DAI-SONのアレやコレやソレ

創作ライトノベル、「ハーミット」「愚者の弾丸」「ハーミット2」を掲載。更新停止中です。

透明ナイフ

「ちょっと、聞いてくださいな!」
女は、事務所に響き渡る大きな声を出し、唾を飛ばす。
「最近帰りが遅いと思って尾行してみたんですよ。そうしたら、ほら!知らない女と二人で歩いているんです!」
大袈裟に写真を突き出された探偵は、タブレット端末から目線を上げる。
ふ、と短めのため息で一蹴すると、またタブレットに指を走らせる。
「これは浮気の決定的証拠です!」
捲し立ててくる女に対し、探偵は無言でタブレットの画面を返してやった。
女の態度は急変し、唇を震わせつつも、何も次の台詞を出せずに青ざめた。
「旦那さんはシロです。むしろ、クロだったのはあなたでした。他人の事を疑う前に、自分の疑わしき行動を見つめ直してください。」
「クソ!役立たずめ!」
捨て台詞を吐いて、当たり前のように帰ろうとしたので、
「勘定がまだなんですが?」
と、クリアファイルを手渡しながら引き止めた。
「この中に領収書が入っているので、サインと代金をお願いします。」

舞住クレナ───女ながらに探偵をやっている。
探偵の仕事は、浮気調査か家族探しがほとんどだ。
基本的に、捜すことに正統性の無い依頼は受けられない業界のため、自ずと仕事内容も限られてきてしまうのだ。
しかし、彼女には、普通の探偵がやっていない仕事がある。
今回の事件もまた、そのひとつである。

**

舞住探偵事務所のドアが激しく開かれる音がした。
「……」
ここに来る客は大体アタマに血が上っているため、取り分け珍しいことでもない。
だが、大きな音をたてた張本人を見ると、彼女はすぐさま煙草の火を消した。
「どうした?キミ、こんなところに来て。」
訪問者は女の子だった。
制服は近隣の高校生のセーラーなので、未成年だと一目でわかった。
女の子はえずき、涙ぐみながら、訴えかけてきた。
「ここ、変な事件も追ってるんですよね、オカルト的な……」
震える声で、絞り出されたそれは、憔悴しきっていた。
クレナは静かに頷くと、壁に立て掛けられていたパイプ椅子に少女を座らせ、電気ポットから白湯を出して、手に持たせた。
「そんな状態でよく頑張ったな。ゆっくり話してくれていいぞ。」
少女は返事もせず、持たされた白湯の水面に映る自分の顔と向き合っているようだった。
しばしの静寂を経て、深呼吸をひとつ挟み、やっとの思いで言葉を出し始めた。
「"透明ナイフ"って知ってます?」
「ああ。」
───"透明ナイフ"
この街の隣の最凝町で起きた連続殺人の模倣犯とされる、連続刺殺事件である。
その事件の最大の特徴が、"凶器の矛盾"である。
死体の側には必ず、自己顕示するかのように、血のついた凶器が置き去りにされている。
金属バット、とんかち、コンクリートブロックなど……
しかし、遺体の外傷は、"刺し傷"のみで、死因もそれによる多量出血。
ここ2ヶ月に及ぶこの事件は、ニュースでも大きく取り上げられており、知らない人などいない。
「私の近所に住んでいる、高田さんが、今回の被害者なんです。それで、私は第一発見者。」
「それは……災難だったな。」
少女は俯いたまま頷く。
「さっきまで、警察のところに居たんです。遺体の状況を事細かに説明させられたので、ちゃんと思い出すのが辛かったです。」
「お疲れさま、だな。しかし、それとオカルトとどう関係がある?」
「そ、それは、今回だけ"凶器を置いていかなかったから"からです。」
「なんだって?」
「それどころか、殺し方が全然違うんです!え、えと、いつもはひと突きで刺殺していますよね?でも、こ、今回は……今回は……」
言いかけて、少女が口をおさえたので、咄嗟に近くにあったポリ袋を広げた。
その中には未開封のタバコも入っていたが、気にしている場合ではなかった。
だが、少女の胃の中にはもう吐き出すものが残っていなかったようで、えづき、咳き込み、それで終わった。
「落ち着いて、落ち着いて話してくれ。無理しなくていいぞ。」
クレナは、声をかけながら、背中を優しく擦った。
「ありがとうございます……。でも、伝えなくちゃならないって思って……」
そうだ。殺し方が変わったことなど、すぐにニュースに取り上げられるはずだ。
どこか異常な遺体を見た、と言うことだ。
「今回の遺体は"内側から切られていた"んです!」
「な……ッ!どうしてそう思う?」
「傷の見た目から、"骨が内側から肉を切り裂いていた"……でも、警察の人は"切り裂かれたあとに引きずり出された"って言うんです!絶対おかしいですよ!絶対に!」
伝えたいことを伝え、緊張の糸がほどけたのか、少女は泣き出してしまった。
「挙げ句の果てに、"凶器がないから透明ナイフとは関係ない"とまで言い始めるんですよ!犯人は絶対同じです!あんな……あんな殺し方するなんて……!」
「よしよし。わかったよ。私がちゃんと調べてあげるから。名前と連絡先を教えてくれるかな?」
「ウメ……花咲ウメ……と言います。高校二年生です。何かわかったら……お願いします。」
少女……ウメは腫れた目を拭い、一礼して去っていった。

**

「ウメ、どうだった?」
「あ、ドドちゃん。来てたんだ。」
舞住探偵事務所の外で、ウメの同級生の百々迷秋深(どどめいあきみ)が迎えに来てくれていた。
秋深はウメに缶コーヒーを投げて渡す。
「わあっ!もう。私、ブラックコーヒー飲めないんだけど。」
「悪い悪い。スーパーで安かったからさ。あと、これも。」
秋深はしとりと笑うと、今度はメロンパンを投げて寄越した。
キャンペーンのポイントがついたシールを巻き込んで、でかでかと半額シールが貼られている。
「今日中に食べろよ」
「……でも」
「わかってるよ。それでも、ね。」
暖かい気遣いに、くしゃくしゃに泣いていた顔もほころんだ。
「今日は送っていくよ。」
「ごめんね、気を使わせちゃって。」
「いいって。これ以上ウメが不幸になるところ、見たくないだけだから。」
秋深はウメの手を引いて歩かせる。
「私はウメの幸せだけを願ってるから」

**

翌日、クレナは朝からノートパソコンにかじりついていた。
「花咲ウメ……やっぱり。聞き覚えがあると思ってたんだ。」
過去の浮気調査の記録を片っ端から遡り、ようやくその名を呼び起こした。
依頼者は高田琵琶(たかだびわ)。
今回殺された高田公彦(たかだきみひこ)の妻である。
この公彦という男は、数ある浮気調査の中でも、比較的多いホコリを出した男だ。
かなりの中高生を買春していて、件数が増えていく度に、奥さんが気の毒になったことを覚えている。
そして、決定的証拠をあげたときの買春相手が、件の少女、花咲ウメその娘である。
この事情を素直に解釈するならば、犯人は絞られる。
警察だって同じ結論にたどり着いて、聴取も行っているだろうが、念押しで二人の容疑者のもとへ向かった。

