DAI-SONのアレやコレやソレ

創作ライトノベル、「ハーミット」「愚者の弾丸」「ハーミット2」を掲載。更新停止中です。

「愚者の弾丸」 EX.26 どうしようもないこと

ここに意味などなかった。
強いて言うならば、むしろ意味を失う場所だった。
この残酷にも楽園のような世界で、ただ悠久の時間を貪る日々。
ゆく果ては、消えてゆくか消されるか。
ただそれだけの話だった。
この街は、この世界にありふれた、そんな話のひとつの結末に過ぎないのだ。
終わりは終わり。
誰かが書いた本にページをひとつ足した時点で、それはただの妄想になる。
その誰かが終わりと記した時点で、下手な加筆をしても仕方がないのだ。
生命が死を認めた時点で、その生涯は閉じる。
医科学的なものではなく、心で、だ。
そんな人間を救おうなどと考えれば、その瞬間からその人間は「生きている」人間ではなく「生かされている」人間になるのだろう。

眼前にいる神父は聖人でもなく、それでいて悪人でもない。
カインドのような平和な場所がありながら、その地を目指さずにここへ来るということは、彼らは永遠ではなく最期を望んでいたのだろう。
だから、この街に望んで居る時点で、救うだとか救わないだとか生きる価値とか死ぬ無価値とか、そんなことはとおに過ぎてきた話なのだ。
救われるべき心は、価値を求める者は、自らの意思でただ踵を返した。
神父はただ、それを見ていただけだった。
神に仕える身として、導かず、運命の仰せのままに。

ブリンク「驚きましたね・・・まるで夢でも見ている気分です。
人ひとりで手に収まる大きさだというのに、これだけの・・・ひとつの街を完成させるまでの体積を誇る”クリスタル”が存在するなんて・・・。」
麗「全くだぜ・・・死にたがりがここまでいるのにも驚きだがな・・・。」
番長「死にたがり、というのは語弊があるぞ。」
麗「そうか?似たようなもんだろ。」
番長「・・・。」
番長は納得いかなさげに耳の後ろを掻く。
ミツクビ「ニャニャン?番長ちゃん歯切れが悪いニャン。
・・・たしかに、人が自ら魂を投げる場所っていうのはミィ的にも居心地は悪いニャン。
でも、どうしてまだ睨んでいるニャン?」
番長「いいや・・・ただ好奇心で、ここが霊地になった理由を知りたくてな・・・。」
神父「本当に知りたいですか?」
その割り込みに、一同は息を呑む。
サクリファイス「・・・は?誰かが意図的に作ったってのか?」
神父「人の話を聞いてから憶測を言って欲しいものです。」
番長「・・・じゃあ、こっちは黙っておくから、教えてくれ。」
神父「ついてきてください。あまり見せたくはないのですが、真相を知るには一目するのが早いでしょう。」
そう言うと、地下へ続く階段に一同を誘った。
促されるがまま、階段を下ってゆく。
そして、大きな扉の前にたどり着いた。
神父はそこで振り返った。
神父「いいですか?この中で起きていることや在ることは、すべて私が来る前から存在していたものです。
どうかお間違えのないように・・・。」
それだけ言うと、神父は向き直って扉をゆっくりと開く。
中に広がっていた光景――――

見た瞬間に気を失いそうになった。

吐き気と頭痛が本能的に襲い掛かった。

壁や床には一面、血なのか膿なのかわからぬドロドロがあった。
悪臭を放っていたが、一同を精神的にたたきつぶしたものはそれではなかった。
床一面に転がる、赤子や胎児。
泣くことも許されず、一人間に成長することも許されない。
ただ小さくうめき、ひゅうひゅうとした空気に飢えたその風が、一同の心には嵐のように響いた。
ミツクビは耐え切れず吐き出してしまい、ブリンクはマリンを抱き寄せ、番長以外は目を背けてしまった。
神父「彼らが、彼女らが、この地を霊地とさせた真相です。」
番長「すまないが、言ってくれないと理解できない・・・。
何分ショックが大きくてね。
正気を保っているので精一杯なんだ。」
声は震えていた。
いくら彼女でも、心臓をすだれにしたような目の前の景色に、思わず悲鳴を上げそうになった。
いや、悲鳴を上げる勇気すらわかなかった。
神父「これは、見ての通り、生まれる前や生まれた直後・・・物心つく前に死んでしまった魂たちです。
この世界で、道端に胎児が墜とされているのは見たことがないでしょう。
なぜなら、こうして一箇所に集中して墜ちてきているからにほかならないのです。
そして、彼ら彼女らが意味するのは、人間としてのゼロとイチの間。
生と死の間なのです。
自ら生きる意味を見出すことができないゼロ。だがしかし、生命として・・・魂としては生きているイチ。
ほら、医者に還元を望む者共の心理と同じではありませんか?
経過は違えど、生きようとしなくなった死者は、ゼロとイチの間の存在なのです。
似たものは互いに寄せ付け合い、赤子の無垢な心が訪れる者の血肉を解き放つのです。
それがいつしか、平行世界の住人まで寄せるようになり、ここまで肥大してしまったのです。」
番長「パラレルワールドに触れたのは、この霊地が原因ってことか・・・?」
神父「えぇ。結果的にはそうでしょう。
・・・たしか、平行世界の住人が来てから、”生還”の噂を聞くようになって、街の外が物騒になりましたねぇ。
・・・気が遠くなるほど昔のことですから、忘れていましたよ。」
番長(増えすぎた人間を、世界が選定しようとしているのか・・・?)
神父「では、そろそろこの扉を閉じますね。
彼らは、彼女らは外の空気を嫌います。」

サクリファイス「なぁ、ここのクリスタルって、持ち出していいのかな。」
ほかのメンバーの摩耗しきった瞳が非難してくる。
サクリファイス「とんでもない事を言っているのはわかってる。
でも、削っていって、大きさを徐々に小さくすれば、平行世界とのパスも、再び大きくなるまでは防げるんじゃないかな・・・なんて思っただけだ。
それに、うちの仲間にお医者様は居ない。無闇にマリンに傷を消させるわけにもいかないだろう。」
番長「口が上手くなっていくのを喜ぶべきなのか?」
サクリファイス「皮肉はいい。ただ、何もクリスタルは自分たちだけが使うわけじゃない。
困った人・・・襲われた人とかに使ってあげることもできる。
こんなところで黙っているより、誰かの為になれたほうが魂も本望なんじゃないかって、そう思っただけだ。」
麗「・・・俺は賛成かな。マリンを届ける前にくたばっちまっちゃ意味がない。」
番長「・・・仕方ない。ただし、クリスタルはブリンクが預かってくれ。
防御系のアーツを持っているわけだから、盗まれたりしにくいだろう。」
ブリンク「その前に、神父様のお返事を伺ってからにしてはいかがですか?」
麗「それもそうだな。」

神父はあっさり快諾してくれた。
形として持ち出されても心はここに眠っている。
そう言った。
それ以上も以下も言わなかった。

――――――

サクリファイスはなんの考えものなしに保険としてクリスタルを持ち出そうと持ちかけたわけではなかった。
”即席超常現象(インスタントロウブレイク)”。
いつしか聞いたそんな途方もない話。
その燃料に何を使おうか・・・はたまたどうやって燃料を集めようかと考えていたのだ。
しかし、よく考えればクリスタルは人間の魂を濾して純粋な生命力としたものだ。
つまり、クリスタルを持っておけば、いざという時に超常現象を使うことが出来る、と考えていたのだ。
これで旅が少しは楽になる。
彼は自分の考えに胸を張った。

