DAI-SONのアレやコレやソレ

創作ライトノベル、「ハーミット」「愚者の弾丸」「ハーミット2」を掲載。更新停止中です。

「ハーミット2」 ACT.6 真夜中に疾走す

マリはテレビを点ける。
ニュースは「マカアラシ」についての特集が組まれていて、朝ごはんが不味く感じる、どんよりとしたラインナップだった。
最近は行方不明も多く、関連があるのではないかという報道テロップが嫌でも目に入る。
マリ(世間は死人騒ぎで昨日まで話していた友人は原因不明の家出か…)
ヘアゴムを外すのも億劫で、結びっぱなしの髪を気休めにとかす。
今まで見たことがないくらいぼんやりしている自分が鏡の中に居るのを見ると、今起きている事の重大さまでぼんやりしてくる。
マリ「いや、ぼんやりしてたら、遅刻するでしょーーーーー‼」
どたばたとキッチンに駆け込む。
仕方がないので朝御飯はレタスを毟って食べ、トマトをまるごと1つ食べて、胃の中でシンプルサラダを作って済ませた。
マリ(GORILLAだ私…)
下着を変えないのはさすがにまずいと思い、下着と靴下はとりかえた。
バッグにちゃんと今日ぶんの教科書が入っていることだけはしっかり確認して、玄関へ。
途中、スカートのチャックを閉め忘れていたせいで、スカートがずり落ちてくる。
マリ(あれ…?この自分の余裕のない姿…今までと変わんなくない?)
情けなさをしみじみと感じつつも、自宅をあとにした。

真姫「マリっぴLINE見た?」
マリ「ひととおり、ね。」
何も知らないクラスメイトは、単なる欠席だと思っていて呑気なものだが、ホームルーム後の廊下に集まる陸上部の面々だけは暗い面持ちだった。
真姫「ねぇ、朝、ニュースでさ、マカアラシは殺人だけじゃなくて失踪事件にも関与してるんじゃないかって言ってたよね。」
マリ「そうね…」
真姫「先輩たちって、こういう覚悟をした上でああやって動いてるのかな…」
マリ「やめてよ。まだセイラがどうなったかわからないんだから。それに、覚悟しているんだとしたら、失う覚悟じゃなくて、失わない覚悟だよ。」
真姫「そう…だよね…」
気まずい沈黙が嫌な間を作る。
そこにいる誰もが、どういう顔をしていいかわからないでいた。
榎「あのさ、お昼、購買行かない?」
みるく「うん…」
榎「…」
みるく「あのっ」
榎「あのさっ」
みるく「…」
榎「…」
マリ「あんた、空気読みなさいよ‼そんなこと言ってる場合じゃないでしょ?」
榎「ぅええっ!!?」
桜倉「まぁまぁ、そうカッカするなよ。煮詰まってるから気をほぐそうとしたんだよ。」
マリ「えー、あー…。うーん…」
桜倉「だからよ、昼休みは購買行ってから先輩たちと話そうよ。」
真姫「頭に栄養回さなきゃだね。」
桜倉「そーゆーこと。」
チャイムが鳴る。