**

「はい……警察の方ですか?」
「いえ、舞住探偵事務所です。」
まずは一人目、高田琵琶。
先程も説明した通り、高田公彦の妻である。
「……ああ、クレナさんですね。立ち話も難なのであがってゆっくりお話ししましょう。」
探偵という職種は、警察と連携出来るときと出来ないときがある。
もちろん、圧倒的に後者の方が多く、まして、オカルト……超能力の絡んだ事件に精通しているこの女めに至っては、こういった訪問で門前払いを食らうことが多い。
しかし、一度成果をあげた相手に対しては厚い信頼を得られるというのが、この職種の強みである。
茶の間に招かれ、熱い緑茶を出される。
「お気遣いなく」
クレナはお決まりの社交辞令を言って、席につく。
「先程、警察で取り調べを受けてきた所です。」
「申し訳有りません。お疲れでしょうに。」
「いいえ、いいんですよ。夫を殺した犯人さえ見つかれば。」
「それは、疑われている動機を知っての発言ですよね?」
「もちろんです。警察よりも、あなたが一番私の事を疑うと思っていました。」
「では、あなたの方も何か言いたいことがある、ということですか?」
「いえ……もし、警察だけの力で犯人を見つけられなかったらどうしようかと思って、クレナさんにも捜査を依頼しようと。」
これはシロだな、とクレナは感じた。
犯人がわざわざ自分が不利になる環境を作るわけがない。
証拠はない。ただの勘だ。
しかし、もうクレナの脳裏では、高田琵琶は容疑者から外れていた。
「依頼されなくても捜しますよ。そのために来たんですから。」
「はい、そうですよね。でも、これだけは信じて欲しいんです。たとえどんなにひどい不倫をされても、それで愛が尽きていようとも、人の死を喜ぶような人間に、人を憎む権利などあり得ないと思います。」

**

「次は隣の隣だね」
二人目の容疑者は、ウメの母親、花咲松江(はなさきまつえ)。
「未亡人のシングルマザーか……」
クレナは自分とダブらせて、亡き夫と、家出してしまったの娘の顔を脳裏に浮かべた。
「もし、私の娘も売春なんてやってたら……ハハ、考えたくもない。」
ひとつため息をついてインターホンを押す。
二度ほど居留守を使われたが、三度目の正直で、受話器を取ってくれたようだ。
「なんですか?」
案の定、気が立っているようだった。
話を聞くと、彼女も高田琵琶と同様に、事情聴取を受けていたようだ。
「……って感じ。もう私にも、娘にも関わらないでほしいって思ってたのに、あんな死に方されちゃあね……」
最初は無視した割に、話し始めると、わりと一方的に話してきた。
とりとめなく思い付いた順に話をしてくるせいで理解するのに苦労したが、要するに犯行推定時刻に別の事をしていたと強調しているようだった。
「……だから。私が犯人だっていうのはあり得ないの。」
「なるほどね。」
長い話になっていたので、クレナは壁に凭れて返事をした。
「じゃあ……私からも質問していいかしら?」
「構いませんよ」
とうとう相手の質問タイムに入り、いい加減、ここまできたら家にあげてくれてもいいのに、と半ば呆れる。
「何故、この殺人事件に探偵である貴女が関わっているわけ?」
「ああ、言っておくべきでした。この事件について伝えに来たのは、あなたの娘さんなんです。」
捲し立てて話をしていた松江も、この時ばかりは言葉をつまらせ、動揺を見せた。
「……何ですって?」
「あなたの娘さんが、元売春相手が殺されたと、私の元に相談に来た……と言うことは、ここへ来たのは単なる答え合わせです。」
「それはどういうこと?」
「私と娘さんは、殺害方法の異常性と異質性から、この事件を"透明ナイフ"の続きと考えています。それを前提とすると、以前の事件のアリバイがあれば、今回の事件のアリバイに信憑性が出てくるというものです。」
「……わかりました。では、全て伝えますね。」
クレナは同時に、チャットアプリでウメと連絡を取った。
アリバイは勤務か自宅滞在のどちらかに限られるから、ウメにも同時に同じ質問をすることで、答え合わせができる。
勤務先のアリバイは、タイムカードによってウソが直ぐにバレるので、裏付けを取る必要すらない。
「……全部シロですね。あなたの犯行は不可能でしょう。」
「当然よ。」
インターホン越しに、互いにため息をつく。
「用はもう無いかしら?」
「あ、もうひとつだけ」
「はあ…………なに?手短に。」
「遺体を発見した時の娘さんの様子はどうでした?」
「……そうね。"なんで高田さんまで"……って言って崩れ落ちてたわ。」
「なるほど。貴重な証言、ありがとうございます。」
「はい。それでは。」
はあ、やっと終わった、と幻聴を感じるくらいに、乱暴に受話器を置かれた。
「"なんで高田さんまで"……か」
その一言が手に入っただけで、この聞き込みは無駄ではなかったと確信した。

**

ウメは非常に息苦しかった。
売春がバレてから、母親との会話はほとんどしていない。
幼い頃に父親を亡くし、兄弟姉妹も居ないというのに、たった一人の家族と気まずくなってしまった。
そして、そんな彼女の生き辛さに拍車をかけたのが、"透明ナイフ"だった。
この事件が始まってから、彼女の周りに死の臭いが漂うようになったのだ。
高田公彦を含め、これまで5件の殺人が起きている。
1件目は大学サークルで起きた"皆殺しのナイフ"。
2件目はコンビニ店員が殺された"黒きナイフ"。
3件目は野球部員が殺された"デッドバットナイフ"
4件目は大学教諭が殺された"四角いナイフ"
そして、今回の"正体不明のナイフ"
いずれの人物にも共通点がある。
それは、ウメと"シたことがある"人間たちだ。
関わった人が死んで行く、ということは、監視されている恐怖もあると言うことだ。
食事もろくに喉を通らず、授業の内容も入ってこない。
悪夢を見ながら夢遊しているような、それならばまだよかったと思えるような、ふらふらとした感覚に襲われ続けている。
「顔色悪いね、大丈夫?」
そんな彼女を心配して、秋深は声をかける。
「ありがとう」
ウメは弱々しく返す。
彼女がいてくれるから、まだ生きていられる。
そう思いつつも、ウメはまだ足りない、と何処かに父親の影を求め続けていた。

**

「とんだクソビッチだな。産まれ持ってのアバズレだ。」
"透明ナイフ"の被害者とウメとの関連性を調べたクレナは、手で口を覆いながら呟いた。
しかし、情報がこれだけでは、新たな容疑者を擁立することができない。
普通に考えると、ウメと関係をもった男性が一人くらいは生き残り、自ずとそれが容疑者となるものだ。
しかし、全滅。全員死んでいるのだ。
動機を持つ人間が生き残っていないのだ。
逆に、これ以上視野を広げると、容疑者が増えすぎる上に、動機もこじつけレベルで探さなくてはならなくなる。かくなる上は……
「やはり、足で稼ぐしかあるまい。」
張り込み、監視……探偵家業はそれに尽きる。

