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DAI-SONのアレやコレやソレ

創作ライトノベル、「ハーミット」「愚者の弾丸」を掲載。「ハーミット2」連載中。不定期更新です。

「ハーミット2」 ACT.2 見ているだけじゃ治まらない

5月3日(日曜日)

桜倉「その怪我どうしたんだよ。」
昨日の帰宅後に、一年生組でゴールデンウィークの予定を立て、その通りに集まったのだが、手足に包帯を巻いている榎の姿は痛々しかった。
榎「えへへー、実はかくかくしかじか、すったもんだでホイホイ…」
セイラ「ちゃんと説明しろ。」
榎「うん、本当はね、勘違いが原因でひと悶着あって…」
昨日の出来事を一通り説明すると、三者三様、複雑な顔をした。
真姫「みっきー、超能力者だったんだ…」
桜倉「なんだろうか、讃えるべきなのか、責めるべきなのか…」
セイラ「まー、死ななくてよかったじゃんかよ。」
返事もなんだか中身のないものだった。
決して他人事ではないのだが、後先考えない行動の結果だと言うことを考えると、幸運に愛されているな、という感想くらいしか浮かばなかった。
桜倉「これからは、もう少し様子見することをすることと、無茶な選択はしないこと。いいね。」
榎「で、でも、スマホ落とさなきゃ…」
桜倉「怪我してから言う台詞かな?」
榎「はい…」
返事をしながらも、やはり納得のいかない顔をしていた。
真姫「そんなに先輩みたいになりたいんだったら、みんながいるときに頑張ろ?協力すればもう少しましになるって。」
セイラ「あと、もう少し走り込んだらどうだ?」
榎「からかわないでよ~。も~。」
そのまま歩き出そうとする一行をセイラは呼び止めた。
セイラ「待った。今日はもう一人来るんだ。」
真姫「みっきーでも呼んだの?」
セイラ「いや、違う。」
セイラは視線を集めると、得意気な顔になった。
セイラ「入部希望者さ。」
桜倉「へぇ、ポスターまだだったんじゃないの?」
セイラは部員集めに日がな精を出している。
その事を、みんな知っている。
というより、普段から目の前であれこれやっているのだから、嫌でも目に入る。
ポスターもまたその一環だったが、完成したところは見ていなかった。
セイラ「いや、それがさ、自主的に言ってきてくれたんだよね~。」
願ってもない新入部員の訪れに、セイラは喜びを隠せないようだ。
セイラ「榎や桜倉も知ってる奴だよ。後ろの席の奴。」
榎「いや、まだクラス全員の名前と顔は一致してないよ…。」
入学してまだ1ヶ月、同じ部活の仲良しとはよく話すものの、クラスの人間と馴染むのは、やはり何かのイベントが起きてからだ。
セイラ「そっか?そんなもんか。」
桜倉「もしかして、あいつか?」
こちらに向かってくる少女を指差す。
セイラ「そうそう、あれあれ。おーい。」
セイラが手を振ると、その少女も手を振り返した。
桜倉「ドリルだな…」
真姫「うん…」
榎「ドリルだね…」
黄緑色の髪は、頭の後ろで、見事に2つの縱ロールを形成していた。
セイラ「紹介するぜ。新入部員の名倉みるく(なぐらみるく)だ。」
みるく「うふ、よろしくなの…」
優しくておとなしそうな雰囲気だった。
気が小さそうで、脆弱な細身は、どう見てもスポーティーとはかけ離れていた。
みるく「体が弱いのが嫌で、すこし、体力をつけたいだけなので、どうかお手柔らかに…」
真姫「マイペースでやればいいよー。」
桜倉「藤原先輩にも伝えておくから、安心しろ。」
榎「それじゃ、揃ったところで、カラオケ行きますか‼」
いつもより多い靴音が、喧騒と鮮やかなシンフォニーを刻む。

