DAI-SONのアレやコレやソレ

創作ライトノベル、「ハーミット」「愚者の弾丸」「ハーミット2」を掲載。更新停止中です。

「愚者の弾丸」 EX.37 それは美しきマーメイド

番長は一向に目を覚まさないが、それはもう仕方のないことだと割り切ってしまわなければならないな、と感じていた。
麗「なぁ、やっぱり移動しねぇか?」
寒さに震えながら、そう切り出した。
ブリンク「危険です。もうすでに囲まれている可能性だってあるのですよ。」
麗「だけどさ、ここじゃあ目立ってしょうがねぇ。
それに、こんなに寒いと、回復するものもしきらないだろう。」
ミツクビ「そういう時はちゃんと身を寄せ合えば暖かいから大丈夫だニャン。」
麗「そういう問題じゃなくてよ・・・。」
そう、頭を抱えていると、ドームの外から憎たらしい声が聞こえてきた。
アリス「いいじゃねぇか。混ぜてくれよ。」
麗「テメェ、消えてなかったのか!!」
活動できる全員が飛び起き、戦闘態勢に入る。
アリス「まぁまぁ落ち着けよ。アタシは番長以外とやり合うつもりはない。
だから、ちゃんと生きてるかどうか確認したくてね。」
麗「ちゃんと死んでるぜ。生き返ったり消えたりしちゃいねぇよ。」
アリス「そいつは何よりだ。」
ミシミシと神経が悲鳴を上げるほどに、空気は張り詰めてゆく。
その原因、余裕綽々と振舞うその姿は風を切り裂くほどに速く、かつ繊細な太刀筋を持つ。
走る死であり、吹き抜ける死である。
そんな相手を満身創痍の今、巨大な蔦の壁をはさんで間近にしている。
ところが、一向に攻撃的な気配を感じない。
命を狙っているのなら、蔦の壁を切り崩しにかかってくることもあり得なくないはずだ。
アリス「おい。」
こちらが構えて押し黙っていると、拍子の抜けた声で呼びかけてくる。
麗「なんだ、用があるなら回りくどい言い方はよしてくれ。」
強敵に対する精一杯の虚勢。
だが、帰ってくるのは虚脱としたため息だった。
アリス「そう強張るな。別に戦いに来たつもりはないと言っただろう。」
麗「番長の命は別じゃないのか?」
アリス「寝首を掻くのはアタシの美学に反するのでな。むしろお前らの手助けがしたいほどだ。」
麗「は?」
突拍子もない意見に一同の精神はどよめいた。
アリス「実を言うとな、全力でぶつかり合うのが信条の手前、先の戦いで激しく消耗していることは、お前らと同じなのだ。
だから、向こうの街まで同行し、一休みしたい。
そのあとに番長と決闘をしたい気持ちもあるのだが、何分アタシは海の上でしか全力が出せないものでな。それに・・・。」
ドームの外側から、アリスは何かを投げ込む。
一同は驚いて身を構えるが、それは見覚えのある鉄くずだった。
ブリンク「これは、チョーカー・・・ですかな?」
ミツクビ「――――!!!!」
ミツクビのしっぽの毛は逆立ち、歯を食いしばって怒りを顕にしている。
アリス「水の姫君の復讐を頼みたくてな。」
ブリンク「これはコッパという人間がつけたものですね。だとすれば、言われるまでもありません。」
アリス「いいや、ちょっと違うんだなぁこれが。
これを付けたのはコッパの部下・・・まとめて”コッパ12聖典”と呼ばれている能力者集団のひとりだ。
それはその部下のアーツで、裏切りをしないように付けたんだそうだ。まさか、殺す機能が付いているとは思わなかったがな。
もちろん私もその一人で、それは私が力尽くで外したぶんだ。付けられたその日に取り除いておいて正解だったよ。」
忌々しげに首を掻きながら言葉を吐き捨てる。
麗「それで、その首輪をつけた元凶が、そう遠くはないところにいるんだな?」
アリス「あぁ。というよりか、クライネを殺すまではあの街に居たんだろう。
そして、その晩に、コッパか誰かが用意した船で一足先にこちら側に来たのだ。
今考えたら不自然だった・・・あの日は船は全て水没したはずなのに、すれ違う船があるなんてよ・・・。」
ミツクビ「それで・・・本当に案内してくれるだけなのかニャン?」
訝しげな顔で尋ねる。
アリス「そうさ。・・・というより、目と鼻の先だから、急襲されないように護衛するだけだがな。」
麗「そうか、なら話は早い。もし信用を損なうことがあっても、それだけが嘘じゃなければ逃げの一手に徹すればいい。」
アリス「なんだ、その経験の浅い太刀筋で、アタシと渡り合える手立てでも?」
麗「俺一人が犠牲になれば、可能性はある。」
一度強がってしまった手前、気を強く、声を強く当て返す。
それに対して、アリスは大きく笑い声を上げた。
アリス「なんだ。お前らのことをおまけだと思っていたが、見込みがあるじゃあないか。
それだけの肝があれば、助力してやるまでもなかったかもしれんな。」
麗「冗談。手負いの人間を抱えて行くのには、この状況は厳しすぎる。」
アリスは上機嫌な笑みを浮かべながら、蔦の壁にもたれかかる。
アリス「ところで、これはいつどいてくれるのか?」
乾き始めた手で、ぺちぺちと蔦の壁を叩く。
ブリンク「・・・あなたを信用した前提での話になりますが・・・」
今までとは毛色の違う声色に、アリスは耳を傾ける。
ブリンク「街には敵がいるかもしれない、しかし、休むのは街でですよね。矛盾してはいませんか?」
麗「確かに・・・もしかしてお前・・・」
アリス「おーまてまて、疑うなら弁解の余地を与えてからにしてくれたまえ。
まず一つ、この状況下じゃあ街も浜辺も危険度は変わり無い。屋根やベッドが付いていたほうがいいだろう。
二つ、あの街の地下にはアタシが勝手に掘ったアジトがある。
おおかた、マリン嬢を探すために使っていた拠点といったところか。そこに居ればひと晩程度は難無いはずだ。」
ブリンク「納得しました。それではまもりを解きましょう。」
麗は、いいのか?、と問いただしたくなったが、ここまで来ては往生際が悪いなと言葉を呑んだ。
蔦の壁がなくなると、アリスは期待通り手ぶらで待っていた。
アリス「おぉ。」
上機嫌な様子で感嘆の声を上げる。
ミツクビの足元に転がっている番長にまっしぐらに近寄り、お姫様抱っこで持ち上げた。
それも、わざわざ力の入っていない番長の手を自らの首にまわして。
アリス「ぬふっ。」
不気味に笑い、恍惚の表情でその寝顔を愛でた。
その顔はさながら、新品のトランペットを買ってもらった少年のようだった。
ブリンクはそれに準ずる形でサクリファイスを持ち上げる。もちろん手は回さず。
麗「おい、護衛が持っていてどうするんだ。」
そんな声も何処吹く風、アリスは手にした財宝を愛おしそうにアジトへ運び始める。
麗「はぁ・・・このことも、教えてやらない方が番長の為か。」