**

ウメを尾行することにしたクレナだったが、学生は普段相手にしないため、昼間……学校での監視が出来ないことをうっかり想定しておらず、調査の進捗を遅らせた。
当のウメ本人は、学校と自宅をふらふらと登下校するだけで、ろくに寄り道もしないため、ますます容疑者が見つけられない。
そうやって手をこまねいていたせいで、事態は最悪の展開を迎えた。
とうとう、"校内で"殺人が起きたのだ。
「タケルくんが……タケルくんが殺された……!」
ウメからは直ぐに電話がかかってきた。
やはり、ウメとの関わりがある男子のようだ。
「そのタケルとキミはどういう関係だったんだ?」
「ただ、ただ昨日、私の事を励ましてくれて、ハグしてくれただけなの……それなのに……!」
そのハグが、単なる抱きつきなのか、"抱かれた"のかは疑問だったが、犯人が過激さを増していることだけは理解できた。
「今回も……凶器は"骨"っぽいです……」
震える声で教えてくれた。
なるほど、とクレナは無言で相づちを打つ。
犯人は、今までのこだわりを捨てるほど"焦っている"し、"躍起になっている"。
今までよりも浅い関係、早い段階からターゲットを知り、犯行に及んでいる。
それならば、犯人像は絞られてくる。
「花咲ウメ、あなたの事を、親の次に近くで見ているのは誰?」
「それは……」

**

「ウメ、ウメってば」
秋深はウメが手に持っていたスマホを腕ごと横にずらす。
「お昼、結局なにも食べなかったでしょ。」
今日も気づけば、他の生徒が下校した教室で、ぼうっとしていた。
脳を動かすと、どうしても凄惨な遺体がフラッシュバックする。
「私、どうすればいいかわからないよ。」
また、泣いた。
最近のウメは、考えることをやめては泣くことの繰り返しだった。
「私の周りにいる人、みんな死んじゃうの。私はただ、誰かに守られていたいって、見守られていたいって思うだけなのに……」
秋深は白いハンカチを取りだし、ウメの涙をそっと拭う。
「大丈夫。私がいるから。私のそばにいれば、自分を傷つける必要なんて無いんだ……」
「ごめんね、心配ばっかりかけて……」
「いいんだよ。だから、これ以上汚れないで。」
「それってどういう……」
なにか、会話が噛み合っていない気がした。
「気にすることないよ、私と一緒にいてくれれば、それだけでいい。」
「私は汚れてなんかいないよ?ねぇ。」
「嘘吐かないで。どうして自分に嘘吐くの?」
「え……」
ずっと優しい顔をしていた秋深の表情が曇った。
「ウメの自傷行為を私は知ってる。ウメのお父さんが死んでから、ウメはずっと自分を汚してきた。」
「なに……言ってるの……?」
「ウメは年上の男の人たちに、無差別にお父さんの影を重ねて、抱かれて、だけど心の傷は癒えなくて、それどころかまた傷ついていることさえも知らずに求めて、それを繰り返してすり減ってるんだ。」
「ちっ、違う……」
秋深はいびつに笑う。
「知ってるんだよ?ずっと見てきたもん。ウメがどんなときに、どんな気持ちで何してるかちゃんと見てるから。ずっとウメだけを見てきたんだから。私は赦せない。ウメが一人で悩んで、一人で傷ついていって、それを見ていることしかできなかった私が赦せない。」
ウメは身の毛がよだった。
予感……それも、とびきり最悪な、イヤな予感。
「だから、私はウメの自傷を止めようと思ったんだ。どんな手を使っても。たとえ私がウメの事を傷つけてしまったとしても。他の誰かを傷つけてしまったとしても。」
殺される、と感じた。
「そんな顔しないで。私が守るから……」
「い……嫌……」
椅子から転げ落ちるように、逃げ出すウメ。
「怖がらせてごめんね。でも、ウメが幸せになってくれればそれでいいの。私はウメが自分に嘘を吐かず、自分を傷つけず、自分を汚さない未来さえあればそれでいい。ウメがかわいそうじゃない未来さえあればそれだけでいいの。」
助けを、助けを求めなければ。
正体不明の"透明ナイフ"から逃れるために。
彼女の一番近くで、彼女の日常を引き裂いていた、恐ろしい怪物から、生きて逃げ延びるために。
「外に出なくちゃ……外に出ればクレナさんを呼べる……!」
上履きのまま、ふらつく足で正面玄関を飛び出そうとする。
その瞬間、目の前に秋深が落ちてきた。
秋深の膝から下は、靴や靴下と一体化した一対の刃物となり、音をたててアスファルトに突き刺さる。
「危ない危ない。ウメの脳天に突き刺さるところだったね。そんなことがあったら、後悔で夜も眠れなくなっちゃうよ。」
今、目の前に突き立てられた刃。
これが、恐怖の"透明ナイフ"の正体。
物質を硬化させ、刃物に変えてしまう超能力。
ウメは足がすくんでへたり込んでしまった。
走ったから息があがっているのか、過呼吸かさえもわからず、全身から冷や汗が止まらない。
「ああ可哀想……可哀想なウメ。私が守らなくちゃ。私が側に居てあげなくちゃ。」

