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DAI-SONのアレやコレやソレ

創作ライトノベル、「ハーミット」「愚者の弾丸」を掲載。「ハーミット2」連載中。不定期更新です。

「ハーミット2」 ACT.7  ダークブルー・スプリング 少女の暗い暗い青春

陸上部の部室には重苦しい空気が漂っていた。
胸の奥に、焼け付くような痛みを感じている。
やるせなさで膿んだ傷口を憎しみで焼き潰している。
だが、こういうときこそ冷静にならないといけない。
そのため、今日は部活も捜索もしないことにした。
頭を冷やそう。それだけの単純な提案だった。

榎「私たちの…せいなのかな。」
セイラ「…ッ」
購買にある自販機の前で一年生組が集まっている。
マリ「誰のせいってことはないわよ。私のときだって、能力がわかったらすぐ襲ってきたじゃない。」
桜倉「そうだな…。だいたい、あいつは気になることがあると夜も眠れない性格だから、私たちが関与しなくても、ジャーナリズムが働いて首を突っ込んでいたろうよ。」
真姫「たしかに、そう言うところあったね…」
桜倉「ま、誰が悪いとか悪くないとか、そう言う問題じゃあないんだ。」
榎「そうだけど…」
セイラ「クソがッ‼」
自販機を拳で殴り付ける。
セイラ「なんで人が人を殺さなくちゃならないんだよ…ッ‼」
真姫「なんで…なんでみっきーが…」
堪えきれずにあふれでた涙のすじが光る。
桜倉「今ここで考えたって答えは出ない。帰ろう。」

その様子を、二年生組は見守っていた。
枷檻「大分参ってるみたいだな。」
千代「そりゃあね。私たちだって同じ気持ちな訳だし。」
摩利華「当分、あの子達は休ませてあげたいですわ。」
千代「だね…」
枷檻「で、私たちはどうすンだ」
千代「…私が囮になってみる。」
枷檻「……」
摩利華「……」
枷檻と摩利華は呆れた顔になる。
千代はその身で超能力の危険を知っている上でそんなことを言っているのだ。
枷檻「お前がいなくなっちまったら、どれだけの人がどうなるかわかってンだよな。」
摩利華「千代ちゃんはもう、多くの人に囲まれて生きているんですのよ。おわかり?」
千代「だからこそだよ。私は、そんな"みんな"を守りたいからこうやって動いてるんだ。一人じゃできなかったことだよ。」
枷檻「相変わらず無茶苦茶で頑固な奴だよ。」
千代「ぶれたら大事なときに迷っちゃうから。」
摩利華「千代ちゃん…」
千代「さて、夜まで待ちますか。」

夜の北団地を訪れた。
マカアラシの犯人が目撃されたのはこの辺りだ。
強面の青年や、風俗の客引き、刺青のオッサンなど、ヒールな雰囲気を放つ人のラインナップ。
しかし、千代は色々あって顔が利く。
捜索の障害になることはまずないだろう。
なので、遠慮もなしに団地迷宮をさまようことができる。
こんな事をして意味があるかはわからない。
だけど、なにもしないでいるほどクールではいられないのだ。
千代「ま、毎日ここに来ているわけじゃあないか。」
夜風に体を揺らしながら歩く。
夜10時に差し掛かったところで、灯りが減り始めた。
ラブホや飲み屋が軒を連ねるメーンストリートは眠らないものの、路地に足を踏み入れると一転、暗闇が大口を開けている。
黒いマントを揺らして歩く千代はコウモリのようだった。
???「おい。藤原千代だな。止まれ。」
そのコウモリを狙うものの影が、家屋の上で月明かりに照らされている。
ミルクティーを思わせるロングヘアーに、三つ編みのエクステで梯子をかけている。
服装はよく見えないが、あまりヒラヒラとした装飾は見られない。
靴の代わりに足袋のようなものを穿いているらしく、足音を立てずに近づいてくる。
そして、妙な仮面をつけていた。
デザインは、レコードを思わせるものだった。
???「お前に忠告しておきたいことがある。」
声や体型からして、成人女性だった。
千代(マカアラシとは関係ない人間だろう。)
???「超能力をあまり公の場で使わない方がいいぞ。」
千代「どうしてですか?」
???「お前を始末しなくてはならなくなる。」
千代「悪い冗談ですね。言い回しもおかしくないですか?自分勝手に襲おうって言うのに、まるで他人の意思のようですね。」
???「いいや、それは今回が特別だからだ。藤原千代。後に我々のリーダーが誘いに来るだろう。いい返事を期待しているぞ。お前の仲間もきっと、な。」
千代「まるで意味が解らないんですけど。格好つけていないで用件だけを言ってくださいよ。」
???「我々は超能力の価値を守る組織"ブレイカー"。…お前の才能は常軌を逸するものだ。リーダーはお前のその才能を欲しがっている。」
千代「なんですか…その怪しさと厨二病丸出しの設定…」
???「ククク…冗談と思っているのか。まぁ、組織としては、超能力を公の場でひけらかさなければなんでもいいんだが、有能な"家族"が増える方が良い。」
千代「あぁ、駄目だ。話の通じないタイプの電波だ…。」
???「明日以降もここらに来ると良い。リーダーに知らせて急いでもらおう。」
千代「ご勝手にどうぞ。」
???「フフッ」
仮面の女性は不気味に笑うと、屋根から屋根へと飛び移って、視界から消えてしまった。
千代「あんな悪戯に構ってる場合じゃないのに…」

5月13日(水曜日)

マリ『絶対野鳥花姉は何か隠してる』
千代へ直接LINEが来る。
"超能力にはもう関わらない方が良い"という忠告のあと、直ぐに美樹は死んだ。
何か知っているに違いない、とマリは主張する。
偶然と言えば偶然だ。ただ、マリは野鳥花を追いかける口実が欲しいだけだった。
千代「私がここで、じっとしてなさいって言ったら、どうするつもり?」
放課後、鍵のかけられた部室の前にマリを呼びつけた。
デリケートなことなので、面と向かって話した方が良いと考えた結果だ。
マリ「一人でも…行きますよ。だって、納得できないでしょ‼?何も教えてくれないのよ。先輩だったら納得できるって言うんですか?」
千代「できないよ。できないけど、姉として、隠すほどのことに巻き込みたくないって気持ちもわかるんだ。」
マリ「あぁ、先輩、妹さんがいらっしゃるんでしたね…」
千代「うん。事件のことなんて他人事と思っていてくれてるけど。」
マリ「それって残酷じゃないですか。」
千代「どうして?」
マリ「だって、いきなり姉がいなくなって、自分たちのために危ないことしてたのに、何も知らずにのうのうと生きていた自分を許せなくなるわよ…妹として。」
千代「…」
千代の脳裏には妹の顔がよぎった。
何も知らない方が幸せだろう。
そう思って、この"探偵ごっこ"については黙ってきた。
実際、何かしら強い意思に引かれている訳ではない、ただの中学生でいる妹は足手まといでしかない。
しかし、妹が何か間違うとしても、無力だとしても、知らないまま終わってしまったら、怒りや悲しみの矛先をどこへ向けたら良いだろうか。
千代「いや、終わらせない…」
マリ「…?」
千代「いなくなったら悲しむというのなら、生きてやればいいんだ。野鳥花さんだってそういう覚悟でいるはずだ。」
マリ「先輩も、そうやって突き放すんですね。」
千代「…」
マリ「最初から、一人で行けばよかったんだ。」
マリは踵を返す。
千代「待ちなさい」
マリ「私は納得したいだけなんです。どうして止めるんですか。」
千代「一緒に行くよ」
マリ「え…」
千代「目撃現場が近い件同士なんだし、一人でいかせたところで、どうせ会うよ。」
マリ「え?先輩、捜索は中止してるんじゃ…」
千代「ごめんね。傷心してるみんなを巻き込みたくなくて。」
マリ「またそれですか…たしかに、あの様子ならら爪弾きにしたくなる気持ちもわかりますけど。」
マリは歩き出す。
千代「あ、ちょっと待って、夜まで待とう。」
マリ「ん、それもそうですね。目撃は夕方以降ですし。なんなら、どこかで暇潰ししませんか?」
千代「?」
マリ「実は、重い雰囲気になってるから~って、カラオケで気分転換しようって話になってるんですよ。」
千代「大きい声出せば、多少はスッキリするだろうしね。」
マリ「それに、私が入部してから新人歓迎会やってなかったからっていう口実付きだから、主役の私が言えば直ぐに集まってくれるでしょうし。」
千代「そうだね。いいんじゃない?」
マリ「じゃ、LINEしときます。」

セイラ「う゛お゛お゛ん゛」
毎度のことながら、カラオケに行くとセイラはいつも喉を破壊する。
真姫「ちゃんとうがいした?」
セイラ「ゲッホゲッホ‼」
桜倉「おら、おちつけおちつけ。」
マリ「みるくはどうして歌わないの?」
みるく「マイナージャンルが好みなのね~」
マリ「あっそう…」
榎「先輩歌上手いんですね~知りませんでした~」
千代「そうなのかな…自分じゃよくわかんないけど…」
真姫「じゃ、帰ろっか。」
マリ「うん。」
マリと千代は目配せする。
千代「気を付けてね。なるべく一人にならないようにするんだよ。」
真姫「わかりました。行こう、セイラちゃん。」
セイラ「ン゛」
マリ「アーイケナイ財布忘レテキチャツタワー(棒読み)」
千代「本当?取りに行かないと。みんなは先にいってて。」
真姫「?…はーい。」
マリと千代はカラオケの中へ戻っていく。
千代「…ちょっと、何よ今の棒読み…演技下手すぎない?」
マリ「そそそんなことないわよ‼何人の男を揺すったと思ってんのよ‼」
千代「たぶん、棒読みされて機嫌悪いと思われてたんじゃないの…」
マリ「そ、そーんなことなーいもーん‼」
千代「言っておくとさ、マリちゃん、結構思ったこと顔に出てるよ…」
マリ「‼?」
マリは赤面してうつむいてしまった。
千代(そうとう演技に自信があったんだろうか)
マリ「野鳥花姉…そんな私のこと、どう思ってたのかな。」
千代「きっと愛おしかったと思うよ。」
マリ「ですよね…きっとそうですよね…」
千代「じゃ、行こうか。」
マリ「はい。」

北団地は何時来てもいりくんでいる。
昨日とは違うルートを通っているつもりだが、自信がなくなってしまう。
マリ「思ったより寒いですね…」
薄着のマリはプルプルと体を震わせる。
千代「そうだね。日中は大分暖かくなったけど。」
声「止まレ。藤原千代。」
千代「む…」
マリ「‼?」
闇の向こうから声が聞こえた。
マリ「野鳥花姉ッ‼」
野鳥花「──────ッ‼?」
千代「今の声がそうなの?」
マリ「間違いありません。」
野鳥花「待テ。何故マリがここにいる。」
千代「あなたに会いたがっていたので、連れてきました。」
野鳥花「──────フン、取引のつもりカ?」
千代「何のことですか?」
野鳥花はこめかみに指を当てて、ため息をつく。
野鳥花「藤原千代、お前には先日我々の同胞が言伝を残したはずだが。」
千代「本気だったんですか…あれ。」
野鳥花「だからこそ、マリを連れてきて、何か揺さぶりを掛けてくるのかと思ったのだが、とんだ見当違いだったようダ。」
野鳥花はこちらへ歩み寄る。
不気味に薄く笑う顔は宵闇に禍々しく映る。
マリ「野鳥花姉…」
野鳥花「帰レ。」
マリ「…ッ‼」
千代「…」
千代はただ見守っていた。これは姉妹間の問題だ。
マリ「野鳥花姉は、何をどこまで知ってるの。」
野鳥花「もう、超能力には関わるなと言わなかったカ?何度も言わせるナ。」
マリ「そんなんじゃ納得できないよ‼」
野鳥花「だったらなんなんダ。」
マリ「納得いくまで帰らないし、何度だってやって来るよ。」
野鳥花はさっきよりも大きなため息をつく。
野鳥花「お前は強いんだナ…。」
マリ「え…」
野鳥花「馬鹿に強イ。それ故に愚かダ。どうしようもなク。」
野鳥花のスカートから、がらがらと金属が落ちる音がした。
どうやらそれは鉄パイプをぶつ切りにした物体のようだ。
鉄パイプの先端は裂けて五指を作っていた。
それが一斉にマリに襲い掛かる。
マリ「"ミス・フォーチュン"ッ‼」
マリの超能力像は鉄パイプを凪ぎ払う。
しかし、鉄パイプは空中で姿勢を戻し、再び飛来する。
マリ「どうしてここまでするの‼?」
野鳥花「お前が"錠前野鳥花"と会いたがっているのなら、それは叶わぬ願いだからダ。お前の優しい従姉(おねえ)さんはもう、お前の中にしか生きていないのだヨ‼」
マリ「嘘だ‼目の前に居るのに‼」
野鳥花「私は組織"ブレイカー"のリーダーである"鬼丸野鳥花"‼お前の従姉さんは私の中で死んだのダ‼」
マリ「だったら心配なんてしてくれないでよ‼私を突き放すのは、姉としての尊厳なんでしょ‼?」
野鳥花「ッ‼」
マリ「やっぱり…野鳥花姉は野鳥花姉だよ…。教えて、野鳥花姉は何から私を守ろうとしてるの。」
飛んでいた鉄パイプは野鳥花の回りに静止する。
野鳥花「私は人を殺していル。」
マリ「…‼」
野鳥花「この程度でうろたえるのカ?残念ながら、今度こそ嘘ではないゾ。」
マリ「いいわよ。全部教えて。」
野鳥花「私は私とお前の父親である錠前兄弟が許せなかっタ。だが、それ以上に、子供は親を選べないという現実と、その親がすべて悪いのに、そのせいで生じた精神や知恵の成長の遅れを、当人に押し付ける社会が許せなかっタ。」
マリは脳裏に幼少期の記憶をちらつかせ、胸をおさえた。
野鳥花「だから私は逃げ出しタ。錠前兄弟が私たち姉妹に"親の役にたて"と望むなら、全力でそれを否定して、なんの役にもたたない社会の癌(がん)になってやると決めたんダ。」
マリ「だから"社会になんの役にもたたなくていい"なんて言ったんだね。」
野鳥花「そうダ。そう思って、そうやって生きていこうと誓った私には、超能力の才能があっタ。私は直ぐに"これだ"と思っタ。これは、私の反逆の心の現れだと思っタ。だから、この社会に恨みをもつ同胞と共に、この世の中を超能力で思うがままにしてやろうと言う組織を作ったのダ。だが、そうなると、野良の超能力者は邪魔になる。」
マリ「だから、殺してきた…っわけね。」
野鳥花「いかにモ。」
千代「だけど、マリが超能力に目覚めたときあなたはとても悩んだはずです。余計な芽は摘み取りたい、でも、大切な妹を殺すわけにもいかず、かといって、人殺しに巻き込むわけにもいかない…だから、何も知らせない事を選んだんですね。」
野鳥花「オイッ、知ったような口を利くなヨ。」
マリ「だけど、先輩の見解は間違ってないはずよ。」
野鳥花「チッ…」
虫の居所が悪い様子で、野鳥花はつけている手袋のすそを引っ張る。
野鳥花「それで、この事実を知った上でお前はどうするのダ?マリ。」
マリ「今からでも、やり直そうよ。」
野鳥花「なんだト?」
マリ「野鳥花姉の中に、まだ錠前野鳥花が居るのなら、また私と一緒に…」
野鳥花「嫌だ。」
マリ「…ッ‼」
野鳥花は大きな声で遮った。
野鳥花「今更戻れるものか。この社会は人殺しを赦すまい。」
マリ「…もしかして、マカアラシの犯人って野鳥花姉なの?」
野鳥花「違ウ。」
マリ「ねぇ、それなら、人殺しをしていたことも、嘘だったって言ってくれてもいいんだよ…」
野鳥花「私たちは死体をほったらかしにしたりしない。それに、もっとたくさんの人を手にかけている。」
マリ「…」
そうだよね、と言いたかったが、もう強がれそうにもなかった。
野鳥花「わかっただロ。マリ。お前は何も知らなかったことにして、元の生活に戻るのダ。」
マリはとうとう膝から崩れ落ちた。
うなだれて、声を圧し殺して泣いていた。
野鳥花「で、本題に戻ろうカ。もともと従妹(いもうと)をたしなめにきた訳ではないしナ。」
野鳥花は千代の方へ向き直る。
千代「悪いけど、物騒な組織へは入らないよ。」
野鳥花「まぁ、正体を明かしてしまったからには仕方がないナ。お前には、マリの日常を守ってもらわなくてはならぬしナ。」
千代「脅かしてるのはあんたの癖に…」
野鳥花「ところがどっこい、そうでもないんだヨ。」
千代「どういうこと?」
野鳥花「結局のところ、藤原千代、お前を騙してでも頼みたかったのは、マカアラシの犯人の始末なんだヨ。私にとってもマカアラシの犯人は邪魔なわけだからネ。」
千代「犯人について知ってるの?」
野鳥花は不気味に笑い、人差し指を突き出して、チ・チ・チ、と指を振る。
野鳥花「知りたいなら、我々に協力し、世に存在を言いふらさぬことダ。」
千代「取引ってこと?組織をうたうだけはあるね。」
野鳥花「で、受けてくれるのカ?」
千代はマリの方を見る。
マリは未だ心の整理がついていないようだ。
千代「あんたから条件二つ、こっちは情報ひとつじゃ釣り合わないな。」
野鳥花「望みハ?」
千代「"犯人を殺さない"」
野鳥花「チッ…甘ったれが…」 
千代「マリちゃんを共犯にしたいわけ?」
野鳥花「ぬるま湯で生きてきたくせによく吠えるワ。」
千代「交渉成立ね。」
野鳥花「では、マカアラシの犯人の鎮圧を共にこなしていこうじゃないカ。」
千代「ええ。クリーンに、ね。」
野鳥花「そうだナ…立ち話もなんだ。アジトに来ないカ?」
千代「大丈夫?"口外はしない"とは約束したけど、"危害を加えない"とは言っていないよ。」
野鳥花「こちらが腹を割らなければ交渉の信用を欠くと言うだけの話サ。それに、馬鹿の自信過剰ほど悪の肥やしになるものはないゾ。」
千代「ご忠告どうも。」
千代は再びマリの方を見るが、マリは座ってうつむいたままだった。
千代「マリちゃん、立てる?」
マリ「え…?は、はい。」
マリは差し出された手に掴まって立ち上がる。
千代「これからどうする?私は"ブレイカー"のアジトに向かうんだけど。」
マリ「…私も…行きます。」
野鳥花「勝手にしロ…」

5月14日(木曜日)

時刻は24時を回っていた。
普段訪れない夜の町は思ったよりも暗かった。
まだ春の町は虫の声すらなく、風で街路樹の葉の擦れる音と彼女らの足音だけが響いていた。
野鳥花に連れられて訪れたのは、"白樺女子高等学校"だった。
ここは、この町のお嬢様学校だ。千代も摩利華と共にたびたび訪れている。
千代「ここがアジト?」
野鳥花「ククク…」
野鳥花は門にある柵に触れる。
すると、柵は自らグニャリとひしゃげ、野鳥花の通行を許した。
超能力者だと言うことを知っているので驚きはしなかったが、その正体不明さには薄ら寒さを覚えた。
職員玄関までくると、インターホンを押す。
受話器を取る音がして、回線が繋がる。
野鳥花「戻ってきていたか。よしよし。」
相手は返事もせずに受話器を置いた。
少し待っていると、依然見た仮面女が職員玄関の鍵を開けた。
先程の能力を見ていれば、そんなことをする必要など無いと感じるが、恐らくは学校に備え付けられたセキュリティを自分等も使いたいと言う思惑があるのだろう。
仮面女「…そっちは?」
仮面女はマリの事をわかっていないようだった。
野鳥花「かるたから話は聞いているはずダ。」
仮面女はほうと頷く。
仮面女「成る程。それでは。」
野鳥花「さ、来い。」
千代とマリは手招きされるがまま、学校に入って行く。
明かりのついている空の職員室の横を通って、廊下を歩いて行く。
その奥、美術室の奥の壁が仄明るく光っている。
そこには、明らかに回りの景観にそぐわないドアがあった。
千代「なるほどね…アジト自体は超能力でできてるんだ。」
野鳥花「いかにモ。」
野鳥花がドアノブに手をかけようとすると、内側からドアが開かれた。
???「ねぇねぇ、新しいおねぇちゃん?」
野鳥花「残念だが、ただ一時的な協力関係になるだけダ。そんなに気になるなら見ていればよかったじゃないカ。」
ドアから顔を覗かせたのは、そう背は高くない茶髪の少女だった。
組織、と言うからにはもっと堅苦しいものだと思っていたが、イメージとは大きくかけ離れていた。
茶髪の少女「じゃあ、いつか殺すことになるの?」
野鳥花「場合によってはナ。」
茶髪の少女が部屋の中に入って行くのに続いて、千代たちも部屋の中へ。
野鳥花「我が同胞たる家族を紹介しよウ。ま、そこにすわりたまえヨ。」

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部屋の中は雑然としていた。
組織のアジトとは思えないほど生活感が丸出しで、真ん中には木製のテーブルがある。
野鳥花「んと、めんどくさいから名前だけつらつらと言っていくぞ。案内してくれた仮面女が宇茶美(うさみ)、茶髪のやつがかるた、そこのおさげのやつがスバル、そこでパソコンに張り付いてるのがルイ、目付きが悪いのがレイ。あとは外出中だナ。言っておくが、そこのドアは開けるなよ。」
入り口から見て右の壁にあるドアを指差す。
野鳥花「そこに入っている奴は私以外の言うことを聞かない。飼われるのが好きなアブノーマル女が入ってるから、関わりたくないならそっとしておくようニ。」
と、言ったそばからドアが開く。
???「ぎぁあう、ヒヒ、はぁ…はぁ」
ドアから出てきた女は四つん這いで畜生のような振る舞いをする。
野鳥花「こらこらメイジ、今日は客人が来るから脅かすんじゃあないと言っただろうが」
野鳥花はメイジと呼ばれた畜生女をヘッドロックして鼻っ柱に拳を叩き込む。
マリ「ひっ…」
メイジ「ウヒヒ…」
メイジは殴られたにもかかわらずニヤニヤしていて、むしろ喜んでいるようにも見えた。
野鳥花「お前は緻密な作戦なんて出来っこないんだから、部屋で大人しくしていロ。」
メイジ「ウンウンウンウン‼」
激しく頷くと、吸い込まれるように自分の部屋に戻っていった。
マリ「野鳥花姉、何、あの人…」
野鳥花「あいつは親のせいで"暴力を受けないと必要とされてると思えない"やつなんだヨ。でも、手加減して飼ってやらないと死んぢまウ。」
マリ「そんな…かわいそうに…」
野鳥花「そうだよナァ。一般人は、ああいうやつを見ると、カワイソウカワイソウとは言うが、いざ友達になれるかと言われたら、きっと気持ち悪がられるだろウ。あぁ、なんてかわいそうナ。」
宇茶美「同情してもらいに来てもらったわけではないぞ。リーダー。」
野鳥花ははっとした顔をした後、ひとつ咳払いをする。
野鳥花「そうそう、マカアラシについての情報だったナ。」
野鳥花は雑然とした本棚から、クリアファイルをいくつか引っ張り出す。
あれじゃないこれじゃないとめくって、数枚の資料を引き抜く。
野鳥花「犯人は"オラクル"という組織なんダ」
テーブルの上に資料を広げた。
野鳥花「オラクルは本当に厄介な組織でね、目的がわからないぶん行動の予測の仕様がなイ。加えて、超能力を使っていることは確かだから、野放しにもしておけないのだヨ。」
千代「これは…被害者のリスト…」
野鳥花「ウム。そして、こっちがその分布だよ。共通点はわかるかネ?」
千代「いや、さっぱり」
かるた「クスクス…あなたほんとに役に立つの?」
かるたは千代の前にまわり、テーブルに頬杖をつく。
野鳥花「数日前まで私たちみんな知らなかっただろうに。」
スバル「かるた、鬼丸さんの邪魔しちゃダメだぞ。」
かるた「はい、先輩。」
???「センパイ‼センパイ‼」
天井近くに吊るされた鳥かごがガタガタ揺れる。
中に入っているインコが鳴いているようだった。
インコ「ミッキーチャン‼ミッキーチャン‼」
ルイ「ちょっと…気が散るじゃないのよ…」
あまりにも和気あいあいと会話しているせいで、思わず組織のアジトだということを忘れかける。
インコ「ソータクン‼ソータクン‼」
千代「ちょっと待って、ソータクンって、"風上草太"のこと‼?」
野鳥花「ん?あぁ、あのインコは死人の名前を覚える癖があるんダ。気にするナ。」
マリ「じゃあ、ミッキーチャンは…」
レイ「茅ヶ崎美樹で合ってるよ。私たちは、彼女のお陰で、オラクルの傾向を知ることができた。」
インコ「ジョエルクン‼ジョエルクン‼」
かるた「こら‼め‼」
インコ「ジョジョーーッ‼」
ルイ「納期近いんだから勘弁して…」
千代は常人のようなやり取りをする非常人を横目に、話を続ける。
千代「それで、その傾向とは?」
ルイ「"情報"だよ」
千代「えっ…」
ルイは陰険な顔をようやくパソコンから離す。
ルイ「以前、私のPCがハッキングを受けたのよ。」
長い紙を体の前に持ってきている彼女は、それをわさわさと撫でながらもじもじと話す。
ルイ「世の中には我々ブレイカーの存在を知るものは少ない…のに、どの心当たりを遡っても、犯人を見つけられずにいたんだ。だから、最初は無差別な愉快犯だと思っていた…。でも、被害者が増えるにつれ、"人を狙った事件"と"物を狙った事件"のパターンがあることに気が付いたんだ。私のPCは、その琴線に触れたみたい。」
レイ「物を狙った事件は、地図の△の印だ。ほら、わかるだろう?」
千代「書店や民家…あと展覧会の開催されていたホールに美術館…」
マリ「全部屋内ですね。」
レイ「そして、○印のついた地点が、人を狙った事件だ。」
千代「人気の無さそうな場所ばかり…」
レイ「そうだ。だが、それではまだ現場の共通点はでしかなかったんだ。」
野鳥花「そこで、茅ヶ崎美樹の死、ダ。」
ルイ「茅ヶ崎美樹の能力は、サイコメトリーで合ってるわよね。」
千代「うん」
ルイ「犯人は"人を狙った事件"で、"サイコメトリー系の超能力者"を狙っていたの。そして、死体は全員頭部を切断されていた。」
野鳥花「つまり、ダ。"物を狙った事件"では"物理的な情報"を、"人を狙った事件"では"情報を手に入れる能力"を集めていたのだヨ。」
マリ「そんなことして、いったい何を…」
野鳥花「降霊術、とか言っていたナ。」
千代「…は?」
スバル「ふざけてんのかって思うなら、当人に言ってくれよ。尋問したら、そう言ったんだ。」
マリ「降霊術の為の資料を集めているってこと?」
かるた「あーんちょっと違ーう。どうやら降霊術っていうのは超能力みたいでね、話を聞く限り、"情報から人を作り出す"能力らしいのよ。」
宇茶美「サイコメトリーなら、文字に書き起こせないほどの、詳細な行動の情報が手に入るから欲しがったんだろう。」
ルイ「そして、そのために集めたサイコメトリーの脳はデバイス化されてるらしい…デタラメだなぁって思うけど、少なくともクラッキングしたオラクルのメーラーから、そういう情報が読み取れた。」
マリ「先輩…私、頭がおかしくなりそうです…」
かるた「あらー。なんか、鬼丸さんが妹さんを巻き込みたくないって言ってた理由がわかる気がします。」
スバル「ああ。彼女はまともすぎる。どうして毒親のもとに産まれてあんなにまともなんだろうなぁ。」
千代「諦めなかったからだよ。」
スバル「…?」
千代「マリちゃんはまっとうな努力で社会に反逆していたからだよ。それがお姉さんとの違いだと思う。」
かるた「うわぁんやだぁこいつキモ~い。明るい社会の味方が居るとじんましんがでちゃうよ~。ねー先輩。」
かるたはスバルに抱きつく。
スバル「仕方ねぇよ。それで幸せと思えるやつらなんだから。私らには理解できないよ。」
野鳥花「理解する必要はなイ。また、私たちも理解される必要もないのだからナ。」
かるた「あーんさっすが鬼丸さーん‼悪のカリスマよー‼」
野鳥花「ま、それでだな。ここからが一番重要になるわけダ。」
千代「そうだよね。相手側がなんの情報を求めているかわからないと、先回りのしようがないわけだし。」
野鳥花はコホン!とひとつ咳払い。
野鳥花「笛音番長」
千代「えっ‼?」
野鳥花「よい反応ダ。」
千代「番長ちゃんのこと、知ってるの?」
あり得ない。
何故今?何故こんなところで出てくるのか?
野鳥花「降霊術の対象だよ。オラクルは必死になって笛音番長の情報を集めている。」
千代「何で‼?」
野鳥花「知らんよ。だが、お前は知っているのだろう?お前は狙われているのだからな。」
千代「…」
マリ「そんなにすごい人なんですか…?」
千代「私がこうやって、町を守ろうって思うようになったのは、番長ちゃんが勇気をくれたからなんだ…」
野鳥花「恩師だったカ。たが、それだけではないはずダ。」
千代は心当たりがありすぎた。
千代「番長ちゃんは、」
知りすぎていたのだ。
千代「未来人なんだ。」
ルイ「おおっ、おいおいおいおいおいおいおいおい‼それはほ、本当な訳か?そマ?マ?ソースは?解説キボンヌ‼」
ルイは今までが嘘のようにグイグイと近寄ってくる。
ルイ「ほあ、もちつけ漏れ…手のひらに素数を書いて飲み込むんだ…いや…これマジアフィ稼ぎ放題だろ…本人確認ができたらさんざんもったいぶって荒稼ぎしてドロンしてやる…」
千代「番長ちゃんはもう未来に帰ったから居ないんだよ。」
ルイ「は????なにそれずるくない‼?いつの時代のオカルト特番だよ‼ジョン・タイターかよ‼平日の7時にでもやってろよ‼はぁ…期待して損した…」
勝手にひとしきり騒いだあと、またPCの前に戻ってしまった。
マリ「あの人ってあんな声出すんですね…」
野鳥花「気にするナ。ああいうやつなんダ。デ?続きを頼ム。」
千代「えーと、かいつまんで私との関係を説明すると、未来から送られてきたアイテムのせいで私は超能力バトルロワイヤルに参加させられて、その時に会ったのが番長ちゃんなんだ。で、なんで関わり合いになったかって言うと、そのバトルの景品がタイムマシンだったんだ。で、未来人の番長ちゃんは自らの目的があって過去であるこの時代にやって来たんだけど、タイムマシンが一方通行だったってんで返れなくなって、都合よく開催されていたバトルに参加したわけ。最終的にその景品のタイムマシンで未来に帰ってめでたしめでたし。というわけ。」
野鳥花「ふーん」
野鳥花は淡白な返事をする。
野鳥花「と、なると、彼らの野望は…」
ルイ「タタ、タイムマシン…‼?」
野鳥花「一度産まれてしまえば、世界はメチャクチャだナ‼ワッハッハ‼」
ルイ「それで?どうするんだい。」
野鳥花「決まっていル。その計画、阻止して見せよウ。この世を掻き乱して良いのは我々だけダ‼」
千代「で、ちょっと言わなければいけないことがあるんだけど。」
かるた「何よ。」
千代「番長ちゃんについての記憶をサイコメトリーで追うのなら、摩利華ちゃんも枷檻ちゃんも狙われるはずだから、遠くから観察しておいて。」
野鳥花「かるた、頼んだゾ。」
かるた「え?まぁ、鬼丸さんの指示なら仕方ないなぁ…。あとで顔を覚えておかないと…。」
宇茶美「さて、そろそろ帰してやらなければ明日の生活に響くのではないか?」
野鳥花「そうだナ…。では、成果が上がり次第また招集するとしよウ。」
マリ「ねぇ、野鳥花姉。」
野鳥花「ン?」
マリは目を会わせずに話しかける。
マリ「タイムマシンがあったらさ。私たちがこうならないように出来るのかな。」
野鳥花「…。」
野鳥花は何も答えなかった。
返す言葉が浮かばなかった。
ただ、胸の奥にしこりを覚えただけだった。
マリ「なんてね、私、そろそろ姉離れしないと、ダメだよね。」
野鳥花は目を閉じて、拳を握りしめた。
マリ「頑張って、マカアラシなんて終わらせようね。野鳥花姉。」
野鳥花「アア。」
千代とマリは宇茶美に連れられてアジトを出た。

