DAI-SONのアレやコレやソレ

創作ライトノベル、「ハーミット」「愚者の弾丸」「ハーミット2」を掲載。更新停止中です。

「ハーミット2」 ACT.7  ダークブルー・スプリング 少女の暗い暗い青春

陸上部の部室には重苦しい空気が漂っていた。
胸の奥に、焼け付くような痛みを感じている。
やるせなさで膿んだ傷口を憎しみで焼き潰している。
だが、こういうときこそ冷静にならないといけない。
そのため、今日は部活も捜索もしないことにした。
頭を冷やそう。それだけの単純な提案だった。

榎「私たちの…せいなのかな。」
セイラ「…ッ」
購買にある自販機の前で一年生組が集まっている。
マリ「誰のせいってことはないわよ。私のときだって、能力がわかったらすぐ襲ってきたじゃない。」
桜倉「そうだな…。だいたい、あいつは気になることがあると夜も眠れない性格だから、私たちが関与しなくても、ジャーナリズムが働いて首を突っ込んでいたろうよ。」
真姫「たしかに、そう言うところあったね…」
桜倉「ま、誰が悪いとか悪くないとか、そう言う問題じゃあないんだ。」
榎「そうだけど…」
セイラ「クソがッ‼」
自販機を拳で殴り付ける。
セイラ「なんで人が人を殺さなくちゃならないんだよ…ッ‼」
真姫「なんで…なんでみっきーが…」
堪えきれずにあふれでた涙のすじが光る。
桜倉「今ここで考えたって答えは出ない。帰ろう。」

その様子を、二年生組は見守っていた。
枷檻「大分参ってるみたいだな。」
千代「そりゃあね。私たちだって同じ気持ちな訳だし。」
摩利華「当分、あの子達は休ませてあげたいですわ。」
千代「だね…」
枷檻「で、私たちはどうすンだ」
千代「…私が囮になってみる。」
枷檻「……」
摩利華「……」
枷檻と摩利華は呆れた顔になる。
千代はその身で超能力の危険を知っている上でそんなことを言っているのだ。
枷檻「お前がいなくなっちまったら、どれだけの人がどうなるかわかってンだよな。」
摩利華「千代ちゃんはもう、多くの人に囲まれて生きているんですのよ。おわかり?」
千代「だからこそだよ。私は、そんな"みんな"を守りたいからこうやって動いてるんだ。一人じゃできなかったことだよ。」
枷檻「相変わらず無茶苦茶で頑固な奴だよ。」
千代「ぶれたら大事なときに迷っちゃうから。」
摩利華「千代ちゃん…」
千代「さて、夜まで待ちますか。」

夜の北団地を訪れた。
マカアラシの犯人が目撃されたのはこの辺りだ。
強面の青年や、風俗の客引き、刺青のオッサンなど、ヒールな雰囲気を放つ人のラインナップ。
しかし、千代は色々あって顔が利く。
捜索の障害になることはまずないだろう。
なので、遠慮もなしに団地迷宮をさまようことができる。
こんな事をして意味があるかはわからない。
だけど、なにもしないでいるほどクールではいられないのだ。
千代「ま、毎日ここに来ているわけじゃあないか。」
夜風に体を揺らしながら歩く。
夜10時に差し掛かったところで、灯りが減り始めた。
ラブホや飲み屋が軒を連ねるメーンストリートは眠らないものの、路地に足を踏み入れると一転、暗闇が大口を開けている。
黒いマントを揺らして歩く千代はコウモリのようだった。
???「おい。藤原千代だな。止まれ。」
そのコウモリを狙うものの影が、家屋の上で月明かりに照らされている。
ミルクティーを思わせるロングヘアーに、三つ編みのエクステで梯子をかけている。
服装はよく見えないが、あまりヒラヒラとした装飾は見られない。
靴の代わりに足袋のようなものを穿いているらしく、足音を立てずに近づいてくる。
そして、妙な仮面をつけていた。
デザインは、レコードを思わせるものだった。
???「お前に忠告しておきたいことがある。」
声や体型からして、成人女性だった。
千代(マカアラシとは関係ない人間だろう。)
???「超能力をあまり公の場で使わない方がいいぞ。」
