DAI-SONのアレやコレやソレ

創作ライトノベル、「ハーミット」「愚者の弾丸」「ハーミット2」を掲載。更新停止中です。

「ハーミット2」 ACT.4 錠前マリは二番じゃ嫌

5月7日(木曜日)

新しい情報や手がかりは已然として見つからず、合宿帰ってきた3年生たちと、部活で汗を流す毎日。
3年生の部員はたった3人だ。
気さくな早瀬川電子(はやせがわでんこ)、比較的常識人な川辺檀(かわべまゆみ)、クールだけどどこか天然な荒川凶子(あらかわきょうこ)。
千代が年上とも上手く接することが出来るようになったのは、彼女らのお陰だ。
そんな彼女らへの恩返しとばかりに、毎日マネージャー業に勤しんでいる。
榎「ぎゃーっ!!」
体重のかかった振動が、グラウンドを揺らす。
今日はグラウンドが空いていたので、ハードルや幅跳び、高跳びなどの道具を用いた競技の特訓をしていた

セイラ「お前の運動音痴具合は、旋風高校の歴史に刻まれるであろう…。」
榎「や、やだぁ」
砂まみれになったシャツをほろいながら立ち上がる。
膝は幾度となく擦りむいていて、痛々しかった。
みるく「ハードルをひとつも越えられないなんて、びっくりしたの…。」
満身創痍の姿の原因は、恐るべき身体能力の低さだった。
体重に対して筋肉が弱すぎるせいで、常軌を逸したジャンプ力の低さを体現したのだ。
ハードルは蹴飛ばされたり、引っ掛かったりを繰り返して、バーの固定が甘くなっていた。
真姫「これ以上ハードルを蹴ったら壊しそうだから、一番低くするね。」
榎「う…。」
真姫はハードルの固定を全て低くした。
千代「何やってるの…。小学体育?」
榎「うう…。」
見かねた千代はスクイズボトルの水の補給を中断して駆けつけた。
千代はそこにいたメンバーに状況を説明してもらうと、小さくため息をついた。
千代「あのね、榎ちゃんは運動なんて無縁に育ってきた人間なんだよ。どの競技をやったって、フォームが最悪なだけだから、基礎を教えればなんとかなるんだよ。」
セイラは陸上競技に関しては天才的だし、真姫もスポーツには馴れていた。
みるくも、運動は苦手ではあるものの、毛嫌いしていた訳では無いため、速くはないが、できないことはなかった。
比べて榎は今まで、運動嫌いで、体育の授業もサボっていたほどの徹底さだったため、基礎も体幹もヘッタクレも無いのだ。
千代「いい?速く走ろうとしなければ、榎ちゃんだってやれるんだよ。」
榎「ホントですか?」
千代「うん。」
セイラ「無理に100ペリカ
真姫「無理に1,000,000ジンバブエ・ドル
みるく「どうしてそういうこと言うの?」
セイラ「いや~、だってこいつ火事場力の方が強いから、叩かれて延びるんじゃないかな~って。」
千代「そんな心配しなくて大丈夫っていってるでしょ。」
榎「それで…どうすればいいんですか?」
千代「えーとね、ハードル走はリズム感が大事なの。ちゃんと足が上がってても、ハードルに対しての距離が不味いと敗するし、歩幅が正しくないと歩数が合わなくなっちゃう。」
真姫「あ~。中学校で習ったよそれ。」
セイラ「マジで?勘でやってた」
みるく「ちゃんと教えてたの。」
千代「外野うるさいよ」
セイラ「サーセン
千代「ハードルって、わざわざ均等に置いてるでしょ?だから、同じリズムで飛べばいいわけ。ハードルと同じ幅で手前に線を引くから、右足で踏み越えて、左、右、左でジャンプして。そしたら、次はまた右足で着地するでしょ。失敗したら最後の左足を踏み込む位置を変えて。」
榎「わかりました。」
千代「シャトルランの時のフォームを忘れないで、最適な姿勢で走るんだよ。」
榎「はい!!」
榎は言われた通りにすると、低いハードルを順調に飛び越えた。
榎「できました!!」
千代「正規の高さじゃないから、まだ出来てないの。」
榎「あぇ」
千代「ハードルを少し上げるね。」
ハードルを2フィートから、2.5フィートに上げる。
榎「文字通りハードルが上がった…。」
約15cm上がっただけでも、強力な圧迫感を感じた。
これは女子長距離(及び女子中学短距離)の正規なので、女子短距離正規の2.75フィートはさらに高い。
千代「自分の好きなタイミングで行きなさい。」
榎「は、はいぃ…。」
セイラ「できるよ~できるできる。お前ならできるよ!!ほら、空はこんなに広いのに、太陽は毎日同じコースを走ってる。根性あるよね~。君にもあるよ。だって、今日から君は、太陽だ!!」
千代「熱血テニスプレイヤーみないな圧をかけないの。」
セイラ「はーい」
榎(ちょっと心がおちついたかも)
榎の足は再び地面を蹴る。
重量のあるステップが地面に薄く足跡を残す。
ハードル手前の線を踏み越える。
1.2.3.と、心の中でカウントをとる。
4────────ッ!!
荒々しく脚を振り上げる。
榎「!!」
体は空を切り、ハードルの上をすり抜けた。
榎(やった…!!)
だが、着地からの歩幅が合わず、二つ目のハードルのを倒してしまった。
千代「もっかいやる?」
榎「はいッ!!」
かけ戻り、再びスタートラインにつく。
今度は、尻込みすることなく、軽快に走り出す。
感覚を頭の中でリピートして、均等な4つの点を打ち付けて行く。
5つ並んでいるうち、今度は4つ目に引っ掛かった。
けど、確実に進んでいる。
千代「まだいける?」
榎「はいッ!!」
みるく「ファイトー!!」
真姫「いっぱーつ!!」
セイラ「ワシのマークのダイショー製薬!!」
みんなの(一部意味不明な)声援を受け、再びゴールを目指す。
1.2.3.4!─1.2.3.4!─
ひとつ、ふたつとハードルを越える。
まだ夏は先だと言うのに、大粒の汗が顔を伝い落ちる。
みっつ、よっつと飛び越えた。
自分の中で定義付けた歩幅が身体に馴染んでいる。
錯覚じゃない。踏むべき一歩が解る。
いつつめを飛び越えた。
左足がハードルを掠めることはなかった。
榎「やっt」
しかし、榎は倒れることとなった。
セイラ「大丈夫か!!?」
倒れた榎に駆け寄る。
榎「足…ぐねった。」
千代「どれ、みせてみなさい。」
榎を仰向けにして、靴下を脱がせる。
千代「あぁ、ほんとにちょっとバランスを崩しただけだね。アイシングして、湿布張っておけば明日には元気だよ。」
真姫「よかった~。」
みるく「心配したの~。」
榎「でも、痛いから、今日はもうやらない。」
千代「そうね。氷のうとってくるから、フェンスにでも凭れてて。」
千代はグラウンドに設置された粗末なベンチに向かう。
グラウンドで活動するときに、部員のバッグや道具を置くのはこの近辺と決まっている。
野球部だけは例外的にマウンドの向こうに設置されている打席待ちのベンチに置く。
ベンチのクオリティに差はない。
白い塗装が所々剥げた木造のベンチだ。
そろそろ取り替える時期が来ているのでは無いかと言われているが、どこかの寄贈品らしく、無闇に捨てられないようだ。
千代(足が一本取れかかってるんだよなぁ)
クーラーボックスを探っている間にも軋みをあげるほどに年期が入っていた。
氷のうを取り出して、顔をあげると、一人の女生徒が立っていた。
くちなし色(比較的白に近い微かに赤みのあるオレンジ)のツインテールが可愛らしい。
セイラのツインテールが"ラビットタイプ"と呼ばれる、こめかみの上辺りに始点があるものであるのに対し、その女生徒のツインテールは"レギュラータイプ"と呼ばれる、耳とほぼ同じ高さに始点があるものだった。
女生徒「あ、すいませーん、自分、部活迷っててー、色々見学して回ってるんですけど、見てっていいですかねー。」
千代「いいよ。好きに見てって。」
女生徒は、明るいという意味でも、軽いという意味でもライトな人間だという印象を与えた。
女生徒「あざーす。」
千代が背を向けると、バギン!と強烈な音がした。
女生徒「あいてて…」
千代「大丈夫‼?」
ぼろぼろだったベンチは遂に天寿を全うしていた。 
ベンチは倒れていないものの女生徒のふくらはぎには切り傷が出来ていた。
千代「絆創膏出すから、待ってて。」
女生徒「すみません、仕事増やして…」
開けっぱなしだったバッグから、慣れた手つきで絆創膏を取り出して、氷のうの中の水で濡らしたハンカチで傷口を拭いてから貼った。
女生徒「あざーす…」
千代「いいのいいの。…ついでに榎ちゃんの擦り傷にも貼っておこうかな。」
千代は、榎たちのもとへ戻る。
女生徒は千代の背中を目で追いながら、その場に立ち尽くす。
その視線はやがて足下にある、折れたベンチの足に落ちる。
女生徒「大丈夫よ…慣れてるわ。」

セイラ「これで、中学体育は修了だな。」
榎「えっ」
真姫「当たり前でしょ~…もう高校生なんだから、基礎なんて出来て当たり前なんだよ。ここからタイムを縮めていくのが部活なんだからね。」
榎「うええ…」
千代「榎ちゃんはダイエットがメインだし、ゆっくり成長していけばいいよ。今日はもう終わるんでしょ?」
榎「はい…」
千代「3人はどうするの?見学者も来たんだけど。」
セイラ「へー…あ、マリじゃん。」
真姫「知ってるの?」
榎「うん。マリちゃんはC組なんだ。」
セイラ「雑誌やマスコミの注目を浴びつつあるアイドルの卵なんだってさ。スカウトもよくされてるらしい。」
真姫「へぇ~…でも、なんで陸上部なんだろ。」
千代「うちに限らず、いろいろと見て回ってるんだって。」
みるく「でも、おかしいの。」
真姫「何が?」
みるく「いずれアイドルになるんだったら、部活なんて続けられないと思うの。アイドルって、人気になると、単位不足で高校を中退する例も珍しくない訳だから、まともに授業も受けられないのに、部活なんておかしいのね。」
榎「アイドルになるか、普通の女子高生でいるか、迷ってるんじゃない?青春をお金に変えるのって、かけがえのないものを売るわけだから、結構リスキーでしょ。」
千代「何言ってんの。将来有望だから、見るだけタダってことでしょ。」
セイラ「先輩、それは軽率ッスよ。アイドルには消費期限がある…アスリートと同じように。それに、アイドルには色恋沙汰も許されないッス。この選択は大変なんスよ。」
靴紐を結び直したセイラは、ハードルの前に立つ。
セイラ「どんなに器用に生まれた人間でも、天に二物を与えられていたとしても、ヒトであるのなら、いつまでも器用じゃいられないんですよ。」
千代「盛者必衰ってことでしょ。わかるけど、凡人の私たちからすると、贅沢な悩みってことよ。」
セイラ「才の無さは貧しさッスか。」
ザリ、と地を蹴り、ハードルを飛び越える。
他人より二回りも太い太ももの筋肉が、跳躍、着地、投足をことごとく期待通りのものにして行く。
脚が重点的に発達したその体躯はカンガルーを思わせた。
5つのハードルのコースを水切りのように素早く、軽快に駆け抜けて行く。
たが、走り終えた彼女の表情は不満げだった。
セイラ(ハードルの高さを下げていたのを忘れていた。余計に高く想定して飛んでしまったか…)
小数点下で争う世界、余分は許されなかった。
続いて真姫とみるくがハードルを跳ぶ。
セイラ(無駄だらけだな。妥協してしまいそうになる。)
みるくは素人なので解るが、真姫も案外と力みがちで、動きに無駄が多かった。
セイラ(跳躍の力加減が均等じゃないから着地点が乱れている…そのせいで、次に跳躍する予定のステップがずれている。その繰り返しで、歩幅が不安定だ。)
遠く、空の向こうを見上げる。
セイラ(…みんなとはやっぱり遊び友達だ。競い会う相手が出来る、オリンピック候補生の合宿が楽しみだ…)
セイラはマスコミに取り囲まれたこともあるほどの才あるトップランナーだ。
幅跳びや高跳びは得意ではなかったが、短距離長距離問わず、ノーマルに走ることに特化していた。
実際、ハードルも大したことは無かったが、父親亡き今、希望を失った母に、娘の輝く姿を見せたくて、ひた向きに努力を続けてきたわけだ。
セイラ(家族と才能、どっちを失った方が幸せだったんだろうか。)
不意に思い出す。
人間の幸せの総量は、誰でもみんな差し引き同じだと説いたテレビのタレント。
磨かれた才能と、愉快な友人、優しい両親を共に持つことは、もしかしたら私の幸せの総量を越えていたのかもしれない。
分不相応だったのではないか、と。
もしかしたら、凡人なら、誰も失わずに済んだのではないか…と。
真姫「ねぇ」
セイラ「わっ」
話しかけられて、我に帰る。
真姫「ハードル元に戻すの手伝って。」
セイラ「ん、そうだな。」
ハードルの金具に手をかける。
真姫「今日、すごくよく晴れてるね。」
セイラ「ん?あぁ。」
みるく「セイラちゃん見とれてたの。」
セイラ「ハハ、そうだな。」
ああ父よ、失ったものはどうすればいいのだろう。

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マリ「私、この部活入りますっ‼」
セイラ「おーマジ?」
千代「ここでいいの?」
丁度練習を終えて、備品を片付けている所だった。
マリ「いやー、この部は、仲間はずれがいなんだよねー。そこがポイント。」
桜倉「幽霊部員がいるかもよ。」
部活の概要についてのペーパーと、入部届けをまとめて、マリに差し出す。
マリ「えー、何?入ってほしくないの?」
桜倉「なんだよ、ジョークじゃないか。」
凶子「いちいち派閥を作ってやるほど人数も居ないのよ。」
走り込みをしていた三年生たちも戻ってきたようだ。
千代「それにね、仲間はずれを作るようなことを言うやつは、いつの間にか、そいつから孤立していくものだよ。」
マリ「あー、いいですね、それ。そんなに分裂するのが好きなら、一人でやってろって感じですよね。」
千代「そういうこと。」
マリは入部届けをすらすらと書き終えた。
桜倉「お、字が綺麗だな。」
マリ「私は才女なので当然でーす。」
電子「自分で言うなや」
マリ「と、言うことで」
脚の折れていないほうのベンチの上に立つ。
マリ「1年C組錠前マリ(じょうまえまり)、よろしくぅ!"マリっぴ"って呼んでね☆」
キラッ☆とウィンクをして、ピースサインを送る。
電子「あぁ…」
凶子「…」
千代「うん…」
微妙な空気が流れる。
真姫「よろしくね。」
榎「よろしく、マリっぴちゃん。」
天然二人組を除いて。
マリ「さんきゅー☆…っておわぁ」
突然、強い風が吹き付ける。
ぐらついて倒れるが、部室からタオルを持ってきていた枷檻に受け止められた。
枷檻「パンツのお披露目会なら他所でやれ。」
マリ「見えてました…?」
枷檻「私はシャッターを切った」
マリ「えー‼止めてください‼脅しても何も出ませんよ‼」
枷檻「心のシャッターだよ。他に誰も見ちゃいない。」
マリ「あ…すみません…。」
マリは枷檻の腕の中から解放される。
凶子「やかましいのが増えたわね。」
檀「いいんじゃない?喧騒も部活の醍醐味よ。」
電子「濃すぎる気もするけどなぁ…」
桜倉「…全員担当の荷物は持ちましたか~、部室に戻りますよ~。」
電子「ん、オーケー。」
榎「みんながんばってね~」
桜倉「おめーもだよ」

榎「うわーマリっぴちゃんふにふにー」
真姫「ほんとだふにふにー」
みるく「ふにふにー…」
マリ「いやーん☆」
桜倉「女同士で何クネクネしとんねん。亜万宮先輩じゃあるまいに。」
榎「だってほら、肌綺麗だし…スリムだ」
真姫「ちょっと後半に怨念を感じた」
部員の目線がまだらにチラチラ集まる。
マリ「嫌ーですねー。マリっぴのこの美しい肌の秘訣がそんなに知りたいのですか~?」
パイプ椅子に座って脚を組み、ファッション雑誌さながらのポーズをとる。
凶子「"大スクープ‼美肌の秘訣はウザみ"」
マリ「じゃかあしぃっ」
凶子「上級生に対してはツッコミでも敬語を使うべきよ。」
マリ「うげー、煽っといて、よー言いますよねー」
凶子「失礼芸が許されるのは若いうちだけだから、釘を刺したまでよ。」
マリ「やーですねー。マリっぴは芸能界行くつもりないッスよ~」
榎「えーーーーー!!!???」
真姫「えーーーーー!!!???」
セイラ「えーーーーー!!!???」
桜倉「スカウトされてんだろ?もったいねぇなぁ。」
マリは一瞬俯きながら「チッ」と声が出そうな顔をしたが、直ぐに笑顔に戻った。
マリ「いやさぁ、今朝まではずっと迷ってたんだけどぉ~、榎ちゃんがさっき、『青春を売ることは、かけがえのないものを売るわけだから』って言ったから~、青春を売るってよく考えたらもったいないって思ったんだ~。」
桜倉「なんだ、榎もたまにはいいこと言うんだな。」
榎「わーい‼褒められた」
檀「皮肉だよー」
千代「ならば私は心無い人間か」
セイラ「詫びよ」
マリ「いいっていいって。…気にしてませんよ、先輩。」
電子「おいっ」
部員を掻き分けて、マリの前へ詰め寄る。
電子「よたばなしはいい、美肌の秘訣を教えてくれ。」
真姫(目がマジだ…)
榎(こわい…)
ギャラリーがドン引きするほどのマジ詰め寄りだった。
マリ「いいですよぉ~。」
電子「マジか?」
マリ「ただし…」
電子「ただし…?」
マリ「"苦しい思い"をしたり、"幸せを失ったり"してきてください。」
電子「おん?どーゆーことだ?」
ギャラリーがクエスチョンマークを投げつけあう。
マリ「まー、つまり、辛いおもいに我慢できない人は、どんなことも長続きしないって事ですよ。」
電子「…?ん…そうか。」
千代「でも、言い方が穏やかじゃないよ。言葉を選んだらどうなの?」
マリ「いやいや、間違ったつもりはないですよ先輩。」
自分の補助バックを持って立ち上がり、千代に面と向かって言った。
マリ「ギブアンドテイク。どちらかが一方的に幸せになるなんてズルですよ。」
少し低い声だった。頬は上がっていなかった。
千代「…ふぅん。」
マリ「じゃ、おっ先ー☆」
笑顔に戻ると、小さく手を振って、部室を出ていった。
檀「リアリストなのかね…」
セイラ「"人間の幸せの総量は、誰でもみんな差し引き同じ"」
枷檻「あー、なんかそれ聞いたことある。」
桜倉「テレビでやってたなぁ。」
セイラ「後でツケが来ないように、先に幸せを棄てておけってことなんじゃないかな。」
榎「なんだ、親切なら素直にそう言ってくれればいいのに。」
千代「いや、だとしても…」
電子「あー、お前、運とかオカルトとか真に受けないタイプだな?だいたい実力行使だもんな。」
千代「え?あぁ、はい。オカルトは超能力のパチもんです。」
電子「着替えたらさっさと出るんだぞー。先帰るから。」
セイラ「さよならッス、早瀬川先輩。」
榎「あ、さよなら~。」
真姫「さよなら~。」
桜倉「お疲れ様です。」
枷檻「お疲れーす。」
凶子「私たちも行きましょう。」
檀「そだね。」
次々と部員が部室を出て行く。
千代(だとしても、あの表情は、裏があるとしか思えない…)
榎「せーんぱい‼」
千代は後ろから抱きつかれる。
千代「うわぁ」
榎「帰りましょ。」
千代「…うん。忘れ物はない?鍵閉めるけど。」
榎「はい‼」
部室を出て、施錠した。
千代(錠前マリ…すこし、探りを入れた方が良さそうだ…。)

