DAI-SONのアレやコレやソレ

創作ライトノベル、「ハーミット」「愚者の弾丸」「ハーミット2」を掲載。更新停止中です。

「ハーミット2」 ACT.5 回り道・閉じる瞼

セイラ「ハァーッ、ハァーッ…」
顔をつたい、大粒の汗が顎から落ちる。
マリ「ごめん、私のせいで…」
セイラ「ハァ、ハァ…いいんだよっ、別に。陸上部はヤバイことに首突っ込んでんだ。今更だよ。」
マリ「ありがとう。ところでここは?」
セイラは背の高い木製の塀にもたれ掛かっていた。
セイラ「ヒメん家だよ。夜道は危険だから、一番近い知り合いの家に運んだって訳だ。あてもなく走ってた訳じゃないんだぜ。」
警察署は北側の団地の外れにある。
そこから一番近いのは、ここ、龍門流の道場だった。
マリ「あの小動物みないな娘がこんなゴツい家に住んでるなんて、信じられないわ。」
道場は、瓦屋根と木造の佇まいがいかにもといった風貌だ。
セイラ「なにいってんだよ。このまんまの性格だろ。」
マリ「そうなの…?」
セイラはセーラー服でごしごし顔の汗を拭う。
マリ「ちょ、タオルくらい使いなさいよ。」
セイラ「いーだろ別に。」
マリ「よくないわよ。年頃の女の子がお腹見せて顔拭いちゃダメでしょ。」
セイラ「誰も見ちゃいねぇよ。」
インターホンを押すと、真姫の父親(龍門流師範代)が出迎えてくれた。
セイラは以前から交流があったため、かいつまんで(超能力のことはごまかして)事情を話すと、泊めることを快諾し、真姫を呼んできてくれた。
真姫「そんなことが…」
マリ「ごめんなさい、一日中騒がしくて…」
真姫が焼いていた新作のクッキーをつまみながら、先程の襲撃について、真姫の部屋で話した。
真姫「『魂』をいただく…ねぇ。なんてオカルトチックな。」
セイラ「つか、厨二病拗らせ過ぎだろ。」
マリ「でも、冗談じゃすまないわよね、あの"鉄芯を射ち出す"能力。」
セイラ「こっからは先輩たちの領分だな。鉄芯とかいうのは、私には見えなかったし。」
真姫「だねー。」
真姫はクッキーが無くなった器を下げに部屋を出る。
セイラ「で、よ。」
マリ「なに、急に改まって。」
セイラ「いや、デリケートな話、あのお姉さんとお前は、その…どんな関係だったんだ?」
マリ「あー、いや、ただのいとこよ。」
セイラ「そんなわけないだろ。あんな叫んでたのに。」
マリ「それがね、私が小学生の時に失踪したあと、1度も会ってなかったから、よくわからないの。」
セイラ「大変だな。平凡な感想だけど。」
マリ「うん…しかも、失踪したあとに始めて目にしたとき、アイドルになってたなんて、ワケわかんないし、会ったら会ったで超能力者になってるし、ついていけないわ。」
セイラ「アイドルぅ?」
突拍子もないことに、すっとんきょうな声を上げる。
マリ「そうよ。」
セイラ「どの?」
マリ「今、世間で最も人気のアイドル、"モリンフェン"は知ってるでしょ?」
セイラ「知ってるもなにも、大ファンだぜ。マイナー時代から追い続けてるからな。私がツインテールにしてるのもリスペクトしてるからだし。あ、まさかとは思うけど…」
マリ「一目見たときわかったでしょ。あんな奇抜な髪色の女なんて一人しか居ないわよ。」
セイラ「嘘ッ‼?お前"ノディ"のいとこなのぉ~ッ‼」
マリ「声がでかいわよ‼もう夜よ‼」
真姫「えーーーーー‼ほんとーーーーー‼?」
ちょうど戻ってきた真姫が、セイラと共鳴する。
セイラ「おま、これ、ヤベェよ…ヤベェよ……。…ヤベェよ‼」
真姫「わーー、なんかもう、あぅわーー‼」
マリ「浮き足立たないの‼私は本人じゃないんだから。」
セイラ「悪ィ悪ィ…」
真姫「じゃあ、ノディの本名は…?」
セイラ「錠前野鳥花…ってことか…フフ…一般のファンが絶対知り得ない情報を手にしてしまった…」
マリ「もしもーし、真面目なハナシー。」
セイラ「すまん。」
真姫「でも、守ってくれたんでしょ。悪い人にはなってないから、問題は男の人の方だけだと思うけど…」
マリ「うーん、じゃあ、なんで突き放されたんだろう…」
セイラ「そりぁ、お前の身をあんじてくれたんだろ。」
マリ「そう…かな…そうだといいんだけど…」
真姫「きっと、ノディがゴーストメンバーなのは、ああやって町を守ってくれているからだよ。」
セイラ「アイドルでヒーローかぁ…良い…」
マリ「たぶん、あの男が犯人なんだろうし、野鳥花姉がぜんぶ終わらせてくれるよね…。」
セイラ「なんであいつが犯人なんだ?」
マリ「その疑問が答えよ。"私には見えてセイラには見えないスコップ"を持ってた。スコップもちの超能力者なんて、他に探す方が大変じゃない?」
セイラ「そっか…、目ぇつけられてたらやだなぁ。」
マリ「あー…」
真姫「う~ん…」
セイラ「後で先輩たちに言っておこう。北団地にはあまり近づきたくない、と。」
マリ「もうちょっと特徴がわかればよかったんだけど、マントを被った男という抽象的なものだから、マントを脱がれたらお仕舞いね。」
真姫「これからは、北団地の情報中心に活動すれば、楽に見つかるかも。」
セイラ「そうだな…あぁ、疲れた。寝よう。」
真姫「布団は用意できなかったから、私のベッドに一緒に入るか、床で寝るかになるけど、いい?」
マリ「急だものね、私は床で寝るわ。」
セイラ「マリさ、何処でも寝られるタイプなの?」
マリ「むしろ真逆。自分の家じゃないと寝付けないの。寝落ちするまで起きてるから、床でいいわ。」
セイラ「マジか~…でも、私は何処でも寝られるタイプだからさぁ、マリがヒメと寝なよ。」
マリ「別に誰かしらベッドに入らなきゃいけない訳じゃないでしょ…」
セイラ「ヒメをだっこして寝ればよく眠れると思って。」
マリ「なんでよ」
セイラ「いいから入りなよ」
真姫「つらそうな顔してるよ」
マリ「えっ…」
真姫「不安なんでしょ?私をノディだと思って一緒に寝よ?アイドルではないけど。」
マリ「気を使わせちゃったのね。」
真姫「いいんだよ。友達だから。」
マリ「ありがとう…」

