DAI-SONのアレやコレやソレ

創作ライトノベル、「ハーミット」「愚者の弾丸」「ハーミット2」を掲載。更新停止中です。

「ハーミット2」 ACT.1 嘘をつく記憶

5月2日(土曜日)

ほとんどの部活がゴールデンウィーク休みに入っているなか、陸上部は休みを返上して部室に集まっていた。

千代「まだヒントが少なすぎるね…マスコミの続報を待ちながら、インターネットでの目撃情報を探っていくしかないか。なにせ相手の見た目も年齢もわかってないわけだし。」
摩利華「下手に動き回って目をつけられても厄介ですわ。焦らずに、まずは学校に居る人間で、事件について知っている人がいないか調べましょう。」
枷檻「もしかしたら、協力してくれるかもしれないし、敵なら尋問できる可能性も残されている。手荒な手段をとるなら、犯人と親しい仲である場合に、人質にしたりもできる。」
千代「もっとも、そのしたっぱが強かったら無茶な話なんだけど…。そもそも集団か単独かも不明だし…。」
二年生組は深いため息をつく。
要するに振り出しに立たされて、サイコロを探す段階、ということなのだ。
榎「あ、あの…」
沈黙を守っていた一年生組から、声が上がる。
千代「どしたの?」
榎「なんで、マントなんか着てるんですか?」
一年生組は全員、うんうんと頷く。
千代「そんなこと気にしてたの?」
セイラ「あったり前じゃないスか~。
失礼ですけど、クソほども似合ってませんよ。」
桜倉「馬鹿、クソは余計だ。」
真姫「でも、なんでマントなんですか?」
二年生組は顔を見合わせる。
枷檻「なんでって…これが本来の千代の姿だぜ?」
摩利華「見慣れていますし、むしろこっちの方がらしいですわ。」
千代「まぁ、風紀委員の腕章みたいなもんだよ。命を懸けて戦うときのユニフォームって言ったら正しいかな?それに…」
榎「それに?」
千代は部室の汚い窓の外に視線を向ける。
千代「共に戦った、去年の夏のある人との思い出だから。」
セイラ「な、亡くなったんスか?」
申し訳なさそうに問いかける。
千代は首を横に振る。
千代「あの人は、もっと数奇な運命のために、この場所を離れたんだ。会うことが絶対に不可能な事には、かわりないけど。」
榎「えへへ…無粋な質問でしたねー」
にへらっとしながら、首を掻く。
千代「いいのいいの。訊かないでモヤモヤするよりはいいし。」

一年生組は校内の調査、二年生組は、千代の能力で逃げられること、二人のお金持ちがSPを呼びつけられることを考え、外の調査の担当になった。
もっとも、情報が少ないせいで、目的のないパトロールになってしまうため、遊んでいるのと大差はないのだが。
そのため、ゴールデンウィークは普通に遊ぶことにした。
事件についても気にはなるが、学校に人はいないし、追加情報を待ちたいので、いい機会だった。

練習するために来たわけではないため、玄関に向かって歩き出す。
榎「あっ、私、教室に忘れ物取りに行くから先に帰っててー」
セイラ「何忘れたんだ?」
榎「昨日の体操着…絶対臭くなってるよねー」
セイラ「臭いが落ちるまで洗濯しとけよ。」
造作なく靴を履き替えて玄関を出て行く。
真姫「ゴールデンウィーク、いっぱい遊ぼうね~。」
榎「帰ったらLINE入れとくね~。」
遠ざかる姿にお互いひらひらと手を振った。

榎「あったあった…うん何も盗まれてない。亜万宮先輩は男子に下着体操着盗まれたことがあったって言ってたし…冷や汗もんだよ…。」
この学校は一年生が三階、二年生が二階、三年生が一階にある。
一年生は普通に登校するだけでも、わりとしんどい思いをする。
榎「生徒の教室、全部一階にしてくれればよかったのに…」
まだ入学して1ヶ月、馴れないクラスに馴れない校舎。
春先で涼しいというのに、緊張感からか、いやに額に汗が浮く。
階段を下りて行くと、話し声のようなものが聴こえた。
榎(あれ?2階って、何部の部室があったっけ…)
二年生に申し訳なく思いながらも、声の方へ近づいて行く。
声は一人だった。
女生徒のものだ。
榎(ヤバい人だったら怖いから、気づかれないようにしないと…)
もしかしたら、何らかの事件の手がかり足がかりを握っているかもしれない。
そう考え、声のする部室へ足を向ける。