生徒会長「昨日の事件はどうだったのだ。」
昼休み陸上部は生徒会長の居るクラスを訪れたのだが、超能力がらみの話もしなくてはならないため、生徒会室に移動することとなった。
生徒会長はビールかごをうまく積んで、必要な書類を棚からピックアップする。
千代「それについての報告書です。」
千代はルーズリーフの束を渡す。
生徒会長は引き出していたファイルをビールかごの上に置いて、それを受け取り、斜め読みにする。
生徒会長「ふむ…麻薬密売の温床になっていたのか…ここからは警察に任せるしか無いな。」
生徒会長は空のクリアファイルにルーズリーフを納め、ノートパソコンの横に置いた。
生徒会長「それで?わざわざ全員で来るなんて、野暮用ではないみたいだが。」
千代「全員…じゃないんですよ。」
生徒会長「ん…確かに一人足りないな。たしか、田島とか言うやつだったな。めちゃくちゃ足が速くておりんぴっきゅに出るのではないかと言われていたな。」
途中、うまく発音できなかってので、軽く咳払いをした。
生徒会長「む、不吉な。さしては田島の身に何かあったのだな。」
いつもしゃべり方を馬鹿にして真面目な話をちゃかす電子が何も言わないところをみて、事の重大さを看破した。
生徒会長「数日前は工業高校の"風上草太"という生徒が行方不明になったらしいが…」
枷檻「いや、まだ何もわかっていない。いなくなったってこと以外、何も。」
生徒会長「警察は何と?」
枷檻「それが、何故だが解らんが、親は通報しなかったらしいんだ。」
真姫「あっ、あの…いいですか?」
陸上部のかたまりの後ろの方から、控えめに手を挙げる。
生徒会長「いいぞ。」
真姫「実は、最初にセイラちゃんの失踪に気づいたのは私なんです。」
千代「最初にLINEが来たときは、質の悪い冗談かと思ったのが記憶にのこっているよ。でも、母親は寝ていたの?」
真姫「そのお母さんなんですけど、セイラちゃんのお父さんって亡くなっているじゃないですか。その時から、心を病んでしまっていて、様子が変みたいなんですよ。」
生徒会長「それは気の毒に…」
真姫「セイラちゃんが言ってたんですよ。時々、お父さんの分まで食事を作って帰りを待っていたり、スーツやネクタイにアイロンをかけていたり、突然ファミレスにいって二人ぶんの食べ物と食器を用意させて店員さんに変な目でみられたり…だから、お母さん、今もちゃんと生活できてると思っているんじゃないかって。現に、私もお母さんにセイラちゃんと勘違いされて困ったこともありますし…」
生徒会長「唯一同居している母親からのSOSが無いため、学校も警察も動いていない…と。」
凶子「その前に、警察は動けないでしょうね。」
枷檻「何でだ?」
凶子「母親が幸せな幻覚を見ているとしたら、"娘なら居ますよ"って警察を追い返してしまうでしょう。そうでもなかったら、私たちが通報さえすれば、捜査のメスは入っていてもおかしくないと思うけれど。」
千代「今日中は私たちで探します。明日になったら、学校側と相談してみましょう。」
生徒会長「ただの家出だといいのだが…何か手がかりはあるか?電子。」
電子「ええっ、何で私!!?」
生徒会長「さっきから静かだからだ。お前らしくもない。」
千代「そういえば、密売人と思わしき人を警察に突き出したあとも、一緒だったんですよね。」
電子「あぁ、最後にあいつを見たのは私だろうな。」
生徒会長「どんな様子だった?」
電子「どんなって…そりゃ…」
口元に手を当て、少しの間が開く。
電子「『失った物っを取り戻せるか?』って、聞いてきたんだ。」
千代「‼」
電子「私、なんの気も使わないで、あっさり『出来ない』って答えちゃったんだ。きっと、あいつはそれで傷ついたんだ…私のせいだ…私のせいだ…」
電子は泣き始めてしまった。
生徒会長「電子、それはお前のせいじゃない。」
電子「でもぉっ‼」
千代「セイラちゃんね、犯人をやっつけても自分には何も帰ってこないって言って、我慢してたんだ。」
電子「え…?」
千代「怒りのやり場も、悲しみのやり場もなく、父親に甘えられなくて、病んだ母親を世話していて、それでいてプロのアスリートになるためにプレッシャーにも耐えてたんだ。」
マリ「ウソ…それなのに私なんかの心配してくれてたの…?」
真姫「…ッ!!」
千代「これは誰のせいでもない。強いて言うなら、バイパスの狂気の犯人のせいなんだけどさ。今はそんなことどうだっていいんだよ。」
電子「そんな…こと…?」
千代は頷く。
千代「早くセイラちゃんを助けてあげなくちゃ。」