千代「どうしてですか?」
???「お前を始末しなくてはならなくなる。」
千代「悪い冗談ですね。言い回しもおかしくないですか?自分勝手に襲おうって言うのに、まるで他人の意思のようですね。」
???「いいや、それは今回が特別だからだ。藤原千代。後に我々のリーダーが誘いに来るだろう。いい返事を期待しているぞ。お前の仲間もきっと、な。」
千代「まるで意味が解らないんですけど。格好つけていないで用件だけを言ってくださいよ。」
???「我々は超能力の価値を守る組織"ブレイカー"。…お前の才能は常軌を逸するものだ。リーダーはお前のその才能を欲しがっている。」
千代「なんですか…その怪しさと厨二病丸出しの設定…」
???「ククク…冗談と思っているのか。まぁ、組織としては、超能力を公の場でひけらかさなければなんでもいいんだが、有能な"家族"が増える方が良い。」
千代「あぁ、駄目だ。話の通じないタイプの電波だ…。」
???「明日以降もここらに来ると良い。リーダーに知らせて急いでもらおう。」
千代「ご勝手にどうぞ。」
???「フフッ」
仮面の女性は不気味に笑うと、屋根から屋根へと飛び移って、視界から消えてしまった。
千代「あんな悪戯に構ってる場合じゃないのに…」

5月13日(水曜日)

マリ『絶対野鳥花姉は何か隠してる』
千代へ直接LINEが来る。
"超能力にはもう関わらない方が良い"という忠告のあと、直ぐに美樹は死んだ。
何か知っているに違いない、とマリは主張する。
偶然と言えば偶然だ。ただ、マリは野鳥花を追いかける口実が欲しいだけだった。
千代「私がここで、じっとしてなさいって言ったら、どうするつもり?」
放課後、鍵のかけられた部室の前にマリを呼びつけた。
デリケートなことなので、面と向かって話した方が良いと考えた結果だ。
マリ「一人でも…行きますよ。だって、納得できないでしょ‼?何も教えてくれないのよ。先輩だったら納得できるって言うんですか?」
千代「できないよ。できないけど、姉として、隠すほどのことに巻き込みたくないって気持ちもわかるんだ。」
マリ「あぁ、先輩、妹さんがいらっしゃるんでしたね…」
千代「うん。事件のことなんて他人事と思っていてくれてるけど。」
マリ「それって残酷じゃないですか。」
千代「どうして?」
マリ「だって、いきなり姉がいなくなって、自分たちのために危ないことしてたのに、何も知らずにのうのうと生きていた自分を許せなくなるわよ…妹として。」
千代「…」
千代の脳裏には妹の顔がよぎった。
何も知らない方が幸せだろう。
そう思って、この"探偵ごっこ"については黙ってきた。
実際、何かしら強い意思に引かれている訳ではない、ただの中学生でいる妹は足手まといでしかない。
しかし、妹が何か間違うとしても、無力だとしても、知らないまま終わってしまったら、怒りや悲しみの矛先をどこへ向けたら良いだろうか。
千代「いや、終わらせない…」
マリ「…?」
千代「いなくなったら悲しむというのなら、生きてやればいいんだ。野鳥花さんだってそういう覚悟でいるはずだ。」
マリ「先輩も、そうやって突き放すんですね。」
千代「…」
マリ「最初から、一人で行けばよかったんだ。」
マリは踵を返す。
千代「待ちなさい」
マリ「私は納得したいだけなんです。どうして止めるんですか。」
千代「一緒に行くよ」
マリ「え…」
千代「目撃現場が近い件同士なんだし、一人でいかせたところで、どうせ会うよ。」
マリ「え?先輩、捜索は中止してるんじゃ…」
千代「ごめんね。傷心してるみんなを巻き込みたくなくて。」
マリ「またそれですか…たしかに、あの様子ならら爪弾きにしたくなる気持ちもわかりますけど。」
マリは歩き出す。
千代「あ、ちょっと待って、夜まで待とう。」
マリ「ん、それもそうですね。目撃は夕方以降ですし。なんなら、どこかで暇潰ししませんか?」
