DAI-SONのアレやコレやソレ

創作ライトノベル、「ハーミット」「愚者の弾丸」「ハーミット2」を掲載。更新停止中です。

「ハーミット」 ACT.21 後始末

亜万宮邸に戻った一行は敵の能力について考えていた。
結局のところ、相手の限定条件とはなんだったのだろうか?という素朴な疑問があった。
それが解からなければまたしても簡単に術中に掛かってしまう可能性が出てきてしまう。
もちろん四六時中気をつけられるわけでもないが、外出時に気に留めておくことくらいはできるだろう。
番長も呼んで状況を整理した。
戦闘時はあまり気にしていなかったが、相手は131の制服を着ていたため店員に擬態していたか、もしくは本当に店員だったのだろう。
逆に自分たちはどう動いていただろう?そう考えたときに共通しているのは、”アイスを食べたこと”だ。
アイスを買った時点では、枷檻だけがカウンターへ行き、千代と摩利華はテーブルで待っていた。
そのことから、限定条件は単なる「接触」や「特定の音や言葉を聴かせる」などといった狭い範囲のものではないのだ。
仕込まれたのは、”アイス”、”スプーン”、”容器”のいずれかだ。
それでなければ、結界のようなものをはったりしていないとありえないが、そうなると特定の一人だけを指定できる精密さが割に合わない。
千代が経験した限りでは、能力は強力であればあるほど大量の生命力を必要とするために、強く出しすぎないバランスが必要ととれる。
もとから対象が一人だったとしても、精密さを欠くため周りの人間に誤射する可能性もある。
地を這う能力であった可能性はあるが、そうであればクロが探知をするはずだ。
なるべく会話に参加せずに探知に集中させているため、精密さは信頼できるだろう。
やはりこれは”食べる”ものに何かを仕組む能力だという結果に至った。
そこで、スマホを見ながら摩利華はおずおずと口を開く。
摩利華「あの・・・今、屋敷にその・・・元相手?の人が到着したようですわ。ここで悶々と議論するより、ご本人に伺ったほうが早いでしょう。」
てっきり一行は病院かその女の家に送ったものだと思っていたため、驚きを隠せなかった。