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5月9日(土曜日)

千代「間違いないんだね?」
土曜日の放課後も部活で集まることは珍しくないが、今日は緊急召集という形となった。
無理もない。連続殺人の犯人と仲間が接触したとあらば、心配にもなる。
マリ「ハイ。青白いスコップを持ってました。セイラには射出していた鉄芯ともども見えなかったみたいなので、ほぼ確実かと。」
セイラ「やせ形の男で、身長は…高い方だと思うッス。フードつきのマントを纏っていて、顔を隠していました。声は低くはないッス。」
千代「なるほど…ならこれからは、"比較的長身の男性"に絞って探せるね。」
枷檻「そうと決まれば生徒会だな。」
榎「どうしてですか?」
枷檻「生徒会は最凝町の治安について定期的に調査してて、このへんは最近事件が起きたので近づいちゃ行けませんよーっていう注意喚起をやってンだ。」
檀「ま、本格化したのは"バイパスの狂気"があってからなんだけどね。それまでは、"超能力の氾濫"の影響で行方不明者こそ出ていたものの、件数が少なかったから"うちは大丈夫"みたいな感覚で、形式上だけでやってたのよ。」
凶子「"超能力の氾濫"は政府も重い腰を上げるほどの大事だったから、野次馬が現場や超能力者当人に寄らないように、あえて詳細を報道しなかったんだけれど、逆に得体の知れぬ恐怖をむやみに撒き散らしてしまって、情報操作が上手く行かず、信じる信じないがパックリ割れて、結果、超能力を信じるがわが焦って作ったずさんなシステムがそこいらに転がるようになったのよ。」
桜倉はホワイトボードに箇条書きで要件をまとめて行く。
全員が、その少ない情報とにらめっこする。
桜倉「そういえば、超能力の氾濫というわりには、発生例が少なすぎませんかね。全国各地で見つかっているとは言うものの、たかが十数件でしょう。」
摩利華「それは"政府が発見して、なおかつその存在が証明された例"のみだからよ。嘘つきにはなれないものね。」
電子「なんだよ、政治家の嘘なんてよくあることじゃないか。もしかしたら、もうエスパーセキュリティチームが発足されていたりして…」
凶子「それはないわ。もしそうだとしたら、すぐに駆り出されて、交戦しているはずだもの。」
電子「ぐぬぅ…」
セイラ「もしかして、ノディがそうなんじゃ…」
凶子「そっちの線は近いかもしれないけど、単騎で交戦するというのは、いささか確実性に欠けると思うわ。」
マリ「ええっ、今、国と関わってるから突き放したのかなって納得しようとしたのに…」
千代「そっちの方も別件で調べておかなくちゃね。」
みるく「ところで、土曜日って生徒会やってるの?」
土曜日の授業はだいたい午前で終わる。
生徒たちは遊びたいため、委員会の活動も平日によせて、土曜日の放課後をフリーにしているところは多い。
凶子「ええ、むしろ土曜日に調べものをして、それを月曜日に掲示板に張り出すのよ。
今行けば、フレッシュな情報が聞き出せるわ。」
檀「じゃ、生徒会室へゴー‼」

