DAI-SONのアレやコレやソレ

創作ライトノベル、「ハーミット」「愚者の弾丸」「ハーミット2」を掲載。更新停止中です。

「愚者の弾丸」 EX.39 窮鼠猫を噛み、窮猫狼を噛む

麗「はぁ…。はぁ…。ようやく数が減ってきたな…。」
夕日が影を伸ばし始めた頃、エリオットは増殖力を弱めていた。
アリスの鮮やかな太刀筋のお陰もあり、なんとか難を逃れられる兆しが見え始めた。
だが、異変に気づいたのは、地平線に太陽が触れ始めた頃だった。
エリオットの中に、戦わない個体がいることに気がついたのだ。
先程までは、乱戦だった上に襲ってくる数が多く、そういった個体は、中庭から溢れて弾き出されていた。
だが、数が少なくなると、一方的にやられていたり、逃げたりしている個体が目立つようになったのだ。
いったいこれは何を意味しているのだろうか。
麗「ちょっとあつまれ。」
中庭の中心に、背中合わせになって3人が集まる。
アリス「お前もおかしいと思ったか。」
ミツクビ「これは明らかにおかしいニャン。」
あろうことか、息を切らせて壁にもたげる個体まで出始めた。
今まで勇猛果敢に剣を振るいあっていた兵士が、一転、逃げたり休んだりしている。
本体の指示なら、珍妙すぎる指示だ。
麗「俺が思うに、こいつらは本体の命令以外の何かに従っている。自動操縦なのは見てわかるが、本体の相手を見つけて倒すことが目的じゃないんだ。」
ミツクビ「わざと仲間割れして、わざと逃げる役と追いかけて殺す役…。わざと休む役…。もしかして、これは"お芝居"なんじゃないかニャ?」
アリス「…は?」
戦闘とはかけ離れた発言に、調子を乱される。
だが、彼女はいたって真面目だった。
ミツクビ「人間は、作り話…ふぁんたじー?とかそう言うのが好きな人がいるニャン。そういうのを、いろんな役割を演じて体と言葉を使って語る人がいて…。」
アリス「いや、そんなことは知っている。だが、それとこれとがどう関係するんだ。戦っている間に芝居をうっているなんて、訳がわからん。」
ミツクビ「んと…。えと…。」
もじもじと言葉を詰まらせる。
麗「つまり、これは"戦っている"のではなく、あくまで、"物語の1シーン"ってことだろ。」
ミツクビの尻尾と耳がぴくりと立つ。
ミツクビ「そう!!そうだニャン。さすが団長。」
アリス「ということは、物語自体が能力で、それにしたがって動いているということか。ならば、モチーフがわからなければな。ヒントになりそうなことは躊躇わず言ってくれ。」
太陽はもうほとんど沈んでおり、雲にグラデーションを作り出している。
麗「陽が沈み始めてから人数が減り始めた。昼夜に従っている可能性が高い。」
アリス「他には。」
ミツクビ「仲間割れするってことは裏切り者が出ただろうニャン。」
アリス「必死で裏切り者を探す、けど、夜になったら必ず終わる…か。」
顎に手を当てて、むむ、と考え込む。
アリス「いや、まてまて、そもそもこの物語はまだ終わっていないのだよな。」
ミツクビ「ミャー…。あれだけ必死で探してたのに、こんなにあっさり時間に従うなんて、"物語"っていうより"ゲームのルール"みたいだニャン…。」
麗はその言葉に反応した。
ちょうど、太陽が沈みきり、うっすらと残るグラデーションだけが明るさを持ちこたえさせている時であった。
麗「"人狼ゲーム"だ。」
ミツクビ「??」
アリス「人狼ゲーム…だと?それは、どういうものだ?」
麗「ざっくり言うと、数人集まって、一人の狼役と、のこる数人の村人役を用意して、狼は見つからないようにみんなを騙すんだ。昼時間に疑い掛けの押し問答をして、夜になったら多数決をするんだ。見つかったら狼は処刑。」
ミツクビ「見つからなかったら…?」
麗「狼に、村人が一人、喰われる。そうやって回数を重ねて、狼と村人がふたりきりになったら、狼の勝ちなんだ。」
アリス「今の状況に当てはめると、エリオットたちは日中、散々互いを疑って傷つけあった挙げ句、狼を見つけられず消え失せ───────」
ミツクビ「たべられる"村人"は───────」
麗「俺たちだ。」