「ハーミット2」 ACT.6 真夜中に疾走す

マリはテレビを点ける。
ニュースは「マカアラシ」についての特集が組まれていて、朝ごはんが不味く感じる、どんよりとしたラインナップだった。
最近は行方不明も多く、関連があるのではないかという報道テロップが嫌でも目に入る。
マリ(世間は死人騒ぎで昨日まで話していた友人は原因不明の家出か…)
ヘアゴムを外すのも億劫で、結びっぱなしの髪を気休めにとかす。
今まで見たことがないくらいぼんやりしている自分が鏡の中に居るのを見ると、今起きている事の重大さまでぼんやりしてくる。
マリ「いや、ぼんやりしてたら、遅刻するでしょーーーーー‼」
どたばたとキッチンに駆け込む。
仕方がないので朝御飯はレタスを毟って食べ、トマトをまるごと1つ食べて、胃の中でシンプルサラダを作って済ませた。
マリ(GORILLAだ私…)
下着を変えないのはさすがにまずいと思い、下着と靴下はとりかえた。
バッグにちゃんと今日ぶんの教科書が入っていることだけはしっかり確認して、玄関へ。
途中、スカートのチャックを閉め忘れていたせいで、スカートがずり落ちてくる。
マリ(あれ…?この自分の余裕のない姿…今までと変わんなくない?)
情けなさをしみじみと感じつつも、自宅をあとにした。

真姫「マリっぴLINE見た?」
マリ「ひととおり、ね。」
何も知らないクラスメイトは、単なる欠席だと思っていて呑気なものだが、ホームルーム後の廊下に集まる陸上部の面々だけは暗い面持ちだった。
真姫「ねぇ、朝、ニュースでさ、マカアラシは殺人だけじゃなくて失踪事件にも関与してるんじゃないかって言ってたよね。」
マリ「そうね…」
真姫「先輩たちって、こういう覚悟をした上でああやって動いてるのかな…」
マリ「やめてよ。まだセイラがどうなったかわからないんだから。それに、覚悟しているんだとしたら、失う覚悟じゃなくて、失わない覚悟だよ。」
真姫「そう…だよね…」
気まずい沈黙が嫌な間を作る。
そこにいる誰もが、どういう顔をしていいかわからないでいた。
榎「あのさ、お昼、購買行かない?」
みるく「うん…」
榎「…」
みるく「あのっ」
榎「あのさっ」
みるく「…」
榎「…」
マリ「あんた、空気読みなさいよ‼そんなこと言ってる場合じゃないでしょ?」
榎「ぅええっ!!?」
桜倉「まぁまぁ、そうカッカするなよ。煮詰まってるから気をほぐそうとしたんだよ。」
マリ「えー、あー…。うーん…」
桜倉「だからよ、昼休みは購買行ってから先輩たちと話そうよ。」
真姫「頭に栄養回さなきゃだね。」
桜倉「そーゆーこと。」
チャイムが鳴る。

生徒会長「昨日の事件はどうだったのだ。」
昼休み陸上部は生徒会長の居るクラスを訪れたのだが、超能力がらみの話もしなくてはならないため、生徒会室に移動することとなった。
生徒会長はビールかごをうまく積んで、必要な書類を棚からピックアップする。
千代「それについての報告書です。」
千代はルーズリーフの束を渡す。
生徒会長は引き出していたファイルをビールかごの上に置いて、それを受け取り、斜め読みにする。
生徒会長「ふむ…麻薬密売の温床になっていたのか…ここからは警察に任せるしか無いな。」
生徒会長は空のクリアファイルにルーズリーフを納め、ノートパソコンの横に置いた。
生徒会長「それで?わざわざ全員で来るなんて、野暮用ではないみたいだが。」
千代「全員…じゃないんですよ。」
生徒会長「ん…確かに一人足りないな。たしか、田島とか言うやつだったな。めちゃくちゃ足が速くておりんぴっきゅに出るのではないかと言われていたな。」
途中、うまく発音できなかってので、軽く咳払いをした。
生徒会長「む、不吉な。さしては田島の身に何かあったのだな。」
いつもしゃべり方を馬鹿にして真面目な話をちゃかす電子が何も言わないところをみて、事の重大さを看破した。
生徒会長「数日前は工業高校の"風上草太"という生徒が行方不明になったらしいが…」
枷檻「いや、まだ何もわかっていない。いなくなったってこと以外、何も。」
生徒会長「警察は何と?」
枷檻「それが、何故だが解らんが、親は通報しなかったらしいんだ。」
真姫「あっ、あの…いいですか?」
陸上部のかたまりの後ろの方から、控えめに手を挙げる。
生徒会長「いいぞ。」
真姫「実は、最初にセイラちゃんの失踪に気づいたのは私なんです。」
千代「最初にLINEが来たときは、質の悪い冗談かと思ったのが記憶にのこっているよ。でも、母親は寝ていたの?」
真姫「そのお母さんなんですけど、セイラちゃんのお父さんって亡くなっているじゃないですか。その時から、心を病んでしまっていて、様子が変みたいなんですよ。」
生徒会長「それは気の毒に…」
真姫「セイラちゃんが言ってたんですよ。時々、お父さんの分まで食事を作って帰りを待っていたり、スーツやネクタイにアイロンをかけていたり、突然ファミレスにいって二人ぶんの食べ物と食器を用意させて店員さんに変な目でみられたり…だから、お母さん、今もちゃんと生活できてると思っているんじゃないかって。現に、私もお母さんにセイラちゃんと勘違いされて困ったこともありますし…」
生徒会長「唯一同居している母親からのSOSが無いため、学校も警察も動いていない…と。」
凶子「その前に、警察は動けないでしょうね。」
枷檻「何でだ?」
凶子「母親が幸せな幻覚を見ているとしたら、"娘なら居ますよ"って警察を追い返してしまうでしょう。そうでもなかったら、私たちが通報さえすれば、捜査のメスは入っていてもおかしくないと思うけれど。」
千代「今日中は私たちで探します。明日になったら、学校側と相談してみましょう。」
生徒会長「ただの家出だといいのだが…何か手がかりはあるか?電子。」
電子「ええっ、何で私!!?」
生徒会長「さっきから静かだからだ。お前らしくもない。」
千代「そういえば、密売人と思わしき人を警察に突き出したあとも、一緒だったんですよね。」
電子「あぁ、最後にあいつを見たのは私だろうな。」
生徒会長「どんな様子だった?」
電子「どんなって…そりゃ…」
口元に手を当て、少しの間が開く。
電子「『失った物っを取り戻せるか?』って、聞いてきたんだ。」
千代「‼」
電子「私、なんの気も使わないで、あっさり『出来ない』って答えちゃったんだ。きっと、あいつはそれで傷ついたんだ…私のせいだ…私のせいだ…」
電子は泣き始めてしまった。
生徒会長「電子、それはお前のせいじゃない。」
電子「でもぉっ‼」
千代「セイラちゃんね、犯人をやっつけても自分には何も帰ってこないって言って、我慢してたんだ。」
電子「え…?」
千代「怒りのやり場も、悲しみのやり場もなく、父親に甘えられなくて、病んだ母親を世話していて、それでいてプロのアスリートになるためにプレッシャーにも耐えてたんだ。」
マリ「ウソ…それなのに私なんかの心配してくれてたの…?」
真姫「…ッ!!」
千代「これは誰のせいでもない。強いて言うなら、バイパスの狂気の犯人のせいなんだけどさ。今はそんなことどうだっていいんだよ。」
電子「そんな…こと…?」
千代は頷く。
千代「早くセイラちゃんを助けてあげなくちゃ。」

放課後、部室に陸上部+摩利華を集め、緊急会議を開いた。
それぞれ、授業をまともに受けなくてはならないことに悶々としていたため、やっと動けたことへの安心感と、時間がたちすぎてしまったことへの不安感があった。
摩利華「話は聴きましたわ。こちらの人間もいくらか差し出します?」
枷檻「うーん…こっちの部隊も積極的に出していきたいんだが、超能力が関与しているという実態がない以上、曖昧な指示しか与えられないしなぁ…」
地図を広げ、ああでもないこうでもないと、いたずらな会話をする。
マリ「人員が多く確保できるならローラー作戦はどうですか?人探しの常套手段ですよ。」
凶子「それは森などの地形で、ある程度捜索範囲が限られている場合に行うものよ。町規模のローラー作戦を、警察や自衛隊の関与無しに行うなんで無茶よ。」
みるく「突然、町を横一列になって歩いている人たちを見たらみんなびっくりなのね~」
摩利華「そうですわね。住民を不安にさせない配慮も必要ですわ。」
榎「美樹ちゃんの能力を使えばいいんじゃない?」
真姫「それがね~、みっきー今日お休みなんだ。家に電話しても留守電だし、病院じゃないかなぁ。」
枷檻「と、なると最後に頼りになるのはやはり千代か。」
桜倉「どうしてですか?」
摩利華「千代ちゃんの能力は、『隠者』という本質から形成された能力群なの。元々は時おり行使している"気配を消す能力"だけだったのだけれど、外的刺激によって強力なパワーと、それに伴う能力が覚醒されたのですわ。
しかし、その刺激は今は失われてしまって、破壊的なパワーは消滅し、覚醒した能力が残りかすとして今も残り続けているのですわ。」
電子「んーーと、よくわかんないけど、2つ能力を持ってるってことか。」
檀「1つの能力が2つの役割を果たすってこと。」
凶子「それで、その便利能力とは何なの?」
千代「"真実に辿り着く能力"です。」
榎「かっこいい…」
枷檻「そうは言っても、ただの探し物の能力だけどな。」
摩利華「千代ちゃんが知りたいとした真実は、何でも知ることがでますわ。たとえ、そこに行くまでにどんな犠牲を払うとしても、また、その結果が望まぬものだとしても…。」
マリ「変な含みで脅かさないでくださいよ~。」
摩利華「脅しなんかではありませんわッ!!」
普段、まったくの穏やかで、物腰の柔らかい摩利華が声を荒げたので、一年生組と三年生組は竦み上がってしまう。
摩利華「最悪の事態だってあり得ますのよ。その結果を知ることで、千代ちゃんの身に何かが起こることだって…」
千代「大丈夫だよ。そんなことはさせない。させないために、立ち向かうんだから。」
千代は地図に、区域ごとに赤ペンでグリッドを引く。
この町を四分割した形になった。
その四角の中に、名前書いて行く。
A.檀、真姫 B.電子、マリ C.榎、みるく D.桜倉、凶子
千代「これがチームわけ。私は町の外周をまわるから。枷檻ちゃんと摩利華ちゃんは、何か起きたときにフレキシブルに対応できるように待機してて。」
枷檻「ああ。」
摩利華「ええ。」
千代「何かヒントを獲次第、グループLINEで報告すること。いい?解散ッ!!」

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榎「先輩ってホントすごいよね~。三年生を差し置いて指揮してるし、あのパワフルなハートときたら、到底真似できないよ。」
榎とみるくが担当している仮定区分:C区域は比較的安全な場所だった。
お嬢様学校の白樺女子高校があるセレブ街で、大きめの一軒家が軒を連ねている勝ち組の棲みかなのである。
ここいらで有名なのは、オープンカフェ"みのむし"で、少し値のはるオリジナルブレンドのコーヒーが、うら若き令嬢(レディ)から年の功を武器にする淑女(マダム)にまで、幅広く大人気だ。
ランチセットならリーズナブルなので、庶民でも気軽に訪れることができる、客層にたいしても実に"オープン"なカフェだ。
日が沈みかけ、歩き疲れた二人は、その店へと立ち寄っていた。
みるく「榎ちゃんは先輩のこと好きなの?」
榎「うん。」
みるく「だいすき?」
榎「うん!!」
みるく「おっぱい大きい方が好き?」
榎「ぇあぁ、いや、そういう好きではないよ。先輩として尊敬していて、人として好感が持てるって意味。」
みるく「まぁ、わかってはいるの…」
その言葉っ切り、押し黙ってしまう。
部活で多く体力を使うために、歩き通しなんていうのは平気な部類になってきていたが、心の疲労はピークに達していた。
店員「お待たせいたしました、ハンバーグセットと、サンドウィッチセットになります。」
榎「は、はいッ!!?」
店員「お、おまちがいありませんか?」
榎「あ、はい。すみません…」
普段は楽しいはずの食事も、今の自分をリフレッシュさせてはくれなかった。
みるくも食が進まないのか、浅くサンドウィッチをかじっている。
榎「あのさ、私たち、ホントに先輩たちの力になれてるのかな。」
みるく「ん~…」
頭を抱えながら悩む二人のところへ、女性が一人寄ってきた。
女性「あの、相席していいですか。」
榎「どうぞ。お構い無く。」
女性「失礼します。」
女性は椅子のそばにトランクとイーゼルを置く。
榎「画家さんなんですか?」
女性「ええ。この辺りの景色を描いたり…ってそれどころじゃないの。今、人探しをしているのよ。えっと、私の弟なんだけど、その、えーと…」
榎「落ち着いてください。」
みるく「深呼吸するのね。」
女性「そ、そうね。」
女性は大きく深呼吸をする。
榎「それで、どんな人をお探しですか?」
女性「私の弟で、声は低くなくて、地味なカッコしてて、やせ形で、身長は私と拳ひとつ違うだけで、そんなに高くはないわ。」
みるく「いや、お姉さん自身、充分長身なのね…」
女性「そ、そうかしら。で、見たことは?」
榎「無いなぁ…」
女性「そう…ごめんなさいね。」
榎「いえいえ。こちらこそ力になれませんでした。私、やっぱり人の役に立つことが出来ないのかな…」
女性「私も自分について、よくそう思うことがあるわ。あわてんぼうで、要領が悪いって怒られるのよ…」
榎「似た者同士なのかもしれませんね。」
みるく「お姉さんお姉さん、あと、こっちも人探しをしているのね。」
女性「どんな…?」
榎「えっと…髪が群青(あお)くて…足が速くて…えと…」
女性「ごめんなさい、私も見なかったわ。」
二人はため息をつく。
女性「あ、そうだわ。似た者同士ついでにこれをあげるわ。」
女性はトランクからロケットペンダント(開閉するペンダントで、写真を入れておく小窓がついている)を取り出す。
普通は、人の写真を入れておくところ、小さな絵画が嵌め込まれていた。
夜のように暗い町並みが繊細に描かれている。
女性「これを見せれば、弟は私のことがわかるはずだから。」
榎「あー、なるほど。気になる人がいたら見せてみます。」
女性「ありがとね。」
みるく「あ、あの、連絡先を教えてくれれば、すぐに伝えられるのね。」
女性「ごめんなさい、実は、家に携帯電話を置いてきてしまって…」
みるく「では、泊まっているホテルでも…」
女性「公園の隅で野宿してるの。」
榎「えぇ…よく悪い男の人に襲われませんでしたね…」
女性「そうねぇ…画材ばかりだから、金目のものが無さそうだと思われたのかしら。」
榎「多分奇跡だと思うんですけど…」
女性「ふふふ、その奇跡で弟も見つけられればいいのだけど…」
女性は、こちらの手元をみて、不意にハッとした顔になる。
榎「どうしました?」
女性「いけないわ、このままだと冷やかしになってしまうわ。店員さーん‼」
二人は苦笑した。

千代はポケットの中のスマートフォンバイブレーションを察知する。
LINEに通知が来ていた。
檀『場所は解らないけど、スクーターの盗難があったみたい。ボランティアの人に聞いたんだけど。』
千代「盗んだバイクで…まさかね。」
千代は町の東端に位置する川原に来ていた。
昔はよく宝探しや冒険をしたこの川も、この年になって来てみれば、たいした距離もないものである。
川の水は一見きれいに見えるが、決して飲めたものではない。
立ち止まってよく覗いてみると川の底や浅瀬に、たくさんのゴミが沈んでいる。
中身を失った黒いゴミ袋、パンクした車のタイヤ、もう映らないブラウン管テレビ、割れたガラス瓶、ふやけたコンドームの箱、錆び付いた電球のソケット、片側だけのサンダル、破れたガスボンベ、パチンコ玉、崩れかけたアダルト雑誌、底の抜けたバケツ、レアリティの低い昔のトレカ…
その隙間を縫うように黒ずんだ鯉やブラックバスが泳いでいる。
昔は、ここにあるゴミすべてが興味の対象だったものだ。
ここにある不思議すべてが友達だったものだ。
ここには、滅多に人が来ないから、人と遊ぶことが出来なかった千代にとっては、絶好の遊び場だった。
千代「一人でふてくされるなら、ここが一番だと思ったんだけどな。」
あの頃の記憶に立ち返り、急に寂しさが込み上げてきた。
幼い頃の自分が、とても痛々しく映った。
ひとりぼっちで当然だった。
それが当たり前だったはずなのに、何故だろう、あの頃には二度と戻りたくなかった。
毎日ここに来て遊ぶ日々が、あんなに幸せと感じていたのに。
千代「昔なら、もう帰る時間だっけかな。」
川の水面が夕焼けでチラチラと輝いている。
その時千代は自分が泣いていることに初めて気付いた。
千代「ひとりぼっちって、本当はこういう気持ちなんだね。」
過去の自分に語りかけるように呟く。
千代「セイラちゃんもきっと、ひとりぼっちじゃ寂しいよね。」
千代はふたたび川沿いを歩き出す。
頬を伝い濡らしていた涙を拭いながら。

日は完全に落ちた。
今日はみんな探索を打ち切った方がいいのではないかというムードが流れた。
今夜帰らなかったら今度こそ警察へ。
そういう方向へ話が進んでいた。
千代が南団地辺りを歩いていると、変わった衣装を着ている女性を見つけた。
千代(ボランティアの人…か。)
ここ数年で爆発的に会員数を増やしたボランティア団体、『ディフェンダー』。
地域の慈善活動に触れたことのある人間なら、1度は耳にするであろう団体だ。
とは言うものの、千代もポスターで見たことがあるだけで、詳しいことは何も知らない。
ボランティアの人だし、悪い人では無いだろう、というだけの認識だった。
ディフェンダーの人「そこの君」
千代「私ですか?」
こちらの姿を見つけるなり、呼び止められる。
ディフェンダーの人「君しか居ないだろう。回りをみたまえよ。」
千代「そうですね。」
ディフェンダーの人「で、こんなところで何をしている。こんな時間、こんなところには何も無いぞ。川の方角から来たみたいだが、不法投棄か?」
千代「人聞きが悪いですね…それでも慈善団体ですか?」
ディフェンダーの人「はは、すまない。本気で疑ってなどいないんだ。ちょっと不審な動きをしないか見ただけだよ。」
千代「もしかして、『スクーターの盗難』の件ですか?」
ディフェンダーの人「む、君は何か知っているのか?」
千代「いえ、むしろそれについての情報が欲しいんですよね。」
ディフェンダーの人「被害者の知り合いか?」
千代「えーと、複雑な事情で…」
ディフェンダーの人「こっちだって遊びじゃあないんだ。ちゃんと話してくれ。」
千代が一連の件について話すと、ディフェンダーの人はただ頷いた。
ディフェンダーの人「その家出少女が犯人かも知れないと言うことか。」
千代「はい。」
ディフェンダーの人「ならば、探してもらわなくてはな。スクーターの盗難が起きたのは白樺女子高校の辺りだ。
…といっても、我々が昼に散々探したわけだから、とどまっていると言う希望は薄いがな。」
千代「ありがとうございます。」
ディフェンダーの人「いやいや、その女子もかわいそうではあるが、窃盗についてはしっかり謝罪して、司法に裁いてもらわなくてはならないからな。くれぐれも勘違いするんじゃないぞ。」
千代「わかってます。私からも、しっかり言っておきますから。」
ディフェンダーの人「気を付けてな。」

白樺女子高校は最凝町の外れに位置するが、千代が直感的に探りをいれたのは、そのまた外れの山道の入り口だった。
おそらく、人のいないところに行きたがるよな、と思ったのと、能力が機能しているのなら、こういうときの勘は信じるべきなのだ。
ガードレールを伝い、暗闇の道を進んで行く。山は寝静まり始め、うすら寒い風に木々の葉だけが鳴いていた。
千代は、マントを着ているお陰で、春風程度ならへっちゃらだった。
その黒き背中は、山道の暗闇を恐れることなく進む。
震えることも、弱音をはくこともなかった。
ただ、やり場のない孤独を埋めてあげたいと、たったそれだけの気持ちで進む。
千代「…………見つけた」
スクーターと共に横たわる少女が居た。
長らく横たわっていたのか、蟻やハエが好き勝手に体を這っている。
千代はそれをシッシと追い払う。
セイラ「先……………輩………………」
唇がわずかに動く。
しんと静まり返った山道の中では、そんな些細な声さえはっきりと聞こえる。
千代「…」
セイラ「…」
千代はセイラを抱き締めた。
強く強く抱き締めた。
疲弊しきったセイラの体にミシミシと痛みがほとばしるほど強く抱き締めた。
千代「このままいなくなっちゃうかと思った…」
セイラ「……すんません…」
千代「私、セイラちゃんが我慢してるのに気づいてあげられなかった…」
セイラ「……」
千代「でもッ‼居なくなったりしちゃダメでしょ‼何考えてんだ馬鹿‼」
セイラ「だって、わかんないよ、こわいよ。パパもママも…助けてよ…」
千代「だったらわかるでしょ…私たちだって、セイラちゃんが居なくなったりしたら、同じ気持ちになるんだよ…
私たちが突然居なくなっても、セイラちゃんは何も感じないの?」
セイラ「やだ……先輩……一緒に居て……」
千代「なら、一緒に居てあげるから、苦しかったら苦しいって言ってよ…友達でしょ?」
セイラ「でも、どうやって…なんて訊いたらいいか、わからないんだ…」
千代「苦しいって、苦しいって言えばいいんだよ。気がすむまで、ちゃんと言えるまで聞いてあげるから…」
セイラ「こわい…こわいよ…」
千代はセイラの頭の後ろを優しく撫でる。
千代「ゆっくりでいいよ。」
セイラ「パパ…ママ…」
千代「そう、辛いね、苦しいね。
でも、もう少し前へ。もう少し前へ…」
セイラ「早瀬川先輩が…失ったものは…取り戻せないって言った…」
千代「嫌だった?」
セイラ「ううん、無責任に出来るって答えたくなかったのかなって、思った…」
千代「じゃあ、それからどう思った?」
セイラ「失ったものは帰ってこないことくらい知ってたんだ‼本当は気づいてた‼でも‼だったらッ‼その穴はどうすればいいんだ‼痛いんだ‼寒いんだよ‼この気持ちを私はどうしたらいいんだよォーーーーーーッ!!」
千代「ちゃんと、言えたね。」
セイラ「うっ……んん…」
千代「じゃあ、答えなくっちゃあね…」
セイラ「教えてくれるの…?」
千代「ううん、客観的に好き勝手言うだけ。聞きたくないなら、嫌だっていって。」
セイラ「聞かせて…ください」
千代「そう。なら、言わせてもらうよ。
"過去で空いた穴は、未来で埋めるしかない"。
私は、そう思う。セイラちゃんのパパやママは、きっと、泣いてるセイラちゃんより、笑っているセイラちゃんの方が見たいはずだし、セイラちゃんだって、笑ってるパパやママの方が好きでしょ?なら、隣に突然パパが現れたときに、パパが一緒になって笑ってくれる生き方をしながら心を満たしていかなくちゃ、そんな人生は嘘なんだよ。
だから、前に進まなくちゃ。
みんなと一緒にいるのが幸せなら、居なくなったりしちゃダメ。
パパとママのことが大好きなら、泣かせるようなことしちゃダメ。
でも、もし辛くなって立ち止まりそうなったら、いつでも相談していいんだよ。
みんなだって、前に進むためにもがいているんだから、きっと希望をわけてくれる。
どうか、一人で暗闇に走って行くのだけは、もう二度としないで…‼」
セイラ「先輩…」
セイラの顔は、涙でずぶ濡れになっていた。
その体は、既に恐れや悲しみにこわばってはいなかった。
ただ、何かに安堵し、ゆったりと千代の両手に身を委ねていた。
千代「帰ろう」
セイラ「先輩……ッ!!」
今度はセイラの方から千代に抱きつき、胸に顔をうずめる。
千代はそんなセイラの頭を、なおも撫で続けた。
千代「みんなが待ってる」

まず、すぐに帰宅せずに、スクーターを持ち主のところに届けた。
枷檻と小鳥遊財閥の人間に大きくお世話になってしまった。
おじさん「あ、はい、確かに私の物で間違いありません。」
千代「この度は申し訳ありませんでした。ひとえにマネージャーである私の管理の不届きが招いたものです。」
おじさん「いや、いいんだ。こいつも、誰かに乗って貰えて、幸せだっただろうさ。」
千代「と、いいますと?」
おじさん「実はな、これは、亡くなった息子に買い与えたものなんだ。」
セイラ「すみません…そんな大事なものを…」
セイラは深々と頭を下げる。
トレードマークのツインテールがまだ咲いていないシロツメクサと戯れる。
おじさん「だから、そんなに怒っちゃいないって。顔を上げてくれないと、目をみて話せないじゃないか。」
セイラ「すみません…」
おじさん「このスクーターはね、息子が16才になるすこしまえに、早とちりで買ったんだよ。ツーリングがしたくてしょうがなくてね。でも、免許をとる前に、息子は死んだんだ。
"バイパスの狂気"に巻き込まれてね…。」
セイラ「‼」
おじさん「君の事情はボランティアの方から聞いたよ。とても辛かったそうじゃないか。そういうやるせなさがわかるから、全く憎めなくてね。なんなら、君に譲りたいんだ。息子の代わりに使ってくれないか?」
セイラ「そ、そんな…」
おじさん「あ、でも、ひとつだけ約束してほしいんだ。」
セイラ「何でしょうか…」
おじさん「こんどは、ちゃんと免許をとってから乗るんだよ。」
セイラ「…はいッ!!」
おじさん「それと、マネージャーのお姉さん、よかったらでいいんだが、私の代わりに、彼女とツーリングしてやってくれ。息子が喜ぶはずだから。」
千代「ええ、是非とも。」

5月12日(火曜日)