セイラ「"月の爆撃機"?誰だ?」
セイラは備え付けの端末を覗き込んで問い掛ける。
榎「私、私。みんなで歌おうよ‼」
テーブルからマイクを取り上げ、立ち上がる。
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桜倉「ブルハなら"リンダリンダ"辺りにしたほうが良かったんじゃないか?」
真姫「その曲知らないよー。」
みるく「私も…」
榎「えー、そんなー。」
猛反発を受けるうちに、曲に入ってしまい、一人で歌い始める。
セイラ「そういえばさ、みるく、まだ一曲も入れてないじゃん。」
手にしていた端末をみるくに手渡す。
みるく「いいよ、みんなにあわせるの。」
セイラ「知らないもんは会わせようが無いだろ。みんななんだなんだ言って、好き勝手入れてるんだし、遠慮しなくていいよ。」
みるく「いや、それがね…」
端末をつつきまわすみるくの顔は浮かなかった。
みるく「カラオケ、初めてなの。」
榎「えーーーー‼」
マイクを持っているにも関わらず、突然大声を上げたため、ひどいハウリングが耳をつんざく。
桜倉「おいっ。マイクもって叫ぶんじゃない。」
榎「えへへ…。」
ひとしきりいじったあと、みるくはそのまま端末を置いてしまった。
みるく「しかも、好きな曲入ってないの…」
セイラ「そりゃあ、楽しくねぇよな。」
真姫「無理させちゃったんだね。」
みるく「いや、いいの。逆に気を使わせちゃってごめんなの。」
榎「じゃあさ、じゃあさ。」
榎は演奏が続いているにも関わらず、マイクを置いてみるくに寄った。
そして、タンバリンを渡す。
榎「にぎやかしていれば、なんとなく楽しい気持ちになるよ。」
みるく「…うん。ありがとうなの。」
終始複雑な顔をしていたみるくにも笑顔が浮かぶ。
榎「せっかくなら、好きな歌をアカペラで歌ってくれてもいいのよ?」
セイラ「公開処刑はやめて差し上げろ。」
榎「えへー。」
真姫「あ、次は"キラキラ☆スターライト"だよ‼」
榎「おー‼セイラちゃんの十八番ッ‼」
セイラ「いくぜー‼」
セイラはテーブルからマイクをとる。
榎は、セイラが元々座っていた、みるくの隣に座る。
みるく「盛り上がるの…?」
榎「うん‼楽しくなるよっ‼」
榎はマラカスを手に取った。
榎「一緒に騒ご?」
みるく「…うん‼」

セイラ「カァーーーッ、ア゛、ア゛ッア゛」
桜倉「喉がつぶれるまでやるんじゃないよ。」
結局、後半はセイラの独壇場となった。
5人も集まっておいて、曲の好みがバラバラ過ぎたため、セイラがライブハウスで歌うようなアップビートなナンバーをDJ顔負けのチョイスで歌い上げた。
ちなみに、歌自体はそこまで上手くはなかった。
真姫「部員が増えたら、毎度やろっか‼」
榎「いいね、それ。」
みるく「…うん。」
みんな笑顔で肯定する。
セイラは咳き込みながら無言のサムズアップ。
桜倉「セイラさ、そんなんで明日も遊べんのか?」
セイラ「ゲホ、ゲホ、オエッ」
不穏な声を出したあとに、ウインクしてガッツポーズ。
真姫「じゃあ、帰ろっか。」
セイラ「ン゛」
榎「そうだね。…って、あれ?みるくちゃんは?」
気がつくと、姿が見当たらなかった。
大きな縱ロールがトレードマークのため、目立つのだが、視界には映らない。
桜倉「先に帰ったんじゃないか?」
榎「門限とか厳しいのかもね~。」
スマートフォンで時間を確認すると、午後6時18分を指していた。
どおりで会計がバカにならなかった訳だ。
セイラ「それじゃ、ゲホ、また明日。」
榎「うん、じゃあね~。」
桜倉「じゃな。」
カラオケの前から散って行く。
真姫「あ、榎ちゃん。」
榎「ん?」
そんな中、真姫は榎を呼び止める。
真姫「ちょっと聴きにくいんだけど…」
そう言って手招きして、耳打ちをする合図をする。
榎「何々?」
真姫「あのさ…」
榎「んん?」
真姫「やっぱり、この年になると、下着っておしゃれなの付けてるの?」
榎「え?ええ?」
急な質問に顔を赤らめたり青らめたりする。
真姫「いや、みんながいると聞きにくくて…」
榎「いやいや、どうしてまた。」
真姫「いやいやいや、実はね、セイラちゃんが最近大人っぽい奴に凝り始めててさ…着替えの時、気づかない?」
榎「全然…だって、私、やっすい白のやつとかベージュの叔母臭いやつだよ。やっぱ遊ぶ方に小遣い回したいし。」
榎は、真姫を気遣って、「カップサイズのせいで、安くてかわいいのがないし」、と本音を言うのはこらえた。
そうすると、真姫はホッとした顔になる。
真姫「よかった~。私だけスポーツタイプの下着だから、恥ずかしいなって思ってたけど、なんとかやっていけそうだよ。」
榎「それは喜んでいいのかな…」
真姫「それで、今日はどっちなの?」
榎「白だよ。ベージュはうっかり見られたときに、穿いてないと思われることがあるから、ズボンタイプの時に穿いてるよ。」
真姫「あー、肌色っぽいもんね~。ごめんね。こんな話しに付き合わせちゃって。」
榎「いいのいいの。先輩だったら、ちゃんと相談に乗ってあげるだろうし。」
真姫「じゃあ、また明日。」
榎「また明日。」
榎は、すっかり暮れてしまった夕闇に消えて行く。
しかし、真姫はまだその場を離れなかった。
そして、スマートフォンにダイヤルを打ち込む。
退勤ラッシュの終わった静かな道路に、コール音が響く。
真姫「もしもし────?」