千代「私、職員室に鍵置いて帰るから、先いってて。」
榎「あ、はい」
単独行動になると、能力を使って気配を消し、走り出した。
実際、部室の鍵など、持ちっぱなしでも何も言われないので、置く必要などないのだ。
1-Cの教室につくと、入る直前、入学時のテストのランキングが張り出されていた(名誉のために点数は伏せられている)。
榎の順位が、下から数えた方が早いことに苦笑いするが、ひときわ目を引くのは一位だった。
千代「一位…錠前マリ…」
クラス別だけでなく、学年トップらしい。
千代「才女…ねぇ」
教室は夕焼けに染められていた。
幸い人はおらず、気兼ねなく探索することができた。
1学期のはじめなので、目的の席は出席番号で算出できた。
この学校は元々女子校だった名残で、女生徒の割合が多い。
なので、女子の方が早い番号がふられるのだ。
千代「9番…二列目の3番目。」
机の中を探るがカラ、横のフックには女子特有の巾着が下げられている。
千代「生理用品("その量"にあわせてそれぞれ2つ)、鎮痛剤(1面のみ)、薬用リップ(メンソール)、絆創膏(猫のイラストつき)、ポケットティッシュ、ウエットティッシュ、日焼け止め(試供品)、ヘアゴム(ゴムむき出しではない髪の毛が絡みにくいやつ)、ヘアピン(黒い針金のようなオーソドックスなもの)…怪しいものはなし。」
やや大きかったため探ってはみたものの、単に物量が多いだけだった。
ロッカーにも手をつけてみる。
が、消臭スプレーとメモが入っているだけで、会話したときのような、おちゃらけた感じは見受けられなかった。
千代「テストでトップなんだから置き勉は無しか。」
しかし、なんだろうか。
嫌な寒々しさを覚えた。
千代「普通、ああいう性格なら、要らないプリントを詰めたり、シュシュとか霧吹きとかを放置したりしてると思うけど…。」
そう、彼女の持ち物は、どこか簡潔で機械的なのだ。
千代「彼女は、"天才ではない"、か。」
アイドルの資質も、テストの点数も、規則正しい生活と努力で勝ち取っているととれる。
千代「ん?この棒はなんだろ」
消臭スプレーの陰に隠れていたものを取り出した。
小顔ローラーだった。
千代「おばさんかよ…」
それはともかく、気になるものはひとつだけに絞られた。
メモ帳だ。
これの内容によって彼女へのイメージが左右される。
桜色の、何の変哲もないメモをめくると、わりと内容はびっしり書き込まれていた。
「今井くんに彼女ができた」
「よっちゃんが懸賞に当たった」
「のんちゃんが100円を拾った」
「榎ちゃんが憧れの先輩と再開した」
「健太郎くんがガチャガチャで目当てのものを1回で手にいれた」
「清子が美容院でイケメンに会った」
…他にもそんなようなことが書き綴られていた。
そして、それをすべて横線をひいて消していた。
千代「なにこれ…」
意味不明なメモだった。
ただ、メモの内容は、共通して"他人の幸せなこと"だった。
しかし、なぜそれらをわざわざメモするのか?そして消すのか?
予知能力を試しているのか?
しかし、書かれていることは過去形だ。
思案しながらページを繰っていくと、最新のメモが残されたページにたどり着いた。
すると、一番新しい「健太郎くんが美人の先輩と仲良くなった」だけ横線が引かれていなかった。
千代「幸運が起きたあとに何か一定のアクションを踏んだことを示唆している…」
メモの残りのページをめくっていると、廊下から足音が聞こえてきた。
千代(まずい)
ロッカーにメモを戻して、目立たないようにする。
能力のお陰で、こそこそ隠れる必要はない。
マリが、息を切らして教室に駆け込んでくる。
ロッカーを開けた。やはり、目的はメモだ。
マリ「…誰かに読まれた…。」
千代(!!?)
うっかりしていた。
メモ帳は、最初は裏返しで置かれていた。
しかし、焦ったせいで表向きに置いていたようだった。
マリ「ま、意味わかんないだろうし、別にいいか。」
メモ帳を補助バッグにしまう。
マリ「これで清算したことにしても…大丈夫よね。あっちだって大した進展もないんだし。」
意味深な呟きをして、さっさと去っていった。
千代「ますます怪しい…。」

もう少し追ってみたものの、普通に校門を出て帰路に着いたため、深追いはしなかった。
千代「清算…ってことは、幸運に対しての不幸…。とすると、あのメモ帳は幸運バランス表ってことか。
いや、でもおかしい。なんで"他人の幸運"のバランスを"自分の不幸"でとるんだろう…。」

マリ「じゃがいもの値段がまた上がってるわ…。やっと玉ねぎの値段が落ち着いてきたのに…。」
毎日律儀に持って帰っている教科書の入った補助バッグを右手に、それとほぼ同等の重さをもつ買い物袋を左手に。
突っついたら倒れてしまいそうな姿は、出来損ないのやじろべえのようだった。
マリ「部活になんてホントは入りたくなかったけど…。あの部がオカルト案件に鼻が利くなら仕方ないわ。」
すっかり暗くなった道のりを気合いで急いだ。
自宅の鍵を開ける前にスマートフォンで時間を確認する。
6時27分をさしていた。
マリ「遊んで帰った時間じゃないのよ。まったく…ろくに休めやしない。」
水物の調味料は日の当たらない廊下の段ボールに、その他の食材は冷凍冷蔵庫にどしどし詰め込む。
マリ「たまには無駄遣いしたいわ。」
使いきれそうにない野菜類を無造作に取りだし、細かく刻む。
それを、油を敷いたフライパンに放り込み、少な目のごはんと、前日に調理しておいた味つきの鶏そぼろをプラスし、醤油と胡椒を適度にふる。
マリ「食材は皆、すべからくチャーハンに通ず。」
焦がしてしまわぬように木のへらで掻き回して行くと、もはやチャーハンではなく米入りの野菜炒めになっていることに気付く。
マリ「気にしたら負けだ。」
アメリカではお米も野菜だぜ!!
よって今、使い捨ての紙皿に盛り付けられたのは、まごうことなき野菜炒めだ。
マリ「なんでもいいわ。誰も見やしないわよ。」
いただきますも言わずに掻き込む。
マリ(多いし、余った分は明日の弁当の白飯の代わりに入れておこう。)
腹八分目の時点で、残りの野菜炒めをラップにくるみ、冷蔵庫に入れる。
マリ「さてと。」
マリは調理に使った器具を洗い始める。
そこで、弁当箱も同時に洗うのは、いつもの流れだ。
マリ「あ」
洗剤のボトルは、不機嫌な口笛とともに、小さなシャボンを吐き出す。
マリ「忘れてた…。」
空になったボトルをゴミ箱に放る。
マリ「折角急いでやって自由な時間をとろうとしたのに…。私のばか…。」

前輪ブレーキのきかなくなった、錆びだらけのママチャリを飛ばしてスーパーに向かう。
タイヤがパンクしているのか、ガタガタと揺れて、とても座っていられないし、なによりスピードがでない。
ライトもとっくに切れているので、事故に遭わないかとひやひやさせられる。
しかし、歩くよりは速い。
学校には恥ずかしくて乗っていけなくても、単独行動なら最速の交通手段なのだ。捨てたものじゃない。

帰ってくると、リビングの掛け時計は7時23分を指している。
マリ「勘弁して…。」
ポリ袋を丁寧に畳んで補助バッグのサイドポケットに突っ込むと、再び食器洗いに取りかかる。
終わったのは7時40分だった。
マリ「年頃の乙女がたった十数分でお風呂に入らなきゃいけないなんて、烏の行水もいいところよ。」
木曜日にもなり、こんもりしてきた洗濯かごに、ちからづくで下着と靴下を突っ込み、制服は畳む。
マリ「あぁ、急ぎすぎてお風呂も沸かしてないわ。
ま、結局入る時間無いから、結果オーライだけど。」

髪と身体を素早く洗い、風呂を出た。
無駄毛の処理などしている暇は無かった。
着替えを風呂場に置いておく往復が時間の無駄なので、身体をバスタオルで拭くと、全裸のまま階段を駆け上がり、自分の部屋で服を着た。
スマートフォンは8時4分を指している。
マリ「アウトじゃん…。」
勉強机の棚にあるワークを広げる。
このワークは、名前だけが書かれた、ほぼ新古品だ。
"名前 錠前野鳥花(じょうまえのどか)"
いとこの名前だった。
ワークが未使用なのは、彼女が失踪したからだそうだ。
それを思い出さないように、名前の欄は見ないようにしている。
普通にしていれば、見る必要もない。
だが、慌ただしかった今日が思考を停止させ、見させてしまった。
マリ「野鳥花姉…。」
部屋の壁に貼られているアイドルのポスターを見つめる。
マリ「敵わないよ…。」
上の空だった頭に時計の針の音が流れ込む。
マリ「────ッ!!」
体を跳ね起こし、机に向かう。
マリ「ダメよ私、天才は常に鍛練を怠らないのよ。」
頬をピシャリと叩き、ペンを握った。
────9時30分。
スマートフォンがけたたましくアラームを鳴らす。
マリ「ふぅ。」
張り詰めていた空気がほどける。
のびをすると、睡魔が押し寄せる。
マリ「いかんいかん…。」
スマートフォンワンセグを使って、TVを見る。
画面の半分をテレビ欄にして、次の日の話題についていけるように、ざっと目を通しつつ、「ビューテフル・フロア」という、女性向けのファッション情報&ドキュメンタリーのくだらない番組を見る。
これを見ておかないと、どうやって既存の服をローテーションしてギリギリ流行りの側溝に嵌まれるかがわからなくなってしまう。
ユニクロの服だって、シンプルなお陰でカラーカバーすれば問題ない。
土日には男どもに親密な関係を匂わせて貢がせなければならない。
決してこちらからはイエスの意思を口に出さず、近い距離をとってシャンプーの香りの安い香水を使い、上目遣いでニコニコしていれば、女性経験の浅い男どもの財布の紐はトリックを使ったように引き抜ける。
相手からそれ以上近づこうとするなら、ハッキリとノーと言うこと。
引き際を誤るとしつこく絡まれたり、刑事事件になりかねないので、"キョロ充のウェイ"を狙うと、まわりの男友達に流されて、あと腐れなく次の恋に向かってくれる。
騙すような真似をして心は荒んでいくが、生憎と本音で笑えるようなぬるま湯の生活なんてしていないのだ。
一番、自分が一番幸せじゃなくちゃ駄目なんだ。
体質や運命なんて、目一杯の努力で覆してやる。

次の朝、いつもなら炊飯器のアラームで目覚める予定が、どうやら昨日は寝落ちしてしまったらしく、静かな目覚めとなった。
マリ「まずったな…。」
幸か不幸か、弁当なら昨日作った野菜炒めがある。
白米を炊いたあとに混ぜられないのは痛いが、登校までには間に合えばと、米をといで炊飯器に入れる。
マリ「早起きは三文の得にしかならぬ」
いつもは4時30分に起きるところ、4時に起きた。
だが、結局のところいつもの生活を始めるのは同じ時間だった。
冷蔵庫からカボチャの種と牛乳を出して、食べる。
これから30分ランニングするので、その間、空腹間や喉の渇きを感じないためのものだ。
始めた頃は、クソ美味しくない組み合わせだと思っていたが、今は馴れてしまい、滋養強壮剤として認識している。
ひととおりランニングをして帰ってくると、5時15分を目安にシャワーを浴びる。
シャワーで濡れた髪はバスタオルで包んで、ターバン状に頭に巻き付ける。
ガシガシ拭いたりドライヤーで乾かすと、髪の毛が痛んでしまうためだ。
うら若き色ツヤを保つには、キューティクルは大切だ。
キッチンに向かい、朝食と弁当を作る。
弁当は、昨日の野菜炒めと冷凍唐揚げだ。
冷凍唐揚げは業務用のものを買って安く済ませている。
この唐揚げも食べ飽きすぎて、満腹感を与えるだけの滋養強壮剤と化しているが、今日は白米ではないので違った味わいになれと願っている。
朝ごはんは…インスタントの味噌汁とマカロニサラダだ。
マリ「コピペ唐揚げよりは美味しい」
手早く食べると、洗面台の鏡の前に行って顔面マッサージを行う。
強くやり過ぎてもしわになるし、弱すぎても効果がない。
その兼ね合いを考えつつも、鏡の中の自分は変な顔を次々作る。
やりはじめた頃は、それこそ可笑しくて笑えていたが、今じゃ単純作業だ。
顔が終わると、次は体のストレッチ。
毎日続けているお陰で、体は柔らかい。
ヘアアイロンや化粧は髪や肌を傷めるので極力やらない。
その代わりといってはなんだが、毎日日焼け止めを塗っている。
曇りの日でも紫外線は降り注いでいるので、油断は大敵だ。
ボディーケアを終えると、いつも使っているシャンプーの香りの香水をふる。
平日は少な目にふって、女子高生が持つとされている特殊な油脂の匂いを消してしまわないようにする。
何だかんだと準備をしていたら、7時20分になった。
これも、いつものことだった。
マリ「私ったらおとぎの国の女王様ね。」
補助バッグの勉強道具を詰め替え、家を出る。
ツーロック式のドアをしっかりと施錠し、ノブを引っ張って閉まりを確認する。
マリ「…。」
いってきますを言う相手は居なかった。

榎「先輩せんぱーい、おはよーございまーす」
千代「おはよう、榎ちゃん…と、みるくちゃん。」
みるく「……!!」
榎「ええ!!」
榎の陰で手を振って挨拶を返す。
榎「もー、居るなら言ってよー。」
玄関に入り、下駄箱に手を入れると、榎の手には何も当たらなかった。
榎「ん?」
みるく「榎ちゃんだけ上履きがないの…。」
千代はおもむろに、開いた榎の下駄箱に足をかけ、顔を下駄箱よりも高い位置に持って行く。
千代「靴を上にあげておくなんて、古典的なイタズラだねぇ。」
下駄箱の上に乗っていた榎の上履きをとった。
榎「あ、ありがとうございます。」
千代「なんてことないよ。」
千代は榎に上履きを返す前に、中を覗き込んだり、軽く叩いたりした。
榎「何してるんですか?」
千代「いや、単純すぎて、本命のカムフラージュかと思ったんだけど、何もないみたい。」
みるく「いじめ対策のエキスパートなのね…。」
千代「いや、摩利華ちゃんがいじめにあってたとき、下駄箱を溶接されて、靴のなかには納豆を詰め込まれていたって話を聞いたことがあって。」
榎「えぇ…。備品壊します?普通…。」
千代「それよりも、中学生が学校にはんだごてを持ち込んだことの方が驚きだけどね。」
みるく「そのあとはどうしたの?」
千代「金と権力を行使して、クラス全員に同じことをし返したんだって。それで、こう言ったんだ。」

────「庶民の間では、このような遊戯(あそび)が流行っているのですね。どうです?みなさん、楽しんでいただけましたか?」


榎「怖いよ!!」
みるく「魔女なの…。」
千代「ま、過去話はそこまでにしておいて…授業、始まっちゃうよ。」
榎「あぁ、そうですね。」
みるく「それではまたあとでなの~。」
千代「じゃね。」
手を振りあい、互いの教室へ向かった。

榎「ええーー!!」
ホームルームが終わって、ロッカーを開けると、教科書にガムをつけられていた。
みるく「先輩が言ってたことって、こう言うことなの…?」
榎「油断した…。」
桜倉「どうした?…あ~、またタチの悪い。」
桜倉は廊下へ向かう。
桜倉「新聞用意して待っててくれ~。」
榎「え?あ、うん。」
黒板の左側、窓側に置かれている工作用品ロッカーから古新聞を取り出すと、桜倉は洗剤を持って戻ってきた。
桜倉「ガムには柑橘系のものが効くんだ。貸してみ。」
新聞に柑橘系の洗剤を染み込ませて、少しずつガムを剥がす。
桜倉「ちょっと取りきれなかったり、シミが残ったりするけど、我慢しろよな。」
榎「いやいや、すごいよ!!桜倉ちゃん。」
セイラ「しっかし誰だよ、こんな妙なことしたの。」
桜倉「なんだ~セイラじゃないのか?」
セイラ「どぅあ~~れがそんな真似するか。美樹じゃねえのか?あいつガム好きだし。」
榎「迷惑かけちゃったからね~…。仕返しかも。」
セイラ「…っと、チャイムだな、あとで訊くか。」

美樹「は?」
一時間目が終わったあと、隣のクラスへ行って訊いてみたが、なんだこいつ、みたいな顔をされた。
美樹「そんな陰湿な真似しないわよ。不満があったら直接言うわ。その方が気持ちいいし。」
榎「あ~、よかった。いや、よくない。犯人への手がかりが無くなっちゃったよ。」
美樹「あ~、あのさ。耳かして。」
榎「?」
耳打ちするようにジェスチャーをとる。
美樹「あとで"見て"あげるから。」
榎「お~、おっけ。」
美樹「これっきりよ。私は便利屋でも名探偵でも無いんだから。」

昼休み、美樹を1-Cに呼び出し、ロッカーの記憶をキャストに読んでもらった。
美樹「ん…と。」
榎「どう?」
美樹「はぁ…。駄目だ、"やらされている"。主犯ではなく共犯者ね。めんどくさいことになったわ。」
ロッカーを閉じると、その瞬間、火災を報せるベルが鳴った。
しかし、生徒たちはあまり焦っていなかった。
何故なら、校内でタバコを吸う生徒がでないように、火災報知器は敏感になっていて、そのうえスプリンクラーまでついている。
セイラ「燃え広がってないといいんだけどな…。」
弁当をつつき終える頃、担任が血相を変えて入ってきた。
担任「あぁ、陸上部、大変だ。」
榎「どうしたんですか?」
担任「部室が爆破された。」

部室には既に他の陸上部がいた。
千代は燃えカスや爆弾の破片を調べている。
担任「藤原さん、警察が来るまで現場は触らないでください!!」
千代「すみません。」
一言謝ると、陸上部一同が集まっている輪に入る。
凶子「どう?何か見つかった?」
千代「…凶器はガスボンベ。仕組みは、ガスボンベに銅線をぐるぐる巻きにして、単1電池を使ってショートさせるものだった。絶縁チューブのついた銅線でも密集してショートすると熱に耐えきれずに発火するから、ガスボンベを爆発させるには充分って訳。」
枷檻「しかし、それ以外の情報は無し…か。」
一同はうーんと唸る。
檀「あとは警察に任せようよ。」
電子「そーだな。」
三年生組は教室へ戻って行く。
真姫「藤原先輩と小鳥遊先輩はどうするんですか?」
千代「もう少し調べてみようと思う。」
枷檻「右に同じかな。」
千代「こんなんじゃ部活なんて呑気にしてられないから、今日は休みにするよ。」
セイラ「ウィーッス。」
真姫「私たちは戻ろ?」
榎「なんか、今日は変だ…。」
千代「どういうこと?」
榎「実は…。」
榎は教室で起こったことを話した。
千代「その共犯者を尋問しなくちゃね…。」
桜倉「手荒ですね。」
枷檻「オカルティックな捜査をした以上、警察に証拠として出すことは出来ない。こう言うときはちからづくでやらなくちゃあな。」

放課後。
千代「さて。」
人気のなくなった1-Cの教室。
千代「なんで呼び出されたかは、わかるよね?」
沈黙が流れる。
千代「榎ちゃんにちょっかいだした生徒から事情は聞いたよ。」
またしても沈黙。
千代「昨日はあんなにヘラヘラしてたのに、それがあなたの本当の顔ね。錠前マリ。」
マリ「ええ。悪い?」
千代「あんた、自分が何をしたか…」
マリ「うっさいわね。単なる憂さ晴らしでこんなことしたと思ってるわけ?」
千代「何が言いたい。」
マリは短く溜め息をついて、机に座る。
マリ「事件を起きれば陸上部が動く。それがなぜなのか、謎だった。でも、この前の後藤榎と茅ヶ崎美樹のひと騒ぎを見て確信したのよ。あんたらはオカルト案件を扱ってるって。」
千代「なんで普通に相談しなかったの?」
マリ「実験を…してたんだ。」
千代「実験」
マリ「先輩って、人間の幸せの総量は、誰でもみんな差し引き同じだって思います?」
千代「それと今の話が関係あるの?」
マリ「答えはノー。他人が幸せになることで、不幸になる人間はいた。」
千代「それがあなたって話ね。」
マリ「そ。だからね、今まで、他人の幸運に怯えながら生きてきたのよ?わかる?」
千代(そうか…あのメモ帳はそういうことだったのか…。)
マリ「人がラッキーな思いをするたびに、他人が歓喜の声をあげるたびに、背中に嫌な汗をかくのよ!!わかる!!?」
マリは千代に詰め寄った。
マリ「私はね、親も選べず、くじにも当たらず、下手ばかりを掴まされて生きてきたのよ。」
マリは千代の胸ぐらを掴んだ。
マリ「でも、回りのみんなはいっぱい幸せだった…。私と一緒にいるとラッキーでハッピーになれるって知ってた…。だから、ことあるごとにすり寄ってきたものよ…クソどもがッ!!」
マリは両目に涙をためていた。
マリ「だけど私頑張ったんだ!!いっぱい勉強して、贅沢も我慢して!!でも、誰かが幸せになれば、また私に災いが振りかかった!!他人の幸せが怖いままだった!!
だから!!他人を不幸にすれば自分に幸せが帰ってくるかもしれないって思ったんだ!!」
千代「…。」
マリ「ヒト一人が、ヒト一人分の幸せを望んで、何が悪い!!」
こらえきれずに、涙を溢れさせるマリ。
マリ「この空間で、一番幸せそうに笑う榎が…私は具合が悪くなるほど怖かったんだ…。」
千代はマリの肩を抱き寄せた。
千代「マリちゃんは、自らの不幸と戦ってたんだね…。」
千代が素直に抱き寄せたのは、マリの背後に超能力の像が現れていたからだった。
真っ二つの歯車に、顔と手が浮いている。
千代「『取り零してしまう幸せ(ミス・フォーチュン)』、それがマリちゃんの力の名だよ。」
マリ「え…。」
千代「まぁ、名前は今、私が独断と偏見によって付けたものなんだけど、超能力っていうのは、自覚すると、ある程度コントロール出来るようになるものなんだよ。ほら、見てごらん。寄り添うその歯車の像がマリちゃんの能力だよ。」
マリ「これが…。」
千代「マリちゃんは、自分の能力を知らなかったせいで、暴走させてしまってたんだ。私だって、そうだった。」
マリ「先輩が…?」
千代「うん。私は、気配を消す能力を持ってるんだけどね、そのせいで、高校に入るまで、ずっとひとりぼっちだったんだ。」
マリ「う…う…。」
千代「でもね、みんながいてくれて、今は会えないあの人が居てくれて、私は友達ができたんだ。だから、マリちゃんも、もう一人で戦わなくたっていいんだ。ちゃんと、痛みがわかる友達だから。」
マリ「う…ッく…。」
千代「ほら、もう不幸じゃない。」
マリ「ぅああぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!!」

