DAI-SONのアレやコレやソレ

創作ライトノベル、「ハーミット」「愚者の弾丸」「ハーミット2」を掲載。更新停止中です。

「愚者の弾丸」 EX.5 箱庭にさえ蔓延る棘

広い広い草原の上に放り投げられたように佇むひとつの小屋。
長い旅路を助けるために、防御系アーツを持つ人間たちが良心で建てた慎まやかな宿。
焦る気持ちはあるが、ミツクビの状態と夜の危険性を踏まえると立ち寄らない選択肢など残されてはいなかった。
立ち止まるのもまた、戦いの一部である。

さっきまでの殺伐とした雰囲気が嘘のように、スタッフたちは快く一行を受け入れてくれた。
医者も居合わせており、ミツクビの右腕の復元に勤めてくれている。
男性陣と女性陣に分かれて寝室を取った。
先客はいたものの、部屋が埋まるほど混んではいなかった。

番長は同室のミツクビに心の気遣いもさる事ながら、食事にも気を付け、挙句風呂嫌いのために世話を焼かされた。
男性陣は特に滞りなく風呂を終えて、部屋に戻るところだった。
サクリファイス「こんな何にもない所に建っているのに風呂もトイレも綺麗だし、飯もうまい。
ちょっと出来すぎていて不気味じゃないか?」
麗「こう・・・奇襲が多かったから無用に勘ぐってしまう部分はあるな・・・。」
ハインツ「大丈夫です。万が一のことがあっても医者という存在は大きいのです。
この世界では人間を騙すことはできても、妖精を騙すことはできませんから。」
サクリファイス「ホントかよ・・・って。」
向かいから歩いてきた男と肩がぶつかる。
男は何も言わずその場を過ぎてゆく。
サクリファイス「おいおい、ちょっと待て。
俺はこんなことで怒るような短気じゃないが、すまんの一言でも言ったらどうなんだ?」
サクリファイスが偉そうな態度を取るのも当然、男の足取りはおぼつかず顔が赤い。
酔っているとしか思えない風貌だったのだ。
しかし、その酔っぱらいはこっちをちらっと見ただけで、また歩き出してしまった。
サクリファイス「なんだあの野郎・・・!!」
麗「放っておけ。
お前も酔ったらひどいんだから、お互い様だ。」
ハインツ「しかし、何か妙ではありませんか?」
サクリファイス「酔っぱらいなんだから、妙ちくりんなのが当然だろ?
見ろ、酒を切らしたのかジンジャーエールをあおってる。
ありゃ相当なことがあったんだな。」
ハインツ「う~ん・・・何か引っかかるんですがねぇ・・・。」

部屋に戻り、銘々に荷物の確認をする。
盗まれて食料をロストしたらこの旅は一気に大変になる。
定期的なチェックは欠かせないのである。
ハインツ「うん、メモ通りのものが揃っていますね。」
彼は荷物を平たくして、ベッドの下に隠す。
ハインツ「寝込みを襲われてしまっては敵いません。
すぐに取られてしまわないようにしましょう。」
麗とサクリファイスもそれに習い荷物を隠す。
ふと麗とサクリファイスの目が合う。
何か、サクリファイスの様子がおかしいように感じる。
麗「どうかしたか?」
サクリファイス「いやぁ・・・なんか胸焼けがするっていうか・・・食いすぎかな。」
麗「そうか・・・。
毒を盛られたかと思ってドキドキさせられたぞ。」
窓の外に、不意に大きな影が現れる。
麗「!!?」
それは窓を覆い、静止する。
どうやら、巨大な蔦のようだ。
ハインツ「まずい!!閉じ込められました!!」
急いで部屋を出る。
女性陣も同じように部屋を飛び出したところであった。
廊下には、一行を出迎えてくれた老人が佇んでいる。
ハインツ「皆さん無事ですか!!?」
五体満足の互を確認したあと、視線は老人に向く。
番長「宿主、これは一体どういうことだ。」
老人は殺伐とした雰囲気にたじろぐ。
老人「申し訳ございません。
まさか、ここのことを知らずに立ち寄ったとは思いませんでしたので。
ご無礼と説明不足をお許しください。」
老人からは戦意は感じられなかった。
番長(・・・勝利を確信したのか?だが、殺気がまるで無い・・・。)
老人は悪びれる様子なく、淡々と説明を始めた。
老人「窓を覆いましたのは私のアーツにございます。
そして、閉じ込めたようにしたのは、あなたたちに悪さをしたわけではなく、
外に徘徊する狡猾な生還希望者が入ってこれないようにするためなのです。」
ミツクビ「ニャニャン?もしかしていい人ニャン??」
老人「ホッホホ、いい人でいられるように勤めているつもりでございます。」
麗「なんだ、そういうことだったのか。
無くならずにずっと小屋が残っているわけだよ。
普通、こんなところに建てたら襲撃されておしまいだもんな。」
一同はホッとため息をつく。
が、サクリファイスだけは違った。
サクリファイス「なんか、さっきより胸焼けが強くなった気がする。」
ミツクビ「ダーリン、大丈夫かニャン?」
サクリファイス「心なしか喉の奥がヒリヒリする気がする・・・。」
麗「胃炎か?医者に診てもらったら・・・。」
ミツクビ「それよりダーリン焦げ臭くないかニャン??」
サクリファイス「焦げ・・・臭い・・・?」
その時、少しだけ・・・ほんの少しだけ、赤く光るホコリのようなものが見えた。
番長「・・・焦げ臭い・・・ホコリ・・・・・・しまった!!」