この学校は、階段の目の前にD組がある。
そのまま階段に立ったままの視点だと、左からA~E組がずらっと並んでいる。
E組の先には相談室があり、空き教室があり、曲がり角になっている。
相談室のはす向かい、すこし空き教室の向かいにかかるかたちで、トイレがある。
曲がり角には職員室があり、奥に向かって階層毎にさまざまな特別教室が軒を連ねている。
反対に、A組側から曲がると、階層毎に割り振られた部室がある。
曲がり角には男子更衣室、一番奥には女子更衣室がすべての階層の同じ位置に用意されている。
そして、それぞれの奥の両端は廊下で繋がっており、帰宅部の溜まり場になっている。
そこには掲示板がある。
大概は部員募集やボランティアのお知らせが貼ってあるのだが、こまぐれに、奇妙な貼り紙を見た人間がいたとか。
旋風高校七不思議の一つだ、と、三年生の先輩から聞いた。

声は部室の方から聴こえた。
2-Aの看板が頭上に到達した。
一人で会話しているところを聴くと、電話でもしているのだろうか。
榎(こっち見てませんように…‼)
そっと、顔を覗かせる。
そこには、白いニット帽を被って、セーラー服の上からパーカーを着ている女生徒の姿があった。
セーラーのリボンが黒なので、一年生のようだ。
その手にはスマートフォンが握られて…いなかった。
壁に手のひらをつけて、一人でしゃべっている。
文芸部の部室のドアの近くなので、恐らく彼女も文芸部員に違いない。
榎(見てはいけないものを見てしまった…‼)
引き返そうとしたとき、ふと思い出す。
榎(そういえば、藤原先輩がこんなことを言っていた…)

──数日前

榎「先輩、ちょーのーりょくってどんな感じなんですか?」
榎は、部活で使った道具をしまう千代にくっついていた。(手伝いはしなかった。)
千代「どんな感じかって?
…うーん、それは果てしない質問だね。」
榎「どういうことです?」
千代「言ってしまえば何でもアリなんだ。
デウス・エクス・マキナじみた、魔法みたいな感じ。
ただ、ファンタジーな魔法との違いは、性格や精神力によって形や能力が大きく振れることと、大体は単一の機能しかなくて一人で10種類も20種類も使えないこと、そして、人間の想像を越えられないこと…だね。
願えば、限りなく近い力が形になる人はいても、人の知り得ない奇跡は起こらないんだ。」
榎「へー…じゃあ、逆に、想像が達者なら、ペガサスとかクトゥルフとか、空想上の化け物もペットにできちゃうんですか?」
千代「うーん…まぁ、それこそ、生きているような、自我を持った能力だってあるわけだし、不可能じゃないんじゃないかな…クトゥルフの場合は自身が発狂したりしないかは保証しないけど。」
榎「へー」

榎(あの人は"自我をもった超能力と会話"してるんだ…‼)
早く先輩に知らせなくては‼
そう思い、スマートフォンを取り出そうとしたが、体操着を入れた袋と補助バッグを持っていたため手元がもつれてしまい、落としてしまった。
不審な女生徒「誰か居るのねッ‼」
榎(やば‼)
榎はスマートフォンを拾い上げ、出せるだけの全速力で逃げる。
榎(あの人の持ってる能力が攻撃するタイプだったらまずい…‼)
不審な女生徒「待ちなさい‼」
榎はダイエットするために陸上部に入るような女だ。
もともと運動なんてしていなかったため、いかんせんどんくさい。
階段の手前で追い付かれてしまい、手を捕まれてしまった。
榎(殺される…‼)