千代「?」
マリ「実は、重い雰囲気になってるから~って、カラオケで気分転換しようって話になってるんですよ。」
千代「大きい声出せば、多少はスッキリするだろうしね。」
マリ「それに、私が入部してから新人歓迎会やってなかったからっていう口実付きだから、主役の私が言えば直ぐに集まってくれるでしょうし。」
千代「そうだね。いいんじゃない?」
マリ「じゃ、LINEしときます。」

セイラ「う゛お゛お゛ん゛」
毎度のことながら、カラオケに行くとセイラはいつも喉を破壊する。
真姫「ちゃんとうがいした?」
セイラ「ゲッホゲッホ‼」
桜倉「おら、おちつけおちつけ。」
マリ「みるくはどうして歌わないの?」
みるく「マイナージャンルが好みなのね~」
マリ「あっそう…」
榎「先輩歌上手いんですね~知りませんでした~」
千代「そうなのかな…自分じゃよくわかんないけど…」
真姫「じゃ、帰ろっか。」
マリ「うん。」
マリと千代は目配せする。
千代「気を付けてね。なるべく一人にならないようにするんだよ。」
真姫「わかりました。行こう、セイラちゃん。」
セイラ「ン゛」
マリ「アーイケナイ財布忘レテキチャツタワー(棒読み)」
千代「本当?取りに行かないと。みんなは先にいってて。」
真姫「?…はーい。」
マリと千代はカラオケの中へ戻っていく。
千代「…ちょっと、何よ今の棒読み…演技下手すぎない?」
マリ「そそそんなことないわよ‼何人の男を揺すったと思ってんのよ‼」
千代「たぶん、棒読みされて機嫌悪いと思われてたんじゃないの…」
マリ「そ、そーんなことなーいもーん‼」
千代「言っておくとさ、マリちゃん、結構思ったこと顔に出てるよ…」
マリ「‼?」
マリは赤面してうつむいてしまった。
千代(そうとう演技に自信があったんだろうか)
マリ「野鳥花姉…そんな私のこと、どう思ってたのかな。」
千代「きっと愛おしかったと思うよ。」
マリ「ですよね…きっとそうですよね…」
千代「じゃ、行こうか。」
マリ「はい。」

北団地は何時来てもいりくんでいる。
昨日とは違うルートを通っているつもりだが、自信がなくなってしまう。
マリ「思ったより寒いですね…」
薄着のマリはプルプルと体を震わせる。
千代「そうだね。日中は大分暖かくなったけど。」
声「止まレ。藤原千代。」
千代「む…」
マリ「‼?」
闇の向こうから声が聞こえた。
マリ「野鳥花姉ッ‼」
野鳥花「──────ッ‼?」
千代「今の声がそうなの?」
マリ「間違いありません。」
野鳥花「待テ。何故マリがここにいる。」
千代「あなたに会いたがっていたので、連れてきました。」
野鳥花「──────フン、取引のつもりカ?」
千代「何のことですか?」
野鳥花はこめかみに指を当てて、ため息をつく。
野鳥花「藤原千代、お前には先日我々の同胞が言伝を残したはずだが。」
千代「本気だったんですか…あれ。」
野鳥花「だからこそ、マリを連れてきて、何か揺さぶりを掛けてくるのかと思ったのだが、とんだ見当違いだったようダ。」
野鳥花はこちらへ歩み寄る。
不気味に薄く笑う顔は宵闇に禍々しく映る。
マリ「野鳥花姉…」
野鳥花「帰レ。」
マリ「…ッ‼」
千代「…」
千代はただ見守っていた。これは姉妹間の問題だ。
マリ「野鳥花姉は、何をどこまで知ってるの。」
野鳥花「もう、超能力には関わるなと言わなかったカ?何度も言わせるナ。」
マリ「そんなんじゃ納得できないよ‼」
野鳥花「だったらなんなんダ。」
マリ「納得いくまで帰らないし、何度だってやって来るよ。」
野鳥花はさっきよりも大きなため息をつく。
野鳥花「お前は強いんだナ…。」
マリ「え…」
野鳥花「馬鹿に強イ。それ故に愚かダ。どうしようもなク。」
野鳥花のスカートから、がらがらと金属が落ちる音がした。
どうやらそれは鉄パイプをぶつ切りにした物体のようだ。
鉄パイプの先端は裂けて五指を作っていた。
