DAI-SONのアレやコレやソレ

創作ライトノベル、「ハーミット」「愚者の弾丸」「ハーミット2」を掲載。更新停止中です。

「ハーミット2」 ACT.LAST 明日を取り戻すために

北団地近くの墓地のまわりに張り込もうと、茜色に染まる町を避けながら、日陰を進む。
千代、野鳥花、かるた、レイのチームと、マリ、スバル、宇茶美、メイジのチームに別れている。
もうひとつ、人散らし用のチームがあるらしいが、会うことは無いとのことだった。
当然だがルイは非戦闘員なので来ていない。
突然、かるたが呻き声をあげて膝をついてしまった。
野鳥花「大丈夫カ?」
かるた「大丈夫じゃ…ないよ…」
野鳥花「…それは相当だナ。」
レイ「どういうことだ?」
かるた「とんでもない目潰しを喰らったのよ…」
レイ「馬鹿な‼?ターゲットは一人のはずだろう‼」
かるた「それが…かなり厄介な相手だったんだ…。奴は、"一人だけど一人じゃない"んだ。」
レイ「分身か?」
かるた「そう…なのかな。ただ、その性質が異常極まりないっていうの?生半可な使い手じゃないわ…」
かるたは辛そうに壁に背中を預ける。
息が荒くなり、脂汗が滲み出ている。
レイ「撤退しろ」
かるた「言われなくても…でも、もう少ししゃべらせて…」
千代は親切心でハンカチを差し出すが、睨み返されたので、引っ込めた。
かるた「…ふぅ、はぁ。それで、その相手のヤバいところは───────」
言いかけたところで、ガチャリガチャリと金属が擦れあう音がする。
全員が音の方へ振り向くと、頭のない鎧の兵士が4体ほどこちらへ走ってきていた。
野鳥花「もう来たのカ‼」
野鳥花がブーツの踵を踏み鳴らすと、アスファルトにギザギザな亀裂が入る。
と、思うとバリバリと音をたててアスファルトが剥がれて行き、その塊のひとつひとつに紐のような手足が生える。
それに反応して、兵士Aは抜刀する。
抜刀した軌道に風の刃がほとばしる。
アスファルトでできた野鳥花のシモベたちが引き裂かれる。
野鳥花「衝撃波か…確かに強力だナ。だが、それまでダ。」
シモベたちは新たな手足を得て、兵士に向かって飛んで行く。
すると、兵士Bも抜刀した。
第2の衝撃波がくる…と身構えると、爆発が起きる。
レイ「何ッ‼?」
ボールのように跳ねならがら、半透明の球体が
転がってくる。
それが爆発の正体だった。
招待がわかればどうということはないと、次々とシモベが盾になる。
シモベの一部は真上に飛び上がる者も居た。
千代は釣られて上をみる。
そこには、ありえないほど高く飛び上がっている兵士がいた。
その兵士にシモベたちが飛びかかり、まずは打撃、そして、手足を伸ばして絡め、がんじがらめにする。
落ちてくる間に、どんどん締め付けは強くなり、ついに耐えられなくなった兵士は崩壊する。
アスファルトが剥けてむき出しになった地べたに落ちた頃には、バラバラになって霧散してしまった。
気づけば、騒がしかった爆発も止んでいる。
土煙が晴れると、静寂が取り戻された。
レイの元に、鉄の部品が寄ってくる。
どうやら援護に使用していた武器のようで、腕や足のベルトに収まった。
レイ「なるほどな…"全員が別々の能力をもった分身"ってわけだ…」
かるた「そう。あれが何十といるのよ?信じられる?」
レイ「頭がいたくなるな。」
野鳥花「なニ。こうこなくては、超能力の名折れだろウ。…というわけで藤原千代。」
野鳥花は周りを見回す。
気配を消して待機している千代を探していた。
野鳥花「オイ。警戒してるのはわかるがそれでは不便ダ。」
千代は能力を解く。
野鳥花「かるたを安全な場所に置いてきてくれないカ。」
かるた「嫌ぁ…ですよぉ…‼こいつに恩なんか着せられたくなぁい‼」
野鳥花はやれやれと首を横に振る。
野鳥花「私の言うことが聞けないカ?」
かるた「うう…。」
観念したのか、脱力して寝そべってしまう。
かるた「藤山。」
千代「藤原だよ。」
かるた「どっちでもいいよぉ。さっさとやりなさい。」
千代「はいはい。」
千代はかるたをお姫様だっこで持ち上げる。
かるた「おぁあ?」
千代「何よ。」
かるた「お前良い匂いするな…なんか香水つけてる?」
千代「つけてないよ。」
かるた「えぇ…じゃあ何これ…嫌に落ち着く…わ…」
かるたは眠ってしまった。
力が完全に抜け落ちた体の重みが千代の腕に重くのし掛かる。
千代「以外と重いなぁ…」
野鳥花「こいつめ、太ったナ?」

みるく「せいやぁー‼」
兵士の背中をナイフで掻き切ると、兵士は消えてゆく。
みるく「これで全部なのね?」
桜倉「見る限りはもういない。」
1年生組は、各々が的になって釣り、みるくが奇襲を仕掛けるという作戦で兵士を相手していた。
セイラ「まさかこんな見張りがきついなんてな…ほんと死んぢまうぜ。」
セイラはもっぱら的に向いていた。
余程の速い攻撃でない限りは走って振り切ることが出来たため、ヘイトを稼ぐ担当だった。
みるく「私もそろそろ限界なのね…」
榎「一旦隠れよう。」
真姫「それがいいね…」
1年生組は駄菓子屋のなかにぎゅうぎゅう詰めになる。
セイラ「ちわーッス、おっちゃん」
おっちゃん「はい、いらっしゃ~い。」
真姫「駄菓子屋ってトレカも売ってるんだ…」
不審に思われないように振舞いつつ、外を警戒する。
おっちゃん「どうしたんだい。外になにかあるのかい?」
榎「‼?」
あまりの敏感さに、嫌な予感が走る。
まさか、犯人の知り合いなんじゃ…
みるくはポケットの中のナイフに手をかける。
おっちゃんは笑う。
ジリジリとした空気、汗が喉元から流れ落ちる。
おっちゃん「ケイドロかい?ちょっとくらいなら、隠れていても良いよ。」
セイラ「…?」
おっちゃん「時々、ふと童心に帰ることってあるからねぇ。」
桜倉「…‼そうですね。ついさっき、小学校の頃の話をしていたところです。」
榎(ナイス機転‼)
真姫(あぶなかったぁ~…)
みるく(犯人とは関係なかったのね…)
一同はほっと胸を撫で下ろす。ここでしばらくは休憩できそうだ。
おっちゃん「でも、もうすぐ閉店時間だから、閉めるときには出てもらうよ。」
桜倉「はい。そのころには門限になると思いますし、そうさせてもらいます。」
笑顔で話していると、ふいにおっちゃんは外に目をやる。
おっちゃん「ところで──────鬼はその子かい?」
一同は「えっ‼?」と声をあげ、外を見る。
すると、駄菓子屋を覗き込む一人の少女の顔があった。

