始める。
サキュー「こうなりゃ道連れだ・・・じゃなけりゃ腹の虫が収まらねぇ。」
ミツクビ「・・・・・・ニャニャン?これはなんニャン?」
闇に包まれるはずだった森には、バネのようにツタが渦巻いている。
それもいくつも。数え切れない程に。
サキュー「・・・は?」
ブリンク「いやぁ、あなたは自分のフィールドを用意してしまったことで、とんでもないポカをしましたねぇ。」
サキュー「どういう・・・ことだ・・・?」
ブリンクはほっほっほ、と気持ちよく笑う。
ブリンク「勘の悪い人です。
簡単なことでしょう。このツタは私のアーツ。
つまり、粉がかかっていないので、ツタだけは姿を変えることがないんです。
なので、あらかじめこうやってマーキングしておいたのですよ。」
サキュー「そうかよ・・・なら、最初から”マリン・クイールをさらうこと”だけを考えてやれば良かったんだな・・・。」
辺りを包んでいた闇は、次第に薄らいでゆく。
サキュー「ははは・・・こんな・・・死に方をした私を、ゲホッ、きっと・・・コッパ様も見てる・・・。」
番長「む・・・誰なんだ、それは。」
サキュー「・・・・・・・・・」
答える間もなく、彼女は果てていた。
麗「まずそうな集団に目をつけられたってことは確かだな・・・。」
ミツクビ「そんなことより、まずはここを出なきゃならんニャン!!
こいつのせいで遠回りする羽目になったニャン!!
ニャ!!ダーリン!!」
ミツクビはサクリファイスの肩に手を置く。
サクリファイス「お、俺は・・・。」
サクリファイスは先ほどの衝撃で、まだ緊張が解かれていなかった。
だが、マリンは彼に向かって言う。
マリン「私は大丈夫だよ。サクリファイスは最後まで私を助けようとしてくれていたんでしょ?」
マリンはサクリファイスのポケットをぽんぽんとはたく。
すると、薄紅色の粉が出てきた。
ズボンは裂かれておらず、ただそう見せられているだけだったようだ。
マリン「すぐに、これを探していたの、わかったよ。」
マリンは粉のついた手をほろう。
マリン「だから、自分を責めないで。」
サクリファイス「マリン・・・。」
番長は、ふ、と笑みをこぼし、
番長「本当にお前が責められる立場なら、今頃は蜂の巣だろ?」
と言って、あてもなく踵を返した。

???「あわわ。サキューちゃんがやられちゃったぁ。」
???「グスッ、どうしよう・・・こんな怖い人たちなんて聞いてないよぉ・・・。」
???「大丈夫だよ、”濁流のクライネ”。君なら一網打尽にできる。」
クライネ「本当ですか?コッパ様・・・。」
コッパ「あぁ。君は遠隔操作系のアーツなら最強だ。」
クライネ「本当に・・・?」
コッパ「ホントだよ。」
クライネ「ホントのホントに?」
コッパ「そうだ。マリン・クイールは僕か他のメンバーが回収するから、いつもどおりで構わないよ。」
クライネ「はいぃ・・・。では、”ホーム・オブ・ホープ”へ先回りしていますぅ!!」
コッパ「頼んだよ・・・。」
雨傘を携えた小さな影は、徐々にコッパの視界から消えてゆく。
コッパ「やれやれ、あんな性格でアレなのだからえげつない。」
コッパはそうひとりごちて、文字通り”姿を消した”。

