DAI-SONのアレやコレやソレ

創作ライトノベル、「ハーミット」「愚者の弾丸」「ハーミット2」を掲載。更新停止中です。

「ハーミット」 ACT.19 その呪いは波乱の予兆を孕む

摩利華の部屋には千代と摩利華のふたりがいた。
横顔には夕日があたり熱を帯びている。
摩利華「難しいですわ・・・?考えている間に落ちてしまいますわ・・・。」
彼女らは暇つぶしに落下物のパズルゲームをやっていた。
こういったものは断然千代の方が強く、アグレッシブに"お邪魔"を送りつける。
そこに、使用人が入ってくる。
使用人「お嬢様、それと千代様、夕御飯は何にいたしましょう。」
摩利華「まあ・・・もうそんな時間に・・・。」
今の今まで一度も勝てていないことが気にかかったが、空腹に勝るものはなかった。
摩利華「いつも通り栄養価の偏らない献立でお願いしますわ。」
使用人「承知しました。千代様はいかがいたしますか?」
千代「え?あッ・・・えっと・・・え・・・その・・・。」
最近は仲間内の三人と家族ぐらいとしか話していなかったため安心しきっていたが、
いざなれない人間と話そうとすると人見知りが出てしまいおどおどとしてしまう。
摩利華「私と同じものでいいですわ。」
使用人「かしこまりました。」
使用人は糸を引かれるようにさっと部屋を出る。
千代は不意にスマホに目を落とすが、特にメッセージは届いていない。
ということは、”二つの不可解な音”についてはまだ何も判明していないということも示している。
千代(やっぱ番長ちゃんも万能じゃないし、わからないことくらいあるよね・・・。)
プレースしていなかったゲーム画面にはミノが積み上がっていた。

その頃、大柄な男は虎視眈々と”妊娠の呪い”の核心に迫っていた。
131アイスクリームの店舗の周りでの事案が多く、死亡している人間は衰弱していたり腹を裂かれたりしていて、とても無残であり冷酷無比である。
被害者に共通点は存在せず、男女問わず腹部が膨れ上がり続け、いずれ死傷してしまう。
無差別な殺戮をする能力者。
猛者を求め、正当なる決闘で勝利することを重んずる男にとって、卑怯や卑劣は許されないことであった。
大柄な男(探りを入れる女郎の次はクレイジーな大量殺人犯か・・・。
生命力が尽きてしまう前に始末してしまわなくてはな・・・。
一般人を巻き込むやからを放ってはおけない。)
だが、男の焦りとは裏腹に、怪しい雰囲気を持つ人物を見つけることはできなかった。
”呪い”というだけに、一般人に紛れ込んでいる可能性が高いため見分けがつきづらいのだ。
大柄な男(この131の近くにいることは確かなんだ。
いや、少なくともその根源を設置したりしていないと合点がいかない。)
夕日がゆっくりとその輝きを細めていく。
町を染めていた橙色も少しずつ黒色に溶けていく。
大柄な男(しまった、そろそろ逆位置時間だ・・・ネットカフェにでも寝泊りするか・・・。)
熱帯夜の暗がりに沈んでゆく町の袋小路に、またひとつ屍が築き上げられてゆく――――

8月5日(月曜日)。
朝食待ちがてら、ふたりは課題をこなしている。
ワンセグモードのスマホからはニュースが流れていた。
ニュースキャスター「・・・ですね。それでは、次のニュースです。
・・・!!速報です。今朝、H市最凝町にてまた、変死体が発見されました。
今回も131アイスクリームの店舗から半径5km圏内で、これまでの変死体や原因不明の衰弱と何らかの因果関係があるのではないかとの情報です。
続く”バイパスの狂気”。駅での一件で収束したと見られていましたが、今は逆にその勢いをまして私たちの日常を侵食しています。
インターネットでは、被害者が死ぬ直前に腹部が膨らむ様子から”妊娠の呪い”と言われておりますが、
警察では連続殺人と新種の危険ドラッグの両面で捜査を進めているようです。
続いてのニュースは・・・」