「愚者の弾丸」 EX.25 きっと誰かの最期の地

バリバリと空気を揺らし、ショッキングピンクと赤で彩られたド派手なバイクが土煙を上げて迫ってくる。
サクリファイス「俺たち、あんなバカみたいなのに気付かなかったのか?」
爆音はさらに勢いを増す。
番長「バーカ。気づいてなかった訳無いだろう。
むしろあれは街道の出入り口付近で待ち構えているタイプの奴だ。
人数的にあっちが劣勢なわけだから、諦めてくれるのを待っていたのだが、どうやら相当な自信家なようで困った困った。」
迎え撃とうと銘々にアーツを構える。
すると相手も、後ろの積荷のような部分が展開し、ペンシルミサイルが露出する。
麗「エモノは多いみたいたぜ!!?」
アーツを行使して追い風を起こすが、相手はむしろ加速する勢いでミサイルを射出してきた。
とっさの判断で、番長はミサイルを逸らすように弾丸を放ち、ミサイル同士を衝突させてなんとか直撃は避けた。
だが、ブリンク、麗、そして番長は腕や脚をところどころ灼かれ、ただれていた。
そんな体をおして、番長はミツクビにタックルを仕掛けた。
ミツクビ「!!?」
目を白黒させるミツクビの目の前に、土煙を裂いてバイクが横切る。
傷だらけの体はその派手なボディに跳ね飛ばされた。
余りにも目まぐるしい場面展開であった。
その後、鉄が弾ける音が二つ。
それも虚しく駆ける赤色はなおも猛る。
裂けた煙の中にサクリファイスが駆け寄り、重力の奴隷となった乙女の体を受け止める。
サクリファイス「ちっせぇくせに重てぇでやんの。」
番長「・・・・・・フッ・・・・・・。」
悪態に向けて笑い返すが、反撃できたことが不思議なぐらい重症なのは確かだ。
番長を抱えたサクリファイスに向けて、追い打ちのミサイルが飛ぶ。
だが、爆破範囲が大きくないことを先ほど知ったため、カマキリのチカラを上乗せしたサクリファイスの脚力でなんとか逃れることができた。
ブリンク「ミツクビさんはッ!!?」
煙から逃れたのはサクリファイス、番長、ブリンク、麗。
マリンは馬車の中に残してきているし、馬車自体も遠方で健在だ。
なおもバリバリと、耳障りな音を立てる赤色。
安否がわからないのはミツクビだけだ。
番長「大・・・丈夫・・・なのか・・・無事・・・なの・・・か?」
不安を漏らす番長に対してなおも皮肉めいた笑みを浮かべるサクリファイス。
サクリファイス「大丈夫さ。アイツが今まで弱く見えたのは、迷いがあっただけなんだ。
二度目三度目を与えてくるような相手に負けやしないぜ。」
そう会話するさなかも、細長い影が煙の中から這い出してくる。
サクリファイス「おらっ!!」
番長を麗にパスすると、鎌を発現させ、ミサイルを全て上に逸らした。
それらは全て標的を失い、空中で爆発してしまった。
サクリファイス「相手は”火属性”だ。耐えるんなら”水属性”の俺がもってこいってな!!」
火傷をした三人を全力で庇うサクリファイス。
その間にも、バイク本体とミツクビの戦いは続いていた。

バルバルバル!!バリバリバリ!!
声ではなく音で威圧仕掛けてくる赤色。
ミツクビは避けることに専念していたが、敵が横切るたびに、その癖を観察していた。
遠方でミサイルを放っては横切りを繰り返すその様をまじまじと見ていた。
土煙で視界を遮られたなら聞けば良い。
爆音で聴覚を遮られたなら時間で測れば良い。
相手は常に最強の方法で攻めてくるはずだから。
ミツクビ「そこッ!!」
リズムゲームのようにタイミングを合わせて飛び上がるミツクビ。
本来ならミサイルがあるために、空中に逃げるのは余りにも愚策。
だが、その手を相手はよそに向けている。
ミツクビ「うにゃー!!」
やってくるバイクに向けて強烈な踵落としを食らわせる。
敵はたまらずバランスを崩して横転する。
バイクは勢いに引きずられながら、無様にテリトリーから離される。
番長「どうする・・・殺すか・・・?」
麗は眉間に指を当て、少し考えたあと
麗「烙印を押せる医者がいない。・・・女王様に釘を刺された手前、あまり望ましくはないが・・・。」
サクリファイス「目を瞑ってもらおう・・・。」
番長「これは罪というより・・・運命・・・なのかもな・・・。」

”結晶の街 クリフォート”。
そう銘打っているが、予想以上に結晶だった。
周りの草原と見て比べたらあからさまに異質な、蒼白な晶に思わず息を呑み、すべきことを忘れてしまう。
御者「私は、ここまでで。」
白の淵に一同は下ろされる。
番長「気をつけて帰れよ。」
御者「ははは、旅人さんこそ。」
互いに笑顔で見送った。
しかし、余りにも不自然だった。
あれだけただれていた皮膚も、轢かれてアザのできていた体も、すっかり治っているばかりか立って歩いているのだ。
それはブリンクも麗も同じだった。
一同が負った傷が嘘のように治っているのだ。
番長「マリン、私たちの傷を代わったりしていないか?」
マリン「ううん。」
首を横に振る。
証拠に、その素肌は白いままだし、なんらおかしな箇所もない。
ブリンク「ということは、この場所がなにか特別なものなのでしょうねぇ・・・。」
見上げども、その街は清潔を具現したかのように白く美しい。
それが、どことなく、いわれなく不気味だった。

靴は結晶の床とぶつかり、否が応でも硬い音を響かせる。
コツコツ、コンコンと、それぞれの音を響かせる。
そう、”一同だけ”の音を響かせる。
他には足音がないのだ。
すれ違う人もおらず、建物の中に住まうものもおらず、どこかしこで商いを行うものもおらず、妖精すらも姿を見せなかった。
―――廃墟。
こんなにも美しく、澄んだ空気が流れる街なのに、そこは人の住まわぬ廃墟だった。
例えるなら、ゲームを作った時に、マップだけを作った段階でボツになり、デバッグでしか行けないような・・・
イベントフラグもオブジェクトもない、そんな場所。
それなのに、何も恐ろしくはないのだ。
地・・・いや、床や建物は生命力に溢れ、ほのかに優しい光を放っていて、温かい雰囲気を醸し出している。
結晶だけの街なんて、話で聞いただけなら冷たいし寂しい場所だって思うはずだ。
だが、何もないのに心が安らぐのだ。
それこそ、魂の安住の地だと言わんばかりに。
サクリファイス「罠・・・か?幻術とか・・・。」
麗「でも、それにしたら誘導も閉鎖もない。
こんな、”いつでも逃げてください”なんて在り方の罠があるか?」
進むと、教会が見えた。
この街で数少ない、意味を持った建物だった。
ミツクビが無造作に扉を押すと、風が通るように、ごく自然に扉が開いた。
奥にはようやく人らしい人がいた。
それも、違和感のないごくごく普通の神父だ。
神父「おやおや、あなたたちも、この世界に愛想が尽きた類ですかな?」
あらぬ質問を投げかけられる。
番長「・・・・・・?いや、とっとと見切りをつけて生き返りたいと思うことはあるけど・・・真意はなんだ。」
番長は警戒心をむきだしにした目つきに変わる。
それに対して神父は微笑みかけ、
神父「それでは、あなたたちは迷い込んできたわけですな。なるほど。
まぁ、見ての通り何もないところですが、寝泊りなどは好きにして構いませんので。
なにか不都合な点があれば、お申し付けください。
胡散臭いとお思いならば、去ってもらっても構いません。」
番長「なんだ、いいのか?神に仕える身が、人間の好き勝手を許してよ。」
神父は笑顔を変えることなく答える。
神父「構いません。私はこの地を見守っているだけですから。」
サクリファイス「・・・引っかかる言い方だな。この場所は一体何なんだ?
なんで何もないんだ。人も妖精のたぐいも。」
神父「この場所は霊地です。つまり――――
受肉した霊魂が魂に還る場所・・・医者がそのまま土地になったような場所なのです。
だから、この地にたどり着いた者は”傷を癒して去る”か”ここで血肉を解く”かどちらかなので、暮らしている者がいないのです。
ここで傷つけ合っても治ってしまうし、ここで営みを興しても、血肉を解く者を見るのが辛くなるだけですから、留まる意味などないのです。」
そこまで聞いて、一同はこの街の・・・この結晶の正体を知った。

