DAI-SONのアレやコレやソレ

創作ライトノベル、「ハーミット」「愚者の弾丸」「ハーミット2」を掲載。更新停止中です。

「ハーミット2」 ACT.4 錠前マリは二番じゃ嫌

5月7日(木曜日)

新しい情報や手がかりは已然として見つからず、合宿帰ってきた3年生たちと、部活で汗を流す毎日。
3年生の部員はたった3人だ。
気さくな早瀬川電子(はやせがわでんこ)、比較的常識人な川辺檀(かわべまゆみ)、クールだけどどこか天然な荒川凶子(あらかわきょうこ)。
千代が年上とも上手く接することが出来るようになったのは、彼女らのお陰だ。
そんな彼女らへの恩返しとばかりに、毎日マネージャー業に勤しんでいる。
榎「ぎゃーっ!!」
体重のかかった振動が、グラウンドを揺らす。
今日はグラウンドが空いていたので、ハードルや幅跳び、高跳びなどの道具を用いた競技の特訓をしていた

セイラ「お前の運動音痴具合は、旋風高校の歴史に刻まれるであろう…。」
榎「や、やだぁ」
砂まみれになったシャツをほろいながら立ち上がる。
膝は幾度となく擦りむいていて、痛々しかった。
みるく「ハードルをひとつも越えられないなんて、びっくりしたの…。」
満身創痍の姿の原因は、恐るべき身体能力の低さだった。
体重に対して筋肉が弱すぎるせいで、常軌を逸したジャンプ力の低さを体現したのだ。
ハードルは蹴飛ばされたり、引っ掛かったりを繰り返して、バーの固定が甘くなっていた。
真姫「これ以上ハードルを蹴ったら壊しそうだから、一番低くするね。」
榎「う…。」
真姫はハードルの固定を全て低くした。
千代「何やってるの…。小学体育?」
榎「うう…。」
見かねた千代はスクイズボトルの水の補給を中断して駆けつけた。
千代はそこにいたメンバーに状況を説明してもらうと、小さくため息をついた。
千代「あのね、榎ちゃんは運動なんて無縁に育ってきた人間なんだよ。どの競技をやったって、フォームが最悪なだけだから、基礎を教えればなんとかなるんだよ。」
セイラは陸上競技に関しては天才的だし、真姫もスポーツには馴れていた。
みるくも、運動は苦手ではあるものの、毛嫌いしていた訳では無いため、速くはないが、できないことはなかった。
比べて榎は今まで、運動嫌いで、体育の授業もサボっていたほどの徹底さだったため、基礎も体幹もヘッタクレも無いのだ。
千代「いい?速く走ろうとしなければ、榎ちゃんだってやれるんだよ。」
榎「ホントですか?」
千代「うん。」
セイラ「無理に100ペリカ
真姫「無理に1,000,000ジンバブエ・ドル
みるく「どうしてそういうこと言うの?」
セイラ「いや~、だってこいつ火事場力の方が強いから、叩かれて延びるんじゃないかな~って。」
千代「そんな心配しなくて大丈夫っていってるでしょ。」
榎「それで…どうすればいいんですか?」
千代「えーとね、ハードル走はリズム感が大事なの。ちゃんと足が上がってても、ハードルに対しての距離が不味いと敗するし、歩幅が正しくないと歩数が合わなくなっちゃう。」
真姫「あ~。中学校で習ったよそれ。」
セイラ「マジで?勘でやってた」
みるく「ちゃんと教えてたの。」
千代「外野うるさいよ」
セイラ「サーセン
千代「ハードルって、わざわざ均等に置いてるでしょ?だから、同じリズムで飛べばいいわけ。ハードルと同じ幅で手前に線を引くから、右足で踏み越えて、左、右、左でジャンプして。そしたら、次はまた右足で着地するでしょ。失敗したら最後の左足を踏み込む位置を変えて。」
榎「わかりました。」
千代「シャトルランの時のフォームを忘れないで、最適な姿勢で走るんだよ。」
榎「はい!!」
榎は言われた通りにすると、低いハードルを順調に飛び越えた。
榎「できました!!」
千代「正規の高さじゃないから、まだ出来てないの。」
榎「あぇ」
千代「ハードルを少し上げるね。」
ハードルを2フィートから、2.5フィートに上げる。
榎「文字通りハードルが上がった…。」
約15cm上がっただけでも、強力な圧迫感を感じた。
これは女子長距離(及び女子中学短距離)の正規なので、女子短距離正規の2.75フィートはさらに高い。
千代「自分の好きなタイミングで行きなさい。」
榎「は、はいぃ…。」
セイラ「できるよ~できるできる。お前ならできるよ!!ほら、空はこんなに広いのに、太陽は毎日同じコースを走ってる。根性あるよね~。君にもあるよ。だって、今日から君は、太陽だ!!」
千代「熱血テニスプレイヤーみないな圧をかけないの。」
セイラ「はーい」
榎(ちょっと心がおちついたかも)
榎の足は再び地面を蹴る。
重量のあるステップが地面に薄く足跡を残す。
ハードル手前の線を踏み越える。
1.2.3.と、心の中でカウントをとる。
4────────ッ!!
荒々しく脚を振り上げる。
榎「!!」
体は空を切り、ハードルの上をすり抜けた。
榎(やった…!!)
だが、着地からの歩幅が合わず、二つ目のハードルのを倒してしまった。
千代「もっかいやる?」
榎「はいッ!!」
かけ戻り、再びスタートラインにつく。
今度は、尻込みすることなく、軽快に走り出す。
感覚を頭の中でリピートして、均等な4つの点を打ち付けて行く。
5つ並んでいるうち、今度は4つ目に引っ掛かった。
けど、確実に進んでいる。
千代「まだいける?」
榎「はいッ!!」
みるく「ファイトー!!」
真姫「いっぱーつ!!」
セイラ「ワシのマークのダイショー製薬!!」
みんなの(一部意味不明な)声援を受け、再びゴールを目指す。
1.2.3.4!─1.2.3.4!─
ひとつ、ふたつとハードルを越える。
まだ夏は先だと言うのに、大粒の汗が顔を伝い落ちる。
みっつ、よっつと飛び越えた。
自分の中で定義付けた歩幅が身体に馴染んでいる。
錯覚じゃない。踏むべき一歩が解る。
いつつめを飛び越えた。
左足がハードルを掠めることはなかった。
榎「やっt」
しかし、榎は倒れることとなった。
セイラ「大丈夫か!!?」
倒れた榎に駆け寄る。
榎「足…ぐねった。」
千代「どれ、みせてみなさい。」
榎を仰向けにして、靴下を脱がせる。
千代「あぁ、ほんとにちょっとバランスを崩しただけだね。アイシングして、湿布張っておけば明日には元気だよ。」
真姫「よかった~。」
みるく「心配したの~。」
榎「でも、痛いから、今日はもうやらない。」
千代「そうね。氷のうとってくるから、フェンスにでも凭れてて。」
千代はグラウンドに設置された粗末なベンチに向かう。
グラウンドで活動するときに、部員のバッグや道具を置くのはこの近辺と決まっている。
野球部だけは例外的にマウンドの向こうに設置されている打席待ちのベンチに置く。
ベンチのクオリティに差はない。
白い塗装が所々剥げた木造のベンチだ。
そろそろ取り替える時期が来ているのでは無いかと言われているが、どこかの寄贈品らしく、無闇に捨てられないようだ。
千代(足が一本取れかかってるんだよなぁ)
クーラーボックスを探っている間にも軋みをあげるほどに年期が入っていた。
氷のうを取り出して、顔をあげると、一人の女生徒が立っていた。
くちなし色(比較的白に近い微かに赤みのあるオレンジ)のツインテールが可愛らしい。
セイラのツインテールが"ラビットタイプ"と呼ばれる、こめかみの上辺りに始点があるものであるのに対し、その女生徒のツインテールは"レギュラータイプ"と呼ばれる、耳とほぼ同じ高さに始点があるものだった。
女生徒「あ、すいませーん、自分、部活迷っててー、色々見学して回ってるんですけど、見てっていいですかねー。」
千代「いいよ。好きに見てって。」
女生徒は、明るいという意味でも、軽いという意味でもライトな人間だという印象を与えた。
女生徒「あざーす。」
千代が背を向けると、バギン!と強烈な音がした。
女生徒「あいてて…」
千代「大丈夫‼?」
ぼろぼろだったベンチは遂に天寿を全うしていた。 
ベンチは倒れていないものの女生徒のふくらはぎには切り傷が出来ていた。
千代「絆創膏出すから、待ってて。」
女生徒「すみません、仕事増やして…」
開けっぱなしだったバッグから、慣れた手つきで絆創膏を取り出して、氷のうの中の水で濡らしたハンカチで傷口を拭いてから貼った。
女生徒「あざーす…」
千代「いいのいいの。…ついでに榎ちゃんの擦り傷にも貼っておこうかな。」
千代は、榎たちのもとへ戻る。
女生徒は千代の背中を目で追いながら、その場に立ち尽くす。
その視線はやがて足下にある、折れたベンチの足に落ちる。
女生徒「大丈夫よ…慣れてるわ。」