「だから逃げないでよ。」

ウメは動けなくなる。
物質だけでなく、威圧感さえ刃物にして突き立てられるのではないかと思うほどの空気。
刹那、それを引き裂くように秋深に脚払いを仕掛ける人影が一人。
刃物と化した固い脚部に攻撃するなど愚かな選択だ。
しかし、陽炎が舞うと、脚の先端を折られた秋深が倒れた。
「……お前!探偵か!?」
ウメに向けていた笑顔からは想像も出来ないような、剥き出しの敵意を放つ秋深。
「よくわかったな。」
「お前も超能力者だったのかよ!クソが!」
ウメには何も見えていない。
ただ、陽炎が揺れているだけだ。
しかし、秋深の目には、クレナの脚を覆う炎が映っていた。
「百々迷秋深、お前が"透明ナイフ"だな?」
「バレたからには、お前も次の被害者にならなくちゃいけないって訳だ。」
秋深の指がイビツに伸び、刃物と化す。
「やめときな。ウメの事を想うなら。」
「お前がウメの心を語るなァァあ!」
秋深はクレナに一直線に飛びかかる。
クレナはそれに対して、ハイキックで応じる。
しかし、早すぎたカウンターは空を切り、炎だけが宙に残った。
ウメは、最悪の結末を予期し、両目をぎゅっと閉じた。
「なっ……!?」
だが、驚いたのは秋深の方だった。
クレナは引っ掻かれ、引き裂かれるはずだったが、無傷だった。
「お、お前ッ!何をしたんだ!?」
「お前の能力を"焦がした"のさ。」
炎は秋深の刃の上を這う。
「私の炎は能力"だけ"を焦がして威力を弱める事もできる。だから、お前には一生私を切り裂くことはできない。」
「黙れ!たとえ私が無力だろうが、ウメの幸せな未来を守るのは私だ!」
アスファルトが隆起し、刃物に変わる。
それは急かされるようにクレナの方へ伸びて行くが、炎を浴びたそれらを、クレナは蹴りで砕いていく。
どんなに刃物を作っても、飴細工のように砕かれていく。
「もうやめてッ!」
ウメは、今できる全力で声を絞り出した。
「クレナさんが私に何をしたって言うの?」
「私がウメの未来を守ることを否定した!たから、ウメを脅かす奴なんだ!こいつも!」
鋭い脚と、燃える脚がぶつかり合う。
その度に、秋深の脚は刃を砕かれる。
「違うよ!むしろ親身になってくれた!私の不安に耳を傾けてくれた……」
「だけど、それじゃウメは自傷をやめてくれない!コイツにはそういった根本的なことがわかってないんだ!ウメの心への理解度がド素人!平凡で汎用なその場しのぎの励まししかしないペテン師だ!」
「だったらドドちゃんだってそうだよ!私のせいでドドちゃんが人殺しになったって知ったら、幸せになんてなれないよ!」
「そんな!ウメのせいじゃない!ウメは悪くない!私が決めて、私がしたこと!」
「だったら尚更だよ……。そんな血にまみれた幸せを、友達から貰うなんて出来ないよ……。」
秋深は脚をアスファルトに突き立て、肩で息をする。
「なんで……」
秋深がうずくまると、ミシミシと音をたてて、骨を隆起させ始めた。
「やめろッ!そんなことしたら、お前の体が壊れてしまう!」
「なんで私はウメを幸せに出来ないんだーーーーーッ!」
身体中の骨と言う骨が、硬化した皮膚を巻き込んで、刺々しく隆起している。
その身体がひとつの凶器。
己そのものが刃。
夕陽に伸ばされた影法師はヒトのそれを逸していた。
「夢なら覚めて……」
ウメは気を失って倒れてしまった。
もう、百々迷秋深、彼女に届く声は無くなってしまった。
秋深は獣のように吠えた。
空を裂く鈍い音が、クレナのもとへやってくる。
隆起して質量が増した腕は、もはや切れ味を削いだ程度じゃ無力化できない。
元来、剣は鎧を砕くための、長い金属の棒だったとされる。
斬馬刀と呼ばれる武器に至っては、騎乗して使う、巨大な鉄の板だった。
振り回されるそれは、まさにその再現。
当たれば潰されてしまうことは間違いなく、かわす度に地面がえぐれ、力を誇示する。
「時に百々迷秋深、超能力とは、持ち主の心を映すとされている。」
「だったら何だァ‼」
クレナは攻撃をかわしながら、秋深の視線を、玄関の窓ガラスに誘導していた。
「幸福の使者にしては、ひどく醜いな。」
「だ、黙れ!」
秋深が腕で振り払う仕草をすると、ブン、と鈍い音がする。
「そんな手じゃ、ウメが倒れても支えてやれないな。」
秋深は自分の腕と、ぼろ雑巾みたいに横たわるウメの姿を見比べた。
「お前は、自分の手でウメを幸せにしてやれないと悔いた……なら、そんな心の形じゃいけないんじゃないか?」
「あ……あぁ……」
秋深は涙を流し、ガタガタと歯をならした。
「私は、私はこんなやり方でしか、ウメを守れないんだーーーーー!」
腕を振りかざす秋深に対し、クレナは素早く跳躍し、頭に踵落としを食らわせた。
すると、秋深はあっさり体制を崩して、倒れてしまった。
「やはり、顔面までは硬化させてはいなかったな。」
秋深はぐったりとして、呻き声をあげた。
身体を無茶苦茶に変質させた痛みが、今さら押し寄せてきたのだ。
「まだ、ヒトでいられてよかったな。頭まで醜い刃に変えてしまったら、その時が、本当にウメになにもしてやれなくなる瞬間だ。」

**

「今回は……その……ありがとうございました。」
ウメは舞住探偵事務所に挨拶しに来ていた。
超能力犯罪の捜査は、依頼というわけではないので、解決したあとにわざわざ会う必要など無いのたが、わざわざ律儀に脚を運んだようだ。
「コーヒーでも飲むか?」
「いえ……コーヒーは苦手なので」
「ああ、そうか。そいつは申し訳ない。」
クレナは、彼女がどういう生き方をしてきたかを、断片的に知ってしまっているため、少しぎこちなくなる。
「あ、あのぅ」
「な、なんだ?」
正直、居にくいので帰って欲しいと思ったが、本題はここからのようだった。
「こんなことを私が聞くのもおかしいですけど……どうしてオカルト探偵なんてやってるんですか?」
当然と言えば当然の疑問。
超能力で戦う探偵の素性は気になるところだろう。
「……復讐のため、かな。」
「……え」
「私は、夫を殺した炎の超能力者を探している。」
「だから、人の噂をよく聞ける立場になったんですね。」 
「そうだ。」
馬鹿正直に話した自分を、ふ、と嘲笑し、自分の分のコーヒーだけを淹れ、椅子に座った。
「用は済んだか?」
こんな少女に自分語りをするのも馬鹿馬鹿しいと、ぶっきらぼうに返事をする。
「それで……会ったらどうするんですか?」
「……さあな。少なくとも、額から血が出るまでは土下座させるよ。」
「優しいんですね。私なら殺してしまいたいと考えると思います。」
「秋深と私を比べているのか?」
ウメは沈黙の肯定をする。
「まあ、確かに、ある種では秋深と私はそう変わりはないしな。大切な人を傷つけられた怒りを原動力に生きている……。」
「ドドちゃんはこれからどうなってしまうんですか?」
「さあ……施設に行って、少年院に留置されるんだろうが、キミが聞いているのはそういう事じゃないだろう。」
「ちゃんと、その……ちゃんとできますかね?」
「私も彼女も、誰かの罪を……欲のままに人を傷つけた罪を裁こうとしている。それならば、その行動に恥じぬ自分であるために、自分と向き合い、克服していこうともがくだろう。私がそうであるように。」
クレナは事務所の窓を開け放つ。
「ヤニ臭くてごめんね。私、ちょいワルおばさんだから。」
二人が小さく笑うと、玄関ドアをノックする音がする。
「おっと、仕事みたいだ。今日はこの辺で。」
「はい。色々ありがとうございます。」
玄関が勢いよく開かれると、通り道を見付けた風が走り抜ける。
その風の吹くままに、ウメは舞住探偵事務所をあとにした。
百々迷秋深と花咲ウメ……
彼女らが今後上手く行き、本当の意味で"透明ナイフ"事件が解決することを、心の底で祈った。