放課後、部室に陸上部+摩利華を集め、緊急会議を開いた。
それぞれ、授業をまともに受けなくてはならないことに悶々としていたため、やっと動けたことへの安心感と、時間がたちすぎてしまったことへの不安感があった。
摩利華「話は聴きましたわ。こちらの人間もいくらか差し出します?」
枷檻「うーん…こっちの部隊も積極的に出していきたいんだが、超能力が関与しているという実態がない以上、曖昧な指示しか与えられないしなぁ…」
地図を広げ、ああでもないこうでもないと、いたずらな会話をする。
マリ「人員が多く確保できるならローラー作戦はどうですか?人探しの常套手段ですよ。」
凶子「それは森などの地形で、ある程度捜索範囲が限られている場合に行うものよ。町規模のローラー作戦を、警察や自衛隊の関与無しに行うなんで無茶よ。」
みるく「突然、町を横一列になって歩いている人たちを見たらみんなびっくりなのね~」
摩利華「そうですわね。住民を不安にさせない配慮も必要ですわ。」
榎「美樹ちゃんの能力を使えばいいんじゃない?」
真姫「それがね~、みっきー今日お休みなんだ。家に電話しても留守電だし、病院じゃないかなぁ。」
枷檻「と、なると最後に頼りになるのはやはり千代か。」
桜倉「どうしてですか?」
摩利華「千代ちゃんの能力は、『隠者』という本質から形成された能力群なの。元々は時おり行使している"気配を消す能力"だけだったのだけれど、外的刺激によって強力なパワーと、それに伴う能力が覚醒されたのですわ。
しかし、その刺激は今は失われてしまって、破壊的なパワーは消滅し、覚醒した能力が残りかすとして今も残り続けているのですわ。」
電子「んーーと、よくわかんないけど、2つ能力を持ってるってことか。」
檀「1つの能力が2つの役割を果たすってこと。」
凶子「それで、その便利能力とは何なの?」
千代「"真実に辿り着く能力"です。」
榎「かっこいい…」
枷檻「そうは言っても、ただの探し物の能力だけどな。」
摩利華「千代ちゃんが知りたいとした真実は、何でも知ることがでますわ。たとえ、そこに行くまでにどんな犠牲を払うとしても、また、その結果が望まぬものだとしても…。」
マリ「変な含みで脅かさないでくださいよ~。」
摩利華「脅しなんかではありませんわッ!!」
普段、まったくの穏やかで、物腰の柔らかい摩利華が声を荒げたので、一年生組と三年生組は竦み上がってしまう。
摩利華「最悪の事態だってあり得ますのよ。その結果を知ることで、千代ちゃんの身に何かが起こることだって…」
千代「大丈夫だよ。そんなことはさせない。させないために、立ち向かうんだから。」
千代は地図に、区域ごとに赤ペンでグリッドを引く。
この町を四分割した形になった。
その四角の中に、名前書いて行く。
A.檀、真姫 B.電子、マリ C.榎、みるく D.桜倉、凶子
千代「これがチームわけ。私は町の外周をまわるから。枷檻ちゃんと摩利華ちゃんは、何か起きたときにフレキシブルに対応できるように待機してて。」
枷檻「ああ。」
摩利華「ええ。」
千代「何かヒントを獲次第、グループLINEで報告すること。いい?解散ッ!!」