セイラ「これで、中学体育は修了だな。」
榎「えっ」
真姫「当たり前でしょ~…もう高校生なんだから、基礎なんて出来て当たり前なんだよ。ここからタイムを縮めていくのが部活なんだからね。」
榎「うええ…」
千代「榎ちゃんはダイエットがメインだし、ゆっくり成長していけばいいよ。今日はもう終わるんでしょ?」
榎「はい…」
千代「3人はどうするの?見学者も来たんだけど。」
セイラ「へー…あ、マリじゃん。」
真姫「知ってるの?」
榎「うん。マリちゃんはC組なんだ。」
セイラ「雑誌やマスコミの注目を浴びつつあるアイドルの卵なんだってさ。スカウトもよくされてるらしい。」
真姫「へぇ~…でも、なんで陸上部なんだろ。」
千代「うちに限らず、いろいろと見て回ってるんだって。」
みるく「でも、おかしいの。」
真姫「何が?」
みるく「いずれアイドルになるんだったら、部活なんて続けられないと思うの。アイドルって、人気になると、単位不足で高校を中退する例も珍しくない訳だから、まともに授業も受けられないのに、部活なんておかしいのね。」
榎「アイドルになるか、普通の女子高生でいるか、迷ってるんじゃない?青春をお金に変えるのって、かけがえのないものを売るわけだから、結構リスキーでしょ。」
千代「何言ってんの。将来有望だから、見るだけタダってことでしょ。」
セイラ「先輩、それは軽率ッスよ。アイドルには消費期限がある…アスリートと同じように。それに、アイドルには色恋沙汰も許されないッス。この選択は大変なんスよ。」
靴紐を結び直したセイラは、ハードルの前に立つ。
セイラ「どんなに器用に生まれた人間でも、天に二物を与えられていたとしても、ヒトであるのなら、いつまでも器用じゃいられないんですよ。」
千代「盛者必衰ってことでしょ。わかるけど、凡人の私たちからすると、贅沢な悩みってことよ。」
セイラ「才の無さは貧しさッスか。」
ザリ、と地を蹴り、ハードルを飛び越える。
他人より二回りも太い太ももの筋肉が、跳躍、着地、投足をことごとく期待通りのものにして行く。
脚が重点的に発達したその体躯はカンガルーを思わせた。
5つのハードルのコースを水切りのように素早く、軽快に駆け抜けて行く。
たが、走り終えた彼女の表情は不満げだった。
セイラ(ハードルの高さを下げていたのを忘れていた。余計に高く想定して飛んでしまったか…)
小数点下で争う世界、余分は許されなかった。
続いて真姫とみるくがハードルを跳ぶ。
セイラ(無駄だらけだな。妥協してしまいそうになる。)
みるくは素人なので解るが、真姫も案外と力みがちで、動きに無駄が多かった。
セイラ(跳躍の力加減が均等じゃないから着地点が乱れている…そのせいで、次に跳躍する予定のステップがずれている。その繰り返しで、歩幅が不安定だ。)
遠く、空の向こうを見上げる。
セイラ(…みんなとはやっぱり遊び友達だ。競い会う相手が出来る、オリンピック候補生の合宿が楽しみだ…)
セイラはマスコミに取り囲まれたこともあるほどの才あるトップランナーだ。
幅跳びや高跳びは得意ではなかったが、短距離長距離問わず、ノーマルに走ることに特化していた。
実際、ハードルも大したことは無かったが、父親亡き今、希望を失った母に、娘の輝く姿を見せたくて、ひた向きに努力を続けてきたわけだ。
セイラ(家族と才能、どっちを失った方が幸せだったんだろうか。)
不意に思い出す。
人間の幸せの総量は、誰でもみんな差し引き同じだと説いたテレビのタレント。
磨かれた才能と、愉快な友人、優しい両親を共に持つことは、もしかしたら私の幸せの総量を越えていたのかもしれない。
分不相応だったのではないか、と。
もしかしたら、凡人なら、誰も失わずに済んだのではないか…と。
真姫「ねぇ」
セイラ「わっ」
話しかけられて、我に帰る。
真姫「ハードル元に戻すの手伝って。」
セイラ「ん、そうだな。」
ハードルの金具に手をかける。
真姫「今日、すごくよく晴れてるね。」
セイラ「ん?あぁ。」
みるく「セイラちゃん見とれてたの。」
セイラ「ハハ、そうだな。」
ああ父よ、失ったものはどうすればいいのだろう。