「愚者の弾丸」 EX.24 さよなら傷だらけの匣よ

ブリンク「このまま発ってしまわれるのですね。」
ブリンクはカップに白湯を注ぎながら言う。
番長「おい、別に紅茶が飲めないわけじゃない。」
そう言いつつも、番長はそのまま受け取る。
水面に映る天井。
隅は爆破によって多少綻んでいる。
いや、目の前の壁だった場所の方がよっぽどひどいのだが。
番長「・・・ここまで人も建物も破壊された街をそのままにしていくのは後ろめたいが、私たちは被害者だ。
むしろ、身を呈して悪人を取り除いたんだから、これ以上やることもないんじゃないか?」
冷たい言動を取る番長であったが、本心ではない。
できるのなら、この街が修繕され尽くされるまでいてやりたいと思っている。
だが、マリンの立場上、あまりひとつの場所に留まると疫病神になりかねない。
それが分かっていたから、あえて始末の悪い選択をしたのだ。
店員「ここから離れるおつもりですか?」
いかにもな飾らないタイプの優男の店員が声をかけてくる。
朝日を浴びて、よりその表情が柔らかに見える。
番長「あぁ、そうだが・・・やはり、災厄の引き金を引いたことをやっかんでいるのか?」
やや自虐気味に返す。
店員は、いやいや、と慌てて首を振る。
店員「・・・あれは時間の問題だったのでしょう。
あなた方が一連の事件の真相を突き止めなくとも、ほかの誰かが同じことをしていた・・・。
それだけの話です。」
番長「妙に物分りがいいじゃないか。」
好意は好意として受け取りたかったのだが、あいにくとこの街に来るまでの交通手段に問題があったために、慎重にならざるを得なくなっている。
それに、彼女に関しては今回の戦いでの”ココ一番って時のしくじり”が強く尾を引いていた。
店員「ハハハ・・・信じられないのなら信じなくて結構ですがね。
交通機関として魔列車があることをご存知ですか?」
賞味期限切れな情報に、思わず乾いた笑いがこぼれる。
番長「それなら、ついこないだ廃業したよ。」
店員「・・・?」
店員のキョトンとした顔を見ると、彼に対する疑念は吹き消えた。
番長「それ以外に有用な交通機関は無いか?」
店員「えーと・・・馬車ぐらいしか思い当たりませんね・・・。」
番長「・・・無いよりマシ・・・か。どうも。」
白湯を飲み干し、ため息を吐く。
店員は、力になれたのなら、と一礼して、散らかったがれきの後片付けに戻った。
二階からは仲間たちよりも先に、ここでいつもピアノを演奏していた女性が降りてきた。
奏者「あら、貴女たち、朝は早いのね。」
小悪魔な笑みをこちらに向ける。
ここにいるのはブリンクと番長と店員、そしてこの街に住む数少ない妖精くらいで、ほかの仲間や客に比べてはという意味だろう。
番長「クリスタル治療を受けたあとだからコンディションがいいってだけだ。
やはり、人を治すチカラは人のチカラが一番いいというわけだな。」
それは若干皮肉めいていた。
もちろん、ただの八つ当たりではあるが、形は違えど傷を負うたびに他人の命をもらうなどという所業をするのはあまりいただけない。
たとえそれが、望んでクリスタルになった人間だとしても、だ。
奏者「みんな褒めてたわよ。英雄だのなんだのって。」
番長「嫌味か?それとも安い商売か?あいにくとそれらに相手をしてやる余分はなくてね。
それに、脅威を取り除いたところで、墜ちてくる脅威の数には追いつかないし、元々この街は悪意に囲まれている。
いたちごっこにもなりはしない。
お前知ってるか?可能性の人間さえ墜ちてくるんだぞ?
もし、私が悪者を虱潰しに出来る英雄だとしても、今度は”悪者だったかもしれない善人”という空論が受肉して増えていくんだ。
私たちは露出した虱を潰しただけだ。
嫌味垂らされて咎められる筋合いもないし、讃えられるのも分不相応だ。」
苛立ちからなのか焦りからなのか、過敏な返しをしてしまう。
ブリンク「そのような態度を取るのは無礼ではないですかな。」
番長「・・・ッ。」
マリンの精神状態は回復した。
だが、マリンを”星の戦士”のもとまで連れてゆき、100人殺す他に生き返る方法があるのかどうか聞き出すのが最優先目標である。
降りかかる火の粉は払う。
焼かれている家は消火するし焼いた犯人は排除する。
だが、家が焼かれてボロボロになった事実は目的を邪魔するものではない。
差し伸べたい両手はあっても、右手にはマリンの手を握り、左手ではさらなる火の粉を振り払う。
悔しいが、一秒でも早く生還して仲間を救いたい番長にとって、”その場にいる人間だけでなんとかなること”に手を貸している暇はないのだ。
それがいかに非人間的で反正義であることも重々承知してる。
だが、人間には”どちらか一方だけを取らなければならない”時がある。
彼女に与えられた選択は、”災厄を招く可能性があるが、一旦目標への手を止めて善の限りを尽くす”か、
”街の人には申し訳ないが、破壊されてしまった人や物に背を向けて目的を追う”かだ。
それならば、被害を負う人数も少なく、時間は掛かれど確実に街が復興する後者を選ぶだろう。
奏者「あんたさぁ・・・。ちょっと自意識過剰じゃない?」
深刻な思考を遮るように、相変わらずの笑みのまま返す。
奏者「別にさ、褒めてたってのは、喜んで欲しいから言ったわけじゃないわよ。
あんたらのことなんか誰も恨んじゃいないし、あんたらに破壊された街を何とかしてもらおうなんて期待してないし、
そもそもあんたが勝手に後ろめたく思ってるだけだし、悪いのはあのクソ女だけ。
それに、あんたらがいたところで大きく変わることなんてありゃしないのよ。
あたしらにとっちゃ事件は勝手に起きて勝手に沈んだだけ。
沈めた本人にはなんにも罪はないんだからさ、旅人は旅人らしく勝手にどこかに行ってしまったほうが、あんたららしいんじゃないの?」
淡々と、遊ぶような口調のまま、そういった。
番長「・・・悪かった・・・気を遣わせたな・・・。」
そうだ。
この街に自分たちがいたところで何ができよう。
ほかの人間と同じようなことしかできないじゃないか。
誰にだって代わりは務まるし、他所者にそこまでの善行を求めているものもいない。
事実、この店にいる人も、協力を求めていないどころか、こちらの心配をしてくれた。
番長「お言葉に甘えて、旅人らしくさせてもらうよ。」
奏者「うん。そのほうがあたしらも後味がいいわ。」
自分のことを過大評価していたかな、と少し反省した。