医務室では女がふくれっ面でベッドに横たわっていた。
千代「目が覚めたみたいね。」
千代は戦えなくなった女に対して、まだ敵意を失っていなかった。
千代のその眼差しは怒りと威圧と侮蔑の意が混沌と渦巻いている。
目の前にいる大量殺人犯の実態を信じるのは、部屋にやってきたたった四人の女の子と、同じ運命に一喜一憂している限られた者共だけであった。
社会的制裁を与えることができない。
それが、千代の黒いところを強く刺激しているのだ。
千代「あなたが持っていた能力について知りたいんだけど。教えて欲しいな。」
太めの女「なんで今更・・・。」
不貞る女の胸ぐらをつかむ枷檻。
枷檻「いいから言われたことをやれ・・・今度余計な時間を割くと”青タン”が増えるぞ?」
町一番のヤンキーの凄みは伊達ではなく、女はおとなしく話し始める。
太めの女「”このみ”の能力は”女帝”の暗示・・・マーダーベイビィ、”人殺しの赤ん坊”よ。
弱きものを枯渇させ、強きものの腹を裂く。
引っ掛ける条件は”唾液を接触させる”だけ。
楽だったわよ。ただディッシャーを舐めておけばいいだけなんだから。
なんでもいいのよ?スプーンでも、お皿でも。
なんなら、派手にくしゃみするだけでも良かったのよ。
一度に一人しかできないっていうのが玉に瑕だったけどね。
でも、赤ん坊が吸収した生命力は”このみ”のもとに戻ってくるから。」
摩利華「”このみ”というのは貴女の名前ね?」
九重「そうよ。”九重このみ(ココノエコノミ)”っていうの。嘘じゃないわ。
ママがつけてくれた名前よ。パパは出産前に離婚したけど。」
思えば、アルカナ能力というのは、暗示の他にも個人に影響されている感じはある。
千代は親しい友のような存在。
枷檻や男子学生は喧嘩がさらに強くなるような武装。
摩利華は取り巻きへの矯正。
スーツの男性は他力本願の外道。
学ランの男はこじらせた最強の妄想。
そしてこの女の場合は、父親の愛を知らず母親に愛を渇望していた自分自身。
九重「このみっていう名前はね、パパみたいに身勝手にどっか行っちゃうような人に巻き込まれようが、
”自分好み”に人生を歩めるようにって付けてくれた名前なの。
でも、哀れよね。こんな考えられないような戦いをして、勝たなきゃって気持ちに縛られてさんざん関係ない人を殺して・・・。
一番身勝手なのってこのみじゃない・・・。ヒトゴロシから普通の人には戻れないんだ・・・。」
九重は涙を流した。
自分が殺してしまった人間の遺族の分もとばかりに溢れ出ていた。
千代「そうね。本当に身勝手ね。」
泣き出した九重に対して千代はさらに憎悪をましていた。
千代「あんたには然るべき制裁を受けてもらう。
罪の意識があるならなおさら・・・ね。」
千代は少し思考を巡らせたあと、意を決して話し始める。
千代「あんたには生き地獄を味わってもらおう。
殺してしまった人間の分だけ生きてもらおう。
あんたからは所持品の全てを剥奪する。もちろん住居もだ。
つまりは、人を殺してしまった罪悪感に苛まれながら、ホームレスとして生きろ。
というわけだよ。
ここにはあんたが頼れる人間はいない。故郷に帰る金も取り上げる。
それは罰として与える”孤独”だ。
死んだらみんな一人ぼっちなんだ・・・。
誰にも死んだ人間の気持ちなんてわかってあげられないよ・・・。
生きながらにして人間としての死を噛み締めろ、この殺人狂・・・ッ!!」
千代は大きく歯ぎしりした。
拳は強く握られ、暴れだしそうな感情を必死で抑えている。
その怒りに震える肩に、番長が手をかける。
番長「そこまでしては駄目だ。
お前が罪を犯してどうするんだ?
そんなことをしたら、お前もその殺人犯と何ら変わりのない人間になることがわからないか?
気持ちはわからなくはないが、怒りに我を忘れてはいけない。
まぁ、そうだな・・・パシリにするくらいで許してやるんだ。
許す・・・と言うよりは、時間をかけてゆっくりと罪を溶かしてもらえばいい。
人の命は何に変えることもできないのだから、人の命をほかの誰かがどう変えるかなんて決めてはいけないんだ。
罪を犯した命だって、ひとつの命なんだからな。
そんなにこわばるな。お前は、これから犠牲になるかもしれなかった数々の命を救ったんだ。
そして、その犯人さえも救った。お前は、その救った罪を捨てる人間か?拾う人間か?」
千代は大きくため息をついた。
拳は解け、肩からは力が抜けていった。
千代「・・・わかった。でも、私はこいつの顔を見るのも嫌だから、番長ちゃんの調査の助手にしなよ。
いるだけで本当に不愉快だし、殴りたくなる。」
番長「そうか・・・。殴りたいなんてお前らしくない気もするが、さっきのお前よりは正しい判断ができているんじゃないか?」
番長は目線を九重に向ける。
番長「お前はこれから私の忠実な部下だ。
命令に背いたら、きっとお前は食い荒らした命の声を悔い改めるまで聴くことになるだろう。」
九重は無言でうなづいた。
この戦いに本気で挑む者共の獰猛さ。
九重の目にはそれだけが映っていた。

枷檻「そうか・・・なるほど。」
これで何度目かと言わんばかりにベッドにぐったりと横たわる千代。
だが、今回は疲労や消耗では無いようだ。
摩利華「こういった時に、女の子同士でよかったですわね。」
千代は生理痛で悶えていた。
さっき必要以上にキレていたのも生理のせいで、千代本人はこんなに荒っぽい性格ではないということは言うまでもない。
しかし、もちろん九重のことを許せない気持ちも確かであるため、吐いた言葉が本心でないとは言い切れない。
摩利華と枷檻は『なんだ、生理だったのか。』と安心していたが、番長は千代の中にあるとんでもない気性の荒さを危惧していた。
千代には少しばかり頑固なところがある。
故に彼女の観点から逸脱した事象に遭遇してしまった時に強く反発を見せてしまうのだ。
今までは恐怖の方が勝っていたため、外に出るようなことはなかったのだろう。
今はどうだ?アルカナ能力という大きな力を手にして、少し恐怖が薄れているのではないだろうか?
番長が恐れている事態、それは”気に入らないものを蹴散らすエゴイズムそのもの”になってしまうことだ。
彼女が正しい観念を持っていれば問題はないのだが、少しでも自身が間違いを犯してしまったとき、正そうとした人間さえも突っぱねてしまうのだ。
それはいわゆる「正義」というものだ。
番長は正義というものを一番愛し、一番恐れていた。
それが故に、最初あたりに正義の暗示の能力者が消えたことには安堵していた。
結局出さぬまま終わってしまったが、きっと概念の天地がひっくり返るほどに秀でた能力だったのだろう。
正義とはそういうものだ。
振りかざしてしまえば悪となる。
真の正義は悪を裁く。
故に正義はぶつかり合う。
番長は、千代とぶつかり合うのは避けたいと思っていた。
番長も千代も、それぞれに強い正義を抱えているのだから。