榎「お゛か゛え゛り゛ぃ゛ぃ゛い゛い゛い゛‼」
セイラ「悪かった、悪かったから放してくれ‼」
校門前で、榎に前から、真姫に後ろから抱きつかれてサンドウィッチにされてしまった。
真姫「もう放さないからね~」
セイラ「いやいや、放してくれないと困る」
桜倉「そのへんにしといてやれ。」
桜倉の手によって、無事引き剥がされる。
みるく「とにかく、無事で良かったの~」
桜倉「そうだな。」
マリ「まったく、余計な心配かけさせるんじゃないわよ‼」
セイラ「ごめん…」
凶子「容態はどう?」
セイラ「おかげさまで、なんの問題もないッス。」
檀「よかった~。」
電子「セイラッ」
セイラ「はいっ」
電子「一昨日は…ごめんな、デリカシーがなくて。」
セイラ「いえ、先輩のせいじゃないッスよ。」
凶子「電子がデリカシーのない発言をするのはいつものことだし。」
電子「なんだと~?」
檀「ふふふ、いつもの日常が帰ってきたわね。」
電子「あぁ、お、おう。」
凶子「さぁ、さっさと行かないと、みんな遅刻になっちゃうわよ。」

千代は相変わらず授業をまともに受けない。
千代(このプリント使い回しじゃん…)
前回の回答を写し取って、スマートフォンを取り出す。
延々と人事ゴシップを流して一喜一憂するワイドショーを、イヤホンを着けて見ている。
そこへ、真っ赤なテロップで、『緊急速報』という文字が流れる。
千代の眉がピクリと反応する。
ニュースキャスター「…ッ!!速報ですッ、速報が入りました。"マカアラシ"の延長と思われる少女の遺体が発見されたようです‼遺体は、"旋風高校一年、茅ヶ崎美樹さん"と見られていますが、頭部が見付かっておらず、DNA鑑定の…」
じっとしてなどいられなかった。
先生「藤原さん?」
千代は立ち上がり、教室を飛び出した。
先生「待ちなさい‼どうしたのですか‼藤原さん‼」

行きを切らせて現場に駆けつける。
現場は駅の少し東側だった。
マスコミや野次馬が回りを囲っていてとても鬱陶しい。
警官「みなさん、もう少し下がってください‼」
少女「お姉ちゃん‼お姉ちゃん‼」
警官「こらこら、入っちゃダメだってば。」
少女「みー姉ちゃん‼」
美樹の妹と思わしき少女が警官に腕を捕まれていた。
千代は能力を行使して、警官の横を素通りする。
最近、能力を行使している間は、カメラにも映らないことも出来るようになったので、マスコミを気にする必要もない。
千代は、鑑識に囲まれた遺体のもとへ行く。
報道通り頭部がなく、うつ伏せになって倒れていた。
断面はとてもきれいなもので、超能力だろうなと容易に推察させた。
ショックに胸がズキズキと痛むし、遺体を見慣れているわけではないので、吐き気もする。
だが、目をそらせないものがあった。
それを、千代はスマートフォンで撮影する。
超能力は、無能力者に見えないだけで、撮影できる。
美樹が、キャストを使って遺してくれた、超能力者にしか伝わらないダイイングメッセージを、しっかりと確保した。
『超能力を2つ以上保有している 気を付けろ』
撮影したとたん、そのメッセージは消えてしまった。
これで、"茅ヶ崎美樹"の"生"はすべて無くなったことになる。
千代「絶対に見つけてみせる…」
悲しみと悔しさと怒りで、強く拳を握りしめた。

─────────────

野鳥花「奴らの目的が、さらにわからなくなってきタ…」
 「今までは、書庫やコンピュータを狙っていたのに、何故?」
 「なんで頭だけもってったんだろ。」
 「私怨か?」
 「奴らとは関係なかったりするんじゃ…」
 「×××は見てなかったの?」
 「えー、私は×××先輩みたいに録画したり出来ないし、同時に2つ以上見れる訳じゃなくて、切り替えてるわけだし…」
野鳥花「クソ、あいつら、何をたくらんでいル…‼」
 「あ、そくほーですけど、前々から色々嗅ぎ回ってる人たち居たじゃないですか。
どうやら、奴らを追っているみたいですよ。」
野鳥花「利用価値はあるカ…」
 「で、野鳥花さんが大事にしてる娘も、その仲間みたいです。」
野鳥花「…やはりカ。それなら、やりようがありそうだナ。」
 「おや、野鳥花さん直々に?」
野鳥花「スカウトの時はいつもそうだろう。」
 「ここ最近、多忙ですね。」
野鳥花「まったくだ。いつもはヒーローごっこの相手してるだけでいいっていうのに。」
 「…いってらっしゃい」
野鳥花「うむ。」

「ハーミット2」 ACT.5 回り道・閉じる瞼

セイラ「ハァーッ、ハァーッ…」
顔をつたい、大粒の汗が顎から落ちる。
マリ「ごめん、私のせいで…」
セイラ「ハァ、ハァ…いいんだよっ、別に。陸上部はヤバイことに首突っ込んでんだ。今更だよ。」
マリ「ありがとう。ところでここは?」
セイラは背の高い木製の塀にもたれ掛かっていた。
セイラ「ヒメん家だよ。夜道は危険だから、一番近い知り合いの家に運んだって訳だ。あてもなく走ってた訳じゃないんだぜ。」
警察署は北側の団地の外れにある。
そこから一番近いのは、ここ、龍門流の道場だった。
マリ「あの小動物みないな娘がこんなゴツい家に住んでるなんて、信じられないわ。」
道場は、瓦屋根と木造の佇まいがいかにもといった風貌だ。
セイラ「なにいってんだよ。このまんまの性格だろ。」
マリ「そうなの…?」
セイラはセーラー服でごしごし顔の汗を拭う。
マリ「ちょ、タオルくらい使いなさいよ。」
セイラ「いーだろ別に。」
マリ「よくないわよ。年頃の女の子がお腹見せて顔拭いちゃダメでしょ。」
セイラ「誰も見ちゃいねぇよ。」
インターホンを押すと、真姫の父親(龍門流師範代)が出迎えてくれた。
セイラは以前から交流があったため、かいつまんで(超能力のことはごまかして)事情を話すと、泊めることを快諾し、真姫を呼んできてくれた。
真姫「そんなことが…」
マリ「ごめんなさい、一日中騒がしくて…」
真姫が焼いていた新作のクッキーをつまみながら、先程の襲撃について、真姫の部屋で話した。
真姫「『魂』をいただく…ねぇ。なんてオカルトチックな。」
セイラ「つか、厨二病拗らせ過ぎだろ。」
マリ「でも、冗談じゃすまないわよね、あの"鉄芯を射ち出す"能力。」
セイラ「こっからは先輩たちの領分だな。鉄芯とかいうのは、私には見えなかったし。」
真姫「だねー。」
真姫はクッキーが無くなった器を下げに部屋を出る。
セイラ「で、よ。」
マリ「なに、急に改まって。」
セイラ「いや、デリケートな話、あのお姉さんとお前は、その…どんな関係だったんだ?」
マリ「あー、いや、ただのいとこよ。」
セイラ「そんなわけないだろ。あんな叫んでたのに。」
マリ「それがね、私が小学生の時に失踪したあと、1度も会ってなかったから、よくわからないの。」
セイラ「大変だな。平凡な感想だけど。」
マリ「うん…しかも、失踪したあとに始めて目にしたとき、アイドルになってたなんて、ワケわかんないし、会ったら会ったで超能力者になってるし、ついていけないわ。」
セイラ「アイドルぅ?」
突拍子もないことに、すっとんきょうな声を上げる。
マリ「そうよ。」
セイラ「どの?」
マリ「今、世間で最も人気のアイドル、"モリンフェン"は知ってるでしょ?」
セイラ「知ってるもなにも、大ファンだぜ。マイナー時代から追い続けてるからな。私がツインテールにしてるのもリスペクトしてるからだし。あ、まさかとは思うけど…」
マリ「一目見たときわかったでしょ。あんな奇抜な髪色の女なんて一人しか居ないわよ。」
セイラ「嘘ッ‼?お前"ノディ"のいとこなのぉ~ッ‼」
マリ「声がでかいわよ‼もう夜よ‼」
真姫「えーーーーー‼ほんとーーーーー‼?」
ちょうど戻ってきた真姫が、セイラと共鳴する。
セイラ「おま、これ、ヤベェよ…ヤベェよ……。…ヤベェよ‼」
真姫「わーー、なんかもう、あぅわーー‼」
マリ「浮き足立たないの‼私は本人じゃないんだから。」
セイラ「悪ィ悪ィ…」
真姫「じゃあ、ノディの本名は…?」
セイラ「錠前野鳥花…ってことか…フフ…一般のファンが絶対知り得ない情報を手にしてしまった…」
マリ「もしもーし、真面目なハナシー。」
セイラ「すまん。」
真姫「でも、守ってくれたんでしょ。悪い人にはなってないから、問題は男の人の方だけだと思うけど…」
マリ「うーん、じゃあ、なんで突き放されたんだろう…」
セイラ「そりぁ、お前の身をあんじてくれたんだろ。」
マリ「そう…かな…そうだといいんだけど…」
真姫「きっと、ノディがゴーストメンバーなのは、ああやって町を守ってくれているからだよ。」
セイラ「アイドルでヒーローかぁ…良い…」
マリ「たぶん、あの男が犯人なんだろうし、野鳥花姉がぜんぶ終わらせてくれるよね…。」
セイラ「なんであいつが犯人なんだ?」
マリ「その疑問が答えよ。"私には見えてセイラには見えないスコップ"を持ってた。スコップもちの超能力者なんて、他に探す方が大変じゃない?」
セイラ「そっか…、目ぇつけられてたらやだなぁ。」
マリ「あー…」
真姫「う~ん…」
セイラ「後で先輩たちに言っておこう。北団地にはあまり近づきたくない、と。」
マリ「もうちょっと特徴がわかればよかったんだけど、マントを被った男という抽象的なものだから、マントを脱がれたらお仕舞いね。」
真姫「これからは、北団地の情報中心に活動すれば、楽に見つかるかも。」
セイラ「そうだな…あぁ、疲れた。寝よう。」
真姫「布団は用意できなかったから、私のベッドに一緒に入るか、床で寝るかになるけど、いい?」
マリ「急だものね、私は床で寝るわ。」
セイラ「マリさ、何処でも寝られるタイプなの?」
マリ「むしろ真逆。自分の家じゃないと寝付けないの。寝落ちするまで起きてるから、床でいいわ。」
セイラ「マジか~…でも、私は何処でも寝られるタイプだからさぁ、マリがヒメと寝なよ。」
マリ「別に誰かしらベッドに入らなきゃいけない訳じゃないでしょ…」
セイラ「ヒメをだっこして寝ればよく眠れると思って。」
マリ「なんでよ」
セイラ「いいから入りなよ」
真姫「つらそうな顔してるよ」
マリ「えっ…」
真姫「不安なんでしょ?私をノディだと思って一緒に寝よ?アイドルではないけど。」
マリ「気を使わせちゃったのね。」
真姫「いいんだよ。友達だから。」
マリ「ありがとう…」

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5月9日(土曜日)

千代「間違いないんだね?」
土曜日の放課後も部活で集まることは珍しくないが、今日は緊急召集という形となった。
無理もない。連続殺人の犯人と仲間が接触したとあらば、心配にもなる。
マリ「ハイ。青白いスコップを持ってました。セイラには射出していた鉄芯ともども見えなかったみたいなので、ほぼ確実かと。」
セイラ「やせ形の男で、身長は…高い方だと思うッス。フードつきのマントを纏っていて、顔を隠していました。声は低くはないッス。」
千代「なるほど…ならこれからは、"比較的長身の男性"に絞って探せるね。」
枷檻「そうと決まれば生徒会だな。」
榎「どうしてですか?」
枷檻「生徒会は最凝町の治安について定期的に調査してて、このへんは最近事件が起きたので近づいちゃ行けませんよーっていう注意喚起をやってンだ。」
檀「ま、本格化したのは"バイパスの狂気"があってからなんだけどね。それまでは、"超能力の氾濫"の影響で行方不明者こそ出ていたものの、件数が少なかったから"うちは大丈夫"みたいな感覚で、形式上だけでやってたのよ。」
凶子「"超能力の氾濫"は政府も重い腰を上げるほどの大事だったから、野次馬が現場や超能力者当人に寄らないように、あえて詳細を報道しなかったんだけれど、逆に得体の知れぬ恐怖をむやみに撒き散らしてしまって、情報操作が上手く行かず、信じる信じないがパックリ割れて、結果、超能力を信じるがわが焦って作ったずさんなシステムがそこいらに転がるようになったのよ。」
桜倉はホワイトボードに箇条書きで要件をまとめて行く。
全員が、その少ない情報とにらめっこする。
桜倉「そういえば、超能力の氾濫というわりには、発生例が少なすぎませんかね。全国各地で見つかっているとは言うものの、たかが十数件でしょう。」
摩利華「それは"政府が発見して、なおかつその存在が証明された例"のみだからよ。嘘つきにはなれないものね。」
電子「なんだよ、政治家の嘘なんてよくあることじゃないか。もしかしたら、もうエスパーセキュリティチームが発足されていたりして…」
凶子「それはないわ。もしそうだとしたら、すぐに駆り出されて、交戦しているはずだもの。」
電子「ぐぬぅ…」
セイラ「もしかして、ノディがそうなんじゃ…」
凶子「そっちの線は近いかもしれないけど、単騎で交戦するというのは、いささか確実性に欠けると思うわ。」
マリ「ええっ、今、国と関わってるから突き放したのかなって納得しようとしたのに…」
千代「そっちの方も別件で調べておかなくちゃね。」
みるく「ところで、土曜日って生徒会やってるの?」
土曜日の授業はだいたい午前で終わる。
生徒たちは遊びたいため、委員会の活動も平日によせて、土曜日の放課後をフリーにしているところは多い。
凶子「ええ、むしろ土曜日に調べものをして、それを月曜日に掲示板に張り出すのよ。
今行けば、フレッシュな情報が聞き出せるわ。」
檀「じゃ、生徒会室へゴー‼」

生徒会長「あら、女子陸上部じゃない。揃いも揃ってどうしたの?廃部は阻止されたわけだし、部費なら満足行くまで捻出したつもりだけど。」
生徒会室の扉を開けるなり、PCから目線を外さずに軽口を叩かれる。
そんな生徒会長だが、生徒会では…いや、校内ではひときわ目立つ。
身長119cm、黒髪ロングで、つり目だが愛らしい顔立ち、小さな手でせわしなくキーボードをうつ。
彼女は"ハイランダー症候群"という先天的なもので小学生の頃から体の成長が止まっている。
そのため、だれかしらの妹が生徒会室に匿われていると言われても、何の違和感もないレベルの幼い容姿なのである。
しかし、頭はいい方で、気が強く、生半可な気持ちで罵りにかかれば、逆に圧倒されてしまうほど。
性格はクソがつくほど真面目なので、そんな鉄の乙女が取り仕切るこの生徒会は、他校の生徒会のようにたゆんではいないのだ。
電子「いやいや、かいちょー、実はさぁ、うちの部員が"マカアラシ"の犯人に出くわしたって言うから、ちょっと情報交換したくて…」
生徒会長「本当か‼?」
ネットスラングの『ガタッ』を模範的に体現する。
マリ「は、はいっ。私がそうなんですけど…」
今まで集まった情報をひととおり伝えた。
生徒会長「…ふむ。警察ではなく生徒会に持ち込んだのは、ちょうにょうりょくが関わっているからだな。」
余談だが、脳の成長と体の成長に齟齬があるため、舌っ足らずなしゃべり方をする。
電子「ぶっ」
生徒会長「笑うな」
電子「超能力」
生徒会長「ちょうりょうにょく」
電子「ぶっ」
生徒会長「殺すぞ」
凶子「殺人鬼に殺されるよりいいんじゃない?」
千代「脱線しないでください。」
生徒会長「そうだな。で、襲われたのは北団地あたりと言ったな。」
マリ「はいっ。」
生徒会長「これが、最近北団地で起きた騒ぎのリストだ。」
棚に置かれているクリアファイルのうち、"2020 /4"と書かれたファイルを取り出す。
そして、その中から、芯を使わないタイプのホチキスでまとめられたコピー用紙の束を渡される。
生徒会長「コピーを取ったらすぐ返しに来るように。」
千代「ありがとうございます。」
紙束の量はそう多くはなかった。
斜め読みにペラペラめくっていくと、小さな騒ぎが大半だった。
ただ一件を除いては。
千代「これは…」
生徒会長「うむ。私もそれが怪しいと思う。
なにより、ちょうにょうのくとしか思えない壁の傷や物証が見つかっている。鉄の棒こそ見つかっていないが、ちょうおうにょくを持っていない人が発見したとするなら妥当だ。」
電子「ううっく…ぶふっ」
凶子「くっ…」
生徒会長「わ・ら・う・な」
電子「バリエーションつけてくるとか反則だろ…」
千代「先輩」
電子「はい」
千代「明日、この件について調べてみたいと思います。」
生徒会長「頼む。」
枷檻「明日、一年組には待機してもらいてぇが、マリとセイラは犯人の見た目を肉眼で見ている以上、特別に参加してもらいたい。」
セイラ「マジッスか?絶対目ェつけられてるッスよ‼」
千代「あまり倫理的な策ではないけど、誘き出した方が効率的なわけだし、セイラちゃんは走って逃げ切った訳でしょ?」
セイラ「いや、あんときはノ…ゲフンゲフン、女の人が助けてくれたからで…」
余計な騒ぎは避けたいので、アイドルが助けてくれたからなどとのたまうことは控えた。
摩利華「あんまりみんなと離れないようにしなくちゃいけませんわね。」
マリ「ええー…三年生の皆さんには任せられないんですか?」
檀「ごめんね~…私たち、見えるんだけど、まだ発現してないんだ。
一応付いてはいくよ。能力が発現するきっかけになるかもだし。」
凶子「本当は嫌だけれどね。デスクワークがいいわ。ピンチになったら能力が目覚めるなんて、ファンタジーの世界だけよ。」
電子「は~?普通に生きてて発現しねぇんだから、刺激を貰うしかないだろ。」
凶子「それで死んだら元も子もないけど。」
セイラ「まったくですよ…私に至っては発現の見込みもないのに。」
凶子「でも、行かなくちゃならないわけはあるのだけどね。」
セイラ「なっ、なんでですか。」
マリ「北団地は迷宮じみて狭い通路が多いのよ。だから、人は一人でも多い方がいい。」
セイラ「マジかぁ~。北団地はいっつも避けて通ってるから気づかなかった…」
生徒会長「くれぐれも死なぬように。」
千代「わかってます。」
電子「こわいもんな、超能力。」
なあ、と生徒会長に視線をおくる。
生徒会長「えすぱー」
電子「逃げるな」
生徒会長「用が終わったのなら出ていけ。
暇なわけではないのだ。
有用な情報がもらえると思ったから…」
電子「わかったわかった。
無理すんなよ、かいちょー。」
開けっ放しの出入口から一年生組を押し出す。
生徒会長「数時間のデスクワークでへばるほどへなちょこではない。」
千代「失礼しましたー。」
生徒会長「あっ、藤原、お前。」
わらわらと生徒会室を出て行くのを呼び止められる。
千代「?」
生徒会長「お前、カッとなると手をあげるだろう。うちの生徒を殺さないでくれよ。」
千代「はっ、はい…」

────────

野鳥花「取り逃がしタ」
 「見てましたよ、鬼丸さん」
 「どんなやつだったんです?」
野鳥花「鉄の棒を飛ばしてきタ」
 「なんかパッとしなかったですよね」
 「しかし、弱くはないな」
 「仲間に引き入れる気は?」
野鳥花「駄目だ駄目ダ。あまりにも目立ちたがりダ。」
 「そういえば、もう一人超能力者がいましたよね。歯車の形のヴィジョンが見えました。」
 「男か?」
 「いえいえ女の子ですよ、私と同い年くらいと見えました。旋風高校一年生の制服のリボンでしたから。」
 「あそこは制服自由制だけどな」
 「で、あの子は引き入れる気、あるんですか?」
野鳥花「いや、なイ。」
 「えー、何か喋ってたじゃないですか。遠すぎて聴こえませんでしたけど。」
 「思想が違うだけだろう」
野鳥花「そうだナ…あの子は、こっちへ来てはいけないんダ。」

─────────

5月10日(日曜日)

北団地…ラブホテルと廃ビルが多く、それをやっかむように頭でっかちな高層ビルが生い茂ってる。
中途半端に開拓された旧市民の墓場は、異質なマーブル模様を描いたゴロツキの縄張りの陣取り合戦の会場となっていた。
しかし、そんな道を、平民を伏せて進む大名のように堂々と進む者が居た。
ゴロツキ「へへ、お嬢、ひさしぶりッスね。」
枷檻「薄汚ねーこそ泥みたいな真似はもうしてねぇよな?」
ゴロツキ「やっ、ラブホテルの清掃員として働いております。」
枷檻「ご苦労。」
以前の戦いで、そのマーブル模様を一色に染めたため、二年生組はすっかりゴロツキどもを牛耳る令嬢扱いだ。(今日は摩利華は待機しているが。)
ここ最近、盗みに入られる心配が減ったのか、コンビニが一軒建てられ始めているそうだ。
しかしながら、最凝町全体で見ても、この区域での事件事故は多い。
だから、時々見に来てやる必要がある。
もっとも、今回は用事があったため、一石二鳥といったところだが。
ゴロツキ「ここも、みんながみんなお嬢に洗われた訳じゃあありやせん。なるべくは我々で問題を潰そうと努力はしています。最近は警察の方とも、いい意味で会うことが増えましたし。」
枷檻「通報して会ってるってことだろ?結局なんか起きてるってことじゃねーか。」
ゴロツキ「はっ、我々が至らぬばかりに…で、今日は如何なる御用件で?」
千代「えっと、この件についてなんだけど。」
生徒会の資料をコピーしたものを渡す。
ゴロツキは老眼なのか、紙を前後させて読んでいる。
ゴロツキ「ほー…現場は…ふむ、案内できますよ。騒ぎについては、ここの日常みたいなものなので、どれがどれだかさっぱりですけど。」
千代「犯人は現場に戻るってよく言うし…行こう」

よく、教材のワークで、赤い半透明のシートを使って答えを隠すギミックが存在する。
ゴロツキはその赤いシートの向こう側、千代たちには見えない道しるべをたどり、か細い迷宮を、餌を求めるモルモットのように進んで行く。
ゴロツキ「ここ、ここ。」
指差す方を見ても、今まで来た道と何が違うのか分からないくらい何でもない場所だった。
しかし、目を凝らしてコンクリートのビルの側面の壁を見ると、何か小さな物が壁にぶつかった痕がいくつもついていた。
セイラ「もしかして、銃か?」
凶子「銃ならもっと力があるはずよ。何か別のものだわ。」
壁の痕はどれも浅く、目立たないものだった。
ゴロツキ「なにか、お役に立てましたかね。」
枷檻「役には立ったさ。これからは私たちの腕次第って訳で。」
ゴロツキ「それでは、仕事の支度があるので、これで失礼します。
あ、道に迷ったときは、あの薄茶色いマンションを目印にすれば、団地の外れに行けますので。」
枷檻「オーケー。」
ゴロツキは細い道へと消えて行く。
マリ「どこまで信用していいものなのかしら…」
檀「ン‼ちょっと来て。」
現場の撮影を行っていた檀は、なにかを見つけた。
枷檻「パチンコの玉だな。」
千代「ちょっとセイラちゃん。見える?」
セイラ「ええ、見えますよ。ここにめり込んでる小さな玉ッスよね。銃弾ではないっぽいッスけど。」
凶子「超能力ではないみたいね。」
電子「そうか?パチンコ玉を何らかの能力で射出した可能性だってあるだろ。」
凶子「あら、珍しく冴えてるのね。」
電子「もっといい褒め方があっただろうに。」
???「おいっ、お前ら、そこで何してんだ。」
突如、入ってきた方から声がした。
こちらとはそう年が離れていなさそうな少年だった。
歯が1つ欠けていて、不良っぽく、あまり頭が良さそうではなかった。
枷檻「何って調査だよ。」
少年「何のだ…?」
電子「最近起きている事件について、ね。」
少年「あ~。でも、ここでは殺しは無かったはずだぜ?」
電子「また死人が出てからじゃ遅いだろ。」
少年「そーだな。でも、そういうのって警察がやるもんじゃねぇの?」
千代「野次馬みたいなものだよ。学校新聞にでものせようかなってだけのものだよ。」
少年「ンなんだ、そうなのか。」
千代「ところで、ここ最近、この近くで何か騒ぎはなかった?」
少年「さぁ…全然。小競り合い程度ならそこいらであるけどよ。」
千代「そう…」
少年「あっ、そうだ。」
少年は両手をポケットに入れ、右手で何かを取り出す。
少年「ここを徘徊するなら、これを持っておけよ。」
少年は何かを握った手を突き出してきたので、電子は下に手を広げる。
すると、500円玉が7枚落ちてきた。
電子「───────って、現金じゃあねぇかッ」
凶子「どうしてまたお金なんて。」
少年「このへんの商店はボッタクリ価格にしやがっている店がある。どうしてもってとき、足しにするといいよ。」
枷檻「心配してくれるのはありがてぇが、あいにくそんなに弱くはねぇよ。」
少年「でもよぉ、一人一枚、お守りだと思って持っててくれよ。道に迷わないようにって。」
マリ「なにか、恩を着せようとしてんじゃないでしょうねぇ。」
少年「人聞き悪ィな。か弱い女の子だと思って心配したってのに。」
すると、聞きなれない着信音がなる。
少年は今時時代遅れな、所々塗装の擦り剥げたみすぼらしいガラパゴスケータイを取り出して、電話に出た。
少年「もしもし、アニキ?…あぁ、うん。すぐあとに…うん。わかったよ。」
ふう、とひとつため息をつくと
少年「呼ばれちまったから、バイバイな。」
と言って駆け足で去ってしまった。
電子「あ、おおい。…サンキュな。」
ぐっ‼と親指をたてる。
凶子はそんな電子の頭をぺし、と叩く。
凶子「カツアゲに来た訳じゃないのよ。」
電子「わかってるよぉ~。」
千代「その500円玉、ちょっと見せてください。」
電子「やらねぇぞ」
凶子はもう一撃、電子の頭にたたきこむ。
電子「冗談、冗談だってば。」
マリ「なんか変なんですか?」
千代はすべての硬貨を手のひらの上に並べる。
千代「7枚とも、年号が同じだ。」
すべて、平成9年と記されていた。
セイラ「そうッスね。でも、それがどうかしたんスか?」
千代「いや、どうでもない。何の変哲もない、ただの500円玉だね。」
少年の気持ちを不意にするのもよくないので、全員に1枚ずつ渡す。
凶子「安全ってことね。よかったわ…ん?」
なんとなく、他になにか犯人へのヒントがないかと見た頭上。
目を凝らすとビルの3階あたりの窓のへりに、鳥がとまっていた。
凶子「鳥がいるわね。」
マリ「ん、そーですね。」
枷檻「珍しいな、黄緑色だ。」
檀「あれ?なんか変じゃない?」
電子「なんかおかしいなあ。」
千代「なんかどころじゃあないッ‼あれ、クチバシも瞳も無い‼」
セイラ「さっきから何の話ッスか?"鳥なんて居ない"じゃないッスか。」
マリ「じゃあ、あれは‼」
千代「超能力ッ‼」
鳥はこちらの反応をうかがったあと、すばしっこく飛び去った。
枷檻「追うぞ。」
ビルの隙間から、車が通れるほどの道に出ると鳥は群れだということに気が付いた。
群れは合流後に、すぐに散開してしまった。
千代「手分けして能力者を探そう。少なくとも、あれは友好的ではない。」
枷檻「見失ったら、オッサンの言ってたビルのたもとに向かうんだ。」
凶子「セイラは電子と同行して。見えないだろうし、電子はいざというときトロいから、担いであげて。」
電子「ムカつくが、今はとやかくいってる暇は無さそうだ。」
檀「本体を見つけたら、すぐに接触せず、LINEで報告すること。」
マリ「わかりました‼」
千代「危険と感じたらすぐに撤退すること。命よりも大事なものはないからね。無事を祈る‼」
電子「行くぞッ」
セイラ「はい‼」

マリ『見失いました(´・_・`)』
凶子『私も見失った』
檀『追い付けない。・゜・(ノД`)・゜・。』
千代『追えない方に撒かれた。』
LINEには、失敗の報告がいくつも入る。
千代「空飛ぶ相手じゃ、どうしようもないか。」