獣の足音が聞こえる。
重く、大きな足音が聞こえる。
どしん、どしんと獲物を探している。
散々互いを疑って、疲れたヒトは無防備だ。
いい気味だ。今夜も腹は、満たされる。

「オオオォォォォォォオオオオン…。」
町中から、雄叫びが響いてくる。
3人は路地を抜けて町の中央へと飛び出すと、その姿はひときわ目を引いた。
巨大な人狼が、月明かりを迎えるように、天高く吼えていた。
野生を取り戻したその姿は、二足歩行の暴力そのもの。
その者が放つ力強さは、脳みそはおろか、回りの空気まで筋肉にしかねないものだ。
白銀の体毛がその身を包み、深紅の瞳が目の前の小さな獲物を捉えて離さない。
吐く息が白いのは、いかにその体を動かすのに熱量が要るかを物語っている。
ドン、と、唐突に隕石が落ちたような音を立て、その巨体がこちらへ走ってくる。
それが放つ気迫は、もはや恐怖を通り越し、痛みを与えてくる。
アリスとミツクビの中にある野生が、相手が高等なものであると理解させ、それゆえに屈伏してしまう。
ふたりの脚はガタガタと震え、泣くことも叫ぶこともできず、ただ下等な者として自然の摂理に従う瞬間を待っている。
だが、その場において、人間というものは勝機を探してしまうほど愚鈍だった。
その人間は、ふたりの手を引き、ありったけの暴風で屋根の上に飛び退く。
麗「何突っ立ってンだよ!!緊急事態だってんだ!!」
ミツクビ「だ、団長…。」
突進していた人狼は、鉄柱を刺すが如く踏みとどまる。
タイルは四方八方に弾け飛び、壁に当たったり窓ガラスを割ったりした。
悲鳴が上がり、本来の町の住人はバラバラと散り始める。
人狼は、そんな"外野"には目もくれない。
物語に加わっている"村人"は、赤き瞳が睨んでいる3人だけなのだ。
人狼と、一人の人間は睨みあう。
麗「かかってこいよ。ノロマ。」
幾つもの筋が人狼の回りを吹き抜ける。
それと同時に人狼は拳を振りかぶる。
麗「そこだッ!!」
人狼の周りに敷いた風のレールを滑走する。
そして、人狼の脇腹を掻っ捌く。
…つもりだった。
その剣は人狼の毛を少し削いだだけで、恐ろしく固いその肌や筋肉を削ることすら出来なかったのだ。
人狼は、それを予期していたのか、拳を前ではなく後ろへ振るった。
麗はそれを避けられず、屋根に拳ごと打ち付けられる。
ミツクビ「団長ォ~~~~~~ッ!!」
アリス「この野郎ォ~~ッ!!」
アリスは屋根を蹴って飛び出していた。
だが、乱心でとった行動になど、成果が伴う訳がない。
人狼はいとも容易くアリスをキャッチした。
ミツクビ「──────────ッ!!」
絶句する。
風のレールで軌道を変えられる麗に対して、直線状にしか飛べないアリスなど、キャッチボールと大差無いのだ。
アリス「ア゛エ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ェ゛ァ゛ァ゛ェ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛!!」
悲痛な叫び声を上げ、メキメキと握り潰されるアリス。
アリス「ア……ッハ!!」
肺から空気を抜かれ、声すら上げられなくなる。
人狼は大口を開け、その餌を受け入れる準備をする。
上を向き、その口の上にアリスを持ち上げる。
あとは手を広げるだけ。
抵抗する余裕も与えられず、涙だけが命乞いをしていた。
もう少しで落ちんとしたその時、大きな剣が人狼の手に当たり、アリスは僅かに口からそれた人狼の左肩に当たって、タイルの剥げた地面に投げ出される。
…麗は、屋根にめり込んだまま、剣だけを飛ばしたのだ。
ミツクビ「団長…?」
麗が、なんの意味もなくそんなことをするはずがなかった。
麗は、ミツクビを…いや、ミツクビの後ろを指差しているのが、小さく見えた。
ミツクビ(みんなを連れて逃げろって…?
いや、違う。これは何かのヒントニャン…。)
一度麗の方を見る人狼だったが、先程の攻撃が最後の抵抗だということを確信すると、ミツクビに向き直った。
ミツクビ(番長ちゃんならねじ切ってしまえば殺せるけど、戦えないニャン。ダーリンは水源がないと力そこそこだし、マリンは下手に無防備な状態でさらしたら、第三者に連れ去られる可能性もある…。ブリンクおじいさんは……!!)
その瞳が人狼と交わされるとき、すべてを理解した。
ミツクビ「団長の言いたいことがわかったニャウ。仲間を連れていくんじゃなくて、仲間を信じろってことニャン!!」
ミツクビは中庭に飛び退く。
ミツクビ「ミィは今、振り向く」
人狼は吼え、飛び上がる。
ミツクビ「迷うためではなく」
ミツクビは不自然にきれいなタイルのそばに立つ。
ミツクビ「いつでも共に戦っていると、信じるために!!」
人狼はミツクビを踏み潰さんと落下してくる。
その白銀の流星を、紙一重でかわす。
人狼は両足で力強く着地する。
すると、地面に亀裂が入り始め、人狼はバランスを崩した。
ミツクビは、隙だらけの喉元めがけて飛びかかる。
ミツクビ「ッシャァァァァアアア!!」
ありったけの力で、喉元を横に薙ぐ。
さすがの人狼も、斬首刑にかけられれば死あるのみ。
人狼の巨影は霧散し、首を掻き切られたエリオット本体が虚しく宙に投げ出された。
大穴の中へ落ちると、ミツクビはその死体を穴から投げ出した。
ミツクビ「邪魔くさいニャッ」
すると、瓦礫の中から声が聞こえる。
サクリファイス&番長「せーのっ!!」
瓦礫の壁が蹴破られ、中から仲間の姿が現れた。
ブリンクが、人狼が落ちてくる前に、地響きがしていた時点で蔦の壁でシェルターを作っていたため、無事だったのだ。
サクリファイス&番長「殺す気か~~ッ!!」
威勢のいい声が夜の町にこだまする。
ミツクビ「もちろんあのデカブツだけを殺す気だったニャン。」
マリン「…ふたりは?」
ミツクビ「ッ!!そうだニャン!!早く来てニャッ!!」
切羽詰まっていることを表情で読み取り、ふたりの元へ急いだ。