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榎「先輩ってホントすごいよね~。三年生を差し置いて指揮してるし、あのパワフルなハートときたら、到底真似できないよ。」
榎とみるくが担当している仮定区分:C区域は比較的安全な場所だった。
お嬢様学校の白樺女子高校があるセレブ街で、大きめの一軒家が軒を連ねている勝ち組の棲みかなのである。
ここいらで有名なのは、オープンカフェ"みのむし"で、少し値のはるオリジナルブレンドのコーヒーが、うら若き令嬢(レディ)から年の功を武器にする淑女(マダム)にまで、幅広く大人気だ。
ランチセットならリーズナブルなので、庶民でも気軽に訪れることができる、客層にたいしても実に"オープン"なカフェだ。
日が沈みかけ、歩き疲れた二人は、その店へと立ち寄っていた。
みるく「榎ちゃんは先輩のこと好きなの?」
榎「うん。」
みるく「だいすき?」
榎「うん!!」
みるく「おっぱい大きい方が好き?」
榎「ぇあぁ、いや、そういう好きではないよ。先輩として尊敬していて、人として好感が持てるって意味。」
みるく「まぁ、わかってはいるの…」
その言葉っ切り、押し黙ってしまう。
部活で多く体力を使うために、歩き通しなんていうのは平気な部類になってきていたが、心の疲労はピークに達していた。
店員「お待たせいたしました、ハンバーグセットと、サンドウィッチセットになります。」
榎「は、はいッ!!?」
店員「お、おまちがいありませんか?」
榎「あ、はい。すみません…」
普段は楽しいはずの食事も、今の自分をリフレッシュさせてはくれなかった。
みるくも食が進まないのか、浅くサンドウィッチをかじっている。
榎「あのさ、私たち、ホントに先輩たちの力になれてるのかな。」
みるく「ん~…」
頭を抱えながら悩む二人のところへ、女性が一人寄ってきた。
女性「あの、相席していいですか。」
榎「どうぞ。お構い無く。」
女性「失礼します。」
女性は椅子のそばにトランクとイーゼルを置く。
榎「画家さんなんですか?」
女性「ええ。この辺りの景色を描いたり…ってそれどころじゃないの。今、人探しをしているのよ。えっと、私の弟なんだけど、その、えーと…」
榎「落ち着いてください。」
みるく「深呼吸するのね。」
女性「そ、そうね。」
女性は大きく深呼吸をする。
榎「それで、どんな人をお探しですか?」
女性「私の弟で、声は低くなくて、地味なカッコしてて、やせ形で、身長は私と拳ひとつ違うだけで、そんなに高くはないわ。」
みるく「いや、お姉さん自身、充分長身なのね…」
女性「そ、そうかしら。で、見たことは?」
榎「無いなぁ…」
女性「そう…ごめんなさいね。」
榎「いえいえ。こちらこそ力になれませんでした。私、やっぱり人の役に立つことが出来ないのかな…」
女性「私も自分について、よくそう思うことがあるわ。あわてんぼうで、要領が悪いって怒られるのよ…」
榎「似た者同士なのかもしれませんね。」
みるく「お姉さんお姉さん、あと、こっちも人探しをしているのね。」
女性「どんな…?」
榎「えっと…髪が群青(あお)くて…足が速くて…えと…」
女性「ごめんなさい、私も見なかったわ。」
二人はため息をつく。
女性「あ、そうだわ。似た者同士ついでにこれをあげるわ。」
女性はトランクからロケットペンダント(開閉するペンダントで、写真を入れておく小窓がついている)を取り出す。
普通は、人の写真を入れておくところ、小さな絵画が嵌め込まれていた。
夜のように暗い町並みが繊細に描かれている。
女性「これを見せれば、弟は私のことがわかるはずだから。」
榎「あー、なるほど。気になる人がいたら見せてみます。」
女性「ありがとね。」
みるく「あ、あの、連絡先を教えてくれれば、すぐに伝えられるのね。」
女性「ごめんなさい、実は、家に携帯電話を置いてきてしまって…」
みるく「では、泊まっているホテルでも…」
女性「公園の隅で野宿してるの。」
榎「えぇ…よく悪い男の人に襲われませんでしたね…」
女性「そうねぇ…画材ばかりだから、金目のものが無さそうだと思われたのかしら。」
榎「多分奇跡だと思うんですけど…」
女性「ふふふ、その奇跡で弟も見つけられればいいのだけど…」
女性は、こちらの手元をみて、不意にハッとした顔になる。
榎「どうしました?」
女性「いけないわ、このままだと冷やかしになってしまうわ。店員さーん‼」
二人は苦笑した。