───マリは両親が離婚しているそうだ。
その原因は、父親の行きすぎた教育方針のせいだった。
父親方の家族は、とにかく「無駄」を嫌った。
職場では、その姿勢が「真面目」「仕事熱心」ととられ、秀でた人材として脚光を浴びていた。
母親は、そんな仕事上手な彼に惹かれて結婚、マリを出産した。
ところが、いざ子が産まれてみれば、考え方を押し付けるような教育をするようになった。
父親は娘の「無駄」を赦す母親にまで当たるようになった。
たえず夫婦喧嘩が続き、マリは家に帰りたくなく、裏庭に隠れていた。
そこで、いとこの野鳥花と出会った。
野鳥花も、父親の兄弟の娘だったため、同じ目に会っていた。
違いがあるとするなら、野鳥花の母親は父親の考えた方を認めていたため、責められるのは自分だけで、窮屈な沈黙が家を支配していたことだった。
同じ苦しみを味わう少女二人、姉妹のように過ごした。
だが、そんな時間も長くは続かなかった。
帰りが遅いマリに対して父親は暴力を振るうようになり始めた。
それは野鳥花も同じようだった。
日に日に会う回数は減り、痣は増えていった。
そんなある日、マリの母親は、一方的に離婚届を提出し、姿をくらませた。
父親は今更、普通の人間が普通に傷ついたみたいな顔をしていた。
暴力を振るわなくなった。
しつけもしなくなった。
話もしなくなった。
仕事もしなくなった。
大切なものを失って、それを築くために積み上げて来た時間が無駄だと気づき、野放図に明け暮れた。
父親は現在に至るまで、朝は3時から、夜は日付が変わるまで、飲み屋で酔いつぶれていた。
無駄なく稼いでいた貯金だけが、虚しく通帳に輝いていた。
野鳥花は、マリの母親が失踪してから、後を追うように失踪した。
マリは脱け殻になった。
使命からも放棄され、愛からも放棄された。
だから、彼女は一人で生きることを覚え始めた。
こんなに不幸に生きてきた自分が、生きる幸せまで奪われてたまるものかと、必死でもがいた。
勉強をして1位をとったのも、おしゃれをしてカーストトップに躍り出たのも、他人の最も幸せな席を、自らの実力で塞いでおいてやろうという執念だった。

そんな彼女だからこそ、こんな結末を迎えることが出来たのだろう。
程なくして、マリは出頭した。
反省の色がみられることと、未成年であること、そして家庭環境の悪さを考え、厳重注意と罰金(部室の修繕費負担)で終わった。
これが、事実上マリの人生を懸けた戦いの終結だった。
千代「陸上部以外の人間には、制汗スプレー缶の破裂事故だったって言うことで、みんな口裏を合わせるってさ。」
マリ「すみません、お騒がせしてしまって。」
千代「いいのいいの。マリちゃんが失ったものを取り戻せたなら、それでいいと思うよ。」
警察署を出て、互いに帰路につく。
千代「誰にも渡さなければ、どれだけ幸運の持ち前が多いか、楽しみだね。」
マリ「…はいっ。」

千代と別れて一人になる。
マリはふと気づく。
陸上部に与えた幸運の代償を、まだ払っていないのではないかと。
そう思った矢先、目の前に、黒いマントを纏った人間が上からやって来た。
千代ではないとすぐにわかった。
千代のマントはフードなんてついてないし、身長が高いし、おっぱいがないし、なにより男性的な体格だった。
青白いスコップを両手持ちにしている。
本能が"ヤバい"と告げていた。
???「お前、面白い能力を持ってるじゃないか。」
やはり声も男だ。
スコップを持っている手も、よくみるとごつい。
だが、筋肉質とはとても言えない感じがした。
女性的な丸みがない、という程度のごつさだった。
むしろ骨張っているとさえいえる。
???「お前の…『魂』を頂くッ!!」
男はスコップを水平にかまえ、突きを仕掛けようとしていた。
逃げなくては。
何処に?
戦わなくては。
戦わなくては!!
マリ(いけるか…?)
飛びかかってくる男。
マリ「ミス・フォーチューンッ!!」
呼び掛けに応え、歯車の像が発現する。
マリ本人さえも予想だにしない速さで鋼鉄の拳を男に向ける。
男はそれを見切ってかわし、再び距離をとる。
マリ(ヒットアンドアウェーか…戦いなれてる。)
男は戦いなれている。
マリは戦いなれていない。
だから、マリの注意は男"だけ"に向いていた。
上空、キラリといつくもの点が光る。
マリはそれに気づかず、構えを取りなおす男にばかり注意を向けていた。
光は軌跡となってマリを貫かんとする。
マリがそれに気づいたのは、破壊音がした後だった。
目の前には、鋼鉄の手足を持つ自動販売機が立っていた。
マリの理解は追い付かなかった。
自動販売機に続いて、小さな鉄の槍を持った、缶ジュースの兵隊が隊列をなして、脇道から現れる。
かと思うと、底の方に大きな鉄の矢先を付けたペットボトル鳥が飛び回る。
ペットボトル鳥は鉄の矢先が前なようで、尻の蓋が外れると、勢いよく炭酸飲料が飛び出し、男をにわかにホーミングしながら突進する。
男はまた光の軌跡を飛ばす。
軌跡の正体は鉄芯だった。
鉄芯はペットボトル鳥や缶ジュース兵を貫き、次々と無力化させていく。
だが、自動販売機の役割は、盾ではなく空母のようで、次々と鳥と兵を放出する。
女の声「迷惑なのヨ。
あんたみたいな無能に、好き勝手暴れられちゃあネ。」
自動販売機たちが現れた脇道から、一人の女が歩いてきた。
女は、槍と盾を携えたマネキン兵を右に、剣と銃を携えたマネキン兵を左に従えてやってきた。
黄色から緑へと、毛先に向かってグラデーションを作る髪をツーサイドアップにしていて、毛の量が多いのか、両サイドに頭を1つずつ着けているのではないかと錯覚させる。
ゴスロリを着ていて、手袋をした手には短い鞭を持っている。
歩くたびに、白いブーツのヒールの音が聞こえる。
身長はさほど高くなく、むしろ小さい方だ。
女「早く逃げなさい。」
女はこちらを向き、そう言う。
だが、その声も、その顔も、マリは知っていた。
マリ「野鳥花…姉?」
女「違うワ。」
マリ「嘘…絶対野鳥花姉さんだ。アイドルのポスターにも映ってたけど…人違いなんかじゃない。」
女は男の方へ向き直る。
女「だから、違うわヨ。
私はもう、マリの優しいお姉さんじゃないのヨ。
…だから、行きなさイ。」
マリ「そんな…ッ!!」
女「自動販売機に入ってるドリンクにも限りがあるワ。行きなさイ。」
マリ「でも…。」
女「行ケ」
マリ「──────ッ!!」
そのとき、背後の物陰から見知った顔が現れた。
セイラ「何してんだお前、巻き込まれるぞ!!」
セイラはマリを持ち上げて走り出す。
セイラ「なんかよくわかんないけど、あんな戦いに巻き込まれたら、間違いなく死ぬぞ!!」
マリ「姉さん…。」
セイラ「──────家族だったか…ッ!!」
家族を失う痛みを知るセイラの心はズキリと痛んだ。
セイラ「でも!!お前が死んじまったら何もかもお仕舞いなんだよッ!!」
セイラは人並外れた速さで疾走した。
マリ「野鳥花姉ーーーーーーーー!!」

野鳥花「…逃げられたカ…。」
男は、勝てないと判断したのか、戦線を離脱した。
マリを追う気配もなかった。
自動販売機はごみになってしまったペットボトルや缶たちを体に詰め込んでいる。
野鳥花「マリ…。お前は自分で乗り越えたのカ…。」
野鳥花は路地裏へと消えて行く。
野鳥花「強いナ…。」

「また、一緒に生きたかったナァ…。」

「ハーミット2」 ACT.3 ごめんねミミ

5月4日(月曜日)
千代「へぇ…この子がみるくちゃん。意外と小さいんだね。」
何かあったときに、名前と顔が一致しないと困るので、千代の方から会いたいと申し出ていた。
ゴールデンウィークが終われば必然的に会うのだが、安全の確認できていない超能力者から目を離すという行為は、一分一秒でも長いものだ。
みるく「胸が…なのね?」
千代「身長のこと。」
みるくの能力は、『影に潜って高速で移動する』こと。
小柄ですばしっこい、なんとも噛み合わせのいいものだった。
榎「もう、帰ってもいいですか?」
みるくは榎の言うことを聞くと約束した。
しかし、裏を返せば、榎が居なければ危険人物と捉えられても当たり前ということだ。
念には念を、というわけで、引っ張り出されたのである。
千代「でも、今日は遊ぶ予定ないんでしょ?」
今日は、セイラが墓参りに行くということで、集まらない事になっている。
榎「そういう訳じゃなくて…」
榎はみるくに視線を向ける。
もじもじと、照れ笑いが返ってくる。
榎「やっぱり怖いですよ‼」
みるく「だからー、ついていくだけなの。もうなにもしないのー。」
榎「んうう…」
千代「榎ちゃん、みるくちゃんの手綱を握れるのはあなただけなんだから、あなただけが頼りなの。」
榎「ええ、本人の前でそれ言います…?」
千代「じゃあ、みるくちゃん、私の言うことは聞いてくれる?先輩後輩の位置関係として。」
みるく「ん~。」
みるくは難しい顔をした。
千代「ほら見なさい。『榎ちゃん以外の言うことを聞く義務はないし、そんなことを言われる謂れは無い』って顔してるじゃない。」
榎「そんな風に思ってるの?」
みるく「ええ~。」
言いたいことがあるようだが、言えずにおたおたしているようだ。
昨日は感情的になっていたものの、普段は気が小さいようだった。
千代「いいように使うような事をいっているのは百も承知だけど、私たちでは3割ほどでしか成功させられないことを、榎ちゃんは9割9分9厘でできるんだ。」
みるく「私、随分なあつかいなのね。」
自分がしたことがしたこととはいえ、野犬のように扱われていることに不服な様子だった。
榎「えぇっ‼?あぁ、いや、その…」
千代「あのねぇ、あんまり言いたくないんだけど、これって裏を返せば、榎ちゃんがみるくちゃんを突き放さないようにお願いしてるんだよ。」
みるく「あっ…」
千代はみるくと榎の手を握った。
千代「私はね、圧倒して蓋をすることよりも、和解して共存することを望んでいるんだ。私がもし前者を望んでいるのなら、今もこの町で生きている、"バイパスの狂気"の犯人を殺しに行ってるよ。」
榎「先輩…」
でも…という顔をする榎の言葉を、千代は遮る。
千代「ま、もちろん、こんなことが言えるのは、幸いにもみるくちゃんが人を殺していないからなんだけど。治癒不可能な傷を負わせていた場合でも、難しい話になったでしょうね。」
みるく「う…」
千代「互いに傷もなく、嫌い同士でもないんだから、仲良くとまでは言わないけど、憎しみ合わないでほしいなって思ったんだ。」
千代は、『大切な仲間と殺し合いになった事もあったから、麻痺してるのかな』と、心の中で自嘲しながら言った。
榎は、それに、小さく頷いて見せた。
榎「わかりました。でも、気持ちの整理をする時間をください。」
千代「ありがと。」
そう、微笑みかけて、視線をみるくに移した。
千代「それで…これは命令じゃなくて、お願いなんだけど。」
榎の手を握っていた方の手を離し、両手でみるくの手を握る。
千代「榎ちゃんを守ってあげて。結構、無茶に抵抗のない娘だから。」
榎「そんなことはないですよ。」
心外な、と割ってはいる。
千代「普通の女の子は、死なばもろともな自己犠牲なんてやりません。」
榎「うっ」
みるく「わかったの。無茶しそうなときも、一緒にいるから、すぐに守るのね。」
千代「ありがとうね。やっぱり、争いがあるのなら、剣を防ぐ剣が必要だから、頼もしい。」
榎「えっ?剣を防ぐなら盾じゃないんですか?」
千代「盾っていうのは、次に剣を突きだすためのものなんだよ。盾しかないなら、盾が壊れるまで、相手は攻撃をやめないから、時間稼ぎにしかならないんだよ。」
榎「ボディーガードって事ですか…そらなら少しは気が軽くなるかなー…。」
千代は、スマートフォンの時計を確認する。
千代「おっと。結構時間とっちゃったね。私もこれから用事あるから、今日は話すなり帰るなり、好きに過ごしてね。」
榎「何の用事ですか?」
千代「セイラちゃんと同じ。」
榎「あー、なら、水さしちゃ悪いですね。」
千代「それじゃあね。」
春風に揺れる黒いマントを見送る。
榎「先輩、プライベートでもマントなんだ…」
みるく「ふふ、やっと二人きりになれたのね…」
榎「うあ、待った。さわるの禁止ね。」
みるく「えぇ…はーい。」
榎(慣れるのにはまだ時間が掛かりそうだなぁ…。)

セイラ「へぇー、藤原先輩も墓参りッスか。でも、家族は元気なんスよね。」
千代「うん、家族のお墓じゃないんだ。」
目指す場所が同じ墓地のため、二人は必然的に鉢合わせた。
千代「あ、そうだ、アイス食べてく?」
アイスクリーム屋の『サーティーンワン』が前方に見えた。
セイラ「いや、気持ちはありがたいンスけど、遠慮しときます。」
千代「なんで?確かに私お金持ちじゃないけどさ。遠慮しなくていいんだよ?」
セイラ「いや、自分、アイス苦手なんスよ。」
千代「へー、意外。じゃ、自販機で飲み物でも買いなよ。」
千代は100円玉を二枚手渡す。
セイラ「サーセン、わがまま言って。」
千代「いいのいいの。」
店に入ると、ゴールデンウィークだというのに、閑散としていた。
無理もない。"バイパスの狂気"の"妊娠の呪い"が起きたのは、ここが中心だった。
今では、曰く付きの店として避けられ、閉店もそう遠くはないと、まことしやかにささやかれている。
そんななか、真相を知っている千代は、人気の少ない場所として、都合よく活用している。
カウンターには、以前から勤めている爽やかな青年がいた。
実は彼女が居るらしく、辞めるよう説得されているらしい。
しかし、契約社員として役職を預かっているため、次の就職先が決まらない限りはどうすることもできないという。
セイラ「店員さんがいるからあんまり大きい声では言わないスけど、よくこんなところ来ますよね。」
真相を知らないセイラは、嫌そうな顔をしていた。
千代「なに、呪いの正体は超能力だったんだから、本当は、今はもう普通のお店なんだよ。」
適当な席に座り、アイスをつつき始める。
セイラ「そ、そーなんスか?」
セイラは話題に勢いよく食いついた。
千代「う、うん。」
セイラ「そっ、スか…」
千代「まぁ、アルカナバトルっていう、大きな戦いが終わって、それが消えてなくなったことも確認したしね。」
セイラ「犯人…まだ、生きてるんスか?」
それは、興味本意の声色ではなかった。
憎しみが入った、圧し殺すような声だった。
千代「うん。赦せないけど、殺せもしないから。」
セイラ「そっ、スかぁ…。気分悪いッスね…。」
千代「でも、能力は無くなったんだから、もう殺しを働くことはないよ。今は国の監視下に置かれてるって聞いてるし。」
セイラ「ま、それが普通ッスよね…。」
セイラは缶ジュースを飲まずに、手のひらのなかでもてあそんでいた。

千代「はぁ~。久し振りのスイーツは素晴らしい。」
店から出て、おおきくのびをする。
セイラ「好きなんスか?先輩。」
千代「うん。ジム行った後とかだと、格別だよ。」
セイラ「先輩、ジムなんか行くならマネージャーじゃなくて、普通に部活で走ればよかったじゃないスか。」
千代「鍛える場所とペースが違うんだよ。」
セイラ「ふーん…あ、やっていることと言えば、なんで"探偵ごっこ"なんて始めたんスか?」
千代「ん、実は、この墓参りもそれに関係することなんだ。」
セイラ「…やっぱ、身内が殺されたんスか?」
千代「ん~…話せば長くなるなぁー。でも、墓地までまだ長いし、ちょうど良いかな。」
セイラ「お願いしまッス。」

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2019年 冬

千代のクラス…1-Cには、仲良しの二人組がいた。
水色のロングヘアーが美しい、高飛車なミミと、白い癖っ毛で、引っ込み思案なアミ。
全然似付くとも思えぬ、相反する性質を持った二人。
だけどミミは、アミと居るときだけ、顔がほころぶのだ。
二人は共通の趣味があった。
それは、花を愛でることだった。
教室の隅には、以前、小さな鉢植えに、一輪の花が植えられていた。
冬休みが終わった頃には枯れてしまっていたが、その一輪の花が、彼女らの始まりだったという。
純白の百合の花。
クラスメイトのドジな奴が、つい買ってしまったという。
百合の花は、根を強く張るため、入院している人間への贈り物としては、最悪の花らしい。
それを知らずに、身内にそれを贈ろうとしたクラスメイトを、アミは止めたのだ。
それで、仕方なく教室に飾る事になった次第である。
ミミは、普段物静かにしているアミが、今という今に限って喋りだすのだから、きっと好きなのだろうと思い、ちょっかいをかけるようになった。
それ以来、打ち解けて、無二の親友になった。
ミミ「綺麗な百合の花だな。この近くに花屋なんてあったかな。」
アミ「駅前のビルの二階にあるよ。」
ミミ「へぇ。駅前には行かないかなら、気づかなかったよ。今度一緒に行こう。」
アミ「うん‼」
二人の関係は、クラスの風景のひとつとなっていた。
ミミがいればアミが。
アミがいればミミが。
それが当たり前になったのだ。
ミミ「時に百合の花といのは、女性同士の恋慕の象徴にもなるらしい。
そら、こうして見てみると、花弁がスカートで、おしべめしべが足を絡ませているようには見えないか?」
アミ「ちょっと無理あるかな…」
ミミ「ふふ、そうだな。」
冗談を言い、互いに笑う。
たが、彼女らはまだ知らないのだ。
それが、悲惨な運命の手向けになろうとは。
─────冬休みが明けて、花が枯れてしまったことを悲しんでいた頃、異変は訪れた。
ミミ「最近、だれかに見られている気がするんだ。アミ、お前じゃないよな。」
アミ「なんで私がこそこそする必要があるのよ。」
放課後の教室で、ミミは鉢植えに指を突っ込んで、土をほじり、球根を探していた。
ミミ「あぁ…これはダメだな。」
水のあげすぎだろうか、根っこは腐ってしまっていて、球根はぶよぶよになっていた。
アミ「勿体ないね。」
ミミ「仕方ないだろう。冬休みに、毎日来るわけにもいくまい。」
ミミはハンカチで指についた土を拭い、補助バッグを持ち上げ、髪の毛を翻す。
アミはそのあとを追う。
ミミ「───ッ‼?」
突然、ミミは振りかえる。
アミ「どうしたの?」
ミミ「…いや。」
アミ「大丈夫。私しか居ないよ。」
ミミ「…そうか。過敏になっていたみたいだ。」
その日は、それだけで終わった。
しかし、次の日の放課後も、ミミは視線を気にしていた。
次の日も、また次の日も。
ミミ「なあアミ、この前の動画に映っていた黒い人形(ひとがた)は、やはり幽霊だったのか?」
アミ「まさか。だとしたら、他の人にも見えるはずだよ。心霊写真や動画って、霊感ない人でも見えるでしょ。」
ここ最近、政府は超能力を発見したと大騒ぎしている。
普段いがみ合っている与野党ともども結託し、対策本部を設置しているくらいの、緊急事態だそうだ。
そんななか、少し前に出回った、いたずらのCG映像とされていた某所の防犯カメラの映像に、"黒い人形"が見える人と見えない人がいると、ネット上で話題になっていた。
その映像には、二人の少女(千代と枷檻なのだが)が映っている。
飛び込んできた枷檻を、黒い人形は殴り飛ばしている。
だが、見えない人にとっては、勝手に吹き飛んでいるようにしか見えないのだ。
この現象の正体は、超能力の才能の有無だった。
才能のある者は見え、才能の無い者は見えないのだ。
しかしながら、そんなことを知っているのは、アルカナバトルを経験した人間くらいだった。
だれしも幽霊だと思っていたし、事実、ミミもアミもそう思っていた。
だが、それを嘲笑うかのように、日本では、各地でポルターガイストの報告が上がっていた。
真偽はともあれ、超能力の存在が、まさに今、証明されようとしていた。
とはいえ、国が本気を出して取り組み始めているものの、当時はまだ、一般人の間ではオカルトの域を出ていなかった。
故に、その黒い人形が何を示すか、確かなことがわかっていなかったのだ。
ミミとアミは、それが見えていた。
二人は才能はあるが、自覚がない人間、ということだ。
二人は黒い人形を幽霊だと思い込んでいたため、その、感じる視線を、幽霊や祟りの類いだと考えていた。
ある日、校庭の花壇を踏んで横切る生徒を見かけた。
冬場は深く雪が積もっており、境界が見えず、時々花壇の端を踏んでしまうことは、毎年数人はやってしまう事故のようなものだった。
アミ「あの、そこは花壇の上なので、もう少し左を通っていただけませんか?」
男子生徒「おっと、悪ぃ。」
その男子生徒は(どうみてもミミにビビっただけだったが)言う通りに避けてくれた。
アミ「危なかったね。」
ミミ「ああ。」
なんでもない日のちょっとした出来事。
だが、花壇に背を向けて校門に向かおうとすると、また、視線を感じた。
ミミは振りかえる。
するとそこには、異形の姿があった。
人形(ひとがた)のようだが、その体にはびっしりと苔が生えていた。
ところどころ、隙間からは雑草の葉っぱが飛び出ていて、湿地をそのまま泥人形(どろにんぎょう)にしたような姿だった。
その人形は、顔にいくつもの目を持っていた。
その代わり、口や鼻のようなものは付いていない様子だった。
ミミは声をあげそうになったが、目があった瞬間に消えてしまったので、呆然としてしまう。
ミミ「今の…見たか?」
アミ「ごめん、何も。」
アミは一瞬振り向くのが遅れて、見えなかったようだ。
だが、ミミが今までにないほど怯えていたため、嘘ではないな、と直感した。
ミミ「私は…私はどうしたらいいんだ…」
声が震え、瞳は潤んでいた。
そんなミミに、アミは肩を貸す。
アミ「二人でやっつけよう。どんな手を使ってでも。」
ミミ「アミ…ありがとう。」
アミ「それは、全てが終わってから…ね。」
その日から、二人は寺院に行って貰ってきた、清められた塩を持ち歩くようになった。
札を使うと、逆に霊を校舎に閉じ込めてしまう事もあるらしいので、お坊さんは「いずれその時が来れば」と、渡してこなかった。
無論、その人形の正体は超能力のため、なんの意味もないやり取りなのだが。
一方でアミも、自らの超能力の才能に、徐々に蝕まれつつあったのだった。
────────────
目の前には赤ん坊がいる。
閉じ込められているのか?ぺたぺた、泣きながら透明な隔たりを疎んでいる。
その透明は円柱状のプラスチック。
赤ん坊の吐息が内側に水滴をつける。
わたしは、テーブルに置かれているそれに触れていた。
左手はそれのフタ上に、右手は下の土台についているボタンに。
それを認識したときに初めて、それが「ミキサーに赤ん坊を入れている」様子だと知覚した。
わたしの口角は上がっているようだった。
ボタンにかけた指に力が入る。
ミキサーの中では物足りぬとばかりに、叫び声は自らの行方を探して弾け飛ぶ。
骨を弾きながら、軽快に赤と肌色と白を同一のものにして行く。
出汁をとっているミネストローネみたいだ。
────────────
アミ「──────────ッ‼」
汗だくになって跳ね起きる。
自分の近くを手のひらで軽く叩き、ここが自宅のベッドだということを確かめる。
息は荒く、喉はカラカラだ。
最近はずっとこうだ。
昔から悪夢はよくみるほうだった。
そのせいで、いささか臆病な性格になってしまったのは否めない。
だが、ここ最近は毎日だ。
それも、眠るのが怖くなるほどグロテスクな夢を見るようになってしまった。
一昨日見た夢では、放送室のモニターに、腹を裂いた人間の映像が写り、逃げても、スピーカーからずっと、咀嚼音が聞こえていた。教室に戻ると、クラスメイトが揃って先生を解体して、刺身にしてわさび醤油につけたり、薄く切ってしゃぶしゃぶにしたりして食べていた。目が覚めたら、ゴミ箱に向かうのも間に合わず、吐いてしまった。
しかし、昨日、あんなに辛そうなミミの顔を見てしまい、とうとう打ち明けられなくなってしまった。
口に出すのを堪えるために、ミミと仲良くなった思い出から今に至るまでを、手記にしてまとめていた。
のちにこれが発見されていなければ、この二人の関係の真相は闇の中だったろう。
その後も、人形はミミの背後に現れては消えた。
教室の隅の鉢植えの前、校庭の花壇、グラウンド脇の木の下、そしてついには、駅前のビルの花屋にまで姿を現した。
二人は花の話よりも、励ましの言葉を多く掛け合うようになっていた。
ミミは人形に怯え、アミは悪夢に苦しめられ続けた。
いつしか二人の精神はボロボロになっていた。
1月も終盤になり、卒業式の話題がちらほら聞かれるころ、二人はまた花屋に来ていた。
ひときわ美しい花を買って、お互いを励まそうと思ったのだ。
だが、二人はどの花も好きで、なかなか決められなかった。
そこで、目に飛び込んできたのは、百合の花だった。
白く、繊細な美しさをもち、首をもたげるセクシーさもある、二人の出会いの花だ。
二人は、それを買って、アミの家に向かった。
部屋に行ってそれを眺めると、その美しさに一層、心奪われた。
しかし、その景観を脅かすものがあった。
醜い土の塊は、百合の花に手を伸ばす。
ミミ「い、嫌…」
アミ「…待ってて。」
ミミ「一人にしないでッ‼」
アミ「すぐ戻る。」
アミは部屋を飛び出す。
父親の部屋に行き、ゴルフグラブを拝借して、駆け戻る。
ミミの手は苔だらけの土の手で覆われていた。
アミ「この化け物め‼」
アミはゴルフグラブを精一杯の力で泥人形に降り下ろす。
泥人形の頭は砕け散り、力無く消えて行く。
アミ「やっつけたよ…。」
が、アミは信じられない光景を目にする。
ミミの頭は潰れ、血と脳しょうを壊れた蛇口のように吹き出していた。
アミ「ごめんね…ミミ…手遅れだった…」
アミは"霊がミミを先に殺した"と思い込んでいた。
だが、事実は、"ミミの超能力である泥人形にダメージを与えたことによるダメージフィードバック"だったのだ。
母親の通報によって駆けつけた警察に、アミは現行犯逮捕された。
警察は"アミがミミを直接殺した"と思い込んでいた。
アミ「なんでッ‼?私はなにもしてないわ‼」
殺人によって無期懲役を求刑されたアミは、無実を証明するために、獄中でも手記を書き続けた。
だが、司法による判決は覆ることはなく、そこで、千代たちが手にした情報は途絶えてしまった。
超能力を知らないせいで、誰一人として真実にたどり着けなかったし、たとえアミが真実を知ったとしても、決して幸せにならない、悲しい事件だった。
ことが起きる前に、超能力のことをちゃんと知っている人間が関わっていれば、起きないことだったろう。

