DAI-SONのアレやコレやソレ

創作ライトノベル、「ハーミット」「愚者の弾丸」「ハーミット2」を掲載。更新停止中です。

「愚者の弾丸」 EX.6 臆病風に漣立つ水面

コーヒーに注がれる練乳のように少しずつ意識が層を作ってゆく。
やがて、無意識の黒と天井の木の色が入れ替わり、重い瞼をひらききる。
だが、瞳はまだ世界を捉えておらず、まだ夢の中にいるような気分だ。
その甘ったるい意識の中で、かつてともに戦った少女たち――タイムマシンで過去に行った時のことを思い出していた。
もっとも、自分の主観ではつい昨日や一昨日程しか経たぬ出来事なのだが。
自分を全身全霊をかけて未来に帰してくれた少女、藤原千代。
彼女もまた最悪の燃費で暴れまわるタイプの能力を持っていた。
そして、今の自分と同じように無茶をしては倒れて、まるで自分と目的の優先順位が逆になったような生き方をしていた。
番長は気づく。
あぁ、本当に人のために無茶するとはこういうことなのかと。
私は非力な人間の心も知らず、自分が未来に帰るためだけに幾度となく彼女にこんな思いをさせてしまっていたのかと。
でも不思議だ。
私がしたひどい仕打ちが彼女と自分を育て、そして奇妙な友情を生んでしまったのだ。
・・・・・・次は私の番・・・・・・。

自らを呼ぶ声が鮮明になり始める。
返事をしたいのだが、ヒューヒューと呼吸をするのが精一杯だ。
すっからかんになった体というのはこんなにも不自由で窮屈だなんて知らなかったよ。
・・・ため息をつくことも、再び眠りにつくことも赦されない。
人形にでもなってしまったような気分だ。
自分の呼吸の音のせいでみんなの声が聞き取りにくいじゃないか。
なんだってあんな、たかが何発か銃を撃っただけでこんなにもくたびれてしまうんだ。

番長は「超常現象」という特異なチカラをもっている。
それは、この世すべての現象を原理と経過を理解し構築するというおぞましいチカラである。
そのチカラで「オールドマシーナリータウンの魔女」と呼ばれながら常に頂点に立ち、1000年の時を生きたのである。
だが、その強さや緻密さ故に、どんな時でも冷酷でいられる驚異的な集中力と
地球を地球という存在たらしめるほどのエネルギー保有量とシステムバランスの調和能力が必要なのだ。
それに、現象には人間的価値観の強い、弱いなどまったく関係なく構築する理論の情報量に比例しているため、
消費量が莫大で、出てくる現象に見合わないのだ。
生前は「賢者の石」(生成された時の姿が石なだけで、実際は霊体のような存在で万物の代わりを成す万能の原理そのもの。
ただ、特殊な能力や技術や機関を媒介しないと単なるエネルギーの塊なので意味を成さない。
この原初のエネルギーを、”現象エネルギー”と呼び、その一種が生命体を媒介して変換および生命体が自ら生成する”生命力”である。)
という永久機関のシステムを体内に取り込んでいたため機能していたが、それがない今は封印よりもタチが悪い状態に陥っている。
死んでしまったことで賢者の石を取り込んでいた肉体を失い、その莫大なエネルギー資産を失っていることには薄々感づいてはたが、
それに慣れていたせいか消耗することにあまり経験や耐性がなく、彼女の体は必要以上に疲労に反応しているのだった。
まして、たかが能力を数回行使しただけでここまでの疲労が襲うだなんて予想だにもしていなかった。
彼女は今、「オールドマシーナリータウンの魔女」では無くなり、人としての等身大の苦しみを改めて知ったのである。

結局のところ、ちゃんと体を動かせるようになったのは昼過ぎになってからであった。
番長「すまない・・・デカい口を叩いておきながら、このザマだ。」
ハインツ「そんなことはどうだっていいんです・・・あなた、抹消寸前だったんですよ?
それをご自覚なさっているのですか?
憎き敵を殺めるために自らが消滅してしまうところだったのですよ!!?
旅の医者さまは敵にも慈悲をかけるようなお方・・・その下で戦う我らにとっては、犠牲者の一人も尊いのです・・・。
それなのに!!消えてしまうのが仲間であるなんてなんと残酷なことでありましょうか!!
一体どんな生き方をしたらそんなことができるのです!!?」
あぁ、言えないな。
強大な力に傲っていた結果がこの体たらくだなんて・・・。
ミツクビ「もういいニャン。
番長ちゃんはミィ達を助けてくれて、みんな無事だった・・・。
それで十分ニャン。責めないであげて欲しいニャン。」
守られたことは事実で、反論はできなかった。