千代はポケットの中のスマートフォンバイブレーションを察知する。
LINEに通知が来ていた。
檀『場所は解らないけど、スクーターの盗難があったみたい。ボランティアの人に聞いたんだけど。』
千代「盗んだバイクで…まさかね。」
千代は町の東端に位置する川原に来ていた。
昔はよく宝探しや冒険をしたこの川も、この年になって来てみれば、たいした距離もないものである。
川の水は一見きれいに見えるが、決して飲めたものではない。
立ち止まってよく覗いてみると川の底や浅瀬に、たくさんのゴミが沈んでいる。
中身を失った黒いゴミ袋、パンクした車のタイヤ、もう映らないブラウン管テレビ、割れたガラス瓶、ふやけたコンドームの箱、錆び付いた電球のソケット、片側だけのサンダル、破れたガスボンベ、パチンコ玉、崩れかけたアダルト雑誌、底の抜けたバケツ、レアリティの低い昔のトレカ…
その隙間を縫うように黒ずんだ鯉やブラックバスが泳いでいる。
昔は、ここにあるゴミすべてが興味の対象だったものだ。
ここにある不思議すべてが友達だったものだ。
ここには、滅多に人が来ないから、人と遊ぶことが出来なかった千代にとっては、絶好の遊び場だった。
千代「一人でふてくされるなら、ここが一番だと思ったんだけどな。」
あの頃の記憶に立ち返り、急に寂しさが込み上げてきた。
幼い頃の自分が、とても痛々しく映った。
ひとりぼっちで当然だった。
それが当たり前だったはずなのに、何故だろう、あの頃には二度と戻りたくなかった。
毎日ここに来て遊ぶ日々が、あんなに幸せと感じていたのに。
千代「昔なら、もう帰る時間だっけかな。」
川の水面が夕焼けでチラチラと輝いている。
その時千代は自分が泣いていることに初めて気付いた。
千代「ひとりぼっちって、本当はこういう気持ちなんだね。」
過去の自分に語りかけるように呟く。
千代「セイラちゃんもきっと、ひとりぼっちじゃ寂しいよね。」
千代はふたたび川沿いを歩き出す。
頬を伝い濡らしていた涙を拭いながら。

日は完全に落ちた。
今日はみんな探索を打ち切った方がいいのではないかというムードが流れた。
今夜帰らなかったら今度こそ警察へ。
そういう方向へ話が進んでいた。
千代が南団地辺りを歩いていると、変わった衣装を着ている女性を見つけた。
千代(ボランティアの人…か。)
ここ数年で爆発的に会員数を増やしたボランティア団体、『ディフェンダー』。
地域の慈善活動に触れたことのある人間なら、1度は耳にするであろう団体だ。
とは言うものの、千代もポスターで見たことがあるだけで、詳しいことは何も知らない。
ボランティアの人だし、悪い人では無いだろう、というだけの認識だった。
ディフェンダーの人「そこの君」
千代「私ですか?」
こちらの姿を見つけるなり、呼び止められる。
ディフェンダーの人「君しか居ないだろう。回りをみたまえよ。」
千代「そうですね。」
ディフェンダーの人「で、こんなところで何をしている。こんな時間、こんなところには何も無いぞ。川の方角から来たみたいだが、不法投棄か?」
千代「人聞きが悪いですね…それでも慈善団体ですか?」
ディフェンダーの人「はは、すまない。本気で疑ってなどいないんだ。ちょっと不審な動きをしないか見ただけだよ。」
千代「もしかして、『スクーターの盗難』の件ですか?」
ディフェンダーの人「む、君は何か知っているのか?」
千代「いえ、むしろそれについての情報が欲しいんですよね。」
ディフェンダーの人「被害者の知り合いか?」
千代「えーと、複雑な事情で…」
ディフェンダーの人「こっちだって遊びじゃあないんだ。ちゃんと話してくれ。」
千代が一連の件について話すと、ディフェンダーの人はただ頷いた。
ディフェンダーの人「その家出少女が犯人かも知れないと言うことか。」
千代「はい。」
ディフェンダーの人「ならば、探してもらわなくてはな。スクーターの盗難が起きたのは白樺女子高校の辺りだ。
…といっても、我々が昼に散々探したわけだから、とどまっていると言う希望は薄いがな。」
千代「ありがとうございます。」
ディフェンダーの人「いやいや、その女子もかわいそうではあるが、窃盗についてはしっかり謝罪して、司法に裁いてもらわなくてはならないからな。くれぐれも勘違いするんじゃないぞ。」
千代「わかってます。私からも、しっかり言っておきますから。」
ディフェンダーの人「気を付けてな。」