電子「ああっクソ、あっちだあっち。」
セイラ「は、はいっ」
セイラは整った呼吸で走っているが、電子は息を乱しながら、汗だくになってへーこら走っている。
電子「あぁ、突然加速する能力とかあればなぁ…」
セイラ「ちょっと待ってくださいッス。」
電子「なんだっ、見失うぞ。」
セイラ「なんか、聞こえてこないッスか?」
電子「知るかそんなもん。」
セイラ「やぁ、でも、たしかに聞こえますって。」
たんっ、たんっと音が聞こえる。
チッというような舌打ちではなく、舌を口の上側で弾いてならすような、軽快な音が聞こえてくる。
それは、メトロノームみたいに等間隔で鳴っていて、その乱れのなさが妙に気になってしまう。
セイラ「だんだん近づいてるッスよ‼」
電子「いっしょにすませられるなら都合がいい‼」
角を曲がると、男が立っている背中が見えた。
その周りには、数人の男が横たわっていた。
たんったんっ
音の正体はその男だった。
電子「ハァハァ…おっと、鳥を追っている場合では無くなったな。」
たんったんっ
男「汗の臭いがきついな…人が二人…匂い的に、女か。」
男は目隠しをしていた。
無精髭を生やしていて、ウェーブをうった黒髪が錆び付いてゴワゴワしている。
男「片方は…小柄だが、筋肉質だな。もう一方は、比較的グラマーだが、戦いには不慣れだろう。」
たんったんっ
と、舌を鳴らしながら、ほくそえむ。
電子「なんだ?透視か?」
たんったんっ
セイラ「ン‼違うッスよ。あれは"エコーロケーション"ッスよ。」
電子「は?」
男「ほう…よく知ってるな。」
"エコー・ロケーション"
本来ならイルカなどが使う技術で、自ら発した音の反響を専用の器官で関知することによって、障害物の距離、大きさ、形を"見る"事である。
人間においてこの技能を習得した前例は僅かに存在する。
電子「何でもいいけどよ、ここで何してたんだあんた。」
男「"復讐"さ。」
電子「なっ…」
男「俺が苦労して"エコーロケーション"なんて、まどろっこしいことをやらなくちゃあいけないのは、こういうやつらがいるせいなんだよ‼」
足元で伸びている大柄な男を蹴り転がす。
その男には、たくさんのパチンコ玉がめりこんでいた。
セイラ「うっ」
電子「なるほど、生徒会が見つけた騒ぎは、お前が起こしたものなのか。」
先ほど見た現場の壁にも、パチンコ玉がめりこんでいた。
芸が同じなのだ。
男「そうだ。数件こんなことをしている。
俺が光を失ったのは‼こんなやつらがいたからさ‼」
男は横たわっている男の顔を何度も踏みつける。
男「こんなッ こんなやつッ‼グズがよぉ~‼」
電子「おい、やめろっ」
男「止めないでくれ…」
目隠しをしているはずなのに、睨み付けられたような気がして、電子は身がすくんでしまう。
男「"復讐"が終われば、失った何かを"取り戻せる"気がするんだ…」
男は二人に背を向けて歩き出す。
男「それと、このグズどもを警察に突き出しておいてくれ。俺がこいつらを憎んでいた理由がわかる筈だ。」
おい、待てよ。
そんな台詞が電子の喉につかえた。
呼び止めたって何になる。
自分はただ、警察に通報して、みんなに起きたことを伝えればいい。
電子「無力だ…」
うなだれる。
セイラも同じように俯いて、ただ、立ち尽くしていた。
セイラ「失ったものが"取り戻せる"だって…?本当にそんな方法があるなら、私が教えてほしい。」

千代『あとは私たちが追う』
  『二人ともお疲れさま』
枷檻『一応、うちのプロトタイプの対超能力部隊も派遣して、どれだけ役に立つか実戦試験運用してみる。』

夕焼けがビルの脇腹を焼き焦がす頃、三年生組とセイラとマリは撤退させた。
枷檻「班ごとに大まかな捜索区域を設定した。発見し次第信号弾を打ち上げ、他の部隊を召集すること。」
対超能力部隊「「「了解ッ‼」」」
枷檻「散開‼」
対超能力部隊「「「出動ッ‼」」」
千代「枷檻ちゃんのカリスマがすごい。語彙力死亡のお知らせ。」
枷檻「親父に比べたらまだまだだよ。今の私は掛け声をかけてやっているだけだからな。」
千代「鳥の件は…ごめんね。」
枷檻「本題はこっちさ。私たちも行くぞ。千代はこのへんをお願い。」
千代「了解。あ、そうだ。後輩も居ないし、久しぶりにあれやらない?」
枷檻「あれ…あれ?あれってあれ?」
千代「そうそう。」
枷檻「しゃあねぇなぁ。」
千代「せーのっ」
二人「「ぱにゃにゃんだ~‼」」
力強くハイタッチし、二手に別れる。
黒きマントが仄暗き闇を突き進む。

マリ「今日もどっぷり疲れたわ…」
癖で時間を確認するが、もうキリキリ生きる必要はないんだっけと、ため息をつく。
マリ「男にシッポ振るのももう止めにしよう。」
呑気に伸びをする。
マリ「あっちは先輩たちがなんとかしてくれるっていうし、帰ったらだらしなくソファーに横たわりたいわ…泥のようにべったりと…」
「マリ…」
マリ「…!!?」
突然聞こえた声に、必死でその主を探す。
そうするのも無理はない。
その声は、昨日再開した野鳥花のものだったからだ。
マリ「野鳥花姉、野鳥花姉‼居るのッ!!?どこ…どこなの…?」
涙をこぼしながら、くしゃくしゃの顔で野鳥花の姿を探す。
野鳥花「ここだヨ。そんなに必死に探さなくても良イ。」
マリ「野鳥花姉…ううっ…」
マリは野鳥花に抱きつきたくてしょうがなかった。
父親との辛くて悲しい生涯、唯一の心の支えになってくれた従姉のその姿を、偶像でも夢でもなく、目の前に捉えているのだから。
野鳥花「こっちに来てはいけなイ。」
マリ「──────!!?」
ピシャリと、温もりへ向かう純心は制止される。
マリ「どうして…。」
野鳥花「お前は、これ以上超能力と関わってはいけなイ。」
マリ「なんでよ…。」
野鳥花「お前のことが大事だからダ…」
マリ「心配してくれてたんだね…でも、へっちゃらだよ。だって」
野鳥花「関わるなと言っていル‼」
マリ「ッ!!」
野鳥花「お前は、好きなものを食べ、友人とくだらないことをして遊び、日が高いと昼寝をしたりして過ごしていればいいのダ‼社会に何の役にもたたず、無駄に過ごしていればいいのダ‼もう、誰のためにもならなくて良イ‼無駄なことをしていいんダ‼」
野鳥花は背を向ける。
野鳥花「もう、誰もお前を束縛したりはしないかラ…」
マリ「そんなッ…野鳥花姉はそんな一方的じゃなかった‼野鳥花姉は自分が傷付いてるのに、ずっと私の愚痴を聞いてくれた‼野鳥花姉は裏庭に私と隠れて、ずっと手を握ってくれてた‼野鳥花姉は…野鳥花姉は…‼」
野鳥花「それでも、幼いお前を置いて、一方的に逃げたのは私だヨ。」
マリ「そんなの、どうだっていい…」
野鳥花「良くないサ。私は、マリほど強くはなイ…。」
マリ「野鳥花姉ッ…」
母を求める赤子のように、寄って両手を伸ばすマリの顎を、野鳥花は右手で挟んで受け止める。
野鳥花「おやすみ」
その言葉を最後に、野鳥花は、何かに引っ張られるように遠退いていった。
マリ「ずるいよ…」
最後に野鳥花は少しだけ、昔のような優しい笑顔を見せたのたった。

枷檻「あっちか!!?」
枷檻は、肝心の信号弾を、自分が持っていなかったことに舌打ちする。
枷檻「千代に笑われちまうな。」
飛来する石ころを避けるのにも一苦労だ。
トラップなのかとばっちりなのか、"目"の模様がついている石ころに"突進される"。
動きがまっすぐなので、目の模様の視線の先から逃れれば大したことはないが、いかんせんスマートフォンを楽に操作できる環境とは言いがたい。
枷檻(私の能力はもうすでに発動している。だが、ちゃんと効果が出ているか目で見て解らないからな…)
バチバチと、壁に固いものがあたる音が近づく。
枷檻が男の姿を捉えた時、急にその音は途絶える。
枷檻「遅かったか…」
たんったんっ
舌を鳴らす音が響く。
男「昼とは違う小娘か。」
たんったんっ
男「クク…今日は随分モテる日だ」
枷檻「何故こんなことをする。」
男「"復讐"だよ。何人にも説明するのは疲れるな。」
枷檻「そうじゃない。何に対しての復讐なんだ。」
男「さっきの奴の仲間だったか。」
枷檻「そうだ。」
男「この復讐は、俺の目が見えないことにも繋がっている。」
男は目隠しされているこめかみの辺りをトントンと指で叩く。
枷檻「ほう。」
男「俺には最悪の親父がいた。ギャンブルクレイジーで、よく借金取りに追われていた。それまではまだ、救いようがあったんだろう。しかし、奴は親としてどころか、人の道も外れた。」
枷檻「ドラッグか。」
男「ご明察。そして、その金を工面するために、親父は何をしたと思う?」
枷檻「さあ、考えたくもないな。」
男「俺の角膜を売ったのさ。闇医者にな。幼かった俺にはなにもわからなかった。突然光を奪われた。それだけだった。」
枷檻「そこで伸びてるのはバイヤーか。」
男「そうだ。こんなやつさえいなければ。苦しむことなどなかったのだ。こいつらを始末すれば、奪われた日常が戻ってくると、そう思っての復讐なのさ…」
枷檻「それは辛かったな…」
男「ああ。悼んでくれるなら止めないでくれ。」
枷檻「いいや、尚更止めたくなった。」
男「ナニッ」
枷檻「人を傷つけたくない人間が人を傷つけている姿なんて…黙ってみちゃ居られねぇだろ。」
男「フン、綺麗事だ。」
男はウエストポーチから、たくさんのパチンコ玉を鷲掴みにして取り出す。
その一粒一粒には、さっきの石ころと同じ、目の模様が入っていた。
男「止めようとするなら、痛い目にあってもらうだけさ。」
パチンコ玉に睨まれる。
そのとたん、石ころとは比べ物にならない速さで突進された。
それは、銀玉鉄砲といっていいレベルの代物だった。
枷檻が前で交差させた腕と、腹部に数発受けてしまう。
枷檻「ぐっ」
男「じゃあな。危ないと思ったら、追うんじゃないぞ。」
たんったんっ
枷檻「間に合ったようだな。」
千代「呼んでたんだ。」
枷檻「ったりめーだ。」
男の周りには、一瞬にして部隊が陣を作っていた。
男「何の真似だ。」
枷檻「いやぁ、その復讐、請け負ってやろうかって言う、デモンストレーションだよ。」
枷檻の超能力は、"人と人を引き合わせる"、"待ち合わせ"の能力だった。
男「…」
たんったんっ
数を数える。
たんったんっ
物を見る。
男「何もんなんだ。お前。」
枷檻「この町が汚れていることを望まない者だよ。」
枷檻は、ポケットに手を突っ込む。
枷檻「あれ、500円玉が入ってない。」
先ほどパチンコ玉射撃を喰らったときに落としてしまったようだ。
男「───────500円玉?」
枷檻「おーあったこれこれ」
落ちていた硬貨を拾い上げる。
たんったんっ
男「お前ら、アキラに会ったんだな。」
枷檻「あきら?」
男「俺の弟分だよ。そのエラー硬貨は、あいつくらいか持ってない。」
枷檻「エラーなのか?これ。」
男「実は若干分厚いんだ。重量で判断する自販機には返される。」
枷檻「なんでこんなもん渡してきたんだ…?」
男「俺がこうやって活発に復讐を続けているから、"こいつらは関係ないやつらだから傷つけないでくれ"という、俺へのメッセージなんだろう。」
千代「優しい弟さんなんですね。」
男「なに、元々は俺と同じだったんだよ。アキラも、復讐を誓う男だった。」
枷檻「そうには見えなかったな。」
男「ま、そうだろうな。復讐なんぞするにはちと情がありすぎる。」
男は、ポケットから、500円玉を取り出す。
男「アキラはとってもかわいそうな奴だった。あいつが産まれたとき、両親は結婚してなかった。母親は、父親の家にアキラを置いて他の男とくっつき、高跳びした。父親は、アキラが甘えられる母が居ないことを可哀想に思い、ほどなくして他の女性と結ばれた。すべてが上手く行く。そう思っていた。
だが、父親が勤めていた会社は、不祥事を起こして倒産。父親はそれに共謀していたとされ、罰金刑にされた。それの真偽は不明だが、父親は未来に絶望し、ドラッグの誘惑に負けた。
優しかった父親が妻に暴力を振るうようになった。上の空になっている時間が増えた。通帳からはお金が溶けてなくなった。
ある日、アキラが学校から帰ると、父親は最高にキマッてる顔で、泡を吹きながら、妻の得意料理だったオムライスを左手で握りつぶして、こねていた。禁断症状だ。119番通報したが、手遅れだった。当たり前と言えば当たり前だがな…」
枷檻「吐き気をもよおすような出生だこと。」
男「だから、だからあいつもこの世を憎んだ。恨んだ。妬んだ。訳もわからず暴れていた。そんなあいつに、俺は出会った。
俺とあいつはおんなじさ。あいつの復讐は俺の復讐で、俺の日常はあいつの日常なんだ。」
男は拳を強く握る。
血管が浮かび上がり、怒りの模様を浮かべている。
男「さっき、代わりに請け負ってくれると言ったな。」
枷檻「ああ。」
男「これは、そういうんじゃ無いんだよ。お嬢ちゃん。正義とか治安とか、そんなんじゃあないんだ。」
千代「自己満足ですか。」
男「よくわかってるじゃねぇか。復讐ってのは、そういうもんなんだよ。」
千代「そうですね。復讐は、爆発する怒りや憎しみから生まれるものです。妬ましいものを破壊するまで止まないでしょう。」
枷檻「千代…」
男「だから、これ以上は…」
千代「だからこそ、私は止めます。」
男「なんだと…?」
男は構える。
同時に対超能力部隊の姿勢にも、再び力が入る。
千代「破壊で得られる満足や快感なんて、ドラッグと同じだから…」
男「!!?」
千代「気に入らないから、不幸だったから破壊してやるだなんて、そんなもの、ただのテロリズムだ。戦争をやるような奴の考え方だ。」
男「だったらなんだ‼」
千代「復讐の中で、戦争の中で、自分が正しいと麻痺していればいい。それとドラッグの何が違う。アキラくんをお前の破壊中毒の言い訳にしやがって。ヘドが出る‼」
男「黙れ‼テメェは失ったものの気持ちなんぞわからねぇだろうが‼」
千代「だからどうした。同情してもらえなきゃ暴れるのか。わかってやれないから差しのべられる手があると解らないかッ‼」
男「そ…んな…」
千代「母親が、泣いて帰ってきた息子を、何故抱き締めるかわかるか‼それは、"どうして泣いているか解らないから、その悲しみから我が子を少しでも楽にしてあげたい"という意志がはたらくからだッ‼」
男「そんなこと言われてもよォ~~~、今さら後に引けるかよ~~~~ッ‼」
枷檻「来るぞ‼」
男はウエストポーチに手を突っ込む。
アキラ「もう止めてくれ、アニキぃ‼」
千代たちの後ろから、大声で叫ぶ。
男「!!?」
パチンコ玉がバラバラと地面に落ちる。
アキラ「この娘たちまで傷つけたら、もう、何がなんだかわからなくなっちまうよ…」
男「アキラ…」
アキラ「もう止めよう、アニキ。この女の子たちの言う通りだ…あとは任せよう。」
男は膝から崩れ落ちる。
アキラは男に駆け寄る。
男「なあ、アキラ…俺は、間違っていたのか…?」
アキラ「うん。」
男「ハハ…」
涙声で、乾いた笑いを漏らす。
アキラ「でもよ。これからは間違えないだろ。」
男「まったく…お前は、情がありすぎるんだよ…」

電子「かあ~~‼取り調べキツすぎィ‼止めたくなるよ~通報ゥ」
セイラ「まさか、あの男たちがドラッグのバイヤーだったなんて、ビックリッスよ。」
あのあと、直ぐに通報した二人は、重要参考人として、取り調べを受けていた。
超能力でできた鳥を追いかけていたとも言えず、人探しをしていたと言ったが、大いに怪しまれて焦ってしまい、余計な時間を食ってしまった。
電子「市民として良いことをしたのに、休みの日の終わりを警察署で過ごすのはどうかと思います‼」
セイラ「まったくッスよ…えらいめに逢ったッス…」
すっかり日が沈んでしまった道を、靴音を響かせながら歩く。
団地の外れの道は静かで、まだ暖かくなりきっていない夜風が吹き抜けている。
セイラ「そういえば、早瀬川先輩」
電子「なんだ?」
セイラ「"失ったもの"って、どうやったら取り戻せるんッスかね。」
電子「なんだよ。あの男が言ったこと、気にしてんのか。」
セイラ「いや、その…」
セイラは言いよどむ。
視線も自然に下がってしまう。
電子「無理なんじゃねぇの?」
キッパリと言い放つ。
電子「時間と同じだよ。過去に進めないなら、失う前に進むことなんて、できやしないよ。」
セイラ「そう…ッスよね…」
電子「あ、私こっちだから。」
横断歩道の前で、電子は立ち止まる。
セイラ「あっ、サーセン。変な話に付き合わせて。」
電子「いいのいいの。じゃなー。」
セイラ「お疲れさまッス」
セイラは同じペースで歩き続ける。
セイラ「失ったものは、取り戻せない。わかってるよ。わかってたよ、そんなこと。
ないものはない。無いんだ…。」

5月11日(月曜日)

マリ「んにゃぁ~」
ピピピピピピピ‼
マリ「んう~」
ピピピピピピピ‼
ピピピピピピピ‼ピピピピピピピ‼
マリ「うるせー‼」
スマートフォンのアラームスヌーズを止めると、ソファーから転げ落ちる。
マリ「あぁんッ‼私、ソファーで寝てるし‼朝7時だし‼シャワー浴びてないし‼…これはキリキリ生活しなくて良いとか以前に一女子高生として駄目な奴だ…」
髪を結びっぱなしで寝たせいで、頭が痛い。
スマートフォンを見ると、通知が溢れてる事に気がつく。
マリ「めっちゃLINEきてるし…めんどくさいなぁ」
マリは千代をコールした。
千代は直ぐに応答した。
千代『マリちゃん、LINE見た?』
マリ「見てないですよ…何事ですか?」
千代『セイラちゃん、あのあとから、帰ってないんだ‼』
マリ「───────────え?」

「ハーミット2」 ACT.4 錠前マリは二番じゃ嫌

5月7日(木曜日)

新しい情報や手がかりは已然として見つからず、合宿帰ってきた3年生たちと、部活で汗を流す毎日。
3年生の部員はたった3人だ。
気さくな早瀬川電子(はやせがわでんこ)、比較的常識人な川辺檀(かわべまゆみ)、クールだけどどこか天然な荒川凶子(あらかわきょうこ)。
千代が年上とも上手く接することが出来るようになったのは、彼女らのお陰だ。
そんな彼女らへの恩返しとばかりに、毎日マネージャー業に勤しんでいる。
榎「ぎゃーっ!!」
体重のかかった振動が、グラウンドを揺らす。
今日はグラウンドが空いていたので、ハードルや幅跳び、高跳びなどの道具を用いた競技の特訓をしていた

セイラ「お前の運動音痴具合は、旋風高校の歴史に刻まれるであろう…。」
榎「や、やだぁ」
砂まみれになったシャツをほろいながら立ち上がる。
膝は幾度となく擦りむいていて、痛々しかった。
みるく「ハードルをひとつも越えられないなんて、びっくりしたの…。」
満身創痍の姿の原因は、恐るべき身体能力の低さだった。
体重に対して筋肉が弱すぎるせいで、常軌を逸したジャンプ力の低さを体現したのだ。
ハードルは蹴飛ばされたり、引っ掛かったりを繰り返して、バーの固定が甘くなっていた。
真姫「これ以上ハードルを蹴ったら壊しそうだから、一番低くするね。」
榎「う…。」
真姫はハードルの固定を全て低くした。
千代「何やってるの…。小学体育?」
榎「うう…。」
見かねた千代はスクイズボトルの水の補給を中断して駆けつけた。
千代はそこにいたメンバーに状況を説明してもらうと、小さくため息をついた。
千代「あのね、榎ちゃんは運動なんて無縁に育ってきた人間なんだよ。どの競技をやったって、フォームが最悪なだけだから、基礎を教えればなんとかなるんだよ。」
セイラは陸上競技に関しては天才的だし、真姫もスポーツには馴れていた。
みるくも、運動は苦手ではあるものの、毛嫌いしていた訳では無いため、速くはないが、できないことはなかった。
比べて榎は今まで、運動嫌いで、体育の授業もサボっていたほどの徹底さだったため、基礎も体幹もヘッタクレも無いのだ。
千代「いい?速く走ろうとしなければ、榎ちゃんだってやれるんだよ。」
榎「ホントですか?」
千代「うん。」
セイラ「無理に100ペリカ
真姫「無理に1,000,000ジンバブエ・ドル
みるく「どうしてそういうこと言うの?」
セイラ「いや~、だってこいつ火事場力の方が強いから、叩かれて延びるんじゃないかな~って。」
千代「そんな心配しなくて大丈夫っていってるでしょ。」
榎「それで…どうすればいいんですか?」
千代「えーとね、ハードル走はリズム感が大事なの。ちゃんと足が上がってても、ハードルに対しての距離が不味いと敗するし、歩幅が正しくないと歩数が合わなくなっちゃう。」
真姫「あ~。中学校で習ったよそれ。」
セイラ「マジで?勘でやってた」
みるく「ちゃんと教えてたの。」
千代「外野うるさいよ」
セイラ「サーセン
千代「ハードルって、わざわざ均等に置いてるでしょ?だから、同じリズムで飛べばいいわけ。ハードルと同じ幅で手前に線を引くから、右足で踏み越えて、左、右、左でジャンプして。そしたら、次はまた右足で着地するでしょ。失敗したら最後の左足を踏み込む位置を変えて。」
榎「わかりました。」
千代「シャトルランの時のフォームを忘れないで、最適な姿勢で走るんだよ。」
榎「はい!!」
榎は言われた通りにすると、低いハードルを順調に飛び越えた。
榎「できました!!」
千代「正規の高さじゃないから、まだ出来てないの。」
榎「あぇ」
千代「ハードルを少し上げるね。」
ハードルを2フィートから、2.5フィートに上げる。
榎「文字通りハードルが上がった…。」
約15cm上がっただけでも、強力な圧迫感を感じた。
これは女子長距離(及び女子中学短距離)の正規なので、女子短距離正規の2.75フィートはさらに高い。
千代「自分の好きなタイミングで行きなさい。」
榎「は、はいぃ…。」
セイラ「できるよ~できるできる。お前ならできるよ!!ほら、空はこんなに広いのに、太陽は毎日同じコースを走ってる。根性あるよね~。君にもあるよ。だって、今日から君は、太陽だ!!」
千代「熱血テニスプレイヤーみないな圧をかけないの。」
セイラ「はーい」
榎(ちょっと心がおちついたかも)
榎の足は再び地面を蹴る。
重量のあるステップが地面に薄く足跡を残す。
ハードル手前の線を踏み越える。
1.2.3.と、心の中でカウントをとる。
4────────ッ!!
荒々しく脚を振り上げる。
榎「!!」
体は空を切り、ハードルの上をすり抜けた。
榎(やった…!!)
だが、着地からの歩幅が合わず、二つ目のハードルのを倒してしまった。
千代「もっかいやる?」
榎「はいッ!!」
かけ戻り、再びスタートラインにつく。
今度は、尻込みすることなく、軽快に走り出す。
感覚を頭の中でリピートして、均等な4つの点を打ち付けて行く。
5つ並んでいるうち、今度は4つ目に引っ掛かった。
けど、確実に進んでいる。
千代「まだいける?」
榎「はいッ!!」
みるく「ファイトー!!」
真姫「いっぱーつ!!」
セイラ「ワシのマークのダイショー製薬!!」
みんなの(一部意味不明な)声援を受け、再びゴールを目指す。
1.2.3.4!─1.2.3.4!─
ひとつ、ふたつとハードルを越える。
まだ夏は先だと言うのに、大粒の汗が顔を伝い落ちる。
みっつ、よっつと飛び越えた。
自分の中で定義付けた歩幅が身体に馴染んでいる。
錯覚じゃない。踏むべき一歩が解る。
いつつめを飛び越えた。
左足がハードルを掠めることはなかった。
榎「やっt」
しかし、榎は倒れることとなった。
セイラ「大丈夫か!!?」
倒れた榎に駆け寄る。
榎「足…ぐねった。」
千代「どれ、みせてみなさい。」
榎を仰向けにして、靴下を脱がせる。
千代「あぁ、ほんとにちょっとバランスを崩しただけだね。アイシングして、湿布張っておけば明日には元気だよ。」
真姫「よかった~。」
みるく「心配したの~。」
榎「でも、痛いから、今日はもうやらない。」
千代「そうね。氷のうとってくるから、フェンスにでも凭れてて。」
千代はグラウンドに設置された粗末なベンチに向かう。
グラウンドで活動するときに、部員のバッグや道具を置くのはこの近辺と決まっている。
野球部だけは例外的にマウンドの向こうに設置されている打席待ちのベンチに置く。
ベンチのクオリティに差はない。
白い塗装が所々剥げた木造のベンチだ。
そろそろ取り替える時期が来ているのでは無いかと言われているが、どこかの寄贈品らしく、無闇に捨てられないようだ。
千代(足が一本取れかかってるんだよなぁ)
クーラーボックスを探っている間にも軋みをあげるほどに年期が入っていた。
氷のうを取り出して、顔をあげると、一人の女生徒が立っていた。
くちなし色(比較的白に近い微かに赤みのあるオレンジ)のツインテールが可愛らしい。
セイラのツインテールが"ラビットタイプ"と呼ばれる、こめかみの上辺りに始点があるものであるのに対し、その女生徒のツインテールは"レギュラータイプ"と呼ばれる、耳とほぼ同じ高さに始点があるものだった。
女生徒「あ、すいませーん、自分、部活迷っててー、色々見学して回ってるんですけど、見てっていいですかねー。」
千代「いいよ。好きに見てって。」
女生徒は、明るいという意味でも、軽いという意味でもライトな人間だという印象を与えた。
女生徒「あざーす。」
千代が背を向けると、バギン!と強烈な音がした。
女生徒「あいてて…」
千代「大丈夫‼?」
ぼろぼろだったベンチは遂に天寿を全うしていた。 
ベンチは倒れていないものの女生徒のふくらはぎには切り傷が出来ていた。
千代「絆創膏出すから、待ってて。」
女生徒「すみません、仕事増やして…」
開けっぱなしだったバッグから、慣れた手つきで絆創膏を取り出して、氷のうの中の水で濡らしたハンカチで傷口を拭いてから貼った。
女生徒「あざーす…」
千代「いいのいいの。…ついでに榎ちゃんの擦り傷にも貼っておこうかな。」
千代は、榎たちのもとへ戻る。
女生徒は千代の背中を目で追いながら、その場に立ち尽くす。
その視線はやがて足下にある、折れたベンチの足に落ちる。
女生徒「大丈夫よ…慣れてるわ。」

セイラ「これで、中学体育は修了だな。」
榎「えっ」
真姫「当たり前でしょ~…もう高校生なんだから、基礎なんて出来て当たり前なんだよ。ここからタイムを縮めていくのが部活なんだからね。」
榎「うええ…」
千代「榎ちゃんはダイエットがメインだし、ゆっくり成長していけばいいよ。今日はもう終わるんでしょ?」
榎「はい…」
千代「3人はどうするの?見学者も来たんだけど。」
セイラ「へー…あ、マリじゃん。」
真姫「知ってるの?」
榎「うん。マリちゃんはC組なんだ。」
セイラ「雑誌やマスコミの注目を浴びつつあるアイドルの卵なんだってさ。スカウトもよくされてるらしい。」
真姫「へぇ~…でも、なんで陸上部なんだろ。」
千代「うちに限らず、いろいろと見て回ってるんだって。」
みるく「でも、おかしいの。」
真姫「何が?」
みるく「いずれアイドルになるんだったら、部活なんて続けられないと思うの。アイドルって、人気になると、単位不足で高校を中退する例も珍しくない訳だから、まともに授業も受けられないのに、部活なんておかしいのね。」
榎「アイドルになるか、普通の女子高生でいるか、迷ってるんじゃない?青春をお金に変えるのって、かけがえのないものを売るわけだから、結構リスキーでしょ。」
千代「何言ってんの。将来有望だから、見るだけタダってことでしょ。」
セイラ「先輩、それは軽率ッスよ。アイドルには消費期限がある…アスリートと同じように。それに、アイドルには色恋沙汰も許されないッス。この選択は大変なんスよ。」
靴紐を結び直したセイラは、ハードルの前に立つ。
セイラ「どんなに器用に生まれた人間でも、天に二物を与えられていたとしても、ヒトであるのなら、いつまでも器用じゃいられないんですよ。」
千代「盛者必衰ってことでしょ。わかるけど、凡人の私たちからすると、贅沢な悩みってことよ。」
セイラ「才の無さは貧しさッスか。」
ザリ、と地を蹴り、ハードルを飛び越える。
他人より二回りも太い太ももの筋肉が、跳躍、着地、投足をことごとく期待通りのものにして行く。
脚が重点的に発達したその体躯はカンガルーを思わせた。
5つのハードルのコースを水切りのように素早く、軽快に駆け抜けて行く。
たが、走り終えた彼女の表情は不満げだった。
セイラ(ハードルの高さを下げていたのを忘れていた。余計に高く想定して飛んでしまったか…)
小数点下で争う世界、余分は許されなかった。
続いて真姫とみるくがハードルを跳ぶ。
セイラ(無駄だらけだな。妥協してしまいそうになる。)
みるくは素人なので解るが、真姫も案外と力みがちで、動きに無駄が多かった。
セイラ(跳躍の力加減が均等じゃないから着地点が乱れている…そのせいで、次に跳躍する予定のステップがずれている。その繰り返しで、歩幅が不安定だ。)
遠く、空の向こうを見上げる。
セイラ(…みんなとはやっぱり遊び友達だ。競い会う相手が出来る、オリンピック候補生の合宿が楽しみだ…)
セイラはマスコミに取り囲まれたこともあるほどの才あるトップランナーだ。
幅跳びや高跳びは得意ではなかったが、短距離長距離問わず、ノーマルに走ることに特化していた。
実際、ハードルも大したことは無かったが、父親亡き今、希望を失った母に、娘の輝く姿を見せたくて、ひた向きに努力を続けてきたわけだ。
セイラ(家族と才能、どっちを失った方が幸せだったんだろうか。)
不意に思い出す。
人間の幸せの総量は、誰でもみんな差し引き同じだと説いたテレビのタレント。
磨かれた才能と、愉快な友人、優しい両親を共に持つことは、もしかしたら私の幸せの総量を越えていたのかもしれない。
分不相応だったのではないか、と。
もしかしたら、凡人なら、誰も失わずに済んだのではないか…と。
真姫「ねぇ」
セイラ「わっ」
話しかけられて、我に帰る。
真姫「ハードル元に戻すの手伝って。」
セイラ「ん、そうだな。」
ハードルの金具に手をかける。
真姫「今日、すごくよく晴れてるね。」
セイラ「ん?あぁ。」
みるく「セイラちゃん見とれてたの。」
セイラ「ハハ、そうだな。」
ああ父よ、失ったものはどうすればいいのだろう。