それが一斉にマリに襲い掛かる。
マリ「"ミス・フォーチュン"ッ‼」
マリの超能力像は鉄パイプを凪ぎ払う。
しかし、鉄パイプは空中で姿勢を戻し、再び飛来する。
マリ「どうしてここまでするの‼?」
野鳥花「お前が"錠前野鳥花"と会いたがっているのなら、それは叶わぬ願いだからダ。お前の優しい従姉(おねえ)さんはもう、お前の中にしか生きていないのだヨ‼」
マリ「嘘だ‼目の前に居るのに‼」
野鳥花「私は組織"ブレイカー"のリーダーである"鬼丸野鳥花"‼お前の従姉さんは私の中で死んだのダ‼」
マリ「だったら心配なんてしてくれないでよ‼私を突き放すのは、姉としての尊厳なんでしょ‼?」
野鳥花「ッ‼」
マリ「やっぱり…野鳥花姉は野鳥花姉だよ…。教えて、野鳥花姉は何から私を守ろうとしてるの。」
飛んでいた鉄パイプは野鳥花の回りに静止する。
野鳥花「私は人を殺していル。」
マリ「…‼」
野鳥花「この程度でうろたえるのカ?残念ながら、今度こそ嘘ではないゾ。」
マリ「いいわよ。全部教えて。」
野鳥花「私は私とお前の父親である錠前兄弟が許せなかっタ。だが、それ以上に、子供は親を選べないという現実と、その親がすべて悪いのに、そのせいで生じた精神や知恵の成長の遅れを、当人に押し付ける社会が許せなかっタ。」
マリは脳裏に幼少期の記憶をちらつかせ、胸をおさえた。
野鳥花「だから私は逃げ出しタ。錠前兄弟が私たち姉妹に"親の役にたて"と望むなら、全力でそれを否定して、なんの役にもたたない社会の癌(がん)になってやると決めたんダ。」
マリ「だから"社会になんの役にもたたなくていい"なんて言ったんだね。」
野鳥花「そうダ。そう思って、そうやって生きていこうと誓った私には、超能力の才能があっタ。私は直ぐに"これだ"と思っタ。これは、私の反逆の心の現れだと思っタ。だから、この社会に恨みをもつ同胞と共に、この世の中を超能力で思うがままにしてやろうと言う組織を作ったのダ。だが、そうなると、野良の超能力者は邪魔になる。」
マリ「だから、殺してきた…っわけね。」
野鳥花「いかにモ。」
千代「だけど、マリが超能力に目覚めたときあなたはとても悩んだはずです。余計な芽は摘み取りたい、でも、大切な妹を殺すわけにもいかず、かといって、人殺しに巻き込むわけにもいかない…だから、何も知らせない事を選んだんですね。」
野鳥花「オイッ、知ったような口を利くなヨ。」
マリ「だけど、先輩の見解は間違ってないはずよ。」
野鳥花「チッ…」
虫の居所が悪い様子で、野鳥花はつけている手袋のすそを引っ張る。
野鳥花「それで、この事実を知った上でお前はどうするのダ?マリ。」
マリ「今からでも、やり直そうよ。」
野鳥花「なんだト?」
マリ「野鳥花姉の中に、まだ錠前野鳥花が居るのなら、また私と一緒に…」
野鳥花「嫌だ。」
マリ「…ッ‼」
野鳥花は大きな声で遮った。
野鳥花「今更戻れるものか。この社会は人殺しを赦すまい。」
マリ「…もしかして、マカアラシの犯人って野鳥花姉なの?」
野鳥花「違ウ。」
マリ「ねぇ、それなら、人殺しをしていたことも、嘘だったって言ってくれてもいいんだよ…」
野鳥花「私たちは死体をほったらかしにしたりしない。それに、もっとたくさんの人を手にかけている。」
マリ「…」
そうだよね、と言いたかったが、もう強がれそうにもなかった。
野鳥花「わかっただロ。マリ。お前は何も知らなかったことにして、元の生活に戻るのダ。」
マリはとうとう膝から崩れ落ちた。
うなだれて、声を圧し殺して泣いていた。
野鳥花「で、本題に戻ろうカ。もともと従妹(いもうと)をたしなめにきた訳ではないしナ。」
野鳥花は千代の方へ向き直る。
千代「悪いけど、物騒な組織へは入らないよ。」
野鳥花「まぁ、正体を明かしてしまったからには仕方がないナ。お前には、マリの日常を守ってもらわなくてはならぬしナ。」