こういうとき、先輩ならどうするだろう。

『無理はしないで』

そんなこと言ってたけど、痴漢や強盗を撃退するとき、一番無茶してるのは先輩の方だ。

榎「死なばもろともッ‼」
不審な女生徒「えっ‼?ちょっ」
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舌を噛み千切らないように、引っ込める。
そして、歯を食い縛る。
持っていた荷物を階段側に振る。
そのまま重心をずらし、元々の体の重さと荷物の重さを利用し、階段の方へ体を投げ出す。
握られた手を握り返してやる。
二人はバランスを完全に失い、重力の言いなりとなる。
榎「…ッ‼」
不審な女生徒「ヤーーーーーキャーーーーッ‼」
不格好に学舎で、互いの手を握って、重力ダンス、ダンス。
…なんて素敵なものではない。
踊り場を転がり、互いに無様に壁に打ち付けられる。
もちろん、そんなことで死ぬことはおろか、気絶することさえない。
榎「…ッ‼」
手を振り払い、痛みに耐え、這いずりながら立ち上がる。
不審な女生徒「ちょ、タンマタンマ。
なんか勘違いしてない?」
女生徒は、ゆっくり上体を起こすが、相手を消そうだとか、殺そうだとかいう気配は無かった。
榎「な、なにが?」
不審な女生徒「だから、その、全力で抵抗しなくたってさぁ、ひっぱたいたりしないから。」
榎「えぇ、でも、超能力者なんでしょ。」
不審な女生徒「へ?う、うん。そうだけど。あんたもなの?」
榎「いや、違うよ。だから、見えないんだ。
きっとこの辺にペガサスとかクトゥルフとかが居るんでしょ‼?ね、そうでしょ‼?」
女生徒は呆れた顔になる。
不審な女生徒「ねぇ。あんた、クトゥルフが何か知ってるの?」
榎「知らない。でも、得体の知れないものでしょ?」
不審な女生徒「いや、その言い方もあながち間違いではないからアレなんだけど…まぁいいや。」
女生徒は膝の痛みを気にしながら立ち上がった。
不審な女生徒「私が持ってるのは、そんな物騒な物じゃないわ。安心して。」
榎「ホントに…?」
不審な女生徒「今あんたが死んでないのが証拠よ。」

一階まで下りて、購買部の自販機の前のベンチに腰かける。
榎「ごめんね。」
女生徒「いいのよ。ムキになってつかみかかった私もバカだったし。」
榎はほんの謝罪の気持ちに、自腹を切ってジュースをおごった。
女生徒「しかし、大ケガにならなくてよかったわよ…名前、なんていうの?」
缶ジュースのプルを引っ掻きながら尋ねてくる。
榎「私、後藤榎っていうんだ。あなたは?」
女生徒「私は茅ヶ崎美樹(ちがさきみき)ってんだ。よろしく。ちなみにB組だから。」
榎「へー、ヒメちゃんとおんなじ。」
美樹「なんだ、ヒメと知り合いなのか。
ってことは陸上部?」
榎「うん。…あ、そういえばさ。」
思い出したように、目を合わせる。
美樹「?」
榎「なんで追っかけてきたの?」
その時、丁度缶ジュースが勢いよく開いた。
思わず、落としそうになるのを、榎は受け止める。
美樹「なんでって…そりゃ、一人で話してるところ見られたら、言いふらされないか心配するに決まってるでしょ‼?」
榎「あ、そっか。そうだよねー。」
当たり前の答えを得て、にへっと笑う。
美樹「それ、私があんたに、『なんで突き落としたんだー』って訊くのと同じだから。」
榎「わかるの?」
美樹は、『こいつアホだな』という顔でため息をつく。
美樹「わざわざ追っかけてきて、手を掴んできた相手が、透明で得体の知れない化け物を連れてるって考えてたら、『殺される』って考えるのが順当でしょ?」
榎「うん。その通り。」
二人はジュースをぐびぐびと飲む。
顔を先に下ろしたのは、美樹の方だった。
美樹「そういえば、こっちからも質問が。」
榎「ん?」
その声に反応して、榎も顔を下げる。
美樹「なんであんなところにいたの?」
榎「忘れ物を取りに来てたんだ。」
美樹「でも、文芸部でもないんだから、二階に来る必要なんてないでしょ。」
榎「声がしたから…」
美樹「声がしたら見に行かなければ気がすまない性分なの?そんなわけないでしょ。何か理由があるはずよ。」
榎「いや…まぁ…」
美樹「まぁいいわ。丁度いいものがあるし。」
榎「?」
美樹は榎のシュシュに手を触れる。
美樹「『キャスト』、このシュシュの"記憶"を読んで。」
"キャスト"と呼ばれた能力は、黒い閃光を散らしながら現れる。
二つの目玉、鼻、そして口が、福笑いのように浮かぶ。
キャスト『しょーがねーなー』
榎「え、今まさに出してるの?」
美樹「うん。出てるよ。」
榎「やっぱり、なんにも見えないや。」
キャスト『このべっぴんさんに見てもらえないなんて…アー残念』
キャストにはまぶたが無いため、表情は無いが、声で表情は大体わかる。
今は、ふざけている。
美樹「いいからアンタはやるべきことをやりなさい。」
榎「ええ?」
美樹「あぁ、いや、キャストに言ったのよ。」
榎「えっ、あぁ、ややこしいなぁ。」
榎は、キャストを探しているのか、頭をペタペタと触っている。
キャスト『忘れ物をしていたのは…間違いないな。はぁ、ふーん…。』
美樹「一人で納得してないで教えなさいよ。」
美樹はキャストを睨み付ける。
キャスト『陸上部が超能力犯罪に立ち向かう方針みたいだ。バイパスの狂気について調べてやがる。』
美樹「ホントに?」
キャスト『間違いねぇぜ。』
美樹は、今度は榎を睨み付けた。
榎「な、何?」
美樹「あんた、昨日の殺人事件について調べてるみたいね。」
榎「ん…まぁ、無理しない程度に…」
美樹「止めなさい。」
榎「え…。」
美樹はよりいっそう険しい顔になる。
美樹「無能力者のあんたが事件に首を突っ込むのは、危険だっていってるの。」
榎「でも…」
美樹「でもじゃない。私さえ倒せなかったあんたに、人殺しを止められるの?」
榎「いや、私は戦わないよ。
見たことや調べたことを報告するだけで…」
美樹「さっきみたいな事になったらどうするの?私がピストルを出す能力を持っていたとしたら、あんた死んでたのよ?」
榎「でも、先輩の役に立ちたいの‼」
美樹は、強い剣幕で迫っていたにも関わらず、気圧されてしまった。
美樹「なにがあんたをそうさせる?」
榎「先輩はね…藤原先輩は、私の憧れなんだ…」
美樹「憧れ…?」
榎「うん。あれはね、入学前の話なんだけど…」