榎「ただいまー。あれ?」
榎の実家はアパートだ。
ボロくもなく、また、豊かでもない。
茶の間、母の寝室、父の寝室、そして自室。
その四部屋と、トイレ、風呂、キッチンしか存在しない、一般的で普通な、簡素な作りだ。
茶の間の電気は消えていて真っ暗、しんと静まり帰っていた。
母も父も、仕事から帰っていないようだった。
榎「なんか買ってくるんだったなぁ。」
トイレに入り、用を足す。
その間、なにか茶の間から物音がした気がした。
榎(帰ってきたのかな)
トイレから出て、手を洗おうと、キッチンへ向かう。
茶の間の電灯が点いており、火の点く音がした。
榎「おかえ─────」
息を飲む。
手を洗っていないことなど意に介さず、目を擦ってしまう。
そこでは、認めがたい事が起きていた。
みるく「おかえり。」
榎「なっ、なんで‼?」
みるく「ついてきただけなの。そんなに驚くことないの。」
初めからその家の住人かのように、冷蔵庫の中身を探る。
みるく「夕飯まだなのね。ちょうど、ホットケーキミックスがあったから、パンケーキ焼いてたの。」
ハチミツ、メープルシロップを冷蔵庫から取りだし、並べる。
みるく「榎ちゃんは、甘々が好みなの。」
榎「えっ、ああ、うん。」
なんだ、一緒に夕飯が食べたかっただけなのかな。
そう思ったが、トイレで聞いた"音"を思い返してみる。
トイレのドアを締め、鍵をかける音。
小便の流れる音、便座を開けたり閉じたりする音、服を着たり脱いだりして布の擦れる音、トイレを流す音、電灯のスイッチの音、ガスコンロの火の音…
やはり、必要な"音"が欠けていた。
『みるくが家に入るためのドアの音』だ。
玄関ドアを見る。
"鍵がかかっている。"
『鍵を閉めた音』さえ足りなかった。
みるくは、手頃な皿にパンケーキを盛り付ける。
みるく「今、テーブルまで持っていくの。一緒に行くなの。」
二人ぶんのパンケーキを乗せた皿を手に、キッチンを出て、テーブルに向かう。
榎「ねぇ、ちょっと。」
みるく「どうしたの?」
榎は嫌な予感がした。
冷や汗が、首筋を伝いシャツに染みる。
榎「みるくちゃん、どうやって入ってきたの?」
みるく「普通に、玄関からなの。」
榎「嘘だ。」
みるく「だからなんだっていうの?」
榎の懐疑的な視線などどこ吹く風。
テーブルに皿をおいて、またキッチンに向かおうとする。
みるく「うーん、ナイフとフォークって、どこなの?」
榎「その前に‼」
みるく「?」
棚を漁っていたみるくに詰め寄る。
榎「何しに来たの?」
みるくの手が止まる。
みるく「一緒に居たいと思うことに、理由が必要なの?」
そうとだけ返事すると、また、棚の中身を物色し始めた。
2対のナイフとフォークを手に取り、テーブルに向かう。
榎(うちにこんな上品なナイフ&フォークなんてあったんだ…)
家で焼くパンケーキなんぞ、トースト感覚で食べてしまうため、いつも素手で食べていた。
榎「いつもこんな風に切り分けてるの?」
みるくの手によってキレイに八ツ切りになったパンケーキに視線を落とす。
みるく「そんなわけないの。よそいきなの。」
こうやって普通に会話していると、普通に玄関から入ってきたのに気づかなかっただけなのかな、と思えてくる。
たが、油断は許されない。
こんな時間にわざわざこそこそ隠れて追いかけてくるなんて、普通とは言い難い。
なるべく角を立てず、一旦引かせたいところだ。
榎(そうだ、先輩なら何かアドバイスをくれるはず。)
スカートのポケットから、スマートフォンを取り出す。
みるく「ちょっと」
榎「?」
みるくは少し顔を曇らせる。
みるく「食事中にスマホいじるなんて、お行儀わるいの。」
榎「いーじゃん、ここ私ん家なんだからさ~。それに学校で弁当食べるときだって普通に使うでしょ?」
みるく「ダメなのッ」
顔つきが、怒りに変わってくる。
榎「わかったよ…別に急ぎじゃないし。」
榎はスマホをテーブルに置く。
みるくはホッとした顔つきになる。
やはりおかしい。
もう少し揺さぶってみなければ。
榎「ねぇ、帰りはいつ頃?もう暗いし、大丈夫なの?」
みるく「まだ来たばっかりなのに、もう、帰る時の話なの?」
榎「質問に質問で返さないで。質問しているのはこっちだよ。」
これ以上はぐらかされては、らちが明かない。
みるく「んー。別に"帰るつもりは無い"の。」