千代「それでね、思ったんだ。私たち超能力を知るものが、何かしら動いていたら、もしかしたら琴線に触れて、救えていたかもしれない…って。」
セイラ「じゃあ、これから行くのは…」
千代「そう、ミミちゃんのお墓。」
セイラ「…って、ここ駅前じゃないスか。遠回りッスよ。」
千代「いや、寄っていくところがあってね。」
千代は立ち止まり、上を指差す。
"フラワーショップ タチバナ"と、窓ガラスに大きく書かれていた。
セイラ「あぁ、ここがそうなんスね。」
千代「うん。やっぱり、彼女たちの因果には、ここで買った百合の花が似合うと思ってね。」
セイラ「えー、死に際に持ってたもんなんて残酷ッスよ~。」
千代「でも、出会いの花であって、そして、救いたいという想いの象徴でしょ?」
セイラ「そういうもんスか?」
千代「そういうものだよ。」
千代とセイラは、いつしかの二人のように、ビルの階段を登っていった。

セイラ「どうやってその手記を手に入れたんスか?」
ミミ家の墓に線香を立てながら、そう言った。
千代「枷檻ちゃんが持ってきたから、大きな勢力が動いたんじゃない?それこそ、私たち1女子高校生じゃ遠く及ばないほどの。」
セイラ「小鳥遊先輩ナニモンなんだよ…」
セイラはすっかりぬるくなった缶ジュースに指をかけた。
セイラ「あ、そういえば。」
かけた指はプルの上を遊び、外れてしまった。
セイラ「うちの墓に先輩紹介した方がいいかな。」
アゴに手を当て、小さく独り言を言った。
千代「好きにすれば?迷惑じゃないなら、私は構わないけど。」
セイラ「ん…そッスね。行きましょう。」
二人は田島家の墓の前に移動する。
セイラ「ここッス。じいちゃんばあちゃん。そして、親父の墓。」
千代「えっ…」
千代が驚いた顔をすると、セイラは言葉を遮るように指を千代の口許に突きだし、苦笑いをした。
セイラ「いいんスよ。気ィ使わなくて。受け入れていかなくちゃ行けないッスから。」
供え物をあげ、手を合わせる。
セイラ「あっれー、手順忘れちゃったよ。ローソクに火付けて線香上げるのが先だっけ。」
千代「気持ちがこもっていればいいのよ。」
セイラ「さすが先輩。いいことしか言わないッスね。」
千代「誉めてもなにもでないよ。」
二人できちっとならび、墓へ真っ直ぐ向き直る。
セイラ「パパ、今月も来たよ。愛しい一人娘が来ないと寂しいだろ?」
いつもは見せないような、穏やかな、チャラっ気の無い表情で、墓に向かって語りかけ始めた。
セイラ「前回来たときに散々心配してた友達の事なんだけどさ、ちゃんとできたよ。同じ学校から来た奴が居なかったから、正直怖かったけど、気を許し会える奴らと出会えた。昨日陸上部に志願してくれた奴が居たんだけど、そいつはちょっとヤバかったらしいんだよね。…いや、大丈夫。今は落ち着いたみたいだし。そりゃあ、不安だけどね。」
心のなかでは、父親が相槌をうってくれているのだろう、口調は相手がいるときのようなものだった。
セイラ「で、先輩もいい人いっぱい居たよ。私の隣にいるのはその一人、藤原千代先輩。パパの墓参りに付き合ってくれるくらいだから、どれくらい優しいか、わかるでしょ?へへっ、先輩はね、陸上部のマネージャーなんだ。いっつも世話してくれるんだ。力持ちでね、正義感が強い、頼もしい先輩なんだ。それでね…」
セイラの声は震えていた。
涙は堰を切ったように溢れだし、鼻水をすする。
セイラ「先輩…ッはね…ッヒ…」
しゃっくりが出る度に肩は激しく波打った。
とめどなく溢れ出る涙は、もはや隠そうともしない。
セイラ「ンフッ…先…ッ輩は…ッハ…パパを、殺した犯人も…ッ…生かして…ッヘ、おくような…聖人…ッフ、なん…ッだよ。」
千代「‼?」
セイラ「だから、…ッ私、ちゃんと幸せだよ…ッフ…」
千代はセイラの肩を掴んだ。
千代「それってどういうこと‼?」
セイラは泣いたまま答えた。
セイラ「親父は…"バイパスの狂気"の第二の事件、"妊娠の呪い"によって…ック…腹を裂かれて……殺された…ッスよ…」
千代「ごめん…私そんな気も知らないで…」
セイラは首を横に振った。
セイラ「先輩は悪くないじゃないですかッ‼先輩が何をしたっていうんですかッ‼全部犯人が悪いんだ‼犯人がなにもしなければ、親父は死ぬこともなかった‼先輩は気を使うこともなかった‼」
千代はセイラを抱き寄せ、背中をさすった。
千代「ごめんなさい。私はこんなにも無力だ。」
セイラ「何で先輩が謝るんですか。」
千代「犯人を確保したのは私たちだから…殺せなかったのも私。罰を与えられなかったのも私。だから謝るし、謝る事しか出来ないんだよ。」
セイラ「殺さなくて良かったんスよ…そりゃ、私は犯人をブッ殺したくてたまらなかったッスよ…でも、それで何かが帰ってくるなら…失われた未来のすべてが帰ってくるなら‼みんな‼みんな殺しあってるッスよ…際限無く、"取り戻しあってる"ッスよ…」
千代はセイラの背中に当てていたてを、セイラ頭に乗せ、撫でてあげた。
千代「頑張ったんだね。あなたは私なんかよりずっと強い子だよ。失ったことの無い私なんかより、ずっと…」
セイラは延々と涙を流し続けた。
すすり泣く声を、千代はその胸で抱擁し、受け入れ続けた。
セイラ「先輩…ありがとうございます。犯人が国に預けられているなら、いつだって罰を与えられるでしょう。いつか、この先超能力に関しての法律ができれば、きっと犯人は裁かれる事でしょう…それが叶えば、親父は少しだけ救われると思うッス…」

セイラ「なんかスンマセン…ついてきてもらったあげく、感情的になっちゃって…」
千代「いいのよ。みんなには内緒の方がいいかな?」
セイラ「来るべき時に、自分の口で言うッス。」
千代「うん。わかった。」
すると、向こうから足音が聞こえてきた。
踏まれた砂利が愉快に鳴る。
女性「こんにちは。」
千代「こんにちは。」
セイラ「こんにちはッス。」
女性は薄手のシャツの上に、透け感のあるポンチョを着ていて、ガウチョパンツに厚底サンダルをはいていた。
イーゼル(絵を描くときに使う、カンバス等を立て掛けるもの)とトランクを抱えていて、絵の具の匂いがした。
女性「ちょっと話を聞いてもらってもいいかしら。」
千代「構いませんよ。」
女性「よかった。ごめんなさいね、急に。」
女性は木陰のベンチに二人を誘った。
持ち物はベンチの横に積んでいた。
セイラ「ここ、結構虫がうるさいッスよ~。」
たかる蚊やハエを払いのけるのに必死になるセイラをよそに、女性は話を始める。
女性「実は、人探しをしていて、いろんな人に聞いてあるいているのよ。」
千代「大変ですね。どんな人ですか?」
女性「年はあなたたちと大して離れていないわ。私の弟なの。」
セイラ「家出ッスか?」
女性「そうだったら…いいんだけど。」
千代「と、いいますと?」
女性の表情が曇ったので、セイラは直感的に「めんどうな話だろうな」と思った。
女性「弟が、弱虫だった弟が、少し前にいきなり電話をよこしたのよ。」
女性はウェーブのかかった長い茶髪を手で梳いた。
女性「『姉さん、僕は強くなったよ。だけど、まだ足りない。だから、北に向かおうと思うんだ。最凝町って場所さ。』
そう言い残して、連絡は途絶えたの。だから、私は嫌な予感がして、さきまわりしてきたんだけど、みつからなくて…」
千代「聞けば聞くほど不自然な話ですね…」
女性「ええ。しかも、この町は、物騒な事件が多いし、最近も殺人があったらしいじゃないの。だから、心配なのよ。あの子、もしかしたら犯人をとっちめようってんじゃないかって思うと、いてもたってもいられなくて。」
女性は段々声を大きくして、食らいつくような勢いになっていた。
千代「お、落ち着いてください。見た目の特徴は?」
女性「あぁ、ごめんなさいね、とりみだしてしまったわ。見た目は…そんなに派手ではないわ。でも、離れて暮らしているから服装はどんなものか…。背はそんなに高くはないわ。私より掌1つ高いくらいよ。」
千代「うーん…情報が少ないですね…。それだと、誰に聞いても同じ反応だと思いますよ。」
そんなもので何人にも訊いていたのか、と内心呆れていた。
女性「そう…焦ってしまって色々と見失ってたみたい。ありがとうね。少しの間、ちゃんと探す方法をねってみるわ。」
千代「見つかるといいですね。」
女性「それじゃあね。」
女性は積んでいた荷物を持って去っていった。
セイラ「せわしない人ッスね。」
セイラはようやく落ち着いて缶ジュースのフタを開く。
千代「うん。でも、やっぱり気になるのは、弟の方だね。」
セイラ「明らかに超能力手にいれたっぽいッスよね~。」
千代「問題は、わざわざこの町を選んだのは何故か…って事だよね。」
セイラ「ま、あとは先輩に任せるッス。」
千代「そうだね。強くなったっていう言葉が出る以上、攻撃的な能力だということは間違いないし。」
セイラは大きくのびをして、ジュースを一気に飲み干した。
セイラ「帰りましょっか。」
千代「うん。みんなにも一応伝えておこうか。」
黒いアゲハチョウが、ふよふよと空を漂う。

「ハーミット2」 ACT.2 見ているだけじゃ治まらない

5月3日(日曜日)

桜倉「その怪我どうしたんだよ。」
昨日の帰宅後に、一年生組でゴールデンウィークの予定を立て、その通りに集まったのだが、手足に包帯を巻いている榎の姿は痛々しかった。
榎「えへへー、実はかくかくしかじか、すったもんだでホイホイ…」
セイラ「ちゃんと説明しろ。」
榎「うん、本当はね、勘違いが原因でひと悶着あって…」
昨日の出来事を一通り説明すると、三者三様、複雑な顔をした。
真姫「みっきー、超能力者だったんだ…」
桜倉「なんだろうか、讃えるべきなのか、責めるべきなのか…」
セイラ「まー、死ななくてよかったじゃんかよ。」
返事もなんだか中身のないものだった。
決して他人事ではないのだが、後先考えない行動の結果だと言うことを考えると、幸運に愛されているな、という感想くらいしか浮かばなかった。
桜倉「これからは、もう少し様子見することをすることと、無茶な選択はしないこと。いいね。」
榎「で、でも、スマホ落とさなきゃ…」
桜倉「怪我してから言う台詞かな?」
榎「はい…」
返事をしながらも、やはり納得のいかない顔をしていた。
真姫「そんなに先輩みたいになりたいんだったら、みんながいるときに頑張ろ?協力すればもう少しましになるって。」
セイラ「あと、もう少し走り込んだらどうだ?」
榎「からかわないでよ~。も~。」
そのまま歩き出そうとする一行をセイラは呼び止めた。
セイラ「待った。今日はもう一人来るんだ。」
真姫「みっきーでも呼んだの?」
セイラ「いや、違う。」
セイラは視線を集めると、得意気な顔になった。
セイラ「入部希望者さ。」
桜倉「へぇ、ポスターまだだったんじゃないの?」
セイラは部員集めに日がな精を出している。
その事を、みんな知っている。
というより、普段から目の前であれこれやっているのだから、嫌でも目に入る。
ポスターもまたその一環だったが、完成したところは見ていなかった。
セイラ「いや、それがさ、自主的に言ってきてくれたんだよね~。」
願ってもない新入部員の訪れに、セイラは喜びを隠せないようだ。
セイラ「榎や桜倉も知ってる奴だよ。後ろの席の奴。」
榎「いや、まだクラス全員の名前と顔は一致してないよ…。」
入学してまだ1ヶ月、同じ部活の仲良しとはよく話すものの、クラスの人間と馴染むのは、やはり何かのイベントが起きてからだ。
セイラ「そっか?そんなもんか。」
桜倉「もしかして、あいつか?」
こちらに向かってくる少女を指差す。
セイラ「そうそう、あれあれ。おーい。」
セイラが手を振ると、その少女も手を振り返した。
桜倉「ドリルだな…」
真姫「うん…」
榎「ドリルだね…」
黄緑色の髪は、頭の後ろで、見事に2つの縱ロールを形成していた。
セイラ「紹介するぜ。新入部員の名倉みるく(なぐらみるく)だ。」
みるく「うふ、よろしくなの…」
優しくておとなしそうな雰囲気だった。
気が小さそうで、脆弱な細身は、どう見てもスポーティーとはかけ離れていた。
みるく「体が弱いのが嫌で、すこし、体力をつけたいだけなので、どうかお手柔らかに…」
真姫「マイペースでやればいいよー。」
桜倉「藤原先輩にも伝えておくから、安心しろ。」
榎「それじゃ、揃ったところで、カラオケ行きますか‼」
いつもより多い靴音が、喧騒と鮮やかなシンフォニーを刻む。

セイラ「"月の爆撃機"?誰だ?」
セイラは備え付けの端末を覗き込んで問い掛ける。
榎「私、私。みんなで歌おうよ‼」
テーブルからマイクを取り上げ、立ち上がる。
f:id:DAI-SON:20160725152347j:plain
桜倉「ブルハなら"リンダリンダ"辺りにしたほうが良かったんじゃないか?」
真姫「その曲知らないよー。」
みるく「私も…」
榎「えー、そんなー。」
猛反発を受けるうちに、曲に入ってしまい、一人で歌い始める。
セイラ「そういえばさ、みるく、まだ一曲も入れてないじゃん。」
手にしていた端末をみるくに手渡す。
みるく「いいよ、みんなにあわせるの。」
セイラ「知らないもんは会わせようが無いだろ。みんななんだなんだ言って、好き勝手入れてるんだし、遠慮しなくていいよ。」
みるく「いや、それがね…」
端末をつつきまわすみるくの顔は浮かなかった。
みるく「カラオケ、初めてなの。」
榎「えーーーー‼」
マイクを持っているにも関わらず、突然大声を上げたため、ひどいハウリングが耳をつんざく。
桜倉「おいっ。マイクもって叫ぶんじゃない。」
榎「えへへ…。」
ひとしきりいじったあと、みるくはそのまま端末を置いてしまった。
みるく「しかも、好きな曲入ってないの…」
セイラ「そりゃあ、楽しくねぇよな。」
真姫「無理させちゃったんだね。」
みるく「いや、いいの。逆に気を使わせちゃってごめんなの。」
榎「じゃあさ、じゃあさ。」
榎は演奏が続いているにも関わらず、マイクを置いてみるくに寄った。
そして、タンバリンを渡す。
榎「にぎやかしていれば、なんとなく楽しい気持ちになるよ。」
みるく「…うん。ありがとうなの。」
終始複雑な顔をしていたみるくにも笑顔が浮かぶ。
榎「せっかくなら、好きな歌をアカペラで歌ってくれてもいいのよ?」
セイラ「公開処刑はやめて差し上げろ。」
榎「えへー。」
真姫「あ、次は"キラキラ☆スターライト"だよ‼」
榎「おー‼セイラちゃんの十八番ッ‼」
セイラ「いくぜー‼」
セイラはテーブルからマイクをとる。
榎は、セイラが元々座っていた、みるくの隣に座る。
みるく「盛り上がるの…?」
榎「うん‼楽しくなるよっ‼」
榎はマラカスを手に取った。
榎「一緒に騒ご?」
みるく「…うん‼」