陽は相変わらず差し込まず、澱んだ空はしかめっ面を保っている。
そんな不吉な風景とは裏腹、幸いにも敵襲が来ることはなかった。
アリスはそのことを知っていたかのような身振りだったため、まんまと弄ばれたな、と頭を抱えた。
そんな一行を迎えるのは、小洒落た石畳と、潮風で傷んでいる木造の家々。
此処こそが、ギャラク大陸とイースガルド大陸を結ぶ、”荒波轟く港町 シー・ハウンド”だった。
だが、名前のインパクトとは程遠く静まり返っていた。人が住んでいるはずなのに、活気が全く感じられない。
マリン「もしかして・・・もう敵に見つかっているんじゃ・・・。」
ブリンクの服の裾にしがみつき、震え怯えた声を上げる。
アリス「ん?もう雨は止んでいるだろう。海も穏やかだし。」
麗「だったら、なおさらおかしくないか?」
アリスは少々考えたあと、一人で納得した。
アリス「そうか、お前らはこっちの街のことは知らないんだったな。いや、噂程度は聞いているものと思って話していたよ。
この街はな、荒れた海を好む者が集まるんだよ。だから、海が平和な日は獲物になる荒波がこないから死んだように過ごすのさ。」
そう言って彼女は周りを見渡す。
アリス「――ま、逆に目立ってしまうというのもあるから、さっさと潜ってしまおう。」
返答も待たず、足早に建物の隙間に消えてゆく。
そのあとを追った先には、タイルが少し大きめになっている中庭があった。
その中の一つを、コケをまき散らしながら乱暴にひっくり返す。
アリス「先に一人行ってく・・・あ、いや、アタシが先に行くから、動けない人間を落としてくれ。」
タイルをどけたところに空いている穴を指差して言った。
麗「どっちでもいいだろ。」
アリス「いや、アタシ以外に番長を抱えられるのはあまり愉快ではない。」
ブリンク「わかりました。サクリファイス君もお願いしますね。」
アリス「失念していた。」
麗「嘘つけ、動けない人間って言った時点で多数だろうが。」
アリス「・・・では、アタシが下へ着いたら男の方から落としてくれ。」
へいへいわかりましたよ、といった顔で穴に取り付けられたロープのはしごで降りてゆく。
ミツクビ「ダーリン・・・グッドラック。」
ミツクビはサクリファイスの両足を掴んで吊るすように持ち上げる。
マリン「なんでさかさまなの・・・?」
麗「あぁ、あれはまっすぐ落ちるようにするためだ。
人間が持っている臓器で一番重いのは脳だからな。普通の体の向きの人間を意識を失ったまま落としても、空中で頭が下になるんだ。
だから、普通に落としちまうと途中で引っかかって、最悪、はしごまで引きちぎりかねない。」
ミツクビは手を離す。
その下でアリスはタイミングよく、ハグをするように受け止める。
アリス「ぽいっ。」
それを、横側に放り投げる。
ミツクビ「ふかーーーーッ!!」
麗「死にかけなんだから大事にしろ!!」
アリス「うっせーなー。」
バツの悪い声で答えつつ、構えを直す。
ミツクビはそれに合わせて番長の足を持ち上げる。
麗「おわっと。」
合図もなしに持ち上げられたので、慌てて後ろを向く。
ミツクビ「すごいニャ~スカートの内側、ポケットいっぱいついてるニャン。」
麗「さっさとしてくれ。」
ミツクビ「へいへいニャ~。」
軽口を叩きながら、番長を落とす。
先程と同じように、アリスはしっかりとキャッチする。
アリス「お前らも降りて来い、タイルは閉めておけよ。」
マリン、ミツクビ、ブリンク、そして、最後に麗が安全確認をしてから、タイルを引きずりながらはしごを降りた。