f:id:DAI-SON:20161004145047j:plain

マリ「私、この部活入りますっ‼」
セイラ「おーマジ?」
千代「ここでいいの?」
丁度練習を終えて、備品を片付けている所だった。
マリ「いやー、この部は、仲間はずれがいなんだよねー。そこがポイント。」
桜倉「幽霊部員がいるかもよ。」
部活の概要についてのペーパーと、入部届けをまとめて、マリに差し出す。
マリ「えー、何?入ってほしくないの?」
桜倉「なんだよ、ジョークじゃないか。」
凶子「いちいち派閥を作ってやるほど人数も居ないのよ。」
走り込みをしていた三年生たちも戻ってきたようだ。
千代「それにね、仲間はずれを作るようなことを言うやつは、いつの間にか、そいつから孤立していくものだよ。」
マリ「あー、いいですね、それ。そんなに分裂するのが好きなら、一人でやってろって感じですよね。」
千代「そういうこと。」
マリは入部届けをすらすらと書き終えた。
桜倉「お、字が綺麗だな。」
マリ「私は才女なので当然でーす。」
電子「自分で言うなや」
マリ「と、言うことで」
脚の折れていないほうのベンチの上に立つ。
マリ「1年C組錠前マリ(じょうまえまり)、よろしくぅ!"マリっぴ"って呼んでね☆」
キラッ☆とウィンクをして、ピースサインを送る。
電子「あぁ…」
凶子「…」
千代「うん…」
微妙な空気が流れる。
真姫「よろしくね。」
榎「よろしく、マリっぴちゃん。」
天然二人組を除いて。
マリ「さんきゅー☆…っておわぁ」
突然、強い風が吹き付ける。
ぐらついて倒れるが、部室からタオルを持ってきていた枷檻に受け止められた。
枷檻「パンツのお披露目会なら他所でやれ。」
マリ「見えてました…?」
枷檻「私はシャッターを切った」
マリ「えー‼止めてください‼脅しても何も出ませんよ‼」
枷檻「心のシャッターだよ。他に誰も見ちゃいない。」
マリ「あ…すみません…。」
マリは枷檻の腕の中から解放される。
凶子「やかましいのが増えたわね。」
檀「いいんじゃない?喧騒も部活の醍醐味よ。」
電子「濃すぎる気もするけどなぁ…」
桜倉「…全員担当の荷物は持ちましたか~、部室に戻りますよ~。」
電子「ん、オーケー。」
榎「みんながんばってね~」
桜倉「おめーもだよ」

榎「うわーマリっぴちゃんふにふにー」
真姫「ほんとだふにふにー」
みるく「ふにふにー…」
マリ「いやーん☆」
桜倉「女同士で何クネクネしとんねん。亜万宮先輩じゃあるまいに。」
榎「だってほら、肌綺麗だし…スリムだ」
真姫「ちょっと後半に怨念を感じた」
部員の目線がまだらにチラチラ集まる。
マリ「嫌ーですねー。マリっぴのこの美しい肌の秘訣がそんなに知りたいのですか~?」
パイプ椅子に座って脚を組み、ファッション雑誌さながらのポーズをとる。
凶子「"大スクープ‼美肌の秘訣はウザみ"」
マリ「じゃかあしぃっ」
凶子「上級生に対してはツッコミでも敬語を使うべきよ。」
マリ「うげー、煽っといて、よー言いますよねー」
凶子「失礼芸が許されるのは若いうちだけだから、釘を刺したまでよ。」
マリ「やーですねー。マリっぴは芸能界行くつもりないッスよ~」
榎「えーーーーー!!!???」
真姫「えーーーーー!!!???」
セイラ「えーーーーー!!!???」
桜倉「スカウトされてんだろ?もったいねぇなぁ。」
マリは一瞬俯きながら「チッ」と声が出そうな顔をしたが、直ぐに笑顔に戻った。
マリ「いやさぁ、今朝まではずっと迷ってたんだけどぉ~、榎ちゃんがさっき、『青春を売ることは、かけがえのないものを売るわけだから』って言ったから~、青春を売るってよく考えたらもったいないって思ったんだ~。」
桜倉「なんだ、榎もたまにはいいこと言うんだな。」
榎「わーい‼褒められた」
檀「皮肉だよー」
千代「ならば私は心無い人間か」
セイラ「詫びよ」
マリ「いいっていいって。…気にしてませんよ、先輩。」
電子「おいっ」
部員を掻き分けて、マリの前へ詰め寄る。
電子「よたばなしはいい、美肌の秘訣を教えてくれ。」
真姫(目がマジだ…)
榎(こわい…)
ギャラリーがドン引きするほどのマジ詰め寄りだった。
マリ「いいですよぉ~。」
電子「マジか?」
マリ「ただし…」
電子「ただし…?」
マリ「"苦しい思い"をしたり、"幸せを失ったり"してきてください。」
電子「おん?どーゆーことだ?」
ギャラリーがクエスチョンマークを投げつけあう。
マリ「まー、つまり、辛いおもいに我慢できない人は、どんなことも長続きしないって事ですよ。」
電子「…?ん…そうか。」
千代「でも、言い方が穏やかじゃないよ。言葉を選んだらどうなの?」
マリ「いやいや、間違ったつもりはないですよ先輩。」
自分の補助バックを持って立ち上がり、千代に面と向かって言った。
マリ「ギブアンドテイク。どちらかが一方的に幸せになるなんてズルですよ。」
少し低い声だった。頬は上がっていなかった。
千代「…ふぅん。」
マリ「じゃ、おっ先ー☆」
笑顔に戻ると、小さく手を振って、部室を出ていった。
檀「リアリストなのかね…」
セイラ「"人間の幸せの総量は、誰でもみんな差し引き同じ"」
枷檻「あー、なんかそれ聞いたことある。」
桜倉「テレビでやってたなぁ。」
セイラ「後でツケが来ないように、先に幸せを棄てておけってことなんじゃないかな。」
榎「なんだ、親切なら素直にそう言ってくれればいいのに。」
千代「いや、だとしても…」
電子「あー、お前、運とかオカルトとか真に受けないタイプだな?だいたい実力行使だもんな。」
千代「え?あぁ、はい。オカルトは超能力のパチもんです。」
電子「着替えたらさっさと出るんだぞー。先帰るから。」
セイラ「さよならッス、早瀬川先輩。」
榎「あ、さよなら~。」
真姫「さよなら~。」
桜倉「お疲れ様です。」
枷檻「お疲れーす。」
凶子「私たちも行きましょう。」
檀「そだね。」
次々と部員が部室を出て行く。
千代(だとしても、あの表情は、裏があるとしか思えない…)
榎「せーんぱい‼」
千代は後ろから抱きつかれる。
千代「うわぁ」
榎「帰りましょ。」
千代「…うん。忘れ物はない?鍵閉めるけど。」
榎「はい‼」
部室を出て、施錠した。
千代(錠前マリ…すこし、探りを入れた方が良さそうだ…。)