榎「えっ‼?」
みるく「一夜を共に過ごすのね。」
榎「いや、ちょっと待って。これからお父さん帰って来るんだよ‼?それに、みるくちゃんの両親は大丈夫なの?」
あわてふためく榎に対して、みるくは平然とパンケーキを口に運んでいた。
みるく「大丈夫なの。私はいい子だから見つからないの。」
榎「いやぁ、隠れればいいって問題じゃ…」
押し返せない。
相手を納得させたり、違和感の正体を暴いたりすることができない。
榎「親と喧嘩でもした?」
みるくは首を横に振る。
榎「友達の家に泊まってみたかった?」
みるくは首を横に振る。
榎「ストーカーに追われてる?」
みるくは首を横に振る。
みるく「さっきも言ったの。一緒に居たいから、ここに来たのね。」
榎「なんで私を選んだの?」
みるくは突然テーブルに両手を叩きつけて、立ち上がった。
みるく「好きだからに決まってるの‼ひとつになりたいから夜に来たの‼ぜんっぜんわかってないのね‼」
今まで大人しく喋っていたのが嘘のように、窓ガラスがびりびり震えるほどに大声で怒鳴った。
榎「ええっ‼?何々‼?ひとつになるってどういうこと?融合‼?人間じゃなくなっちゃうの‼?」
みるく「そうなの…獣のようになってしまうのね…‼」
榎「ひ、ひぇ…」
涙目になって、わなわなと震えてしまう。
そんな馬鹿な。
そんな恐ろしい能力を持っていたなんて。
たしか、そういうのは「合成獣(キメラ)」とか「合成生物(ホムンクルス)」とか言う奴だ。
みるく「さぁ、寝室へ行くの…獣のように求め会うの…‼」
榎「いやぁーーーーー‼」
父親「どうしたァ~ッ‼」
あわてて鍵を開け、ドタドタと入ってくる。
父親「本当にどうしたんだ?」
そこには、"榎一人だけが倒れていた。"
父親「虫でもいたのか?」
榎「違────」
榎が声をあげようとした瞬間、胸の下の辺りに痛みが走る。
榎「ギッ」
不意の痛みに思わずのけ反る。
そして、榎は自分の間抜けさに腹をたてた。
榎(ひとつになるだとかなんだとか言ってたのはただの戯れ言だった…
みるくちゃんの本当の能力は、"影の中に潜る"能力。
これなら、どうやって家に侵入したかも合点が行く。
服と体の間の"影"から指先だけを出して引っ掻いてくるなんて…‼)
父親「誰だッ‼誰かいるのかッ‼」
榎「お父さん、今ので気づいてくれたの‼?」
バレないのが目的だったのか、次は引っ掻いてこなかった。
父親「ン‼?いや、"テーブルに二人分の食べかけ"があったら二人いるって思うだろう。
お前はよく食べるが、わざわざ2セットも食器を持ち出したりするものか。」
榎「お父さん…」
しかし、みるくの次の行動は始まっていた。
窓側に飛び出したみるくは、カーテンをレールから引き剥がして、テーブルの影に引きずり込む。
父親「な、なんだ。なんのつもりだ小娘‼」
次の瞬間、榎の後ろの影から何かが飛び出してきた。
父親「榎、危ない‼」
榎「お父さん危ないッ‼」
これは、位置関係を使ったトリックだった。
父親と榎は部屋の中心を挟んで向かい合わせ。
───つまり、電灯を挟んでいたため、お互いに自らの影に背を向けていたのだ。
榎の背後から飛び出したのは、レールと繋いでいた金具がついていた部分を帯状に千切ったもの、つまり、ブラフ。
榎を庇おうと前傾になった父親は、背後のみるく本体の足払いを食らい、倒れる。
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その上にカーテンを覆い被せ、いつの間に取っていたのか、スカートとお腹の間に挟んでいたナイフとフォーク、そして箸や包丁などの尖ったものをすべて使い、見事に磔にして見せた。
みるく「ハァ、ハァ。大丈夫なのね。榎ちゃんの大事なパパなのに、傷つけたりしないのね。」
カーテンはクッキリ人形を浮かばせている。
父親「だ、駄目だ。運動会の席取りのブルーシートみてーにガッチリ固定されてて動けねぇ…ッ‼」
榎「そんな…」
これでも父親は土木関係の仕事をしており、ガタイはいい方だ。
だが、力を入れる起点がなければただの肉塊に等しい。
みるく「あのね榎ちゃん…私、榎ちゃんの優しいところが好きなの…だから、今夜は私が優しくシてあげるのね…」
榎「…」
みるくの言葉なぞ全て戯れ言。
そう思わなければやられてしまう。