セイラ「カァーーーッ、ア゛、ア゛ッア゛」
桜倉「喉がつぶれるまでやるんじゃないよ。」
結局、後半はセイラの独壇場となった。
5人も集まっておいて、曲の好みがバラバラ過ぎたため、セイラがライブハウスで歌うようなアップビートなナンバーをDJ顔負けのチョイスで歌い上げた。
ちなみに、歌自体はそこまで上手くはなかった。
真姫「部員が増えたら、毎度やろっか‼」
榎「いいね、それ。」
みるく「…うん。」
みんな笑顔で肯定する。
セイラは咳き込みながら無言のサムズアップ。
桜倉「セイラさ、そんなんで明日も遊べんのか?」
セイラ「ゲホ、ゲホ、オエッ」
不穏な声を出したあとに、ウインクしてガッツポーズ。
真姫「じゃあ、帰ろっか。」
セイラ「ン゛」
榎「そうだね。…って、あれ?みるくちゃんは?」
気がつくと、姿が見当たらなかった。
大きな縱ロールがトレードマークのため、目立つのだが、視界には映らない。
桜倉「先に帰ったんじゃないか?」
榎「門限とか厳しいのかもね~。」
スマートフォンで時間を確認すると、午後6時18分を指していた。
どおりで会計がバカにならなかった訳だ。
セイラ「それじゃ、ゲホ、また明日。」
榎「うん、じゃあね~。」
桜倉「じゃな。」
カラオケの前から散って行く。
真姫「あ、榎ちゃん。」
榎「ん?」
そんな中、真姫は榎を呼び止める。
真姫「ちょっと聴きにくいんだけど…」
そう言って手招きして、耳打ちをする合図をする。
榎「何々?」
真姫「あのさ…」
榎「んん?」
真姫「やっぱり、この年になると、下着っておしゃれなの付けてるの?」
榎「え?ええ?」
急な質問に顔を赤らめたり青らめたりする。
真姫「いや、みんながいると聞きにくくて…」
榎「いやいや、どうしてまた。」
真姫「いやいやいや、実はね、セイラちゃんが最近大人っぽい奴に凝り始めててさ…着替えの時、気づかない?」
榎「全然…だって、私、やっすい白のやつとかベージュの叔母臭いやつだよ。やっぱ遊ぶ方に小遣い回したいし。」
榎は、真姫を気遣って、「カップサイズのせいで、安くてかわいいのがないし」、と本音を言うのはこらえた。
そうすると、真姫はホッとした顔になる。
真姫「よかった~。私だけスポーツタイプの下着だから、恥ずかしいなって思ってたけど、なんとかやっていけそうだよ。」
榎「それは喜んでいいのかな…」
真姫「それで、今日はどっちなの?」
榎「白だよ。ベージュはうっかり見られたときに、穿いてないと思われることがあるから、ズボンタイプの時に穿いてるよ。」
真姫「あー、肌色っぽいもんね~。ごめんね。こんな話しに付き合わせちゃって。」
榎「いいのいいの。先輩だったら、ちゃんと相談に乗ってあげるだろうし。」
真姫「じゃあ、また明日。」
榎「また明日。」
榎は、すっかり暮れてしまった夕闇に消えて行く。
しかし、真姫はまだその場を離れなかった。
そして、スマートフォンにダイヤルを打ち込む。
退勤ラッシュの終わった静かな道路に、コール音が響く。
真姫「もしもし────?」

榎「ただいまー。あれ?」
榎の実家はアパートだ。
ボロくもなく、また、豊かでもない。
茶の間、母の寝室、父の寝室、そして自室。
その四部屋と、トイレ、風呂、キッチンしか存在しない、一般的で普通な、簡素な作りだ。
茶の間の電気は消えていて真っ暗、しんと静まり帰っていた。
母も父も、仕事から帰っていないようだった。
榎「なんか買ってくるんだったなぁ。」
トイレに入り、用を足す。
その間、なにか茶の間から物音がした気がした。
榎(帰ってきたのかな)
トイレから出て、手を洗おうと、キッチンへ向かう。
茶の間の電灯が点いており、火の点く音がした。
榎「おかえ─────」
息を飲む。
手を洗っていないことなど意に介さず、目を擦ってしまう。
そこでは、認めがたい事が起きていた。
みるく「おかえり。」
榎「なっ、なんで‼?」
みるく「ついてきただけなの。そんなに驚くことないの。」
初めからその家の住人かのように、冷蔵庫の中身を探る。
みるく「夕飯まだなのね。ちょうど、ホットケーキミックスがあったから、パンケーキ焼いてたの。」
ハチミツ、メープルシロップを冷蔵庫から取りだし、並べる。
みるく「榎ちゃんは、甘々が好みなの。」
榎「えっ、ああ、うん。」
なんだ、一緒に夕飯が食べたかっただけなのかな。
そう思ったが、トイレで聞いた"音"を思い返してみる。
トイレのドアを締め、鍵をかける音。
小便の流れる音、便座を開けたり閉じたりする音、服を着たり脱いだりして布の擦れる音、トイレを流す音、電灯のスイッチの音、ガスコンロの火の音…
やはり、必要な"音"が欠けていた。
『みるくが家に入るためのドアの音』だ。
玄関ドアを見る。
"鍵がかかっている。"
『鍵を閉めた音』さえ足りなかった。
みるくは、手頃な皿にパンケーキを盛り付ける。
みるく「今、テーブルまで持っていくの。一緒に行くなの。」
二人ぶんのパンケーキを乗せた皿を手に、キッチンを出て、テーブルに向かう。
榎「ねぇ、ちょっと。」
みるく「どうしたの?」
榎は嫌な予感がした。
冷や汗が、首筋を伝いシャツに染みる。
榎「みるくちゃん、どうやって入ってきたの?」
みるく「普通に、玄関からなの。」
榎「嘘だ。」
みるく「だからなんだっていうの?」
榎の懐疑的な視線などどこ吹く風。
テーブルに皿をおいて、またキッチンに向かおうとする。
みるく「うーん、ナイフとフォークって、どこなの?」
榎「その前に‼」
みるく「?」
棚を漁っていたみるくに詰め寄る。
榎「何しに来たの?」
みるくの手が止まる。
みるく「一緒に居たいと思うことに、理由が必要なの?」
そうとだけ返事すると、また、棚の中身を物色し始めた。
2対のナイフとフォークを手に取り、テーブルに向かう。
榎(うちにこんな上品なナイフ&フォークなんてあったんだ…)
家で焼くパンケーキなんぞ、トースト感覚で食べてしまうため、いつも素手で食べていた。
榎「いつもこんな風に切り分けてるの?」
みるくの手によってキレイに八ツ切りになったパンケーキに視線を落とす。
みるく「そんなわけないの。よそいきなの。」
こうやって普通に会話していると、普通に玄関から入ってきたのに気づかなかっただけなのかな、と思えてくる。
たが、油断は許されない。
こんな時間にわざわざこそこそ隠れて追いかけてくるなんて、普通とは言い難い。
なるべく角を立てず、一旦引かせたいところだ。
榎(そうだ、先輩なら何かアドバイスをくれるはず。)
スカートのポケットから、スマートフォンを取り出す。
みるく「ちょっと」
榎「?」
みるくは少し顔を曇らせる。
みるく「食事中にスマホいじるなんて、お行儀わるいの。」
榎「いーじゃん、ここ私ん家なんだからさ~。それに学校で弁当食べるときだって普通に使うでしょ?」
みるく「ダメなのッ」
顔つきが、怒りに変わってくる。
榎「わかったよ…別に急ぎじゃないし。」
榎はスマホをテーブルに置く。
みるくはホッとした顔つきになる。
やはりおかしい。
もう少し揺さぶってみなければ。
榎「ねぇ、帰りはいつ頃?もう暗いし、大丈夫なの?」
みるく「まだ来たばっかりなのに、もう、帰る時の話なの?」
榎「質問に質問で返さないで。質問しているのはこっちだよ。」
これ以上はぐらかされては、らちが明かない。
みるく「んー。別に"帰るつもりは無い"の。」
榎「えっ‼?」
みるく「一夜を共に過ごすのね。」
榎「いや、ちょっと待って。これからお父さん帰って来るんだよ‼?それに、みるくちゃんの両親は大丈夫なの?」
あわてふためく榎に対して、みるくは平然とパンケーキを口に運んでいた。
みるく「大丈夫なの。私はいい子だから見つからないの。」
榎「いやぁ、隠れればいいって問題じゃ…」
押し返せない。
相手を納得させたり、違和感の正体を暴いたりすることができない。
榎「親と喧嘩でもした?」
みるくは首を横に振る。
榎「友達の家に泊まってみたかった?」
みるくは首を横に振る。
榎「ストーカーに追われてる?」
みるくは首を横に振る。
みるく「さっきも言ったの。一緒に居たいから、ここに来たのね。」
榎「なんで私を選んだの?」
みるくは突然テーブルに両手を叩きつけて、立ち上がった。
みるく「好きだからに決まってるの‼ひとつになりたいから夜に来たの‼ぜんっぜんわかってないのね‼」
今まで大人しく喋っていたのが嘘のように、窓ガラスがびりびり震えるほどに大声で怒鳴った。
榎「ええっ‼?何々‼?ひとつになるってどういうこと?融合‼?人間じゃなくなっちゃうの‼?」
みるく「そうなの…獣のようになってしまうのね…‼」
榎「ひ、ひぇ…」
涙目になって、わなわなと震えてしまう。
そんな馬鹿な。
そんな恐ろしい能力を持っていたなんて。
たしか、そういうのは「合成獣(キメラ)」とか「合成生物(ホムンクルス)」とか言う奴だ。
みるく「さぁ、寝室へ行くの…獣のように求め会うの…‼」
榎「いやぁーーーーー‼」
父親「どうしたァ~ッ‼」
あわてて鍵を開け、ドタドタと入ってくる。
父親「本当にどうしたんだ?」
そこには、"榎一人だけが倒れていた。"
父親「虫でもいたのか?」
榎「違────」
榎が声をあげようとした瞬間、胸の下の辺りに痛みが走る。
榎「ギッ」
不意の痛みに思わずのけ反る。
そして、榎は自分の間抜けさに腹をたてた。
榎(ひとつになるだとかなんだとか言ってたのはただの戯れ言だった…
みるくちゃんの本当の能力は、"影の中に潜る"能力。
これなら、どうやって家に侵入したかも合点が行く。
服と体の間の"影"から指先だけを出して引っ掻いてくるなんて…‼)
父親「誰だッ‼誰かいるのかッ‼」
榎「お父さん、今ので気づいてくれたの‼?」
バレないのが目的だったのか、次は引っ掻いてこなかった。
父親「ン‼?いや、"テーブルに二人分の食べかけ"があったら二人いるって思うだろう。
お前はよく食べるが、わざわざ2セットも食器を持ち出したりするものか。」
榎「お父さん…」
しかし、みるくの次の行動は始まっていた。
窓側に飛び出したみるくは、カーテンをレールから引き剥がして、テーブルの影に引きずり込む。
父親「な、なんだ。なんのつもりだ小娘‼」
次の瞬間、榎の後ろの影から何かが飛び出してきた。
父親「榎、危ない‼」
榎「お父さん危ないッ‼」
これは、位置関係を使ったトリックだった。
父親と榎は部屋の中心を挟んで向かい合わせ。
───つまり、電灯を挟んでいたため、お互いに自らの影に背を向けていたのだ。
榎の背後から飛び出したのは、レールと繋いでいた金具がついていた部分を帯状に千切ったもの、つまり、ブラフ。
榎を庇おうと前傾になった父親は、背後のみるく本体の足払いを食らい、倒れる。
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その上にカーテンを覆い被せ、いつの間に取っていたのか、スカートとお腹の間に挟んでいたナイフとフォーク、そして箸や包丁などの尖ったものをすべて使い、見事に磔にして見せた。
みるく「ハァ、ハァ。大丈夫なのね。榎ちゃんの大事なパパなのに、傷つけたりしないのね。」
カーテンはクッキリ人形を浮かばせている。
父親「だ、駄目だ。運動会の席取りのブルーシートみてーにガッチリ固定されてて動けねぇ…ッ‼」
榎「そんな…」
これでも父親は土木関係の仕事をしており、ガタイはいい方だ。
だが、力を入れる起点がなければただの肉塊に等しい。
みるく「あのね榎ちゃん…私、榎ちゃんの優しいところが好きなの…だから、今夜は私が優しくシてあげるのね…」
榎「…」
みるくの言葉なぞ全て戯れ言。
そう思わなければやられてしまう。

 自分には、先輩に貰った"勇気"がある。

榎は、スマートフォンに手だけを伸ばす。

 やられたら、鮮やかにやり返してやるんだ。

みるくは取らせまいとテーブルを蹴り上げ、スマートフォンを落とす。

 頭を使ったつもりでいる奴は、相手の機転に対応できやしない。

しかし、スマートフォンなぞ、元々取るつもりもなかった。
榎は、体を逆によじらせて、カーテンを拘束しているナイフを一本抜く。
振り向くみるくに、震える手でそれを突きつけた。
みるく「なんのつもりなの?」
榎「それは、こっちの台詞だよ。」
互いに肩で息をする。
嫌味な汗が尚も首筋を伝う。
みるく「あなたも、私のものになってくれないんだ…」
榎「へ?」
みるく「なんでッ‼なんでいっつも幸せな人間が幸せをかっさらっていくの‼?なんでいっつも私は"影"からみていなくちゃあいけないのッ‼なんで‼?なんでなんでなんでなんで‼?もうウンザリなのね‼欲しいものが手に入らない人生は嫌なのねッ‼」
ナイフを持っている手を掴んでくる。
鬼のような形相で、とんでもない力で手首を握り締め、ナイフを離させようとする。
榎「何よ…」
榎の表情は、もう恐怖では無くなっていた。
あわれみだった。
榎「結局、私の事なんて好きじゃなかったんだ…」
みるく「な…に…を」
榎「あなたが好きなのは、可哀想で惨めで哀れな悲劇のヒロインである自分自身なんでしょう?」
みるく「違うの…」
榎「どうせ欲しいものを手にしたって、"自分が可哀想だから"、また勿体つけて、超能力(ちから)任せに奪っていくんでしょう…」
みるく「違うのね…」
榎「ああ、なんて可哀想なんでしょうね‼心配してくれたひと、優しくしてくれてひとはいっぱい居たでしょうに‼」
みるく「違うーーーーーーー‼奪っているのはお前らの方なのねーーーーーーーッ‼」
その時、玄関ドアがとんでもない音をたててこじ開けられる。
真姫「間に合った‼?」
みるく「────‼?」
大粒の汗をたらし、息を荒げて、彼女ら突然あられた。
真姫「イヤーッ‼」
掛け声と共に、みるくの華奢な腕を蹴りあげる。
みるく「みぎぃっ‼」
堪らず手を離した。
その隙に真姫は蹴りを食らわせ、床に叩きつける。
榎「…どうして真姫ちゃんが?どうやってここに?まさか、自力でうちを見つけたの?」
真姫「ううん、実はね───」

時間は遡る。
真姫は榎と別れたすぐあと、ある人間に電話を入れた。
真姫「もしもし、みっきー?」
美樹「ヒメじゃん。なに?」
真姫「実はね、頼みがあるから、今すぐ来て欲しいんだけど…。」
電話の向こうからは、露骨にウーーーン、と唸り声が聴こえる。
美樹「あのね。私も、部活やってるの。文芸部。文芸部には"締め切り"ってのが付いてくるの。わかる?暇じゃないのよ。」
真姫「そんなこと言わないで…みっきーにしか出来ないことなの。」
電話の向こうからはさらなる唸り声が聴こえる。
美樹「わかったわかった。"キャスト"の力が必要なのね。」
真姫「…うん‼いいんだね‼?」
美樹「短く済ませなさいよ。」
…ほどなくして、カラオケの前に美樹が姿を現した。
美樹「それで?なんの記憶を読めばいい?」
真姫「地面の記憶を読んで、丁度みんなが解散したところ。黄緑色のドリルヘヤーの子がどうなったか見て欲しいんだ」
美樹「しゃあない…キャスト。」
黒い閃光は地面を這う。
キャストには、物体に潜り込める性質があり、そのまま模様になって、表面を移動することができる。
キャスト『オーケー、任せな…ん』
美樹「どうした。」
キャスト『これは不味いぜ。』
美樹「なんで?」
キャスト『あいつ、地面に潜りやがった。超能力者だ。』
美樹「本当か‼?」
真姫「どうしたの‼?」
美樹「ヒメのいうそいつ…能力者だってよ。」 
真姫「榎ちゃんが危ない…榎ちゃんの家の場所を教えて欲しい。」
美樹「ウーン…」
美樹はポケットからガムを取り出して、口に入れた。
美樹「悪いけどさ、読める記憶は物の記憶なの。道案内はできないわ。」
真姫「いや、地面とか壁の記憶でもいいんでしょ?」
美樹「ご期待に添えなくて悪いけどさ、広い範囲は無理だから、建物なら途切れたら終わりだし、地面からじゃ視点的に区別つかないのよね。」
真姫「じゃあ、下からなら見えるってことだよね。」
美樹「まぁ、そうだけど…」
真姫「私、あらかじめパンツの色訊いておいたから大丈夫だよ‼」
美樹はガムを吹き出してしまった。
美樹「冗談だろ‼?」
真姫「本気だよ‼白いパンツだって言ってたもん‼」
美樹「大きい声で言うんじゃない‼」
恥ずかしさで顔を赤くしながらも、手からは既に黒い閃光とともに、目鼻口ワンセットが再び浮かび上がっていた。
美樹「いけるか、キャスト。」
キャスト『ンンー…おっ、オーケーだ。このデカイ尻を追っかければいいんだな。』
美樹「真姫、行けそうだ。追っかけよう。」
真姫「うん。」
真姫は、美樹をお姫様だっこして走り出した。

真姫「っていう事があって。玄関先にはみっきーがいるよ。」
榎「ははは…」
榎は、カーテンを固定しているものを取り除きながら聴いていた。
みるくはのびているようだ。
榎「ところで、どうして私がターゲットだと思ったの?」
真姫「え、気づいてなかった?みるくちゃん、何度も榎ちゃんの手を握ろうとしてたんだよ?」
榎「へー。」
父親はゆっくり起き上がり始める、その視線の先で、みるくは目を開いていた。
父親「‼?」
父親は息をのんだ。
だが、それ以上に驚いたのはみるくだった。
真姫の背後の壁には巨大な目鼻口の落書きのようなものが浮かび上がってた。
美樹「私の仕事は、まだ終わってないっての。」
それは、キャストを限界まで引き伸ばして作った、超能力者にしか見えないハッタリであった。
それを見たみるくは、真姫を強敵と思い込んだのか(素でも充分強いが)、観念したようだった。

父親「ん~、あとで、ちゃんとした金具を買ってこないとな。」
父親は、少々いびつになった玄関ドアを、ドアとして機能するように取り付けた。
真姫「ごめんなさい。鍵がかかってなかったなんて知らなくて…」
父親「仕方ないさ。それよりも大きな問題があるだろ?」
父親はリビングの方を指差す。
リビングには、スマートフォンで経過報告をしている榎と、正座させられているみるくがいる。
美樹は、用がすんだ事を確認すると、そそくさと帰ってしまった。
榎「ヒメちゃん、リビング来て。
先輩たちと会議モードで通話するから。」
真姫「う、うん。」
榎のスマートフォンを囲うように、3人が集まる。
千代『あつまった?』
榎「は、はいっ。」
千代『じゃあ、まず、みるくちゃんが今どう思っているかを知りたい。』
榎と真姫の視線は、みるくへ向く。
摩利華『処分を決める大事な話だから、本音でお願いね。』
枷檻『場合によっては多くの大人が動くから、嘘はやめろよな。』
みるく「じゃ、じゃあ、正直に言うの。私は、今まで、独りよがりな逆恨みで榎ちゃんを狙っていたの。でも、それがわかったのは、榎ちゃんがちゃんと私の言葉を聞いてくれて、体をはって向き合ってくれたからなの。だから…その…」
みるくは急にもじもじとしはじめる。
妙な間が空いてしまう。
摩利華『本気で好きになってしまったのね。』
優しい吐息が間を繋げた。
みるく「はいなの…」
榎と真姫は複雑な顔になる。
しかし、スマートフォンの向こうからは摩利華の上品な笑い声が聞こえる。
摩利華『わかりますわよ。その気持ち。
これでちゃんと、まっすぐな愛になったわね。』
みるくは顔を赤らめて目をそらしてしまう。
摩利華『榎ちゃんはどんな気持ち?』
急に振られてビクッと飛び上がる。
榎「まぁ、その…決して気持ちのいいものではないですよね…。」
摩利華『あら残念。』
千代『遊ばないの。』
摩利華『はいはい。』
千代『返事は一回。』
摩利華『はーい。』
ふぅ、と千代の軽いため行きがノイズ混じりに聞こえた。
千代『みるくちゃんは、今のところは、また危害を加える可能性は低いだろうし、身柄の拘束はしないでおくよ。』
枷檻『じゃ、私はもう帰るわ。』
千代『お疲れー…それで、部活の方は、続けてもらって構わないよ。というか、なるべく監視下に置きたいから、辞めない方が助かるんだよね。これからの"探偵ごっこ"に協力してくれるなら、願ってもないことだけれど。』
みるく「探偵ごっこ…?」
千代『あなたみたいに、能力を悪用する人間を懲らしめる活動のことだよ。』
みるく「…。私には無理そうなの。」
千代『超能力者の人員が欲しかったんだけどなぁ…。無理強いして軋轢が生まれてもしょうがないし、能力を悪用しないならそれだけでいいよ。』
みるく「でも…」
千代『?』
みるく「でも、榎ちゃんは守るのね。私のものにならなくたっていいの。ただ、そばにいることを許してほしいのね。」
千代『…まあいいわ。好きにしなさい。』
榎「ええっ、ストーキングは悪用じゃないんですか!!?」
摩利華『純愛なら悪さはしないですわ。』
榎「ええー!!?信用できないよー!!」
真姫「じゃあ、みるくちゃんは、榎ちゃんの言うことを絶対聞くっていう約束をすればいいじゃない。」
みるく「聞くの。なんでも聞くのね。」
榎はばつの悪い顔をしたが、しぶしぶ頷いた。
榎「しょうがないな~。でも、帰るときはちゃんと自分の家に帰るんだよ。」
みるくの顔がパッと明るくなった。
みるく「それじゃ、言う通りにおいとまさせてもらうの。今日は本当にごめんなさいなのね。」
そう言うと、玄関先の影に潜って消えてしまった。
榎「先輩、いいんですか?野放しにして。」
たしなめたとはいえ、やはり、さっきのさっきまで敵だったため、不安なのは当然のことだった。
千代『大丈夫。猛獣は、懐柔すれば心強いものだよ。それに、私たち二年生組だって、元々は敵同士だったんだから。』
真姫「えっ、初耳です!!ホントですか!!?」
千代『うん。だから、今日は安心してお休み。』
電話は一方的に切られてしまった。
榎「そーんなー!!!!」
真姫「不安なら、私が泊まっていく?」
榎「…うん。」
真姫はスマートフォンを出して"リダイアル"を押した。
いつもはLINEで連絡を取っているため、通話は親としかしないのだ。
真姫「…もしもし?お父さん?」
美樹「ち・が・い・ま・す・け・どッ!!?」
真姫「ご、ごめんなさい!!間違えました!!?」
一難去り、夜は更けて行く。