野鳥花「いやア。すごい数だ。」
千代「感心してる場合なの?」
野鳥花はシモベを駆使して次々と兵士を散らしていった。
レイとの連係で、雑魚を散らす作業にしか見えなかった。
疲労の色も、呼吸の乱れも見られない。
だが、数が違いすぎた。
次から次へと沸いてくるため、全く先へ進むことができない。
野鳥花「仕方がなイ…藤原千代。」
シモベたちは兵士の群れの一点を瞬時に集中攻撃し、人海の壁をこじ開ける。
野鳥花「往けッ‼お前がやりたかったことだろう‼お前がやるのだッ‼」
千代はそのわずかな隙間を駆け抜ける。
もちろん、誰に気づかれることもない。
レイ「美味しいところを渡してしまったな。」
野鳥花「なぁニ。私では犯人を殺してしまうワ。」

場は凍りついたままだ。
こちらは動けず、あちらは動かず。
なにも知らないおっちゃんだけが微笑ましく見守っている。
あちらは、駄菓子屋の前に置いてある自販機を隔てて向こう側に立っている。
???「大丈夫だ。敵じゃない。」
自販機から体を出すと、ジャージ姿のようだった。
胸にはディフェンダーのロゴがある。
???「蒼空の指示によって来た。海美(うみ)だ。よろしく。」
はぁ~と、深いため息をつく。
2度も肩透かしを喰らった。
海美「生きているうちに会えて良かった。大きな怪我も無いようだな。」
体格は小さく、パチリと開いた目に小さな瞳。
黒髪ロングで、帽子のつばを後ろにして被っている。
おっちゃん「おや、ディフェンダーの娘じゃないか。いつもご苦労だねぇ。」
海美「ん。」
海美はおっちゃんに一礼する。
顔馴染みなのだろう、よそよそしさはなかった。
海美「ついてきてくれ。」
手招きされるがままに、一同は駄菓子屋を出る。
おっちゃん「またおいで。」
榎「はーい」
互いに、笑顔で手を振りあった。

マリ「冗談でしょ…」
マリはその圧倒的な戦力に立ち尽くすしかなかった。
周囲を見渡す限りに現れる兵士の群れ。
それぞれの超能力を剣に込める。
メイジ「イィィィィヤッホォォォオオオ‼」
だが、無意味だった。
スバルは空飛ぶ二つの円盤を巧みに操縦して、超能力ごと兵士を引き裂く。
メイジは能力で兵士をインクまみれにし、ゴム毬のように弾ませてビリヤードをしている。
宇茶美に至っては、格闘術でかち割っている。
宇茶美「一体一体はそう固くない。戦いかたが器用なぶん、とても装甲はお粗末だ。パワータイプのお前の能力なら普通に殴り抜けられる。」
マリ「えっ‼?私にいってるんですか?」
宇茶美「お前も戦力なんだから、しっかりしろ。」
マリ「はいぃ…」
この調子なら自分は要らないのでは?と思いつつも、護身くらいはちゃんとやることにした。

千代は兵士の群れを縫って駆け抜ける。
日々のトーレニングの成果か、以前よりはうんと走れるようになっていた。
しかし、妙だ。
墓地に近づいているはずなのに、兵士の数は減る一方だ。
千代「感づかれているのか?まさか。」
そんな不安におそわれた次の瞬間、寒気立つような刃が背後から飛来した。
千代「あぶっ‼?」
危うくぶつかるところだったその刃は、いとも簡単に兵士を切り裂いて行く。
破壊しているなんて豪快なものじゃなく、元から切れてたけど、実はピッタリ重ねてただけでした、と思うほどに綺麗な切り口でかっさばいた。
その刃たちは、大きなカッターに収まって行く。
その持ち主は、ディフェンダー代表、堺蒼空その人だった。
蒼空「まだブレイカーどもは来ていないようだね、里陸(りく)。」
里陸「はい。解りにくいと思いますが、兵士の耐久度が上がってきています。本体は近いかと。」
蒼空は里陸と呼ばれる幹部と共に来ていた。
当然ながら、千代には気づいていないようで、すぐに走り出す。
千代「せっかくだし、ついていかせてもらっちゃおっと。」
二人のあとを追うように走る。
単独で走るより、この方がうんと安全だ。
少し走ると、見慣れた一団と合流する。
蒼空「海美(うみ)‼無事たったか。」
榎「ああっ‼ディフェンダーの団長さん‼」
千代(なんでこんなところに居るのよ馬鹿~‼)
完全に想定外。
こうならないためにブレイカーとの共闘を秘密裏に行ったいたというのに。
しかし、起きてしまったことは仕方がない。
ここはディフェンダーに任せた方が安全なのだろう。
千代(先に行って終わらせてくるから‼)
ディフェンダーが情報交換をしているのを横目に、墓地へと急いだ。

野鳥花「やけに戦力が落ちてきたナ…」
兵士に顔も向けずに殺戮しながら歩く。
レイ「さあ…かるたが居てくれればな…」
野鳥花「また撃ち落とされて終わりだヨ。あいつは戦いには不向きだからナ。」
そこへ、人払いチームのリーダーがやってくる。
人払いチームはフードつきのマントで身を隠している。
人払い「やは~。ねぇね。」
明るい声で挨拶する。
殺人事件の犯人を追っているとは思えない緊張感のなさだ。
野鳥花「相変わらず手際がよイ。」
人払い「それは私じゃなくて、彼女の"VE・GA"が優秀なだけですよぉ。」
もう一人の女「優秀?そうか。私の作品はまだ優劣の世界か。」
野鳥花「まあよイ。」
話が長引くのを察知した野鳥花は言葉を強引に締め切った。
人払い「あーあとぉー、1つ報告がありまぁす‼」
レイ「なんだ?」
人払い「ディフェンダーどもが来ててぇ~、でも、かるたちゃんは無事でーす。あれあれ?2つでしたぁ~。」
野鳥花「通りデ…」
野鳥花はご機嫌に笑う。
野鳥花「ありがとウ。今日の仕事は終りダ。あとは、あの御花畑勇者様御一行に任せておけばいイ。」
レイ「私は念のため、事の顛末を見届けに行く。」
野鳥花「頼んだゾ。」
レイは走り出す。
数の減った兵士など、相手にせずに撒いてしまえばいい、という考えだ。
野鳥花「おいしいスウィーツでも買って帰るかネ?」
人払い「わーい‼」
もう一人の女「腹が満たされればなんでもいいかな…」