生徒会長「あら、女子陸上部じゃない。揃いも揃ってどうしたの?廃部は阻止されたわけだし、部費なら満足行くまで捻出したつもりだけど。」
生徒会室の扉を開けるなり、PCから目線を外さずに軽口を叩かれる。
そんな生徒会長だが、生徒会では…いや、校内ではひときわ目立つ。
身長119cm、黒髪ロングで、つり目だが愛らしい顔立ち、小さな手でせわしなくキーボードをうつ。
彼女は"ハイランダー症候群"という先天的なもので小学生の頃から体の成長が止まっている。
そのため、だれかしらの妹が生徒会室に匿われていると言われても、何の違和感もないレベルの幼い容姿なのである。
しかし、頭はいい方で、気が強く、生半可な気持ちで罵りにかかれば、逆に圧倒されてしまうほど。
性格はクソがつくほど真面目なので、そんな鉄の乙女が取り仕切るこの生徒会は、他校の生徒会のようにたゆんではいないのだ。
電子「いやいや、かいちょー、実はさぁ、うちの部員が"マカアラシ"の犯人に出くわしたって言うから、ちょっと情報交換したくて…」
生徒会長「本当か‼?」
ネットスラングの『ガタッ』を模範的に体現する。
マリ「は、はいっ。私がそうなんですけど…」
今まで集まった情報をひととおり伝えた。
生徒会長「…ふむ。警察ではなく生徒会に持ち込んだのは、ちょうにょうりょくが関わっているからだな。」
余談だが、脳の成長と体の成長に齟齬があるため、舌っ足らずなしゃべり方をする。
電子「ぶっ」
生徒会長「笑うな」
電子「超能力」
生徒会長「ちょうりょうにょく」
電子「ぶっ」
生徒会長「殺すぞ」
凶子「殺人鬼に殺されるよりいいんじゃない?」
千代「脱線しないでください。」
生徒会長「そうだな。で、襲われたのは北団地あたりと言ったな。」
マリ「はいっ。」
生徒会長「これが、最近北団地で起きた騒ぎのリストだ。」
棚に置かれているクリアファイルのうち、"2020 /4"と書かれたファイルを取り出す。
そして、その中から、芯を使わないタイプのホチキスでまとめられたコピー用紙の束を渡される。
生徒会長「コピーを取ったらすぐ返しに来るように。」
千代「ありがとうございます。」
紙束の量はそう多くはなかった。
斜め読みにペラペラめくっていくと、小さな騒ぎが大半だった。
ただ一件を除いては。
千代「これは…」
生徒会長「うむ。私もそれが怪しいと思う。
なにより、ちょうにょうのくとしか思えない壁の傷や物証が見つかっている。鉄の棒こそ見つかっていないが、ちょうおうにょくを持っていない人が発見したとするなら妥当だ。」
電子「ううっく…ぶふっ」
凶子「くっ…」
生徒会長「わ・ら・う・な」
電子「バリエーションつけてくるとか反則だろ…」
千代「先輩」
電子「はい」
千代「明日、この件について調べてみたいと思います。」
生徒会長「頼む。」
枷檻「明日、一年組には待機してもらいてぇが、マリとセイラは犯人の見た目を肉眼で見ている以上、特別に参加してもらいたい。」
セイラ「マジッスか?絶対目ェつけられてるッスよ‼」
千代「あまり倫理的な策ではないけど、誘き出した方が効率的なわけだし、セイラちゃんは走って逃げ切った訳でしょ?」
セイラ「いや、あんときはノ…ゲフンゲフン、女の人が助けてくれたからで…」
余計な騒ぎは避けたいので、アイドルが助けてくれたからなどとのたまうことは控えた。
摩利華「あんまりみんなと離れないようにしなくちゃいけませんわね。」
マリ「ええー…三年生の皆さんには任せられないんですか?」
檀「ごめんね~…私たち、見えるんだけど、まだ発現してないんだ。
一応付いてはいくよ。能力が発現するきっかけになるかもだし。」
凶子「本当は嫌だけれどね。デスクワークがいいわ。ピンチになったら能力が目覚めるなんて、ファンタジーの世界だけよ。」
電子「は~?普通に生きてて発現しねぇんだから、刺激を貰うしかないだろ。」
凶子「それで死んだら元も子もないけど。」
セイラ「まったくですよ…私に至っては発現の見込みもないのに。」
凶子「でも、行かなくちゃならないわけはあるのだけどね。」
セイラ「なっ、なんでですか。」
マリ「北団地は迷宮じみて狭い通路が多いのよ。だから、人は一人でも多い方がいい。」
セイラ「マジかぁ~。北団地はいっつも避けて通ってるから気づかなかった…」
生徒会長「くれぐれも死なぬように。」
千代「わかってます。」
電子「こわいもんな、超能力。」
なあ、と生徒会長に視線をおくる。
生徒会長「えすぱー」
電子「逃げるな」
生徒会長「用が終わったのなら出ていけ。
暇なわけではないのだ。
有用な情報がもらえると思ったから…」
電子「わかったわかった。
無理すんなよ、かいちょー。」
開けっ放しの出入口から一年生組を押し出す。
生徒会長「数時間のデスクワークでへばるほどへなちょこではない。」
千代「失礼しましたー。」
生徒会長「あっ、藤原、お前。」
わらわらと生徒会室を出て行くのを呼び止められる。
千代「?」
生徒会長「お前、カッとなると手をあげるだろう。うちの生徒を殺さないでくれよ。」
千代「はっ、はい…」

────────

野鳥花「取り逃がしタ」
 「見てましたよ、鬼丸さん」
 「どんなやつだったんです?」
野鳥花「鉄の棒を飛ばしてきタ」
 「なんかパッとしなかったですよね」
 「しかし、弱くはないな」
 「仲間に引き入れる気は?」
野鳥花「駄目だ駄目ダ。あまりにも目立ちたがりダ。」
 「そういえば、もう一人超能力者がいましたよね。歯車の形のヴィジョンが見えました。」
 「男か?」
 「いえいえ女の子ですよ、私と同い年くらいと見えました。旋風高校一年生の制服のリボンでしたから。」
 「あそこは制服自由制だけどな」
 「で、あの子は引き入れる気、あるんですか?」
野鳥花「いや、なイ。」
 「えー、何か喋ってたじゃないですか。遠すぎて聴こえませんでしたけど。」
 「思想が違うだけだろう」
野鳥花「そうだナ…あの子は、こっちへ来てはいけないんダ。」

─────────

5月10日(日曜日)

