「ハーミット」 ACT.32 愚者・上
千代「何・・・?今のは・・・。」
意識を支配していた白昼夢から覚める。
枷檻「どうした、さっきからふらついてるじゃねぇか。」
摩利華「無理もありませんわ。
二人も連続でお相手したのですから、相当疲弊しているのでしょう。」
千代(今回は今までと違ってはっきり覚えている・・・。
タイムマシン・・・?おかしな夢だ。
本人に心当たりがないか、一応きいてみようかな・・・。)
暴走能力者を鎮圧する目的は遂げたため、すぐに使用人に送迎させて屋敷へと戻った。
亜万宮邸に到着する。
車の中で眠ってしまっていたのか、頭がぼんやりする。
門の先・・・ドアの前で、番長は帰りを待っていたようだ。
番長「よお。」
千代「ただいま。」
他愛ない挨拶を交わす。
千代は好奇心からか、いてもたってもいられずにすぐに本題を切り出した。
千代「あのさ、番長ちゃんってまさかタイムマシンで未来から来たりした?」
どうせ夢のこと。
そう思って茶化してきいた。
番長は妖艶に微笑む。
番長「よくわかったな。どこで知った?」
千代は驚きのあまり言葉を失った。
番長の目は本気だったのだ。
千代「何のためにこの時代に来たの?」
半ば信じきれずに話を続ける。
番長「それを教える必要はない。
そうだな・・・もうこの際だから言ってしまおう。
知り合いなんてハナからいないし、お前たちももう用済みだ。」
枷檻「ハハハ、面白いジョークだ。」
真顔で応える。
番長が纏う雰囲気はもはや別人だ。
番長「私がお前の最後の相手・・・”愚者”の暗示のアルカナ能力者だよ。
今この時のために猫かぶって協力なんざしてきたんだよ。
サンキューな、まんまと利用されてくれてさ。」
ひょおと風の流れる音だけが静けさの中に耳を突く。
千代「う・・・そ・・・。」
枷檻「最初から怪しいとは思っていたがよ、まさかここまで外道とはな。
女優過ぎやしないか?」
番長「そうそう・・・最初は正直焦ったよ。
孤独だから漬け込んでやろうと思ったら枷檻、お前がくっついていたからな。
疑われたときは計画失敗かななんて思ったけど、チョロかったから結果オーライだよな。」
摩利華「人の心をもてあそんでおいてよくもそんなにぬけぬけと・・・!!」
番長「ま、ちょっと優しくしてやっただけで友達だなんて思ってくれた間抜けは騙しやすくて滑稽だったけどな。」
千代は膝から崩れ落ちた。
瞳からは光が消える。
枷檻「しまった!!この状態は・・・!!」
枷檻は千代を抱えて門の外へ走り出す。
そのあとをもたもたと摩利華が追う。
番長「いいのか?お前らがかばえば、能力は封印・・・無抵抗のままリタイアだぞ?」
三人を追おうとする番長。
警備隊は通すまいと門を閉ざす。
番長「これで足止めのつもりか!!」
登って乗り越えようとするが、門には電流が走っていた。
摩利華「空き巣が入った時に逃さぬように門には電流を、柵には有刺鉄線を張り巡らせていますわ。」
番長「クソッ、下手な小細工しやがって!!」
番長はこれ以上は門に触れずにおとなしく止まった。
いずれ決着を付けに戻ってくる。
そう確信していたからである。
屋敷から少し距離を置いた公園。
そこにあるベンチに千代を寝かせた。
相変わらず上の空で、空気を見たり吸ったり吐いたりしているのみだった。
枷檻「はぁ・・・はぁ・・・流石に重てぇな・・・チキショウ。
死に物狂いとはまさにこのことだぜ。」
千代の頬を優しく撫でる。
枷檻「早く立ち直ってくれ・・・!!
この状態のお前には声は届かないだろうな。
でも、クロなら・・・精神体のクロがお前の心に直接話しかければ・・・!!
頼むッ!!クロだけが頼りなんだ・・・!!」
枷檻は千代の手を強く強く握った。
――――――――――
今日で千代は小学三年生になる。
うきうきわくわくの新学期。
今日も変わらずおとうさんとおかあさんと一緒にご飯を食べて学校へ行くのだ。
おかあさん「早いわねぇ、今日で千代も三年生よ。」
おとうさん「ははは、いつまでも夜中にお人形さんとトイレに行くんじゃないぞ。」
千代「だって、よるはくらくてこわいもん!!あ、じかんだ、いってきま~す!!」
そう言って、学校へ行く。
天高く、お日様は笑っている。
少し鼻をくすぐる春の香り。
めんどくさい授業は話半ば。
放課後になったら町へ飛び出す。
蟻の巣をつついたり、水たまりに写る自分を見たり、川でカエルを捕まえたり。
この広い町には、冒険がいっぱいだ。
今日も人の目そっちのけで町を駆け巡る。
あっという間に日は落ちて、頭上の景色は青からオレンジに変わってゆく。
千代「もう、かえらないとからすにつつかれる。」
千代は影法師とかけっこをした。
でも、おうちにはたどり着けなかった。
信号無視した軽乗用車は、不運にもその小さな命を突き飛ばした。
ベッドからガバ、と起き上がる。
千代「なんだ、ゆめか。」
とてとてとリビングに向かう。
おかあさん「早いわねぇ、今日で千代も三年生よ。」
おとうさん「ははは、いつまでも夜中にお人形さんとトイレに行くんじゃないぞ。」
千代「だって、よるはくらくてこわいもん!!あ、じかんだ、いってきま~す!!」
そう言って、学校へ行く。
今日もいい天気だ。
千代「ゆめと、おんなじ。」
ご機嫌なお日様も、くすぐったい春の香りも、おんなじだ。
学校はつまらない。
いつも椅子に座らされて、おしゃべりを一方的に聞かされ、それをノートに書けというのだ。
そんなのつまらない。
だから、放課後は楽しみだ。誰よりも早く教室を出て、町へ飛び出すのだ。
花々を眺め、蝶々を指に止めて、小石を排水口に蹴り入れる。
冒険が、何よりも楽しい。
だから、あっという間に日は落ちて、頭上の景色は青からオレンジに変わってゆく。
千代「もう、かえらないとからすにつつかれる。」
千代は影法師とかけっこをした。
でも、おうちにはたどり着けなかった。
信号無視した軽乗用車は、不運にもその小さな命を突き飛ばした。
ベッドからガバ、と起き上がる。
千代「あれれ?へんなゆめだ。」
飛び起きてリビングに向かう。
おかあさん「早いわねぇ、今日で千代も三年生よ。」
おとうさん「ははは、いつまでも夜中にお人形さんとトイレに行くんじゃないぞ。」
千代「・・・?」
また、同じ言葉をかけられる。
正夢ということなのだろうか?