聡「よく来られたな。いや、その能力なら来られるか。」
千代「そちらこそ、よく私に気づいたね。」
千代は完全に気配を遮断していた。
踏む砂利の音さえも自然の音に聴こえるくらいの錯覚を与えたつもりだった。
聡「わかるさ。俺を誰だと思ってやがる。」
千代「宮下聡(みやした さとる)でしょ。そして、マカアラシの犯人。」
聡「けっ。マジレスしやがって。」
風が強く吹いている。
互いのマントがたなびいている。
聡「セーラー服にマントか。いい趣味だ。」
余裕をかましたナメた視線が千代を舐める。
千代「そういえば、あんたも学ランにマントだね。クソカッコ悪いけど。」
聡「なんだよ。お前、自分の立場解ってんのか?」
意外にも安い挑発に乗った。
性格はなかなかに小物らしい。
千代「あんたに決められる筋合いは無いってことはわかるよ。」
聡は舌打ちする。
見事に頭が沸騰したようだった。
聡「お前‼理解してない訳じゃあないだろうなぁ‼俺はこの"風"で、何処にいようが、透明になろうが、お見通しなんだよ‼今のお前は無能力者同然なんだよ‼」
千代「ご高説どうも。」
聡「フン‼まあいい。予定外だが、お前の魂も戴いていくぜ‼」
千代は気配を消す。
聡は風を起こす。
その瞬間に、千代は急接近して、アッパーカットを喰らわす。
聡「なんつーごり押し‼」
千代「いいや、あんたの"癖"を利用しただけだよ。」
その癖とは、必ず彼の背後から風がくることだった。
その癖のせいで、彼の真正面に立てば風に当たる心配はなく、風に頼りきった探知をしていた彼は一瞬千代を見失ったのだ。
聡「だが、止めをさせなかったのは失敗だったな、女。」
聡の背後にキラリと小さな光が見えた。
みたび千代は気配を消し、何かを避けた。
それは、いつかの日にマリが見た鉄芯だった。
砂利道に、鉄芯が数本突き刺さっている。
聡「勘がいいな。お前。」
千代「おあいにく様、私も場数踏んでんだよ。」
聡「しかし、お前はやはり俺には勝てないよ。」
鉄芯でしつこく牽制してくる。
千代はその鉄芯のひとつを拾い上げる。
そして、その次の鉄芯を凪ぎ払う。
千代「やはり、お前はなにかと"癖"を持つ。」
聡「何ッ‼?」
鉄芯は1度に5~8本射出される。しかし、キメ細かにタイミングをずらすことはできず、まとめて1発の弾丸として撃ってるような挙動なのだ。
聡「なぁんてな。」
風に混じり、風の刃がセーラー服を引き裂いた。
聡「チッ、直撃は避けられたか。だが‼」
風の刃を受けてよろめく千代に、聡は突っ込む。
聡の手には、あの青白いスコップ。
そのにっくき姿に千代は一瞬だけ気をとられてしまった。
脳裏に茅ヶ崎美樹の顔がよぎる。
その一瞬の隙に、目の前の空間が爆発し、倒れてしまう。
聡はマウントポジションをとった。
聡「お前の、魂をいただくッ‼」
聡はスコップを突き立てる。
千代「それ、何なの?キメ台詞?」
聡は高らかに笑う。
聡「気づかなかったとは言わせないよ。俺はなぁ。複数の能力が扱えるんだよ。そして、それは人の体から集められる‼生死問わず‼」
千代「だから墓場…‼」
聡「そうさ‼記憶のためだけじゃない。俺の能力コレクションを、より多くするためでもあったのさ‼」
聡はスコップを突き立てる。
聡「お前の能力を寄越せぇ‼」
千代の胸に、スコップの先がめり込む。
千代は声をあげようとしたが、生気を吸いとられる感覚の方が強く、呻くことすらかなわない。
意識が遠退いて行く。

真っ白な世界。
ここが"死"なのだろうか。
あぁ、だとすると、このまま負けて死ぬのだろう。
頭から落ちて行く感覚がある。
死とは下にあるものなのだろうか。
しかし、上下を指し示す目印は存在しない。
もしかすると上に落ちているのかもしれないし、弧を描いて回っているのかもしれない。
死んだら何もかも終わりかと思っていたが、この空間は一体何なのだろう。
私は負けたのだ。放っておいてくれ。
「よお。ずいぶん情けない姿だな。」
聞きなれた声が聴こえる。
心なしか、彼女の香りまで漂っている気がする。
ミステリアスで、偉そうで、でも、誰よりも仲間を大切に思う繊細な彼女。
「負けていいのか?」
声だけが問いかけてくる。
いや、きっと後ろにいるのだ。
けれど、落ちて行くことしか許されていない私は、振り向くこともままならない。
「忘れ物は無いか?」
こちらが返事をしないことも意に介さず、一方的に質問を投げ掛けてくる。
「この先は本当に何もないぞ。いいんだな?」
いいも何も、抗うすべかない。
確定した死亡。
ただ生者から死者になるための通過儀礼
三途の川の真っ只中。
「お前は、今という今、この場所に来るために生きていたんだな?」
そこでやっと理解する。
彼女は私を引き留めてくれているんだ。
私が死を認めてしまわないように。
「…勝ちたくはないか?」
意地悪な。
訊かなくたって答えはひとつなのに。
おちょくってくるその声も、心なしか嬉しそうで、腹が立つ。
でも、それが彼女の持ち味だったりする。
「耳を貸せよ。いいことを教えてやろう。」
真っ白な世界に黒い亀裂が入る。
「相手の能力は、"相手の能力と、その使い方の癖"を貰う力で、そのために、"魂を掘り起こしている"。」
耳障りな風の音が響き始める。
落ちているせいでもあり、また、その亀裂が空気を追い出しているせいでもある。
「それを逆に利用してやるのさ。」
人が死にかけているって言うのに、なんて嬉しそうに話しやがる。
それもそうだ。
彼女は負ける気で戦ったりしない女だ。
「お前の中で死んでいるお前を呼び覚ませ。答えはお前の中にある。」
私だって本当は、負ける気で戦ったりしない。
「今のお前なら出来るはずさ。もう、あのときのか弱い少女じゃないだろう?」
抗ってやる。
「お前に恐怖など似合わない。」
覆してやる。
「ガッカリさせるなよ。」
私の中に眠るもう一人の私。
「───────────‼」
とり憑かれたように暴れる黒き意識。
答えを知らなきゃ気が済まない。
黒く、固く、強く、鋭く、輝く私のアイデンティティー。
亀裂に手を伸ばす。
千代「負けてたまるかぁぁぁぁぁああああ!」