千代「脅かしてるのはあんたの癖に…」
野鳥花「ところがどっこい、そうでもないんだヨ。」
千代「どういうこと?」
野鳥花「結局のところ、藤原千代、お前を騙してでも頼みたかったのは、マカアラシの犯人の始末なんだヨ。私にとってもマカアラシの犯人は邪魔なわけだからネ。」
千代「犯人について知ってるの?」
野鳥花は不気味に笑い、人差し指を突き出して、チ・チ・チ、と指を振る。
野鳥花「知りたいなら、我々に協力し、世に存在を言いふらさぬことダ。」
千代「取引ってこと?組織をうたうだけはあるね。」
野鳥花「で、受けてくれるのカ?」
千代はマリの方を見る。
マリは未だ心の整理がついていないようだ。
千代「あんたから条件二つ、こっちは情報ひとつじゃ釣り合わないな。」
野鳥花「望みハ?」
千代「"犯人を殺さない"」
野鳥花「チッ…甘ったれが…」 
千代「マリちゃんを共犯にしたいわけ?」
野鳥花「ぬるま湯で生きてきたくせによく吠えるワ。」
千代「交渉成立ね。」
野鳥花「では、マカアラシの犯人の鎮圧を共にこなしていこうじゃないカ。」
千代「ええ。クリーンに、ね。」
野鳥花「そうだナ…立ち話もなんだ。アジトに来ないカ?」
千代「大丈夫?"口外はしない"とは約束したけど、"危害を加えない"とは言っていないよ。」
野鳥花「こちらが腹を割らなければ交渉の信用を欠くと言うだけの話サ。それに、馬鹿の自信過剰ほど悪の肥やしになるものはないゾ。」
千代「ご忠告どうも。」
千代は再びマリの方を見るが、マリは座ってうつむいたままだった。
千代「マリちゃん、立てる?」
マリ「え…?は、はい。」
マリは差し出された手に掴まって立ち上がる。
千代「これからどうする?私は"ブレイカー"のアジトに向かうんだけど。」
マリ「…私も…行きます。」
野鳥花「勝手にしロ…」

5月14日(木曜日)

時刻は24時を回っていた。
普段訪れない夜の町は思ったよりも暗かった。
まだ春の町は虫の声すらなく、風で街路樹の葉の擦れる音と彼女らの足音だけが響いていた。
野鳥花に連れられて訪れたのは、"白樺女子高等学校"だった。
ここは、この町のお嬢様学校だ。千代も摩利華と共にたびたび訪れている。
千代「ここがアジト?」
野鳥花「ククク…」
野鳥花は門にある柵に触れる。
すると、柵は自らグニャリとひしゃげ、野鳥花の通行を許した。
超能力者だと言うことを知っているので驚きはしなかったが、その正体不明さには薄ら寒さを覚えた。
職員玄関までくると、インターホンを押す。
受話器を取る音がして、回線が繋がる。
野鳥花「戻ってきていたか。よしよし。」
相手は返事もせずに受話器を置いた。
少し待っていると、依然見た仮面女が職員玄関の鍵を開けた。
先程の能力を見ていれば、そんなことをする必要など無いと感じるが、恐らくは学校に備え付けられたセキュリティを自分等も使いたいと言う思惑があるのだろう。
仮面女「…そっちは?」
仮面女はマリの事をわかっていないようだった。
野鳥花「かるたから話は聞いているはずダ。」
仮面女はほうと頷く。
仮面女「成る程。それでは。」
野鳥花「さ、来い。」
千代とマリは手招きされるがまま、学校に入って行く。
明かりのついている空の職員室の横を通って、廊下を歩いて行く。
その奥、美術室の奥の壁が仄明るく光っている。
そこには、明らかに回りの景観にそぐわないドアがあった。
千代「なるほどね…アジト自体は超能力でできてるんだ。」
野鳥花「いかにモ。」
野鳥花がドアノブに手をかけようとすると、内側からドアが開かれた。
???「ねぇねぇ、新しいおねぇちゃん?」
野鳥花「残念だが、ただ一時的な協力関係になるだけダ。そんなに気になるなら見ていればよかったじゃないカ。」
ドアから顔を覗かせたのは、そう背は高くない茶髪の少女だった。
組織、と言うからにはもっと堅苦しいものだと思っていたが、イメージとは大きくかけ離れていた。