千代「私、職員室に鍵置いて帰るから、先いってて。」
榎「あ、はい」
単独行動になると、能力を使って気配を消し、走り出した。
実際、部室の鍵など、持ちっぱなしでも何も言われないので、置く必要などないのだ。
1-Cの教室につくと、入る直前、入学時のテストのランキングが張り出されていた(名誉のために点数は伏せられている)。
榎の順位が、下から数えた方が早いことに苦笑いするが、ひときわ目を引くのは一位だった。
千代「一位…錠前マリ…」
クラス別だけでなく、学年トップらしい。
千代「才女…ねぇ」
教室は夕焼けに染められていた。
幸い人はおらず、気兼ねなく探索することができた。
1学期のはじめなので、目的の席は出席番号で算出できた。
この学校は元々女子校だった名残で、女生徒の割合が多い。
なので、女子の方が早い番号がふられるのだ。
千代「9番…二列目の3番目。」
机の中を探るがカラ、横のフックには女子特有の巾着が下げられている。
千代「生理用品("その量"にあわせてそれぞれ2つ)、鎮痛剤(1面のみ)、薬用リップ(メンソール)、絆創膏(猫のイラストつき)、ポケットティッシュ、ウエットティッシュ、日焼け止め(試供品)、ヘアゴム(ゴムむき出しではない髪の毛が絡みにくいやつ)、ヘアピン(黒い針金のようなオーソドックスなもの)…怪しいものはなし。」
やや大きかったため探ってはみたものの、単に物量が多いだけだった。
ロッカーにも手をつけてみる。
が、消臭スプレーとメモが入っているだけで、会話したときのような、おちゃらけた感じは見受けられなかった。
千代「テストでトップなんだから置き勉は無しか。」
しかし、なんだろうか。
嫌な寒々しさを覚えた。
千代「普通、ああいう性格なら、要らないプリントを詰めたり、シュシュとか霧吹きとかを放置したりしてると思うけど…。」
そう、彼女の持ち物は、どこか簡潔で機械的なのだ。
千代「彼女は、"天才ではない"、か。」
アイドルの資質も、テストの点数も、規則正しい生活と努力で勝ち取っているととれる。
千代「ん?この棒はなんだろ」
消臭スプレーの陰に隠れていたものを取り出した。
小顔ローラーだった。
千代「おばさんかよ…」
それはともかく、気になるものはひとつだけに絞られた。
メモ帳だ。
これの内容によって彼女へのイメージが左右される。
桜色の、何の変哲もないメモをめくると、わりと内容はびっしり書き込まれていた。
「今井くんに彼女ができた」
「よっちゃんが懸賞に当たった」
「のんちゃんが100円を拾った」
「榎ちゃんが憧れの先輩と再開した」
「健太郎くんがガチャガチャで目当てのものを1回で手にいれた」
「清子が美容院でイケメンに会った」
…他にもそんなようなことが書き綴られていた。
そして、それをすべて横線をひいて消していた。
千代「なにこれ…」
意味不明なメモだった。
ただ、メモの内容は、共通して"他人の幸せなこと"だった。
しかし、なぜそれらをわざわざメモするのか?そして消すのか?
予知能力を試しているのか?
しかし、書かれていることは過去形だ。
思案しながらページを繰っていくと、最新のメモが残されたページにたどり着いた。
すると、一番新しい「健太郎くんが美人の先輩と仲良くなった」だけ横線が引かれていなかった。
千代「幸運が起きたあとに何か一定のアクションを踏んだことを示唆している…」
メモの残りのページをめくっていると、廊下から足音が聞こえてきた。
千代(まずい)
ロッカーにメモを戻して、目立たないようにする。
能力のお陰で、こそこそ隠れる必要はない。
マリが、息を切らして教室に駆け込んでくる。
ロッカーを開けた。やはり、目的はメモだ。
マリ「…誰かに読まれた…。」
千代(!!?)
うっかりしていた。
メモ帳は、最初は裏返しで置かれていた。
しかし、焦ったせいで表向きに置いていたようだった。
マリ「ま、意味わかんないだろうし、別にいいか。」
メモ帳を補助バッグにしまう。
マリ「これで清算したことにしても…大丈夫よね。あっちだって大した進展もないんだし。」
意味深な呟きをして、さっさと去っていった。
千代「ますます怪しい…。」

もう少し追ってみたものの、普通に校門を出て帰路に着いたため、深追いはしなかった。
千代「清算…ってことは、幸運に対しての不幸…。とすると、あのメモ帳は幸運バランス表ってことか。
いや、でもおかしい。なんで"他人の幸運"のバランスを"自分の不幸"でとるんだろう…。」