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マリ「私、この部活入りますっ‼」
セイラ「おーマジ?」
千代「ここでいいの?」
丁度練習を終えて、備品を片付けている所だった。
マリ「いやー、この部は、仲間はずれがいなんだよねー。そこがポイント。」
桜倉「幽霊部員がいるかもよ。」
部活の概要についてのペーパーと、入部届けをまとめて、マリに差し出す。
マリ「えー、何?入ってほしくないの?」
桜倉「なんだよ、ジョークじゃないか。」
凶子「いちいち派閥を作ってやるほど人数も居ないのよ。」
走り込みをしていた三年生たちも戻ってきたようだ。
千代「それにね、仲間はずれを作るようなことを言うやつは、いつの間にか、そいつから孤立していくものだよ。」
マリ「あー、いいですね、それ。そんなに分裂するのが好きなら、一人でやってろって感じですよね。」
千代「そういうこと。」
マリは入部届けをすらすらと書き終えた。
桜倉「お、字が綺麗だな。」
マリ「私は才女なので当然でーす。」
電子「自分で言うなや」
マリ「と、言うことで」
脚の折れていないほうのベンチの上に立つ。
マリ「1年C組錠前マリ(じょうまえまり)、よろしくぅ!"マリっぴ"って呼んでね☆」
キラッ☆とウィンクをして、ピースサインを送る。
電子「あぁ…」
凶子「…」
千代「うん…」
微妙な空気が流れる。
真姫「よろしくね。」
榎「よろしく、マリっぴちゃん。」
天然二人組を除いて。
マリ「さんきゅー☆…っておわぁ」
突然、強い風が吹き付ける。
ぐらついて倒れるが、部室からタオルを持ってきていた枷檻に受け止められた。
枷檻「パンツのお披露目会なら他所でやれ。」
マリ「見えてました…?」
枷檻「私はシャッターを切った」
マリ「えー‼止めてください‼脅しても何も出ませんよ‼」
枷檻「心のシャッターだよ。他に誰も見ちゃいない。」
マリ「あ…すみません…。」
マリは枷檻の腕の中から解放される。
凶子「やかましいのが増えたわね。」
檀「いいんじゃない?喧騒も部活の醍醐味よ。」
電子「濃すぎる気もするけどなぁ…」
桜倉「…全員担当の荷物は持ちましたか~、部室に戻りますよ~。」
電子「ん、オーケー。」
榎「みんながんばってね~」
桜倉「おめーもだよ」

榎「うわーマリっぴちゃんふにふにー」
真姫「ほんとだふにふにー」
みるく「ふにふにー…」
マリ「いやーん☆」
桜倉「女同士で何クネクネしとんねん。亜万宮先輩じゃあるまいに。」
榎「だってほら、肌綺麗だし…スリムだ」
真姫「ちょっと後半に怨念を感じた」
部員の目線がまだらにチラチラ集まる。
マリ「嫌ーですねー。マリっぴのこの美しい肌の秘訣がそんなに知りたいのですか~?」
パイプ椅子に座って脚を組み、ファッション雑誌さながらのポーズをとる。
凶子「"大スクープ‼美肌の秘訣はウザみ"」
マリ「じゃかあしぃっ」
凶子「上級生に対してはツッコミでも敬語を使うべきよ。」
マリ「うげー、煽っといて、よー言いますよねー」
凶子「失礼芸が許されるのは若いうちだけだから、釘を刺したまでよ。」
マリ「やーですねー。マリっぴは芸能界行くつもりないッスよ~」
榎「えーーーーー!!!???」
真姫「えーーーーー!!!???」
セイラ「えーーーーー!!!???」
桜倉「スカウトされてんだろ?もったいねぇなぁ。」
マリは一瞬俯きながら「チッ」と声が出そうな顔をしたが、直ぐに笑顔に戻った。
マリ「いやさぁ、今朝まではずっと迷ってたんだけどぉ~、榎ちゃんがさっき、『青春を売ることは、かけがえのないものを売るわけだから』って言ったから~、青春を売るってよく考えたらもったいないって思ったんだ~。」
桜倉「なんだ、榎もたまにはいいこと言うんだな。」
榎「わーい‼褒められた」
檀「皮肉だよー」
千代「ならば私は心無い人間か」
セイラ「詫びよ」
マリ「いいっていいって。…気にしてませんよ、先輩。」
電子「おいっ」
部員を掻き分けて、マリの前へ詰め寄る。
電子「よたばなしはいい、美肌の秘訣を教えてくれ。」
真姫(目がマジだ…)
榎(こわい…)
ギャラリーがドン引きするほどのマジ詰め寄りだった。
マリ「いいですよぉ~。」
電子「マジか?」
マリ「ただし…」
電子「ただし…?」
マリ「"苦しい思い"をしたり、"幸せを失ったり"してきてください。」
電子「おん?どーゆーことだ?」
ギャラリーがクエスチョンマークを投げつけあう。
マリ「まー、つまり、辛いおもいに我慢できない人は、どんなことも長続きしないって事ですよ。」
電子「…?ん…そうか。」
千代「でも、言い方が穏やかじゃないよ。言葉を選んだらどうなの?」
マリ「いやいや、間違ったつもりはないですよ先輩。」
自分の補助バックを持って立ち上がり、千代に面と向かって言った。
マリ「ギブアンドテイク。どちらかが一方的に幸せになるなんてズルですよ。」
少し低い声だった。頬は上がっていなかった。
千代「…ふぅん。」
マリ「じゃ、おっ先ー☆」
笑顔に戻ると、小さく手を振って、部室を出ていった。
檀「リアリストなのかね…」
セイラ「"人間の幸せの総量は、誰でもみんな差し引き同じ"」
枷檻「あー、なんかそれ聞いたことある。」
桜倉「テレビでやってたなぁ。」
セイラ「後でツケが来ないように、先に幸せを棄てておけってことなんじゃないかな。」
榎「なんだ、親切なら素直にそう言ってくれればいいのに。」
千代「いや、だとしても…」
電子「あー、お前、運とかオカルトとか真に受けないタイプだな?だいたい実力行使だもんな。」
千代「え?あぁ、はい。オカルトは超能力のパチもんです。」
電子「着替えたらさっさと出るんだぞー。先帰るから。」
セイラ「さよならッス、早瀬川先輩。」
榎「あ、さよなら~。」
真姫「さよなら~。」
桜倉「お疲れ様です。」
枷檻「お疲れーす。」
凶子「私たちも行きましょう。」
檀「そだね。」
次々と部員が部室を出て行く。
千代(だとしても、あの表情は、裏があるとしか思えない…)
榎「せーんぱい‼」
千代は後ろから抱きつかれる。
千代「うわぁ」
榎「帰りましょ。」
千代「…うん。忘れ物はない?鍵閉めるけど。」
榎「はい‼」
部室を出て、施錠した。
千代(錠前マリ…すこし、探りを入れた方が良さそうだ…。)

千代「私、職員室に鍵置いて帰るから、先いってて。」
榎「あ、はい」
単独行動になると、能力を使って気配を消し、走り出した。
実際、部室の鍵など、持ちっぱなしでも何も言われないので、置く必要などないのだ。
1-Cの教室につくと、入る直前、入学時のテストのランキングが張り出されていた(名誉のために点数は伏せられている)。
榎の順位が、下から数えた方が早いことに苦笑いするが、ひときわ目を引くのは一位だった。
千代「一位…錠前マリ…」
クラス別だけでなく、学年トップらしい。
千代「才女…ねぇ」
教室は夕焼けに染められていた。
幸い人はおらず、気兼ねなく探索することができた。
1学期のはじめなので、目的の席は出席番号で算出できた。
この学校は元々女子校だった名残で、女生徒の割合が多い。
なので、女子の方が早い番号がふられるのだ。
千代「9番…二列目の3番目。」
机の中を探るがカラ、横のフックには女子特有の巾着が下げられている。
千代「生理用品("その量"にあわせてそれぞれ2つ)、鎮痛剤(1面のみ)、薬用リップ(メンソール)、絆創膏(猫のイラストつき)、ポケットティッシュ、ウエットティッシュ、日焼け止め(試供品)、ヘアゴム(ゴムむき出しではない髪の毛が絡みにくいやつ)、ヘアピン(黒い針金のようなオーソドックスなもの)…怪しいものはなし。」
やや大きかったため探ってはみたものの、単に物量が多いだけだった。
ロッカーにも手をつけてみる。
が、消臭スプレーとメモが入っているだけで、会話したときのような、おちゃらけた感じは見受けられなかった。
千代「テストでトップなんだから置き勉は無しか。」
しかし、なんだろうか。
嫌な寒々しさを覚えた。
千代「普通、ああいう性格なら、要らないプリントを詰めたり、シュシュとか霧吹きとかを放置したりしてると思うけど…。」
そう、彼女の持ち物は、どこか簡潔で機械的なのだ。
千代「彼女は、"天才ではない"、か。」
アイドルの資質も、テストの点数も、規則正しい生活と努力で勝ち取っているととれる。
千代「ん?この棒はなんだろ」
消臭スプレーの陰に隠れていたものを取り出した。
小顔ローラーだった。
千代「おばさんかよ…」
それはともかく、気になるものはひとつだけに絞られた。
メモ帳だ。
これの内容によって彼女へのイメージが左右される。
桜色の、何の変哲もないメモをめくると、わりと内容はびっしり書き込まれていた。
「今井くんに彼女ができた」
「よっちゃんが懸賞に当たった」
「のんちゃんが100円を拾った」
「榎ちゃんが憧れの先輩と再開した」
「健太郎くんがガチャガチャで目当てのものを1回で手にいれた」
「清子が美容院でイケメンに会った」
…他にもそんなようなことが書き綴られていた。
そして、それをすべて横線をひいて消していた。
千代「なにこれ…」
意味不明なメモだった。
ただ、メモの内容は、共通して"他人の幸せなこと"だった。
しかし、なぜそれらをわざわざメモするのか?そして消すのか?
予知能力を試しているのか?
しかし、書かれていることは過去形だ。
思案しながらページを繰っていくと、最新のメモが残されたページにたどり着いた。
すると、一番新しい「健太郎くんが美人の先輩と仲良くなった」だけ横線が引かれていなかった。
千代「幸運が起きたあとに何か一定のアクションを踏んだことを示唆している…」
メモの残りのページをめくっていると、廊下から足音が聞こえてきた。
千代(まずい)
ロッカーにメモを戻して、目立たないようにする。
能力のお陰で、こそこそ隠れる必要はない。
マリが、息を切らして教室に駆け込んでくる。
ロッカーを開けた。やはり、目的はメモだ。
マリ「…誰かに読まれた…。」
千代(!!?)
うっかりしていた。
メモ帳は、最初は裏返しで置かれていた。
しかし、焦ったせいで表向きに置いていたようだった。
マリ「ま、意味わかんないだろうし、別にいいか。」
メモ帳を補助バッグにしまう。
マリ「これで清算したことにしても…大丈夫よね。あっちだって大した進展もないんだし。」
意味深な呟きをして、さっさと去っていった。
千代「ますます怪しい…。」

もう少し追ってみたものの、普通に校門を出て帰路に着いたため、深追いはしなかった。
千代「清算…ってことは、幸運に対しての不幸…。とすると、あのメモ帳は幸運バランス表ってことか。
いや、でもおかしい。なんで"他人の幸運"のバランスを"自分の不幸"でとるんだろう…。」

マリ「じゃがいもの値段がまた上がってるわ…。やっと玉ねぎの値段が落ち着いてきたのに…。」
毎日律儀に持って帰っている教科書の入った補助バッグを右手に、それとほぼ同等の重さをもつ買い物袋を左手に。
突っついたら倒れてしまいそうな姿は、出来損ないのやじろべえのようだった。
マリ「部活になんてホントは入りたくなかったけど…。あの部がオカルト案件に鼻が利くなら仕方ないわ。」
すっかり暗くなった道のりを気合いで急いだ。
自宅の鍵を開ける前にスマートフォンで時間を確認する。
6時27分をさしていた。
マリ「遊んで帰った時間じゃないのよ。まったく…ろくに休めやしない。」
水物の調味料は日の当たらない廊下の段ボールに、その他の食材は冷凍冷蔵庫にどしどし詰め込む。
マリ「たまには無駄遣いしたいわ。」
使いきれそうにない野菜類を無造作に取りだし、細かく刻む。
それを、油を敷いたフライパンに放り込み、少な目のごはんと、前日に調理しておいた味つきの鶏そぼろをプラスし、醤油と胡椒を適度にふる。
マリ「食材は皆、すべからくチャーハンに通ず。」
焦がしてしまわぬように木のへらで掻き回して行くと、もはやチャーハンではなく米入りの野菜炒めになっていることに気付く。
マリ「気にしたら負けだ。」
アメリカではお米も野菜だぜ!!
よって今、使い捨ての紙皿に盛り付けられたのは、まごうことなき野菜炒めだ。
マリ「なんでもいいわ。誰も見やしないわよ。」
いただきますも言わずに掻き込む。
マリ(多いし、余った分は明日の弁当の白飯の代わりに入れておこう。)
腹八分目の時点で、残りの野菜炒めをラップにくるみ、冷蔵庫に入れる。
マリ「さてと。」
マリは調理に使った器具を洗い始める。
そこで、弁当箱も同時に洗うのは、いつもの流れだ。
マリ「あ」
洗剤のボトルは、不機嫌な口笛とともに、小さなシャボンを吐き出す。
マリ「忘れてた…。」
空になったボトルをゴミ箱に放る。
マリ「折角急いでやって自由な時間をとろうとしたのに…。私のばか…。」

前輪ブレーキのきかなくなった、錆びだらけのママチャリを飛ばしてスーパーに向かう。
タイヤがパンクしているのか、ガタガタと揺れて、とても座っていられないし、なによりスピードがでない。
ライトもとっくに切れているので、事故に遭わないかとひやひやさせられる。
しかし、歩くよりは速い。
学校には恥ずかしくて乗っていけなくても、単独行動なら最速の交通手段なのだ。捨てたものじゃない。

帰ってくると、リビングの掛け時計は7時23分を指している。
マリ「勘弁して…。」
ポリ袋を丁寧に畳んで補助バッグのサイドポケットに突っ込むと、再び食器洗いに取りかかる。
終わったのは7時40分だった。
マリ「年頃の乙女がたった十数分でお風呂に入らなきゃいけないなんて、烏の行水もいいところよ。」
木曜日にもなり、こんもりしてきた洗濯かごに、ちからづくで下着と靴下を突っ込み、制服は畳む。
マリ「あぁ、急ぎすぎてお風呂も沸かしてないわ。
ま、結局入る時間無いから、結果オーライだけど。」

髪と身体を素早く洗い、風呂を出た。
無駄毛の処理などしている暇は無かった。
着替えを風呂場に置いておく往復が時間の無駄なので、身体をバスタオルで拭くと、全裸のまま階段を駆け上がり、自分の部屋で服を着た。
スマートフォンは8時4分を指している。
マリ「アウトじゃん…。」
勉強机の棚にあるワークを広げる。
このワークは、名前だけが書かれた、ほぼ新古品だ。
"名前 錠前野鳥花(じょうまえのどか)"
いとこの名前だった。
ワークが未使用なのは、彼女が失踪したからだそうだ。
それを思い出さないように、名前の欄は見ないようにしている。
普通にしていれば、見る必要もない。
だが、慌ただしかった今日が思考を停止させ、見させてしまった。
マリ「野鳥花姉…。」
部屋の壁に貼られているアイドルのポスターを見つめる。
マリ「敵わないよ…。」
上の空だった頭に時計の針の音が流れ込む。
マリ「────ッ!!」
体を跳ね起こし、机に向かう。
マリ「ダメよ私、天才は常に鍛練を怠らないのよ。」
頬をピシャリと叩き、ペンを握った。
────9時30分。
スマートフォンがけたたましくアラームを鳴らす。
マリ「ふぅ。」
張り詰めていた空気がほどける。
のびをすると、睡魔が押し寄せる。
マリ「いかんいかん…。」
スマートフォンワンセグを使って、TVを見る。
画面の半分をテレビ欄にして、次の日の話題についていけるように、ざっと目を通しつつ、「ビューテフル・フロア」という、女性向けのファッション情報&ドキュメンタリーのくだらない番組を見る。
これを見ておかないと、どうやって既存の服をローテーションしてギリギリ流行りの側溝に嵌まれるかがわからなくなってしまう。
ユニクロの服だって、シンプルなお陰でカラーカバーすれば問題ない。
土日には男どもに親密な関係を匂わせて貢がせなければならない。
決してこちらからはイエスの意思を口に出さず、近い距離をとってシャンプーの香りの安い香水を使い、上目遣いでニコニコしていれば、女性経験の浅い男どもの財布の紐はトリックを使ったように引き抜ける。
相手からそれ以上近づこうとするなら、ハッキリとノーと言うこと。
引き際を誤るとしつこく絡まれたり、刑事事件になりかねないので、"キョロ充のウェイ"を狙うと、まわりの男友達に流されて、あと腐れなく次の恋に向かってくれる。
騙すような真似をして心は荒んでいくが、生憎と本音で笑えるようなぬるま湯の生活なんてしていないのだ。
一番、自分が一番幸せじゃなくちゃ駄目なんだ。
体質や運命なんて、目一杯の努力で覆してやる。

次の朝、いつもなら炊飯器のアラームで目覚める予定が、どうやら昨日は寝落ちしてしまったらしく、静かな目覚めとなった。
マリ「まずったな…。」
幸か不幸か、弁当なら昨日作った野菜炒めがある。
白米を炊いたあとに混ぜられないのは痛いが、登校までには間に合えばと、米をといで炊飯器に入れる。
マリ「早起きは三文の得にしかならぬ」
いつもは4時30分に起きるところ、4時に起きた。
だが、結局のところいつもの生活を始めるのは同じ時間だった。
冷蔵庫からカボチャの種と牛乳を出して、食べる。
これから30分ランニングするので、その間、空腹間や喉の渇きを感じないためのものだ。
始めた頃は、クソ美味しくない組み合わせだと思っていたが、今は馴れてしまい、滋養強壮剤として認識している。
ひととおりランニングをして帰ってくると、5時15分を目安にシャワーを浴びる。
シャワーで濡れた髪はバスタオルで包んで、ターバン状に頭に巻き付ける。
ガシガシ拭いたりドライヤーで乾かすと、髪の毛が痛んでしまうためだ。
うら若き色ツヤを保つには、キューティクルは大切だ。
キッチンに向かい、朝食と弁当を作る。
弁当は、昨日の野菜炒めと冷凍唐揚げだ。
冷凍唐揚げは業務用のものを買って安く済ませている。
この唐揚げも食べ飽きすぎて、満腹感を与えるだけの滋養強壮剤と化しているが、今日は白米ではないので違った味わいになれと願っている。
朝ごはんは…インスタントの味噌汁とマカロニサラダだ。
マリ「コピペ唐揚げよりは美味しい」
手早く食べると、洗面台の鏡の前に行って顔面マッサージを行う。
強くやり過ぎてもしわになるし、弱すぎても効果がない。
その兼ね合いを考えつつも、鏡の中の自分は変な顔を次々作る。
やりはじめた頃は、それこそ可笑しくて笑えていたが、今じゃ単純作業だ。
顔が終わると、次は体のストレッチ。
毎日続けているお陰で、体は柔らかい。
ヘアアイロンや化粧は髪や肌を傷めるので極力やらない。
その代わりといってはなんだが、毎日日焼け止めを塗っている。
曇りの日でも紫外線は降り注いでいるので、油断は大敵だ。
ボディーケアを終えると、いつも使っているシャンプーの香りの香水をふる。
平日は少な目にふって、女子高生が持つとされている特殊な油脂の匂いを消してしまわないようにする。
何だかんだと準備をしていたら、7時20分になった。
これも、いつものことだった。
マリ「私ったらおとぎの国の女王様ね。」
補助バッグの勉強道具を詰め替え、家を出る。
ツーロック式のドアをしっかりと施錠し、ノブを引っ張って閉まりを確認する。
マリ「…。」
いってきますを言う相手は居なかった。

榎「先輩せんぱーい、おはよーございまーす」
千代「おはよう、榎ちゃん…と、みるくちゃん。」
みるく「……!!」
榎「ええ!!」
榎の陰で手を振って挨拶を返す。
榎「もー、居るなら言ってよー。」
玄関に入り、下駄箱に手を入れると、榎の手には何も当たらなかった。
榎「ん?」
みるく「榎ちゃんだけ上履きがないの…。」
千代はおもむろに、開いた榎の下駄箱に足をかけ、顔を下駄箱よりも高い位置に持って行く。
千代「靴を上にあげておくなんて、古典的なイタズラだねぇ。」
下駄箱の上に乗っていた榎の上履きをとった。
榎「あ、ありがとうございます。」
千代「なんてことないよ。」
千代は榎に上履きを返す前に、中を覗き込んだり、軽く叩いたりした。
榎「何してるんですか?」
千代「いや、単純すぎて、本命のカムフラージュかと思ったんだけど、何もないみたい。」
みるく「いじめ対策のエキスパートなのね…。」
千代「いや、摩利華ちゃんがいじめにあってたとき、下駄箱を溶接されて、靴のなかには納豆を詰め込まれていたって話を聞いたことがあって。」
榎「えぇ…。備品壊します?普通…。」
千代「それよりも、中学生が学校にはんだごてを持ち込んだことの方が驚きだけどね。」
みるく「そのあとはどうしたの?」
千代「金と権力を行使して、クラス全員に同じことをし返したんだって。それで、こう言ったんだ。」

────「庶民の間では、このような遊戯(あそび)が流行っているのですね。どうです?みなさん、楽しんでいただけましたか?」


榎「怖いよ!!」
みるく「魔女なの…。」
千代「ま、過去話はそこまでにしておいて…授業、始まっちゃうよ。」
榎「あぁ、そうですね。」
みるく「それではまたあとでなの~。」
千代「じゃね。」
手を振りあい、互いの教室へ向かった。

榎「ええーー!!」
ホームルームが終わって、ロッカーを開けると、教科書にガムをつけられていた。
みるく「先輩が言ってたことって、こう言うことなの…?」
榎「油断した…。」
桜倉「どうした?…あ~、またタチの悪い。」
桜倉は廊下へ向かう。
桜倉「新聞用意して待っててくれ~。」
榎「え?あ、うん。」
黒板の左側、窓側に置かれている工作用品ロッカーから古新聞を取り出すと、桜倉は洗剤を持って戻ってきた。
桜倉「ガムには柑橘系のものが効くんだ。貸してみ。」
新聞に柑橘系の洗剤を染み込ませて、少しずつガムを剥がす。
桜倉「ちょっと取りきれなかったり、シミが残ったりするけど、我慢しろよな。」
榎「いやいや、すごいよ!!桜倉ちゃん。」
セイラ「しっかし誰だよ、こんな妙なことしたの。」
桜倉「なんだ~セイラじゃないのか?」
セイラ「どぅあ~~れがそんな真似するか。美樹じゃねえのか?あいつガム好きだし。」
榎「迷惑かけちゃったからね~…。仕返しかも。」
セイラ「…っと、チャイムだな、あとで訊くか。」

美樹「は?」
一時間目が終わったあと、隣のクラスへ行って訊いてみたが、なんだこいつ、みたいな顔をされた。
美樹「そんな陰湿な真似しないわよ。不満があったら直接言うわ。その方が気持ちいいし。」
榎「あ~、よかった。いや、よくない。犯人への手がかりが無くなっちゃったよ。」
美樹「あ~、あのさ。耳かして。」
榎「?」
耳打ちするようにジェスチャーをとる。
美樹「あとで"見て"あげるから。」
榎「お~、おっけ。」
美樹「これっきりよ。私は便利屋でも名探偵でも無いんだから。」

昼休み、美樹を1-Cに呼び出し、ロッカーの記憶をキャストに読んでもらった。
美樹「ん…と。」
榎「どう?」
美樹「はぁ…。駄目だ、"やらされている"。主犯ではなく共犯者ね。めんどくさいことになったわ。」
ロッカーを閉じると、その瞬間、火災を報せるベルが鳴った。
しかし、生徒たちはあまり焦っていなかった。
何故なら、校内でタバコを吸う生徒がでないように、火災報知器は敏感になっていて、そのうえスプリンクラーまでついている。
セイラ「燃え広がってないといいんだけどな…。」
弁当をつつき終える頃、担任が血相を変えて入ってきた。
担任「あぁ、陸上部、大変だ。」
榎「どうしたんですか?」
担任「部室が爆破された。」

部室には既に他の陸上部がいた。
千代は燃えカスや爆弾の破片を調べている。
担任「藤原さん、警察が来るまで現場は触らないでください!!」
千代「すみません。」
一言謝ると、陸上部一同が集まっている輪に入る。
凶子「どう?何か見つかった?」
千代「…凶器はガスボンベ。仕組みは、ガスボンベに銅線をぐるぐる巻きにして、単1電池を使ってショートさせるものだった。絶縁チューブのついた銅線でも密集してショートすると熱に耐えきれずに発火するから、ガスボンベを爆発させるには充分って訳。」
枷檻「しかし、それ以外の情報は無し…か。」
一同はうーんと唸る。
檀「あとは警察に任せようよ。」
電子「そーだな。」
三年生組は教室へ戻って行く。
真姫「藤原先輩と小鳥遊先輩はどうするんですか?」
千代「もう少し調べてみようと思う。」
枷檻「右に同じかな。」
千代「こんなんじゃ部活なんて呑気にしてられないから、今日は休みにするよ。」
セイラ「ウィーッス。」
真姫「私たちは戻ろ?」
榎「なんか、今日は変だ…。」
千代「どういうこと?」
榎「実は…。」
榎は教室で起こったことを話した。
千代「その共犯者を尋問しなくちゃね…。」
桜倉「手荒ですね。」
枷檻「オカルティックな捜査をした以上、警察に証拠として出すことは出来ない。こう言うときはちからづくでやらなくちゃあな。」

放課後。
千代「さて。」
人気のなくなった1-Cの教室。
千代「なんで呼び出されたかは、わかるよね?」
沈黙が流れる。
千代「榎ちゃんにちょっかいだした生徒から事情は聞いたよ。」
またしても沈黙。
千代「昨日はあんなにヘラヘラしてたのに、それがあなたの本当の顔ね。錠前マリ。」
マリ「ええ。悪い?」
千代「あんた、自分が何をしたか…」
マリ「うっさいわね。単なる憂さ晴らしでこんなことしたと思ってるわけ?」
千代「何が言いたい。」
マリは短く溜め息をついて、机に座る。
マリ「事件を起きれば陸上部が動く。それがなぜなのか、謎だった。でも、この前の後藤榎と茅ヶ崎美樹のひと騒ぎを見て確信したのよ。あんたらはオカルト案件を扱ってるって。」
千代「なんで普通に相談しなかったの?」
マリ「実験を…してたんだ。」
千代「実験」
マリ「先輩って、人間の幸せの総量は、誰でもみんな差し引き同じだって思います?」
千代「それと今の話が関係あるの?」
マリ「答えはノー。他人が幸せになることで、不幸になる人間はいた。」
千代「それがあなたって話ね。」
マリ「そ。だからね、今まで、他人の幸運に怯えながら生きてきたのよ?わかる?」
千代(そうか…あのメモ帳はそういうことだったのか…。)
マリ「人がラッキーな思いをするたびに、他人が歓喜の声をあげるたびに、背中に嫌な汗をかくのよ!!わかる!!?」
マリは千代に詰め寄った。
マリ「私はね、親も選べず、くじにも当たらず、下手ばかりを掴まされて生きてきたのよ。」
マリは千代の胸ぐらを掴んだ。
マリ「でも、回りのみんなはいっぱい幸せだった…。私と一緒にいるとラッキーでハッピーになれるって知ってた…。だから、ことあるごとにすり寄ってきたものよ…クソどもがッ!!」
マリは両目に涙をためていた。
マリ「だけど私頑張ったんだ!!いっぱい勉強して、贅沢も我慢して!!でも、誰かが幸せになれば、また私に災いが振りかかった!!他人の幸せが怖いままだった!!
だから!!他人を不幸にすれば自分に幸せが帰ってくるかもしれないって思ったんだ!!」
千代「…。」
マリ「ヒト一人が、ヒト一人分の幸せを望んで、何が悪い!!」
こらえきれずに、涙を溢れさせるマリ。
マリ「この空間で、一番幸せそうに笑う榎が…私は具合が悪くなるほど怖かったんだ…。」
千代はマリの肩を抱き寄せた。
千代「マリちゃんは、自らの不幸と戦ってたんだね…。」
千代が素直に抱き寄せたのは、マリの背後に超能力の像が現れていたからだった。
真っ二つの歯車に、顔と手が浮いている。
千代「『取り零してしまう幸せ(ミス・フォーチュン)』、それがマリちゃんの力の名だよ。」
マリ「え…。」
千代「まぁ、名前は今、私が独断と偏見によって付けたものなんだけど、超能力っていうのは、自覚すると、ある程度コントロール出来るようになるものなんだよ。ほら、見てごらん。寄り添うその歯車の像がマリちゃんの能力だよ。」
マリ「これが…。」
千代「マリちゃんは、自分の能力を知らなかったせいで、暴走させてしまってたんだ。私だって、そうだった。」
マリ「先輩が…?」
千代「うん。私は、気配を消す能力を持ってるんだけどね、そのせいで、高校に入るまで、ずっとひとりぼっちだったんだ。」
マリ「う…う…。」
千代「でもね、みんながいてくれて、今は会えないあの人が居てくれて、私は友達ができたんだ。だから、マリちゃんも、もう一人で戦わなくたっていいんだ。ちゃんと、痛みがわかる友達だから。」
マリ「う…ッく…。」
千代「ほら、もう不幸じゃない。」
マリ「ぅああぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!!」