摩利華お嬢様と魔法のランプ

「お嬢様、お得意様からこんなものを」
名のある投資家一家の一人娘、亜万宮摩利華は老いた使用人からあるものを手渡された。
埃っぽい布にくるまれていたそれを、彼女は白日のもとにさらす。
「これは……変わった急須ですわね。」
「いえいえ、これは"魔法のランプ"にございます」
「あらあら。そのわりには薄汚れていますわね。願いを叶えて下さるものならば、大衆がこぞって磨きに来るでしょうに。」
全貌を明らかにしたランプは、元は金のメッキと装飾で彩られていたであろう面影を、かろうじで見て取れるほどに赤錆ていた。
「ホホ、事実願いを叶えてくれる魔神など居りませぬゆえ、それは古き時代に、儀式のために作られたレプリカで御座いますよ。」
「うふふ、そうですわよねぇ。」
摩利華はもとの布をとり、ランプに巻き直した。
「しかし、誠に残念ながら、私どもの専門は株式や団体のような人間への投資……美術や骨董はちょっとねえ。」
「やはり不要でございますか。」
使用人がくるまれたランプを寂しげに受けとると、この屋敷に似つかわしくない、セーラー服にマントを着た、奇妙な格好の少女が入ってきた。
「遊びに来たよ」
「あら、いらっしゃい。お好きになさって。」
この少女の名は藤原千代。
摩利華の気のおけぬ友人であり、また思い人である。
千代は普通の庶民であるが、屋敷の人間は二人の特別な友情を知っているため、快く門を潜らせてくれる。
「何これ」
ベットに座る摩利華の横に腰かけると、ランプを指差す。
清潔な屋敷に持ち込まれた、薄汚れた布の包みは、庶民の目にも奇異に映るものだ。
「魔法のランプのレプリカだそうで」
「へえ、見せて。」
千代は人より好奇心が強い性格であるため、レプリカと聞かされながらも、布でランプを磨き始めた。
「ああ、そんな乱暴に磨いてはいけませんわ。錆びたメッキの"かす"がカーペットに散ってしまいます。」
「あ、ごめん。」
千代が磨くのをやめ、布をだらんと垂れると、結局、布の内に貯まっていた"かす"が千代の膝元に散らばってしまった。
「なんか食べこぼしみたいになっちゃった……」
「あらもう、子供じゃないんですから。」
布の上に、再び"かす"を集めて、窓から布とランプを突きだし、双方をほろうように擦り会わせた。
すると、どうだろう。
ランプは煙を吐き始めたのだ!
「うわあ!これは、本物じゃあないか!?」
ドライアイスが溶け出すように吹き出る煙は、徐々に集束し、形を成し始める。
「あら、あなたがランプの魔神かしら?」
摩利華はいたずらに、からかいのつもりで言うと
『ご明察!さあ、3つの願いをお聞かせ下さいませ!』
と、煙は大きな声で返事をした。
「ああ、大変だぁ」
使用人はあわてて、人を呼びに部屋を飛び出した。
「お金持ちにしてくれ!」
千代は魔神に向かって、何のためらいもなく平凡な願いを言った。
試運転、というやつだ。
興味本意で、本物かどうか確かめるために言い放ったのだ。
ランプの魔神はそんな千代を睨み付けた。
『願いを叶える資格を得たのは貴女ではない。こちらのお嬢様だ。』
「ふうん」
千代はシンプルな精神構造をしているため、魔神に対し、素直に"うさんくさいな"という第一印象を受けた。
一方で当の摩利華はと言うと、
「あらまあ、魔神にモテても嬉しくありませんわ」
と、的はずれな感想を漏らしていた。
『お嬢様!第一の願いは、"モテたい"でございますか?』
魔神は目ざとく摩利華の言葉尻を捉えた。
「ううーん、確かに私は美女に囲まれたいですけれど、最終的に千代ちゃんと結ばれなければ意味がありませんわ。」
『むむ、千代……というのはどちら様で?』
「私だよ」
若干興味を失いかけている千代に対し、魔神は大袈裟に高笑いしたあと、
『では、千代殿がお嬢様を慕うようにすればよろしいのですな?』
と言い、千代の後ろに回って、両手で千代の頬を包み込んだ。
「およし!」
『!?』
今までのおっとりとした態度からは想像できないような一喝が飛ぶ。
これには、魔神も千代も驚き竦み上がった。
「卑怯な力で意中の相手を手玉にとって、何が得られるというのです!」
『ですが、結ばれるのがお嬢様の願いではないのですか?』
「そんなやり方で結ばれた千代ちゃんなんて、千代ちゃんではありませんわ!」
『こ、これは失礼いたしました。魔神めはお嬢様の誇りを心得ておりませんでした。』
魔神はすごすごと引き下がり、摩利華の下へと戻る。
『しかし、では、何をお望みで魔神めをお呼びに?』
「いえ、何か願いがあったわけではなく、これだけみすぼらしい姿でいらしたので、どうしたものかと触っていただけで……」
魔神は顔を覆ったり、腕を組んで唸ったりし始めた。
『困りました……魔神めは大昔に過ちを犯してしまった為に、高貴なる者の3つの願いを叶えなければ、呪いで死んでしまうのです。』
「それは大変ですわねえ。」
「自業自得じゃん。」
『ああ!冷ややかでいらっしゃる。どうか人助けと思って何なりとお申し付けください!これは贖罪なのです!』
魔神は手を合わせて深く頭を下げる。
今度は摩利華の方が、顔を覆ったり、腕を組んで唸ったりし始めてしまった。
「願いは自ら叶えてこそ、と思いますのよねぇ」
『努力では叶わない夢……がございましたら、叶えて差し上げますよ!例えば……不老不死、とか』
「駄目ですわ。それでは、千代ちゃんと共に老いることが出来ないではありませんか。」
『時をさかのぼる……とか……』
「興味ないですわね……」
魔神と摩利華は深々と溜め息をつく。
「あ、そーだ。それなら」
千代は摩利華に耳打ちした。
「これなら、"努力で叶わない"けど"叶えたい願い"っていう条件に合うでしょ?」
「流石は千代ちゃん。私のことをよく理解していますわ!」
『おお!お決まりになりましたか!第一の願い!』
「はい!」
摩利華は改まって魔神に向き直り、こう言った。
「私専属の美少女メイドになって下さいません?」
『────────ン?』
魔神はフリーズしてしまった。
満面の笑みを浮かべ、腕を組み、胸を張ったまま、硬直している。
「実は私、以前にメイドに"手を出してしまった"ので、我が家の使用人は女人禁制になってしまったのです。ですが、あなたならその禁則を破って、願いを叶えて下さいますわよね!」
魔神は深呼吸した。
『わかった。わかったんだが……その場合、第二、第三の願いを叶えたときにそれは終わってしまいますが、それでも?』
摩利華は笑顔のまま、ゆっくりと首を傾げる。
「何を仰っていますの?第二の願いは、あなたにずっと居てもらうこと……第三の願いは私があなたをいつでも召喚出来るようにすること……これで全てですわ!」
「どうだ、強いだろ。インチキ野郎。」
何故かしてやったりな、自慢げな千代。
しかし、事実、魔神はたじろいていた。
「さあ、ロシアンビューティーな金髪碧眼ツインテールロリ巨乳のマジカル・デリバリー・サモン・メイドになって下さいますよね!」
目を輝かせて魔神に詰め寄る。
『容姿まで指定してきた!』
「こうしてランプの魔神はロリメイドとして、生涯尽くしましたとさ、チャンチャン」
『ランプの中で消えちまった方がマシだった~!』
そこへ、使用人が警備の人間を引き連れて戻ってきた。
「ご無事でございますか!?」
息を切らす使用人に、摩利華はランプと布を突き返した。
「やはり、これは必要ありませんわ。」
警備の人間は魔神を探し始めるが、そこにはもう魔神は居なかった。
そして、摩利華の足許には、小さくうずくまる少女の姿があった。