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聡「クソッ‼どうなってる‼なんて固い魂なんだ‼」
聡のスコップは甘く千代の胸に食い込むばかりで、肉をえぐりとることを許可されない。
聡「生命力を吸い尽くすにはまだ時間がかかる…クソ‼クソ‼クソ‼」
何度もスコップを突き刺そうとするが、全くうまくいかない。
その時、突然千代が目を開ける。
聡「‼?」
驚くのも束の間、千代のマントから黒い手が生えてきて、スコップを捕まえる。
聡「ヒッ‼」
その黒い手は、ずるずると本体を現した。
そして、スコップを取り上げる。
クロ「久しぶりだな。千代。少々長く眠りすぎていたようだ。」
千代「おはようクロ。やっと私の実力が追い付いたよ。」
聡「どど、どういうことだ‼お前も能力を複数持っているのか‼?」
クロは問答無用でスコップをへし折った。
千代「あれ?サイコメトリーで調べているわりには勉強不足だね。」
聡「いや、おかしいだろう‼?記憶の通りなら、その能力は、アルカナバトルとやらの収束で消滅したはずじゃないか‼?」
クロ「消滅?まったく人の話を聞かない輩だな‼ダラァッ‼」
聡はクロのラッシュパンチに吹き飛ばされる。
千代は体の砂をほろいながら立ち上がる。
クロ「我は…いや、"強制超能力発生装置"は、各々の体の中に残されたままなのだよ。」
聡「だからなんだってんだ‼機能を停止した機関が残っていたところで、何の意味もない‼」
千代「機能を停止した…ね。」
千代は笑む。間抜けを哀れむ眼をして。
クロ「だからお前は話を聞いていないというのだ。我は消える前に、ちゃんと千代の中に居続けると言ったはずだ。」
にじり寄る千代に、聡は爆破能力で攻撃をする。
聡「やめろ‼来るんじゃあない‼」
辺りに爆煙と、土煙が舞う。
しかし、聡は左頬を思いきり殴られる。
黒いマントに、黒い学ラン。
クロの格好の餌食だった。
聡「しまった、射程距離内に近づくのではなく、威力の高い攻撃を出させて、土煙で視界を遮るのが目的だったか‼」
続いてクロは右頬も殴りにかかる。
聡「ウグーッ‼」
クロ「そんな我を呼び覚ましたのは、皮肉にもお前の能力なのだよ‼我という魂を、掘り当ててしまったのだよ‼貴様は‼」
クロは幾度も顔面にパンチを浴びせる。
聡「調子に乗るなよ‼」
聡はマントと学ランを脱ぎ捨て、肌着姿になる。
聡「お前の性質はサイコメトリーで読んで知っている。黒色がなければ手も足も出せないんだってな。」
聡が手刀を切ると、衝撃波が放たれる。
クロはそれを振り払う。
聡「いつまで続くかな?燃費も悪いんだろう?」
聡は風を起こす。その風にのって、いつくものコピー用紙が流れてくる。
千代は顔につかないように振り払う。
が、手に巻き付いたその紙が、突如燃え始めた。
千代「クソッ‼」
その隙をつこうと襲いかかる鉄芯と衝撃波を、クロが懸命に打ち落とす。
しかし、目前の攻撃に対応するのに手一杯になり、また爆破を食らってしまう。
聡「フン‼ビックリさせやがって。」
全身が痛い。
何て奴。服が焼け焦げてミニスカートになってしまったじゃないか。お気に入りのタイツもズタズタだ。へそも丸出し…なのは元からだ。
だが、まだ立ち上がれる。
マントがボロくなってきているのを、歴戦の戦士みたいで格好いいじゃんと思えるほど、心は元気だ。
負けられない。負けられないんだ。
聡「止めを刺されにわざわざ立ち上がるのか…でもねぇ、そんなことをしたところで、この俺が最強で、最高権力を持つことに変わりはないんだよ‼」
三度目の爆破。
心は元気でも、体は避ける余力を残していなかった。
聡「この世の中は弱肉強食‼強い者こそ偉いんだ‼どんな綺麗事を並べようと、この社会のあり方が何よりの証拠なんだよ‼」
千代「そのわりには、よくしゃべるなぁ。自信ないの?」
千代はふらつきながらも、また立ち上がる。
聡「うるさいうるさい‼お前は降霊術のための記憶さえ捧げれば、用済みなんだよぉ‼」
そこへ、ようやくディフェンダーと1年生組が追い付く。
聡「チッ、増援か‼だが、この俺には敵うまい‼」
榎「先輩‼これが、私が出来る最善の戦いです‼」
ディフェンダーの前に出る榎。
千代「来ないで‼」
榎「わかって…ますよ‼」
大きく振りかぶり、榎は何かを投げつけた。
地面にぶつかると炸裂し、墓地は橙色の光に包まれる。
聡「目眩ましか‼?小癪な───────ッ!!?」
千代「…?幻…?」
辺りには、都会の街並みが広がっていた。
早足ですれ違う人々が、都会を感じさせる。
退勤ラッシュで道が混雑する夕暮れ。
女の子「どこにいってたの‼」
叱責する大きな声が雑踏にのって千代たちの耳に届く。
女の子は、泣きじゃくりながらうずくまる男の子に向かってふんぞり返っていた。
女の子「探したんだからね‼」
女の子がそう続けても、男の子は泣きじゃくるばかりだった。
女の子「帰りなさい。」
女の子は男の子の手を引っ張りあげる。
女の子「帰りなさい‼ここは聡のおうちじゃないのよ‼」
女の子は的はずれな注意をして、無理矢理男の子を引っ張って行く。
千代「これ…って…」
聡「姉さん…」
聡は千代に止めを刺すことも忘れ、呆然と立ち尽くしている。
女の子「いい?怖いときに逃げるのは、多分止めようがないから許してあげる。でもね、"守ってくれる人から逃げるのは、やめなさい。"」
男の子「姉さんだって怖い顔するじゃあないか…」
女の子「そんなこと言う子はもう迎えに来てあげない。」
男の子「そんなぁ…」
女の子「いい?強くなれとは一言も言ってないんだからね。でもね、弱い自分に妥協しないで。そうやって卑屈にならないで。弱い自分が弱いなりに何が出来るか…その方が、心の傷を知らない誰かに見せびらかすよりも、ずっと大事。」
男の子「意味わかんないよぉ…」
女の子「学校だけが…この街だけがこの世界の全てじゃないの。生きる世界を…間違えないで。」
気がつけば女の子も泣いていた。
聡「姉さん…そんな…そんな難しい言葉じゃ…その時の俺じゃ理解できないよ…」
聡は泣き崩れた。
そこで、その幻は消えた。
聡「それに…俺に何ができたって言うんだ…強い人間に対して、弱い自分に何ができる‼」
千代「立ち上がることが出来る。」
聡「…‼」
千代「諦めないことが出来る。仲間を探すことが出来る。」
聡「そんな…そんな…ッ‼」
千代「強い奴に立ち向かえなくても、弱い自分と向き合うことが出来る。」
聡「…クッ‼」
千代「まだ逃げる?そのまやかしの強さに。」
千代は歩みより、聡の前にしゃがんだ。
千代「あなたの中にまだ、お姉さんがいるなら、あなたの逃げた場所を教えて。」
聡「隣町の地下倉庫だよ…そこに全てがある。オラクルが抱いた野望のすべてが…。」
千代「そう…。」
海美「では、拘束させて貰う。まぁ、超能力者相手では気休めにもならんがな。」
ディフェンダーだちが聡を取り囲む。
聡は両手を後ろに回したが、手錠をかけれることはなかった。
代わりに、海美の"テレキネシス"によって空中に持ち上げられて、体を動かなくされた。
聡「なぁ、女。」
千代「なに?」
聡「もうさ、段階は手遅れな所にまで来ているかもしれない。それでも行くのか?」
千代「もちろん。」
聡「…そうか。」
聡は激励するわけでもなく、引き留めるわけでもなく。それきり口を利かなくなった。
蒼空「藤原千代、といったな。この娘たちから、話は聞いている。」
蒼空は千代を頭から足まで一通り視線を通すと、少し悲しそうな顔をした。
蒼空「あとは私たちがやる。ご苦労だったな。」
千代「いいえ、私が決着を着けます。」
里陸「似た者同士なのね、お嬢さん。」
里陸は腕を組んで溜め息混じりに言う。
蒼空「そこの彼女も、お前のためにここへ飛び込むと利かなかったのでな。」
榎「やは…」
千代「榎ちゃん…まったくあなたって娘は…」
本当は凄く怖かったのだろう、脚が震えている榎を、千代は優しく抱き締める。
セイラ「なんかいい雰囲気になってるけど、私たちも功労者なんだぜーっ‼」
真姫「シーッ‼いいシーンなんだから邪魔しちゃダメ‼」
みるく「間にはさまりたいのね‼」
桜倉「お前らなぁ…」
ディフェンダーたちの後ろから、賑やかな声が聴こえる。
蒼空「彼女たちの為にも、一度帰ってやってくれないか。」
千代「そうですね…ありがとうございます。でも、それならあなたたちも…ん?」
塀の外を走る影があった。
ぐるりと回ってこちらに向かってくるようだ。
マリ「先輩ー‼間に合いましたかー‼…って終わってるー‼てか、何であんたたちまで居るのよー‼」
一際大きい声で、すべての驚きにリアクションをとる。
海美「誰だお前…」
マリ「いや、こっちの台詞よ‼」
遅れてきたマリに、事情を説明する。
マリは終始申し訳なさそうにしていた。
マリ「ははは、私、役立たずだ。一人で勝手に盛り上がって、何やってんだろ…浮かれてたのかな…。」
千代「何いってんの。みんな何かの熱に浮かされてここに来てるじゃない。役に立つとか立たないとか、そんなの誰も気にしちゃいないよ。」
桜倉「ぶっちゃけ一番の足手まといは私だったから気にするな。」
真姫「…頑張って痩せよう。」
マリ「そんなもんなのかな…ははは…っていうか、あんたいつまでくっついてるの‼離れなさい‼」
マリは千代に抱きついていた榎を引き剥がす。
すると、榎は泣いていた。
榎「先輩…こんなに傷だらけになって…死んじゃったりしませんよね…居なくなったりしませんよね…‼」
マリ「あんた…」
榎「ここに来て、また生きて先輩に会えて良かったって思ったけど、また一人で勝手に危ないところに行くって…」
榎は肩を震わせ、拳を握りしめる。
榎「先輩が目標だからとか、ヒーローだからとか、そんな理由じゃなくて、先輩が大好きだから、先輩の無茶が胸を痛め付けるんだよ‼ばかぁ‼」
ディフェンダーが去って行く靴音と、榎の泣く声が、墓場にこだまする。
千代「ありがとう、心配してくれて。でもね、許せないことがあったら無茶しちゃうのが私なんだ。ごめんね。」
榎「…。」
千代「…しょうがないなぁ、今日はうちに泊まりに来る?どうせ着替えなくちゃいけないし。」
榎「…ワガママ言ってごめんなさい。」
千代は榎の頭を撫でる。
みるく「じゃ、じゃあ私も…んむぐぐ‼」
真姫「だから、邪魔しちゃダメだって‼」