───マリは両親が離婚しているそうだ。
その原因は、父親の行きすぎた教育方針のせいだった。
父親方の家族は、とにかく「無駄」を嫌った。
職場では、その姿勢が「真面目」「仕事熱心」ととられ、秀でた人材として脚光を浴びていた。
母親は、そんな仕事上手な彼に惹かれて結婚、マリを出産した。
ところが、いざ子が産まれてみれば、考え方を押し付けるような教育をするようになった。
父親は娘の「無駄」を赦す母親にまで当たるようになった。
たえず夫婦喧嘩が続き、マリは家に帰りたくなく、裏庭に隠れていた。
そこで、いとこの野鳥花と出会った。
野鳥花も、父親の兄弟の娘だったため、同じ目に会っていた。
違いがあるとするなら、野鳥花の母親は父親の考えた方を認めていたため、責められるのは自分だけで、窮屈な沈黙が家を支配していたことだった。
同じ苦しみを味わう少女二人、姉妹のように過ごした。
だが、そんな時間も長くは続かなかった。
帰りが遅いマリに対して父親は暴力を振るうようになり始めた。
それは野鳥花も同じようだった。
日に日に会う回数は減り、痣は増えていった。
そんなある日、マリの母親は、一方的に離婚届を提出し、姿をくらませた。
父親は今更、普通の人間が普通に傷ついたみたいな顔をしていた。
暴力を振るわなくなった。
しつけもしなくなった。
話もしなくなった。
仕事もしなくなった。
大切なものを失って、それを築くために積み上げて来た時間が無駄だと気づき、野放図に明け暮れた。
父親は現在に至るまで、朝は3時から、夜は日付が変わるまで、飲み屋で酔いつぶれていた。
無駄なく稼いでいた貯金だけが、虚しく通帳に輝いていた。
野鳥花は、マリの母親が失踪してから、後を追うように失踪した。
マリは脱け殻になった。
使命からも放棄され、愛からも放棄された。
だから、彼女は一人で生きることを覚え始めた。
こんなに不幸に生きてきた自分が、生きる幸せまで奪われてたまるものかと、必死でもがいた。
勉強をして1位をとったのも、おしゃれをしてカーストトップに躍り出たのも、他人の最も幸せな席を、自らの実力で塞いでおいてやろうという執念だった。

そんな彼女だからこそ、こんな結末を迎えることが出来たのだろう。
程なくして、マリは出頭した。
反省の色がみられることと、未成年であること、そして家庭環境の悪さを考え、厳重注意と罰金(部室の修繕費負担)で終わった。
これが、事実上マリの人生を懸けた戦いの終結だった。
千代「陸上部以外の人間には、制汗スプレー缶の破裂事故だったって言うことで、みんな口裏を合わせるってさ。」
マリ「すみません、お騒がせしてしまって。」
千代「いいのいいの。マリちゃんが失ったものを取り戻せたなら、それでいいと思うよ。」
警察署を出て、互いに帰路につく。
千代「誰にも渡さなければ、どれだけ幸運の持ち前が多いか、楽しみだね。」
マリ「…はいっ。」

千代と別れて一人になる。
マリはふと気づく。
陸上部に与えた幸運の代償を、まだ払っていないのではないかと。
そう思った矢先、目の前に、黒いマントを纏った人間が上からやって来た。
千代ではないとすぐにわかった。
千代のマントはフードなんてついてないし、身長が高いし、おっぱいがないし、なにより男性的な体格だった。
青白いスコップを両手持ちにしている。
本能が"ヤバい"と告げていた。
???「お前、面白い能力を持ってるじゃないか。」
やはり声も男だ。
スコップを持っている手も、よくみるとごつい。
だが、筋肉質とはとても言えない感じがした。
女性的な丸みがない、という程度のごつさだった。
むしろ骨張っているとさえいえる。
???「お前の…『魂』を頂くッ!!」
男はスコップを水平にかまえ、突きを仕掛けようとしていた。
逃げなくては。
何処に?
戦わなくては。
戦わなくては!!
マリ(いけるか…?)
飛びかかってくる男。
マリ「ミス・フォーチューンッ!!」
呼び掛けに応え、歯車の像が発現する。
マリ本人さえも予想だにしない速さで鋼鉄の拳を男に向ける。
男はそれを見切ってかわし、再び距離をとる。
マリ(ヒットアンドアウェーか…戦いなれてる。)
男は戦いなれている。
マリは戦いなれていない。
だから、マリの注意は男"だけ"に向いていた。
上空、キラリといつくもの点が光る。
マリはそれに気づかず、構えを取りなおす男にばかり注意を向けていた。
光は軌跡となってマリを貫かんとする。
マリがそれに気づいたのは、破壊音がした後だった。
目の前には、鋼鉄の手足を持つ自動販売機が立っていた。
マリの理解は追い付かなかった。
自動販売機に続いて、小さな鉄の槍を持った、缶ジュースの兵隊が隊列をなして、脇道から現れる。
かと思うと、底の方に大きな鉄の矢先を付けたペットボトル鳥が飛び回る。
ペットボトル鳥は鉄の矢先が前なようで、尻の蓋が外れると、勢いよく炭酸飲料が飛び出し、男をにわかにホーミングしながら突進する。
男はまた光の軌跡を飛ばす。
軌跡の正体は鉄芯だった。
鉄芯はペットボトル鳥や缶ジュース兵を貫き、次々と無力化させていく。
だが、自動販売機の役割は、盾ではなく空母のようで、次々と鳥と兵を放出する。
女の声「迷惑なのヨ。
あんたみたいな無能に、好き勝手暴れられちゃあネ。」
自動販売機たちが現れた脇道から、一人の女が歩いてきた。
女は、槍と盾を携えたマネキン兵を右に、剣と銃を携えたマネキン兵を左に従えてやってきた。
黄色から緑へと、毛先に向かってグラデーションを作る髪をツーサイドアップにしていて、毛の量が多いのか、両サイドに頭を1つずつ着けているのではないかと錯覚させる。
ゴスロリを着ていて、手袋をした手には短い鞭を持っている。
歩くたびに、白いブーツのヒールの音が聞こえる。
身長はさほど高くなく、むしろ小さい方だ。
女「早く逃げなさい。」
女はこちらを向き、そう言う。
だが、その声も、その顔も、マリは知っていた。
マリ「野鳥花…姉?」
女「違うワ。」
マリ「嘘…絶対野鳥花姉さんだ。アイドルのポスターにも映ってたけど…人違いなんかじゃない。」
女は男の方へ向き直る。
女「だから、違うわヨ。
私はもう、マリの優しいお姉さんじゃないのヨ。
…だから、行きなさイ。」
マリ「そんな…ッ!!」
女「自動販売機に入ってるドリンクにも限りがあるワ。行きなさイ。」
マリ「でも…。」
女「行ケ」
マリ「──────ッ!!」
そのとき、背後の物陰から見知った顔が現れた。
セイラ「何してんだお前、巻き込まれるぞ!!」
セイラはマリを持ち上げて走り出す。
セイラ「なんかよくわかんないけど、あんな戦いに巻き込まれたら、間違いなく死ぬぞ!!」
マリ「姉さん…。」
セイラ「──────家族だったか…ッ!!」
家族を失う痛みを知るセイラの心はズキリと痛んだ。
セイラ「でも!!お前が死んじまったら何もかもお仕舞いなんだよッ!!」
セイラは人並外れた速さで疾走した。
マリ「野鳥花姉ーーーーーーーー!!」

野鳥花「…逃げられたカ…。」
男は、勝てないと判断したのか、戦線を離脱した。
マリを追う気配もなかった。
自動販売機はごみになってしまったペットボトルや缶たちを体に詰め込んでいる。
野鳥花「マリ…。お前は自分で乗り越えたのカ…。」
野鳥花は路地裏へと消えて行く。
野鳥花「強いナ…。」

「また、一緒に生きたかったナァ…。」

「ハーミット2」 ACT.3 ごめんねミミ

5月4日(月曜日)
千代「へぇ…この子がみるくちゃん。意外と小さいんだね。」
何かあったときに、名前と顔が一致しないと困るので、千代の方から会いたいと申し出ていた。
ゴールデンウィークが終われば必然的に会うのだが、安全の確認できていない超能力者から目を離すという行為は、一分一秒でも長いものだ。
みるく「胸が…なのね?」
千代「身長のこと。」
みるくの能力は、『影に潜って高速で移動する』こと。
小柄ですばしっこい、なんとも噛み合わせのいいものだった。
榎「もう、帰ってもいいですか?」
みるくは榎の言うことを聞くと約束した。
しかし、裏を返せば、榎が居なければ危険人物と捉えられても当たり前ということだ。
念には念を、というわけで、引っ張り出されたのである。
千代「でも、今日は遊ぶ予定ないんでしょ?」
今日は、セイラが墓参りに行くということで、集まらない事になっている。
榎「そういう訳じゃなくて…」
榎はみるくに視線を向ける。
もじもじと、照れ笑いが返ってくる。
榎「やっぱり怖いですよ‼」
みるく「だからー、ついていくだけなの。もうなにもしないのー。」
榎「んうう…」
千代「榎ちゃん、みるくちゃんの手綱を握れるのはあなただけなんだから、あなただけが頼りなの。」
榎「ええ、本人の前でそれ言います…?」
千代「じゃあ、みるくちゃん、私の言うことは聞いてくれる?先輩後輩の位置関係として。」
みるく「ん~。」
みるくは難しい顔をした。
千代「ほら見なさい。『榎ちゃん以外の言うことを聞く義務はないし、そんなことを言われる謂れは無い』って顔してるじゃない。」
榎「そんな風に思ってるの?」
みるく「ええ~。」
言いたいことがあるようだが、言えずにおたおたしているようだ。
昨日は感情的になっていたものの、普段は気が小さいようだった。
千代「いいように使うような事をいっているのは百も承知だけど、私たちでは3割ほどでしか成功させられないことを、榎ちゃんは9割9分9厘でできるんだ。」
みるく「私、随分なあつかいなのね。」
自分がしたことがしたこととはいえ、野犬のように扱われていることに不服な様子だった。
榎「えぇっ‼?あぁ、いや、その…」
千代「あのねぇ、あんまり言いたくないんだけど、これって裏を返せば、榎ちゃんがみるくちゃんを突き放さないようにお願いしてるんだよ。」
みるく「あっ…」
千代はみるくと榎の手を握った。
千代「私はね、圧倒して蓋をすることよりも、和解して共存することを望んでいるんだ。私がもし前者を望んでいるのなら、今もこの町で生きている、"バイパスの狂気"の犯人を殺しに行ってるよ。」
榎「先輩…」
でも…という顔をする榎の言葉を、千代は遮る。
千代「ま、もちろん、こんなことが言えるのは、幸いにもみるくちゃんが人を殺していないからなんだけど。治癒不可能な傷を負わせていた場合でも、難しい話になったでしょうね。」
みるく「う…」
千代「互いに傷もなく、嫌い同士でもないんだから、仲良くとまでは言わないけど、憎しみ合わないでほしいなって思ったんだ。」
千代は、『大切な仲間と殺し合いになった事もあったから、麻痺してるのかな』と、心の中で自嘲しながら言った。
榎は、それに、小さく頷いて見せた。
榎「わかりました。でも、気持ちの整理をする時間をください。」
千代「ありがと。」
そう、微笑みかけて、視線をみるくに移した。
千代「それで…これは命令じゃなくて、お願いなんだけど。」
榎の手を握っていた方の手を離し、両手でみるくの手を握る。
千代「榎ちゃんを守ってあげて。結構、無茶に抵抗のない娘だから。」
榎「そんなことはないですよ。」
心外な、と割ってはいる。
千代「普通の女の子は、死なばもろともな自己犠牲なんてやりません。」
榎「うっ」
みるく「わかったの。無茶しそうなときも、一緒にいるから、すぐに守るのね。」
千代「ありがとうね。やっぱり、争いがあるのなら、剣を防ぐ剣が必要だから、頼もしい。」
榎「えっ?剣を防ぐなら盾じゃないんですか?」
千代「盾っていうのは、次に剣を突きだすためのものなんだよ。盾しかないなら、盾が壊れるまで、相手は攻撃をやめないから、時間稼ぎにしかならないんだよ。」
榎「ボディーガードって事ですか…そらなら少しは気が軽くなるかなー…。」
千代は、スマートフォンの時計を確認する。
千代「おっと。結構時間とっちゃったね。私もこれから用事あるから、今日は話すなり帰るなり、好きに過ごしてね。」
榎「何の用事ですか?」
千代「セイラちゃんと同じ。」
榎「あー、なら、水さしちゃ悪いですね。」
千代「それじゃあね。」
春風に揺れる黒いマントを見送る。
榎「先輩、プライベートでもマントなんだ…」
みるく「ふふ、やっと二人きりになれたのね…」
榎「うあ、待った。さわるの禁止ね。」
みるく「えぇ…はーい。」
榎(慣れるのにはまだ時間が掛かりそうだなぁ…。)

セイラ「へぇー、藤原先輩も墓参りッスか。でも、家族は元気なんスよね。」
千代「うん、家族のお墓じゃないんだ。」
目指す場所が同じ墓地のため、二人は必然的に鉢合わせた。
千代「あ、そうだ、アイス食べてく?」
アイスクリーム屋の『サーティーンワン』が前方に見えた。
セイラ「いや、気持ちはありがたいンスけど、遠慮しときます。」
千代「なんで?確かに私お金持ちじゃないけどさ。遠慮しなくていいんだよ?」
セイラ「いや、自分、アイス苦手なんスよ。」
千代「へー、意外。じゃ、自販機で飲み物でも買いなよ。」
千代は100円玉を二枚手渡す。
セイラ「サーセン、わがまま言って。」
千代「いいのいいの。」
店に入ると、ゴールデンウィークだというのに、閑散としていた。
無理もない。"バイパスの狂気"の"妊娠の呪い"が起きたのは、ここが中心だった。
今では、曰く付きの店として避けられ、閉店もそう遠くはないと、まことしやかにささやかれている。
そんななか、真相を知っている千代は、人気の少ない場所として、都合よく活用している。
カウンターには、以前から勤めている爽やかな青年がいた。
実は彼女が居るらしく、辞めるよう説得されているらしい。
しかし、契約社員として役職を預かっているため、次の就職先が決まらない限りはどうすることもできないという。
セイラ「店員さんがいるからあんまり大きい声では言わないスけど、よくこんなところ来ますよね。」
真相を知らないセイラは、嫌そうな顔をしていた。
千代「なに、呪いの正体は超能力だったんだから、本当は、今はもう普通のお店なんだよ。」
適当な席に座り、アイスをつつき始める。
セイラ「そ、そーなんスか?」
セイラは話題に勢いよく食いついた。
千代「う、うん。」
セイラ「そっ、スか…」
千代「まぁ、アルカナバトルっていう、大きな戦いが終わって、それが消えてなくなったことも確認したしね。」
セイラ「犯人…まだ、生きてるんスか?」
それは、興味本意の声色ではなかった。
憎しみが入った、圧し殺すような声だった。
千代「うん。赦せないけど、殺せもしないから。」
セイラ「そっ、スかぁ…。気分悪いッスね…。」
千代「でも、能力は無くなったんだから、もう殺しを働くことはないよ。今は国の監視下に置かれてるって聞いてるし。」
セイラ「ま、それが普通ッスよね…。」
セイラは缶ジュースを飲まずに、手のひらのなかでもてあそんでいた。

千代「はぁ~。久し振りのスイーツは素晴らしい。」
店から出て、おおきくのびをする。
セイラ「好きなんスか?先輩。」
千代「うん。ジム行った後とかだと、格別だよ。」
セイラ「先輩、ジムなんか行くならマネージャーじゃなくて、普通に部活で走ればよかったじゃないスか。」
千代「鍛える場所とペースが違うんだよ。」
セイラ「ふーん…あ、やっていることと言えば、なんで"探偵ごっこ"なんて始めたんスか?」
千代「ん、実は、この墓参りもそれに関係することなんだ。」
セイラ「…やっぱ、身内が殺されたんスか?」
千代「ん~…話せば長くなるなぁー。でも、墓地までまだ長いし、ちょうど良いかな。」
セイラ「お願いしまッス。」

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2019年 冬

千代のクラス…1-Cには、仲良しの二人組がいた。
水色のロングヘアーが美しい、高飛車なミミと、白い癖っ毛で、引っ込み思案なアミ。
全然似付くとも思えぬ、相反する性質を持った二人。
だけどミミは、アミと居るときだけ、顔がほころぶのだ。
二人は共通の趣味があった。
それは、花を愛でることだった。
教室の隅には、以前、小さな鉢植えに、一輪の花が植えられていた。
冬休みが終わった頃には枯れてしまっていたが、その一輪の花が、彼女らの始まりだったという。
純白の百合の花。
クラスメイトのドジな奴が、つい買ってしまったという。
百合の花は、根を強く張るため、入院している人間への贈り物としては、最悪の花らしい。
それを知らずに、身内にそれを贈ろうとしたクラスメイトを、アミは止めたのだ。
それで、仕方なく教室に飾る事になった次第である。
ミミは、普段物静かにしているアミが、今という今に限って喋りだすのだから、きっと好きなのだろうと思い、ちょっかいをかけるようになった。
それ以来、打ち解けて、無二の親友になった。
ミミ「綺麗な百合の花だな。この近くに花屋なんてあったかな。」
アミ「駅前のビルの二階にあるよ。」
ミミ「へぇ。駅前には行かないかなら、気づかなかったよ。今度一緒に行こう。」
アミ「うん‼」
二人の関係は、クラスの風景のひとつとなっていた。
ミミがいればアミが。
アミがいればミミが。
それが当たり前になったのだ。
ミミ「時に百合の花といのは、女性同士の恋慕の象徴にもなるらしい。
そら、こうして見てみると、花弁がスカートで、おしべめしべが足を絡ませているようには見えないか?」
アミ「ちょっと無理あるかな…」
ミミ「ふふ、そうだな。」
冗談を言い、互いに笑う。
たが、彼女らはまだ知らないのだ。
それが、悲惨な運命の手向けになろうとは。
─────冬休みが明けて、花が枯れてしまったことを悲しんでいた頃、異変は訪れた。
ミミ「最近、だれかに見られている気がするんだ。アミ、お前じゃないよな。」
アミ「なんで私がこそこそする必要があるのよ。」
放課後の教室で、ミミは鉢植えに指を突っ込んで、土をほじり、球根を探していた。
ミミ「あぁ…これはダメだな。」
水のあげすぎだろうか、根っこは腐ってしまっていて、球根はぶよぶよになっていた。
アミ「勿体ないね。」
ミミ「仕方ないだろう。冬休みに、毎日来るわけにもいくまい。」
ミミはハンカチで指についた土を拭い、補助バッグを持ち上げ、髪の毛を翻す。
アミはそのあとを追う。
ミミ「───ッ‼?」
突然、ミミは振りかえる。
アミ「どうしたの?」
ミミ「…いや。」
アミ「大丈夫。私しか居ないよ。」
ミミ「…そうか。過敏になっていたみたいだ。」
その日は、それだけで終わった。
しかし、次の日の放課後も、ミミは視線を気にしていた。
次の日も、また次の日も。
ミミ「なあアミ、この前の動画に映っていた黒い人形(ひとがた)は、やはり幽霊だったのか?」
アミ「まさか。だとしたら、他の人にも見えるはずだよ。心霊写真や動画って、霊感ない人でも見えるでしょ。」
ここ最近、政府は超能力を発見したと大騒ぎしている。
普段いがみ合っている与野党ともども結託し、対策本部を設置しているくらいの、緊急事態だそうだ。
そんななか、少し前に出回った、いたずらのCG映像とされていた某所の防犯カメラの映像に、"黒い人形"が見える人と見えない人がいると、ネット上で話題になっていた。
その映像には、二人の少女(千代と枷檻なのだが)が映っている。
飛び込んできた枷檻を、黒い人形は殴り飛ばしている。
だが、見えない人にとっては、勝手に吹き飛んでいるようにしか見えないのだ。
この現象の正体は、超能力の才能の有無だった。
才能のある者は見え、才能の無い者は見えないのだ。
しかしながら、そんなことを知っているのは、アルカナバトルを経験した人間くらいだった。
だれしも幽霊だと思っていたし、事実、ミミもアミもそう思っていた。
だが、それを嘲笑うかのように、日本では、各地でポルターガイストの報告が上がっていた。
真偽はともあれ、超能力の存在が、まさに今、証明されようとしていた。
とはいえ、国が本気を出して取り組み始めているものの、当時はまだ、一般人の間ではオカルトの域を出ていなかった。
故に、その黒い人形が何を示すか、確かなことがわかっていなかったのだ。
ミミとアミは、それが見えていた。
二人は才能はあるが、自覚がない人間、ということだ。
二人は黒い人形を幽霊だと思い込んでいたため、その、感じる視線を、幽霊や祟りの類いだと考えていた。
ある日、校庭の花壇を踏んで横切る生徒を見かけた。
冬場は深く雪が積もっており、境界が見えず、時々花壇の端を踏んでしまうことは、毎年数人はやってしまう事故のようなものだった。
アミ「あの、そこは花壇の上なので、もう少し左を通っていただけませんか?」
男子生徒「おっと、悪ぃ。」
その男子生徒は(どうみてもミミにビビっただけだったが)言う通りに避けてくれた。
アミ「危なかったね。」
ミミ「ああ。」
なんでもない日のちょっとした出来事。
だが、花壇に背を向けて校門に向かおうとすると、また、視線を感じた。
ミミは振りかえる。
するとそこには、異形の姿があった。
人形(ひとがた)のようだが、その体にはびっしりと苔が生えていた。
ところどころ、隙間からは雑草の葉っぱが飛び出ていて、湿地をそのまま泥人形(どろにんぎょう)にしたような姿だった。
その人形は、顔にいくつもの目を持っていた。
その代わり、口や鼻のようなものは付いていない様子だった。
ミミは声をあげそうになったが、目があった瞬間に消えてしまったので、呆然としてしまう。
ミミ「今の…見たか?」
アミ「ごめん、何も。」
アミは一瞬振り向くのが遅れて、見えなかったようだ。
だが、ミミが今までにないほど怯えていたため、嘘ではないな、と直感した。
ミミ「私は…私はどうしたらいいんだ…」
声が震え、瞳は潤んでいた。
そんなミミに、アミは肩を貸す。
アミ「二人でやっつけよう。どんな手を使ってでも。」
ミミ「アミ…ありがとう。」
アミ「それは、全てが終わってから…ね。」
その日から、二人は寺院に行って貰ってきた、清められた塩を持ち歩くようになった。
札を使うと、逆に霊を校舎に閉じ込めてしまう事もあるらしいので、お坊さんは「いずれその時が来れば」と、渡してこなかった。
無論、その人形の正体は超能力のため、なんの意味もないやり取りなのだが。
一方でアミも、自らの超能力の才能に、徐々に蝕まれつつあったのだった。
────────────
目の前には赤ん坊がいる。
閉じ込められているのか?ぺたぺた、泣きながら透明な隔たりを疎んでいる。
その透明は円柱状のプラスチック。
赤ん坊の吐息が内側に水滴をつける。
わたしは、テーブルに置かれているそれに触れていた。
左手はそれのフタ上に、右手は下の土台についているボタンに。
それを認識したときに初めて、それが「ミキサーに赤ん坊を入れている」様子だと知覚した。
わたしの口角は上がっているようだった。
ボタンにかけた指に力が入る。
ミキサーの中では物足りぬとばかりに、叫び声は自らの行方を探して弾け飛ぶ。
骨を弾きながら、軽快に赤と肌色と白を同一のものにして行く。
出汁をとっているミネストローネみたいだ。
────────────
アミ「──────────ッ‼」
汗だくになって跳ね起きる。
自分の近くを手のひらで軽く叩き、ここが自宅のベッドだということを確かめる。
息は荒く、喉はカラカラだ。
最近はずっとこうだ。
昔から悪夢はよくみるほうだった。
そのせいで、いささか臆病な性格になってしまったのは否めない。
だが、ここ最近は毎日だ。
それも、眠るのが怖くなるほどグロテスクな夢を見るようになってしまった。
一昨日見た夢では、放送室のモニターに、腹を裂いた人間の映像が写り、逃げても、スピーカーからずっと、咀嚼音が聞こえていた。教室に戻ると、クラスメイトが揃って先生を解体して、刺身にしてわさび醤油につけたり、薄く切ってしゃぶしゃぶにしたりして食べていた。目が覚めたら、ゴミ箱に向かうのも間に合わず、吐いてしまった。
しかし、昨日、あんなに辛そうなミミの顔を見てしまい、とうとう打ち明けられなくなってしまった。
口に出すのを堪えるために、ミミと仲良くなった思い出から今に至るまでを、手記にしてまとめていた。
のちにこれが発見されていなければ、この二人の関係の真相は闇の中だったろう。
その後も、人形はミミの背後に現れては消えた。
教室の隅の鉢植えの前、校庭の花壇、グラウンド脇の木の下、そしてついには、駅前のビルの花屋にまで姿を現した。
二人は花の話よりも、励ましの言葉を多く掛け合うようになっていた。
ミミは人形に怯え、アミは悪夢に苦しめられ続けた。
いつしか二人の精神はボロボロになっていた。
1月も終盤になり、卒業式の話題がちらほら聞かれるころ、二人はまた花屋に来ていた。
ひときわ美しい花を買って、お互いを励まそうと思ったのだ。
だが、二人はどの花も好きで、なかなか決められなかった。
そこで、目に飛び込んできたのは、百合の花だった。
白く、繊細な美しさをもち、首をもたげるセクシーさもある、二人の出会いの花だ。
二人は、それを買って、アミの家に向かった。
部屋に行ってそれを眺めると、その美しさに一層、心奪われた。
しかし、その景観を脅かすものがあった。
醜い土の塊は、百合の花に手を伸ばす。
ミミ「い、嫌…」
アミ「…待ってて。」
ミミ「一人にしないでッ‼」
アミ「すぐ戻る。」
アミは部屋を飛び出す。
父親の部屋に行き、ゴルフグラブを拝借して、駆け戻る。
ミミの手は苔だらけの土の手で覆われていた。
アミ「この化け物め‼」
アミはゴルフグラブを精一杯の力で泥人形に降り下ろす。
泥人形の頭は砕け散り、力無く消えて行く。
アミ「やっつけたよ…。」
が、アミは信じられない光景を目にする。
ミミの頭は潰れ、血と脳しょうを壊れた蛇口のように吹き出していた。
アミ「ごめんね…ミミ…手遅れだった…」
アミは"霊がミミを先に殺した"と思い込んでいた。
だが、事実は、"ミミの超能力である泥人形にダメージを与えたことによるダメージフィードバック"だったのだ。
母親の通報によって駆けつけた警察に、アミは現行犯逮捕された。
警察は"アミがミミを直接殺した"と思い込んでいた。
アミ「なんでッ‼?私はなにもしてないわ‼」
殺人によって無期懲役を求刑されたアミは、無実を証明するために、獄中でも手記を書き続けた。
だが、司法による判決は覆ることはなく、そこで、千代たちが手にした情報は途絶えてしまった。
超能力を知らないせいで、誰一人として真実にたどり着けなかったし、たとえアミが真実を知ったとしても、決して幸せにならない、悲しい事件だった。
ことが起きる前に、超能力のことをちゃんと知っている人間が関わっていれば、起きないことだったろう。

千代「それでね、思ったんだ。私たち超能力を知るものが、何かしら動いていたら、もしかしたら琴線に触れて、救えていたかもしれない…って。」
セイラ「じゃあ、これから行くのは…」
千代「そう、ミミちゃんのお墓。」
セイラ「…って、ここ駅前じゃないスか。遠回りッスよ。」
千代「いや、寄っていくところがあってね。」
千代は立ち止まり、上を指差す。
"フラワーショップ タチバナ"と、窓ガラスに大きく書かれていた。
セイラ「あぁ、ここがそうなんスね。」
千代「うん。やっぱり、彼女たちの因果には、ここで買った百合の花が似合うと思ってね。」
セイラ「えー、死に際に持ってたもんなんて残酷ッスよ~。」
千代「でも、出会いの花であって、そして、救いたいという想いの象徴でしょ?」
セイラ「そういうもんスか?」
千代「そういうものだよ。」
千代とセイラは、いつしかの二人のように、ビルの階段を登っていった。