麗「おい、これ、ひとりでやったのか?」
アリス「・・・あぁ。天気のいい日にまとめてやったぞ。バレないように土を捨てるのが一番大変だった。」
そこには、人一人住むには充分なスペースが広がっていた。
石を削って作られたであろうマネキンには、ドレスや鎧、ビキニアーマーなどが綺麗に飾られていて、壁には煌々と高貴な輝きを放つネックレスやバングルが意図的に作られた出っ張りにぶら下がっている。
何より目を引くのは、今入ってくる寸前まで磨き続けられたのではないかと思うほどに綺麗な姿見だった。
そこらに無造作に置かれている、金銀財宝の入った宝箱も大層なものだが、その鏡はこの部屋を引き伸ばしていると感じるほどに曇りひとつない。
天井にはほのかに発光する不思議な石がいくつも豪快にねじ込まれていて、美しい光源がより一層この部屋にある財宝を華やかに見せる。
その中に置かれている、存在しているそれ自身さえもこの煌びやかな空間に不釣り合いだと不満を漏らしていそうなほどみすぼらしいベッドに番長を寝せて、サクリファイスはそれにもたれかかるように置いた。
麗「はぁ。ホッとしたら疲れがどっと来た・・・。」
麗もサクリファイスに寄り添うように、ベッドにもたれかかる。
すると、アリスはおもむろにドレスを脱ぎ始めた。
麗「ってオイちょっと待てい!!」
アリス「なんだ、そんなつもりはないから、嫌なら目を瞑っていろ。」
下着姿のまま、ずぶ濡れのドレスを絞る。
アリス「脱ぐのも不本意なら、絞るのもまた不愉快だ。
まったく・・・せっかく華美に仕立ててもらったのに生地が傷むではないか。だが、こうしないと乾かぬしなぁ・・・。」
こちらのことは眼中にないのか、ひとしきり絞り終えると何も着ていないマネキンにかけて、手で叩いて気休め程度にシワを伸ばす。
ブリンクは紳士的に壁のほうを向いて考え事をしていたが、麗は不覚にもアリスの姿に見惚れていた。
今の今までは殺すべき敵であったし、男勝りな振る舞いであった為か全く意識していなかったが、いざこうして無防備な姿をさらされると、その魅惑的な体つきに心を奪われてしまう。
付くべきところに脂肪は付いているが、だらしなくはなく、その筋肉質さが乙女のか弱さを粉微塵にしてる。
引き締まっていてスタイリッシュ、なおかつラインはエロティック。さながらその凛としたしなやかさは踊り子のようである。
その淡麗な姿は、口で言わずとも”乙女たるもの美しくあるべき”と語りかけてくる。
麗(ああ、そうか。鏡を綺麗にしているのは、自らの美しさの一点の曇りも赦さないからだ。)
納得した。なぜ、そこらにある華美な装飾品よりも鏡を綺麗にしているかを。
強く美しく。それが彼女のあり方なのだ。
嗚呼、こんなにも堂々とした生き方をしている人間を疑っていたなんて。
あんなにも堂々と、「アタシのテリトリーに来れるもんなら来て見やがれ」と船をけしかけてくるような奴だ。
戦いにまで美学を持ち出すような奴だ。
自分は、”殺されても爪痕を残してやる覚悟”があっても、”戦いそのものに対しての潔い覚悟”がなかったのだ。
この道は、負け犬根性の薄汚い迷いは荷物にしかならない。
全力で間違い続ける潔さの方が、よっぽど大事で、重くて、醜悪で、美しい。
人助けをするために旅をする、なんて言った手前、自分が正しいことをしているとか、そうしなきゃいけないとか、自分が進む道は正しいとか、そんなことを思っていた。
多分番長だって、通ってきた道は違えどそうだ。
だが、結局戦いをする者は私欲を果たすことが目的なのだから、本当の意味で正しいとか正しくないとか、罪とか罰とか、そういう大事なものは一旦棚に上げて、とりあえず全力で間違い続ける。
後始末まで全部してやるという覚悟の上ではないと、生きて帰るだの、憎いやつに復習してやるだのというエゴは果たせないのだ。
間違えることを恐れていたら、泣き寝入りするしかないのだ。
そんなことは嫌だから、ただ愚直に救いたいものに肩入れして、信じた道を進む。
番長がヒロインだからって、自分たちが正義のヒーローだとは限らないのだ。
滅茶苦茶だって言われるだろう。悪者の言い訳だって言われるだろう。
だけど、正しさのために足を止めるなんて、この一団には出来やしないのだ。のっぴきならぬ。振り向けば暗闇だから。
これからは、背負う悪ではなく、突き進む悪となろう。行く道を塞ぐ歪を吹っ飛ばして進むのだ。
嗚呼、これで一層、躊躇いなく剣を振るえる。自分のわがままで守りたい明日の為に。