「ハーミット外伝」 日常と紙切れと黄金の夢

榎「はぁ~、もうクタクタ…。ラーメン食べたーい」
セイラ「だからなぁ、それじゃあダイエットの意味無いだろって…。」
真姫「ちゃんと頑張ってるからこそ持続しないと」
部活のあと、3人は他愛もない話をしながら下校していた。
ここ最近は大きな事件もなく、まともに学生らしく部活に励んでいた。
今ここにあるのは、千代が欲しかった、平和な日常なのである。
榎「あれ、ベンチになにか引っ掛かってる。」
セイラ「おいおい、ここで座ったら立てなくなるぞ 」
榎「違うって。」
榎はベンチに引っ掛かっていた紙切れを引っ張り出す。
真姫「宝くじだねぇ。」
セイラ「ああ、運が良ければ300円になるな。」
榎「調べてみるね。」
榎はスマホを取りだし、サイトを開く。
真姫「当たればラーメン食べれるね~」
セイラ「いや、300円じゃ足らんだろ…。」
真姫「早瀬川先輩のところならまけてくれるでしょ」
セイラ「先輩だって商売だろ…。」
真姫「で、どう?」
榎「当たった…。」
セイラ「おお、じゃあ早速銀行に…。」
榎の肩に手をかけたセイラは榎が震えていることに気づいた。
セイラ「ど、どうした?」
榎「2等…。キャリーオーバー含め…。」
3人「い、一億ぅぅぅうううう?????!!!!!!」
全員に高揚感と緊張感の混じった汗が吹き出る。
セイラ「おお落ち着け、期限を確認するんだ。回がトンでる事なんてザラだ。」
榎「期限もなにも、先週末お父さんが10枚だけ買ったやつと同じやつだよ…。」
真姫「じゃあ、正真正銘…?」
セイラは周りに人が居ないか見渡す。
疲れたサラリーマンがこちらに目もくれず歩いているのみだった。
真姫は、ただガタガタ震えている。
榎「わ、私のだからッ!!」
セイラ「ハァ!?」
反射的に怒ってしまったが、明らかに自分が理不尽だと気付き、それ以上何も言えなくなってしまう。
真姫(榎には悪いけど、セイラの気持ちはよくわかる…。榎ひとりが大金を手にするのは何かムカつく…。)
真姫は持ち前の負けず嫌いが出てしまい、譲れなくなっている。
榎「そ、そうだ!お父さんに連絡しよう!」
セイラ「ダメダァ!」
セイラは榎の手を掴む。
榎「ええっ?」
セイラ「大人ってのは思った以上に俗物だ…。何だかんだ言い訳つけて、子供には分け前が渡ってこない…。お年玉を名目上預かって揉み消す親だっているくらいだからな…。」
榎「じゃ、じゃあ…。ど、どうしよう…。このまま今銀行に…。」
真姫「い、いぃや、待って…。待て…。大人以外で、一番信頼のおける人物は?」
榎「藤原先輩!」
セイラ「そうだ!藤原先輩に連絡だ!」
榎「よし!」
写真、サイトのスクショを添えて、LINEでメッセージを送った。
セイラ「きっ、既読が付いたぞ…。」
千代『wwww』
真姫(草生やしてる場合じゃないんだよぉおおおお!)
千代『交番に届けなさい。それは買った本人の幸せだよ。』
セイラ(こんなときにいい子ぶらないでよ先輩!)
榎『じゃあ、先輩自身が拾ったらどうします?』
真姫(ナイス!やればできるじゃない!)
真姫は小さくガッツポーズをとる。
千代『摩利華ちゃんに渡すかな。お金のプロだし…。』
榎「あーなるほど。」
セイラと真姫はくぅ~っ!と眉間を押さえる。
セイラ「それでいいのか?」
榎「おえぇっ?」
セイラ「折角のチャンスを逃すのか?」
榎「じゃあ今から一人でいくから…。」
セイラ「ぬおおおお待て待て待て」
榎「結局分け前が欲しいだけだよね…。」
セイラ「ウッ!!!!!!」
榎「私のこと頭悪いと思って丸め込もうとしたでしょ…。」
セイラ「ウン」
榎「あーっ!開き直った!絶対分けてあげないからねェーだ!」
真姫「半分だ。」
榎「え?」
真姫は構えていた。戦闘態勢だ。
榎「待って待って、暴力はずるいよ!訴えるよ!」
真姫「ネコババも窃盗だ」
榎「ぐぬぅ…。」
真姫「それに、私たちが間食を我慢させなければ公園は通らなかった。」
榎「そっ、それは…。」
真姫「榎には5000万円、私たちにはひとり2500万円ずつ…。先輩たちには交番に届けたと口裏を合わせる。」
榎「争いは良くないからね…。」
真姫「そう。よくわかってるじゃない。」
セイラ(俗物だ…。ここには俗物しかいない…。)
榎「じゃあ、これから銀行に…。」
みるく「そうはいかないのね。」
セイラ「おぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁあ!!!!!!!!!!!!」
みるくは、"影に潜る能力"を使って、くじ券を奪っていた。
真姫「卑怯な!」
榎「ヒメちゃんが言うの?」
みるく「勘違いしてほしくないことがあるのね。」
みるくは補助バッグの中に、大事そうにくじ券をしまう。
セイラ「この場で勘違いなどあるかぁ!」
みるく「私はお金を受け取るつもりはないのね。」
真姫「ほざけ!」
榎「待って、じゃあ交番に?」
みるくは首を横に振った。
みるく「これは榎ちゃんが見つけたのね。山分けなんてちゃんちゃらおかしいのね。」
セイラ「綺麗事を…。」
榎「いや、しっかりネコババしてるからね。」
セイラはみるくをじり、と睨み付ける。
真姫「ククク…ワーッハッハ!」
みるく「何がおかしいのね?」
真姫は強引に榎のスマホを取り上げた。
真姫「今から、"亜万宮先輩に渡す"約束を取りつけてやる!」
セイラ「なにぃ!狂ったか!」
真姫「これで"盗まれた"とあれば、藤原先輩の捜査の手がかかり、信用問題になる!」
みるく「小癪なぁ~!」
真姫「渡すもんかストーカー女ァ~!」
榎「口悪ー!」
真姫は榎のLINEで、『じゃあ、私もそうします』と送信した。
セイラ「おいおい、それじゃあ誰も何も得られないだろ…。」
真姫「負けるよりマシだよ…。」
セイラ「これだならヒメは…。」
千代からの返信は直ぐに来た。
真姫「…サーティーンワンで待ち合わせ。二年生組が来るって。」