結局、馬車を利用して街を出ることにした。
奏者は、応援してるからな、と最後まで見送ってくれた。
行く先は、”結晶の街 クリフォート”。
クリン・トラストで共に戦ったひとりの兵に言われたとおり、港街へと旅路を続ける。
私たちはまだ、遠くを目指さなくてはいけない―――

麗「・・・思い出した・・・。」
馬車の中で、彼はずっと引っかかっていたものを見つけた。
麗「番長のアーツの消耗性・・・これ、ずっと気になってたんだよ。」
サクリファイス「あ、確かに。」
ブリンク「実のところ、私も気になっていました。」
そう、男性陣が盛り上がる中、当の本人は首を傾げている。
番長「なんだ?あれって、コンディションの問題じゃないのか?」
サクリファイス「まぁ、そういえばそれで終わりだけどよぉ~・・・こう、なんつーか、正確な弾数がわかりにくいんだよ。
こう、振れ幅がわかりにくいというか・・・う~ん。」
ブリンク「要するに、貴女の限界がわかっていないとこちらも戦いにくいということです。」
番長はうなづく。
番長「実際のところ、私もよくわからない。
大体の場合、ピンチの時にしか使わないから、いつでもどこでも無我夢中だ。
ブチキレ具合で変わるとしか言いようがない。」
麗「そこで俺は思ったんだ。
”弾丸”と”螺旋”、どちらに消耗が傾いているのか・・・って。」
番長「そうか・・・偏りが”弾丸”ならそれこそどうしようもないが、”螺旋”なら抑えることが出来る・・・と。」
ミツクビ「ハニャ!!?何を言っているかさっぱりニャン~。」
サクリファイス「いや、要するに、手加減できたらいいな~って話。」
ミツクビ「???」
麗「”弾丸”が刺さらなきゃ”螺旋”は発生しないでコマみたいに回ってダメだから、手加減できるとするならば”螺旋”だと助かるんだ。
”螺旋”が使えなくても銃には立派な武器として活躍してもらえる。」
サクリファイス「もっとも、両者の消費量が拮抗していたらどこまで手加減しても役に立つかのチキンレースになるがな。」
ミツクビ「ニャニャン?銃の弾とネジネジは別なのかニャン?」
サクリファイス「それが今言った”拮抗していた場合”だ。
でも、今までの戦いを見ていての話なんだ。
俺たちは戦いの度に”螺旋”の威力が違うと感じている。
だが、”弾丸”の威力はさして変わらない。
普通のハンドガンよりかは強い程度だ。
これは、夢物語でも希望的観測でもなく、前例を考慮した上での仮定なんだ。」
ミツクビ「じゃあ、こんな小難しい話してないでやってみればいいニャン。」
ミツクビは馬車の後ろの布を開いて指差す。
サクリファイス「おい馬鹿やめろ!!」
慌てるサクリファイスに対して番長はいたずらげに微笑み、
番長「いいじゃねぇか。」
と、銃を構える。
ミツクビ「あの岩ニャ!!」
番長「うっし!!」
サクリファイス「もう知らねぇぞ!!」
響く銃声、めり込む弾丸。
だが、ねじれて割れたりはしない。
そればかりか、番長の銃はカチッと装填された音が鳴る。
番長「使うチカラが少ないと補充も速いのか。」
撃ったことなど他人事のように感心する。
サクリファイス「カ~ッ・・・敵が寄ってきても知らねぇからな・・・。」
麗「いや、どちらにせよもう来てるようだが。」
遠くから、ひどくうるさいバイクの音が聞こえてくる。
番長「今回はひどく賑やかな相手みたいだな。」
麗「そんじゃいっちょやりますか!!」
御者に言って止めてもらい、馬車を出た。

「愚者の弾丸」 EX.23 傍観者になってはいけない

マリンは、泣き明かしては眠りを繰り返し、ずっと宿の一室に閉じこもっていた。
――――デジャヴュ。
彼女は身を持って知っていた。
偽りの平和なんていつかは壊れてしまうのだと。
街はひどい有様だ。
チヨが配り歩いたり、飛ばしたりした宝石のせいで、建物は歯抜けにボロボロになり、被害者数名は手遅れ。
医者は全力で被害者の救急救命に徹したが、それにも限界があった。
余りにも強い思念。
チヨという女は存在自体が戦争だった。
幼い鏡は、結末までも同じだぞ、と彼女を嘲笑った。

ブリンクは紅茶を渡したあと、本来の目的であったマリンの様子見のためにその部屋へ向かった。
入ると、部屋は強烈な匂いに包まれていた。
その場から動かないせいで、排泄物や吐瀉物がそのままになっていて、首吊りの自殺現場のようになっていた。
見るに見かね、抵抗すらしないマリンを避けておき、ひとまず部屋を清掃した。
流石に着替えさせるのははばかられたため、ミツクビに着替えの準備と、風呂に入れてあげるよう任せた。

番長「そうだ・・・私は”魔女”だったな・・・。」
既に冷めてしまった紅茶をテーブルに置いて、自傷した。
番長「こういう時、アイツならなんて言うんだろう。」
思い出すのは、生前に残してきた恋人だ。
ただ愚直で、正義漢で、それでいて欲望に忠実で、どんな男よりも自分を愛してくれた。
彼がいたから、自分は仲間というものを省みるようになったし、彼がいたから、自分はただの”魔女”ではなくなったのだ。