「ハーミット2」 ACT.1 嘘をつく記憶

5月2日(土曜日)

ほとんどの部活がゴールデンウィーク休みに入っているなか、陸上部は休みを返上して部室に集まっていた。

千代「まだヒントが少なすぎるね…マスコミの続報を待ちながら、インターネットでの目撃情報を探っていくしかないか。なにせ相手の見た目も年齢もわかってないわけだし。」
摩利華「下手に動き回って目をつけられても厄介ですわ。焦らずに、まずは学校に居る人間で、事件について知っている人がいないか調べましょう。」
枷檻「もしかしたら、協力してくれるかもしれないし、敵なら尋問できる可能性も残されている。手荒な手段をとるなら、犯人と親しい仲である場合に、人質にしたりもできる。」
千代「もっとも、そのしたっぱが強かったら無茶な話なんだけど…。そもそも集団か単独かも不明だし…。」
二年生組は深いため息をつく。
要するに振り出しに立たされて、サイコロを探す段階、ということなのだ。
榎「あ、あの…」
沈黙を守っていた一年生組から、声が上がる。
千代「どしたの?」
榎「なんで、マントなんか着てるんですか?」
一年生組は全員、うんうんと頷く。
千代「そんなこと気にしてたの?」
セイラ「あったり前じゃないスか~。
失礼ですけど、クソほども似合ってませんよ。」
桜倉「馬鹿、クソは余計だ。」
真姫「でも、なんでマントなんですか?」
二年生組は顔を見合わせる。
枷檻「なんでって…これが本来の千代の姿だぜ?」
摩利華「見慣れていますし、むしろこっちの方がらしいですわ。」
千代「まぁ、風紀委員の腕章みたいなもんだよ。命を懸けて戦うときのユニフォームって言ったら正しいかな?それに…」
榎「それに?」
千代は部室の汚い窓の外に視線を向ける。
千代「共に戦った、去年の夏のある人との思い出だから。」
セイラ「な、亡くなったんスか?」
申し訳なさそうに問いかける。
千代は首を横に振る。
千代「あの人は、もっと数奇な運命のために、この場所を離れたんだ。会うことが絶対に不可能な事には、かわりないけど。」
榎「えへへ…無粋な質問でしたねー」
にへらっとしながら、首を掻く。
千代「いいのいいの。訊かないでモヤモヤするよりはいいし。」

一年生組は校内の調査、二年生組は、千代の能力で逃げられること、二人のお金持ちがSPを呼びつけられることを考え、外の調査の担当になった。
もっとも、情報が少ないせいで、目的のないパトロールになってしまうため、遊んでいるのと大差はないのだが。
そのため、ゴールデンウィークは普通に遊ぶことにした。
事件についても気にはなるが、学校に人はいないし、追加情報を待ちたいので、いい機会だった。

練習するために来たわけではないため、玄関に向かって歩き出す。
榎「あっ、私、教室に忘れ物取りに行くから先に帰っててー」
セイラ「何忘れたんだ?」
榎「昨日の体操着…絶対臭くなってるよねー」
セイラ「臭いが落ちるまで洗濯しとけよ。」
造作なく靴を履き替えて玄関を出て行く。
真姫「ゴールデンウィーク、いっぱい遊ぼうね~。」
榎「帰ったらLINE入れとくね~。」
遠ざかる姿にお互いひらひらと手を振った。

榎「あったあった…うん何も盗まれてない。亜万宮先輩は男子に下着体操着盗まれたことがあったって言ってたし…冷や汗もんだよ…。」
この学校は一年生が三階、二年生が二階、三年生が一階にある。
一年生は普通に登校するだけでも、わりとしんどい思いをする。
榎「生徒の教室、全部一階にしてくれればよかったのに…」
まだ入学して1ヶ月、馴れないクラスに馴れない校舎。
春先で涼しいというのに、緊張感からか、いやに額に汗が浮く。
階段を下りて行くと、話し声のようなものが聴こえた。
榎(あれ?2階って、何部の部室があったっけ…)
二年生に申し訳なく思いながらも、声の方へ近づいて行く。
声は一人だった。
女生徒のものだ。
榎(ヤバい人だったら怖いから、気づかれないようにしないと…)
もしかしたら、何らかの事件の手がかり足がかりを握っているかもしれない。
そう考え、声のする部室へ足を向ける。

この学校は、階段の目の前にD組がある。
そのまま階段に立ったままの視点だと、左からA~E組がずらっと並んでいる。
E組の先には相談室があり、空き教室があり、曲がり角になっている。
相談室のはす向かい、すこし空き教室の向かいにかかるかたちで、トイレがある。
曲がり角には職員室があり、奥に向かって階層毎にさまざまな特別教室が軒を連ねている。
反対に、A組側から曲がると、階層毎に割り振られた部室がある。
曲がり角には男子更衣室、一番奥には女子更衣室がすべての階層の同じ位置に用意されている。
そして、それぞれの奥の両端は廊下で繋がっており、帰宅部の溜まり場になっている。
そこには掲示板がある。
大概は部員募集やボランティアのお知らせが貼ってあるのだが、こまぐれに、奇妙な貼り紙を見た人間がいたとか。
旋風高校七不思議の一つだ、と、三年生の先輩から聞いた。

声は部室の方から聴こえた。
2-Aの看板が頭上に到達した。
一人で会話しているところを聴くと、電話でもしているのだろうか。
榎(こっち見てませんように…‼)
そっと、顔を覗かせる。
そこには、白いニット帽を被って、セーラー服の上からパーカーを着ている女生徒の姿があった。
セーラーのリボンが黒なので、一年生のようだ。
その手にはスマートフォンが握られて…いなかった。
壁に手のひらをつけて、一人でしゃべっている。
文芸部の部室のドアの近くなので、恐らく彼女も文芸部員に違いない。
榎(見てはいけないものを見てしまった…‼)
引き返そうとしたとき、ふと思い出す。
榎(そういえば、藤原先輩がこんなことを言っていた…)

──数日前

榎「先輩、ちょーのーりょくってどんな感じなんですか?」
榎は、部活で使った道具をしまう千代にくっついていた。(手伝いはしなかった。)
千代「どんな感じかって?
…うーん、それは果てしない質問だね。」
榎「どういうことです?」
千代「言ってしまえば何でもアリなんだ。
デウス・エクス・マキナじみた、魔法みたいな感じ。
ただ、ファンタジーな魔法との違いは、性格や精神力によって形や能力が大きく振れることと、大体は単一の機能しかなくて一人で10種類も20種類も使えないこと、そして、人間の想像を越えられないこと…だね。
願えば、限りなく近い力が形になる人はいても、人の知り得ない奇跡は起こらないんだ。」
榎「へー…じゃあ、逆に、想像が達者なら、ペガサスとかクトゥルフとか、空想上の化け物もペットにできちゃうんですか?」
千代「うーん…まぁ、それこそ、生きているような、自我を持った能力だってあるわけだし、不可能じゃないんじゃないかな…クトゥルフの場合は自身が発狂したりしないかは保証しないけど。」
榎「へー」

榎(あの人は"自我をもった超能力と会話"してるんだ…‼)
早く先輩に知らせなくては‼
そう思い、スマートフォンを取り出そうとしたが、体操着を入れた袋と補助バッグを持っていたため手元がもつれてしまい、落としてしまった。
不審な女生徒「誰か居るのねッ‼」
榎(やば‼)
榎はスマートフォンを拾い上げ、出せるだけの全速力で逃げる。
榎(あの人の持ってる能力が攻撃するタイプだったらまずい…‼)
不審な女生徒「待ちなさい‼」
榎はダイエットするために陸上部に入るような女だ。
もともと運動なんてしていなかったため、いかんせんどんくさい。
階段の手前で追い付かれてしまい、手を捕まれてしまった。
榎(殺される…‼)

こういうとき、先輩ならどうするだろう。

『無理はしないで』

そんなこと言ってたけど、痴漢や強盗を撃退するとき、一番無茶してるのは先輩の方だ。

榎「死なばもろともッ‼」
不審な女生徒「えっ‼?ちょっ」
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舌を噛み千切らないように、引っ込める。
そして、歯を食い縛る。
持っていた荷物を階段側に振る。
そのまま重心をずらし、元々の体の重さと荷物の重さを利用し、階段の方へ体を投げ出す。
握られた手を握り返してやる。
二人はバランスを完全に失い、重力の言いなりとなる。
榎「…ッ‼」
不審な女生徒「ヤーーーーーキャーーーーッ‼」
不格好に学舎で、互いの手を握って、重力ダンス、ダンス。
…なんて素敵なものではない。
踊り場を転がり、互いに無様に壁に打ち付けられる。
もちろん、そんなことで死ぬことはおろか、気絶することさえない。
榎「…ッ‼」
手を振り払い、痛みに耐え、這いずりながら立ち上がる。
不審な女生徒「ちょ、タンマタンマ。
なんか勘違いしてない?」
女生徒は、ゆっくり上体を起こすが、相手を消そうだとか、殺そうだとかいう気配は無かった。
榎「な、なにが?」
不審な女生徒「だから、その、全力で抵抗しなくたってさぁ、ひっぱたいたりしないから。」
榎「えぇ、でも、超能力者なんでしょ。」
不審な女生徒「へ?う、うん。そうだけど。あんたもなの?」
榎「いや、違うよ。だから、見えないんだ。
きっとこの辺にペガサスとかクトゥルフとかが居るんでしょ‼?ね、そうでしょ‼?」
女生徒は呆れた顔になる。
不審な女生徒「ねぇ。あんた、クトゥルフが何か知ってるの?」
榎「知らない。でも、得体の知れないものでしょ?」
不審な女生徒「いや、その言い方もあながち間違いではないからアレなんだけど…まぁいいや。」
女生徒は膝の痛みを気にしながら立ち上がった。
不審な女生徒「私が持ってるのは、そんな物騒な物じゃないわ。安心して。」
榎「ホントに…?」
不審な女生徒「今あんたが死んでないのが証拠よ。」

一階まで下りて、購買部の自販機の前のベンチに腰かける。
榎「ごめんね。」
女生徒「いいのよ。ムキになってつかみかかった私もバカだったし。」
榎はほんの謝罪の気持ちに、自腹を切ってジュースをおごった。
女生徒「しかし、大ケガにならなくてよかったわよ…名前、なんていうの?」
缶ジュースのプルを引っ掻きながら尋ねてくる。
榎「私、後藤榎っていうんだ。あなたは?」
女生徒「私は茅ヶ崎美樹(ちがさきみき)ってんだ。よろしく。ちなみにB組だから。」
榎「へー、ヒメちゃんとおんなじ。」
美樹「なんだ、ヒメと知り合いなのか。
ってことは陸上部?」
榎「うん。…あ、そういえばさ。」
思い出したように、目を合わせる。
美樹「?」
榎「なんで追っかけてきたの?」
その時、丁度缶ジュースが勢いよく開いた。
思わず、落としそうになるのを、榎は受け止める。
美樹「なんでって…そりゃ、一人で話してるところ見られたら、言いふらされないか心配するに決まってるでしょ‼?」
榎「あ、そっか。そうだよねー。」
当たり前の答えを得て、にへっと笑う。
美樹「それ、私があんたに、『なんで突き落としたんだー』って訊くのと同じだから。」
榎「わかるの?」
美樹は、『こいつアホだな』という顔でため息をつく。
美樹「わざわざ追っかけてきて、手を掴んできた相手が、透明で得体の知れない化け物を連れてるって考えてたら、『殺される』って考えるのが順当でしょ?」
榎「うん。その通り。」
二人はジュースをぐびぐびと飲む。
顔を先に下ろしたのは、美樹の方だった。
美樹「そういえば、こっちからも質問が。」
榎「ん?」
その声に反応して、榎も顔を下げる。
美樹「なんであんなところにいたの?」
榎「忘れ物を取りに来てたんだ。」
美樹「でも、文芸部でもないんだから、二階に来る必要なんてないでしょ。」
榎「声がしたから…」
美樹「声がしたら見に行かなければ気がすまない性分なの?そんなわけないでしょ。何か理由があるはずよ。」
榎「いや…まぁ…」
美樹「まぁいいわ。丁度いいものがあるし。」
榎「?」
美樹は榎のシュシュに手を触れる。
美樹「『キャスト』、このシュシュの"記憶"を読んで。」
"キャスト"と呼ばれた能力は、黒い閃光を散らしながら現れる。
二つの目玉、鼻、そして口が、福笑いのように浮かぶ。
キャスト『しょーがねーなー』
榎「え、今まさに出してるの?」
美樹「うん。出てるよ。」
榎「やっぱり、なんにも見えないや。」
キャスト『このべっぴんさんに見てもらえないなんて…アー残念』
キャストにはまぶたが無いため、表情は無いが、声で表情は大体わかる。
今は、ふざけている。
美樹「いいからアンタはやるべきことをやりなさい。」
榎「ええ?」
美樹「あぁ、いや、キャストに言ったのよ。」
榎「えっ、あぁ、ややこしいなぁ。」
榎は、キャストを探しているのか、頭をペタペタと触っている。
キャスト『忘れ物をしていたのは…間違いないな。はぁ、ふーん…。』
美樹「一人で納得してないで教えなさいよ。」
美樹はキャストを睨み付ける。
キャスト『陸上部が超能力犯罪に立ち向かう方針みたいだ。バイパスの狂気について調べてやがる。』
美樹「ホントに?」
キャスト『間違いねぇぜ。』
美樹は、今度は榎を睨み付けた。
榎「な、何?」
美樹「あんた、昨日の殺人事件について調べてるみたいね。」
榎「ん…まぁ、無理しない程度に…」
美樹「止めなさい。」
榎「え…。」
美樹はよりいっそう険しい顔になる。
美樹「無能力者のあんたが事件に首を突っ込むのは、危険だっていってるの。」
榎「でも…」
美樹「でもじゃない。私さえ倒せなかったあんたに、人殺しを止められるの?」
榎「いや、私は戦わないよ。
見たことや調べたことを報告するだけで…」
美樹「さっきみたいな事になったらどうするの?私がピストルを出す能力を持っていたとしたら、あんた死んでたのよ?」
榎「でも、先輩の役に立ちたいの‼」
美樹は、強い剣幕で迫っていたにも関わらず、気圧されてしまった。
美樹「なにがあんたをそうさせる?」
榎「先輩はね…藤原先輩は、私の憧れなんだ…」
美樹「憧れ…?」
榎「うん。あれはね、入学前の話なんだけど…」

2019年12月10日(火曜日)
榎は、志望校は決まっていたものの、迷いがあり、いろいろな高校に下見に行ってた。
その日は、隣町の高校を見に行ったのだが、交通費に補助が出ないと伝えられたため、残念な気持ちで帰りの電車に揺られていた。
その時、背後に、やけに強い熱気を感じた。
臀部を圧迫する、手がある。
──それは紛れもなく痴漢だった。
背後の痴漢おじさんの熱い息とは裏腹に、背筋は凍りつく。
幸いなことに、最凝駅は目前だった。
榎(よかった、さっさと逃げよう。)
電車が止まり、扉が開く。
一目散に駆け出し、駅のホームを走る。
が、あり得ない速さでおじさんは追いかけてきた。
榎「…なんですかっ。」
おじさん「なになに、ご飯でもおごってあげようと思っただけだよ。」
何がご飯だ。さっきまで中学生の尻を鼻息を荒くしてさわっていたくせに。
榎「要りませんよ。お母さんが夕飯作って待ってますら。」
立ち去ろうとすると、腕を捕まれた。
おじさん「まぁまぁ、いいじゃないか。いい店しってるよ?」
榎「"嫌だ"っていってるじゃあないですか‼放してください‼」
きっとこの時、先輩は私がはっきりと"拒絶"の意思を示すことを待っていたのだろう。
突然現れた紫色の流星は、痴漢おじさんを吹き飛ばす。
見事なまでのショルダータックル。
千代「いい大人が、子供相手に何してるッ‼」
警察「おいっ、例の痴漢魔だぞ‼現行犯だ‼捕らえろ‼」
駅員「確保ーーーーッ‼」
警備員「確保ーーーーッ‼」
痴漢おじさんと警察たちがもみくちゃになる。
助けてもらった礼を言おうと、紫色の髪の姿を探したけれど、既にいなくなっていた。
今思えば、能力で姿を消していたのだろう。
そのあとすぐに、重要参考人として、詰所に連れていかれた。
どうやら、余罪持ちの常習犯だったらしく、その上、加速の超能力を持っていたらしい。
その時は、顔を見ることも出来なかったけれど、偶然同じ学校に入学して、偶然陸上部に入って、偶然そこにいたんだ。あのときのヒーローの声が。
先輩はきっと覚えていないだろう。
当たり前のように名前も知らぬ少女を助けて、例にも及ばぬよと、当たり前のように去っていった。
彼女の、なんともない善行のひとつでしかない。
みんなは、走るのが下手くそだった私に、マンツーマンで教えてくれたから、私が先輩を尊敬していると思っている。
たしかにそれもあるけれど、でも、私はそれより前から、先輩に憧れていたのだ。

榎「だからね…だからねっ、少しでも先輩の役に立ちたくて…」
美樹「だったら尚更やめなさい。」
榎「えっ…」
やめなさい、という言葉は変わらなくとも、先程のような険しさはなく、優しく微笑みかける。
美樹「これ以上その先輩に心配かけちゃダメよ。
役立たずでいてあげることが、先輩への孝行よ。」
しかし、榎は首を横に振る。
榎「先輩が居なくても大丈夫なくらい強くならなくちゃ。
先輩は、いつまでも居てくれる訳じゃない。」
美樹「榎…」
榎はびりびりと痛みを感じながら、ベンチから立ち上がる。
榎「あのね、先輩はね、ある人から勇気をもらって戦ってるんだって。
だから、先輩から勇気をもらった私も、踏み出さなくちゃ。」
缶ジュースの空き缶をゴミ箱に投げる。
しかし、穴を外して床に転げた。
榎「ま、美樹ちゃんの言う通り、大したことはできないんだけど。」
床に落ちた空き缶を、ちゃんと穴にねじ込んだ。
榎「あっ、そうだ。」
美樹「どうした?」
榎「美樹ちゃんは、どうしてあそこにいたの?」
美樹は、あー…と頭を掻く。
美樹「大した用事じゃないのよ。」
榎「どんな?」
美樹「いや、トレーニングがてら、壁の記憶を読んでたんだけどさ、この学校に在籍していない人間が一人だけ記憶に残っててさ。」
榎「どんな人?」
美樹「背は小さめで、ワイシャツにミニスカ、オレンジの長い髪をもった美少女だってさ。」
キャスト『すまねぇな、あれは嘘だ』
美樹「ハァーーーーー??」
榎「‼?」
榎にとっては、いきなり叫ばれたように見えたため、驚いてしまった。
美樹「あ…ごめんごめん。キャストがさ、今のは嘘だった…ってさ。」
美樹はがっくり項垂れる。
榎「大丈夫?」
美樹の肩に手をかける。
美樹「一週間も超能力の嘘に付き合わされていたショックはデカイわよ…。」
榎「そ、そう…。」
時計を見ると、午後二時を指していた。
榎「うわ、もうこんな時間…どおりでお腹すくわけだよ。」
美樹「帰ろっか。」
榎「うん‼…ご飯もおごるよ…」
美樹「お言葉に甘えて…イテテ…」
玄関の向こうに揺れる陽炎に向かって歩き出す。
美樹「めっちゃいい天気じゃん…」
榎「そうだね。じゃ、張り切っていい店紹介するよ。」
美樹「楽しみにしてるよ。」
そういいながら、手のひらに浮かぶ黒い閃光を見つめる。
美樹「なぁ、キャスト、あれホントに嘘なの?」
キャスト『悔しいのか?』
美樹「は?うざ。二度と口利かないわよ。」
キャスト『へっ、俺はそうされても何も損はしないぜ。』
美樹「はぁ…で、嘘なの?本当なの?隠してるだけに思えたけど。」
キャスト『ハハハ、俺が読んだのは、ある物語の破片だからよ、俺が言うのは無粋だと思っただけだよ。』
美樹「それって…」
キャスト『いいや、解らねえよ~。ただ、同じ軌跡を辿っている気がしただけさ。』
美樹「ふふ、本人に確かめさせた方が面白そうだ。」
榎「おーい、置いてくよー。」
立ち止まって話していたため、随分と距離を離されていたようだ。
美樹「あのさー榎ー。キャストの言うことが嘘じゃないか、藤原先輩に訊いてみてくれよー。」
榎「なんでー?」
美樹「なんでもー‼」

それは、記憶がついた、優しい嘘。

「ハーミット2」 ACT.0 予兆

あらすじ

未来の世界からの差し金によって起きた、壮絶な超能力者同士のぶつかり合い、"アルカナバトル"を終えた藤原千代(ふじわらちよ)は、その秋から陸上部のマネージャーになり、春には、愉快な後輩たちを迎えた。
マネージャーになりたての頃にはよそよそしくしていた先輩たちとも、もうすっかり仲良くなり、こっちが弄る側になっているくらいだ。
だが、彼女は見ざるを得なかった。
次々と芽生えて行く新しい能力者と、それを狙う者の存在を…

2020年5月1日(金曜日)