番長「・・・お?」
出口が見える。
どうやら、あまり深いところまでは入っていっていなかったようで、悠々と森から脱出することができた。
ミツクビ「そろそろ腹ペコで倒れそうニャ~・・・。」
麗「安心しろ。この世界では空腹なんかで死にゃあしねぇ。」
サクリファイス「・・・お?あれが”ホーム・オブ・ホープ”じゃあないか?」
見わたす先、平原が広がっているようにしか見えない。
それもそのはず、サクリファイスはトランスすると複眼になり、視力が人の時の比ではなくなる。
ミツクビ「ズルいニャ、ズルいニャ、ミィも見たいニャン。」
サクリファイス「双眼鏡じゃねぇんだから、貸したりできるもんじゃねぇっての。」
不満げなミツクビを押しのける。
番長「だが、方角はわかったな。」
ブリンク「えぇ。それだけでも大きな収穫です。」
一同は地平を目指す。
水平線までも超えるために―――――

クライネ「はわぁ~、不安だからアリスさんにも連絡入れておこうかなぁ。
でも、アリスさん怖いんだよなぁ。」
一足先についたクライネはめぼしい建物を探る。
クライネ「はぁ・・・やっぱりひとりでやるしかないか・・・。」
トボトボと、小さな歩幅で潮風の香る街を進む。
クライネ「奴らが寄りそうな建物は・・・。」
泳がせていた目を、ぴたりと止める。
クライネ「ここかな・・・。うん、とりあえず先に誤っておかないとダメかな・・・。」
ごめんなさい、と、ひとつお辞儀をして、扉を開けた。

「愚者の弾丸」 EX.27 這い這い追うぞ欲望は

生還の噂がパラレルワールドと結びついている。
おかしな話だ。
だって、この世界にいるのなら、どの平行世界にいようが死んでいることには変わりないからだ。
生還と平行世界を理屈で結ぶのは難儀な話である。
だが、平行世界から人が来るということは、クリフォートの成長スピードが増したということだ。
・・・クリフォートはいずれ死後の世界を覆い、虚無同然の無機質な世界を作り出すだろう。
私は、それをかわいそうとは思わない。
魂を潔く殺さず、生半可に生きる希望を与える今のこの世界の方が、偽りの営みをするこの世界の方が、よっぽど残酷なのではないかと思った。
だからきっと、クリフォートが世界を覆うということは、死が本来の死に還る、ただそれだけのことなのだろう。
嘘が全て罪とは言わない。
だけど、絶望を隠す嘘は、酸の雨に傘をさすだけの気休めでしかないのだ。
故に彼の行動には、違和感を隠せなかった。
クリスタルならもっと手に入れる機会があるはずだし、たかが私たちが少し削ったところで意味がない。
どこか、軽薄なのだ。
動機として、どうも腑に落ちない気がした。

ミツクビ「また歩きで移動かニャ~。」
クリフォートを抜けた次は港町だ。
漣立つ港町 ホーム・オブ・ホープ。
今居る”ギャラク大陸”と、隣の”イースガルド大陸”を繋ぐただひとつの港だ。
砂浜や、魚釣り、それとサーフィンやダイビングなど、海が好きな人が集まる爽やかな街だ。
一方で、施設はというと、掲示板やボードゲーム大会での賭け事で盛り上がり、体力のない人でも楽しめる、活気にあふれた場所ばかりだ。
こっちは噂話が好きな人が集まっては、流れの人間とあることないことで下卑た笑いをしている人も大勢いいる。
・・・のだが、クリフォートから肉眼で見えるほど近くはなかった。
そのせいで、彼女は意気消沈していたのだ。
だいたい、あんな光景を見せられたあとだから、精神的に消耗しているのも言うまでもない。

ミツクビ「・・・?まだ海岸沿いにも出てないのに街が見えてきたニャン・・・?」
見ると、街・・・というよりか、集落に近い建物の群れを発見した。
どれも木造の建物で、妖精のような小さな影も見て取れる。
番長「妖精・・・か。久し振りに見るな。」
と言うのも、この旅路、街という街がピリピリとしており、カインドにいた頃が嘘のように妖精がいない。
麗「妖精がいるってことは、安全圏か。
人の影は・・・見当たらないな。妖精の街ということになるな。」
ブリンク「ようやく落ち着いて一休みできるわけですな。」
一同は肩の力が抜け、クリフォートの一件でこわばっていたマリンの顔も自然とほころんでいた。