マリ「じゃがいもの値段がまた上がってるわ…。やっと玉ねぎの値段が落ち着いてきたのに…。」
毎日律儀に持って帰っている教科書の入った補助バッグを右手に、それとほぼ同等の重さをもつ買い物袋を左手に。
突っついたら倒れてしまいそうな姿は、出来損ないのやじろべえのようだった。
マリ「部活になんてホントは入りたくなかったけど…。あの部がオカルト案件に鼻が利くなら仕方ないわ。」
すっかり暗くなった道のりを気合いで急いだ。
自宅の鍵を開ける前にスマートフォンで時間を確認する。
6時27分をさしていた。
マリ「遊んで帰った時間じゃないのよ。まったく…ろくに休めやしない。」
水物の調味料は日の当たらない廊下の段ボールに、その他の食材は冷凍冷蔵庫にどしどし詰め込む。
マリ「たまには無駄遣いしたいわ。」
使いきれそうにない野菜類を無造作に取りだし、細かく刻む。
それを、油を敷いたフライパンに放り込み、少な目のごはんと、前日に調理しておいた味つきの鶏そぼろをプラスし、醤油と胡椒を適度にふる。
マリ「食材は皆、すべからくチャーハンに通ず。」
焦がしてしまわぬように木のへらで掻き回して行くと、もはやチャーハンではなく米入りの野菜炒めになっていることに気付く。
マリ「気にしたら負けだ。」
アメリカではお米も野菜だぜ!!
よって今、使い捨ての紙皿に盛り付けられたのは、まごうことなき野菜炒めだ。
マリ「なんでもいいわ。誰も見やしないわよ。」
いただきますも言わずに掻き込む。
マリ(多いし、余った分は明日の弁当の白飯の代わりに入れておこう。)
腹八分目の時点で、残りの野菜炒めをラップにくるみ、冷蔵庫に入れる。
マリ「さてと。」
マリは調理に使った器具を洗い始める。
そこで、弁当箱も同時に洗うのは、いつもの流れだ。
マリ「あ」
洗剤のボトルは、不機嫌な口笛とともに、小さなシャボンを吐き出す。
マリ「忘れてた…。」
空になったボトルをゴミ箱に放る。
マリ「折角急いでやって自由な時間をとろうとしたのに…。私のばか…。」

前輪ブレーキのきかなくなった、錆びだらけのママチャリを飛ばしてスーパーに向かう。
タイヤがパンクしているのか、ガタガタと揺れて、とても座っていられないし、なによりスピードがでない。
ライトもとっくに切れているので、事故に遭わないかとひやひやさせられる。
しかし、歩くよりは速い。
学校には恥ずかしくて乗っていけなくても、単独行動なら最速の交通手段なのだ。捨てたものじゃない。

帰ってくると、リビングの掛け時計は7時23分を指している。
マリ「勘弁して…。」
ポリ袋を丁寧に畳んで補助バッグのサイドポケットに突っ込むと、再び食器洗いに取りかかる。
終わったのは7時40分だった。
マリ「年頃の乙女がたった十数分でお風呂に入らなきゃいけないなんて、烏の行水もいいところよ。」
木曜日にもなり、こんもりしてきた洗濯かごに、ちからづくで下着と靴下を突っ込み、制服は畳む。
マリ「あぁ、急ぎすぎてお風呂も沸かしてないわ。
ま、結局入る時間無いから、結果オーライだけど。」

髪と身体を素早く洗い、風呂を出た。
無駄毛の処理などしている暇は無かった。
着替えを風呂場に置いておく往復が時間の無駄なので、身体をバスタオルで拭くと、全裸のまま階段を駆け上がり、自分の部屋で服を着た。
スマートフォンは8時4分を指している。
マリ「アウトじゃん…。」
勉強机の棚にあるワークを広げる。
このワークは、名前だけが書かれた、ほぼ新古品だ。
"名前 錠前野鳥花(じょうまえのどか)"
いとこの名前だった。
ワークが未使用なのは、彼女が失踪したからだそうだ。
それを思い出さないように、名前の欄は見ないようにしている。
普通にしていれば、見る必要もない。
だが、慌ただしかった今日が思考を停止させ、見させてしまった。
マリ「野鳥花姉…。」
部屋の壁に貼られているアイドルのポスターを見つめる。
マリ「敵わないよ…。」
上の空だった頭に時計の針の音が流れ込む。
マリ「────ッ!!」
体を跳ね起こし、机に向かう。
マリ「ダメよ私、天才は常に鍛練を怠らないのよ。」
頬をピシャリと叩き、ペンを握った。
────9時30分。
スマートフォンがけたたましくアラームを鳴らす。
マリ「ふぅ。」
張り詰めていた空気がほどける。
のびをすると、睡魔が押し寄せる。
マリ「いかんいかん…。」
スマートフォンワンセグを使って、TVを見る。
画面の半分をテレビ欄にして、次の日の話題についていけるように、ざっと目を通しつつ、「ビューテフル・フロア」という、女性向けのファッション情報&ドキュメンタリーのくだらない番組を見る。
これを見ておかないと、どうやって既存の服をローテーションしてギリギリ流行りの側溝に嵌まれるかがわからなくなってしまう。
ユニクロの服だって、シンプルなお陰でカラーカバーすれば問題ない。
土日には男どもに親密な関係を匂わせて貢がせなければならない。
決してこちらからはイエスの意思を口に出さず、近い距離をとってシャンプーの香りの安い香水を使い、上目遣いでニコニコしていれば、女性経験の浅い男どもの財布の紐はトリックを使ったように引き抜ける。
相手からそれ以上近づこうとするなら、ハッキリとノーと言うこと。
引き際を誤るとしつこく絡まれたり、刑事事件になりかねないので、"キョロ充のウェイ"を狙うと、まわりの男友達に流されて、あと腐れなく次の恋に向かってくれる。
騙すような真似をして心は荒んでいくが、生憎と本音で笑えるようなぬるま湯の生活なんてしていないのだ。
一番、自分が一番幸せじゃなくちゃ駄目なんだ。
体質や運命なんて、目一杯の努力で覆してやる。