結局、麗はアリスが着替え終えるまでずっと見続けていた。
途中からは、見ていたというよりは、そっちの方を向きっぱなしで考え事をしていたのだが。
アリス「随分と熱心じゃないか。そんなにアタシが愛おしいか?」
麗「あ、いや、別に。」
アリスは今までのドレスとはイメージが真逆の、盗賊のような姿になっていた。
ほぼ下着といっていいブラのようなビキニアーマーに対し、腕から指先まですっぽりと包み込む、鉄板のついたグローブ。
ベルトで留められた短いスカートから伸びたセクシーな足には膝上までを覆うレガース付きのブーツを履いている。
アリス「ドレスの方が好きなのだが、あいにく相手が男だとわかりきっているのでな。」
そうは言いつつも彼女は姿見の前に立ってポーズを取ってはああでもないこうでもないという顔をしている。
アリス「うむ、不満だ。」
そううなづくと、麗の隣にもたれかかる。
麗は思わずどぎまぎしてしまう。
アリス「悪いな、アタシは恋愛というものに興味はないんだ。この世は、美しいか美しくないかさ。」
そんな期待外れで予想通りなセリフに、むしろ安心してしまった。
だが、心の平和は長くは保たなかった。アリスはそのまま眠ってしまい、麗にもたれかかってくる。
アリスの色めかしい寝息が耳にへばりついてくる。
見かねたミツクビは麗の頭を無言でひっぱたいた。
ミツクビ「ドーテー丸出しだニャン。」
麗「余計なお世話だ。」
そう返すと、緊張は解け、疲労に引きずられるように眠りについた。

 

 

街に、獣の足音が聞こえる。