じゃあ、夢と違うことをしたらどうなるのだろう?
玄関で靴を履きづらくしている振りをして、時間を遅らせてみた。
ドア越しに、リビングからは食器の片付ける音がする。
おとうさん「本当にこのままでいいのだろうか・・・。」
おかあさん「きっと大丈夫よ。まだまだ先は長いんだから。」
おとうさん「そんなの気休めだ!!ひとりぼっちで過ごす娘を見ても何も思わないのか?十子(とうこ)!!」
おかあさん「あなた・・・。」
おとうさん「大体、妹の百合恵でさえ幼稚園のころには友達と遊んでいたんだ。
なのに千代は未だに一人で遊んでいるんだ・・・!!
友達がいないだけじゃない。誰も話しかけてすらくれないんだぞ!!?授業参観でも見ただろう!!
まるで学校という小さな社会で虐げられているように見えたんだ・・・・・・ッ!!」
千代「しい・・・たけ・・・?」
難しいことはよくわからなかった。
だが、ひとりぼっちという言葉が強く心を突き刺した。
千代は周りから視線が向くことがなく、話のタネにされることもなく、心配されることもなく、関心の一つも持たれない人間だった。
それが当たり前だったから寂しさなんて知らなかったし、一人で遊んでいるのが当たり前だった。
しかし、おとうさんはひとりぼっちの私を悲痛に思っていたようだった。
それはすなわち、自分の当たり前が間違いだったということを突きつけられたということだ。
今日はいつもよりも遅く学校へ向かった。
みんなはみんな同士でじゃれている。
自分は混ざらない。
みんなは楽しいを分かち合っていた。
自分は分け合わえない。
これが、ひとりぼっちということなのか。
そう考えると、急に悲しさがこみ上げてきた。
自分とみんなの間には見えない壁がある。
話しかけないし、話しかけてくれない。
嫌だって言われないけど、好きとも言ってくれない。
一緒にいても気づいてもらえない。
おとうさんがどうして悲しい声を上げたか、それを今心で理解した。
でも、そんなのは認めたくない。
今日も放課後は冒険するんだ。
泣いているけど、みんなは気にしない。
いつも通りじゃないか。
今まで通りじゃないか。
わたしはこのままでいい。
わたしはこのままでいい。
わたしはこのままでいい。
わたしはこのままでいい。
わたしはこのままでいい。
川についた。
川の水は少し濁っていて、自分の顔がくすんで見える。
川岸にはゴミが打ち上げられている。
ペットボトルやえっちな本、タイヤや朽ちた木の枝・・・。
ビー玉が落ちていたら拾って帰ろう。
でも、今日はとりわけ特別なものが落ちている。
黒くて大きい布。
服だろうか?袖が見て取れる。
千代「おお、おたからだ。」
飛沫をあげながら駆け寄る。
すると、布は突然盛り上がり、人の姿を成した。
クロ「千代・・・やっと見つけたぞ・・・こんな姿に成り果てて・・・。」
千代は驚く。
幽霊だ、こんな昼間に幽霊だ。
千代「おばけーーーーー!!」
泣いて逃げようとする千代の手をクロが掴む。
千代「やだ、はなして!!」
クロ「お願いだ!!目を覚ましてくれ!!こんなことをしている場合ではない!!」
千代「や~だ!!や~だ!!」
千代はクロの手を引き剥がそうとする。
クロ「いつまでこんなことをしているつもりなんだ!!?目を覚まして現実に立ち向かうんだ!!」
千代「わたしはこのままでいい!!」
クロ「戻ってこい!!」
千代「わたしはこのままでいい!!」
クロ「千代がいなければこの戦いを誰が本当の意味で終わらせる!!」
千代「わたしはこのままでいい!!」
クロ「いい加減にしろ!!大切な仲間を放っておいてまでこんなところに閉じこもっていたいか!!」
千代「わたしは・・・ッ!!」
そうだ。
裏切られたから何なんだ。
いつも通り説教して正気になるまでぶったたいてやればいいじゃないか。
こんな偽りの平和にしがみついて現実逃避している場合じゃあないんだ。
千代「もう、平和”だった”日々を繰り返す必要なんてないんだ。
帰ろう・・・おうちじゃなくて、みんなのところへ・・・・・・!!
争おう、真に自分が求める平和のために!!」
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