次の朝、いつもなら炊飯器のアラームで目覚める予定が、どうやら昨日は寝落ちしてしまったらしく、静かな目覚めとなった。
マリ「まずったな…。」
幸か不幸か、弁当なら昨日作った野菜炒めがある。
白米を炊いたあとに混ぜられないのは痛いが、登校までには間に合えばと、米をといで炊飯器に入れる。
マリ「早起きは三文の得にしかならぬ」
いつもは4時30分に起きるところ、4時に起きた。
だが、結局のところいつもの生活を始めるのは同じ時間だった。
冷蔵庫からカボチャの種と牛乳を出して、食べる。
これから30分ランニングするので、その間、空腹間や喉の渇きを感じないためのものだ。
始めた頃は、クソ美味しくない組み合わせだと思っていたが、今は馴れてしまい、滋養強壮剤として認識している。
ひととおりランニングをして帰ってくると、5時15分を目安にシャワーを浴びる。
シャワーで濡れた髪はバスタオルで包んで、ターバン状に頭に巻き付ける。
ガシガシ拭いたりドライヤーで乾かすと、髪の毛が痛んでしまうためだ。
うら若き色ツヤを保つには、キューティクルは大切だ。
キッチンに向かい、朝食と弁当を作る。
弁当は、昨日の野菜炒めと冷凍唐揚げだ。
冷凍唐揚げは業務用のものを買って安く済ませている。
この唐揚げも食べ飽きすぎて、満腹感を与えるだけの滋養強壮剤と化しているが、今日は白米ではないので違った味わいになれと願っている。
朝ごはんは…インスタントの味噌汁とマカロニサラダだ。
マリ「コピペ唐揚げよりは美味しい」
手早く食べると、洗面台の鏡の前に行って顔面マッサージを行う。
強くやり過ぎてもしわになるし、弱すぎても効果がない。
その兼ね合いを考えつつも、鏡の中の自分は変な顔を次々作る。
やりはじめた頃は、それこそ可笑しくて笑えていたが、今じゃ単純作業だ。
顔が終わると、次は体のストレッチ。
毎日続けているお陰で、体は柔らかい。
ヘアアイロンや化粧は髪や肌を傷めるので極力やらない。
その代わりといってはなんだが、毎日日焼け止めを塗っている。
曇りの日でも紫外線は降り注いでいるので、油断は大敵だ。
ボディーケアを終えると、いつも使っているシャンプーの香りの香水をふる。
平日は少な目にふって、女子高生が持つとされている特殊な油脂の匂いを消してしまわないようにする。
何だかんだと準備をしていたら、7時20分になった。
これも、いつものことだった。
マリ「私ったらおとぎの国の女王様ね。」
補助バッグの勉強道具を詰め替え、家を出る。
ツーロック式のドアをしっかりと施錠し、ノブを引っ張って閉まりを確認する。
マリ「…。」
いってきますを言う相手は居なかった。

榎「先輩せんぱーい、おはよーございまーす」
千代「おはよう、榎ちゃん…と、みるくちゃん。」
みるく「……!!」
榎「ええ!!」
榎の陰で手を振って挨拶を返す。
榎「もー、居るなら言ってよー。」
玄関に入り、下駄箱に手を入れると、榎の手には何も当たらなかった。
榎「ん?」
みるく「榎ちゃんだけ上履きがないの…。」
千代はおもむろに、開いた榎の下駄箱に足をかけ、顔を下駄箱よりも高い位置に持って行く。
千代「靴を上にあげておくなんて、古典的なイタズラだねぇ。」
下駄箱の上に乗っていた榎の上履きをとった。
榎「あ、ありがとうございます。」
千代「なんてことないよ。」
千代は榎に上履きを返す前に、中を覗き込んだり、軽く叩いたりした。
榎「何してるんですか?」
千代「いや、単純すぎて、本命のカムフラージュかと思ったんだけど、何もないみたい。」
みるく「いじめ対策のエキスパートなのね…。」
千代「いや、摩利華ちゃんがいじめにあってたとき、下駄箱を溶接されて、靴のなかには納豆を詰め込まれていたって話を聞いたことがあって。」
榎「えぇ…。備品壊します?普通…。」
千代「それよりも、中学生が学校にはんだごてを持ち込んだことの方が驚きだけどね。」
みるく「そのあとはどうしたの?」
千代「金と権力を行使して、クラス全員に同じことをし返したんだって。それで、こう言ったんだ。」

────「庶民の間では、このような遊戯(あそび)が流行っているのですね。どうです?みなさん、楽しんでいただけましたか?」


榎「怖いよ!!」
みるく「魔女なの…。」
千代「ま、過去話はそこまでにしておいて…授業、始まっちゃうよ。」
榎「あぁ、そうですね。」
みるく「それではまたあとでなの~。」
千代「じゃね。」
手を振りあい、互いの教室へ向かった。

榎「ええーー!!」
ホームルームが終わって、ロッカーを開けると、教科書にガムをつけられていた。
みるく「先輩が言ってたことって、こう言うことなの…?」
榎「油断した…。」
桜倉「どうした?…あ~、またタチの悪い。」
桜倉は廊下へ向かう。
桜倉「新聞用意して待っててくれ~。」
榎「え?あ、うん。」
黒板の左側、窓側に置かれている工作用品ロッカーから古新聞を取り出すと、桜倉は洗剤を持って戻ってきた。
桜倉「ガムには柑橘系のものが効くんだ。貸してみ。」
新聞に柑橘系の洗剤を染み込ませて、少しずつガムを剥がす。
桜倉「ちょっと取りきれなかったり、シミが残ったりするけど、我慢しろよな。」
榎「いやいや、すごいよ!!桜倉ちゃん。」
セイラ「しっかし誰だよ、こんな妙なことしたの。」
桜倉「なんだ~セイラじゃないのか?」
セイラ「どぅあ~~れがそんな真似するか。美樹じゃねえのか?あいつガム好きだし。」
榎「迷惑かけちゃったからね~…。仕返しかも。」
セイラ「…っと、チャイムだな、あとで訊くか。」

美樹「は?」
一時間目が終わったあと、隣のクラスへ行って訊いてみたが、なんだこいつ、みたいな顔をされた。
美樹「そんな陰湿な真似しないわよ。不満があったら直接言うわ。その方が気持ちいいし。」
榎「あ~、よかった。いや、よくない。犯人への手がかりが無くなっちゃったよ。」
美樹「あ~、あのさ。耳かして。」
榎「?」
耳打ちするようにジェスチャーをとる。
美樹「あとで"見て"あげるから。」
榎「お~、おっけ。」
美樹「これっきりよ。私は便利屋でも名探偵でも無いんだから。」

昼休み、美樹を1-Cに呼び出し、ロッカーの記憶をキャストに読んでもらった。
美樹「ん…と。」
榎「どう?」
美樹「はぁ…。駄目だ、"やらされている"。主犯ではなく共犯者ね。めんどくさいことになったわ。」
ロッカーを閉じると、その瞬間、火災を報せるベルが鳴った。
しかし、生徒たちはあまり焦っていなかった。
何故なら、校内でタバコを吸う生徒がでないように、火災報知器は敏感になっていて、そのうえスプリンクラーまでついている。
セイラ「燃え広がってないといいんだけどな…。」
弁当をつつき終える頃、担任が血相を変えて入ってきた。
担任「あぁ、陸上部、大変だ。」
榎「どうしたんですか?」
担任「部室が爆破された。」