茶髪の少女「じゃあ、いつか殺すことになるの?」
野鳥花「場合によってはナ。」
茶髪の少女が部屋の中に入って行くのに続いて、千代たちも部屋の中へ。
野鳥花「我が同胞たる家族を紹介しよウ。ま、そこにすわりたまえヨ。」

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部屋の中は雑然としていた。
組織のアジトとは思えないほど生活感が丸出しで、真ん中には木製のテーブルがある。
野鳥花「んと、めんどくさいから名前だけつらつらと言っていくぞ。案内してくれた仮面女が宇茶美(うさみ)、茶髪のやつがかるた、そこのおさげのやつがスバル、そこでパソコンに張り付いてるのがルイ、目付きが悪いのがレイ。あとは外出中だナ。言っておくが、そこのドアは開けるなよ。」
入り口から見て右の壁にあるドアを指差す。
野鳥花「そこに入っている奴は私以外の言うことを聞かない。飼われるのが好きなアブノーマル女が入ってるから、関わりたくないならそっとしておくようニ。」
と、言ったそばからドアが開く。
???「ぎぁあう、ヒヒ、はぁ…はぁ」
ドアから出てきた女は四つん這いで畜生のような振る舞いをする。
野鳥花「こらこらメイジ、今日は客人が来るから脅かすんじゃあないと言っただろうが」
野鳥花はメイジと呼ばれた畜生女をヘッドロックして鼻っ柱に拳を叩き込む。
マリ「ひっ…」
メイジ「ウヒヒ…」
メイジは殴られたにもかかわらずニヤニヤしていて、むしろ喜んでいるようにも見えた。
野鳥花「お前は緻密な作戦なんて出来っこないんだから、部屋で大人しくしていロ。」
メイジ「ウンウンウンウン‼」
激しく頷くと、吸い込まれるように自分の部屋に戻っていった。
マリ「野鳥花姉、何、あの人…」
野鳥花「あいつは親のせいで"暴力を受けないと必要とされてると思えない"やつなんだヨ。でも、手加減して飼ってやらないと死んぢまウ。」
マリ「そんな…かわいそうに…」
野鳥花「そうだよナァ。一般人は、ああいうやつを見ると、カワイソウカワイソウとは言うが、いざ友達になれるかと言われたら、きっと気持ち悪がられるだろウ。あぁ、なんてかわいそうナ。」
宇茶美「同情してもらいに来てもらったわけではないぞ。リーダー。」
野鳥花ははっとした顔をした後、ひとつ咳払いをする。
野鳥花「そうそう、マカアラシについての情報だったナ。」
野鳥花は雑然とした本棚から、クリアファイルをいくつか引っ張り出す。
あれじゃないこれじゃないとめくって、数枚の資料を引き抜く。
野鳥花「犯人は"オラクル"という組織なんダ」
テーブルの上に資料を広げた。
野鳥花「オラクルは本当に厄介な組織でね、目的がわからないぶん行動の予測の仕様がなイ。加えて、超能力を使っていることは確かだから、野放しにもしておけないのだヨ。」
千代「これは…被害者のリスト…」
野鳥花「ウム。そして、こっちがその分布だよ。共通点はわかるかネ?」
千代「いや、さっぱり」
かるた「クスクス…あなたほんとに役に立つの?」
かるたは千代の前にまわり、テーブルに頬杖をつく。
野鳥花「数日前まで私たちみんな知らなかっただろうに。」
スバル「かるた、鬼丸さんの邪魔しちゃダメだぞ。」
かるた「はい、先輩。」
???「センパイ‼センパイ‼」
天井近くに吊るされた鳥かごがガタガタ揺れる。
中に入っているインコが鳴いているようだった。
インコ「ミッキーチャン‼ミッキーチャン‼」
ルイ「ちょっと…気が散るじゃないのよ…」
あまりにも和気あいあいと会話しているせいで、思わず組織のアジトだということを忘れかける。
インコ「ソータクン‼ソータクン‼」
千代「ちょっと待って、ソータクンって、"風上草太"のこと‼?」
野鳥花「ん?あぁ、あのインコは死人の名前を覚える癖があるんダ。気にするナ。」
マリ「じゃあ、ミッキーチャンは…」