白樺女子高校は最凝町の外れに位置するが、千代が直感的に探りをいれたのは、そのまた外れの山道の入り口だった。
おそらく、人のいないところに行きたがるよな、と思ったのと、能力が機能しているのなら、こういうときの勘は信じるべきなのだ。
ガードレールを伝い、暗闇の道を進んで行く。山は寝静まり始め、うすら寒い風に木々の葉だけが鳴いていた。
千代は、マントを着ているお陰で、春風程度ならへっちゃらだった。
その黒き背中は、山道の暗闇を恐れることなく進む。
震えることも、弱音をはくこともなかった。
ただ、やり場のない孤独を埋めてあげたいと、たったそれだけの気持ちで進む。
千代「…………見つけた」
スクーターと共に横たわる少女が居た。
長らく横たわっていたのか、蟻やハエが好き勝手に体を這っている。
千代はそれをシッシと追い払う。
セイラ「先……………輩………………」
唇がわずかに動く。
しんと静まり返った山道の中では、そんな些細な声さえはっきりと聞こえる。
千代「…」
セイラ「…」
千代はセイラを抱き締めた。
強く強く抱き締めた。
疲弊しきったセイラの体にミシミシと痛みがほとばしるほど強く抱き締めた。
千代「このままいなくなっちゃうかと思った…」
セイラ「……すんません…」
千代「私、セイラちゃんが我慢してるのに気づいてあげられなかった…」
セイラ「……」
千代「でもッ‼居なくなったりしちゃダメでしょ‼何考えてんだ馬鹿‼」
セイラ「だって、わかんないよ、こわいよ。パパもママも…助けてよ…」
千代「だったらわかるでしょ…私たちだって、セイラちゃんが居なくなったりしたら、同じ気持ちになるんだよ…
私たちが突然居なくなっても、セイラちゃんは何も感じないの?」
セイラ「やだ……先輩……一緒に居て……」
千代「なら、一緒に居てあげるから、苦しかったら苦しいって言ってよ…友達でしょ?」
セイラ「でも、どうやって…なんて訊いたらいいか、わからないんだ…」
千代「苦しいって、苦しいって言えばいいんだよ。気がすむまで、ちゃんと言えるまで聞いてあげるから…」
セイラ「こわい…こわいよ…」
千代はセイラの頭の後ろを優しく撫でる。
千代「ゆっくりでいいよ。」
セイラ「パパ…ママ…」
千代「そう、辛いね、苦しいね。
でも、もう少し前へ。もう少し前へ…」
セイラ「早瀬川先輩が…失ったものは…取り戻せないって言った…」
千代「嫌だった?」
セイラ「ううん、無責任に出来るって答えたくなかったのかなって、思った…」
千代「じゃあ、それからどう思った?」
セイラ「失ったものは帰ってこないことくらい知ってたんだ‼本当は気づいてた‼でも‼だったらッ‼その穴はどうすればいいんだ‼痛いんだ‼寒いんだよ‼この気持ちを私はどうしたらいいんだよォーーーーーーッ!!」
千代「ちゃんと、言えたね。」
セイラ「うっ……んん…」
千代「じゃあ、答えなくっちゃあね…」
セイラ「教えてくれるの…?」
千代「ううん、客観的に好き勝手言うだけ。聞きたくないなら、嫌だっていって。」
セイラ「聞かせて…ください」
千代「そう。なら、言わせてもらうよ。
"過去で空いた穴は、未来で埋めるしかない"。
私は、そう思う。セイラちゃんのパパやママは、きっと、泣いてるセイラちゃんより、笑っているセイラちゃんの方が見たいはずだし、セイラちゃんだって、笑ってるパパやママの方が好きでしょ?なら、隣に突然パパが現れたときに、パパが一緒になって笑ってくれる生き方をしながら心を満たしていかなくちゃ、そんな人生は嘘なんだよ。
だから、前に進まなくちゃ。
みんなと一緒にいるのが幸せなら、居なくなったりしちゃダメ。
パパとママのことが大好きなら、泣かせるようなことしちゃダメ。
でも、もし辛くなって立ち止まりそうなったら、いつでも相談していいんだよ。
みんなだって、前に進むためにもがいているんだから、きっと希望をわけてくれる。
どうか、一人で暗闇に走って行くのだけは、もう二度としないで…‼」
セイラ「先輩…」
セイラの顔は、涙でずぶ濡れになっていた。
その体は、既に恐れや悲しみにこわばってはいなかった。
ただ、何かに安堵し、ゆったりと千代の両手に身を委ねていた。
千代「帰ろう」
セイラ「先輩……ッ!!」
今度はセイラの方から千代に抱きつき、胸に顔をうずめる。
千代はそんなセイラの頭を、なおも撫で続けた。
千代「みんなが待ってる」