部室には既に他の陸上部がいた。
千代は燃えカスや爆弾の破片を調べている。
担任「藤原さん、警察が来るまで現場は触らないでください!!」
千代「すみません。」
一言謝ると、陸上部一同が集まっている輪に入る。
凶子「どう?何か見つかった?」
千代「…凶器はガスボンベ。仕組みは、ガスボンベに銅線をぐるぐる巻きにして、単1電池を使ってショートさせるものだった。絶縁チューブのついた銅線でも密集してショートすると熱に耐えきれずに発火するから、ガスボンベを爆発させるには充分って訳。」
枷檻「しかし、それ以外の情報は無し…か。」
一同はうーんと唸る。
檀「あとは警察に任せようよ。」
電子「そーだな。」
三年生組は教室へ戻って行く。
真姫「藤原先輩と小鳥遊先輩はどうするんですか?」
千代「もう少し調べてみようと思う。」
枷檻「右に同じかな。」
千代「こんなんじゃ部活なんて呑気にしてられないから、今日は休みにするよ。」
セイラ「ウィーッス。」
真姫「私たちは戻ろ?」
榎「なんか、今日は変だ…。」
千代「どういうこと?」
榎「実は…。」
榎は教室で起こったことを話した。
千代「その共犯者を尋問しなくちゃね…。」
桜倉「手荒ですね。」
枷檻「オカルティックな捜査をした以上、警察に証拠として出すことは出来ない。こう言うときはちからづくでやらなくちゃあな。」

放課後。
千代「さて。」
人気のなくなった1-Cの教室。
千代「なんで呼び出されたかは、わかるよね?」
沈黙が流れる。
千代「榎ちゃんにちょっかいだした生徒から事情は聞いたよ。」
またしても沈黙。
千代「昨日はあんなにヘラヘラしてたのに、それがあなたの本当の顔ね。錠前マリ。」
マリ「ええ。悪い?」
千代「あんた、自分が何をしたか…」
マリ「うっさいわね。単なる憂さ晴らしでこんなことしたと思ってるわけ?」
千代「何が言いたい。」
マリは短く溜め息をついて、机に座る。
マリ「事件を起きれば陸上部が動く。それがなぜなのか、謎だった。でも、この前の後藤榎と茅ヶ崎美樹のひと騒ぎを見て確信したのよ。あんたらはオカルト案件を扱ってるって。」
千代「なんで普通に相談しなかったの?」
マリ「実験を…してたんだ。」
千代「実験」
マリ「先輩って、人間の幸せの総量は、誰でもみんな差し引き同じだって思います?」
千代「それと今の話が関係あるの?」
マリ「答えはノー。他人が幸せになることで、不幸になる人間はいた。」
千代「それがあなたって話ね。」
マリ「そ。だからね、今まで、他人の幸運に怯えながら生きてきたのよ?わかる?」
千代(そうか…あのメモ帳はそういうことだったのか…。)
マリ「人がラッキーな思いをするたびに、他人が歓喜の声をあげるたびに、背中に嫌な汗をかくのよ!!わかる!!?」
マリは千代に詰め寄った。
マリ「私はね、親も選べず、くじにも当たらず、下手ばかりを掴まされて生きてきたのよ。」
マリは千代の胸ぐらを掴んだ。
マリ「でも、回りのみんなはいっぱい幸せだった…。私と一緒にいるとラッキーでハッピーになれるって知ってた…。だから、ことあるごとにすり寄ってきたものよ…クソどもがッ!!」
マリは両目に涙をためていた。
マリ「だけど私頑張ったんだ!!いっぱい勉強して、贅沢も我慢して!!でも、誰かが幸せになれば、また私に災いが振りかかった!!他人の幸せが怖いままだった!!
だから!!他人を不幸にすれば自分に幸せが帰ってくるかもしれないって思ったんだ!!」
千代「…。」
マリ「ヒト一人が、ヒト一人分の幸せを望んで、何が悪い!!」
こらえきれずに、涙を溢れさせるマリ。
マリ「この空間で、一番幸せそうに笑う榎が…私は具合が悪くなるほど怖かったんだ…。」
千代はマリの肩を抱き寄せた。
千代「マリちゃんは、自らの不幸と戦ってたんだね…。」
千代が素直に抱き寄せたのは、マリの背後に超能力の像が現れていたからだった。
真っ二つの歯車に、顔と手が浮いている。
千代「『取り零してしまう幸せ(ミス・フォーチュン)』、それがマリちゃんの力の名だよ。」
マリ「え…。」
千代「まぁ、名前は今、私が独断と偏見によって付けたものなんだけど、超能力っていうのは、自覚すると、ある程度コントロール出来るようになるものなんだよ。ほら、見てごらん。寄り添うその歯車の像がマリちゃんの能力だよ。」
マリ「これが…。」
千代「マリちゃんは、自分の能力を知らなかったせいで、暴走させてしまってたんだ。私だって、そうだった。」
マリ「先輩が…?」
千代「うん。私は、気配を消す能力を持ってるんだけどね、そのせいで、高校に入るまで、ずっとひとりぼっちだったんだ。」
マリ「う…う…。」
千代「でもね、みんながいてくれて、今は会えないあの人が居てくれて、私は友達ができたんだ。だから、マリちゃんも、もう一人で戦わなくたっていいんだ。ちゃんと、痛みがわかる友達だから。」
マリ「う…ッく…。」
千代「ほら、もう不幸じゃない。」
マリ「ぅああぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!!」

───マリは両親が離婚しているそうだ。
その原因は、父親の行きすぎた教育方針のせいだった。
父親方の家族は、とにかく「無駄」を嫌った。
職場では、その姿勢が「真面目」「仕事熱心」ととられ、秀でた人材として脚光を浴びていた。
母親は、そんな仕事上手な彼に惹かれて結婚、マリを出産した。
ところが、いざ子が産まれてみれば、考え方を押し付けるような教育をするようになった。
父親は娘の「無駄」を赦す母親にまで当たるようになった。
たえず夫婦喧嘩が続き、マリは家に帰りたくなく、裏庭に隠れていた。
そこで、いとこの野鳥花と出会った。
野鳥花も、父親の兄弟の娘だったため、同じ目に会っていた。
違いがあるとするなら、野鳥花の母親は父親の考えた方を認めていたため、責められるのは自分だけで、窮屈な沈黙が家を支配していたことだった。
同じ苦しみを味わう少女二人、姉妹のように過ごした。
だが、そんな時間も長くは続かなかった。
帰りが遅いマリに対して父親は暴力を振るうようになり始めた。
それは野鳥花も同じようだった。
日に日に会う回数は減り、痣は増えていった。
そんなある日、マリの母親は、一方的に離婚届を提出し、姿をくらませた。
父親は今更、普通の人間が普通に傷ついたみたいな顔をしていた。
暴力を振るわなくなった。
しつけもしなくなった。
話もしなくなった。
仕事もしなくなった。
大切なものを失って、それを築くために積み上げて来た時間が無駄だと気づき、野放図に明け暮れた。
父親は現在に至るまで、朝は3時から、夜は日付が変わるまで、飲み屋で酔いつぶれていた。
無駄なく稼いでいた貯金だけが、虚しく通帳に輝いていた。
野鳥花は、マリの母親が失踪してから、後を追うように失踪した。
マリは脱け殻になった。
使命からも放棄され、愛からも放棄された。
だから、彼女は一人で生きることを覚え始めた。
こんなに不幸に生きてきた自分が、生きる幸せまで奪われてたまるものかと、必死でもがいた。
勉強をして1位をとったのも、おしゃれをしてカーストトップに躍り出たのも、他人の最も幸せな席を、自らの実力で塞いでおいてやろうという執念だった。