セイラ「どうやってその手記を手に入れたんスか?」
ミミ家の墓に線香を立てながら、そう言った。
千代「枷檻ちゃんが持ってきたから、大きな勢力が動いたんじゃない?それこそ、私たち1女子高校生じゃ遠く及ばないほどの。」
セイラ「小鳥遊先輩ナニモンなんだよ…」
セイラはすっかりぬるくなった缶ジュースに指をかけた。
セイラ「あ、そういえば。」
かけた指はプルの上を遊び、外れてしまった。
セイラ「うちの墓に先輩紹介した方がいいかな。」
アゴに手を当て、小さく独り言を言った。
千代「好きにすれば?迷惑じゃないなら、私は構わないけど。」
セイラ「ん…そッスね。行きましょう。」
二人は田島家の墓の前に移動する。
セイラ「ここッス。じいちゃんばあちゃん。そして、親父の墓。」
千代「えっ…」
千代が驚いた顔をすると、セイラは言葉を遮るように指を千代の口許に突きだし、苦笑いをした。
セイラ「いいんスよ。気ィ使わなくて。受け入れていかなくちゃ行けないッスから。」
供え物をあげ、手を合わせる。
セイラ「あっれー、手順忘れちゃったよ。ローソクに火付けて線香上げるのが先だっけ。」
千代「気持ちがこもっていればいいのよ。」
セイラ「さすが先輩。いいことしか言わないッスね。」
千代「誉めてもなにもでないよ。」
二人できちっとならび、墓へ真っ直ぐ向き直る。
セイラ「パパ、今月も来たよ。愛しい一人娘が来ないと寂しいだろ?」
いつもは見せないような、穏やかな、チャラっ気の無い表情で、墓に向かって語りかけ始めた。
セイラ「前回来たときに散々心配してた友達の事なんだけどさ、ちゃんとできたよ。同じ学校から来た奴が居なかったから、正直怖かったけど、気を許し会える奴らと出会えた。昨日陸上部に志願してくれた奴が居たんだけど、そいつはちょっとヤバかったらしいんだよね。…いや、大丈夫。今は落ち着いたみたいだし。そりゃあ、不安だけどね。」
心のなかでは、父親が相槌をうってくれているのだろう、口調は相手がいるときのようなものだった。
セイラ「で、先輩もいい人いっぱい居たよ。私の隣にいるのはその一人、藤原千代先輩。パパの墓参りに付き合ってくれるくらいだから、どれくらい優しいか、わかるでしょ?へへっ、先輩はね、陸上部のマネージャーなんだ。いっつも世話してくれるんだ。力持ちでね、正義感が強い、頼もしい先輩なんだ。それでね…」
セイラの声は震えていた。
涙は堰を切ったように溢れだし、鼻水をすする。
セイラ「先輩…ッはね…ッヒ…」
しゃっくりが出る度に肩は激しく波打った。
とめどなく溢れ出る涙は、もはや隠そうともしない。
セイラ「ンフッ…先…ッ輩は…ッハ…パパを、殺した犯人も…ッ…生かして…ッヘ、おくような…聖人…ッフ、なん…ッだよ。」
千代「‼?」
セイラ「だから、…ッ私、ちゃんと幸せだよ…ッフ…」
千代はセイラの肩を掴んだ。
千代「それってどういうこと‼?」
セイラは泣いたまま答えた。
セイラ「親父は…"バイパスの狂気"の第二の事件、"妊娠の呪い"によって…ック…腹を裂かれて……殺された…ッスよ…」
千代「ごめん…私そんな気も知らないで…」
セイラは首を横に振った。
セイラ「先輩は悪くないじゃないですかッ‼先輩が何をしたっていうんですかッ‼全部犯人が悪いんだ‼犯人がなにもしなければ、親父は死ぬこともなかった‼先輩は気を使うこともなかった‼」
千代はセイラを抱き寄せ、背中をさすった。
千代「ごめんなさい。私はこんなにも無力だ。」
セイラ「何で先輩が謝るんですか。」
千代「犯人を確保したのは私たちだから…殺せなかったのも私。罰を与えられなかったのも私。だから謝るし、謝る事しか出来ないんだよ。」
セイラ「殺さなくて良かったんスよ…そりゃ、私は犯人をブッ殺したくてたまらなかったッスよ…でも、それで何かが帰ってくるなら…失われた未来のすべてが帰ってくるなら‼みんな‼みんな殺しあってるッスよ…際限無く、"取り戻しあってる"ッスよ…」
千代はセイラの背中に当てていたてを、セイラ頭に乗せ、撫でてあげた。
千代「頑張ったんだね。あなたは私なんかよりずっと強い子だよ。失ったことの無い私なんかより、ずっと…」
セイラは延々と涙を流し続けた。
すすり泣く声を、千代はその胸で抱擁し、受け入れ続けた。
セイラ「先輩…ありがとうございます。犯人が国に預けられているなら、いつだって罰を与えられるでしょう。いつか、この先超能力に関しての法律ができれば、きっと犯人は裁かれる事でしょう…それが叶えば、親父は少しだけ救われると思うッス…」

セイラ「なんかスンマセン…ついてきてもらったあげく、感情的になっちゃって…」
千代「いいのよ。みんなには内緒の方がいいかな?」
セイラ「来るべき時に、自分の口で言うッス。」
千代「うん。わかった。」
すると、向こうから足音が聞こえてきた。
踏まれた砂利が愉快に鳴る。
女性「こんにちは。」
千代「こんにちは。」
セイラ「こんにちはッス。」
女性は薄手のシャツの上に、透け感のあるポンチョを着ていて、ガウチョパンツに厚底サンダルをはいていた。
イーゼル(絵を描くときに使う、カンバス等を立て掛けるもの)とトランクを抱えていて、絵の具の匂いがした。
女性「ちょっと話を聞いてもらってもいいかしら。」
千代「構いませんよ。」
女性「よかった。ごめんなさいね、急に。」
女性は木陰のベンチに二人を誘った。
持ち物はベンチの横に積んでいた。
セイラ「ここ、結構虫がうるさいッスよ~。」
たかる蚊やハエを払いのけるのに必死になるセイラをよそに、女性は話を始める。
女性「実は、人探しをしていて、いろんな人に聞いてあるいているのよ。」
千代「大変ですね。どんな人ですか?」
女性「年はあなたたちと大して離れていないわ。私の弟なの。」
セイラ「家出ッスか?」
女性「そうだったら…いいんだけど。」
千代「と、いいますと?」
女性の表情が曇ったので、セイラは直感的に「めんどうな話だろうな」と思った。
女性「弟が、弱虫だった弟が、少し前にいきなり電話をよこしたのよ。」
女性はウェーブのかかった長い茶髪を手で梳いた。
女性「『姉さん、僕は強くなったよ。だけど、まだ足りない。だから、北に向かおうと思うんだ。最凝町って場所さ。』
そう言い残して、連絡は途絶えたの。だから、私は嫌な予感がして、さきまわりしてきたんだけど、みつからなくて…」
千代「聞けば聞くほど不自然な話ですね…」
女性「ええ。しかも、この町は、物騒な事件が多いし、最近も殺人があったらしいじゃないの。だから、心配なのよ。あの子、もしかしたら犯人をとっちめようってんじゃないかって思うと、いてもたってもいられなくて。」
女性は段々声を大きくして、食らいつくような勢いになっていた。
千代「お、落ち着いてください。見た目の特徴は?」
女性「あぁ、ごめんなさいね、とりみだしてしまったわ。見た目は…そんなに派手ではないわ。でも、離れて暮らしているから服装はどんなものか…。背はそんなに高くはないわ。私より掌1つ高いくらいよ。」
千代「うーん…情報が少ないですね…。それだと、誰に聞いても同じ反応だと思いますよ。」
そんなもので何人にも訊いていたのか、と内心呆れていた。
女性「そう…焦ってしまって色々と見失ってたみたい。ありがとうね。少しの間、ちゃんと探す方法をねってみるわ。」
千代「見つかるといいですね。」
女性「それじゃあね。」
女性は積んでいた荷物を持って去っていった。
セイラ「せわしない人ッスね。」
セイラはようやく落ち着いて缶ジュースのフタを開く。
千代「うん。でも、やっぱり気になるのは、弟の方だね。」
セイラ「明らかに超能力手にいれたっぽいッスよね~。」
千代「問題は、わざわざこの町を選んだのは何故か…って事だよね。」
セイラ「ま、あとは先輩に任せるッス。」
千代「そうだね。強くなったっていう言葉が出る以上、攻撃的な能力だということは間違いないし。」
セイラは大きくのびをして、ジュースを一気に飲み干した。
セイラ「帰りましょっか。」
千代「うん。みんなにも一応伝えておこうか。」
黒いアゲハチョウが、ふよふよと空を漂う。

「ハーミット2」 ACT.2 見ているだけじゃ治まらない

5月3日(日曜日)

桜倉「その怪我どうしたんだよ。」
昨日の帰宅後に、一年生組でゴールデンウィークの予定を立て、その通りに集まったのだが、手足に包帯を巻いている榎の姿は痛々しかった。
榎「えへへー、実はかくかくしかじか、すったもんだでホイホイ…」
セイラ「ちゃんと説明しろ。」
榎「うん、本当はね、勘違いが原因でひと悶着あって…」
昨日の出来事を一通り説明すると、三者三様、複雑な顔をした。
真姫「みっきー、超能力者だったんだ…」
桜倉「なんだろうか、讃えるべきなのか、責めるべきなのか…」
セイラ「まー、死ななくてよかったじゃんかよ。」
返事もなんだか中身のないものだった。
決して他人事ではないのだが、後先考えない行動の結果だと言うことを考えると、幸運に愛されているな、という感想くらいしか浮かばなかった。
桜倉「これからは、もう少し様子見することをすることと、無茶な選択はしないこと。いいね。」
榎「で、でも、スマホ落とさなきゃ…」
桜倉「怪我してから言う台詞かな?」
榎「はい…」
返事をしながらも、やはり納得のいかない顔をしていた。
真姫「そんなに先輩みたいになりたいんだったら、みんながいるときに頑張ろ?協力すればもう少しましになるって。」
セイラ「あと、もう少し走り込んだらどうだ?」
榎「からかわないでよ~。も~。」
そのまま歩き出そうとする一行をセイラは呼び止めた。
セイラ「待った。今日はもう一人来るんだ。」
真姫「みっきーでも呼んだの?」
セイラ「いや、違う。」
セイラは視線を集めると、得意気な顔になった。
セイラ「入部希望者さ。」
桜倉「へぇ、ポスターまだだったんじゃないの?」
セイラは部員集めに日がな精を出している。
その事を、みんな知っている。
というより、普段から目の前であれこれやっているのだから、嫌でも目に入る。
ポスターもまたその一環だったが、完成したところは見ていなかった。
セイラ「いや、それがさ、自主的に言ってきてくれたんだよね~。」
願ってもない新入部員の訪れに、セイラは喜びを隠せないようだ。
セイラ「榎や桜倉も知ってる奴だよ。後ろの席の奴。」
榎「いや、まだクラス全員の名前と顔は一致してないよ…。」
入学してまだ1ヶ月、同じ部活の仲良しとはよく話すものの、クラスの人間と馴染むのは、やはり何かのイベントが起きてからだ。
セイラ「そっか?そんなもんか。」
桜倉「もしかして、あいつか?」
こちらに向かってくる少女を指差す。
セイラ「そうそう、あれあれ。おーい。」
セイラが手を振ると、その少女も手を振り返した。
桜倉「ドリルだな…」
真姫「うん…」
榎「ドリルだね…」
黄緑色の髪は、頭の後ろで、見事に2つの縱ロールを形成していた。
セイラ「紹介するぜ。新入部員の名倉みるく(なぐらみるく)だ。」
みるく「うふ、よろしくなの…」
優しくておとなしそうな雰囲気だった。
気が小さそうで、脆弱な細身は、どう見てもスポーティーとはかけ離れていた。
みるく「体が弱いのが嫌で、すこし、体力をつけたいだけなので、どうかお手柔らかに…」
真姫「マイペースでやればいいよー。」
桜倉「藤原先輩にも伝えておくから、安心しろ。」
榎「それじゃ、揃ったところで、カラオケ行きますか‼」
いつもより多い靴音が、喧騒と鮮やかなシンフォニーを刻む。

セイラ「"月の爆撃機"?誰だ?」
セイラは備え付けの端末を覗き込んで問い掛ける。
榎「私、私。みんなで歌おうよ‼」
テーブルからマイクを取り上げ、立ち上がる。
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桜倉「ブルハなら"リンダリンダ"辺りにしたほうが良かったんじゃないか?」
真姫「その曲知らないよー。」
みるく「私も…」
榎「えー、そんなー。」
猛反発を受けるうちに、曲に入ってしまい、一人で歌い始める。
セイラ「そういえばさ、みるく、まだ一曲も入れてないじゃん。」
手にしていた端末をみるくに手渡す。
みるく「いいよ、みんなにあわせるの。」
セイラ「知らないもんは会わせようが無いだろ。みんななんだなんだ言って、好き勝手入れてるんだし、遠慮しなくていいよ。」
みるく「いや、それがね…」
端末をつつきまわすみるくの顔は浮かなかった。
みるく「カラオケ、初めてなの。」
榎「えーーーー‼」
マイクを持っているにも関わらず、突然大声を上げたため、ひどいハウリングが耳をつんざく。
桜倉「おいっ。マイクもって叫ぶんじゃない。」
榎「えへへ…。」
ひとしきりいじったあと、みるくはそのまま端末を置いてしまった。
みるく「しかも、好きな曲入ってないの…」
セイラ「そりゃあ、楽しくねぇよな。」
真姫「無理させちゃったんだね。」
みるく「いや、いいの。逆に気を使わせちゃってごめんなの。」
榎「じゃあさ、じゃあさ。」
榎は演奏が続いているにも関わらず、マイクを置いてみるくに寄った。
そして、タンバリンを渡す。
榎「にぎやかしていれば、なんとなく楽しい気持ちになるよ。」
みるく「…うん。ありがとうなの。」
終始複雑な顔をしていたみるくにも笑顔が浮かぶ。
榎「せっかくなら、好きな歌をアカペラで歌ってくれてもいいのよ?」
セイラ「公開処刑はやめて差し上げろ。」
榎「えへー。」
真姫「あ、次は"キラキラ☆スターライト"だよ‼」
榎「おー‼セイラちゃんの十八番ッ‼」
セイラ「いくぜー‼」
セイラはテーブルからマイクをとる。
榎は、セイラが元々座っていた、みるくの隣に座る。
みるく「盛り上がるの…?」
榎「うん‼楽しくなるよっ‼」
榎はマラカスを手に取った。
榎「一緒に騒ご?」
みるく「…うん‼」

セイラ「カァーーーッ、ア゛、ア゛ッア゛」
桜倉「喉がつぶれるまでやるんじゃないよ。」
結局、後半はセイラの独壇場となった。
5人も集まっておいて、曲の好みがバラバラ過ぎたため、セイラがライブハウスで歌うようなアップビートなナンバーをDJ顔負けのチョイスで歌い上げた。
ちなみに、歌自体はそこまで上手くはなかった。
真姫「部員が増えたら、毎度やろっか‼」
榎「いいね、それ。」
みるく「…うん。」
みんな笑顔で肯定する。
セイラは咳き込みながら無言のサムズアップ。
桜倉「セイラさ、そんなんで明日も遊べんのか?」
セイラ「ゲホ、ゲホ、オエッ」
不穏な声を出したあとに、ウインクしてガッツポーズ。
真姫「じゃあ、帰ろっか。」
セイラ「ン゛」
榎「そうだね。…って、あれ?みるくちゃんは?」
気がつくと、姿が見当たらなかった。
大きな縱ロールがトレードマークのため、目立つのだが、視界には映らない。
桜倉「先に帰ったんじゃないか?」
榎「門限とか厳しいのかもね~。」
スマートフォンで時間を確認すると、午後6時18分を指していた。
どおりで会計がバカにならなかった訳だ。
セイラ「それじゃ、ゲホ、また明日。」
榎「うん、じゃあね~。」
桜倉「じゃな。」
カラオケの前から散って行く。
真姫「あ、榎ちゃん。」
榎「ん?」
そんな中、真姫は榎を呼び止める。
真姫「ちょっと聴きにくいんだけど…」
そう言って手招きして、耳打ちをする合図をする。
榎「何々?」
真姫「あのさ…」
榎「んん?」
真姫「やっぱり、この年になると、下着っておしゃれなの付けてるの?」
榎「え?ええ?」
急な質問に顔を赤らめたり青らめたりする。
真姫「いや、みんながいると聞きにくくて…」
榎「いやいや、どうしてまた。」
真姫「いやいやいや、実はね、セイラちゃんが最近大人っぽい奴に凝り始めててさ…着替えの時、気づかない?」
榎「全然…だって、私、やっすい白のやつとかベージュの叔母臭いやつだよ。やっぱ遊ぶ方に小遣い回したいし。」
榎は、真姫を気遣って、「カップサイズのせいで、安くてかわいいのがないし」、と本音を言うのはこらえた。
そうすると、真姫はホッとした顔になる。
真姫「よかった~。私だけスポーツタイプの下着だから、恥ずかしいなって思ってたけど、なんとかやっていけそうだよ。」
榎「それは喜んでいいのかな…」
真姫「それで、今日はどっちなの?」
榎「白だよ。ベージュはうっかり見られたときに、穿いてないと思われることがあるから、ズボンタイプの時に穿いてるよ。」
真姫「あー、肌色っぽいもんね~。ごめんね。こんな話しに付き合わせちゃって。」
榎「いいのいいの。先輩だったら、ちゃんと相談に乗ってあげるだろうし。」
真姫「じゃあ、また明日。」
榎「また明日。」
榎は、すっかり暮れてしまった夕闇に消えて行く。
しかし、真姫はまだその場を離れなかった。
そして、スマートフォンにダイヤルを打ち込む。
退勤ラッシュの終わった静かな道路に、コール音が響く。
真姫「もしもし────?」

榎「ただいまー。あれ?」
榎の実家はアパートだ。
ボロくもなく、また、豊かでもない。
茶の間、母の寝室、父の寝室、そして自室。
その四部屋と、トイレ、風呂、キッチンしか存在しない、一般的で普通な、簡素な作りだ。
茶の間の電気は消えていて真っ暗、しんと静まり帰っていた。
母も父も、仕事から帰っていないようだった。
榎「なんか買ってくるんだったなぁ。」
トイレに入り、用を足す。
その間、なにか茶の間から物音がした気がした。
榎(帰ってきたのかな)
トイレから出て、手を洗おうと、キッチンへ向かう。
茶の間の電灯が点いており、火の点く音がした。
榎「おかえ─────」
息を飲む。
手を洗っていないことなど意に介さず、目を擦ってしまう。
そこでは、認めがたい事が起きていた。
みるく「おかえり。」
榎「なっ、なんで‼?」
みるく「ついてきただけなの。そんなに驚くことないの。」
初めからその家の住人かのように、冷蔵庫の中身を探る。
みるく「夕飯まだなのね。ちょうど、ホットケーキミックスがあったから、パンケーキ焼いてたの。」
ハチミツ、メープルシロップを冷蔵庫から取りだし、並べる。
みるく「榎ちゃんは、甘々が好みなの。」
榎「えっ、ああ、うん。」
なんだ、一緒に夕飯が食べたかっただけなのかな。
そう思ったが、トイレで聞いた"音"を思い返してみる。
トイレのドアを締め、鍵をかける音。
小便の流れる音、便座を開けたり閉じたりする音、服を着たり脱いだりして布の擦れる音、トイレを流す音、電灯のスイッチの音、ガスコンロの火の音…
やはり、必要な"音"が欠けていた。
『みるくが家に入るためのドアの音』だ。
玄関ドアを見る。
"鍵がかかっている。"
『鍵を閉めた音』さえ足りなかった。
みるくは、手頃な皿にパンケーキを盛り付ける。
みるく「今、テーブルまで持っていくの。一緒に行くなの。」
二人ぶんのパンケーキを乗せた皿を手に、キッチンを出て、テーブルに向かう。
榎「ねぇ、ちょっと。」
みるく「どうしたの?」
榎は嫌な予感がした。
冷や汗が、首筋を伝いシャツに染みる。
榎「みるくちゃん、どうやって入ってきたの?」
みるく「普通に、玄関からなの。」
榎「嘘だ。」
みるく「だからなんだっていうの?」
榎の懐疑的な視線などどこ吹く風。
テーブルに皿をおいて、またキッチンに向かおうとする。
みるく「うーん、ナイフとフォークって、どこなの?」
榎「その前に‼」
みるく「?」
棚を漁っていたみるくに詰め寄る。
榎「何しに来たの?」
みるくの手が止まる。
みるく「一緒に居たいと思うことに、理由が必要なの?」
そうとだけ返事すると、また、棚の中身を物色し始めた。
2対のナイフとフォークを手に取り、テーブルに向かう。
榎(うちにこんな上品なナイフ&フォークなんてあったんだ…)
家で焼くパンケーキなんぞ、トースト感覚で食べてしまうため、いつも素手で食べていた。
榎「いつもこんな風に切り分けてるの?」
みるくの手によってキレイに八ツ切りになったパンケーキに視線を落とす。
みるく「そんなわけないの。よそいきなの。」
こうやって普通に会話していると、普通に玄関から入ってきたのに気づかなかっただけなのかな、と思えてくる。
たが、油断は許されない。
こんな時間にわざわざこそこそ隠れて追いかけてくるなんて、普通とは言い難い。
なるべく角を立てず、一旦引かせたいところだ。
榎(そうだ、先輩なら何かアドバイスをくれるはず。)
スカートのポケットから、スマートフォンを取り出す。
みるく「ちょっと」
榎「?」
みるくは少し顔を曇らせる。
みるく「食事中にスマホいじるなんて、お行儀わるいの。」
榎「いーじゃん、ここ私ん家なんだからさ~。それに学校で弁当食べるときだって普通に使うでしょ?」
みるく「ダメなのッ」
顔つきが、怒りに変わってくる。
榎「わかったよ…別に急ぎじゃないし。」
榎はスマホをテーブルに置く。
みるくはホッとした顔つきになる。
やはりおかしい。
もう少し揺さぶってみなければ。
榎「ねぇ、帰りはいつ頃?もう暗いし、大丈夫なの?」
みるく「まだ来たばっかりなのに、もう、帰る時の話なの?」
榎「質問に質問で返さないで。質問しているのはこっちだよ。」
これ以上はぐらかされては、らちが明かない。
みるく「んー。別に"帰るつもりは無い"の。」
榎「えっ‼?」
みるく「一夜を共に過ごすのね。」
榎「いや、ちょっと待って。これからお父さん帰って来るんだよ‼?それに、みるくちゃんの両親は大丈夫なの?」
あわてふためく榎に対して、みるくは平然とパンケーキを口に運んでいた。
みるく「大丈夫なの。私はいい子だから見つからないの。」
榎「いやぁ、隠れればいいって問題じゃ…」
押し返せない。
相手を納得させたり、違和感の正体を暴いたりすることができない。
榎「親と喧嘩でもした?」
みるくは首を横に振る。
榎「友達の家に泊まってみたかった?」
みるくは首を横に振る。
榎「ストーカーに追われてる?」
みるくは首を横に振る。
みるく「さっきも言ったの。一緒に居たいから、ここに来たのね。」
榎「なんで私を選んだの?」
みるくは突然テーブルに両手を叩きつけて、立ち上がった。
みるく「好きだからに決まってるの‼ひとつになりたいから夜に来たの‼ぜんっぜんわかってないのね‼」
今まで大人しく喋っていたのが嘘のように、窓ガラスがびりびり震えるほどに大声で怒鳴った。
榎「ええっ‼?何々‼?ひとつになるってどういうこと?融合‼?人間じゃなくなっちゃうの‼?」
みるく「そうなの…獣のようになってしまうのね…‼」
榎「ひ、ひぇ…」
涙目になって、わなわなと震えてしまう。
そんな馬鹿な。
そんな恐ろしい能力を持っていたなんて。
たしか、そういうのは「合成獣(キメラ)」とか「合成生物(ホムンクルス)」とか言う奴だ。
みるく「さぁ、寝室へ行くの…獣のように求め会うの…‼」
榎「いやぁーーーーー‼」
父親「どうしたァ~ッ‼」
あわてて鍵を開け、ドタドタと入ってくる。
父親「本当にどうしたんだ?」
そこには、"榎一人だけが倒れていた。"
父親「虫でもいたのか?」
榎「違────」
榎が声をあげようとした瞬間、胸の下の辺りに痛みが走る。
榎「ギッ」
不意の痛みに思わずのけ反る。
そして、榎は自分の間抜けさに腹をたてた。
榎(ひとつになるだとかなんだとか言ってたのはただの戯れ言だった…
みるくちゃんの本当の能力は、"影の中に潜る"能力。
これなら、どうやって家に侵入したかも合点が行く。
服と体の間の"影"から指先だけを出して引っ掻いてくるなんて…‼)
父親「誰だッ‼誰かいるのかッ‼」
榎「お父さん、今ので気づいてくれたの‼?」
バレないのが目的だったのか、次は引っ掻いてこなかった。
父親「ン‼?いや、"テーブルに二人分の食べかけ"があったら二人いるって思うだろう。
お前はよく食べるが、わざわざ2セットも食器を持ち出したりするものか。」
榎「お父さん…」
しかし、みるくの次の行動は始まっていた。
窓側に飛び出したみるくは、カーテンをレールから引き剥がして、テーブルの影に引きずり込む。
父親「な、なんだ。なんのつもりだ小娘‼」
次の瞬間、榎の後ろの影から何かが飛び出してきた。
父親「榎、危ない‼」
榎「お父さん危ないッ‼」
これは、位置関係を使ったトリックだった。
父親と榎は部屋の中心を挟んで向かい合わせ。
───つまり、電灯を挟んでいたため、お互いに自らの影に背を向けていたのだ。
榎の背後から飛び出したのは、レールと繋いでいた金具がついていた部分を帯状に千切ったもの、つまり、ブラフ。
榎を庇おうと前傾になった父親は、背後のみるく本体の足払いを食らい、倒れる。
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その上にカーテンを覆い被せ、いつの間に取っていたのか、スカートとお腹の間に挟んでいたナイフとフォーク、そして箸や包丁などの尖ったものをすべて使い、見事に磔にして見せた。
みるく「ハァ、ハァ。大丈夫なのね。榎ちゃんの大事なパパなのに、傷つけたりしないのね。」
カーテンはクッキリ人形を浮かばせている。
父親「だ、駄目だ。運動会の席取りのブルーシートみてーにガッチリ固定されてて動けねぇ…ッ‼」
榎「そんな…」
これでも父親は土木関係の仕事をしており、ガタイはいい方だ。
だが、力を入れる起点がなければただの肉塊に等しい。
みるく「あのね榎ちゃん…私、榎ちゃんの優しいところが好きなの…だから、今夜は私が優しくシてあげるのね…」
榎「…」
みるくの言葉なぞ全て戯れ言。
そう思わなければやられてしまう。

 自分には、先輩に貰った"勇気"がある。

榎は、スマートフォンに手だけを伸ばす。

 やられたら、鮮やかにやり返してやるんだ。

みるくは取らせまいとテーブルを蹴り上げ、スマートフォンを落とす。

 頭を使ったつもりでいる奴は、相手の機転に対応できやしない。

しかし、スマートフォンなぞ、元々取るつもりもなかった。
榎は、体を逆によじらせて、カーテンを拘束しているナイフを一本抜く。
振り向くみるくに、震える手でそれを突きつけた。
みるく「なんのつもりなの?」
榎「それは、こっちの台詞だよ。」
互いに肩で息をする。
嫌味な汗が尚も首筋を伝う。
みるく「あなたも、私のものになってくれないんだ…」
榎「へ?」
みるく「なんでッ‼なんでいっつも幸せな人間が幸せをかっさらっていくの‼?なんでいっつも私は"影"からみていなくちゃあいけないのッ‼なんで‼?なんでなんでなんでなんで‼?もうウンザリなのね‼欲しいものが手に入らない人生は嫌なのねッ‼」
ナイフを持っている手を掴んでくる。
鬼のような形相で、とんでもない力で手首を握り締め、ナイフを離させようとする。
榎「何よ…」
榎の表情は、もう恐怖では無くなっていた。
あわれみだった。
榎「結局、私の事なんて好きじゃなかったんだ…」
みるく「な…に…を」
榎「あなたが好きなのは、可哀想で惨めで哀れな悲劇のヒロインである自分自身なんでしょう?」
みるく「違うの…」
榎「どうせ欲しいものを手にしたって、"自分が可哀想だから"、また勿体つけて、超能力(ちから)任せに奪っていくんでしょう…」
みるく「違うのね…」
榎「ああ、なんて可哀想なんでしょうね‼心配してくれたひと、優しくしてくれてひとはいっぱい居たでしょうに‼」
みるく「違うーーーーーーー‼奪っているのはお前らの方なのねーーーーーーーッ‼」
その時、玄関ドアがとんでもない音をたててこじ開けられる。
真姫「間に合った‼?」
みるく「────‼?」
大粒の汗をたらし、息を荒げて、彼女ら突然あられた。
真姫「イヤーッ‼」
掛け声と共に、みるくの華奢な腕を蹴りあげる。
みるく「みぎぃっ‼」
堪らず手を離した。
その隙に真姫は蹴りを食らわせ、床に叩きつける。
榎「…どうして真姫ちゃんが?どうやってここに?まさか、自力でうちを見つけたの?」
真姫「ううん、実はね───」