――思い出す。
彼と出会うまでの記憶――
とうの昔の、空の遥か彼方、第二の地球・・・セカンドアースでの、おとぎ話のような本当の話。

彼女は超常現象というこの世で最強の能力を持つ家系の末裔だった。
彼女が9歳の頃能力が突如発現、駆け寄った母親は死んでしまう。
父親は失踪、孤独の身となる。
そんな時、"ヒロ"と名乗る人物が現れる。
彼はなんにもできない彼女の身の回りの世話をして、
生きる方法を教え、工場へと連れて行ってくれた。そこで彼女は機械の楽しみと出会う。
才能を開花させた彼女は次第に技術の虜になっていった。
そして彼女は自らの能力について知るために現象について学び、その終着点、現象エネルギーの塊である賢者の石を作り出したのである。
しかし、その力は大きすぎるため、隠す必要があった。
そのために彼女は大切な人、"ヒロ"と永遠を生きたいと思い、
二人の体内に賢者の石のエネルギーのみを抽出、保管することにした。
ところが超常現象の能力により強力な器が出来上がっていた番長とは裏腹、
ただの優男の"ヒロ"はエネルギーを抑圧できず、爆破して肉塊と化してしまう。
2度目の大切な人の死――それに対して永久機関である賢者の石のエネルギーを
取り込んでしまった彼女は不老不死となり、この世界に「取り残される」ことを余儀なくされた。
彼女はどうにかして死者を生き返らせることはできないか、と
魂について情報をあさり始める。
そんな中で「メタモルメタル」という不思議な現象と出会う。
魂を宿す金属――「メタモルメタル」。
それを利用し、「電子」「陽子」と、次々とアンドロイドを生み出した。
しかし「メタモルメタル」が"その人物を殺した金属"にしか宿らないことを知り、心の空虚さは広がるばかりだった。
歳をとることがなく、奇怪な研究を重ねる彼女は"マシーナリータウンの魔女(後にオールドマシーナリータウンの魔女と呼称が変わる)"
と恐れられるようになる。
時を重ね、マシーナリータウンだった場所が、
広く荒れ果てた無法地帯の工場街"オールドマシーナリータウン"、
特別保護区、正統な機関の管轄下に置かれた街が"ニューマシーナリータウン"となり、
あからさまな隔離を受けた。
オールドマシーナリータウンは死刑囚などが放り込まれるスラム街と化した。
そんな彼女には欠かすことのない習慣があった。
近くにあるコンビニで、飲み物を買うというなんとも人間味に溢れるものだった。
それは母親と暮らしていた頃の記憶に少なからず結びついていて、彼女の感情ではなく記憶がそうさせていたのだ。
そんな彼女に密かに想いを寄せていたのが
オールドマシーナリータウンのストリートファイター、「五十嵐ヒロ」であった。
彼女のことを1ミリも知らない五十嵐ヒロは、
ただのデンパな世間知らずのお嬢様だと思っていた。
なにせその時の彼女は心も口も閉ざし、虚ろな目で過ごしていたからである。
五十嵐ヒロはそんな彼女にストーカーを疑われるほど猛アタック。
こんなにも他人に肯定的な感情をぶつけられた彼女は次第に平静を保てなくなる。
二年間も付きまとわれては壊れた彼女の心でさえも動いてしまうのだろう。
それに、どんな運命のいたずらか、全く関係ないにも関わらず、今も昔も運命の男というのは”ヒロ”という名前だった。
しかし時が流れることにより五十嵐ヒロは嫌でも彼女が特別な能力を持っていることを知ることになる。
五十嵐ヒロは成長した。 番長は成長しなかった。
ただ、そんな単純なことだった。
五十嵐ヒロは気づかないふりをしていたが、番長のほうはコンプレックスとして心に溜めつづけていた。
そしてついに彼女は、「もう気付いてるんでしょう?私がただの女の子じゃないって。――"バケモノ"だって。
”オールドマシーナリータウンの魔女”だって・・・。」
と、涙ぐみながらも打ち明ける。
それに対し五十嵐ヒロは、
「だったらなんだ。」
と凄んだ。でも彼女は俯き、
「だったらなんだって何よ・・・。
アンタは自分がいましていることがわかってるの?
この地上で最大の危険と手を伸ばせば届く距離にいるのよ?」
少しの静寂のあと、五十嵐ヒロは口を開く。
「危険かどうかなんて知るかよ。
俺は好きな人に告白しているだけだ。それ以外のなんだって言うんだ?」
と、真っ直ぐであっけらかんな、純粋な愛をぶつけられた彼女は、いつか失っていたはずのぬくもりに無意識に凭れていたのだった。

番長「彼のように、ただ思っただけを言えばいいのかな。」
なんて、心にもないことを言う。
彼ほど自分は真っ直ぐではないと、今までさんざん身を持って知ったろうに。

彼と出会ったあと、彼女は彼の持っていた正義を受け売りした。
だが、形は違った。
ヒロは、目に写るものすべてを救いたかった。
番長は、悪を切り捨てて他人を救った。
ヒロは、理想論を追いかけていた。
番長は、現実と戦っていた。
ヒロは、捨てられずに迷って、もがいた。
番長は、仕方がないと、簡単に人を殺した。
彼の理想に憧れたくせに、その両手は血に染まっていった。
それでも、ヒロは彼女を抱きしめた。
本当は人殺しなんてして欲しくない。
本当は犠牲なんて出したくない。
でも、手遅れになる前に手を下す番長に、ヒロはいつも助けられてばかりだった。
だから、責めることはできなかった。
だから、罪さえも救いたいと思った。
あの時あいつはなんて言ったかな・・・。
あいつなら、もしかするとマリンを医者に預けるとか言い出すかもしれないな。
お人好しだし、考えられなくもない。
だが、もう既に仲間なのだから・・・追っ手から守らなくてはならぬと決めたから。
マリンは・・・そして私は戦わなくてはいけない。

だから、それをそのまま伝えればいい。

番長はミツクビに看られているマリンのもとへ行った。
そうして、彼女は真っ直ぐに、愚直に、思ったままを口にした。
番長「マリン――――戦おう。未来は変えられる。」
そんなありふれた言葉だった。
でも、そう思ったのだから仕方がない。
もしかしたら的外れかもしれないけど、不器用ならいっそ考えないほうがいいんだ。
そう思って、この言葉を選んだ。
はっきり言って、落ち込んでいる人を慰めるときに正解なんて存在しない。
全て結果論。それだけだ。
”大切なのは気持ち”。
この言葉の意味を本当に知るのは、贈った言葉や物を受け取った相手が、嘘偽りない笑顔を見せた時だけである。
マリン「未来は・・・。」
ふさぎ込んでから初めて口をきいた。
かすれた声で震えていたが、その頬は確かに、微かに笑っていた。