レイ「茅ヶ崎美樹で合ってるよ。私たちは、彼女のお陰で、オラクルの傾向を知ることができた。」
インコ「ジョエルクン‼ジョエルクン‼」
かるた「こら‼め‼」
インコ「ジョジョーーッ‼」
ルイ「納期近いんだから勘弁して…」
千代は常人のようなやり取りをする非常人を横目に、話を続ける。
千代「それで、その傾向とは?」
ルイ「"情報"だよ」
千代「えっ…」
ルイは陰険な顔をようやくパソコンから離す。
ルイ「以前、私のPCがハッキングを受けたのよ。」
長い紙を体の前に持ってきている彼女は、それをわさわさと撫でながらもじもじと話す。
ルイ「世の中には我々ブレイカーの存在を知るものは少ない…のに、どの心当たりを遡っても、犯人を見つけられずにいたんだ。だから、最初は無差別な愉快犯だと思っていた…。でも、被害者が増えるにつれ、"人を狙った事件"と"物を狙った事件"のパターンがあることに気が付いたんだ。私のPCは、その琴線に触れたみたい。」
レイ「物を狙った事件は、地図の△の印だ。ほら、わかるだろう?」
千代「書店や民家…あと展覧会の開催されていたホールに美術館…」
マリ「全部屋内ですね。」
レイ「そして、○印のついた地点が、人を狙った事件だ。」
千代「人気の無さそうな場所ばかり…」
レイ「そうだ。だが、それではまだ現場の共通点はでしかなかったんだ。」
野鳥花「そこで、茅ヶ崎美樹の死、ダ。」
ルイ「茅ヶ崎美樹の能力は、サイコメトリーで合ってるわよね。」
千代「うん」
ルイ「犯人は"人を狙った事件"で、"サイコメトリー系の超能力者"を狙っていたの。そして、死体は全員頭部を切断されていた。」
野鳥花「つまり、ダ。"物を狙った事件"では"物理的な情報"を、"人を狙った事件"では"情報を手に入れる能力"を集めていたのだヨ。」
マリ「そんなことして、いったい何を…」
野鳥花「降霊術、とか言っていたナ。」
千代「…は?」
スバル「ふざけてんのかって思うなら、当人に言ってくれよ。尋問したら、そう言ったんだ。」
マリ「降霊術の為の資料を集めているってこと?」
かるた「あーんちょっと違ーう。どうやら降霊術っていうのは超能力みたいでね、話を聞く限り、"情報から人を作り出す"能力らしいのよ。」
宇茶美「サイコメトリーなら、文字に書き起こせないほどの、詳細な行動の情報が手に入るから欲しがったんだろう。」
ルイ「そして、そのために集めたサイコメトリーの脳はデバイス化されてるらしい…デタラメだなぁって思うけど、少なくともクラッキングしたオラクルのメーラーから、そういう情報が読み取れた。」
マリ「先輩…私、頭がおかしくなりそうです…」
かるた「あらー。なんか、鬼丸さんが妹さんを巻き込みたくないって言ってた理由がわかる気がします。」
スバル「ああ。彼女はまともすぎる。どうして毒親のもとに産まれてあんなにまともなんだろうなぁ。」
千代「諦めなかったからだよ。」
スバル「…?」
千代「マリちゃんはまっとうな努力で社会に反逆していたからだよ。それがお姉さんとの違いだと思う。」
かるた「うわぁんやだぁこいつキモ~い。明るい社会の味方が居るとじんましんがでちゃうよ~。ねー先輩。」
かるたはスバルに抱きつく。
スバル「仕方ねぇよ。それで幸せと思えるやつらなんだから。私らには理解できないよ。」
野鳥花「理解する必要はなイ。また、私たちも理解される必要もないのだからナ。」
かるた「あーんさっすが鬼丸さーん‼悪のカリスマよー‼」
野鳥花「ま、それでだな。ここからが一番重要になるわけダ。」
千代「そうだよね。相手側がなんの情報を求めているかわからないと、先回りのしようがないわけだし。」
野鳥花はコホン!とひとつ咳払い。
野鳥花「笛音番長」
千代「えっ‼?」
野鳥花「よい反応ダ。」
千代「番長ちゃんのこと、知ってるの?」
あり得ない。
何故今?何故こんなところで出てくるのか?