予想外の足止めを食ってしまい、一行は急がなければならなくなってしまった。
消耗が激しいのならばゆっくりと向かいたいところだが、あいにくと紛争の戦況は時間の流れとともに悪化の一途をたどるのみだった。
それに、外ではとどまっている方が危険なのでどのみち早足で行かなくてはならないのに変わりはなかった。
荷物をまとめて出ようとしたとき、老人は突然に切り出した。
老人「私もついていってもよろしいでしょうか?」
これも予想外のできごとであった。
老人「戦力にはなることはできませんが、安全な場所を確保することは得意としていますゆえ、お役に立てると思いますよ。」
麗「いやいや、そういう問題は後でいいだろう。
宿屋のみんなは放っていっていいのか?それに、動機もないだろう。」
老人「ホッホホ!!心配には及びません。
この宿はもともと有志・・・スタッフは有り余るほどいますから、置いていくなどという表現が失礼なほどでしょう。
それに、誰かが争い死んでゆくという話を黙って立って聞いていられない性分でして。」
ハインツ「私としては助かる限りといったとことですが・・・。
皆さんはどう思われますか?」
サクリファイス「自分の意思ならいいだろ。」
番長「決まりだな・・・名前はなんて言うんだ?」
老人「申し遅れました、ブリンクといいます。今後共よろしくお願いします。」
ミツクビ「よろしくニャン!!」

足音はまたも草原を渡る。
向こうには川が流れているが見える。
せせらぎが心地よい涼しさを与えてくる。
ブリンク「おや?あそこに人が座っておりますね。」
徐々にその人影に近づいてゆく。
座っているのは女性だ。
どうやらシスターのようだ。
黒い服が異質な雰囲気を放っている。
サクリファイス「お嬢さん、どうかしたのかい?」
ナンパ気味に気さくな声をかける。
シスター「あぁ、旅の方よ。
私は神に仕える身でありながら、正装であるヴェールを盗られてしまったのです。
迂闊な私にどうかご慈悲を・・・。」
麗「うーんと、ヴェールっていうのはあの鉢金のついた帽子みたいなやつか。」
ハインツ「はい。そのはずです。」
ミツクビ「でも、ミィ達はそんな高尚なもの持ってないニャン。」
ブリンク「はて・・・何か手を貸してあげることはできないものですかね・・・。」
番長「・・・・・・・・・。」
番長は訝しげな顔で、黙っている。
麗「どうしたんだ?番長。無理してるんじゃないのか?」
番長「・・・・・・いいや、そうじゃない。
殺気を感じる。」
サクリファイス「ま~たそれかよ。
いくらなんでも敏感になりすぎじゃないのか?肩の力抜けよ。」
番長「まったく・・・お気楽でいいこった。」
サクリファイス「んだと!!?次ガス欠になってもなんにもしてやんねぇからな!!」
番長「フォスター、皮肉で言っているんじゃないんだ。
お前は現実に対して楽観的すぎる。現実逃避してふわふわして見えるぞ。
情に駆られるのは譲ろう、だが、恐怖し臆するのは何にも繋がらないからやめてくれ。」
サクリファイス「誰がふわふわビビリだオラァ!!」
麗「やめろサクリファイス!!喧嘩ならそこのシスターをどうするか決めてからにしてくれ。」
ハインツ「それなら、私たちと同行するのが一番です。
クリン・トラストには教会がありますし、きっとヴェールの替えもあるでしょう。」
シスター「本当ですか!!?是非、ご案内願います。」
ブリンク「少々長い道のりになりますが、こちらも事情が事情でして・・・辛いと思いますがご容赦ください。」
シスター「とんでもありません。おぉ神よ、私の忠誠心が貴方様に伝わったのでしょうか・・・。」
サクリファイス「んで?俺のどこがダメだってんだよ。」
麗「どこもなにも、ビビってるの丸出しだぜ?」
サクリファイス「あん?」
麗「お前、ニャンコがあんな目にあったのを見て、必要以上に神経質になっているだろう。」
サクリファイス「な、なってねぇよ。」
麗「動揺しているな?後悔しているな?でももう遅いんだ。
現実逃避して見なかったふりをするのではなく、ちゃんと受け入れて腹をくくらないとダメだって番長は言っているんだ。
仲間を・・・ニャンコを守りたいんだろう?お前がそんなだったら、またニャンコは同じ目に遭う。
昨晩のようなことだって、いつでも起こり得るんだぞ?」
サクリファイス「・・・・・・・・・。」
麗「お前は”わかった”と言っておいて”わかっていない”タイプの奴だ。
しかもそれが”わかったふりをしている”んじゃなくて”わかったつもりでいる”からタチが悪いんだ。
その違いが解るまで、お前は倒れた番長すら超えることはできない。」
サクリファイスは思わず俯き、歯噛みする。
自分がどうやったら恐怖を克服できるのかも疑問だったが、麗がどうしてここまでの心を持つかも疑問だった。
だが、聞き返すことはできない。
なぜなら、誰かに答えを聞いてしまうときっと次も”わかったつもりでいる”自分になってしまうのだろうと思ったからだった。
気まずい沈黙が流れる。
ハインツ「先を急ぎましょう。
紛争は私たちの心境の変化を待ってはくれないのです。」
先導者として半ば強引に切り出した。
ブリンク「左様でございます。一刻も早くクリン・トラストへたどり着きましょう。」
発破をかけて、再び歩き始める一行。
だが、殺意はまだ姿を消してはいなかった。