北団地…ラブホテルと廃ビルが多く、それをやっかむように頭でっかちな高層ビルが生い茂ってる。
中途半端に開拓された旧市民の墓場は、異質なマーブル模様を描いたゴロツキの縄張りの陣取り合戦の会場となっていた。
しかし、そんな道を、平民を伏せて進む大名のように堂々と進む者が居た。
ゴロツキ「へへ、お嬢、ひさしぶりッスね。」
枷檻「薄汚ねーこそ泥みたいな真似はもうしてねぇよな?」
ゴロツキ「やっ、ラブホテルの清掃員として働いております。」
枷檻「ご苦労。」
以前の戦いで、そのマーブル模様を一色に染めたため、二年生組はすっかりゴロツキどもを牛耳る令嬢扱いだ。(今日は摩利華は待機しているが。)
ここ最近、盗みに入られる心配が減ったのか、コンビニが一軒建てられ始めているそうだ。
しかしながら、最凝町全体で見ても、この区域での事件事故は多い。
だから、時々見に来てやる必要がある。
もっとも、今回は用事があったため、一石二鳥といったところだが。
ゴロツキ「ここも、みんながみんなお嬢に洗われた訳じゃあありやせん。なるべくは我々で問題を潰そうと努力はしています。最近は警察の方とも、いい意味で会うことが増えましたし。」
枷檻「通報して会ってるってことだろ?結局なんか起きてるってことじゃねーか。」
ゴロツキ「はっ、我々が至らぬばかりに…で、今日は如何なる御用件で?」
千代「えっと、この件についてなんだけど。」
生徒会の資料をコピーしたものを渡す。
ゴロツキは老眼なのか、紙を前後させて読んでいる。
ゴロツキ「ほー…現場は…ふむ、案内できますよ。騒ぎについては、ここの日常みたいなものなので、どれがどれだかさっぱりですけど。」
千代「犯人は現場に戻るってよく言うし…行こう」

よく、教材のワークで、赤い半透明のシートを使って答えを隠すギミックが存在する。
ゴロツキはその赤いシートの向こう側、千代たちには見えない道しるべをたどり、か細い迷宮を、餌を求めるモルモットのように進んで行く。
ゴロツキ「ここ、ここ。」
指差す方を見ても、今まで来た道と何が違うのか分からないくらい何でもない場所だった。
しかし、目を凝らしてコンクリートのビルの側面の壁を見ると、何か小さな物が壁にぶつかった痕がいくつもついていた。
セイラ「もしかして、銃か?」
凶子「銃ならもっと力があるはずよ。何か別のものだわ。」
壁の痕はどれも浅く、目立たないものだった。
ゴロツキ「なにか、お役に立てましたかね。」
枷檻「役には立ったさ。これからは私たちの腕次第って訳で。」
ゴロツキ「それでは、仕事の支度があるので、これで失礼します。
あ、道に迷ったときは、あの薄茶色いマンションを目印にすれば、団地の外れに行けますので。」
枷檻「オーケー。」
ゴロツキは細い道へと消えて行く。
マリ「どこまで信用していいものなのかしら…」
檀「ン‼ちょっと来て。」
現場の撮影を行っていた檀は、なにかを見つけた。
枷檻「パチンコの玉だな。」
千代「ちょっとセイラちゃん。見える?」
セイラ「ええ、見えますよ。ここにめり込んでる小さな玉ッスよね。銃弾ではないっぽいッスけど。」
凶子「超能力ではないみたいね。」
電子「そうか?パチンコ玉を何らかの能力で射出した可能性だってあるだろ。」
凶子「あら、珍しく冴えてるのね。」
電子「もっといい褒め方があっただろうに。」
???「おいっ、お前ら、そこで何してんだ。」
突如、入ってきた方から声がした。
こちらとはそう年が離れていなさそうな少年だった。
歯が1つ欠けていて、不良っぽく、あまり頭が良さそうではなかった。
枷檻「何って調査だよ。」
少年「何のだ…?」
電子「最近起きている事件について、ね。」
少年「あ~。でも、ここでは殺しは無かったはずだぜ?」
電子「また死人が出てからじゃ遅いだろ。」
少年「そーだな。でも、そういうのって警察がやるもんじゃねぇの?」
千代「野次馬みたいなものだよ。学校新聞にでものせようかなってだけのものだよ。」
少年「ンなんだ、そうなのか。」
千代「ところで、ここ最近、この近くで何か騒ぎはなかった?」
少年「さぁ…全然。小競り合い程度ならそこいらであるけどよ。」
千代「そう…」
少年「あっ、そうだ。」
少年は両手をポケットに入れ、右手で何かを取り出す。
少年「ここを徘徊するなら、これを持っておけよ。」
少年は何かを握った手を突き出してきたので、電子は下に手を広げる。
すると、500円玉が7枚落ちてきた。
電子「───────って、現金じゃあねぇかッ」
凶子「どうしてまたお金なんて。」
少年「このへんの商店はボッタクリ価格にしやがっている店がある。どうしてもってとき、足しにするといいよ。」
枷檻「心配してくれるのはありがてぇが、あいにくそんなに弱くはねぇよ。」
少年「でもよぉ、一人一枚、お守りだと思って持っててくれよ。道に迷わないようにって。」
マリ「なにか、恩を着せようとしてんじゃないでしょうねぇ。」
少年「人聞き悪ィな。か弱い女の子だと思って心配したってのに。」
すると、聞きなれない着信音がなる。
少年は今時時代遅れな、所々塗装の擦り剥げたみすぼらしいガラパゴスケータイを取り出して、電話に出た。
少年「もしもし、アニキ?…あぁ、うん。すぐあとに…うん。わかったよ。」
ふう、とひとつため息をつくと
少年「呼ばれちまったから、バイバイな。」
と言って駆け足で去ってしまった。
電子「あ、おおい。…サンキュな。」
ぐっ‼と親指をたてる。
凶子はそんな電子の頭をぺし、と叩く。
凶子「カツアゲに来た訳じゃないのよ。」
電子「わかってるよぉ~。」
千代「その500円玉、ちょっと見せてください。」
電子「やらねぇぞ」
凶子はもう一撃、電子の頭にたたきこむ。
電子「冗談、冗談だってば。」
マリ「なんか変なんですか?」
千代はすべての硬貨を手のひらの上に並べる。
千代「7枚とも、年号が同じだ。」
すべて、平成9年と記されていた。
セイラ「そうッスね。でも、それがどうかしたんスか?」
千代「いや、どうでもない。何の変哲もない、ただの500円玉だね。」
少年の気持ちを不意にするのもよくないので、全員に1枚ずつ渡す。
凶子「安全ってことね。よかったわ…ん?」
なんとなく、他になにか犯人へのヒントがないかと見た頭上。
目を凝らすとビルの3階あたりの窓のへりに、鳥がとまっていた。
凶子「鳥がいるわね。」
マリ「ん、そーですね。」
枷檻「珍しいな、黄緑色だ。」
檀「あれ?なんか変じゃない?」
電子「なんかおかしいなあ。」
千代「なんかどころじゃあないッ‼あれ、クチバシも瞳も無い‼」
セイラ「さっきから何の話ッスか?"鳥なんて居ない"じゃないッスか。」
マリ「じゃあ、あれは‼」
千代「超能力ッ‼」
鳥はこちらの反応をうかがったあと、すばしっこく飛び去った。
枷檻「追うぞ。」
ビルの隙間から、車が通れるほどの道に出ると鳥は群れだということに気が付いた。
群れは合流後に、すぐに散開してしまった。
千代「手分けして能力者を探そう。少なくとも、あれは友好的ではない。」
枷檻「見失ったら、オッサンの言ってたビルのたもとに向かうんだ。」
凶子「セイラは電子と同行して。見えないだろうし、電子はいざというときトロいから、担いであげて。」
電子「ムカつくが、今はとやかくいってる暇は無さそうだ。」
檀「本体を見つけたら、すぐに接触せず、LINEで報告すること。」
マリ「わかりました‼」
千代「危険と感じたらすぐに撤退すること。命よりも大事なものはないからね。無事を祈る‼」
電子「行くぞッ」
セイラ「はい‼」