状態を見た番長の行動は早かった。
番長はサクリファイスとブリンクに応急処置をさせて、ミツクビにはマリンの監視、そして、自身は医者の捜索に当たった。
サクリファイス「団長ッ、お前って奴は…。無茶しやがって…。」
麗「でも、勝ったじゃねえか。」
番長「医者が見つかった!!幸いクリスタルの備蓄もあるみたいだ。」
ブリンク「よかったです…。早急に手当てを。」
アリスは既に気を失っており、復活不能かと思われたが、鍛え上げられていたお陰で、一命を取り留めていた。
医者は老いているためか、おぼつかない足取りで近付く。
医者「ワシは老いに誇りを持っておるぞ~。
死しても尚、この姿を望むことからもわかっていただけるじゃろ~。」
長話を始めるものの、傷それぞれの再生が可能かどうか、達人の手つきで診ている。
医者「本当はクリスタルなんそ甘えじゃ甘え。ワシの手にかかればちょちょちょちょ~いじゃて。年をとる度に周りに人が増えて行く人生は…」
番長は治療が終わった瞬間を見極め、一言二言口を挟んで武勇伝が垂れ流されるのを阻止した。
医者「そんなきれいなお嬢さんは久し振りに診たぞ~。べっぴんさんなんだから、体は大事にするんじゃぞ~。」
そう言うと、でこぼこになった道につまづきそうになりながら去っていったのだった。