妖精たちはこちらを快く迎え入れた。
妖精というのはあまり喋らないもので、実際オーケーを口に出されたわけではないが、だいたいのことは態度でわかる。
顔は鉄仮面でも、人に対して敵意を向けるというのはあまり確認されていないし、好戦的ではないため、嫌がられたら妖精側が立ち退く。
妖精は、死んだ世界で自由を生きる、謎多き存在である。
人間用の宿泊施設こそないものの、妖精たちの作った小屋は寝泊りするのに充分だった。
大体の建物は人間サイズに作られており、その広い空間に不釣合いな、小さい家具が部屋の真ん中にある。
もてなしの精神があるのかないのか、如何せんわかりかねるが、贅沢は言えなかった。
ミツクビ「ここに泊まっていいのかニャン?」
妖精は頷く。
それでは、とドアノブに触れた途端―――――

刹那、世界にノイズがかかり、辺は見渡す限りの森になっていた。
番長「幻術か・・・?」
サクリファイスは思わず舌打ちした。
してやられた、と顔が言っている。
麗「俺たちが騙されたのはこれのせいか・・・。」
森の木々には薄紅色の粉が付いていた。
サクリファイス「気味の悪い粉に趣味の悪い演出・・・カンに障るぜ。」
マリン「・・・!!見て。」
怒るサクリファイスをよそに、マリンは木の上を指さす。
「カーーーッ!!」
木の上で、サルがこちらに見つかるやいなや、威嚇し始めた。
サクリファイス「なんだよ、ただのサルじゃねぇか。あれが一体なんだって――」
言いかけた時に麗がピンと来たのか、アーツを発現させる。
一息と入れず、サルはこちらへ飛びかかった。
その攻撃を麗は大剣で捌き、サルはそのまま転がって茂みの中へ消えた。
麗「よく気づいたな。マリン。」
麗はマリンの頭をくしゃくしゃと撫でる。
サクリファイス「どういうことだ・・・?」
番長「・・・ったく。勘の悪い奴だ。」
ため息混じりに悪態をつく。
番長「前にハインツとかいう兵士が言ってたこと、忘れたのか?
この世界にある自然の生き物ってのは、妖精が作り出したまがいもんで、生きる意志とかそういうものがなんだ。
なのに、あのサルは見張っていたり威嚇してきたり、挙句攻撃を仕掛けてきた。
まるで”術中にはまった獲物に嬉々とせんばかりに”。」
サクリファイス「・・・ってことは!!?」
ブリンク「えぇ。化かし合いは終わってなどいません。
むしろ、始まったばかりなのです。」
全員が、周囲へ警戒を張り巡らせる。
番長「ってオイ!!マリン!!離れちゃ危ないぞ!!」
木のそばに立っているマリンに向かって叫ぶ。
麗「何言ってんだ!!マリンは俺の横から移動してないぞ!!」
番長「は?―――」
木のそばにいたマリン――に見えていた木を突き破り、クチバシの大きい鳥のようなが隆起する。
番長「舐めやがって・・・ッ!!」
番長は普通に銃を撃っただけでは当たらないと思い、銃を”反対に”持って、取っ手の部分でそのクチバシを殴りにかかった。
だが、その姿はイタチへと変貌し、振りかぶった手を叩き落として、またも茂みに消えていった。
番長(まずい・・・完全に相手のペースだ・・・!!)
マリン「次はコウモリ!!」
サクリファイスに向かって、黒い塊が流星のごとく吸い込まれてゆく。
応戦しようと、サクリファイスは鎌の剣先を縦にし、ナタ状にする。
麗「避けろッ!!相手は変幻自在だ!!またかわされるぞ!!」
サクリファイス「その必要は無ェ!!」
彼は思いっ切りナタを、”コウモリの少し下”を薙いだ。
その場にいた彼以外は、外した、と思った。
だが、宙には血が飛び散って、敵と思しき人間が茂みに飛び込んだ。