マリ『見失いました(´・_・`)』
凶子『私も見失った』
檀『追い付けない。・゜・(ノД`)・゜・。』
千代『追えない方に撒かれた。』
LINEには、失敗の報告がいくつも入る。
千代「空飛ぶ相手じゃ、どうしようもないか。」

電子「ああっクソ、あっちだあっち。」
セイラ「は、はいっ」
セイラは整った呼吸で走っているが、電子は息を乱しながら、汗だくになってへーこら走っている。
電子「あぁ、突然加速する能力とかあればなぁ…」
セイラ「ちょっと待ってくださいッス。」
電子「なんだっ、見失うぞ。」
セイラ「なんか、聞こえてこないッスか?」
電子「知るかそんなもん。」
セイラ「やぁ、でも、たしかに聞こえますって。」
たんっ、たんっと音が聞こえる。
チッというような舌打ちではなく、舌を口の上側で弾いてならすような、軽快な音が聞こえてくる。
それは、メトロノームみたいに等間隔で鳴っていて、その乱れのなさが妙に気になってしまう。
セイラ「だんだん近づいてるッスよ‼」
電子「いっしょにすませられるなら都合がいい‼」
角を曲がると、男が立っている背中が見えた。
その周りには、数人の男が横たわっていた。
たんったんっ
音の正体はその男だった。
電子「ハァハァ…おっと、鳥を追っている場合では無くなったな。」
たんったんっ
男「汗の臭いがきついな…人が二人…匂い的に、女か。」
男は目隠しをしていた。
無精髭を生やしていて、ウェーブをうった黒髪が錆び付いてゴワゴワしている。
男「片方は…小柄だが、筋肉質だな。もう一方は、比較的グラマーだが、戦いには不慣れだろう。」
たんったんっ
と、舌を鳴らしながら、ほくそえむ。
電子「なんだ?透視か?」
たんったんっ
セイラ「ン‼違うッスよ。あれは"エコーロケーション"ッスよ。」
電子「は?」
男「ほう…よく知ってるな。」
"エコー・ロケーション"
本来ならイルカなどが使う技術で、自ら発した音の反響を専用の器官で関知することによって、障害物の距離、大きさ、形を"見る"事である。
人間においてこの技能を習得した前例は僅かに存在する。
電子「何でもいいけどよ、ここで何してたんだあんた。」
男「"復讐"さ。」
電子「なっ…」
男「俺が苦労して"エコーロケーション"なんて、まどろっこしいことをやらなくちゃあいけないのは、こういうやつらがいるせいなんだよ‼」
足元で伸びている大柄な男を蹴り転がす。
その男には、たくさんのパチンコ玉がめりこんでいた。
セイラ「うっ」
電子「なるほど、生徒会が見つけた騒ぎは、お前が起こしたものなのか。」
先ほど見た現場の壁にも、パチンコ玉がめりこんでいた。
芸が同じなのだ。
男「そうだ。数件こんなことをしている。
俺が光を失ったのは‼こんなやつらがいたからさ‼」
男は横たわっている男の顔を何度も踏みつける。
男「こんなッ こんなやつッ‼グズがよぉ~‼」
電子「おい、やめろっ」
男「止めないでくれ…」
目隠しをしているはずなのに、睨み付けられたような気がして、電子は身がすくんでしまう。
男「"復讐"が終われば、失った何かを"取り戻せる"気がするんだ…」
男は二人に背を向けて歩き出す。
男「それと、このグズどもを警察に突き出しておいてくれ。俺がこいつらを憎んでいた理由がわかる筈だ。」
おい、待てよ。
そんな台詞が電子の喉につかえた。
呼び止めたって何になる。
自分はただ、警察に通報して、みんなに起きたことを伝えればいい。
電子「無力だ…」
うなだれる。
セイラも同じように俯いて、ただ、立ち尽くしていた。
セイラ「失ったものが"取り戻せる"だって…?本当にそんな方法があるなら、私が教えてほしい。」