摩利華「ごきげんよう。」
千代「ああ、来た来た。」
枷檻「一年はまだ来てないぜ。」
連絡を受けた二年生組が先にサーティーンワンに集結した。
千代「それにしても驚いたよ。ベンチの隙間から一億円がいきなりドーン!だって。」
枷檻「タダより高いものは無いけどなぁ。」
千代「つまんない喧嘩してないといいんだけど…。」
枷檻はカウンターに行き、注文を始める。
枷檻「いつものでいいぜー。あとフリードリンク4人ぶん。うん。これから来るから。」
サーティーンワンは今やタカナシグループの傘下。
枷檻の庭も同然なのだ。
クレジットカードで会計を済ませ、戻ってくる。
枷檻「ところでよぉ、一億円預かるのはいいけど、そこからどうするんだ?」
千代「仮想通貨にしちゃうとか?無から生まれたあぶく銭だけに」
摩利華「むしろ、仮想通貨の運営会社のクラウドファインディングに参加して、パトロンになるのはどうでしょう。」
千代「ハハハ、金持ちから見れば一億円も現実的な数字か…。」
摩利華「そんなことありませんわよ。プロジェクトを動かす力ほどはありますわ。もっとも、一次金の金額は、長期的に見ると無意味ですけどもね。」
枷檻「投資の場合は金額の大きさよりもパイプと信用だ。個人の貯蓄ならともかく、出資や経営となると、それを続けられるかどうかの方に意味か出てくるんだよなぁ。」
摩利華「それを踏まえての回答がクラウドファインディングですのよ。」
枷檻「わかってるわかってる。スタートアップや単発イベントのための資金収集法だからなぁ。」
千代「?????」
千代の頭は大分参っていた。もう一度説明されればわかるのだが、などと考えていると、榎たちが到着したようだ。
榎「持ってきましたよ~」
千代「オーケー。じゃあ枷檻ちゃんに渡して。」
榎「あれ?亜万宮先輩じゃないんですか?」
千代「宝くじの交換については、未成年が絡むと色々めんどくさくなるんだ。それを省いてもらうため。」
榎「なるほど」
榎はくじ券を枷檻に渡す。
枷檻「ところでよぉ、個人で取ったり山分けしてりってのが無いってことは、実質榎たちは何も得られないわけだけど、それはいいのか?」
セイラ「出来れば山分けしたかったけどな!」
千代は苦笑いする。
枷檻「まぁ、そんなことだろうとは思ったよ。だけど、喧嘩したり、後腐れないようにちゃんと報告した訳だな。」
真姫「ハイ、そうです。」
セイラ(お前が一番喧嘩腰だったくせに…!)
枷檻「で、このお金は本当はこのくじを買ったひとのお金だということに自覚はあるわけだね。」
榎「はい。」
枷檻「本当なら、交番に届けるのが正しいが、名前が書いていないから元々の持ち主を特定するのが難しい。届けるだけ無駄ということで、世のため人のために使おうと考えていたんだよ。」
枷檻はくじ券の裏面をこちらに見せてくる。確かに連絡先の欄は空欄だ。
枷檻「だが、私は見習いと言えど経営者だ。募金と言うのはあまり好きじゃない。」
千代「募金も高額になると、経理団体にちょろまかされるしね…良心を糧にするゴロツキのためにあるお金ではないよね。」
枷檻「そこでだ。マネーロンダリングって知ってるか?」
摩利華「まあ!そんな人聞きの悪い…。」
マネーロンダリングとは、犯罪や麻薬取引などで得た、俗に言う"汚い"お金を"洗浄"することを意味する。
人様のくじ券をバラして手にいれたお金も、決して綺麗なお金ではないという、枷檻の考えである。
枷檻「中身を説明すると、摩利華がその一億円を自慢の腕で投資して、その見返りを使って榎たちに利益を分けるって話だ。」
榎「うわぁ、難しい話になってきた…。」
セイラ「ちょっと待ってくださいッス。それがどう、世のため人のため…なんスか?」
摩利華「投資先が枷檻ちゃんのような、有望な若き経営者だからですわ。近年は若者の貧困が目立ち、社会を動かす力を失いつつある…。その助け船となれれば、世のため人のため、ということですわ。」
枷檻「んで、それに見返りを求めるかは自由だから、お前たちの意思を聞いてから決めようと思ってたんだ。」
千代「でも、聞くまでもなく、見返りは欲しいみたいだね。」
セイラ「お、おう。」
セイラと真姫は、千代の謙虚な姿に、自分たちがいかに浅ましいかを見た。
千代「ま、もし摩利華ちゃんの出資先が失敗しても、文句は言いっこなしだよ。それは約束して。」
榎「先輩が言うなら…。」

こうして、一億円の行方は決まった。



…かに思えた。
摩利華は家に帰ると、一人部屋で思い悩んだ。
摩利華「はあ…。強がりましたけど、一億円って大きい額ですわよね…。」
ベッドに座り、指でのの字を書いている。
摩利華「確かに、目をつけていた投資先はいくつか有りますわ…。でも、出来るなら千代ちゃんの為に使いたい…。」
枷檻から、銀行で小切手に変換したとLINEが来た。
摩利華「い、いけませんわ!人様のお金ですもの、私欲になどと…。」
頭を抱えていると。影が延びて、みるくがその姿を現した。
みるく「へー…そんなこと考えてたのね?」
摩利華「な、何ですの?私だって菩薩ではありませんのよ!」
誰もいないと思っているプライベートな空間に、突然人が現れると、知っている人でも動揺する。心臓に悪いものだ。
みるく「怒ってなんていないのね。むしろ、私も同じ気持ちなのね。」
摩利華「と、いいますと?」
みるく「私は榎ちゃんに一億円がわたるべきだと考えてたのね。だって、一番最初に見つけたのね。」
摩利華「で、どうするおつもりで?」
みるく「見返りの分け前のうち、榎ちゃんのぶんを多くしてほしいのね。」
摩利華「それでみんなが納得するかしら?」
みるく「断ったら、今から小切手を破棄しに行くのね。」
摩利華「!!」
摩利華は枷檻に、『小切手の両面の写真を納めておいて』と返信した。
みるく「隠すよう伝えたところで無駄なのね。金庫なんかに密閉されていれば私の能力の餌食なのね。」
摩利華は次に、『小切手の端を千切って千代ちゃんに渡すこと』と返信した。
みるく「受諾か破棄か、答えるのね!」
摩利華「こんな真似は止しなさい!みっともなくってよ!」
みるく「交渉決裂…。」
みるくは影の中に消えて行く。