麗「・・・どういうことだ?」
サクリファイス「へへっ・・・勘の悪い奴だ。」
と、番長の真似をして得意げにする。
サクリファイス「いや~そもそも、相手の能力って、物体を物質的に変化させるわけじゃなくて、幻術だろ?
だったら、生物的な動きで攻撃してきたら、それは人型なんだ。
この世界の意志を持った生物はみんな人型になるからな。
物体を幻視させてるなら、もっと動きは直線的なはずだから、番長の腕を叩き落とすなんて器用な芸当はできないんだ。」
番長「そうか・・・じゃあ、これはどうしような・・・。」
番長はサクリファイスに向かって振りかぶった。
サクリファイス「ちょ――」
番長「おおっと!!」
その振りかぶった手は後ろを器用に薙いで弾丸を切り伏せた。
番長「私に変身するなら、せめて武器も真似ておけ。」
ニセの番長はとっくに姿を消していた。
本物の番長もまた、精巧に武器を真似られないように、丸腰に戻っていた。
マリン「そんな・・・仲間に変身するなんて・・・。
ホント・・・ムカつくよなぁ!!」
閃光が視界の端に走る。
麗「ぐっ!!?」
麗の脇腹には短刀が刺さっている。
マリン「はぁ・・・はぁ・・・!!」
本物のマリンは直前まで口を塞がれていたらしい。
しかも、攻撃に移るまでこちらに知覚できなくするために、薄紅色の粉がかかっている。
麗「クソ・・・がッ!!上の・・・上を・・・行きやがる・・・ッ!!」
???「どぉ~だぁ~??心も体も痛いかぁ~~~!!?」
歯車のようなモノクル
爬虫類のような長い舌。
蠍の尾のような三つ編み。
無駄のないタイツのような服。
両手には袋のようなものをぶら下げている。
木の上に、彼女はようやくその姿を現した。
???「いやぁ、しかし、そこのカマキリ君。
よくもこの洗礼されたフォルムに傷を入れてくれたねぇ。」
サクリファイス「はぁ?薄汚ねぇ戦法使ってよく洗礼なんて言えたもんだ。
”洗”って漢字に100回謝っとけ!!外道が。」
挑発問答ならお手の物、と嘲り返す。
???「この”蜃気楼のサキュー”を傷つけ嘲ったことを、後悔せずに逝けるだなんて考えるなよ!!?」
茂みの中に影は消える。
サクリファイス「名乗り名ダッサ。」
サキュー「テメーッ!!目を離してすぐに愚弄してんじゃねぇー!!」
サキューと名乗る女は隠れることもなくサクリファイスに怒鳴りつける。
サクリファイス「お?ついに隠れんぼはおしまいか?」
サキュー「テメーらなんざこのナイフ一本で充分だってんだよ!!かかってこい!!」
サクリファイス「そうかよ!!」
サクリファイスは景気よくナタで突き伏せにかかる。
番長「待てマリ――――」
言い終える前に、ことは決していた。
そう。
その刃は――――
サクリファイス「嘘・・・だ・・・。」
マリンの胸を貫いていたのだ。

「愚者の弾丸」 EX.26 どうしようもないこと

ここに意味などなかった。
強いて言うならば、むしろ意味を失う場所だった。
この残酷にも楽園のような世界で、ただ悠久の時間を貪る日々。
ゆく果ては、消えてゆくか消されるか。
ただそれだけの話だった。
この街は、この世界にありふれた、そんな話のひとつの結末に過ぎないのだ。
終わりは終わり。
誰かが書いた本にページをひとつ足した時点で、それはただの妄想になる。
その誰かが終わりと記した時点で、下手な加筆をしても仕方がないのだ。
生命が死を認めた時点で、その生涯は閉じる。
医科学的なものではなく、心で、だ。
そんな人間を救おうなどと考えれば、その瞬間からその人間は「生きている」人間ではなく「生かされている」人間になるのだろう。