千代『あとは私たちが追う』
  『二人ともお疲れさま』
枷檻『一応、うちのプロトタイプの対超能力部隊も派遣して、どれだけ役に立つか実戦試験運用してみる。』

夕焼けがビルの脇腹を焼き焦がす頃、三年生組とセイラとマリは撤退させた。
枷檻「班ごとに大まかな捜索区域を設定した。発見し次第信号弾を打ち上げ、他の部隊を召集すること。」
対超能力部隊「「「了解ッ‼」」」
枷檻「散開‼」
対超能力部隊「「「出動ッ‼」」」
千代「枷檻ちゃんのカリスマがすごい。語彙力死亡のお知らせ。」
枷檻「親父に比べたらまだまだだよ。今の私は掛け声をかけてやっているだけだからな。」
千代「鳥の件は…ごめんね。」
枷檻「本題はこっちさ。私たちも行くぞ。千代はこのへんをお願い。」
千代「了解。あ、そうだ。後輩も居ないし、久しぶりにあれやらない?」
枷檻「あれ…あれ?あれってあれ?」
千代「そうそう。」
枷檻「しゃあねぇなぁ。」
千代「せーのっ」
二人「「ぱにゃにゃんだ~‼」」
力強くハイタッチし、二手に別れる。
黒きマントが仄暗き闇を突き進む。

マリ「今日もどっぷり疲れたわ…」
癖で時間を確認するが、もうキリキリ生きる必要はないんだっけと、ため息をつく。
マリ「男にシッポ振るのももう止めにしよう。」
呑気に伸びをする。
マリ「あっちは先輩たちがなんとかしてくれるっていうし、帰ったらだらしなくソファーに横たわりたいわ…泥のようにべったりと…」
「マリ…」
マリ「…!!?」
突然聞こえた声に、必死でその主を探す。
そうするのも無理はない。
その声は、昨日再開した野鳥花のものだったからだ。
マリ「野鳥花姉、野鳥花姉‼居るのッ!!?どこ…どこなの…?」
涙をこぼしながら、くしゃくしゃの顔で野鳥花の姿を探す。
野鳥花「ここだヨ。そんなに必死に探さなくても良イ。」
マリ「野鳥花姉…ううっ…」
マリは野鳥花に抱きつきたくてしょうがなかった。
父親との辛くて悲しい生涯、唯一の心の支えになってくれた従姉のその姿を、偶像でも夢でもなく、目の前に捉えているのだから。
野鳥花「こっちに来てはいけなイ。」
マリ「──────!!?」
ピシャリと、温もりへ向かう純心は制止される。
マリ「どうして…。」
野鳥花「お前は、これ以上超能力と関わってはいけなイ。」
マリ「なんでよ…。」
野鳥花「お前のことが大事だからダ…」
マリ「心配してくれてたんだね…でも、へっちゃらだよ。だって」
野鳥花「関わるなと言っていル‼」
マリ「ッ!!」
野鳥花「お前は、好きなものを食べ、友人とくだらないことをして遊び、日が高いと昼寝をしたりして過ごしていればいいのダ‼社会に何の役にもたたず、無駄に過ごしていればいいのダ‼もう、誰のためにもならなくて良イ‼無駄なことをしていいんダ‼」
野鳥花は背を向ける。
野鳥花「もう、誰もお前を束縛したりはしないかラ…」
マリ「そんなッ…野鳥花姉はそんな一方的じゃなかった‼野鳥花姉は自分が傷付いてるのに、ずっと私の愚痴を聞いてくれた‼野鳥花姉は裏庭に私と隠れて、ずっと手を握ってくれてた‼野鳥花姉は…野鳥花姉は…‼」
野鳥花「それでも、幼いお前を置いて、一方的に逃げたのは私だヨ。」
マリ「そんなの、どうだっていい…」
野鳥花「良くないサ。私は、マリほど強くはなイ…。」
マリ「野鳥花姉ッ…」
母を求める赤子のように、寄って両手を伸ばすマリの顎を、野鳥花は右手で挟んで受け止める。
野鳥花「おやすみ」
その言葉を最後に、野鳥花は、何かに引っ張られるように遠退いていった。
マリ「ずるいよ…」
最後に野鳥花は少しだけ、昔のような優しい笑顔を見せたのたった。