摩利華と枷檻を部屋から出し、千代と二人きりになった。
摩利華には恨めしそうな目をされたが、そんな気はないしもっと大事な問題だった。
番長はベッドに座る。
番長「千代、会話は出来るか?」
千代「・・・なんとか。」
千代は虚ろな目を番長に向ける。
番長「・・・お前がさっきキレたとき口にしていたのは、本心か?」
いきなり核心を突く番長は、相も変わらず無骨だった。
千代「・・・・・・わからない。ただ、最悪なことをしたやつには最悪なことをし返してやるって、そう思っただけ。」
番長「お前、とんでもなく恐ろしいやつだな。」
千代は不思議そうに首をかしげる。
番長「お前の今の発言は、自分が不快になったらどうやっても報復する人間だととれる。
言うならば、殺してやりたいほどの罪を犯したら平気で人を殺すし、
自分を苦しめてきたものには、笑顔で拷問するような・・・そんな人間だ。」
千代「・・・そんなこと――――」
番長「あるんだよ。
たかが生理が来た程度であんなに惨たらしいことをしてやると平気で言ってしまうし、物足りんとばかりに拳を握っていた。
抑えているように見えて、お前の中にある獰猛さや狡猾さをまったく抑えられていなかったんだ。」
千代「・・・・・・・・・」
番長「お前には”爆発力”がある。だが、お前が純粋であるが故に、良くも悪くもどちらにも傾く。
んで、お前にはへなちょこの時と、爆発した時の両極端しかない。
だから、必ず感情や行動は振り切れていて、悪い方向に振り切れた時に手がつけられなくなる。
お前は、”ソリ”の合わない人間を必要以上に憎むことはないか?
偽善に対して無駄に腹が立つことはないか?
相手にとどめを刺すときに過剰に殴ったりしていないか?
どれもこれもお前が際限なしに振り切れているからなんだ。
だれも憎むななんて言わないさ。
誰も傷つけるななんて言わないさ。
でも、お前は”加減”を覚えたほうがいい。
じゃないと、枷檻や摩利華さえも傷つけてしまうことになるぞ?・・・DDLの時の様に・・・。」
千代は何も言い返せず、黙って話を聞いていた。
ぐうの音も出ないほどに痛いところを突かれてしまっていた。
千代「それでも・・・どうしても全力でやらなきゃ納得の行かないことがあったらどうするの?」
番長はふふと笑う。
番長「それがお前の頑固なところだよ。
自分というものに囚われ過ぎているんだ。
仲間がいるじゃないか。
私たちという人間がいるじゃないか。
ちゃんとした形で納得するには、ひとりの力じゃあ無理なんだ。
友達でも家族でも使用人でも、誰かほかの客観的視点がないと出来ることもできないんだ。
もっと私たちを頼ってくれ。
なんでも自分でつぶしに行こうとするな。
それとも、そんなに私たちが頼りなく見えるか?」
千代は首を横に振る。
番長「おっと、生理で具合が悪いというのに私と来たら、また長話をしてしまったな。
でも、私はね、『言葉にしなきゃどんな気持ちだって伝わらない』って強く思うんだ。
だから、伝えたいことは表情や仕草なんていう遠まわしなものじゃなくて、直接全て口から伝えようとするんだ。
もう、これは癖だから勘弁してくれないか?」
優しく微笑み返す千代の表情にはもう険しいものはなかった。
知り合いを救いたい。
番長はそう言っていた。
でも、ここまで気にかけてくれるのだから、きっとそれだけの為にそばにいてくれるわけじゃないのだろう。
これは彼女の持つ、普段は見せない優しさで・・・そして、正義なのだろう。
番長はたくさんの言葉をぶつけてきて、道を正そうとしてくる。
もちろんそれは番長だけが正しいと思っている道だ。
しかし、仲間のことを大切だと強く思っている彼女の導く道はとても眩しい、憧れてしまうような心惹かれる道なのだ。
番長は、救えるものなら誰だって救ってやりたいというような人間なのだろう。
千代の瞳にはそんな誇り高きお姉さんの姿が映っていた。
そしてまぶたはその光を遮った。