DAI-SONのアレやコレやソレ

創作ライトノベル、「ハーミット」「愚者の弾丸」「ハーミット2」を掲載。更新停止中です。

「愚者の弾丸」 EX.19 トリック・アートの世界

その後も、この街の人気のあるところを狙って散策し、日は沈んでいった。
大通りに面する、赤と白のボーダーという派手な外壁塗装をした宿に泊まってゆくことに決めた。
この街は、夜でも活気を失わない・・・ように見える。
派手な照明や装飾が賑やかに夜の家々を彩っているからだろう。
だが、人通りは大幅に減っており、聞こえるのは店内で演奏されているピアノの音だけであった。
ミツクビ「ムニャア~。もう眠くなっちゃったニャン~。」
テーブルにベッタリと伏せ込み、汗で肌が張り付く。
サクリファイス「オイオイ、せめて風呂に入ってから寝ろよ?」
ミツクビ「お風呂嫌ニャ~~。」
しっぽをうねらせてNOを示す。
そんなミツクビに寄りかかってマリンも微睡んでいた。
番長「仕方ない・・・風呂で眠られてふやけられても困るから・・・まとめて洗浄してくるか。」
番長は食べていた夕食の食器を綺麗に積み上げ、マリンを起こし、ミツクビのしっぽを掴んで浴場へと向かった。
番長「あ、あとそれから。」
振り向き、テーブルで余韻に浸っている男どもを見渡す。
サクリファイス「なんだよ、覗いたりしねぇぞ?」
用件を言う前に間抜けな返事が投げられた。
番長は呆れた顔でため息をついた。
番長「ど阿呆。そんな話をしているんじゃない。
男性諸君、お前らも三人で風呂に入ること。
・・・というか、単独行動はするんじゃない。
夜間の便所も誰かと一緒にな。
――ここも安全とは限らない。居るもの全てに疑ってかかれ。」
繊細なピアノの音とは相容れぬ物騒な助言をおいて、彼女は本来行くべき方へ向き直った。

ミツクビ「フニャア~。お風呂に入るととろけそうだニャン~。」
ふくよかな贅肉質の猫が、惚けながら湯船を満たして占領している。
番長「ああ、もう、この前もこうだった・・・。」
ミツクビは他人と比べて体温が高いのか、すぐにのぼせてしまう。
これが彼女の風呂嫌いの理由で、周り(主に番長)もまた臭い猫を連れまわすわけにも行かず、大奮闘するのだった。
主が動かすことを放棄しただらしのない体を、華奢な二人が引っ張り上げる。
もっとも、針のように細いマリンの助力など無いものに等しいのだが。
ズルリ、とナマコのように引きずり出される立派なメス。
勢い余り、マリンは滑って転んでしまった。
桶に頭をぶつけてしまったようで、小さく唸りながら涙を浮かべている。
番長「代わってやってもいいぞ。」
マリン「・・・?」
ただでさえ狭い浴場で飲んだくれのように寝そべる猫の開きをよそに、番長はマリンを支えて言う。
番長「”ダメージ”、”おまじない”で飛ばせるんだろ?」
一瞬、マリンはハッとしたような顔になるが、頭を二回横に振り、
マリン「大丈夫だよ。これくらいガマンできる。」
と、涙目で強がった。
それに、番長は優しく笑いかけ、
番長「そうか、強い子だな。」
と、頭を撫でた。
番長「・・・ったく、オイ、デブ猫!!いつまでのびあがっているんだよ!!
子供の前でくらいしゃんとできねぇのかッ!!」
背中を叩くと、ぺちん、と軽快な音が響く。
マリン「おきろー!!」
番長の真似をして、マリンもその小さな手でミツクビの背中をはたく。
ミツクビ「ブニャ~・・・だったら水風呂にして欲しいニャ~。」
番長「誰がお前だけのためにするか!!」

ブリンク「背中、流しましょうか。」
入れ替わり立ち替わり男性陣も湯を求めた。
麗「お、頼むぜ。」
サクリファイス「それにしてもあれだよな・・・。」
彼は湯船を見つめながら、表情で「残念だ」と言っていた。
麗「なんだよ。」
サクリファイス「俺たちの仲間の女たちって色気ってもんがないよな~と思って。
入る前に覗かないとはいったが、マジで覗く気になれなかったのは旅を始めてからだよ。」
ブリンクは若いですなぁと笑う。
サクリファイス「番長は男みたいだし、マリンはガキだから論外だし、一番色気のあるニャンコでさえ、のぼせて茹で上がった海産物ときた。
・・・浮き上がる垢にすら女を感じない。新しいお湯を張り直したいくらいだ。」
麗「いいからさっさと入れ。」
サクリファイスの一人語りをつまらなさそうに一蹴した。
麗「だいたい、お前生前に妻がいたんだろ?ニャンコと浮気まがいでいることは目を瞑っていたが、女好きもほどほどにしておけ。」
サクリファイス「抜かせぃ、死んだあとくらい好きにさせろ。
お前はそういうところがあるから”中性的”なんて言われてモテないんだぜ。」
麗「タラシよりマシだボケ。」
つまらない言い争いに老人は微笑ましそうに口を挟む。
ブリンク「ホホホ、華というものはあればあるときに好きなように愛でれば良いのです。
無論、後の責任も踏まえての話ですがね。
若い人には難しいとは思いますが、紳士的にしていれば笑顔の花が咲き、自らも自然と満足しているものですよ。」
軽口を叩きあっていた二人も、年の功の前に無言の賛同をするほか無かった。