眼前にいる神父は聖人でもなく、それでいて悪人でもない。
カインドのような平和な場所がありながら、その地を目指さずにここへ来るということは、彼らは永遠ではなく最期を望んでいたのだろう。
だから、この街に望んで居る時点で、救うだとか救わないだとか生きる価値とか死ぬ無価値とか、そんなことはとおに過ぎてきた話なのだ。
救われるべき心は、価値を求める者は、自らの意思でただ踵を返した。
神父はただ、それを見ていただけだった。
神に仕える身として、導かず、運命の仰せのままに。

ブリンク「驚きましたね・・・まるで夢でも見ている気分です。
人ひとりで手に収まる大きさだというのに、これだけの・・・ひとつの街を完成させるまでの体積を誇る”クリスタル”が存在するなんて・・・。」
麗「全くだぜ・・・死にたがりがここまでいるのにも驚きだがな・・・。」
番長「死にたがり、というのは語弊があるぞ。」
麗「そうか?似たようなもんだろ。」
番長「・・・。」
番長は納得いかなさげに耳の後ろを掻く。
ミツクビ「ニャニャン?番長ちゃん歯切れが悪いニャン。
・・・たしかに、人が自ら魂を投げる場所っていうのはミィ的にも居心地は悪いニャン。
でも、どうしてまだ睨んでいるニャン?」
番長「いいや・・・ただ好奇心で、ここが霊地になった理由を知りたくてな・・・。」
神父「本当に知りたいですか?」
その割り込みに、一同は息を呑む。
サクリファイス「・・・は?誰かが意図的に作ったってのか?」
神父「人の話を聞いてから憶測を言って欲しいものです。」
番長「・・・じゃあ、こっちは黙っておくから、教えてくれ。」
神父「ついてきてください。あまり見せたくはないのですが、真相を知るには一目するのが早いでしょう。」
そう言うと、地下へ続く階段に一同を誘った。
促されるがまま、階段を下ってゆく。
そして、大きな扉の前にたどり着いた。
神父はそこで振り返った。
神父「いいですか?この中で起きていることや在ることは、すべて私が来る前から存在していたものです。
どうかお間違えのないように・・・。」
それだけ言うと、神父は向き直って扉をゆっくりと開く。
中に広がっていた光景――――

見た瞬間に気を失いそうになった。

吐き気と頭痛が本能的に襲い掛かった。

壁や床には一面、血なのか膿なのかわからぬドロドロがあった。
悪臭を放っていたが、一同を精神的にたたきつぶしたものはそれではなかった。
床一面に転がる、赤子や胎児。
泣くことも許されず、一人間に成長することも許されない。
ただ小さくうめき、ひゅうひゅうとした空気に飢えたその風が、一同の心には嵐のように響いた。
ミツクビは耐え切れず吐き出してしまい、ブリンクはマリンを抱き寄せ、番長以外は目を背けてしまった。
神父「彼らが、彼女らが、この地を霊地とさせた真相です。」
番長「すまないが、言ってくれないと理解できない・・・。
何分ショックが大きくてね。
正気を保っているので精一杯なんだ。」
声は震えていた。
いくら彼女でも、心臓をすだれにしたような目の前の景色に、思わず悲鳴を上げそうになった。
いや、悲鳴を上げる勇気すらわかなかった。
神父「これは、見ての通り、生まれる前や生まれた直後・・・物心つく前に死んでしまった魂たちです。
この世界で、道端に胎児が墜とされているのは見たことがないでしょう。
なぜなら、こうして一箇所に集中して墜ちてきているからにほかならないのです。
そして、彼ら彼女らが意味するのは、人間としてのゼロとイチの間。
生と死の間なのです。
自ら生きる意味を見出すことができないゼロ。だがしかし、生命として・・・魂としては生きているイチ。
ほら、医者に還元を望む者共の心理と同じではありませんか?
経過は違えど、生きようとしなくなった死者は、ゼロとイチの間の存在なのです。
似たものは互いに寄せ付け合い、赤子の無垢な心が訪れる者の血肉を解き放つのです。
それがいつしか、平行世界の住人まで寄せるようになり、ここまで肥大してしまったのです。」
番長「パラレルワールドに触れたのは、この霊地が原因ってことか・・・?」
神父「えぇ。結果的にはそうでしょう。
・・・たしか、平行世界の住人が来てから、”生還”の噂を聞くようになって、街の外が物騒になりましたねぇ。
・・・気が遠くなるほど昔のことですから、忘れていましたよ。」
番長(増えすぎた人間を、世界が選定しようとしているのか・・・?)
神父「では、そろそろこの扉を閉じますね。
彼らは、彼女らは外の空気を嫌います。」