「愚者の弾丸」 EX.22 事実は芸術よりも奇なり

番長「平行世界…。可能性の存在。」
そう。目の前にいる藤原千代は、「ある一時まで同じだった」だけの別人。
パラレルワールド、とも呼ばれる違った未来から来た藤原千代なのだ。
「非常に人に知覚されにくい」という、「隠者の才能」を持っているところまでは同じだ。
だが、ここまでの齟齬があるのだから、相当大事なターニングポイントを違えたのだろう。
そう、「"アルカナバトル"に参加したか否か」だ。
その証拠が目の前にある。
麗「…。」
ブリンク「なんと…。どんな可能性でも、死すればこの世界に墜ちると…。」
自分たちの知る千代は、獰猛な黒い騎士のような人影を匿う。
しかし、今視界に居るのは正反対。
白い彫像のような姿に、無数の色とりどりなイボイボがついていて、病弱なイメージを持っていた。
チヨ「私を見てよ…。無視しないで。こっちを見てよ。私を見てよ。私はここにいるの。私以外見ないで。私だけを見て…。」
仲間を大切にして、人のために精を尽くす千代に対して、このチヨは独り善がりで自己中心的。
チヨ「やっと私は見てもらえるようになったんだから…。もう二度とその視線を渡したりしない。」
孤独で、無知で、冷えきっていて邪悪。
もはや自分が何のために何をしているか、そんなことは口上だけの些末事。
チヨ「画家さんの自己表現を邪魔したあなたたちを見世物にすれば、きっとまた、みんな私を見てくれる。」
悪行することを目的に、機械じみた殺戮を繰り返す。
心のすべてが灰塵と化し、手段と目的が入れ替わった寂しき少女の亡霊。
チヨ「だから、大人しくみんなぐちゃぐちゃになってくれると…うれしいなーって。」
すぅ、と白い影は縮こまる。
その瞬間、僅かに震えたか、確認出来るかどうかと感じたときには、その色とりどりのイボイボが飛び散った。
弾の大きな散弾銃、といったところだろうか。
咄嗟に麗が風のカーテンを作って勢いを削っていなければ、皆々揃って風穴だらけになっていたところだ。
壁には外れたイボ弾がめり込んでいる。
見ると、そのイボの正体は宝石のようだった。
もう少し早く気づくべきだった。
ここに来て、相手の正体を探すことにした夢中になりすぎて、大ポカをやらかしたのだ。
チヨ「光りなさい。」
そう、艶めかしく笑い、呟いた。
サクリファイス「しまっーーー」
声もあげられなかった。
宝石は次々と爆発する。
そして、番長のスカートの内側も爆発した。
捨てずにおいたベルデライト。
彼女がした、とんでもない油断。
左足は根本から持っていかれた。
その足は骨だけが残り、すこしでもバランスを崩すと倒れてしまうだけのつっかえ棒と化していた。
誰も彼も、ところどころが裂傷して見るに耐えない。
ブリンクは右肩を持っていかれた、右腕がちぎれそうになっている。
ミツクビは腰を抉られ、倒れたまま起き上がれない。
マリンに至っては、顎が砕け、まじないもかけられぬ重症だ。
チヨ「…。」
そこまでの惨状を作り上げておきながら、不満げに苛立つチヨ。
チヨ「もっと、臓腑をぶちまけてくれると期待したのだけれど…。見世物にするにはまだまだ三流かな。
あ、いや、反撃のチャンスを与えれば客寄せにはなるかなぁ。」
番長は直ぐに反撃を考えなかった。
形は違えど元は千代。
ほんのすこし、余計な情が入ってしまっていた。
しかし、
サクリファイス「なんだよ、つまらねぇ。」
品定めをするチヨに対し、噛み続けたガムを吐き捨てるように言い放つ。
チヨ「五月蝿いわね。もう少し人が集まるまで待てないの?待てないならもっとまともなタンカをきりなさい。」
サクリファイス「はっ。言ってることが滅茶苦茶なくせによくも言う。」
劣勢に負けじと言葉をけしかける。
サクリファイス「わからねぇか?三流なのは演者じゃなくて、脚本と演出を担当してるお前だってよぉ。
大体視線や注目なんて集めてどうすんだ?
まぁ、言われたところで興味は沸かないけどな。」
番長「フォスター…お前、血迷っているのか?」
サクリファイス以外は、口もきけぬほどに、全神経を存命に費やしていた。
にも拘らず、彼は未だ敵を触発している。
サクリファイス「なんだ。クリン・トラストん時はセンスあるかもなんて期待したんだがお前もまだまだ三流役者さ。
そら、血迷ったりなんかしてないぜ。
"むしろ血はゴールを目指している。"」
麗「ま…さか…。」
チヨ「何よ何よつまんない。主役より目立っちゃダメよ。客寄せの傀儡の癖に!!」
サクリファイスは笑った。
場に会わず、笑顔になった。
番長「気でも狂ったか!!?落ち着くんだ…ッ!!」
支えになっている骨も、悲鳴をあげ始めて倒れそうになるのを押さえながら、その手に銃を召喚する。
チヨ「次の攻撃が待ちきれないの?
…そう。なら、もう一度食らうがいいわ!!」
白い影のイボイボはいつの間にか再生している。
そして、先程と同じ構えをとる。
サクリファイス「ハハハ、あんまりにも可笑しいや。
だって、お前の望みは直ぐに叶う。
こう言う時に一番注目を浴びるのは、"悪者が処刑されるとき"だからな。
テメーの思惑どおりになっちまった事だけは後悔さ。」
サクリファイスが睨む先。
チヨの身体には、無数の赤い針。
サクリファイス「お前が中途半端に殺してくれた皆の血を集めたんだ。
俺の能力ってのは、そういうもんなのさ。
面白い小道具だろ。」
チヨ「は…あ…?」
ズタズタに、針串刺しになったチヨは既に絶命していた。
いや、抹消される手前の状態になった、という方が正しいか。
どちらにせよ、今回の事件はこれにて幕を閉じたのだった。

医者の治療を受ける一同。
マリンは「死体は見なれている」などと口にしたことがあった。
しかし、今彼女は怯え、震え上がっている。
"死体は"見なれている。
裏を返せば、それがどういった経緯で死んだのかなど見馴れているはずがないのだ。
彼女は、本当は普通の女の子なのだから。
死体は見た。幾らでも見た。
だが、戦地に行って血を流す兵を見てはいない。
籠城の末に飢餓し、砂をなめて死んだ兵を見てはいない。
肉がえぐれ、臓腑を見せながら辛うじて生きる兵を見てはいない。
だから、本当は彼女は追っ手を殺す度、その致命傷を移す刹那、目をそらしていたのだ。
そして、誇れぬ汚れに、目をそらしていたのだ。
誰も知らない、今となってはどうでもよい仕草。
だが、彼女の心が強くはないという事実は、予想以上に厄介なものであった。

マリンは塞ぎ込んでしまった。
無理もない。
顎を砕かれるという体験をして、正気でいられる少女などいないのだ。
ミツクビ「ダメニャ…。」
マリンの居る部屋から出てきて頭を横に降る。
番長「まいったな…。」
心の支えになろうと、そう考えて行動していた矢先にこれだ。
自分の失敗も、結果として訪れた失態も悔しくて、思わず歯を鳴らす。
正直言って、番長の頭は滅茶苦茶だった。
マリンが塞ぎ込んでしまったこと、そして、平行世界の人間の存在。
もしかしたらどこかで、違う自分が殺戮をしているかもしれないと考えると気が気ではない。
加えて、それらからマリンも守らなくてはならない。
そんな最中、ブリンクは紅茶を差し出した。
ブリンク「一度落ち着きなさい。
貴女が落ち着かなければ、マリンさんも落ち着かないでしょう。」
番長「……すまない。」
彼女はカップを受けとるだけで、口に運べずもて余した。
彼女は、仲間という存在に対して、こんなにも不器用だった。
紅茶の水面は、小刻みに波紋を作っていた。

「愚者の弾丸」 EX.21 延、トリック・アートの世界

マリンは、生前はいつも偽りの平和を眼下に広げていた。
だが、別にそれが嫌いなわけではない。
むしろ、誰かを守るための優しい嘘なら、このままでもいい、と思った。
今のこの町も、そんなハリボテ固めの平和を乱される、かつての風景と同じものだ。
昔は命を投げ出すことでしか守れなかった物を、今回は皆を、自分を含めた皆を、きっと守れるのだろう。
そう、奮起していた。

ーーー人を隠すなら人の中、とはよく言ったもので、賑やかなエリアに居るはずの画家は見つからなかった。
また、奇声を発する人間がいったいどうなってそんな状態になったのかも解らずじまいで、医者もお手上げ状態。
何らかのアーツの影響でしょうと、とりとめの無い答えしか得られなかったのだ。

歩いていくうち、その画家は思ったより呆気なく…というか、意外な方法で見つかった。
彼はマリンを殺したつもりでいたのだろうか、マリンの顔を見るたび挙動不審になった。
最初は追っ手かと疑ったが、それにしては消極的であるため、犯人ではないかと疑ってかかったのだ。
脅すとこれまた呆気なくアーツを解き、謝罪してきた。
「トリック・アート」。
それが、この一連の事件の正体であった。
その目的は、「美麗な人間を自分の世界に引きずり込むこと」。
だから不確かな殺傷能力で、そして奇声を発する人間が現れたりしたのだ。
奇声を発する人間は、絵画の中の生まれたての人格。
それと本人の魂を入れ換えるという能力だった。
故にその偽物の魂は、子供のように生を授かったことに歓喜したのだそうだ。