男性陣がゆっくりと一日の汚れを洗い流している時にはすでにミツクビはベッドで寝ていた。
布団を蹴飛ばし、腕はだらりとベッドからはみ出して、落ちる寸前だ。
番長「やっぱ敷布団にさせるべきだったか・・・?」
番長はマリンのベッドの枕元に座り、マリンがもらってきた安い宝石を磨きながら意味なさげにぼやいた。
マリン「お姉ちゃん器用なんだね。」
その様子を、マリンは眠れぬ様子で仰ぐ。
番長「いらぬことばかり上手くなったがな。」
柔らかい布でカスを取り除き、息を吹きかけてさらに拭く。
マリン「そんなことないよ。出来ることは多いほうがいい。」
いびつだった緑色の宝石は少し丸みを帯びて、表面にはツヤが出て、その石ころが本当は半透明であったことを、その姿が物語った。
マリン「お姉ちゃんの瞳みたいだね。」
番長「フフ、私の瞳はこんなに綺麗ではない。」
マリン「・・・これってなんの宝石?エメラルド?」
番長「あのなぁ・・・緑色ならなんでもエメラルドってわけじゃないんだぞ。これは”ベルデライト”。
グリーントルマリンとも呼ばれる宝石だ。これはクリスタルみたいな原理で作られた人工だけどな。
意味は素直、もしくは自然・・・だったかな。まぁ、実際は宝石なんてただの綺麗な石ころなんだけどな。
これは死なずに、簡単に作れる反面、クリスタルみたいに生命力に還元できない飾りだし。
強いて言えば――金的価値があるから人の想いが集まりやすくて、呪具にしやすいという程度か・・・。」
マリン「じゅぐ・・・?」
番長「呪いの道具だ。人口で安いこれには何もかかっていないようだが。」
マリン「宝石って怖いんだね。」
番長「呪具なら人間の骨が一番怖い。
死因によっちゃあ骨の存在そのものが呪いだったりするからな。
その呪いにシンパシーを起こされたら死を覚悟したほうがいいだろうな。」
マリンは番長のスカートの裾を掴んで口を結んでしまった。
番長「ハハハ、悪い悪い。余計眠れなくなるような話をしてしまったな。」
マリン「・・・からかってたんだ・・・。」
むすっとした顔になってしまったが、それもすぐに解けた。
マリン「そうだ、似顔絵、まだブリンクおじいちゃんに自慢してなかったな~。」
ベッドの下においていた自らの肖像を取り出す。
番長「ん?これか?あ~・・・妙に上手くて逆に不気味だよな。」
絵を見て訝しげな表情を浮かべる。
マリン「器用なお姉ちゃんにはゲージュツがわかんないんだよ~だ。」
番長「なんだそれ。」
マリン「じゃあ、行ってくる。」
番長「迷子になるなよ。」
マリン「ならないよ~。隣の部屋だもん。」
そう言って、ドアは閉じられた。

廊下に出て、絵をもう一度見てみる。
マリン「あれ?」
絵の中にいるマリンは昼間は笑っていたような感じだったのに、今は眠たそうに見える。
マリン「・・・?」
首を傾げる。
よく見てみれば確かに、番長の言う通り、似過ぎていて不気味だ。
そう。
”今、自分が何を考えているかまでそっくりだ。”
???「ふふふ・・・。」
マリン「――――!!??」
聞こえた。
声だ。
しかも、自分の声だ。
???「アナタ、ワタシ?」
マリン「・・・????」
???「ふふふ、アナタ、ワタシ。アナタワタシ?ワタシアナタ。ワタシアナタワタシ。」
マリン「嫌――」
声を上げる隙もなく、絵の中にいるはずの自分は身を乗り出してマリンの首を掴んでいた。
絵のマリン「アナタワタシ、アナタワタシ、アナタワタシアナタワタシアナタワタシアナタワタシワタシハワタシワタシワタシハ」
マリン「――――――かッ!!――――ん!!」
 くびをしめられている
 いたい いたい
 い きがで きない
 こえ が   でな  い
 い   し き  が とお    の    く
マリン「ハッ――――!!―――ぁっ――!!」
 なに を つた  えよ うとし    た  ん だっ  け
 な  に を     す れ   ば い     い    ん   だ っ    け
 た      す   け て
 た すけ  て
 助けて・・・!!
マリンは朦朧とする脆弱な思考にしがみついて、必死になって首元の手の親指を引き剥がし、叫んだ。
マリン「――助けて!!!!」
気が付けば、二つのベルデライトは異形たる絵画を捉え、その痩躯は鮮やかに、標的に向かって弾丸を打ち込んでみせた。
番長「まったく・・・だから”なんでも貰ってくるんじゃない”って言ったんだ・・・。」
マリン「・・・ご、ごめんなさい。」
へたり込むマリン。
その目前には、漏れ出した暗闇の片鱗が表情を失い、転がっていた。