サクリファイス「なぁ、ここのクリスタルって、持ち出していいのかな。」
ほかのメンバーの摩耗しきった瞳が非難してくる。
サクリファイス「とんでもない事を言っているのはわかってる。
でも、削っていって、大きさを徐々に小さくすれば、平行世界とのパスも、再び大きくなるまでは防げるんじゃないかな・・・なんて思っただけだ。
それに、うちの仲間にお医者様は居ない。無闇にマリンに傷を消させるわけにもいかないだろう。」
番長「口が上手くなっていくのを喜ぶべきなのか?」
サクリファイス「皮肉はいい。ただ、何もクリスタルは自分たちだけが使うわけじゃない。
困った人・・・襲われた人とかに使ってあげることもできる。
こんなところで黙っているより、誰かの為になれたほうが魂も本望なんじゃないかって、そう思っただけだ。」
麗「・・・俺は賛成かな。マリンを届ける前にくたばっちまっちゃ意味がない。」
番長「・・・仕方ない。ただし、クリスタルはブリンクが預かってくれ。
防御系のアーツを持っているわけだから、盗まれたりしにくいだろう。」
ブリンク「その前に、神父様のお返事を伺ってからにしてはいかがですか?」
麗「それもそうだな。」

神父はあっさり快諾してくれた。
形として持ち出されても心はここに眠っている。
そう言った。
それ以上も以下も言わなかった。

――――――

サクリファイスはなんの考えものなしに保険としてクリスタルを持ち出そうと持ちかけたわけではなかった。
”即席超常現象(インスタントロウブレイク)”。
いつしか聞いたそんな途方もない話。
その燃料に何を使おうか・・・はたまたどうやって燃料を集めようかと考えていたのだ。
しかし、よく考えればクリスタルは人間の魂を濾して純粋な生命力としたものだ。
つまり、クリスタルを持っておけば、いざという時に超常現象を使うことが出来る、と考えていたのだ。
これで旅が少しは楽になる。
彼は自分の考えに胸を張った。