藤原千代、その女は、授業を真面目に受けない。
紫色のボブヘアに暗い瞳、太い眉毛が地味さを際立たせる。とりわけ美人でもなく、胸は大きいが、それだけだ。肩が凝ってしょうがない。
見てくれは、肉が多くついているだけの、どこにでもいる地味ーズな女子高生だ。
性格は真面目な方だが、彼女にとって教師の教え方などリスニングCDにも劣る。
家に帰った後、教師が教えるよりも効率のよい自習を行うことで好成績を保つという、奇策とも言える習慣を、今も続けている。
故に授業中は、彼女の持っている超能力──気配を消す能力を悪用して、スマートフォンで遊んだり、LINEで連絡を取ったりしている。

だいたいLINEの相手は、隣のクラスの親友、小鳥遊枷檻(たかなしかおり)。
今は落ち着いているものの、元々はいっぱしの不良だった女だ。
アルカナバトルの時に千代と無二の親友になり、喧嘩ばかりしていた一匹狼の彼女は消えてなくなった。
真面目なはずもなく、こそこそ教師の目を盗んではちょっかいをかけてくる。
ある意味、こっちの方が正攻法である。
見た目はというと、傷んだ金髪をポニーテールにしている、普通の女子高生だ。
もともとはおさげにしていたが、ある人に似合わないと言われて以降、律儀にポニーテールにしている。目の下にはいつでもクマがあり、美形の顔のはずなのに、厳つくなっている。
しかしながら、こんなやつでも財閥の一人娘なのだから、油断ならない。

枷檻『小杉マンの頭、また光った』
千代『あ、国語なんだ』
枷檻『現代文』
千代『同じようなもんでしょ』
枷檻『ちげーよ(`Δ´)後でノート写させろ』
千代『それは摩利華ちゃんに頼んで』
枷檻『はいはい』

足をぶらぶらさせながら、学生らしい、下らない会話をする。
こんな下らない会話をするために、海底にケーブルが敷かれたのかと思うと、珊瑚や海草がいたたまれない。

通知が途切れた。
先生に見つかったのだろうか。

枷檻『niconico.mn425586/****/ne.jp』

急に、動画のURLが貼られる。

千代『なにこれ』
枷檻『不味いことが起きた』
千代『家バレ?』
枷檻『からかってなんかいない。マジだ。とにかく見てくえr』

よほど焦って打ったのか、語尾が誤字になっていた。

枷檻『私たちが、一番恐れていた事態だ』

URLを開く。
音声ミュートで映像のみが再生される。
ニュース画面だった。
そこには─────

『緊急速報‼バイパスの狂気再び 第四の事件 魔力(まか)荒らし 被害者3名』

千代『コラじゃない?』
枷檻『んなわけないだろ
掲示板もこの話で持ちきりだ
オカルトスレのURLがタイムラインにごっそり流れてきてウザイ』
目を疑った。
千代『アルカナバトルは、終わったはずだよね』
枷檻『それはお前が一番解ってるだろ』
千代『冬の事件の続き?』
枷檻『別件だろ、凶器が違う』

ニュースのテロップによると、
『狙われたのは、超能力を持っているとされていた、または自称していた人間』
『凶器はスコップ 背中に突き刺した痕跡 しかし、周辺には見つからず』
『魔力(まりょく)と墓荒らしをかけて魔力(まか)荒らし』

枷檻『だいたい、冬の事件の犯人は逮捕されてるだろ』
千代『たしかに』
言葉を交わしながらも彼女はまだ信じられずにいた。
超能力での大きな争いは終わったはずだ。
そう、思い込んでいた。

枷檻『とりあえず今日は陸上部に摩利華も連れてきてくれ
話が長引くようなら、泊まりに行くべきだ』
千代『了解』

スマートフォンをスリープさせる。
今、思い返してみれば、予兆はあったのだ。
『"超能力の氾濫"』
ときどき、まことしやかに噂されていた事象だ。
アルカナバトル以前から、テレビのコメンテーターが馬鹿みたいに口にしていた言葉。
しかし、今はリアリティーを帯びている恐ろしい言葉。
アルカナバトルを終えてから、超能力を信じる人が増え、既存、新規問わず数々の超能力と思わしき現象が観測された。
アルカナバトルの時の映像や写真が流出したとき、そこに、本来なら見えないものが見えてしまったせいで、才能を自覚する人が増えてしまったのだ。
自分達の住まう、この最凝町に限定しても、意図的なポルターガイストが、今年に入って少なくとも12件挙げられている。(これは千代たちの調査で、非公認である)
国は、脅威を感じ、超能力調査委員会を立ち上げ、全国各地へ調査に当たっているが、まだサンプルが足りず、全容解明には至っていない。
強力な超能力者が出ているにも関わらず、委員会には能力者の人手が足りず、世の中は混迷している。

しかし、何故この町なのだろうか?
たしかに、この超能力騒ぎの発端になったとも言えなくもない。
だが、ここにばかり超能力者が集まっているというわけでもない。
アルカナバトルの時のように、なにか景品が掲げられているわけではない訳だから、こんな物騒な騒ぎが起きた町で殺人を行う必要性など無いのだ。

千代「止めなくちゃ…」

放課後、同じクラスの親友、亜万宮摩利華(あまみやまりか)を連れ、陸上部の部室へ向かった。

…摩利華は、アルカナバトルの時に仲良くなったお嬢様だ。この旋風高校で付き合いたい女子ナンバーワンで、どんなお堅い男でも、一瞬で虜になるスーパーマドンナだ。ぱっつんの前髪に、絹のようにさらさらな長い髪の先端をくくり、左右の巨大な乳房を覆うように置かれている。おっとりした性格と顔立ちはまさに清楚の肖像で、優雅な落ち着きをもった雰囲気を振り撒く様は、歩くアロマキャンドルである。"立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花"のことわざをそのまま人間にしたような大和撫子で、ナンパするのもおこがましいほどの高嶺の花である。しかし、その実態は男子の期待をことごとく裏切るもので、彼女は生粋のレズビアン、同性愛者なのだ。花嫁修行も、芸の稽古も、すべては麗しの乙女と二人で暮らすためのもの。しかも、彼女は千代を溺愛していて、四六時中愛があふれでている始末。匂いフェチで、幾度となく千代の下着を盗もうとしたり、欲求不満になり、思わず後輩に手を出そうとしたりした、女にだらしのない女なのであった。

部室では、後輩たちが、事件など意に介していないと言わんばかりに、元気に入り乱れている。
榎「藤原先輩、亜万宮先輩、こんにちは。」
桜倉「お疲れ様です。」
セイラ「こんちわっス。」
真姫「こんにちは。」
千代「うん、みんないるね。」
この四人は一年生組だ。
まず、後藤榎(ごとうえのき)。
へにゃっとした癒し系の笑顔が特徴で、千代にすごくなついている。
ダイエットのために陸上部に入ったものの、実際、劇的に太っているわけではないため、痩せたためしがない。
ピンク色の髪は、千代から見て右上に紫のシュシュで留められたお団子、左下には残り髪が束ねられており、はち切れんばかりの胸、脂肪で肉感がました、むちむちとした尻や脚。
普通なら、男子に人気があってもいいと思われる、ハイスペック童貞殺しだが、それ以上に、学年の枠を越えてモテまくっているのが自分の隣にいる亜万宮摩利華という女なのだから、環境が悪いとつくづく思う。
食いしん坊だが、ダイエットのために耐えている。(あまり耐えられていない)
続いて、釜持桜倉(かまもちさくら)。
ダイエットを諦めているデブで、一年生のマネージャー。一年生のオカン的な存在で、栄養士を目指しているらしい。割烹着姿が違和感なくスッと浮かぶ。
一年生組がうまくまとまらないときは、彼女に一旦情報を預けておいて、必要なときに出してもらっているため、有用な人材である。
料理が上手いらしく、グルメにも詳しいため、榎が痩せられない原因にもなっている。薄い茶髪で、波がかっている。
お次は、龍門真姫(りゅうもんまひめ)。
彼女には超能力の才能があるのか、髪を結ぶと、鋭くなる性質がある。
真紅の髪の毛はハサミのようになっていて、風が吹いても、あまりなびかない。
くりくりっとした大きな瞳が特徴的で、鼻の頭辺りのそばかすが無邪気さを表している。
背は低めで、その姿は小動物を思わせる。
マスコットやアイドル的な存在になっているが、実家は道場で、実際彼女も教えを受けており、立派な格闘家だ。1対複数でも怯まず叩きのめす実力がある。
しかし、本人はパティシエを目指しており、時折自作のお菓子を持ち込んで、榎のダイエットの密かな敵となっている。
負けず嫌いで、勝負事に巻き込むと、少々面倒になる。
最後に、田島・セイラ・文(たじませいらふみ)。
アメリカ人の母親と、日本人の父親から産まれたハーフ。
スレンダーな体型に、強靭な脚部がのびているのが特徴で、その見た目に違わぬ陸上選手である。
スポーツ特待生として入ってきたキングオブルーキーで、オリンピック候補生にも抜擢される実力者である。
紺色の髪をツインテールにしていて、黒目にはいつも、謎の技術で星が輝いている。
チャラチャラしているギャル体質で、枷檻とは馬が合うようだ。
陸上部にもっと仲間が増えることを望んでいるらしい。

榎「先輩、顔色悪いですよ?」
心配そうに千代の顔を覗き込んでくる。
千代「うん…タイムライン見たでしょ?」
榎はうんうん、と頷く。
桜倉「酷い事件ですよね、あれ。
なんでも、スコップでひと突きされただけなのに、骨まで砕けてるとか。」
千代「私、あの事件を止めたいんだ。
きっと普通の殺人じゃなくて、超能力による殺人のはずだから…。」
重い空気を察知して、後輩たちはパイプ椅子をかき集めて座る。
今週は、他校とのゴールデンウィーク合同合宿のために3年生組がおらず、ぎゅうぎゅうになってテーブルを囲うことはなかった。
セイラ「また、"探偵ごっこ"ッスか?」
千代「うん。」
ここ最近、超能力による強盗や強姦が増えている。
それを、警察にはない視点で調べていき、解決するのが、"探偵ごっこ"だ。
『この町を、超能力から守りたい』
そんな千代の気持ちに応えてくれた陸上部員が始めたこと。
言わば彼女らは、『超能力レジスタンス』なのだ。

摩利華もパイプ椅子を広げて、隅っこに座った頃に、枷檻も部室に入ってくる。
枷檻「スマン、遅くなった。」
千代「気にしなくていいよ。これで全員だね。」
千代はホワイトボードを引っ張って、その前に立つ。
近い予定や落書きを大雑把に消して、マーカーを握った。
セイラ「私たちにも"超能力"があれば、もっと楽なのによー。」
千代はホワイトボードに『マカアラシ情報収集経過報告』と書いた。
千代「馬鹿言わないで。超能力なんて、存在しない方がよかったんだ。
武器っていうのは、守るために作られて、壊すために使われるんだから。
ダイナマイトみたいなものだよ。」

枷檻「今ある情報は、『スコップで作られた傷から見て、身長は常人並み』、『スコップを使う能力か、四次元及び十一次元的な能力』、『能力者に対して何らかの執着がある』ってだけか。」
ホワイトボードには、それらの文が箇条書きになっている。
千代「まぁ、事件が報道されて1日も経ってないわけだから、いい方でしょ。」
摩利華「今後はどうしますの?」
千代「いつもと同じだよ。手に負える範囲なら、みんなでなんとかするし、手に負えなければ、枷檻ちゃんのお父さんを通じて、国に連絡をとってもらう。」
セイラ「オーキードーキー。」
榎「早く捕まるといいねー。」
セイラ「お前もやるんだよ。」
榎「いてっ」
無気力にテーブルに肘をついている榎をひっぱたく。
千代「それから、今回はいつもみたいなコソドロや痴漢とは訳が違うから、無理はしないこと。いいね。」
真姫「わかりましたー。」
一年生がわらわらと席をたち、部室をあとにする。
千代「あと、当たり前だけど、今日は練習無しだから。ていうか、全部の部活、自主的にそうしてるらしいし。物騒だからね。」
榎「うわーい。ヒメちゃん、ゲーセン行こー」
真姫「もうちょっと危機感持たないとダメだよ。」
榎「ええー?」
盛り上がる一年生組の声が遠くなり、二年生組だけが残る。
千代「一年生組は、超能力の才能すらないからなぁ…今回はあまり指示は飛ばさないでおこう。」
超能力は超能力を持った人間にしか見えない。
そのせいで、無能力者にとっては、ポルターガイストにしか見えないのだ。
一年生組には超能力も、その才能もないため、物理的な捜査しか行えないのだ。
摩利華「千代ちゃん。」
パイプ椅子から立ち上がり、千代の手を握る。
摩利華「貴女だって、もう、パワーは普通の人間なのだから、無理しないでほしいですわ。」
千代「……わかってる。」
そうは言いつつも、彼女はぶちギレると止められなくなるタイプだ。変なところで頑固で、決めたら利かないところがある。
それをわかっている枷檻は小さくため息をつく。
枷檻「些細なことでも、遠慮なく財閥(うち)のチカラに頼れよ。財閥も、超能力をもつ反犯罪組織を作ろうと画策している。私たちはそのプロトタイプだ。どんな支援が有効か、確かめる必要がある。」
千代「ありがとう。」
枷檻「バッキャロゥ、この町の未来像がお前にかかってるんだ。礼を言いたいのはこっちの方だ。」
吐き捨てるように言いながら、部室をあとにする。
摩利華「では、私たちも帰りましょうか。暗くなる前に。」
千代「うん。」

千代は家に帰ると自室のハンガーラックに手をかけた。
おしゃれに無関心で無頓着なために、あまり多くはない服を1枚ずつ繰って行く。
そして、目的のものを見つけた。
それは、黒いマントだった。
スペアとして用意していたもののため、あまり汚れはいなかった。
千代「二度と…二度と着ることなんてないって…思ってた。」
マントを抱き寄せ、呟く。
千代「お願い、番長ちゃん。勇気を貸して。」
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「愚者の弾丸」 アフターストーリー 老人と少女の結末

歪曲して、世界の狭間に呑まれて行く番長を見送った四人。
サクリファイス「終わったんだな。」
跡形もなくなって、元からそこになにもなかったかのように風景は広がっている。
ミツクビ「偶然かしらないけど、カインドみたいなところにたどり着いちゃったニャン。」
崖の下に広がる穏やかな町には、妖精たちがせっせと花の世話をしているのが遠巻きに見える。
サクリファイス「とりあえずは、ここが安住の地ってことでよさそうだ。」
コッパの手下が通ったルートを使って、町に降りられそうな場所を探す。
マリン「これからはどうするの? 」
ちょこちょことついて行きながら尋ねる。
サクリファイス「ムカつく奴が出るまで、のんびり暮らそうと思うよ。」
ミツクビ「ミィもそうするかニャー。」
すっかり緊張感のない声で呑気なことを言う。
サクリファイス「それに」
急に立ち止まったせいで、マリンはサクリファイスの背中にぶつかる。
サクリファイス「団長がいなくなったから、自警団は解散だしな。何か、不特定のものを守る戦いは、もうしないさ。仲間が傷つけば、やり返すがよ。」
そう笑いかけながら、マリンの頭を撫でた。
多少不満な顔だったが、いやがりはしなかった。
マリン「おじいさんは? 」
無邪気な問いかけがブリンクの方にも向く。
ブリンク「誠に申し訳ありませんが、皆様に謝らなければならないことがあります。」
サクリファイス「ん? なんだよ。」
少し先を行っていたミツクビも振り向き、立ち止まる。
ブリンク「私は、実はれっきとした目的があって、あなた方についていっていたのです。」
ミツクビ「ええー!! 」
マリン「ふーん。」
サクリファイス「そうなのか? 」
驚く様は三者三様だったが、けっして怒ってはいなかった。
ブリンク「おや、てっきり怒鳴られるかな、と思ったのですが。」
悪びれて笑うブリンク。
サクリファイス「今更だろ。邪魔をされた訳でもないんだから。」
淡白な返事だった。
本心からそう思っていないと出ないような、そんなものだった。
サクリファイス「で、その目的ってなんだ?」
再び歩き出しながら、暇潰し程度に聞き返す。
ブリンク「実は、私は星の戦士の正体を知っているのです。」
ミツクビ「ニャニャ、知り合いだったのかニャン? 」
ブリンク「ええ、ここに墜ちて来てからずいぶんたちますから、大部前の話ですがね。」
サクリファイス「その時は生き返る方法を教えてもらわなかったのか? 」
ブリンク「いえ、逆ですよ。彼も生き返る方法を探して旅を始めたのです。」
サクリファイス「だから、今は関わりがないってことか。」
ブリンク「ええ。生き返る方法があると言う噂は以前からあったものですからね。しかし、当時は100人殺せば、なんてはっきりとした情報もありませんでしたから、明確な情報を手にいれるために旅に出たのです。」
サクリファイス「ふうん、じゃあ、番長が確実に生き返る方法を知る確証があったってことか。」
ブリンク「そうなりますね。だからこそ、協力を惜しまなかったところもあります。」
サクリファイス「そっか~。」
ミツクビ「って、ちょっと待ってニャン。」
さっきまで話半分といった顔をしていた彼女が、突如聞き返す。
ミツクビ「じゃあ、なんでマリンが必要なのニャン? 」
サクリファイス「たしかに、言われてみれば。
パラレルを殺すために強力な戦力が欲しいなら、他のやつでもいいのに。」
ブリンク「その答えは、生き返る方法にありました。元々は、星の戦士の噂を聞いたとき、よくないことをたくらんでいるのではないか、と思っていたのですが、探していたマリンさんが、"以前見たことのあるマリン"と違ったので、直接会って目的を訊かなくてはならないと思ったのです。そして、たった先程、パラレルを殺せば生きて帰れるという答えを知って、納得しましたよ。」
サクリファイス「星の戦士のもとにいるはずのマリンの蘇生、ということか。」
マリン「じゃあ、私、殺されるの? 」
怯えた顔になるマリン。
だが、ブリンクは首を横に振る。
ブリンク「少し違います。なぜ、というのは、私たちの正体を知ったらわかるでしょう。」
サクリファイス「なんだよ。勿体ぶるなよ。マリンが怯えてるじゃねぇか。」
ブリンク「……言えば、マリンさんが複雑な気分になると思って、その場につくまで言わないでおこうかと思ったのですが、それもそれでモヤモヤしてしまいますな。」
ブリンクは、マリンの方に目を合わせた。
マリン「……教えて。」
怖いけど、ここまで来たんだ、と腹をくくる。
ブリンク「わかりました。」
立ち止まり、静かに息を整え、話始める。
ブリンク「星の戦士とは、マリンさん…あなたの父親のことなのです。そして、私はそのパラレル。彼は手元にいる私の娘と、この私をそれぞれ対応したあなたと彼によって葬ることで、そろって生きて帰ろうとしているのです。」
マリン「……パパ? パパがそんなこと…。」
目を泳がせて、ワンピースの裾をつかんでもじもじとしてしまう。
ミツクビはやさしくその肩を抱く。
ブリンク「彼は、あなたが死んだあと、敗戦した街の地下で、科学研究に没頭したそうです。もちろん、あなたをよみがえらせるために。」
サクリファイス「自分のために死んでしまった罪悪感からか…。」
ブリンク「しかし、作り上げたクローン技術は、生きている細胞を持っていなければ実行することが出来なかったのです。その頃には、あなたの遺体は当然骨だけになってしまっていました。
クローン技術は、後に始まった、セカンドアースによる植民星化侵略計画に対抗する兵士を作り出す兵器として使われることになってしまいました。
彼は、仇なす星に対抗する、彼らの"星の戦士"という、皮肉にみちた名誉を与えられたのです。
死んでしまったあと、紛争の時に勝利したパラレルである私に出会い、あのとき家に逃げ帰ったのがそもそもダメだったのか、と嘆く彼を励ましました。そのころは、お互い仲も良かったのですが、蘇る方法があると聞くや否や、人が変わったようにそれを追い始めたのです。」
サクリファイス「それで、今に至るわけだ。」
ブリンク「ええ…。なので、私は、彼を止めにいかなくてはならないのです。私の娘を救いたいですし、彼が蘇ったところで、きっとまた過ちを犯してしまう。死を受け入れられない人間が、安易に蘇ってはいけないんです。そしてなにより…。」
瞳を閉じて、優しい声になる。
ブリンク「マリンさんに人殺しなど、もうしてほしくないのです。」
マリン「私もッ」
言葉につまりそうになるが、たくさんの言葉が、仲間を繋げているという想いで、言葉を続ける。
マリン「私も、パパを止めたい。」
ブリンク「…では、共に参りましょう。」
マリンの手をとるブリンク。
その手に、さらに二人の手が重なる。
サクリファイス「俺も行くぜ。」
ミツクビ「ミィもいるニャン。」
ブリンク「いいのですか? 巻き込んでしまって。」
驚きはした、だが、それは要らぬ確認だった。
サクリファイス「みずくせぇこと言うなよ。仲間ってそういうもんだろ? 」
ミツクビ「せっかくなら、最後まで付き合うニャン。聞いて放っておくのもモヤモヤだしニャン。」
ブリンク「ふふ、それではいきましょう。最後の戦いへ。」
マリン「いや、戦いにならない方がいいよ…。」
それもそうだな。と、気さくな笑いが起きた。