千代が家に帰ると、ボロボロのその格好に総ツッコミを入れられるが、「花火で火事になった」と無理矢理誤魔化した。
千代が榎を泊めたいと言うと、両親は快諾した。
榎も両親に連絡を取ったようでひと安心だ。
千代の父親「よっしゃ‼今日は赤飯だ‼」
千代の母親「焼き肉よ焼き肉‼」
急な頼みなのにここまで快く持てなされ、逆に引くくらいだった。
榎「いい人家族ですねぇ。」
千代「摩利華ちゃんにたかろうとする現金な両親だけどね…」
榎はダイエットのことも忘れ、藤原家の一員にといっても差し支えないほどに団らんしながら、モリモリ食べた。
百合恵「なんだ男友達じゃねぇんだ」
千代「一緒にしないでくれる…」
榎「ゆりちゃん今いくつ?」
百合恵「中3」
榎「かぅわいいねぇ~」
百合恵「か、可愛かねぇよぉ」
千代の母親「こら百合恵、後藤さんも先輩なんだからタメ口利いちゃダメでしょ。」
榎「ゆりちゃんって先輩と違っておっぱい無いんだね~」
百合恵「っせー‼余計なお世話だ、おっぱいお化け‼ぬわぁ‼抱きつくな暑苦しい‼」
千代の父親「わっはっは、娘が一人増えたみたいだ。」