 自分には、先輩に貰った"勇気"がある。

榎は、スマートフォンに手だけを伸ばす。

 やられたら、鮮やかにやり返してやるんだ。

みるくは取らせまいとテーブルを蹴り上げ、スマートフォンを落とす。

 頭を使ったつもりでいる奴は、相手の機転に対応できやしない。

しかし、スマートフォンなぞ、元々取るつもりもなかった。
榎は、体を逆によじらせて、カーテンを拘束しているナイフを一本抜く。
振り向くみるくに、震える手でそれを突きつけた。
みるく「なんのつもりなの?」
榎「それは、こっちの台詞だよ。」
互いに肩で息をする。
嫌味な汗が尚も首筋を伝う。
みるく「あなたも、私のものになってくれないんだ…」
榎「へ?」
みるく「なんでッ‼なんでいっつも幸せな人間が幸せをかっさらっていくの‼?なんでいっつも私は"影"からみていなくちゃあいけないのッ‼なんで‼?なんでなんでなんでなんで‼?もうウンザリなのね‼欲しいものが手に入らない人生は嫌なのねッ‼」
ナイフを持っている手を掴んでくる。
鬼のような形相で、とんでもない力で手首を握り締め、ナイフを離させようとする。
榎「何よ…」
榎の表情は、もう恐怖では無くなっていた。
あわれみだった。
榎「結局、私の事なんて好きじゃなかったんだ…」
みるく「な…に…を」
榎「あなたが好きなのは、可哀想で惨めで哀れな悲劇のヒロインである自分自身なんでしょう?」
みるく「違うの…」
榎「どうせ欲しいものを手にしたって、"自分が可哀想だから"、また勿体つけて、超能力(ちから)任せに奪っていくんでしょう…」
みるく「違うのね…」
榎「ああ、なんて可哀想なんでしょうね‼心配してくれたひと、優しくしてくれてひとはいっぱい居たでしょうに‼」
みるく「違うーーーーーーー‼奪っているのはお前らの方なのねーーーーーーーッ‼」
その時、玄関ドアがとんでもない音をたててこじ開けられる。
真姫「間に合った‼?」
みるく「────‼?」
大粒の汗をたらし、息を荒げて、彼女ら突然あられた。
真姫「イヤーッ‼」
掛け声と共に、みるくの華奢な腕を蹴りあげる。
みるく「みぎぃっ‼」
堪らず手を離した。
その隙に真姫は蹴りを食らわせ、床に叩きつける。
榎「…どうして真姫ちゃんが?どうやってここに?まさか、自力でうちを見つけたの?」
真姫「ううん、実はね───」