あまりにもさっぱりとした幕切れだった。
が、また1つヒントを得た。
彼は誰かにそそのかされてやったのだと言った。
苦しい言い訳に見えたが、確かに、この短絡さもそれなら頷けた。
そそのかしたのは"宝石商の女"だそうだ。
どうも、そちらにマリンを狙われている可能性は否めない。
マリンの記憶を便りにベルデライトをくれた宝石商を探すことにした。

マリン「居ない…。」
もう逃げられたのか?数時間に渡って手探りし続けたのだが、一向に尻尾を見せてはくれない。
麗「弱ったな…。こういう事件の火種は早めに消しておくのがいいんだが…。」
疲労の顔が一同を統率するなか、彼はぼやいた。
番長「早いも遅いも、火は起きない事の方がいいだけじゃないか。」
あまり覇気がない声で、ツッコミを入れる。
もちろん、一同は本当は言われなくても解っている。
実際、マリンだって、そんなことはわかっている…と言いたいほどだ。
トントン拍子ですすんだ「トリック・アート」の捜索とは裏腹、時間がひどくかかり太陽は沈みかけていた。
途方にくれていた。
そんな最中だった。
サクリファイス「はぁ、俺も小物とか作って店でも出すかな~なんて。」
冗談めかして、そんなことを言った。
すると、意外な声が帰ってきた。
宝石商「いいじゃないですか。それが貴方の表現方法でしょ?」
姿を知っているマリンだけがゾクンと反発して番長の陰に隠れた。
その意味を、その場にいた一同全員が察知した。
番長「お前か。"トリック・アート"の画家をそそのかしたのは。」
鋭い眼光をぎらつかせ、単刀直入に問う。
宝石商「そそのかしたなんて人聞きが悪いわ。」
その顔は、なんとなく既視感を感じさせた。
紫色の、モコモコとした長い髪と瞳。
白い服、藍色のスカート。
妖艶で豊満な容姿、弱いようで強い面持ち。
どこかで見た気がするのだ。
番長「つかぬことを聞くけどよ、お前、私のことを知っているか?」
思ったことを口に出して伝えるタイプの番長はずいと迫った。
宝石商「うふ、敵視しているわりには冷静なのね。
だけど残念。私は本当に貴女の事を知らないわ。」
番長は少し満足いかなげに頷き、
番長「そうか。よかった。知り合いににていたものだからな。遠慮しそうになっちまった。」
迷いを孕んでいた瞳は鋭さを取り戻していた。
だが、やはりまだ引っ掛かるものがある。
サクリファイス「どうして画家のやっていたことを助長したんだ?」
番長の疑問とは別に、全うな質問を仕掛ける。
宝石商「あれが彼の表現方法たったのだから良いでしょう。だってここは芸術の町ですから。」
酔狂な答えを、笑顔で返す。
番長以外は、既に臨戦態勢に入っていた。
が、番長は最後の霧払いをしようとかかった。
番長「名乗れ、狂った芸術家。
墓くらいは建ててやる。」
そんな挑発的な質問に対した答えは、誰もが予期せぬ物だった。
宝石商「私の名前?…えぇ、私は"藤原千代"よ。」

その瞬間、すべての神経が逆立った。
感情が逆流してしまって、勇気は恐怖に、怒りは困惑と化した。

まさか、と思っていたことを確定された。
髪の長さや、年齢的な容姿は違う。
だとしても眼差しや仕草は何処か似ていて、我らが知る藤原千代のそれを思わせた。
番長「嘘…だ…。」
信じられなかった。
なにせ、彼女はついこの間クリン・トラストの女王になって別れたばかりであるからだ。
…もちろん、目の前の人間が偶然名前が同じで、容姿もにているだけなら何もおかしな事はないのだが。
番長「最凝町に住んでいた、藤原千代に間違いないのか?」
決定的な質問を重ねる。
宝石商チヨ「…?えぇ。もしかして、貴女は私が殺した中の1人か、そのご遺族かしら?うふふ。」
話が噛み合わない。
合致している部分もあれば、そうでないところもあって、支離滅裂である。
ブリンク「どうしてこんなことをしたのです?」
思い付く限りの質問をぶつける。
冷静に戻れる材料が、ただ欲しかった。
宝石商チヨ「どうして…。ですって?そんなの、自己表現のために決まってるじゃない。」
違う。
こんな身勝手なのは千代じゃない。
宝石商チヨ「私はね。昔、誰からも目を向けてもらえなかったの。だからね、いっぱい犯罪を犯して、いっぱい人を殺して、いっぱいい~っぱい人を傷つけてきたの。」
違う。
違う違う。
こんなの千代じゃない。
宝石商チヨ「私はね。綺麗なものも好きなの。だから、もっときらびやかで、もっと残酷な事をして、皆に見てもらいたいの。見てもらわなきゃ嫌だ…。私を見て…。私を見て…。」
あぁ、なんだ。
納得がいった。
宝石商チヨ「見て…。見て…。見て…。見て…。見てよ…。私を見てよ…。私の生きている表現を見てよ!!!!」
こいつは。
こいつの正体は。

「愚者の弾丸」 EX.20 続、トリック・アートの世界

双銃の獲物となった少女に似た形なき貌。
しかしながら、目的を少し履き違えているのではないかと思った。

後にマリンは言った。
無差別に似顔絵を送りつけるなら余りにも消極的で、マリン個人を狙っているのなら、
こんな回りくどいことをして殺すよりも無理矢理に連れ去ったほうが楽で得なのではないかと。
もちろん、それは生き返る前提の話で、ただの殺人を快楽とするものならばわからなくはない。
しかしながら、彼は不特定多数、尚且つそれほど多くもなく。
何も知らない無邪気な人間のようにその絵を描いていた。
だとするならば、それもおかしい。
ハーツ・アーツは”決意”と”覚悟”の下に発現するもの。
ただ道行く人の似顔絵を描いて過ごす者には到底必要のない代物だ。
にも関わらず、この異形はハーツ・アーツを用いたとしか思えない姿をなしている。
一言で言うと、「不気味」。
ビックリ箱のような意外性と、単純に息の根を止めにかかる殺傷能力を持っていながら、その目的は無差別殺人よりも不確かで、
それでいて、無意味というわけでもない。
絵画はしきりに、”ワタシ”、”アナタ”、という言葉を乱雑に連結させていたそうだ。
それは確かに、意味不明でありながらも、固執的なひとつの目標を持っていた。
だが、やっていたことはただの絞殺。
固執していた割には余りにも粗雑、そのうえ針のようにか細い腕の少女にさえ抵抗されてしまう始末。
絞殺しようとしていた割には弱すぎるのに、その執拗な目的意識は被害者の心を掻き乱すほど。
それが「不気味」と言わずとしてなんと言おうか。
近しい考え方を手繰るならば地縛霊か。
芸術の街に何らかの因縁があり、非力ながらも復讐をしようとしている・・・?
いいや、それもおかしい。
大抵のやつらは”生前の恨み”は強くても、死後は何事もなく平和に生らきれるのだから、死後の街になんの恨みなどあろうか?