枷檻「あっちか!!?」
枷檻は、肝心の信号弾を、自分が持っていなかったことに舌打ちする。
枷檻「千代に笑われちまうな。」
飛来する石ころを避けるのにも一苦労だ。
トラップなのかとばっちりなのか、"目"の模様がついている石ころに"突進される"。
動きがまっすぐなので、目の模様の視線の先から逃れれば大したことはないが、いかんせんスマートフォンを楽に操作できる環境とは言いがたい。
枷檻(私の能力はもうすでに発動している。だが、ちゃんと効果が出ているか目で見て解らないからな…)
バチバチと、壁に固いものがあたる音が近づく。
枷檻が男の姿を捉えた時、急にその音は途絶える。
枷檻「遅かったか…」
たんったんっ
舌を鳴らす音が響く。
男「昼とは違う小娘か。」
たんったんっ
男「クク…今日は随分モテる日だ」
枷檻「何故こんなことをする。」
男「"復讐"だよ。何人にも説明するのは疲れるな。」
枷檻「そうじゃない。何に対しての復讐なんだ。」
男「さっきの奴の仲間だったか。」
枷檻「そうだ。」
男「この復讐は、俺の目が見えないことにも繋がっている。」
男は目隠しされているこめかみの辺りをトントンと指で叩く。
枷檻「ほう。」
男「俺には最悪の親父がいた。ギャンブルクレイジーで、よく借金取りに追われていた。それまではまだ、救いようがあったんだろう。しかし、奴は親としてどころか、人の道も外れた。」
枷檻「ドラッグか。」
男「ご明察。そして、その金を工面するために、親父は何をしたと思う?」
枷檻「さあ、考えたくもないな。」
男「俺の角膜を売ったのさ。闇医者にな。幼かった俺にはなにもわからなかった。突然光を奪われた。それだけだった。」
枷檻「そこで伸びてるのはバイヤーか。」
男「そうだ。こんなやつさえいなければ。苦しむことなどなかったのだ。こいつらを始末すれば、奪われた日常が戻ってくると、そう思っての復讐なのさ…」
枷檻「それは辛かったな…」
男「ああ。悼んでくれるなら止めないでくれ。」
枷檻「いいや、尚更止めたくなった。」
男「ナニッ」
枷檻「人を傷つけたくない人間が人を傷つけている姿なんて…黙ってみちゃ居られねぇだろ。」
男「フン、綺麗事だ。」
男はウエストポーチから、たくさんのパチンコ玉を鷲掴みにして取り出す。
その一粒一粒には、さっきの石ころと同じ、目の模様が入っていた。
男「止めようとするなら、痛い目にあってもらうだけさ。」
パチンコ玉に睨まれる。
そのとたん、石ころとは比べ物にならない速さで突進された。
それは、銀玉鉄砲といっていいレベルの代物だった。
枷檻が前で交差させた腕と、腹部に数発受けてしまう。
枷檻「ぐっ」
男「じゃあな。危ないと思ったら、追うんじゃないぞ。」
たんったんっ
枷檻「間に合ったようだな。」
千代「呼んでたんだ。」
枷檻「ったりめーだ。」
男の周りには、一瞬にして部隊が陣を作っていた。
男「何の真似だ。」
枷檻「いやぁ、その復讐、請け負ってやろうかって言う、デモンストレーションだよ。」
枷檻の超能力は、"人と人を引き合わせる"、"待ち合わせ"の能力だった。
男「…」
たんったんっ
数を数える。
たんったんっ
物を見る。
男「何もんなんだ。お前。」
枷檻「この町が汚れていることを望まない者だよ。」
枷檻は、ポケットに手を突っ込む。
枷檻「あれ、500円玉が入ってない。」
先ほどパチンコ玉射撃を喰らったときに落としてしまったようだ。
男「───────500円玉?」
枷檻「おーあったこれこれ」
落ちていた硬貨を拾い上げる。
たんったんっ
男「お前ら、アキラに会ったんだな。」
枷檻「あきら?」
男「俺の弟分だよ。そのエラー硬貨は、あいつくらいか持ってない。」
枷檻「エラーなのか?これ。」
男「実は若干分厚いんだ。重量で判断する自販機には返される。」
枷檻「なんでこんなもん渡してきたんだ…?」
男「俺がこうやって活発に復讐を続けているから、"こいつらは関係ないやつらだから傷つけないでくれ"という、俺へのメッセージなんだろう。」
千代「優しい弟さんなんですね。」
男「なに、元々は俺と同じだったんだよ。アキラも、復讐を誓う男だった。」
枷檻「そうには見えなかったな。」
男「ま、そうだろうな。復讐なんぞするにはちと情がありすぎる。」
男は、ポケットから、500円玉を取り出す。
男「アキラはとってもかわいそうな奴だった。あいつが産まれたとき、両親は結婚してなかった。母親は、父親の家にアキラを置いて他の男とくっつき、高跳びした。父親は、アキラが甘えられる母が居ないことを可哀想に思い、ほどなくして他の女性と結ばれた。すべてが上手く行く。そう思っていた。
だが、父親が勤めていた会社は、不祥事を起こして倒産。父親はそれに共謀していたとされ、罰金刑にされた。それの真偽は不明だが、父親は未来に絶望し、ドラッグの誘惑に負けた。
優しかった父親が妻に暴力を振るうようになった。上の空になっている時間が増えた。通帳からはお金が溶けてなくなった。
ある日、アキラが学校から帰ると、父親は最高にキマッてる顔で、泡を吹きながら、妻の得意料理だったオムライスを左手で握りつぶして、こねていた。禁断症状だ。119番通報したが、手遅れだった。当たり前と言えば当たり前だがな…」
枷檻「吐き気をもよおすような出生だこと。」
男「だから、だからあいつもこの世を憎んだ。恨んだ。妬んだ。訳もわからず暴れていた。そんなあいつに、俺は出会った。
俺とあいつはおんなじさ。あいつの復讐は俺の復讐で、俺の日常はあいつの日常なんだ。」
男は拳を強く握る。
血管が浮かび上がり、怒りの模様を浮かべている。
男「さっき、代わりに請け負ってくれると言ったな。」
枷檻「ああ。」
男「これは、そういうんじゃ無いんだよ。お嬢ちゃん。正義とか治安とか、そんなんじゃあないんだ。」
千代「自己満足ですか。」
男「よくわかってるじゃねぇか。復讐ってのは、そういうもんなんだよ。」
千代「そうですね。復讐は、爆発する怒りや憎しみから生まれるものです。妬ましいものを破壊するまで止まないでしょう。」
枷檻「千代…」
男「だから、これ以上は…」
千代「だからこそ、私は止めます。」
男「なんだと…?」
男は構える。
同時に対超能力部隊の姿勢にも、再び力が入る。
千代「破壊で得られる満足や快感なんて、ドラッグと同じだから…」
男「!!?」
千代「気に入らないから、不幸だったから破壊してやるだなんて、そんなもの、ただのテロリズムだ。戦争をやるような奴の考え方だ。」
男「だったらなんだ‼」
千代「復讐の中で、戦争の中で、自分が正しいと麻痺していればいい。それとドラッグの何が違う。アキラくんをお前の破壊中毒の言い訳にしやがって。ヘドが出る‼」
男「黙れ‼テメェは失ったものの気持ちなんぞわからねぇだろうが‼」
千代「だからどうした。同情してもらえなきゃ暴れるのか。わかってやれないから差しのべられる手があると解らないかッ‼」
男「そ…んな…」
千代「母親が、泣いて帰ってきた息子を、何故抱き締めるかわかるか‼それは、"どうして泣いているか解らないから、その悲しみから我が子を少しでも楽にしてあげたい"という意志がはたらくからだッ‼」
男「そんなこと言われてもよォ~~~、今さら後に引けるかよ~~~~ッ‼」
枷檻「来るぞ‼」
男はウエストポーチに手を突っ込む。
アキラ「もう止めてくれ、アニキぃ‼」
千代たちの後ろから、大声で叫ぶ。
男「!!?」
パチンコ玉がバラバラと地面に落ちる。
アキラ「この娘たちまで傷つけたら、もう、何がなんだかわからなくなっちまうよ…」
男「アキラ…」
アキラ「もう止めよう、アニキ。この女の子たちの言う通りだ…あとは任せよう。」
男は膝から崩れ落ちる。
アキラは男に駆け寄る。
男「なあ、アキラ…俺は、間違っていたのか…?」
アキラ「うん。」
男「ハハ…」
涙声で、乾いた笑いを漏らす。
アキラ「でもよ。これからは間違えないだろ。」
男「まったく…お前は、情がありすぎるんだよ…」