まず、すぐに帰宅せずに、スクーターを持ち主のところに届けた。
枷檻と小鳥遊財閥の人間に大きくお世話になってしまった。
おじさん「あ、はい、確かに私の物で間違いありません。」
千代「この度は申し訳ありませんでした。ひとえにマネージャーである私の管理の不届きが招いたものです。」
おじさん「いや、いいんだ。こいつも、誰かに乗って貰えて、幸せだっただろうさ。」
千代「と、いいますと?」
おじさん「実はな、これは、亡くなった息子に買い与えたものなんだ。」
セイラ「すみません…そんな大事なものを…」
セイラは深々と頭を下げる。
トレードマークのツインテールがまだ咲いていないシロツメクサと戯れる。
おじさん「だから、そんなに怒っちゃいないって。顔を上げてくれないと、目をみて話せないじゃないか。」
セイラ「すみません…」
おじさん「このスクーターはね、息子が16才になるすこしまえに、早とちりで買ったんだよ。ツーリングがしたくてしょうがなくてね。でも、免許をとる前に、息子は死んだんだ。
"バイパスの狂気"に巻き込まれてね…。」
セイラ「‼」
おじさん「君の事情はボランティアの方から聞いたよ。とても辛かったそうじゃないか。そういうやるせなさがわかるから、全く憎めなくてね。なんなら、君に譲りたいんだ。息子の代わりに使ってくれないか?」
セイラ「そ、そんな…」
おじさん「あ、でも、ひとつだけ約束してほしいんだ。」
セイラ「何でしょうか…」
おじさん「こんどは、ちゃんと免許をとってから乗るんだよ。」
セイラ「…はいッ!!」
おじさん「それと、マネージャーのお姉さん、よかったらでいいんだが、私の代わりに、彼女とツーリングしてやってくれ。息子が喜ぶはずだから。」
千代「ええ、是非とも。」

5月12日(火曜日)

榎「お゛か゛え゛り゛ぃ゛ぃ゛い゛い゛い゛‼」
セイラ「悪かった、悪かったから放してくれ‼」
校門前で、榎に前から、真姫に後ろから抱きつかれてサンドウィッチにされてしまった。
真姫「もう放さないからね~」
セイラ「いやいや、放してくれないと困る」
桜倉「そのへんにしといてやれ。」
桜倉の手によって、無事引き剥がされる。
みるく「とにかく、無事で良かったの~」
桜倉「そうだな。」
マリ「まったく、余計な心配かけさせるんじゃないわよ‼」
セイラ「ごめん…」
凶子「容態はどう?」
セイラ「おかげさまで、なんの問題もないッス。」
檀「よかった~。」
電子「セイラッ」
セイラ「はいっ」
電子「一昨日は…ごめんな、デリカシーがなくて。」
セイラ「いえ、先輩のせいじゃないッスよ。」
凶子「電子がデリカシーのない発言をするのはいつものことだし。」
電子「なんだと~?」
檀「ふふふ、いつもの日常が帰ってきたわね。」
電子「あぁ、お、おう。」
凶子「さぁ、さっさと行かないと、みんな遅刻になっちゃうわよ。」