番長「・・・あ~わかんねぇ・・・。」
ベッドに横たわる。
マリンは既に寝かしつけたし、ミツクビは・・・まぁ、言うまでもない。
全くのんきなものである。
一応、風呂上がりの男性陣には先程の事件のことを伝えた。
ついで、彼らは街の人間にもらったブローチや人形、その他民芸品を破棄させた。
もちろん、番長自身が磨いていたベルデライトも・・・と思ったが、なんだかマリンの顔を思うと後ろめたくなってしまい、隠しておいた。

そんなわけで、彼女はベッドの上で疑問と不安を持て余していた。
番長「・・・眠れなくなってしまった・・・。」
ふと、多くはない荷物を覗き込む。
中にあるのは非常食とナイフくらいで、余分なものは持ち歩かないようにしている。
というより、荷物はだいたいブリンク自身が持つと譲らないので、せめて負担にならないように減らせるものは減らしているのだ。
ただ、袋の中には余分ではない余分が一つだけある。
宝石ではない余分、一冊の本。
千代から借りた本・・・返せるかどうかは分からないが。
というか、元から”返しに来るほど苦戦しないように”という目的であずけたのかもしれない。
番長(本でも読めば眠くなるだろう・・・。)
と、手にとった。
タイトルは、『一握の種、栄光の花。』というものだった。
扉絵は、冷たい表情で去ろうとする少女の手を握る愚直な青年の絵だった。
番長(なんだ、恋愛小説か。つまらんな・・・。)
中を開かずに荷物の中に戻す。
番長(以前、千代の部屋に行った時にはSFや刑事ものが並んでいたのにな・・・あいつらしくない。
もとより、こと恋愛に関しては無知というか、鈍感というか・・・そんな女だったのにな。)
本を手に取ってしまったせいで余計な考え事が増えてしまったことを後悔する。
番長(恋人を生前に残してきた私に恋愛小説なんて、生き返ろうとなんて考えるなと念を押しているのだろうか?)
それこそあいつらしくない、と不貞て寝返りを打った。

いつの間に眠っていたのか、とんでもない目覚めをした。
番長「糞が・・・!!」
ミツクビ「ニャニャン!!本気で怒らないでニャン!!」
寝ている頭に桶で水をかけられたのだ。怒らない奴がどこに居ようか。
だが、外は日が昇りきっていた。
マリンも心配そうにこちらを見つめている。
ミツクビを咎めない様子を見ると、”死んだように眠っていて起きませんでした。”
という現状すべてを物語っていた。
必要とは言え、昨日もアーツを使ってしまったのだ。きっとその反動だろう。
飛び起きて廊下を見ると、さらなる理由がわかった。
切り刻まれた男性の胸像・・・いや、立体的な絵画。
つまりは、マリンと同じ”似顔絵”を持っていた人間がもうひとり泊まっていたのだ。
それもついさっき襲われていたものだから、私を起こしに来た。ということだった。
切り刻まれた絵画はブスブスと焼け焦げているあたり、ミツクビがやたらめったらにアーツで引っ掻いたのだろう。
やいやいと振り回しただけで肉体が焼き刻まれるなんて、改めて見ればかなり物騒な代物だと思い知らされる。
・・・他人のことは言えないが。
襲われていた男性「は・・・わ・・・。」
どうやら、目の前で起こったことに気が動転しているようだ。
だが、以前から出ていたとされる異常者―――奇声を上げて笑っていた女とは関係はないようだ。
ブリンクがなだめると、男性は落ち着きを取り戻した。
深呼吸をさせ、何が起こったかを尋ねた。
しかし、新たな情報が得られることはなく、マリンが体験したことの焼き増しだった。

麗「・・・で?すぐにはここを発たずに、そのアーツの所有者をとっちめに行くと?」
番長は即座に頷く。
番長「元々は悪人を殺しながら旅をする予定だった・・・。
マリンを連れていてもそれは変わらないだろう。
まぁ、できれば人殺しはしたくはないが、これだけのことをする奴だ。
両手を挙げて腹を見せられても許す道理はない。
私の本来の目的であった、”100人殺害”はとりあえず最終手段として棚の上に置いておいて、
私はこの事件の元凶を、”私のものだけではない正義”に基づいてこの表沙汰平穏な街から取り除きたい。
せめて・・・せめて街の端の闇に追い返してやるまで放ってはおけない。
この気持ちはわかってくれるか?」
一同は銘々の心持ちで頷く。
サクリファイス「これを放っておく自警団がいるかっての。なあ?」
麗「だな。」
ミツクビ「当たり前だニャン!!」
ブリンク「私も、善の意の下に力添えできるのであれば。」
マリン「・・・・・・うん。うん。」
戸惑いながら頷くマリンの頭を番長が撫でる。
番長「大丈夫だ。お前にだって役割はある。
ちゃんとその絵描きを見つけてもらわないといけなからな。
”みんなで”この事件を解決しよう。」
マリン「・・・・・・!!うん!!」

マリン=クイールという少女。
彼女は孤独だった。
一人ではなかったけど。孤独だった。
母は産まれてすぐ居なくなった。
殺されたのか?身を売ったのか?それすらわからなかった。
すぐに戦地に赴いては傷だらけになって帰ってくる父を、迎えては送り出す。
ただそれだけだった。
近くに子供はいなかった。
あいにくと男児ばかりが生まれ、兵として売りに出され、残されたのは兵器を作る工兵ばかりであった。
父は帰るたび、敵兵をやっつけてやったぞ、と、胸を張って武勇伝を語った。
彼女は父があまりにも無邪気に語るものだから、笑顔を作っていた。
本当は、人殺しを自慢げに語る父親が大嫌いで、その父の力になれない自分のことも大嫌いだった。
だが、そんな明るい父も嘘だった。
彼は、母なき娘を悲しませまいと、帰ったときは精一杯気丈に振舞った。
互いに気づいていたのかもしれない。
互いにわからないふりをしていたのかもしれない。
ただ、帰るたびに生傷を増やす父親に対して、彼女は
「痛いの痛いの飛んで行け」
とまじないをかけて送り出していた。
この心の痛みさえ、どこかへ飛んでいってしまえばいいのに、と。
次第に戦争は劣勢になってきた。
それでも彼女らの嘘の平和は父が守った。
どんなに辛くても、どんなに痛くても、どんなに仲間が死のうとも、どんなに無茶な指令が降りようとも。
だが、それも限界だった。
敵の戦線は文字通り目と鼻の先に迫っていた。
マリンが住む小さな家。
父は息を切らして駆け込んできた。
本当は逃げて来た。
本当は隠れに来た。
本当は追い詰められて来た。
だけど、「ただいま」と言った。
でも、そこで嘘は瓦解した。
毎度のことながら傷だらけ、加えて顔は青ざめ、震えている父。
そして、屋外から鳴り響く銃声。
わかっていたんだ。
こうなるって、きっとこうなるってわかっていたはずなんだ。
まったく上手な現実逃避だ。
マリンは精一杯涙をこらえて、父親を家の奥のベッドに座らせた。
間を置かずしてドタドタと、重く汚い足音が、乱雑に平和だった世界を細切れにする。
向けられる銃口。
逃げ道がないことはなかった。
後ろの窓、そこを破って出ればイチかバチか。
だが、それをするには誰かが囮になる必要がある。
マリンはそれを知っていた。
だから、自分はテーブルの椅子に、父は部屋の奥のベッドに座るように仕向けたのだ。
終わりを告げる。
平和だった世界は。
嘘つきでも幸せだった世界は。
守り続けてきた、たった一つの心の寄り代が―――。

そんなマリンにとって、この街はひどく幼い鏡だった。
ただひとつ違う事があるとするならば、
たとえ嘘であっても、人殺しに胸を張ったりしない、真実の姿を見ていたことだった。