千代「これっへひゃ、げっひゃいのうよふひゃのひわがはおえ。」
摩利華「もう、物をほおばりながら喋るなんて下品ですわ。
別に料理は逃げませんからゆっくりお話してくださいまし。」
小綺麗に切り分けて食べる摩利華に対し、大雑把に切り分けて大口を開けて食べる千代は実に対照的である。
千代は注いであったオレンジジュースで食べ物を流し込んだ。
千代「っあ゛ぁ゛~・・・だから、今のニュース!!こんな怪奇な事件は能力者以外に考えられる?
ただの殺人ならまだしも、”衰弱した人間がいる”っていうのがどうも引っかかるんだよね。」
摩利華「それ以前に、”腹部が膨張する”というのが既に不自然ですわ。」
摩利華が野菜の春巻きを丁寧に切り分け始めた頃には、千代はもう完食していた。
千代「ふぅあ~、ごちそうさま~。」
摩利華「ちゃんとよく噛んで食べていますの?早食いは太りますわよ。」
千代「なに親みたいなこと言ってんの。
料理は熱いうちに食べちゃうのがいいし、我慢はストレスになるから食事は自由にするの。」
摩利華が料理をわざわざ小さく分けて食べるのは別にかわいこぶっているわけではなく同じ量での噛む回数を増やすためのもので、
決して美味しく食べる方法ではないために微妙に論点がずれていた。
摩利華「食べ過ぎてぷにぷにのぷよぷよになっても知りませんからね。
お腹がぽっこりしてその”妊娠の呪い”の術中にかかってもわからない・・・なんて嘆いても遅いですわよ?」
千代「うぐっ・・・。」
摩利華「千代ちゃんは咀嚼数が足りませんの。
大量にほおばってはよく噛まずに飲み込む・・・。
挙句飲み物で流し込んでしまうなんて論外ですわ。
噛むことは満腹感につながりますのよ。
それなのにそんな食事方法をとっていては後でおやつが欲しくなるのではありませんの?」
オーバーキルをかまし、摩利華は春巻きをほおばった。

大柄な男はせっかくインターネットカフェに寄ったのだからと、パソコンによる情報収集をしようとしていた。
しかし、普段パソコンを使う機会がないためか、本題とは関係のない方向で悪戦苦闘していた。
彼はこの時代にガラケーを使うような男である。
大柄な男(第二の地球を発見した・・・?ええい、そんなことはどうでもいいのだ!!
”バイパスの狂気”についての情報をだな・・・。)
彼はキーボードを前にまごまごするばかりであった。