時間は遡る。
ミツクビをなんとか洗った番長は喉を潤そうと、一階に向かっていた。
その階段で、突然ネズミが走ってきた。
ひどく焦げ臭く、口からは赤いホコリを漏らしていた。
怪しく思った番長は、音が立たぬように至近距離で銃を放って駆除したのだが、その時点では結局なんなのかはよくわからなかった。
しかし、そのあと清掃道具の倉庫の雑巾とモップの先端が爆発したという。
彼女は知らないが、普段なら蔦を使ったガードをせずとも、バリアを使う精鋭防御アーツ使いが勤めていてここまでする必要はないのだという。
が、こんな物騒な事件が発生したため、緊急事態とばかりに犯人を逃がさぬよう蔦で出入りできないようにした。
ということなのだ。

番長は咄嗟にサクリファイスの喉の奥まで手を突っ込む。
番長「吐き出せッ!!」
ハインツ「ど、どういうことなのですかこれは!!」
サクリファイスはたまらず吐き出す。
すると、夕食の他に赤黒くてドロッとした塊が出てきた。
しかも、チリチリといっていて焦げ臭い。
番長「みんな、この物体から離れるんだ!!」
一斉に離れた次の瞬間――――
赤黒い物体はマグマのように色を変えて膨らみ、大爆発を起こした。
サクリファイスの口の中も、唾液に混じっていたものが爆発し、口の中がささくれだってしまう。
そんなことを気にする余地もなく壁に叩きつけられる。
建物自体はアーツによって守られているのか、表面が焦げているだけで済んでいる。
すると、客室のドアが一つ開く。
そこからは先ほどの酔っぱらいが顔を覗かせている。
相変わらずの赤い顔で周りを見渡す。
麗「あぶねぇな・・・あと一歩早かったら巻き込んでたな・・・。」
老人「お客様、どうされました?」
老人は酔っぱらいに不可解な質問をする。
酔っぱらい「いやあ、なんか騒がしいなーと思って。」
当然の回答が切り返される。
しかし、老人は顔をしかめる。
老人「いいえ、あなたは顔が赤いのにお酒の匂いがしないのです。
フラフラしている割に視線はまっすぐ、ろれつも回っている。
それに、うちにはお酒のたぐいは置いていません。
持ち込んでいるのならば話は別ですが・・・危険物を持ち込んでいないか確認したとき、アルコールの類は見ていないのですが・・・。
記憶違いですかねぇ・・・・・・??」
ハインツ「・・・・・・!!そうだ!!さっき感じた違和感がわかりました!!
足元がおぼつかないほどへべれけなのに、目的や意識がはっきりしすぎているんです!!
それに酒気は食欲と眠気を誘いますが、さっき食堂ではジンジャーエールしか飲まず、今も眠りについていない、つまり・・・。」
番長「酔ったフリ・・・。」
決断は早かった。
冷徹な銃口は偽物の赤みに向いている。
酔ったフリの男「ふふ、はは!!もう遅い!!準備は出来て――――」
男の頭は弾けとんだ。
もう弾丸は放たれていたのだ。
男の懐から大量のネズミが逃げ出す。
番長「その芸はさっき見たんだよ。
手品のつもりならもう少しバリエーションを用意しときな。」
男の体がドサリと倒れる。
番長「散らかしちまって悪いが、後始末は頼んだ。」
番長は膝をつく。
顔は青ざめ、冷たい汗をかいている。
歯を食いしばって耐えているが、呼吸も荒くなってきている。
ハインツ「!!?マズイです!!彼女の生命力が枯渇しています!!
はやく医者のところへ!!」
自らの限界が訪れた無力さに震えながらも、意識は遠のく・・・。