2019年12月10日(火曜日)
榎は、志望校は決まっていたものの、迷いがあり、いろいろな高校に下見に行ってた。
その日は、隣町の高校を見に行ったのだが、交通費に補助が出ないと伝えられたため、残念な気持ちで帰りの電車に揺られていた。
その時、背後に、やけに強い熱気を感じた。
臀部を圧迫する、手がある。
──それは紛れもなく痴漢だった。
背後の痴漢おじさんの熱い息とは裏腹に、背筋は凍りつく。
幸いなことに、最凝駅は目前だった。
榎(よかった、さっさと逃げよう。)
電車が止まり、扉が開く。
一目散に駆け出し、駅のホームを走る。
が、あり得ない速さでおじさんは追いかけてきた。
榎「…なんですかっ。」
おじさん「なになに、ご飯でもおごってあげようと思っただけだよ。」
何がご飯だ。さっきまで中学生の尻を鼻息を荒くしてさわっていたくせに。
榎「要りませんよ。お母さんが夕飯作って待ってますら。」
立ち去ろうとすると、腕を捕まれた。
おじさん「まぁまぁ、いいじゃないか。いい店しってるよ?」
榎「"嫌だ"っていってるじゃあないですか‼放してください‼」
きっとこの時、先輩は私がはっきりと"拒絶"の意思を示すことを待っていたのだろう。
突然現れた紫色の流星は、痴漢おじさんを吹き飛ばす。
見事なまでのショルダータックル。
千代「いい大人が、子供相手に何してるッ‼」
警察「おいっ、例の痴漢魔だぞ‼現行犯だ‼捕らえろ‼」
駅員「確保ーーーーッ‼」
警備員「確保ーーーーッ‼」
痴漢おじさんと警察たちがもみくちゃになる。
助けてもらった礼を言おうと、紫色の髪の姿を探したけれど、既にいなくなっていた。
今思えば、能力で姿を消していたのだろう。
そのあとすぐに、重要参考人として、詰所に連れていかれた。
どうやら、余罪持ちの常習犯だったらしく、その上、加速の超能力を持っていたらしい。
その時は、顔を見ることも出来なかったけれど、偶然同じ学校に入学して、偶然陸上部に入って、偶然そこにいたんだ。あのときのヒーローの声が。
先輩はきっと覚えていないだろう。
当たり前のように名前も知らぬ少女を助けて、例にも及ばぬよと、当たり前のように去っていった。
彼女の、なんともない善行のひとつでしかない。
みんなは、走るのが下手くそだった私に、マンツーマンで教えてくれたから、私が先輩を尊敬していると思っている。
たしかにそれもあるけれど、でも、私はそれより前から、先輩に憧れていたのだ。