時間は遡る。
真姫は榎と別れたすぐあと、ある人間に電話を入れた。
真姫「もしもし、みっきー?」
美樹「ヒメじゃん。なに?」
真姫「実はね、頼みがあるから、今すぐ来て欲しいんだけど…。」
電話の向こうからは、露骨にウーーーン、と唸り声が聴こえる。
美樹「あのね。私も、部活やってるの。文芸部。文芸部には"締め切り"ってのが付いてくるの。わかる?暇じゃないのよ。」
真姫「そんなこと言わないで…みっきーにしか出来ないことなの。」
電話の向こうからはさらなる唸り声が聴こえる。
美樹「わかったわかった。"キャスト"の力が必要なのね。」
真姫「…うん‼いいんだね‼?」
美樹「短く済ませなさいよ。」
…ほどなくして、カラオケの前に美樹が姿を現した。
美樹「それで?なんの記憶を読めばいい?」
真姫「地面の記憶を読んで、丁度みんなが解散したところ。黄緑色のドリルヘヤーの子がどうなったか見て欲しいんだ」
美樹「しゃあない…キャスト。」
黒い閃光は地面を這う。
キャストには、物体に潜り込める性質があり、そのまま模様になって、表面を移動することができる。
キャスト『オーケー、任せな…ん』
美樹「どうした。」
キャスト『これは不味いぜ。』
美樹「なんで?」
キャスト『あいつ、地面に潜りやがった。超能力者だ。』
美樹「本当か‼?」
真姫「どうしたの‼?」
美樹「ヒメのいうそいつ…能力者だってよ。」 
真姫「榎ちゃんが危ない…榎ちゃんの家の場所を教えて欲しい。」
美樹「ウーン…」
美樹はポケットからガムを取り出して、口に入れた。
美樹「悪いけどさ、読める記憶は物の記憶なの。道案内はできないわ。」
真姫「いや、地面とか壁の記憶でもいいんでしょ?」
美樹「ご期待に添えなくて悪いけどさ、広い範囲は無理だから、建物なら途切れたら終わりだし、地面からじゃ視点的に区別つかないのよね。」
真姫「じゃあ、下からなら見えるってことだよね。」
美樹「まぁ、そうだけど…」
真姫「私、あらかじめパンツの色訊いておいたから大丈夫だよ‼」
美樹はガムを吹き出してしまった。
美樹「冗談だろ‼?」
真姫「本気だよ‼白いパンツだって言ってたもん‼」
美樹「大きい声で言うんじゃない‼」
恥ずかしさで顔を赤くしながらも、手からは既に黒い閃光とともに、目鼻口ワンセットが再び浮かび上がっていた。
美樹「いけるか、キャスト。」
キャスト『ンンー…おっ、オーケーだ。このデカイ尻を追っかければいいんだな。』
美樹「真姫、行けそうだ。追っかけよう。」
真姫「うん。」
真姫は、美樹をお姫様だっこして走り出した。

真姫「っていう事があって。玄関先にはみっきーがいるよ。」
榎「ははは…」
榎は、カーテンを固定しているものを取り除きながら聴いていた。
みるくはのびているようだ。
榎「ところで、どうして私がターゲットだと思ったの?」
真姫「え、気づいてなかった?みるくちゃん、何度も榎ちゃんの手を握ろうとしてたんだよ?」
榎「へー。」
父親はゆっくり起き上がり始める、その視線の先で、みるくは目を開いていた。
父親「‼?」
父親は息をのんだ。
だが、それ以上に驚いたのはみるくだった。
真姫の背後の壁には巨大な目鼻口の落書きのようなものが浮かび上がってた。
美樹「私の仕事は、まだ終わってないっての。」
それは、キャストを限界まで引き伸ばして作った、超能力者にしか見えないハッタリであった。
それを見たみるくは、真姫を強敵と思い込んだのか(素でも充分強いが)、観念したようだった。