アリス「…ン。」
番長「お目覚めか?」
瓦礫をどけた大穴のベッドの上にふたりをしばらく寝せていた。
昨晩の事件のせいで町は大騒ぎのため、仕方なくここを選んだのだ。
ブリンクたちは、中庭へ人が入らぬように、陥没して危険だと説明して押し返している。
アリス「…。」
アリスは、助かったことへの喜びよりも、自分が集めてきたものが瓦礫に埋もれてしまったショックの方が大きいようだ。
番長「せっかく共同戦線のよしみで助けてやったって言うのにそんな顔をするんじゃねぇ。」
アリスの額をぺちと叩く。
アリス「せめてドレスだけでも…。」
番長「じゃあ、人の姿でいなければいいじゃないか。お前、元は人間じゃないんだろ?」
アリスはまた暗い顔になる。
アリス「美しくない自分など嫌いだ。」
はぁ、と大きなため息をつく。
番長「消えた方がよかったか。」
アリス「意地悪め。」
アリスは暗い顔を変えず、そのまま言葉を続ける。
アリス「本当は貴女についていきたい。
だが、貴女はいずれ生き返ってしまうのだろう。」
番長はもちろんと頷く。
アリス「アタシはきっと泣くだろう。でもアタシは二度と泣きたくない。
乙女の涙は宝石と言う者がいた。だが、アタシにとっては醜いのだ。」
番長「で、結局どうするんだ?」
アリス「アタシは海へ帰るよ。お前ほど美しい乙女との別れは惜しくてたまらんが、やむを得まい。」
アリスは起き上がり、空を仰ぐ。
番長「実を言うとな、私もお前を連れて行きたかった。だけど、それは戦力を考えてのことだ。お前の為ではないから、勘違いはするなよ。」
アリスは皮肉げに笑いながら、
アリス「わかっておるわ。」
と、答えた。

この大陸に着いたときにいた海岸を訪れた。
アリス「クライネへの復讐は果たされた。これで共同戦線は終いだ。」
海を背にし、語りかける。
向かい合って立つ一同は頷く。
アリス「まぁ、正直に言うと、コッパの奴にも一泡ふかせてやりたいが、それはお前らに任せるよ。」
サクリファイス「なんだよ、ついてくればいいじゃないか。」
空気の読めない発言に、あらぬガンを飛ばされる。
アリス「すまないな。アタシはお前らの仲間ではない。」
サクリファイス「…。」
アリス「果ての願いが違うなら、いつかぶつかり合ってしまう。矛盾を赦せ。」
サクリファイス「あぁ…。」
アリスは海へと向く。
アリス「では、さらばだ。
アタシは、死んでよかったと思ったよ。」
番長「アリス。」
海へと歩み出そうとする彼女の背中に、声をかける。
アリス「なんだ、別れが惜しくなるではないか。」
振り向かずに、そう返す。
番長「アリス。お前はもう、敵ではない。」
アリスは誰も見ていない頬を吊り上げる。
その頬を、涙が撫でてゆく。
アリス「泣かせてくれるな。お前は、敵でなくては面白くないだろう。」
アリスはそう言って走りだし、高く跳んだ。
体はトランスしていき、鮫の姿になる。
鮫は、美しいアーチを描くと飛沫をあげて海へと溶けていった。
番長「こんなに潔いのに、美しくないなどとよくいったもんだ。」
一同は、もう用はない筈なのに、輝く水平線を眺めながら、繰り返す潮騒をいつまでも聞いていた。