榎「だからね…だからねっ、少しでも先輩の役に立ちたくて…」
美樹「だったら尚更やめなさい。」
榎「えっ…」
やめなさい、という言葉は変わらなくとも、先程のような険しさはなく、優しく微笑みかける。
美樹「これ以上その先輩に心配かけちゃダメよ。
役立たずでいてあげることが、先輩への孝行よ。」
しかし、榎は首を横に振る。
榎「先輩が居なくても大丈夫なくらい強くならなくちゃ。
先輩は、いつまでも居てくれる訳じゃない。」
美樹「榎…」
榎はびりびりと痛みを感じながら、ベンチから立ち上がる。
榎「あのね、先輩はね、ある人から勇気をもらって戦ってるんだって。
だから、先輩から勇気をもらった私も、踏み出さなくちゃ。」
缶ジュースの空き缶をゴミ箱に投げる。
しかし、穴を外して床に転げた。
榎「ま、美樹ちゃんの言う通り、大したことはできないんだけど。」
床に落ちた空き缶を、ちゃんと穴にねじ込んだ。
榎「あっ、そうだ。」
美樹「どうした?」
榎「美樹ちゃんは、どうしてあそこにいたの?」
美樹は、あー…と頭を掻く。
美樹「大した用事じゃないのよ。」
榎「どんな?」
美樹「いや、トレーニングがてら、壁の記憶を読んでたんだけどさ、この学校に在籍していない人間が一人だけ記憶に残っててさ。」
榎「どんな人?」
美樹「背は小さめで、ワイシャツにミニスカ、オレンジの長い髪をもった美少女だってさ。」
キャスト『すまねぇな、あれは嘘だ』
美樹「ハァーーーーー??」
榎「‼?」
榎にとっては、いきなり叫ばれたように見えたため、驚いてしまった。
美樹「あ…ごめんごめん。キャストがさ、今のは嘘だった…ってさ。」
美樹はがっくり項垂れる。
榎「大丈夫?」
美樹の肩に手をかける。
美樹「一週間も超能力の嘘に付き合わされていたショックはデカイわよ…。」
榎「そ、そう…。」
時計を見ると、午後二時を指していた。
榎「うわ、もうこんな時間…どおりでお腹すくわけだよ。」
美樹「帰ろっか。」
榎「うん‼…ご飯もおごるよ…」
美樹「お言葉に甘えて…イテテ…」
玄関の向こうに揺れる陽炎に向かって歩き出す。
美樹「めっちゃいい天気じゃん…」
榎「そうだね。じゃ、張り切っていい店紹介するよ。」
美樹「楽しみにしてるよ。」
そういいながら、手のひらに浮かぶ黒い閃光を見つめる。
美樹「なぁ、キャスト、あれホントに嘘なの?」
キャスト『悔しいのか?』
美樹「は?うざ。二度と口利かないわよ。」
キャスト『へっ、俺はそうされても何も損はしないぜ。』
美樹「はぁ…で、嘘なの?本当なの?隠してるだけに思えたけど。」
キャスト『ハハハ、俺が読んだのは、ある物語の破片だからよ、俺が言うのは無粋だと思っただけだよ。』
美樹「それって…」
キャスト『いいや、解らねえよ~。ただ、同じ軌跡を辿っている気がしただけさ。』
美樹「ふふ、本人に確かめさせた方が面白そうだ。」
榎「おーい、置いてくよー。」
立ち止まって話していたため、随分と距離を離されていたようだ。
美樹「あのさー榎ー。キャストの言うことが嘘じゃないか、藤原先輩に訊いてみてくれよー。」
榎「なんでー?」
美樹「なんでもー‼」

それは、記憶がついた、優しい嘘。