「愚者の弾丸」 EX.25 きっと誰かの最期の地

バリバリと空気を揺らし、ショッキングピンクと赤で彩られたド派手なバイクが土煙を上げて迫ってくる。
サクリファイス「俺たち、あんなバカみたいなのに気付かなかったのか?」
爆音はさらに勢いを増す。
番長「バーカ。気づいてなかった訳無いだろう。
むしろあれは街道の出入り口付近で待ち構えているタイプの奴だ。
人数的にあっちが劣勢なわけだから、諦めてくれるのを待っていたのだが、どうやら相当な自信家なようで困った困った。」
迎え撃とうと銘々にアーツを構える。
すると相手も、後ろの積荷のような部分が展開し、ペンシルミサイルが露出する。
麗「エモノは多いみたいたぜ!!?」
アーツを行使して追い風を起こすが、相手はむしろ加速する勢いでミサイルを射出してきた。
とっさの判断で、番長はミサイルを逸らすように弾丸を放ち、ミサイル同士を衝突させてなんとか直撃は避けた。
だが、ブリンク、麗、そして番長は腕や脚をところどころ灼かれ、ただれていた。
そんな体をおして、番長はミツクビにタックルを仕掛けた。
ミツクビ「!!?」
目を白黒させるミツクビの目の前に、土煙を裂いてバイクが横切る。
傷だらけの体はその派手なボディに跳ね飛ばされた。
余りにも目まぐるしい場面展開であった。
その後、鉄が弾ける音が二つ。
それも虚しく駆ける赤色はなおも猛る。
裂けた煙の中にサクリファイスが駆け寄り、重力の奴隷となった乙女の体を受け止める。
サクリファイス「ちっせぇくせに重てぇでやんの。」
番長「・・・・・・フッ・・・・・・。」
悪態に向けて笑い返すが、反撃できたことが不思議なぐらい重症なのは確かだ。
番長を抱えたサクリファイスに向けて、追い打ちのミサイルが飛ぶ。
だが、爆破範囲が大きくないことを先ほど知ったため、カマキリのチカラを上乗せしたサクリファイスの脚力でなんとか逃れることができた。
ブリンク「ミツクビさんはッ!!?」
煙から逃れたのはサクリファイス、番長、ブリンク、麗。
マリンは馬車の中に残してきているし、馬車自体も遠方で健在だ。
なおもバリバリと、耳障りな音を立てる赤色。
安否がわからないのはミツクビだけだ。
番長「大・・・丈夫・・・なのか・・・無事・・・なの・・・か?」
不安を漏らす番長に対してなおも皮肉めいた笑みを浮かべるサクリファイス。
サクリファイス「大丈夫さ。アイツが今まで弱く見えたのは、迷いがあっただけなんだ。
二度目三度目を与えてくるような相手に負けやしないぜ。」
そう会話するさなかも、細長い影が煙の中から這い出してくる。
サクリファイス「おらっ!!」
番長を麗にパスすると、鎌を発現させ、ミサイルを全て上に逸らした。
それらは全て標的を失い、空中で爆発してしまった。
サクリファイス「相手は”火属性”だ。耐えるんなら”水属性”の俺がもってこいってな!!」
火傷をした三人を全力で庇うサクリファイス。
その間にも、バイク本体とミツクビの戦いは続いていた。

バルバルバル!!バリバリバリ!!
声ではなく音で威圧仕掛けてくる赤色。
ミツクビは避けることに専念していたが、敵が横切るたびに、その癖を観察していた。
遠方でミサイルを放っては横切りを繰り返すその様をまじまじと見ていた。
土煙で視界を遮られたなら聞けば良い。
爆音で聴覚を遮られたなら時間で測れば良い。
相手は常に最強の方法で攻めてくるはずだから。
ミツクビ「そこッ!!」
リズムゲームのようにタイミングを合わせて飛び上がるミツクビ。
本来ならミサイルがあるために、空中に逃げるのは余りにも愚策。
だが、その手を相手はよそに向けている。
ミツクビ「うにゃー!!」
やってくるバイクに向けて強烈な踵落としを食らわせる。
敵はたまらずバランスを崩して横転する。
バイクは勢いに引きずられながら、無様にテリトリーから離される。
番長「どうする・・・殺すか・・・?」
麗は眉間に指を当て、少し考えたあと
麗「烙印を押せる医者がいない。・・・女王様に釘を刺された手前、あまり望ましくはないが・・・。」
サクリファイス「目を瞑ってもらおう・・・。」
番長「これは罪というより・・・運命・・・なのかもな・・・。」