町に降りると、カインドに居たような優しげな好青年や町娘が出迎えてくれた。
妖精とじゃれあったりしているのどかな風景の中に、本当に星の戦士が居るのか不安になったが、杞憂だった。
ひとつだけ、妖精の寄り付かない家屋があった。
自然と、人さえも遠ざけていて不気味だった。
ブリンク「行きますよ。」
ミツクビ「いつでもオーライ!! ニャン。」
扉を開けると、眼鏡をかけている、痩せこけた白衣の男性が、椅子に腰かけていた。
白いテーブルには冷めかけた紅茶が残っている。
それに手をかけようとしていたところだった。
だが、マリンを見つけるなり、顔がほころんだ。
星の戦士「あぁ…マリン。」
マリン「パパ…。」
マリンは無防備に駆け寄り、彼のそばに寄る。
彼はそんなマリンの頭を、微笑みながら優しく撫でる。
星の戦士「おかえりなさい。」
こうしてみると、単なるほほえましい親子だ。
だが、ブリンクの存在を確認すると、彼の顔から笑いが消えた。
星の戦士「来てくれると思っていたよ。」
ブリンク「そうですか、呼ばれた覚えはありませんがね。」
憶さずに言葉を返す。
星の戦士「では、約束通り、生き返る方法を教えよう。」
サクリファイス「パラレルの存在を消しゃいいんだろ。知ってるぜ。」
星の戦士「!!? なぜ、なぜ知っている? 」
サクリファイス「知っている人間がお前だけじゃなかったって事だよ。」
星の戦士「そうか…。」
彼は、残っていた紅茶を飲み干す。
星の戦士「お前も、生き返りたいと思ったのか? 」
ブリンク「いえ。」
嫌な意味で予想外、という顔でカップをコースターに戻す。
星の戦士「殺されに来てくれたわけでも無いだろう。」
ブリンク「ええ。」
星の戦士は、怒りを噛み殺し、薬指と親指でこめかみを押さえるように眼鏡の位置を直す。
星の戦士「なぜ、邪魔をする。」
ブリンク「あなたは、あなたの幸せしか考えていないからです。」
星の戦士は、カップの置かれているテーブルに拳を叩きつける。
星の戦士「いいや、違う。幼くして死んでしまったマリンのためだ、そして、私はそれを守らなくてはならない。」
ミツクビは腰を低くして戦闘体制に入ろうとするが、サクリファイスは手を突き出してそれをたしなめた。
ブリンク「わからないのですかッ!!? それはあなたの自己満足に過ぎないのです!! 」
星の戦士「そんなことはない!! 」
ミツクビ「なんでそう言い切れるニャン!! マリンに何も訊いてないくせにッ!! 」
星の戦士「…ッ!! 」
星の戦士は立ち上がる。
そんな彼の腕に、マリンは抱きつく。
マリン「やめてパパ…。パパが殺しをしているところなんて、見たくない…。 」
彼は苦しげな顔になる、だが、震える声で返す。
星の戦士「じゃあ、目を閉じていなさい。パパはね、紛争でいくつもの命を亡きものにしていったんだ。あのときにも話しただろう。」
そう言って振り払おうとする彼の腕に、彼女は必死でしがみついた!!
マリン「そんなパパが大嫌いだったから言ってるんでしょ!! 」
それは、勇気を振り絞った魂の叫びだった。
星の戦士「マリン、お前、生き返りたく無いのか? 」
部屋の隅に、不意に大きな筒のような、柱のような者が現れる。
ブリンク「ああ、なんてことを…。」
それは、ファンタジーによくある、人体培養装置だった。
クローン技術を作り上げた彼への皮肉とも思われるその貌。
その中には、ブリンクのパラレルのマリンが入っていた。
星の戦士「ここにお前のパラレルが居る。お前が彼女を殺し、私がその老いぼれを殺せば、二人でまた生きられるんだ…。2度と、2度とこんなチャンスは無いんだぞ…? 」
マリンは、止めどなく溢れる涙をあごから滴らせながら、掴んでいる腕への力を強めた。
マリン「なんで…。なんで生き返ることにそんなにこだわる必要があるのよ…!! 幸せに暮らすだけなら、ここでもいいじゃない!! 」
星の戦士「あ、あぁ…。」
マリン「だから、やめよう。もう、おしまいでいいんだ。ここで休もう…。パパ…。」
星の戦士は膝から崩れ落ちる。
培養装置のアーツは消え、パラレルのマリンは放り出される。
星の戦士「ごめんよ…。パパ、マリンのこと、なにもわかってなかったよ…。勝手なことばかりしてごめんよ…。これからは、いっぱいお前の願いを聞いてあげるから…。」
彼は涙を流し、マリンと抱き合う。
マリン「じゃあ、一緒に暮らそう。みんなで。」
星の戦士「いいよ。好きにしなさい…。」

こうして、この旅の戦いは全て幕を閉じた。
路頭に迷うコッパの手下たちは、彼らにとってはもう、関わりの無いこと。
始まりの日よのうな、穏やかな空、穏やかな風に包まれて、また、もとの穏やかな生活に戻って行く。

町の外れの岩に、「浦々良 麗」の名前を刻んで────────

アフターストーリー 完

「愚者の弾丸」 EX.LAST 愚者の弾丸

不適な笑みが、フードの暗がりのなかに覗く。
相変わらず男か女かわならない声だし、顔立ちまで中性的だ。
仮面の男「おら、連れてきたぜ。」
コッパ「ご苦労様。二人はもう好きにしていいよ。」
優しくて穏やかな甘い口調で、二人に退場を促す。
仮面の男「ケッ、どうせ"お前の好きにしかならないくせに"。」
そう捨て台詞を吐いて、のどかな風景に向かう。
崖を落っこちるわけにもいかないので、迂回するために岩陰に消えて行く。
それを見送ると、一同へと視線を戻す。
コッパ「一応形式的に聞くけど、マリンをこちらに引き渡す気はないんだね?」
番長「当然だ。いや、渡してもお前は殺すから、どちらだって同じだけどな。」
殺気立つ番長や一同に対しても、コッパは依然として余裕の表情だ。
コッパ「だよねー。ここでうんと言うなら守ってきた甲斐もないだろう。だがね……」
コッパの声色は飄々としたものから、冷たいものへと変わる。
コッパ「君たちは、どうやっても私に勝てない理由がある。」
サクリファイス「んなもん、やってみなきゃ解らねぇだろ。」
その凄みに対してコッパは首を横に振る。
コッパ「しかし、それは同時に、マリンさえ私に近づけないことになる。」
麗「何が言いたい。」
噛み合わない会話、自分が抱えている問題、双方に苛立っている麗は八つ当たりな返しをした。
コッパ「試してみるかい?」
コッパはやってきたそこから動かない。
回りには、ただただシャボン玉。
話を聞いているようで聞いていないのは挑発なのか。
だが、彼らはその挑発に乗ってやる他無かった。
サクリファイス「やってやるぜ!!」
強く地面を蹴り、唾を鎌に変えて槍兵のように突っ切る。
コッパはまた、不適に笑う。

番長「? おい、何突っ立ってんだ?」
サクリファイス「は……?」
今まで走っていたはずのサクリファイスは、元の位置に立っていた。
サクリファイス「??? どうしたんだ、俺…。」
訳もわからないまま、再び走り出す。

だが、またしても、元の位置に戻されていた。
サクリファイス「マジで近付けない…。」
そう漏らす彼に対して、回りは怪訝な眼差しを向ける。
番長「何言ってんだ? お前、"なにもしてないだろ"。」
サクリファイス「お前こそ何言ってるんだ!!? 俺はもう、2階も"戻された"んだぞ!!?」
ブリンク「申し訳ありませんが、私にも、サクリファイスさんは"立ち呆けていただけ"に見えました。」
サクリファイス「一体何がどうなってるんだ!!?」
麗「時を戻す能力か?」
サクリファイス「そうだ、そんな感じ。」
やっと同意の声を聴けて安心するが、コッパは肯定も否定もしない。ただニヤニヤとこちらを眺めている。
番長「─────いや、違うな。」
サクリファイス「はぁ!!?」
せっかく得られた同意に水をさされて思わず過敏になる。
番長「よく考えてみろ。時間を戻しているなら、ボーッと突っ立ってる時間なんて産まれないだろ。その時間が巻き戻るんだからよ。」
サクリファイス「た、たしかに。」
麗「代案はあるのか?」
番長は頷いた。
番長「あいつがやっているのは、"過去の改変"だ。フォスターがやったことを"なかったこと"にしたから、フォスターは何もせずに突っ立ってたんだ。」
コッパは尚も笑った。
コッパ「すごいねぇ。やっぱり、一番危険なのはキミのようだ。」
肯定し、尚も笑った。
"解ったから、何ができる? "
態度がそう言っている。
コッパ「私はねぇ、都合の悪いことだけ無かったことにして、都合のいいことだけ残しておくことができるんだ。でもね、マリンを拐おうとして抵抗されると、さらったこともひっくるめて消さなくてはならなくなるんだ。」
あぁ、なるほど。
これが、再三に渡って見せられた、"瞬間移動"の正体。
奴は、自分が訪れた事実を無かったことにして、戻っていたのだ。
コッパの顔が、シャボン玉に歪に映る。
コッパ「私は、これから君たちが"マリンをこちらに差し出すこと"以外は赦さないからね?」
これが、"勝負にならない"ということだ。
そもそも、戦いなどさせてくれないのだ。
番長「だが、見るとよぉ、そのシャボン玉がアーツなんだろ? それに当たらなければいい。」
そういいはなって番長は操縦を構え、返事を待たずに引き金を引く。
見事にシャボン玉の間を縫って、コッパの脳天に直撃する。
サクリファイス「おおっ!!」
コッパはぐらりと倒れ──────
た、はずだった。
だが、まばたきしてしまったすぐ後、そこには無傷のコッパが平気な顔で立っていた。
コッパ「私は"当たってなどいない"。残念だったね。」
ミツクビ「ふ、不死身かみゃうっ!!?」
コッパ「だからぁ、私には当たらないんだってば。」
麗「そうか、じゃあ、シャボン玉を"割らなければ"いいんだな?」
麗はつむじ風を作ってシャボン玉をひとつの渦に集めた。
麗「これならテメェは無防備だ!!」
麗は大剣を握りしめ、駆け出す。
目の前まで難なく距離を詰め、剣を振りかぶる。
コッパ「はいはい、その手なら他のやつも使ったよ。」
降り下ろされる剣に、新たなシャボン玉を口から吹き出す。

麗「……クソッ!!」
番長「ダメだったんだな。」
麗「あぁ…。」
どうあがいてもそこから動くことができず、何一つなすことができない。
なにかそこに打開策は無いのか?
番長は、記憶の海へと思考を還す。
──────そういえば、千代は、アーツを使っているにも関わらず、姿はほとんど超能力のままだった。
私にも、きっとあのときの能力があるはずだ。
番長「────"再現(エコー)"」
そう、呟いた瞬間、世界は硝子のように砕け散り、その代わりに、ネガポジ反転で真っ黒なモノクロ世界に変わる。
番長(成功だ!!)
かりそめの3秒間がスローで進んで行く。
だが、なにかがおかしい。
何がおかしい?
わかる前に、能力は終わりを告げ、闇は光の点に呑み込まれ、カラフルな元の世界が戻ってくる。
あぁ、そうだ。
この能力はあくまでシュミレーション。
何か目的を持たなくては。
次は、"普通に弾丸を放ったときのシュミレーション"。
番長「"再現"」
その呟きは我が物か解らぬ力への不安か、それへの呪い。
意味もない合図に応え、世界は再び砕け散る。
死んだ世界は、鮮やかなステンドグラスになって偽りの時間のなかで塵になって行く。
番長(やっぱりおかしい!!)
そのおかしさに、ようやく気づいた。
シュミレーションは始まらないどころか、視点は一人称。
本来のこの能力は、シュミレーションを三人称視点で眺めて、相手の攻撃や反撃を先読みする能力なのだ。
しかし、これでは全く機能していない。
番長(劣化してしまったのか?)
途方にくれる。
そんな彼女をおいてけぼりにするように、経過したニセモノの3秒は収縮して行く。
サクリファイス「おい、何かしてるのか?」
行動を消される度にもとに戻ってしまう性質のため、こんな質問が投げ掛けられる。
サクリファイス「番長、さっきからお前、なにかブツブツ言ってるだろ。」
コッパ「…? まて、何かしているか? この私の知らないところでっ!!」
番長「…。」
まだだ。そう自分を留める。
ここで黙れば、ハッタリが成り立つ。
コッパ「やはりお前は危険だ!! この私が殺してやる!!」
そう言って取り出したのは、なんの変鉄もないただの剣だった。
彼は、完璧な防御を持っていながら、憐れなことに攻撃に関しては、てんでダメなのだ。
コッパ「この私の剣がお前を殺すまで、何度だって戻ってやる…。お前は私を不安にさせる。そんなことがあってはならない!!」
じりじりと歩み寄るコッパ。
何度も止めようと飛びかかっては戻される仲間たち。
番長(違うんだ…。)
劣化した訳じゃない。
むしろ、進化しているはずなんだ。
千代の能力だって、"皆既日食"と名付けられた新たな能力が宿っていた。
コッパ「待っていろ…。そのままだ…。」
この能力は、何らかの理由で機能が変化している。
新旧の能力のハイブリッド。
番長「もう一度だッ!! "再現"!!」
世界に漆黒の蜘蛛の巣が走る。
色彩は虚構の世界の主の視界から排除されて行く。
そこで、更なる違和感。
おかしい。
可笑しいんだ。
なんで、モノクロの世界のはずなのに、"自分の色だけ抜けていないのだろうか? "
ていうか、動く。
本来ならありえない。
手を握ったり開いたり。
これはつまり…つまり…?
戸惑う間に、うそんこの世界は排水溝に飲まれる洗面台の水のように消えて行く。
コッパ「なんだ…。なんだよ"エコー"って…。何をしているんだ!! 教えろー!! 」
歩み寄っていたコッパは走り出す。
まずい。時間がない。時間がない? 時間…。
番長「"エコォォォォオオオオ!!"」
わかったぞ。
   世界という薄氷に穴が開く

コッパが過去を操るなら、
   プラスの時間、真っ黒な世界が現在に蓋をする。

私の能力は、
   色褪せぬ乙女は選ばれし銃を握る。

"未来から攻撃してしまう能力"。
愚者の名を授けられた能力の世界で、愚者の双銃から放たれる螺旋の弾丸。
名付けるなら、─────"愚者の弾丸"。
引き金を引く。
こんなもの、単なる合図に過ぎない。
でも、この心は武器だ。
この武器は彼女の心だ。
無機質な合図、収束する黒、その中をイカサマの時間で進む弾丸。
未来から放たれた弾丸は、現在のコッパの脳天をうつ。
コッパ「今更こんなもの…? 」
シャボン玉は弾ける、傷は消え…再び現れる。
コッパ「なぜだッ!! 何故消えない!! 」
コッパを囲むシャボン玉はひとつずつ割れて行く。
番長「無駄だ。お前がいくら戻ったって、その3秒後がついてくるぞ。」
コッパ「なんだよそれ!! デタラメだ!! 」
開いては塞がる傷をかきむしる。
番長「デタラメな能力で居座り続けたクソヤロウはどこのどいつだよ。」
コッパ「嫌だ、消えたくない…。」
番長「お前は死ぬんだよ。本当の意味でな。残ったシャボン玉の数だけ懺悔しておいたらどうだ? どうせ、私たち以外にも私欲でいろんなものを傷つけて来たんだろ? 」
コッパ「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だーーーーーーーーーー!!」
番長「憐れだな。」
シャボン玉を使いきり、戻れなくなったコッパの頭は螺旋に呑まれ、一瞬、ピタリと止まると、四方八方へと醜い肉片を飛び散らした。

もう、番長の興味はコッパではなくなっていた。
番長「教えてくれ。約束だろ? もう、星の戦士なんていう胡散臭い奴に頼る必要もない。
まぁ、確実性を求めるなら、そいつのもとまで行くがな。」
麗は唾を飲んで、空を見上げる。
麗「そっか。なら言ってやろう。」
ふっと、目を閉じる。
それは覚悟か、はたまた逃避か。
どちらにせよ、腹を決めた合図だった。
麗「この世界は、パラレルを…無駄な可能性を消して、生前の世界の歪みを消すために存在している。そして、生き返る方法は、パラレルの自分を殺すことだ。それも、自分の手で。」
番長「そうか。なら、探さなくてはな。」
麗「その必要はない。」
涙声になって、麗は髪留めを外した。
麗「そのパラレルは、俺だ。」
凍り付く。
その場にいる全ての仲間が言葉を失った。
麗「これはお揃いだな。お母さんの形見だもんな。当たり前だ。同じ親だ。俺とお前の違いは、男に生まれたか女に生まれたか。それだけだ。」
番長「やめてくれよ。何いってんだよ。星の戦士の元へいくぞ。馬鹿馬鹿しい。」
麗「オールドマシーナリータウンの魔女なんて聞いて驚いたよ。俺のパラレルでは、違う奴が魔女なんだ。賢者の石、超常現象、話でしか聞いたこと無かったけど、実物見たら本当に魔法だな。」
番長「やめろよ…。」
麗「お前がそばにいるとき、実家みたいな匂いがしてさ…。安心したよ。そりゃそうさ。誰よりも自分に近い存在なんだからな。あの、工場街の片隅に、俺たちは産まれ育ったんだもんなぁ!!」
番長「やめろって言ってんだろ!! 」
また、嫌な静けさが流れる。
番長「麗、そんなおどかしはいいんだ。
本当は違うんだろ? 100人殺せばいいんだろ? 」
麗はその問いに、首を横に振る。
麗「100人くらい殺せば、だいたいそのなかにパラレルが存在している。そんな程度のカラクリだよ。」
番長「…。」
応えないまま、番長は崖を迂回するように歩き出す。
麗「確かめに行くのか。」
番長「…。」
麗「きっと答えは同じだぞ。」
番長「…。」
麗「もし、この答えが間違えていて、消した後に取り返しがつかなくなったら、なんて考えているなら、そんな心配は要らない。」
番長「…。」
麗「…。」
しびれをきらせて、麗は番長に掴みかかる。
麗「迷うなよ…。お前は千代みたいな正義のヒーローじゃないだろ? 仲間を助けにいきたいだけの、悪党だろ? 」
番長「…ッ!! 」
その言葉に頭にきたのではない。
なんの悲しみもしらない、へーぜんとしたその態度が気に入らなかった。
番長「私はもう、大切な人を2人も殺している。
そんな私が、また大事な仲間を殺せるわけ無いだろーーーー!!」
こらえきれずに泣き出した番長の頬を、麗は殴った。
麗「俺だって消えたかねぇよ。」
それは彼なりの覚悟だった。
麗「お前が幸せを掴むときぐらい、明るい顔して送りたかったよ。」
それは彼なりの優しさだった。
麗「でも、ここで俺が消えなけりゃ、お前の生きている仲間を見殺しにしなくちゃあならねぇってことなんだよッ!!」
それが、彼の答えだった。
麗「俺は間違えて存在していたんだ!! 間違え続けるなんて誓ったりもしたんだ!! でも、お前のために消えられるなら、この俺も間違いなんかじゃなくなるんだ。だってそうだろう? お前は俺だ。俺はお前だ。お前がお前らしく生きてくれれば、俺はそれだけで嬉しいんだ。自分のことなんだからよ。」
麗は距離をとる。
そして、両手を広げた。
麗「さあ、撃てよ。お前には、もう、必殺の一撃があるだろう? なに、ふたつがひとつに戻るだけさ。これは殺しじゃない。」
番長「そんな…。こんなのってないよ…。あんまりだ…。どうしてこんな…。」
サクリファイス「あまったれるな!!」
ミツクビ「団長の想いを無駄にするニャ!!」
ブリンク「あなたは死んだままでいいのですか?」
番長「お前ら…。」
サクリファイス「俺たちは、カインドで、夢を見ていた。長い長い夢を見ていたんだ。」
ミツクビ「でも、番長ちゃんのおかげで気付けたニャン。失うものも、残酷なものも、生き物である限りなくならないってことを。」
ブリンク「ですが、いまここで起きていることは、失うことではない。」
マリンは番長の左手を握る。
マリン「これは、始まり。かけがえのない運命の、始まり。」
麗「だがら、銃を出して、引き金を引け。
俺を乗り越えて、やっとお前が始まるんだ。」
番長「…。」
静かに銃は形をつくる。
番長「ありがとう…。」
銃口はゆっくりと対照を捉え始める。
番長「こんなわがままに付き合ってくれて。」
視線が、銃の照準に合う。
番長「ありがとう、仲間でいてくれて、本当にありがとう。お前らがいなけりゃ、ずっと私は誰かを消し続けながら、無意味にさまよっていたよ…。
私の行く道を、照らし続けてくれて…ありがとう。」
引き金が絞られて行く。
麗はもう涙が止まっていて、うっすらと微笑んでいる。
麗「くだらねぇ死にかたなんて、二度とするなよ。」
番長「ああ。二度とお前らに会うもんか。」
完全に引き金は引かれた。
弾丸が飛び出る。
無骨な、銀色の弾丸。
その飛ぶ時間は無限にも思えて、一瞬にも思えた。
世界が歪む。
自分が歪む。
もう、どこにいるかもわからない。

溶けて行く。

固まって行く。

ばらばらになる。

うまってゆく…。

…。

……。

─────────────────ッ!!

ボディスーツの男「たった今のお前なら、稚拙な施設でも能力の行使を妨害できる!!」
周りにはリュックを背負っている奴らが居る。
おそらく、私は死ぬ直前に戻ってきたのだろう。
ボディスーツの男「お前の能力は、お前自身を殺めるために使え。」
番長「・・・・・・・・・。」
シルフィ「判断をあやまらないで・・・。」
陽子「見殺しにされたなんて言わないから・・・生きて・・・!!」
仲間は彼女を心から信頼し、尊敬し、愛していた。
だからこそ――――
番長「"再現(エコー)"」
懐かしい景色は嘘の世界に、一時的に書き変わる。
そして、仲間を人質に取っているやつらを、一人残らず撃ち抜いたあと、黒の世界は呼吸をやめる。
電子「!!?」
気づいたときには、もう、全ての敵の頭はくだけ散っていた。
番長「この"オールドマシーナリータウンの魔女"に、勝てるもんかよ。」

Fin.