時間は遡る。
真姫は榎と別れたすぐあと、ある人間に電話を入れた。
真姫「もしもし、みっきー?」
美樹「ヒメじゃん。なに?」
真姫「実はね、頼みがあるから、今すぐ来て欲しいんだけど…。」
電話の向こうからは、露骨にウーーーン、と唸り声が聴こえる。
美樹「あのね。私も、部活やってるの。文芸部。文芸部には"締め切り"ってのが付いてくるの。わかる?暇じゃないのよ。」
真姫「そんなこと言わないで…みっきーにしか出来ないことなの。」
電話の向こうからはさらなる唸り声が聴こえる。
美樹「わかったわかった。"キャスト"の力が必要なのね。」
真姫「…うん‼いいんだね‼?」
美樹「短く済ませなさいよ。」
…ほどなくして、カラオケの前に美樹が姿を現した。
美樹「それで?なんの記憶を読めばいい?」
真姫「地面の記憶を読んで、丁度みんなが解散したところ。黄緑色のドリルヘヤーの子がどうなったか見て欲しいんだ」
美樹「しゃあない…キャスト。」
黒い閃光は地面を這う。
キャストには、物体に潜り込める性質があり、そのまま模様になって、表面を移動することができる。
キャスト『オーケー、任せな…ん』
美樹「どうした。」
キャスト『これは不味いぜ。』
美樹「なんで?」
キャスト『あいつ、地面に潜りやがった。超能力者だ。』
美樹「本当か‼?」
真姫「どうしたの‼?」
美樹「ヒメのいうそいつ…能力者だってよ。」 
真姫「榎ちゃんが危ない…榎ちゃんの家の場所を教えて欲しい。」
美樹「ウーン…」
美樹はポケットからガムを取り出して、口に入れた。
美樹「悪いけどさ、読める記憶は物の記憶なの。道案内はできないわ。」
真姫「いや、地面とか壁の記憶でもいいんでしょ?」
美樹「ご期待に添えなくて悪いけどさ、広い範囲は無理だから、建物なら途切れたら終わりだし、地面からじゃ視点的に区別つかないのよね。」
真姫「じゃあ、下からなら見えるってことだよね。」
美樹「まぁ、そうだけど…」
真姫「私、あらかじめパンツの色訊いておいたから大丈夫だよ‼」
美樹はガムを吹き出してしまった。
美樹「冗談だろ‼?」
真姫「本気だよ‼白いパンツだって言ってたもん‼」
美樹「大きい声で言うんじゃない‼」
恥ずかしさで顔を赤くしながらも、手からは既に黒い閃光とともに、目鼻口ワンセットが再び浮かび上がっていた。
美樹「いけるか、キャスト。」
キャスト『ンンー…おっ、オーケーだ。このデカイ尻を追っかければいいんだな。』
美樹「真姫、行けそうだ。追っかけよう。」
真姫「うん。」
真姫は、美樹をお姫様だっこして走り出した。

真姫「っていう事があって。玄関先にはみっきーがいるよ。」
榎「ははは…」
榎は、カーテンを固定しているものを取り除きながら聴いていた。
みるくはのびているようだ。
榎「ところで、どうして私がターゲットだと思ったの?」
真姫「え、気づいてなかった?みるくちゃん、何度も榎ちゃんの手を握ろうとしてたんだよ?」
榎「へー。」
父親はゆっくり起き上がり始める、その視線の先で、みるくは目を開いていた。
父親「‼?」
父親は息をのんだ。
だが、それ以上に驚いたのはみるくだった。
真姫の背後の壁には巨大な目鼻口の落書きのようなものが浮かび上がってた。
美樹「私の仕事は、まだ終わってないっての。」
それは、キャストを限界まで引き伸ばして作った、超能力者にしか見えないハッタリであった。
それを見たみるくは、真姫を強敵と思い込んだのか(素でも充分強いが)、観念したようだった。

父親「ん~、あとで、ちゃんとした金具を買ってこないとな。」
父親は、少々いびつになった玄関ドアを、ドアとして機能するように取り付けた。
真姫「ごめんなさい。鍵がかかってなかったなんて知らなくて…」
父親「仕方ないさ。それよりも大きな問題があるだろ?」
父親はリビングの方を指差す。
リビングには、スマートフォンで経過報告をしている榎と、正座させられているみるくがいる。
美樹は、用がすんだ事を確認すると、そそくさと帰ってしまった。
榎「ヒメちゃん、リビング来て。
先輩たちと会議モードで通話するから。」
真姫「う、うん。」
榎のスマートフォンを囲うように、3人が集まる。
千代『あつまった?』
榎「は、はいっ。」
千代『じゃあ、まず、みるくちゃんが今どう思っているかを知りたい。』
榎と真姫の視線は、みるくへ向く。
摩利華『処分を決める大事な話だから、本音でお願いね。』
枷檻『場合によっては多くの大人が動くから、嘘はやめろよな。』
みるく「じゃ、じゃあ、正直に言うの。私は、今まで、独りよがりな逆恨みで榎ちゃんを狙っていたの。でも、それがわかったのは、榎ちゃんがちゃんと私の言葉を聞いてくれて、体をはって向き合ってくれたからなの。だから…その…」
みるくは急にもじもじとしはじめる。
妙な間が空いてしまう。
摩利華『本気で好きになってしまったのね。』
優しい吐息が間を繋げた。
みるく「はいなの…」
榎と真姫は複雑な顔になる。
しかし、スマートフォンの向こうからは摩利華の上品な笑い声が聞こえる。
摩利華『わかりますわよ。その気持ち。
これでちゃんと、まっすぐな愛になったわね。』
みるくは顔を赤らめて目をそらしてしまう。
摩利華『榎ちゃんはどんな気持ち?』
急に振られてビクッと飛び上がる。
榎「まぁ、その…決して気持ちのいいものではないですよね…。」
摩利華『あら残念。』
千代『遊ばないの。』
摩利華『はいはい。』
千代『返事は一回。』
摩利華『はーい。』
ふぅ、と千代の軽いため行きがノイズ混じりに聞こえた。
千代『みるくちゃんは、今のところは、また危害を加える可能性は低いだろうし、身柄の拘束はしないでおくよ。』
枷檻『じゃ、私はもう帰るわ。』
千代『お疲れー…それで、部活の方は、続けてもらって構わないよ。というか、なるべく監視下に置きたいから、辞めない方が助かるんだよね。これからの"探偵ごっこ"に協力してくれるなら、願ってもないことだけれど。』
みるく「探偵ごっこ…?」
千代『あなたみたいに、能力を悪用する人間を懲らしめる活動のことだよ。』
みるく「…。私には無理そうなの。」
千代『超能力者の人員が欲しかったんだけどなぁ…。無理強いして軋轢が生まれてもしょうがないし、能力を悪用しないならそれだけでいいよ。』
みるく「でも…」
千代『?』
みるく「でも、榎ちゃんは守るのね。私のものにならなくたっていいの。ただ、そばにいることを許してほしいのね。」
千代『…まあいいわ。好きにしなさい。』
榎「ええっ、ストーキングは悪用じゃないんですか!!?」
摩利華『純愛なら悪さはしないですわ。』
榎「ええー!!?信用できないよー!!」
真姫「じゃあ、みるくちゃんは、榎ちゃんの言うことを絶対聞くっていう約束をすればいいじゃない。」
みるく「聞くの。なんでも聞くのね。」
榎はばつの悪い顔をしたが、しぶしぶ頷いた。
榎「しょうがないな~。でも、帰るときはちゃんと自分の家に帰るんだよ。」
みるくの顔がパッと明るくなった。
みるく「それじゃ、言う通りにおいとまさせてもらうの。今日は本当にごめんなさいなのね。」
そう言うと、玄関先の影に潜って消えてしまった。
榎「先輩、いいんですか?野放しにして。」
たしなめたとはいえ、やはり、さっきのさっきまで敵だったため、不安なのは当然のことだった。
千代『大丈夫。猛獣は、懐柔すれば心強いものだよ。それに、私たち二年生組だって、元々は敵同士だったんだから。』
真姫「えっ、初耳です!!ホントですか!!?」
千代『うん。だから、今日は安心してお休み。』
電話は一方的に切られてしまった。
榎「そーんなー!!!!」
真姫「不安なら、私が泊まっていく?」
榎「…うん。」
真姫はスマートフォンを出して"リダイアル"を押した。
いつもはLINEで連絡を取っているため、通話は親としかしないのだ。
真姫「…もしもし?お父さん?」
美樹「ち・が・い・ま・す・け・どッ!!?」
真姫「ご、ごめんなさい!!間違えました!!?」
一難去り、夜は更けて行く。

「ハーミット2」 ACT.1 嘘をつく記憶

5月2日(土曜日)

ほとんどの部活がゴールデンウィーク休みに入っているなか、陸上部は休みを返上して部室に集まっていた。

千代「まだヒントが少なすぎるね…マスコミの続報を待ちながら、インターネットでの目撃情報を探っていくしかないか。なにせ相手の見た目も年齢もわかってないわけだし。」
摩利華「下手に動き回って目をつけられても厄介ですわ。焦らずに、まずは学校に居る人間で、事件について知っている人がいないか調べましょう。」
枷檻「もしかしたら、協力してくれるかもしれないし、敵なら尋問できる可能性も残されている。手荒な手段をとるなら、犯人と親しい仲である場合に、人質にしたりもできる。」
千代「もっとも、そのしたっぱが強かったら無茶な話なんだけど…。そもそも集団か単独かも不明だし…。」
二年生組は深いため息をつく。
要するに振り出しに立たされて、サイコロを探す段階、ということなのだ。
榎「あ、あの…」
沈黙を守っていた一年生組から、声が上がる。
千代「どしたの?」
榎「なんで、マントなんか着てるんですか?」
一年生組は全員、うんうんと頷く。
千代「そんなこと気にしてたの?」
セイラ「あったり前じゃないスか~。
失礼ですけど、クソほども似合ってませんよ。」
桜倉「馬鹿、クソは余計だ。」
真姫「でも、なんでマントなんですか?」
二年生組は顔を見合わせる。
枷檻「なんでって…これが本来の千代の姿だぜ?」
摩利華「見慣れていますし、むしろこっちの方がらしいですわ。」
千代「まぁ、風紀委員の腕章みたいなもんだよ。命を懸けて戦うときのユニフォームって言ったら正しいかな?それに…」
榎「それに?」
千代は部室の汚い窓の外に視線を向ける。
千代「共に戦った、去年の夏のある人との思い出だから。」
セイラ「な、亡くなったんスか?」
申し訳なさそうに問いかける。
千代は首を横に振る。
千代「あの人は、もっと数奇な運命のために、この場所を離れたんだ。会うことが絶対に不可能な事には、かわりないけど。」
榎「えへへ…無粋な質問でしたねー」
にへらっとしながら、首を掻く。
千代「いいのいいの。訊かないでモヤモヤするよりはいいし。」

一年生組は校内の調査、二年生組は、千代の能力で逃げられること、二人のお金持ちがSPを呼びつけられることを考え、外の調査の担当になった。
もっとも、情報が少ないせいで、目的のないパトロールになってしまうため、遊んでいるのと大差はないのだが。
そのため、ゴールデンウィークは普通に遊ぶことにした。
事件についても気にはなるが、学校に人はいないし、追加情報を待ちたいので、いい機会だった。

練習するために来たわけではないため、玄関に向かって歩き出す。
榎「あっ、私、教室に忘れ物取りに行くから先に帰っててー」
セイラ「何忘れたんだ?」
榎「昨日の体操着…絶対臭くなってるよねー」
セイラ「臭いが落ちるまで洗濯しとけよ。」
造作なく靴を履き替えて玄関を出て行く。
真姫「ゴールデンウィーク、いっぱい遊ぼうね~。」
榎「帰ったらLINE入れとくね~。」
遠ざかる姿にお互いひらひらと手を振った。

榎「あったあった…うん何も盗まれてない。亜万宮先輩は男子に下着体操着盗まれたことがあったって言ってたし…冷や汗もんだよ…。」
この学校は一年生が三階、二年生が二階、三年生が一階にある。
一年生は普通に登校するだけでも、わりとしんどい思いをする。
榎「生徒の教室、全部一階にしてくれればよかったのに…」
まだ入学して1ヶ月、馴れないクラスに馴れない校舎。
春先で涼しいというのに、緊張感からか、いやに額に汗が浮く。
階段を下りて行くと、話し声のようなものが聴こえた。
榎(あれ?2階って、何部の部室があったっけ…)
二年生に申し訳なく思いながらも、声の方へ近づいて行く。
声は一人だった。
女生徒のものだ。
榎(ヤバい人だったら怖いから、気づかれないようにしないと…)
もしかしたら、何らかの事件の手がかり足がかりを握っているかもしれない。
そう考え、声のする部室へ足を向ける。

この学校は、階段の目の前にD組がある。
そのまま階段に立ったままの視点だと、左からA~E組がずらっと並んでいる。
E組の先には相談室があり、空き教室があり、曲がり角になっている。
相談室のはす向かい、すこし空き教室の向かいにかかるかたちで、トイレがある。
曲がり角には職員室があり、奥に向かって階層毎にさまざまな特別教室が軒を連ねている。
反対に、A組側から曲がると、階層毎に割り振られた部室がある。
曲がり角には男子更衣室、一番奥には女子更衣室がすべての階層の同じ位置に用意されている。
そして、それぞれの奥の両端は廊下で繋がっており、帰宅部の溜まり場になっている。
そこには掲示板がある。
大概は部員募集やボランティアのお知らせが貼ってあるのだが、こまぐれに、奇妙な貼り紙を見た人間がいたとか。
旋風高校七不思議の一つだ、と、三年生の先輩から聞いた。

声は部室の方から聴こえた。
2-Aの看板が頭上に到達した。
一人で会話しているところを聴くと、電話でもしているのだろうか。
榎(こっち見てませんように…‼)
そっと、顔を覗かせる。
そこには、白いニット帽を被って、セーラー服の上からパーカーを着ている女生徒の姿があった。
セーラーのリボンが黒なので、一年生のようだ。
その手にはスマートフォンが握られて…いなかった。
壁に手のひらをつけて、一人でしゃべっている。
文芸部の部室のドアの近くなので、恐らく彼女も文芸部員に違いない。
榎(見てはいけないものを見てしまった…‼)
引き返そうとしたとき、ふと思い出す。
榎(そういえば、藤原先輩がこんなことを言っていた…)

──数日前

榎「先輩、ちょーのーりょくってどんな感じなんですか?」
榎は、部活で使った道具をしまう千代にくっついていた。(手伝いはしなかった。)
千代「どんな感じかって?
…うーん、それは果てしない質問だね。」
榎「どういうことです?」
千代「言ってしまえば何でもアリなんだ。
デウス・エクス・マキナじみた、魔法みたいな感じ。
ただ、ファンタジーな魔法との違いは、性格や精神力によって形や能力が大きく振れることと、大体は単一の機能しかなくて一人で10種類も20種類も使えないこと、そして、人間の想像を越えられないこと…だね。
願えば、限りなく近い力が形になる人はいても、人の知り得ない奇跡は起こらないんだ。」
榎「へー…じゃあ、逆に、想像が達者なら、ペガサスとかクトゥルフとか、空想上の化け物もペットにできちゃうんですか?」
千代「うーん…まぁ、それこそ、生きているような、自我を持った能力だってあるわけだし、不可能じゃないんじゃないかな…クトゥルフの場合は自身が発狂したりしないかは保証しないけど。」
榎「へー」

榎(あの人は"自我をもった超能力と会話"してるんだ…‼)
早く先輩に知らせなくては‼
そう思い、スマートフォンを取り出そうとしたが、体操着を入れた袋と補助バッグを持っていたため手元がもつれてしまい、落としてしまった。
不審な女生徒「誰か居るのねッ‼」
榎(やば‼)
榎はスマートフォンを拾い上げ、出せるだけの全速力で逃げる。
榎(あの人の持ってる能力が攻撃するタイプだったらまずい…‼)
不審な女生徒「待ちなさい‼」
榎はダイエットするために陸上部に入るような女だ。
もともと運動なんてしていなかったため、いかんせんどんくさい。
階段の手前で追い付かれてしまい、手を捕まれてしまった。
榎(殺される…‼)

こういうとき、先輩ならどうするだろう。

『無理はしないで』

そんなこと言ってたけど、痴漢や強盗を撃退するとき、一番無茶してるのは先輩の方だ。

榎「死なばもろともッ‼」
不審な女生徒「えっ‼?ちょっ」
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舌を噛み千切らないように、引っ込める。
そして、歯を食い縛る。
持っていた荷物を階段側に振る。
そのまま重心をずらし、元々の体の重さと荷物の重さを利用し、階段の方へ体を投げ出す。
握られた手を握り返してやる。
二人はバランスを完全に失い、重力の言いなりとなる。
榎「…ッ‼」
不審な女生徒「ヤーーーーーキャーーーーッ‼」
不格好に学舎で、互いの手を握って、重力ダンス、ダンス。
…なんて素敵なものではない。
踊り場を転がり、互いに無様に壁に打ち付けられる。
もちろん、そんなことで死ぬことはおろか、気絶することさえない。
榎「…ッ‼」
手を振り払い、痛みに耐え、這いずりながら立ち上がる。
不審な女生徒「ちょ、タンマタンマ。
なんか勘違いしてない?」
女生徒は、ゆっくり上体を起こすが、相手を消そうだとか、殺そうだとかいう気配は無かった。
榎「な、なにが?」
不審な女生徒「だから、その、全力で抵抗しなくたってさぁ、ひっぱたいたりしないから。」
榎「えぇ、でも、超能力者なんでしょ。」
不審な女生徒「へ?う、うん。そうだけど。あんたもなの?」
榎「いや、違うよ。だから、見えないんだ。
きっとこの辺にペガサスとかクトゥルフとかが居るんでしょ‼?ね、そうでしょ‼?」
女生徒は呆れた顔になる。
不審な女生徒「ねぇ。あんた、クトゥルフが何か知ってるの?」
榎「知らない。でも、得体の知れないものでしょ?」
不審な女生徒「いや、その言い方もあながち間違いではないからアレなんだけど…まぁいいや。」
女生徒は膝の痛みを気にしながら立ち上がった。
不審な女生徒「私が持ってるのは、そんな物騒な物じゃないわ。安心して。」
榎「ホントに…?」
不審な女生徒「今あんたが死んでないのが証拠よ。」

一階まで下りて、購買部の自販機の前のベンチに腰かける。
榎「ごめんね。」
女生徒「いいのよ。ムキになってつかみかかった私もバカだったし。」
榎はほんの謝罪の気持ちに、自腹を切ってジュースをおごった。
女生徒「しかし、大ケガにならなくてよかったわよ…名前、なんていうの?」
缶ジュースのプルを引っ掻きながら尋ねてくる。
榎「私、後藤榎っていうんだ。あなたは?」
女生徒「私は茅ヶ崎美樹(ちがさきみき)ってんだ。よろしく。ちなみにB組だから。」
榎「へー、ヒメちゃんとおんなじ。」
美樹「なんだ、ヒメと知り合いなのか。
ってことは陸上部?」
榎「うん。…あ、そういえばさ。」
思い出したように、目を合わせる。
美樹「?」
榎「なんで追っかけてきたの?」
その時、丁度缶ジュースが勢いよく開いた。
思わず、落としそうになるのを、榎は受け止める。
美樹「なんでって…そりゃ、一人で話してるところ見られたら、言いふらされないか心配するに決まってるでしょ‼?」
榎「あ、そっか。そうだよねー。」
当たり前の答えを得て、にへっと笑う。
美樹「それ、私があんたに、『なんで突き落としたんだー』って訊くのと同じだから。」
榎「わかるの?」
美樹は、『こいつアホだな』という顔でため息をつく。
美樹「わざわざ追っかけてきて、手を掴んできた相手が、透明で得体の知れない化け物を連れてるって考えてたら、『殺される』って考えるのが順当でしょ?」
榎「うん。その通り。」
二人はジュースをぐびぐびと飲む。
顔を先に下ろしたのは、美樹の方だった。
美樹「そういえば、こっちからも質問が。」
榎「ん?」
その声に反応して、榎も顔を下げる。
美樹「なんであんなところにいたの?」
榎「忘れ物を取りに来てたんだ。」
美樹「でも、文芸部でもないんだから、二階に来る必要なんてないでしょ。」
榎「声がしたから…」
美樹「声がしたら見に行かなければ気がすまない性分なの?そんなわけないでしょ。何か理由があるはずよ。」
榎「いや…まぁ…」
美樹「まぁいいわ。丁度いいものがあるし。」
榎「?」
美樹は榎のシュシュに手を触れる。
美樹「『キャスト』、このシュシュの"記憶"を読んで。」
"キャスト"と呼ばれた能力は、黒い閃光を散らしながら現れる。
二つの目玉、鼻、そして口が、福笑いのように浮かぶ。
キャスト『しょーがねーなー』
榎「え、今まさに出してるの?」
美樹「うん。出てるよ。」
榎「やっぱり、なんにも見えないや。」
キャスト『このべっぴんさんに見てもらえないなんて…アー残念』
キャストにはまぶたが無いため、表情は無いが、声で表情は大体わかる。
今は、ふざけている。
美樹「いいからアンタはやるべきことをやりなさい。」
榎「ええ?」
美樹「あぁ、いや、キャストに言ったのよ。」
榎「えっ、あぁ、ややこしいなぁ。」
榎は、キャストを探しているのか、頭をペタペタと触っている。
キャスト『忘れ物をしていたのは…間違いないな。はぁ、ふーん…。』
美樹「一人で納得してないで教えなさいよ。」
美樹はキャストを睨み付ける。
キャスト『陸上部が超能力犯罪に立ち向かう方針みたいだ。バイパスの狂気について調べてやがる。』
美樹「ホントに?」
キャスト『間違いねぇぜ。』
美樹は、今度は榎を睨み付けた。
榎「な、何?」
美樹「あんた、昨日の殺人事件について調べてるみたいね。」
榎「ん…まぁ、無理しない程度に…」
美樹「止めなさい。」
榎「え…。」
美樹はよりいっそう険しい顔になる。
美樹「無能力者のあんたが事件に首を突っ込むのは、危険だっていってるの。」
榎「でも…」
美樹「でもじゃない。私さえ倒せなかったあんたに、人殺しを止められるの?」
榎「いや、私は戦わないよ。
見たことや調べたことを報告するだけで…」
美樹「さっきみたいな事になったらどうするの?私がピストルを出す能力を持っていたとしたら、あんた死んでたのよ?」
榎「でも、先輩の役に立ちたいの‼」
美樹は、強い剣幕で迫っていたにも関わらず、気圧されてしまった。
美樹「なにがあんたをそうさせる?」
榎「先輩はね…藤原先輩は、私の憧れなんだ…」
美樹「憧れ…?」
榎「うん。あれはね、入学前の話なんだけど…」

2019年12月10日(火曜日)
榎は、志望校は決まっていたものの、迷いがあり、いろいろな高校に下見に行ってた。
その日は、隣町の高校を見に行ったのだが、交通費に補助が出ないと伝えられたため、残念な気持ちで帰りの電車に揺られていた。
その時、背後に、やけに強い熱気を感じた。
臀部を圧迫する、手がある。
──それは紛れもなく痴漢だった。
背後の痴漢おじさんの熱い息とは裏腹に、背筋は凍りつく。
幸いなことに、最凝駅は目前だった。
榎(よかった、さっさと逃げよう。)
電車が止まり、扉が開く。
一目散に駆け出し、駅のホームを走る。
が、あり得ない速さでおじさんは追いかけてきた。
榎「…なんですかっ。」
おじさん「なになに、ご飯でもおごってあげようと思っただけだよ。」
何がご飯だ。さっきまで中学生の尻を鼻息を荒くしてさわっていたくせに。
榎「要りませんよ。お母さんが夕飯作って待ってますら。」
立ち去ろうとすると、腕を捕まれた。
おじさん「まぁまぁ、いいじゃないか。いい店しってるよ?」
榎「"嫌だ"っていってるじゃあないですか‼放してください‼」
きっとこの時、先輩は私がはっきりと"拒絶"の意思を示すことを待っていたのだろう。
突然現れた紫色の流星は、痴漢おじさんを吹き飛ばす。
見事なまでのショルダータックル。
千代「いい大人が、子供相手に何してるッ‼」
警察「おいっ、例の痴漢魔だぞ‼現行犯だ‼捕らえろ‼」
駅員「確保ーーーーッ‼」
警備員「確保ーーーーッ‼」
痴漢おじさんと警察たちがもみくちゃになる。
助けてもらった礼を言おうと、紫色の髪の姿を探したけれど、既にいなくなっていた。
今思えば、能力で姿を消していたのだろう。
そのあとすぐに、重要参考人として、詰所に連れていかれた。
どうやら、余罪持ちの常習犯だったらしく、その上、加速の超能力を持っていたらしい。
その時は、顔を見ることも出来なかったけれど、偶然同じ学校に入学して、偶然陸上部に入って、偶然そこにいたんだ。あのときのヒーローの声が。
先輩はきっと覚えていないだろう。
当たり前のように名前も知らぬ少女を助けて、例にも及ばぬよと、当たり前のように去っていった。
彼女の、なんともない善行のひとつでしかない。
みんなは、走るのが下手くそだった私に、マンツーマンで教えてくれたから、私が先輩を尊敬していると思っている。
たしかにそれもあるけれど、でも、私はそれより前から、先輩に憧れていたのだ。

榎「だからね…だからねっ、少しでも先輩の役に立ちたくて…」
美樹「だったら尚更やめなさい。」
榎「えっ…」
やめなさい、という言葉は変わらなくとも、先程のような険しさはなく、優しく微笑みかける。
美樹「これ以上その先輩に心配かけちゃダメよ。
役立たずでいてあげることが、先輩への孝行よ。」
しかし、榎は首を横に振る。
榎「先輩が居なくても大丈夫なくらい強くならなくちゃ。
先輩は、いつまでも居てくれる訳じゃない。」
美樹「榎…」
榎はびりびりと痛みを感じながら、ベンチから立ち上がる。
榎「あのね、先輩はね、ある人から勇気をもらって戦ってるんだって。
だから、先輩から勇気をもらった私も、踏み出さなくちゃ。」
缶ジュースの空き缶をゴミ箱に投げる。
しかし、穴を外して床に転げた。
榎「ま、美樹ちゃんの言う通り、大したことはできないんだけど。」
床に落ちた空き缶を、ちゃんと穴にねじ込んだ。
榎「あっ、そうだ。」
美樹「どうした?」
榎「美樹ちゃんは、どうしてあそこにいたの?」
美樹は、あー…と頭を掻く。
美樹「大した用事じゃないのよ。」
榎「どんな?」
美樹「いや、トレーニングがてら、壁の記憶を読んでたんだけどさ、この学校に在籍していない人間が一人だけ記憶に残っててさ。」
榎「どんな人?」
美樹「背は小さめで、ワイシャツにミニスカ、オレンジの長い髪をもった美少女だってさ。」
キャスト『すまねぇな、あれは嘘だ』
美樹「ハァーーーーー??」
榎「‼?」
榎にとっては、いきなり叫ばれたように見えたため、驚いてしまった。
美樹「あ…ごめんごめん。キャストがさ、今のは嘘だった…ってさ。」
美樹はがっくり項垂れる。
榎「大丈夫?」
美樹の肩に手をかける。
美樹「一週間も超能力の嘘に付き合わされていたショックはデカイわよ…。」
榎「そ、そう…。」
時計を見ると、午後二時を指していた。
榎「うわ、もうこんな時間…どおりでお腹すくわけだよ。」
美樹「帰ろっか。」
榎「うん‼…ご飯もおごるよ…」
美樹「お言葉に甘えて…イテテ…」
玄関の向こうに揺れる陽炎に向かって歩き出す。
美樹「めっちゃいい天気じゃん…」
榎「そうだね。じゃ、張り切っていい店紹介するよ。」
美樹「楽しみにしてるよ。」
そういいながら、手のひらに浮かぶ黒い閃光を見つめる。
美樹「なぁ、キャスト、あれホントに嘘なの?」
キャスト『悔しいのか?』
美樹「は?うざ。二度と口利かないわよ。」
キャスト『へっ、俺はそうされても何も損はしないぜ。』
美樹「はぁ…で、嘘なの?本当なの?隠してるだけに思えたけど。」
キャスト『ハハハ、俺が読んだのは、ある物語の破片だからよ、俺が言うのは無粋だと思っただけだよ。』
美樹「それって…」
キャスト『いいや、解らねえよ~。ただ、同じ軌跡を辿っている気がしただけさ。』
美樹「ふふ、本人に確かめさせた方が面白そうだ。」
榎「おーい、置いてくよー。」
立ち止まって話していたため、随分と距離を離されていたようだ。
美樹「あのさー榎ー。キャストの言うことが嘘じゃないか、藤原先輩に訊いてみてくれよー。」
榎「なんでー?」
美樹「なんでもー‼」

それは、記憶がついた、優しい嘘。