野鳥花「降霊術の対象だよ。オラクルは必死になって笛音番長の情報を集めている。」
千代「何で‼?」
野鳥花「知らんよ。だが、お前は知っているのだろう?お前は狙われているのだからな。」
千代「…」
マリ「そんなにすごい人なんですか…?」
千代「私がこうやって、町を守ろうって思うようになったのは、番長ちゃんが勇気をくれたからなんだ…」
野鳥花「恩師だったカ。たが、それだけではないはずダ。」
千代は心当たりがありすぎた。
千代「番長ちゃんは、」
知りすぎていたのだ。
千代「未来人なんだ。」
ルイ「おおっ、おいおいおいおいおいおいおいおい‼それはほ、本当な訳か?そマ?マ?ソースは?解説キボンヌ‼」
ルイは今までが嘘のようにグイグイと近寄ってくる。
ルイ「ほあ、もちつけ漏れ…手のひらに素数を書いて飲み込むんだ…いや…これマジアフィ稼ぎ放題だろ…本人確認ができたらさんざんもったいぶって荒稼ぎしてドロンしてやる…」
千代「番長ちゃんはもう未来に帰ったから居ないんだよ。」
ルイ「は????なにそれずるくない‼?いつの時代のオカルト特番だよ‼ジョン・タイターかよ‼平日の7時にでもやってろよ‼はぁ…期待して損した…」
勝手にひとしきり騒いだあと、またPCの前に戻ってしまった。
マリ「あの人ってあんな声出すんですね…」
野鳥花「気にするナ。ああいうやつなんダ。デ?続きを頼ム。」
千代「えーと、かいつまんで私との関係を説明すると、未来から送られてきたアイテムのせいで私は超能力バトルロワイヤルに参加させられて、その時に会ったのが番長ちゃんなんだ。で、なんで関わり合いになったかって言うと、そのバトルの景品がタイムマシンだったんだ。で、未来人の番長ちゃんは自らの目的があって過去であるこの時代にやって来たんだけど、タイムマシンが一方通行だったってんで返れなくなって、都合よく開催されていたバトルに参加したわけ。最終的にその景品のタイムマシンで未来に帰ってめでたしめでたし。というわけ。」
野鳥花「ふーん」
野鳥花は淡白な返事をする。
野鳥花「と、なると、彼らの野望は…」
ルイ「タタ、タイムマシン…‼?」
野鳥花「一度産まれてしまえば、世界はメチャクチャだナ‼ワッハッハ‼」
ルイ「それで?どうするんだい。」
野鳥花「決まっていル。その計画、阻止して見せよウ。この世を掻き乱して良いのは我々だけダ‼」
千代「で、ちょっと言わなければいけないことがあるんだけど。」
かるた「何よ。」
千代「番長ちゃんについての記憶をサイコメトリーで追うのなら、摩利華ちゃんも枷檻ちゃんも狙われるはずだから、遠くから観察しておいて。」
野鳥花「かるた、頼んだゾ。」
かるた「え?まぁ、鬼丸さんの指示なら仕方ないなぁ…。あとで顔を覚えておかないと…。」
宇茶美「さて、そろそろ帰してやらなければ明日の生活に響くのではないか?」
野鳥花「そうだナ…。では、成果が上がり次第また招集するとしよウ。」
マリ「ねぇ、野鳥花姉。」
野鳥花「ン?」
マリは目を会わせずに話しかける。
マリ「タイムマシンがあったらさ。私たちがこうならないように出来るのかな。」
野鳥花「…。」
野鳥花は何も答えなかった。
返す言葉が浮かばなかった。
ただ、胸の奥にしこりを覚えただけだった。
マリ「なんてね、私、そろそろ姉離れしないと、ダメだよね。」
野鳥花は目を閉じて、拳を握りしめた。
マリ「頑張って、マカアラシなんて終わらせようね。野鳥花姉。」
野鳥花「アア。」
千代とマリは宇茶美に連れられてアジトを出た。