千代の母親「あんまり夜更かしさせるんじゃないよ。」
千代「わかってるよ。おやすみ。」
風呂上がりのミルクティーを飲みながら二人でパソコンの前に座る。
榎「ゆりちゃんは?」
千代「夜遊び。」
榎「えぇ…。」
千代「お父さんとお母さんにバレないように窓から出入りしてるんだよ。私にはバレバレだけど。」
千代はパソコンでツブッターをスクロールしながら、LINEでメッセージを送っている。
榎がLINEを覗き込むと、明日の予定について話し合っていた。
枷檻『隣町か。そういえば塩のやつが居たな。』
摩利華『お塩?』
千代『潮さんのことでしょ。』
枷檻『そそ。あのエロ本作ってる人。』
摩利華『まだ純潔だったあの頃に戻りたい( ;∀;)』
枷檻『タイツの汗の臭い嗅いでた時点で充分アウト』
千代『あのさぁ…で、何時ごろ?』
摩利華『合図をくだされば、いつでもどこでも。協力は惜しみませんわ。』
榎「やっぱり行くんですね…」
千代「まあね…」
パソコンには新作ゲームのプロモーションビデオが流れる。
二人は特に興味があったわけてもなかったが、しばらく黙ってそれを見ていた。
榎「本当の事を言うと、やっぱり何処へも行って欲しくないんです。」
千代「…。」
賑やかなゲーム音楽が遠く聞こえる。
華やかなゲーム画面が色褪せて見える。
榎「でも、もう止めません。だって…」
千代「…う…ん…」
千代は少し伏し目がちになったかと思うと、榎の方へもたれ掛かってきた。
榎「先輩…?先輩ッ‼」
千代「ごめ…限界…ベットに…あげて…ほし…」
千代は言葉を言い切ることもできず、眠りについてしまった。
相当無理をしていたのだろう、シャワーを浴びた後だと言うのに、顎の裏側には脂汗が滲み出てきていた。
榎はそんな千代の姿がぼやけて見えた。
榎「いいやっ、もう止めません‼泣きません‼」
榎は唇を噛んで涙をこらえた。
榎「私が先輩のこと大好きだって伝わっていれば、もう充分なんです…」
千代の体を引きずり、ベッドの元へ持って行く。
体の下に手を回し、持ち上げようとする。
榎「先輩…筋肉が…重たいです…‼」

5月15日(金曜日)

放課後。
摩利華『泊ぉ~ま~った~ぁ‼‼??ええっ、それではどこまで…どこまでしましたの?』
電話から正気を失う摩利華の声が漏れる。
千代「あのねぇ…今そういう場合じゃないってわかるでしょ…?」
摩利華『…オホン。失礼いたしましたわ。榎ちゃんはうちに泊まったときもいい子でしたし、間違いが起こるなんてことはありませんわよね。ウフフ。』
千代と榎は今日学校を休んだ。
二人とも風邪を引いたと学校にウソの連絡を入れ、千代は榎に傷の手当てをさせていた。
途中、榎に包帯を巻かせていると「亜万宮先輩が藤原先輩のことを好きな理由…わかる気がします。」と言われて、まさか、そっちの気は無いよな…と不安になった。

しばらくすると、千代の家の前にリムジンが止まる。
おいおいまてまて。
千代「おいおいまてまて。」
榎「おいおいまてまて。」
ハモった。
急いで玄関に降り、外に出る。
千代「おいおいまてまて。なんでわざわざ。」
摩利華「まぁまぁ、細かいことはお気になさらずに。」
榎「えぇ…」
リムジンの扉が開く。
摩利華と千代はSPにエスコートされてゆく。
榎「あ、あのっ‼」
千代はその呼び止めに振り向く。
榎「必ず帰ると…必ずまた生きて会うと、約束してください‼」
千代「約束する。」
二人は指切りをする。
摩利華「なら私ともっ‼」
千代「はいはい。」
榎「いってらっしゃい‼待ってますから‼」
榎は笑顔で敬礼をする。
千代「うん‼」
千代は敬礼を返した。

中に入ると、理由を理解した。
ディフェンダーの面々が乗り込んでいたのだ。
見たことのないメンバーも静かに佇んでいる。
里陸「団長‼見てください‼シャンパンですよしゃんぺ~ん‼本物ですよぉ‼」
蒼空「遊びに来た訳じゃないぞ。それに、未成年が多いんだから、お酒なんて出すんじゃない。」
里陸は千代と目が合う。
里陸「ななな、なによう‼いーじゃない‼こういうの見たらテンション上がるでしょ‼」
里陸は顔を真っ赤にしてまくし立てる。
千代「お酒、お好きなんですね。」
大人の対応をした。