”結晶の街 クリフォート”。
そう銘打っているが、予想以上に結晶だった。
周りの草原と見て比べたらあからさまに異質な、蒼白な晶に思わず息を呑み、すべきことを忘れてしまう。
御者「私は、ここまでで。」
白の淵に一同は下ろされる。
番長「気をつけて帰れよ。」
御者「ははは、旅人さんこそ。」
互いに笑顔で見送った。
しかし、余りにも不自然だった。
あれだけただれていた皮膚も、轢かれてアザのできていた体も、すっかり治っているばかりか立って歩いているのだ。
それはブリンクも麗も同じだった。
一同が負った傷が嘘のように治っているのだ。
番長「マリン、私たちの傷を代わったりしていないか?」
マリン「ううん。」
首を横に振る。
証拠に、その素肌は白いままだし、なんらおかしな箇所もない。
ブリンク「ということは、この場所がなにか特別なものなのでしょうねぇ・・・。」
見上げども、その街は清潔を具現したかのように白く美しい。
それが、どことなく、いわれなく不気味だった。

靴は結晶の床とぶつかり、否が応でも硬い音を響かせる。
コツコツ、コンコンと、それぞれの音を響かせる。
そう、”一同だけ”の音を響かせる。
他には足音がないのだ。
すれ違う人もおらず、建物の中に住まうものもおらず、どこかしこで商いを行うものもおらず、妖精すらも姿を見せなかった。
―――廃墟。
こんなにも美しく、澄んだ空気が流れる街なのに、そこは人の住まわぬ廃墟だった。
例えるなら、ゲームを作った時に、マップだけを作った段階でボツになり、デバッグでしか行けないような・・・
イベントフラグもオブジェクトもない、そんな場所。
それなのに、何も恐ろしくはないのだ。
地・・・いや、床や建物は生命力に溢れ、ほのかに優しい光を放っていて、温かい雰囲気を醸し出している。
結晶だけの街なんて、話で聞いただけなら冷たいし寂しい場所だって思うはずだ。
だが、何もないのに心が安らぐのだ。
それこそ、魂の安住の地だと言わんばかりに。
サクリファイス「罠・・・か?幻術とか・・・。」
麗「でも、それにしたら誘導も閉鎖もない。
こんな、”いつでも逃げてください”なんて在り方の罠があるか?」
進むと、教会が見えた。
この街で数少ない、意味を持った建物だった。
ミツクビが無造作に扉を押すと、風が通るように、ごく自然に扉が開いた。
奥にはようやく人らしい人がいた。
それも、違和感のないごくごく普通の神父だ。
神父「おやおや、あなたたちも、この世界に愛想が尽きた類ですかな?」
あらぬ質問を投げかけられる。
番長「・・・・・・?いや、とっとと見切りをつけて生き返りたいと思うことはあるけど・・・真意はなんだ。」
番長は警戒心をむきだしにした目つきに変わる。
それに対して神父は微笑みかけ、
神父「それでは、あなたたちは迷い込んできたわけですな。なるほど。
まぁ、見ての通り何もないところですが、寝泊りなどは好きにして構いませんので。
なにか不都合な点があれば、お申し付けください。
胡散臭いとお思いならば、去ってもらっても構いません。」
番長「なんだ、いいのか?神に仕える身が、人間の好き勝手を許してよ。」
神父は笑顔を変えることなく答える。
神父「構いません。私はこの地を見守っているだけですから。」
サクリファイス「・・・引っかかる言い方だな。この場所は一体何なんだ?
なんで何もないんだ。人も妖精のたぐいも。」
神父「この場所は霊地です。つまり――――
受肉した霊魂が魂に還る場所・・・医者がそのまま土地になったような場所なのです。
だから、この地にたどり着いた者は”傷を癒して去る”か”ここで血肉を解く”かどちらかなので、暮らしている者がいないのです。
ここで傷つけ合っても治ってしまうし、ここで営みを興しても、血肉を解く者を見るのが辛くなるだけですから、留まる意味などないのです。」
そこまで聞いて、一同はこの街の・・・この結晶の正体を知った。