電子「かあ~~‼取り調べキツすぎィ‼止めたくなるよ~通報ゥ」
セイラ「まさか、あの男たちがドラッグのバイヤーだったなんて、ビックリッスよ。」
あのあと、直ぐに通報した二人は、重要参考人として、取り調べを受けていた。
超能力でできた鳥を追いかけていたとも言えず、人探しをしていたと言ったが、大いに怪しまれて焦ってしまい、余計な時間を食ってしまった。
電子「市民として良いことをしたのに、休みの日の終わりを警察署で過ごすのはどうかと思います‼」
セイラ「まったくッスよ…えらいめに逢ったッス…」
すっかり日が沈んでしまった道を、靴音を響かせながら歩く。
団地の外れの道は静かで、まだ暖かくなりきっていない夜風が吹き抜けている。
セイラ「そういえば、早瀬川先輩」
電子「なんだ?」
セイラ「"失ったもの"って、どうやったら取り戻せるんッスかね。」
電子「なんだよ。あの男が言ったこと、気にしてんのか。」
セイラ「いや、その…」
セイラは言いよどむ。
視線も自然に下がってしまう。
電子「無理なんじゃねぇの?」
キッパリと言い放つ。
電子「時間と同じだよ。過去に進めないなら、失う前に進むことなんて、できやしないよ。」
セイラ「そう…ッスよね…」
電子「あ、私こっちだから。」
横断歩道の前で、電子は立ち止まる。
セイラ「あっ、サーセン。変な話に付き合わせて。」
電子「いいのいいの。じゃなー。」
セイラ「お疲れさまッス」
セイラは同じペースで歩き続ける。
セイラ「失ったものは、取り戻せない。わかってるよ。わかってたよ、そんなこと。
ないものはない。無いんだ…。」

5月11日(月曜日)

マリ「んにゃぁ~」
ピピピピピピピ‼
マリ「んう~」
ピピピピピピピ‼
ピピピピピピピ‼ピピピピピピピ‼
マリ「うるせー‼」
スマートフォンのアラームスヌーズを止めると、ソファーから転げ落ちる。
マリ「あぁんッ‼私、ソファーで寝てるし‼朝7時だし‼シャワー浴びてないし‼…これはキリキリ生活しなくて良いとか以前に一女子高生として駄目な奴だ…」
髪を結びっぱなしで寝たせいで、頭が痛い。
スマートフォンを見ると、通知が溢れてる事に気がつく。
マリ「めっちゃLINEきてるし…めんどくさいなぁ」
マリは千代をコールした。
千代は直ぐに応答した。
千代『マリちゃん、LINE見た?』
マリ「見てないですよ…何事ですか?」
千代『セイラちゃん、あのあとから、帰ってないんだ‼』
マリ「───────────え?」