千代は相変わらず授業をまともに受けない。
千代(このプリント使い回しじゃん…)
前回の回答を写し取って、スマートフォンを取り出す。
延々と人事ゴシップを流して一喜一憂するワイドショーを、イヤホンを着けて見ている。
そこへ、真っ赤なテロップで、『緊急速報』という文字が流れる。
千代の眉がピクリと反応する。
ニュースキャスター「…ッ!!速報ですッ、速報が入りました。"マカアラシ"の延長と思われる少女の遺体が発見されたようです‼遺体は、"旋風高校一年、茅ヶ崎美樹さん"と見られていますが、頭部が見付かっておらず、DNA鑑定の…」
じっとしてなどいられなかった。
先生「藤原さん?」
千代は立ち上がり、教室を飛び出した。
先生「待ちなさい‼どうしたのですか‼藤原さん‼」

行きを切らせて現場に駆けつける。
現場は駅の少し東側だった。
マスコミや野次馬が回りを囲っていてとても鬱陶しい。
警官「みなさん、もう少し下がってください‼」
少女「お姉ちゃん‼お姉ちゃん‼」
警官「こらこら、入っちゃダメだってば。」
少女「みー姉ちゃん‼」
美樹の妹と思わしき少女が警官に腕を捕まれていた。
千代は能力を行使して、警官の横を素通りする。
最近、能力を行使している間は、カメラにも映らないことも出来るようになったので、マスコミを気にする必要もない。
千代は、鑑識に囲まれた遺体のもとへ行く。
報道通り頭部がなく、うつ伏せになって倒れていた。
断面はとてもきれいなもので、超能力だろうなと容易に推察させた。
ショックに胸がズキズキと痛むし、遺体を見慣れているわけではないので、吐き気もする。
だが、目をそらせないものがあった。
それを、千代はスマートフォンで撮影する。
超能力は、無能力者に見えないだけで、撮影できる。
美樹が、キャストを使って遺してくれた、超能力者にしか伝わらないダイイングメッセージを、しっかりと確保した。
『超能力を2つ以上保有している 気を付けろ』
撮影したとたん、そのメッセージは消えてしまった。
これで、"茅ヶ崎美樹"の"生"はすべて無くなったことになる。
千代「絶対に見つけてみせる…」
悲しみと悔しさと怒りで、強く拳を握りしめた。

─────────────

野鳥花「奴らの目的が、さらにわからなくなってきタ…」
 「今までは、書庫やコンピュータを狙っていたのに、何故?」
 「なんで頭だけもってったんだろ。」
 「私怨か?」
 「奴らとは関係なかったりするんじゃ…」
 「×××は見てなかったの?」
 「えー、私は×××先輩みたいに録画したり出来ないし、同時に2つ以上見れる訳じゃなくて、切り替えてるわけだし…」
野鳥花「クソ、あいつら、何をたくらんでいル…‼」
 「あ、そくほーですけど、前々から色々嗅ぎ回ってる人たち居たじゃないですか。
どうやら、奴らを追っているみたいですよ。」
野鳥花「利用価値はあるカ…」
 「で、野鳥花さんが大事にしてる娘も、その仲間みたいです。」
野鳥花「…やはりカ。それなら、やりようがありそうだナ。」
 「おや、野鳥花さん直々に?」
野鳥花「スカウトの時はいつもそうだろう。」
 「ここ最近、多忙ですね。」
野鳥花「まったくだ。いつもはヒーローごっこの相手してるだけでいいっていうのに。」
 「…いってらっしゃい」
野鳥花「うむ。」