父親「ん~、あとで、ちゃんとした金具を買ってこないとな。」
父親は、少々いびつになった玄関ドアを、ドアとして機能するように取り付けた。
真姫「ごめんなさい。鍵がかかってなかったなんて知らなくて…」
父親「仕方ないさ。それよりも大きな問題があるだろ?」
父親はリビングの方を指差す。
リビングには、スマートフォンで経過報告をしている榎と、正座させられているみるくがいる。
美樹は、用がすんだ事を確認すると、そそくさと帰ってしまった。
榎「ヒメちゃん、リビング来て。
先輩たちと会議モードで通話するから。」
真姫「う、うん。」
榎のスマートフォンを囲うように、3人が集まる。
千代『あつまった?』
榎「は、はいっ。」
千代『じゃあ、まず、みるくちゃんが今どう思っているかを知りたい。』
榎と真姫の視線は、みるくへ向く。
摩利華『処分を決める大事な話だから、本音でお願いね。』
枷檻『場合によっては多くの大人が動くから、嘘はやめろよな。』
みるく「じゃ、じゃあ、正直に言うの。私は、今まで、独りよがりな逆恨みで榎ちゃんを狙っていたの。でも、それがわかったのは、榎ちゃんがちゃんと私の言葉を聞いてくれて、体をはって向き合ってくれたからなの。だから…その…」
みるくは急にもじもじとしはじめる。
妙な間が空いてしまう。
摩利華『本気で好きになってしまったのね。』
優しい吐息が間を繋げた。
みるく「はいなの…」
榎と真姫は複雑な顔になる。
しかし、スマートフォンの向こうからは摩利華の上品な笑い声が聞こえる。
摩利華『わかりますわよ。その気持ち。
これでちゃんと、まっすぐな愛になったわね。』
みるくは顔を赤らめて目をそらしてしまう。
摩利華『榎ちゃんはどんな気持ち?』
急に振られてビクッと飛び上がる。
榎「まぁ、その…決して気持ちのいいものではないですよね…。」
摩利華『あら残念。』
千代『遊ばないの。』
摩利華『はいはい。』
千代『返事は一回。』
摩利華『はーい。』
ふぅ、と千代の軽いため行きがノイズ混じりに聞こえた。
千代『みるくちゃんは、今のところは、また危害を加える可能性は低いだろうし、身柄の拘束はしないでおくよ。』
枷檻『じゃ、私はもう帰るわ。』
千代『お疲れー…それで、部活の方は、続けてもらって構わないよ。というか、なるべく監視下に置きたいから、辞めない方が助かるんだよね。これからの"探偵ごっこ"に協力してくれるなら、願ってもないことだけれど。』
みるく「探偵ごっこ…?」
千代『あなたみたいに、能力を悪用する人間を懲らしめる活動のことだよ。』
みるく「…。私には無理そうなの。」
千代『超能力者の人員が欲しかったんだけどなぁ…。無理強いして軋轢が生まれてもしょうがないし、能力を悪用しないならそれだけでいいよ。』
みるく「でも…」
千代『?』
みるく「でも、榎ちゃんは守るのね。私のものにならなくたっていいの。ただ、そばにいることを許してほしいのね。」
千代『…まあいいわ。好きにしなさい。』
榎「ええっ、ストーキングは悪用じゃないんですか!!?」
摩利華『純愛なら悪さはしないですわ。』
榎「ええー!!?信用できないよー!!」
真姫「じゃあ、みるくちゃんは、榎ちゃんの言うことを絶対聞くっていう約束をすればいいじゃない。」
みるく「聞くの。なんでも聞くのね。」
榎はばつの悪い顔をしたが、しぶしぶ頷いた。
榎「しょうがないな~。でも、帰るときはちゃんと自分の家に帰るんだよ。」
みるくの顔がパッと明るくなった。
みるく「それじゃ、言う通りにおいとまさせてもらうの。今日は本当にごめんなさいなのね。」
そう言うと、玄関先の影に潜って消えてしまった。
榎「先輩、いいんですか?野放しにして。」
たしなめたとはいえ、やはり、さっきのさっきまで敵だったため、不安なのは当然のことだった。
千代『大丈夫。猛獣は、懐柔すれば心強いものだよ。それに、私たち二年生組だって、元々は敵同士だったんだから。』
真姫「えっ、初耳です!!ホントですか!!?」
千代『うん。だから、今日は安心してお休み。』
電話は一方的に切られてしまった。
榎「そーんなー!!!!」
真姫「不安なら、私が泊まっていく?」
榎「…うん。」
真姫はスマートフォンを出して"リダイアル"を押した。
いつもはLINEで連絡を取っているため、通話は親としかしないのだ。
真姫「…もしもし?お父さん?」
美樹「ち・が・い・ま・す・け・どッ!!?」
真姫「ご、ごめんなさい!!間違えました!!?」
一難去り、夜は更けて行く。