そんな彼女だからこそ、こんな結末を迎えることが出来たのだろう。
程なくして、マリは出頭した。
反省の色がみられることと、未成年であること、そして家庭環境の悪さを考え、厳重注意と罰金(部室の修繕費負担)で終わった。
これが、事実上マリの人生を懸けた戦いの終結だった。
千代「陸上部以外の人間には、制汗スプレー缶の破裂事故だったって言うことで、みんな口裏を合わせるってさ。」
マリ「すみません、お騒がせしてしまって。」
千代「いいのいいの。マリちゃんが失ったものを取り戻せたなら、それでいいと思うよ。」
警察署を出て、互いに帰路につく。
千代「誰にも渡さなければ、どれだけ幸運の持ち前が多いか、楽しみだね。」
マリ「…はいっ。」

千代と別れて一人になる。
マリはふと気づく。
陸上部に与えた幸運の代償を、まだ払っていないのではないかと。
そう思った矢先、目の前に、黒いマントを纏った人間が上からやって来た。
千代ではないとすぐにわかった。
千代のマントはフードなんてついてないし、身長が高いし、おっぱいがないし、なにより男性的な体格だった。
青白いスコップを両手持ちにしている。
本能が"ヤバい"と告げていた。
???「お前、面白い能力を持ってるじゃないか。」
やはり声も男だ。
スコップを持っている手も、よくみるとごつい。
だが、筋肉質とはとても言えない感じがした。
女性的な丸みがない、という程度のごつさだった。
むしろ骨張っているとさえいえる。
???「お前の…『魂』を頂くッ!!」
男はスコップを水平にかまえ、突きを仕掛けようとしていた。
逃げなくては。
何処に?
戦わなくては。
戦わなくては!!
マリ(いけるか…?)
飛びかかってくる男。
マリ「ミス・フォーチューンッ!!」
呼び掛けに応え、歯車の像が発現する。
マリ本人さえも予想だにしない速さで鋼鉄の拳を男に向ける。
男はそれを見切ってかわし、再び距離をとる。
マリ(ヒットアンドアウェーか…戦いなれてる。)
男は戦いなれている。
マリは戦いなれていない。
だから、マリの注意は男"だけ"に向いていた。
上空、キラリといつくもの点が光る。
マリはそれに気づかず、構えを取りなおす男にばかり注意を向けていた。
光は軌跡となってマリを貫かんとする。
マリがそれに気づいたのは、破壊音がした後だった。
目の前には、鋼鉄の手足を持つ自動販売機が立っていた。
マリの理解は追い付かなかった。
自動販売機に続いて、小さな鉄の槍を持った、缶ジュースの兵隊が隊列をなして、脇道から現れる。
かと思うと、底の方に大きな鉄の矢先を付けたペットボトル鳥が飛び回る。
ペットボトル鳥は鉄の矢先が前なようで、尻の蓋が外れると、勢いよく炭酸飲料が飛び出し、男をにわかにホーミングしながら突進する。
男はまた光の軌跡を飛ばす。
軌跡の正体は鉄芯だった。
鉄芯はペットボトル鳥や缶ジュース兵を貫き、次々と無力化させていく。
だが、自動販売機の役割は、盾ではなく空母のようで、次々と鳥と兵を放出する。
女の声「迷惑なのヨ。
あんたみたいな無能に、好き勝手暴れられちゃあネ。」
自動販売機たちが現れた脇道から、一人の女が歩いてきた。
女は、槍と盾を携えたマネキン兵を右に、剣と銃を携えたマネキン兵を左に従えてやってきた。
黄色から緑へと、毛先に向かってグラデーションを作る髪をツーサイドアップにしていて、毛の量が多いのか、両サイドに頭を1つずつ着けているのではないかと錯覚させる。
ゴスロリを着ていて、手袋をした手には短い鞭を持っている。
歩くたびに、白いブーツのヒールの音が聞こえる。
身長はさほど高くなく、むしろ小さい方だ。
女「早く逃げなさい。」
女はこちらを向き、そう言う。
だが、その声も、その顔も、マリは知っていた。
マリ「野鳥花…姉?」
女「違うワ。」
マリ「嘘…絶対野鳥花姉さんだ。アイドルのポスターにも映ってたけど…人違いなんかじゃない。」
女は男の方へ向き直る。
女「だから、違うわヨ。
私はもう、マリの優しいお姉さんじゃないのヨ。
…だから、行きなさイ。」
マリ「そんな…ッ!!」
女「自動販売機に入ってるドリンクにも限りがあるワ。行きなさイ。」
マリ「でも…。」
女「行ケ」
マリ「──────ッ!!」
そのとき、背後の物陰から見知った顔が現れた。
セイラ「何してんだお前、巻き込まれるぞ!!」
セイラはマリを持ち上げて走り出す。
セイラ「なんかよくわかんないけど、あんな戦いに巻き込まれたら、間違いなく死ぬぞ!!」
マリ「姉さん…。」
セイラ「──────家族だったか…ッ!!」
家族を失う痛みを知るセイラの心はズキリと痛んだ。
セイラ「でも!!お前が死んじまったら何もかもお仕舞いなんだよッ!!」
セイラは人並外れた速さで疾走した。
マリ「野鳥花姉ーーーーーーーー!!」

野鳥花「…逃げられたカ…。」
男は、勝てないと判断したのか、戦線を離脱した。
マリを追う気配もなかった。
自動販売機はごみになってしまったペットボトルや缶たちを体に詰め込んでいる。
野鳥花「マリ…。お前は自分で乗り越えたのカ…。」
野鳥花は路地裏へと消えて行く。
野鳥花「強いナ…。」

「また、一緒に生きたかったナァ…。」