千代は枷檻を誘い、三人で行きつけのジムに行くことにした。
ダイエットがてら、基礎体力を上げておいて長期戦も可能にしていこうという算段だった。
枷檻「お前らなぁ・・・なんでそんなに、体力がないんだ?」
ルームランナーをしながら喋りかける枷檻に対し、摩利華と千代はぐったりとしていた。
ボクササイズに、重量挙げなどを経てルームランナーにあたっているために、既に満身創痍なのだ。
千代は瞬間的な爆発力は持っているものの、持続力がなくすぐに疲れてしまう。
摩利華に至っては普段運動など全くしないため、やることなすことヘナヘナで論外だった。
比べて枷檻は体の使い方をわかっているため、トレーニングをそつなくこなしていた。
枷檻「摩利華は鍛える必要がないからいいとして・・・
千代、お前は戦うために鍛えているんだからこんなんじゃあ話にならねぇぞ?
お前はなぁ、全力なのはいいんだが、無駄なところに力が入ってこわばっているんだよ。
もうちょっとストレッチとかもして、柔軟に体を動かせるようにするんだ。」
そう言って枷檻はルームランナーをやめてけん垂を始めた。
枷檻の言っていることは正しかった。
現に千代の能力であるクロも、千代自身の生命力を大きく削り破壊的な威力の猛ラッシュを畳み掛ける。
そんな性質は千代の特徴から生まれたものであろう。
柔軟的な持続力を上げればクロも長期戦に持ちこたえることができるのではないか?
千代はそう考える一方で、長所を生かして一発で確実にとどめをさせる場面展開を図ることが有効なのではないかとも思っていた。
悩ませるほどの極端さを千代とクロは秘めていた。
枷檻はそんな千代の考えの移り変わりに既に気づいていたようだった。
枷檻「おっと、千代。一撃が強いからって持続力を鍛えなくても当てさえすれば・・・なんてのはやめてくれよ?
これまでに千代は何度もブッ倒れてる。それは能力の消耗のせいでもあんだろ?
なら、戦うたびに摩利華に世話をさせるって言うんだな?ブッ倒れてる時に敵が襲ってこないって思ってるんだな?
・・・まぁ、私の考え過ぎかもしれねぇけどよ、もしそうなら、あんまり私たちを失望させるな。
お前が全力で立ち向かうって思ってるから私たちも全力なんだ。
押し付けがましいと思うが、私はひたむきに頑張る千代を応援したいんだ。
そしてなにより、相手にはとんでもないパワータイプがいる。
鍛えることをやめたら・・・死ぬぞ?」
千代は改めて事の重大さを実感した。
あの”バースデーキラー”の時から、敵は自分を倒すというよりは「殺傷する」という感じになっている。
いつでも強力な状態で能力を出せるように鍛えておかなければ、しれっと殺されてしまうのだ。
枷檻はそのことを噛み締めて欲しかったから、敢えて直接的な言葉を使ったのだろう。
千代「うん。そうだね、私もっと頑張るよ。」
千代は立ち上がり、枷檻のもとへ歩み寄った。
摩利華「私はここで応援してますわね~。」
摩利華はひどい筋肉痛でボトルを抱えたまま動けなくなっていた。

ジムで一通りトレーニングを終えた三人は、事件の調査がてら131に寄った。
警察やらマスコミやら、店内にはものものしい雰囲気が漂っていた。
警官「あ、すいません。常連の方でしょうか。」
千代「あっ・・・うっ・・・。」
警官の問いかけにおどおどとしてしまう千代。
やれやれとばかりに枷檻が介入する。
枷檻「彼女は常連だよ。
彼女の紹介で少し前からここに来るようになったんだが、
不可解な事件が起きたってことで心配だって言うもんだからきてみたんだよな。」
千代「あ、あれ?」
千代は店内を不思議そうに見渡している。
警官「どうかしましたか?」
千代「いい、いつもの・・・その・・・爽やかな、て、店員さんがいないんれす・・・。」
枷檻「あぁ、この前レジやってた奴のことか?あの女みたいな顔の。」
千代はうなづく。
警官は少し待っているように促すと、店の責任者らしき人間に聴きに行ってくれた。
しばらくすると戻ってきて、
警官「・・・この写真の方ですよね?今日は普通に休みだったようです。
事件の被害者になっていたかと思いましたが、そうでなかったようです。
良かったですね、大事な彼が生きていて。」
警官はこの場の雰囲気が悪いことを察しているので、緊張をほぐそうとおどけてみせた。
千代「そっそそそんなことはないですっ!!」
千代は顔を真っ赤にして間に受けてしまったのであった。
摩利華「あら彼氏さん?」
千代「そんなわけないでしょ!!?だったらもっとしょっちゅう会いに行ってるよ!!」
摩利華「そう、あやうく妬いちゃうところでしたわ。」
店員が変わると注文もろくにできない千代に変わって枷檻が会計を済ませてきてくれた。
枷檻「よし・・・これを食ったら、摩利華の家に行こう。」
摩利華「そうね、夜は危険ですし・・・。」
店の窓からは橙色が注がれ始めていた。