隣町に着くと、小塩潮が乗り込んできた。
彼女は大学生兼漫画家で、主に(エロ)成人雑誌に掲載をする他、コミケットで(エロ)同人誌を出していたりする。
アルカナバトルでの縁で何かと交流があり、今回の作戦への協力を許可してくれた。
潮「ハイハイ、地下倉庫ね。それなら、山の上にある資材置き場の一部ね。」
潮の道案内に従い、山を上って行く。
潮「しっかし、リムジンをバスがわりに使うなんて、セレブよねぇ~」
摩利華「逆ですわ。わざわざ新たにバスを貸しきったり、購入したりするより、既にあるものを使ってコストを押さえていますのよ。」
潮「選択肢がそこまで広がる時点でセレブだわ…」
地下倉庫に到達すると、摩利華と潮だけはリムジンの中に残った。今はもう超能力が使えないので、当然である。
地下倉庫は重い鉄の扉で塞がれていたが、"テレキネシス"で浮かせて吹き飛ばしてしまった。
奥へ進むと、いかにもな管がタイルの上を這っていた。
その奥には、たくさんのサーバーと、培養液につけられた脳みそが並んでいた。
恐らく、これらが"デバイス化されたサイコメトリー"だろう。
蒼空「ゲームや漫画のダークファンタジーを象ったようだわ…悪趣味な。」
海美「人の命で遊んでいると考えただけで吐き気がする。」
奥に進むと一人の男が立っていた。
男「あいつは…駄目だったのか。」
蒼空「安心しろ。お前もすぐに駄目にしてやる。」
蒼空は、大きなカッターを取り出す。
サイズは頭から腰辺りまであり、剣のようにして扱うもののようだ。
男「おっと、やめておきたまえ。」
白い煙が、こちらと男との間に渦巻き始める。
蒼空「ほざけっ‼」
カッターから刃が飛び出す。
一枚一枚が分裂し、男に飛びかかる。
が、煙の渦が急激に強くなり、押し返されてしまう。
男「さあ来い‼"オールドマシーナリータウンの魔女"よ‼」
里陸「まずい‼降霊術が始まります‼」
まばゆい光と強烈な突風がこちらの人間を壁に叩きつける。
男「…思ったより完全だな。」
霊体「…。」
青白く、生気を感じられない色だったが、その姿は正しく笛音番長そのものだった。
男「手始めに、そこに居るそいつらを始末して見せよ。」
霊体「…。」
霊体は無言で頷く。
蒼空「藤原千代‼あれはどれだけヤバイのだ‼?」
霊体は右手を前にかざす。
千代「番長ちゃんの能力が完全に再現されているなら、この世すべての力を、永久機関によって放てる…文字通りの魔女です。」
霊体の掌の先に、球状のエネルギー体が産まれる。
里陸「そんな奴相手にどーしろってーのよ‼」
霊体のエネルギー体は高速で緑と紫に点滅し、電気のような閃光をバチバチと吸収している。
千代「───────でも、あれは明らかに不完全だ。」
男はその霊体の凄まじいエネルギーに見惚れ、高笑いしている。
海美「確かに。永久機関なら、あのようなエネルギーチャージは必要ない。」
海美は試しに、テレキネシスで近くの柱を折り、霊体に向かって射出する。
霊体はそれに反応して、紫の閃光でいとも簡単に粉微塵にする。
男「ハハハハッ‼無駄無駄ァ‼」
柱を破壊した程度では、エネルギー体を消耗させることすら叶わなかった。
蒼空「…化け物め‼」
蒼空は刃を1つ、エネルギー体に向けて放ち、切断を試みる。
が、何事もなかったかのように吸い込まれて消えてしまった。
もはや意にも介していない。
ディフェンダーたちの体に冷や汗が伝う。
里陸「次元が違う…」
霊体はエネルギーの吸収をやめ、エネルギー体を体内に納める。
化け物のように強いエネルギーを帯びる。
千代(化け物?いや、オリジナルの番長ちゃんは、化け物なんかじゃないんだ。きっとあの霊体にも人らしいところがあるはずだ…)
千代は、培養されている脳みその後ろに隠れる。
しかし、閃光がしなったかと思うと、既に遮るものは消えていた。
ダメだ、番長ちゃんは目的のために人だって殺せる。
本当に化け物なだろうか?
千代は、気配を消して転げ回る。
男「鬼ごっこか。霊体のAIを強化するには丁度いいかもな。」
ふと、あるものを見つけた。
黒い閃光を放つ脳みそだ。
あの閃光には、何かある気がする。
その近くに落ちているバーコードスキャナのようなものを拾い上げる。
間違いない、これが"サイコメトリー端末"だ。
おそらく、この脳に対応しているのだろう。
脳の下には、モニターと、脳の持ち主が記載されていた。
茅ヶ崎美樹。
確かにそう書かれていた。
黒い閃光の正体は、彼女の能力"キャスト"。
生きたサイコメトリー
その時、千代は閃いた。
記憶を集めて霊体を具現化したなら、その霊体の記憶の収集は、完全になるまで行われるのではないか…と。
千代「美樹ちゃん、聴こえてる?私は、あなたが仲良くしてた1年生のみんなの先輩の藤原千代っていうの。」
ダメがもと、キャストが生きていることを信じて。
千代「私から1つお願いがある。いい?1回しか言わないから、よく聞いて。」
霊体が内装を破壊して行く。
千代「私は、榎ちゃんに、必ず生きてまた会うと約束した。だから、絶対にやりとげて。」
ディフェンダーは必死に応戦しようと立ち回る。
千代「番長ちゃんに…私の思い出を届けて。私と彼女の、去年の夏の思い出を‼」
千代は額にサイコメトリー端末を当てる。
ピコーンと機械的な音を発する。
男「ハハハハッ‼間抜けめ‼自ら居場所を明かすとは‼」
霊体は破壊を繰り返しながら、こちらに歩み寄ってくる。

そして、千代も歩み寄った。

緑の閃光が弾ける。




霊体「何してんだ?こんなところで。」
閃光が千代を破壊することはなかった。
千代「番長ちゃんッ‼」
千代は霊体に抱きつく。
霊体といえど、質量はあるようだ。
霊体「おい、なんだ、らしくもない。」
男「何が…起きた…?」
男は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。
霊体「…あっ、ふーん…この私は虚像なのか。」
霊体は手を握ったり開いたり、自分の体を眺めたりしている。
男「あり得ない‼霊体が自分が何者か看破するなんて‼」
霊体「残念ながら、そういった物に囚われないのが私という存在なのでね。不完全なもので満足しておくべきだったな。」
男「くそう‼操縦できないのなら不要だ‼消えろ‼」
白い煙の渦が霊体を包む。
が、霊体はそれを吹き飛ばした。
霊体「だーかーらぁ。そういうのには囚われないって言ったよなぁ‼」
男「ヒイッ‼」
男は吹き飛ばされ、並べられたサーバーにぶつけられる。
霊体「なぁ千代、こいつ、どうする?」
カツアゲをする田舎のヤンキーのように問いかけてくる。
千代「番長ちゃんは殺さないでって言っても殺す派だからね。宇宙旅行にでも行かせてあげれば?」
霊体「いいね。この美しい地球を生で見せてあげよう。」
霊体は男の胸ぐらを掴む。
男「な、なんだ、やめろ‼死にたくない‼」
命乞いをする男に、霊体は満面の笑みを浮かべる。
霊体「限定1名様、スペシャルスペーストラベルへご案内‼美しい空の景色をお楽しみくださいませ。行きは揚々、そして、帰れると思うなよ。」
青白いエネルギーが爆発する。
そのあと既に二人は…いや、一人とその能力は姿を消していた。
その光景はまるで、稲妻が地上から空へと落ちて行くようだった。
天井には、地下から地上までの穴がポッカリ空いている。
蒼空「…本当に宇宙にいったのか?」
千代「平気で行くよ。彼女なら。」
千代はその大きな穴から、空を見上げた。

ニュースキャスター「こんばんは。速報です。バイパスの狂気の延長とされていた、連続殺人事件"マカアラシ"の犯人が、今日未明に出頭、そのまま逮捕されました…」

5月16日(土曜日)

男子生徒「なぁなぁ聞いたか?隣町の山に穴が開いたんだってよ‼」
女子生徒「知ってるし‼あの、人体の一部が保管されてたとかっていうチョーサイコな奴でしょ‼?」
枷檻「なぁ、私もまだ穴の正体聞いてないんだけど、何なんだアレ…?」
千代「壮大な自殺の跡だよ。」
枷檻「いや、どうやったらあんな穴が空くんだよ。」
千代「何でもできる人が居たら空くんじゃない?」
枷檻「マジかよ…」
今日は午前だけ授業があった。
枷檻ちゃんは放課後になると直ぐに私の所に来る。
未だに他に友達居ないんだろうなぁ…
枷檻「今、とても失礼なことを考えただろ。」
千代「全然。」
摩利華「千代ちゃん、今日は部活?」
千代「久しぶりにね。しばらく事件のことばっかりでやれてなかったし。」
摩利華ちゃんは、榎ちゃんが私の部屋で二人きりで一晩を過ごしたことを根に持っている。
誤解を解くには時間がかかりそう。

桜倉「今日から部活再開のとこ、多いらしいですよ。自主練習してないスポーツマンたちが顧問からの叱咤を受けてるとか。」
千代「うちは顧問が男子にかかりきりだからねぇ~…くわばらくわばら…」
桜倉ちゃんは諦めていたダイエットをこっそり再開しているんだって。マネージャーなのになんでだろう。
セイラ「しばらく部活休みでしたけど、実際休みなんて、あってないようなものでしたね。」
真姫「何だかんだで駆けずり回ってたもんね~」
セイラちゃんはお母さんの心の病気と向き合うために、頑張っていて、それを真姫ちゃんがサポートしているらしい。
偶然にも、二人ともアイドルが好きみたいで、いいコンビだったりするのかも。
電子「お前らなぁ~何だかんだって…私たちがどれだけ心配したかわかってんのかー‼」
凶子「本当よ。サクサク死なれたら、会わせる顔が無いじゃない。」
檀「でも、無事で何より、いつもの生活に戻れて何よりって感じだね。」
3年生組は、理性的な判断で墓場以降はついてこなかったけど、川辺先輩が言うに、「電子がずっと泣いてるものだから、いっそ連れていった方がよかったかも」だって。お陰で今も早瀬川先輩の目の下は真っ赤っか。
みるく「そういえば3年生の先輩たちはどんな能力もってるのね?」
マリ「素質はあるけど、未だに発現してないんだと。」
みるくちゃんは相変わらず不思議な娘で、何をしてるのか、何を考えているのか、全然わからない。
マリちゃんはお姉さんを説得できる方法を考えながら、全うに生きて幸せを掴んでやるって奮起してた。やっぱり家族が人殺しなんて嫌だもんね。
榎「せーんぱい‼」
千代「なあに?」
榎「お帰りなさい‼」
榎ちゃんは夢を探し始めている。自分がやりたいことがなんなのか、はっきりさせたいんだって。そして…
榎「ニュース、見ましたか?」
千代「うん。」
真姫「ああっ、そうですそうです‼みっきーの頭、そこで見つかったって…」
千代「そう。私も見たよ。」
茅ヶ崎美樹の脳みそは、他の脳みそ含めてそれぞれの遺体の元に返されたらしい。
というのも、天井に穴が開いた時に電気が止まってサーバーがダウンし、発見された頃には培養装置が停止していて、既に脳みそ自体も死亡していたらしい。
千代「その上、私、美樹ちゃんに助けてもらっちゃったんだ。」
セイラ「ええっ‼?」
電子「のーみそにか?」
千代「うん。美樹ちゃんが居なかったら、私きっと、勝てなかった。」
桜倉「マジかよ…」
セイラ「めっちゃカッコイイじゃねぇか…」
真姫「頑張ってくれた美樹ちゃんのためにも、この平和を守らなくちゃね。」
電子「いやじゃあ~‼もう危ないところにいかないでくれ~‼」
私たちの戦いの物語はひとまずこれでおしまい。
ブレイカーとか、ディフェンダーとか、まだまだ戦い続けている人は沢山いるけど、私たちは、普通の毎日を、普通に生きていくのだろう…。
それを脅かされたときはまた…。
















5月20日(水曜日)

地下倉庫跡。
警察「嘘だろ…」
昨日まで保全していた現場の機材が、破損したものも含め、全て消失していた。
警察「捜査本部に連絡だ‼早くしろッ‼」

野鳥花「悪いガ、珍しいおもちゃは大好物なんでネ。」



そして──────惑星軌道。
男「はぁ…はぁ…なあ、いつまで生きていられるんだ?」
青白い半透明の球体に包まれながら、地球を眺めていた。
霊体「お前が餓死するか、私のエネルギーが尽きるまで…だな。」
男「なんだってんだ…ちくしょお…」
霊体「あ、アレ見ろよ、アレアレ。」
霊体は星空の向こうを指差す。
男「は?どこだよ。」
霊体「あそこあそこ。私が生まれた星なんだ。私、未来人ってだけじゃなくて、宇宙人なんだ。すごいだろ?」
男が目を凝らすと、霊体にうなじを捕まれ、顔を球体の外に出される。
勿論球体の外では呼吸はできない。
男の苦しそうな顔を確認すると、球体の中に戻される。
男「何すんだ~‼」
霊体「へっへっへ。まーよー、人生で一度きりの宇宙旅行なんだぜ?もっと楽しもうぜ?」
男「魔女だ…」

Fin