枷檻「なにぃ?みるくの奴がぁ?」
千代「めんどくさいことしてくれるよね…。」
二人はうんざりしてのけぞっていた。
枷檻「てか、何で摩利華はこんな指示を?」
千代「どれどれ」
枷檻はLINEのログを千代に見せる。
千代「あーなるほどね。」
枷檻「何かわかったのか?」
千代「心当たりが一人。」

スマホと連動させておいた警報が鳴ったので来て見たら、金庫は空になっていた。
だが、摩利華の指示通り、端を千切った後だったため、計算通りだった。
枷檻「こっからどうすんだ?」
千代「白樺女子高へゴーだよ。」
枷檻「あっ、なるほど。」

白樺女子高へ赴き、ジョゼットを呼び出した。
何やらまた揉め事の仲裁に入っているようだったが、その事案を引き継いで来てくれた。
そっけない態度をとる人間だが、何かと付き合いはいいのだ。
ジョゼット「事件か?」
千代「今回はちょっと事情が違うんだ」
ジョゼット「あ?」
枷檻「"直して"もらいたいものがある。」
ジョゼット「あー、元々の形を知らないものは直せないと、普段から言ってるよなぁ?」
枷檻「まぁまぁ見てくれよ」
枷檻は千切った小切手と、小切手の写真を見せる。
ジョゼット「なるほど。紙なら写真でもなんとかなりそうだ。考えたな。」
ジョゼットは小切手の破片を受け取ると、すぐさま能力『ジャスティス』を出した。
ジョゼット「『ジャスティス』!写真の通りにこの紙切れを"直せ"!」
ジャスティス』が小切手を破片に触れると、何処からともなく、細かく裁断された小切手が集まってくる。
ジョゼット「燃やされてなくてよかったな。消し炭になってたら無理だったところだ。」
千代「これにて一件落着だね。」
枷檻が小切手を受け取ろうとすると、ジョゼットは小切手を引っ込めた。
ジョゼット「ところでよぉ、これ、小切手だよな。何の金だ?」
枷檻「サインがあるだろ。うちの会社の金だ。」
ジョゼット「だったら何でこんなシチュエーションになるんだ。写真に納めてここに持ってくるなんて、裁断されるのを予期していたようだ。」
枷檻「何だっていいだろ。会社の事情なんだ。」
ジョゼット「協力者に向かって何だっていいだろは無いだろう。別に金を寄越せといってる訳じゃない。裁断されるような金の出所を知りたいんだ。」
流石『正義』の能力を持つものは伊達じゃない。ヒーローにはヒーローの嗅覚があるのだ。
千代「正直に言おうよ。」
枷檻「っしゃあねぇなぁ~。」
二人は事のかくかくしかじかを話した。
ジョゼット「何ィ?拾い物の宝くじだと?そりゃ交番に届けるのが普通だろう。」
千代「それ私が最初に言ったんだけど…。」
ジョゼット「それでよかったんだ。これは言う通りネコババさ。」
枷檻「でもよぉ、榎が見つけなきゃ、一億円は雨に濡れてぐずぐずになってたんだぞ?」
ジョゼット「で?」
枷檻「で?って…。」
ジョゼット「私は悪事に荷担するつもりはない。よって…。」
ジャスティス』は小切手を持って、射程範囲限界まで上空に飛び上がる。
枷檻「おい!何すんだ!」
ジョゼット「元通りに、道端に落としておく。」
小切手はひらひらと空を舞った。
千代「確かにジョジョの正義は正しいと思うけど…一億円だよ?これっぽちも欲しいとは思わないの?」
ジョゼット「自分で買った宝くじならな。」
枷檻「マジか~、鉄の女~…。」
枷檻は膝から崩れ落ちる。
千代「待って。諦めるのはまだ早いよ。」
枷檻「あんな紙切れどうやって探せば…ん?探す?」
千代「私の"真実に辿り着く能力"で探せば…。」
枷檻「今すぐいくぞー!」

その後、小一時間心当たりの場所を探したが、小切手が見つかることはなかった。
千代「諦めなければ結果は出る!」
枷檻「千代だけが便りだぜー!」
公園の草むらを探っていると、マリが通りかかった。
マリ「何してるんですか先輩」
枷檻「探し物だよ見りゃわかんだろ。」
マリ「何を探してるんですか、手伝いますよ。」
千代「小切手だよ小切手~」
マリ「あ、もしかして一億円の?」
枷檻「知ってんのか!」
枷檻はマリの肩を掴む。
マリ「い、いやぁ、タカナシグループってサインと、連絡先が書いてあったんで、電話して、小鳥遊先輩のお父さんに持っていってもらったばかりで…。」
枷檻「ア゛ーーーーーッ!親父の名義使ったばっかりにー!」
マリ「ええっ!?何か間違ってました?」
枷檻「親父に電話しねぇと…。」
枷檻は慌ててスマホを取りだし、父親に電話を掛ける。
マリ「怒ると怖いんですか?」
千代「ハハハ、それとは違う事情なんだけど…。幸せになれないから聞かない方がいいと思うよ。」
マリ「マジですか?そういうことならお任せしまーす。さいならー」
マリはひきつった笑いでそそくさと去っていった。
マリを見送ると、枷檻は通話を終えていた。
千代「で、お父さんは何て?」
枷檻「正直に話したら一家の恥だって言われたー…。」
千代「すごく申し訳無い…!」
枷檻「でも、使い道についても説明したら、なんとか納得してもらえたぜ。」
千代「そか。やっと終わった~。」
千代はブランコに座る。
猫背になり、キーコーと揺られる。
千代「欲をかくとろくな目に逢わないねぇ。」
枷檻「それがなんで私たちに回ってくるんだか。」

そして、無事に一億円は摩利華の専用の口座に振り込まれ、みるくは千代に一発殴られた。

おしまい。

「ハーミット2」 ACT.LAST 明日を取り戻すために

北団地近くの墓地のまわりに張り込もうと、茜色に染まる町を避けながら、日陰を進む。
千代、野鳥花、かるた、レイのチームと、マリ、スバル、宇茶美、メイジのチームに別れている。
もうひとつ、人散らし用のチームがあるらしいが、会うことは無いとのことだった。
当然だがルイは非戦闘員なので来ていない。
突然、かるたが呻き声をあげて膝をついてしまった。
野鳥花「大丈夫カ?」
かるた「大丈夫じゃ…ないよ…」
野鳥花「…それは相当だナ。」
レイ「どういうことだ?」
かるた「とんでもない目潰しを喰らったのよ…」
レイ「馬鹿な‼?ターゲットは一人のはずだろう‼」
かるた「それが…かなり厄介な相手だったんだ…。奴は、"一人だけど一人じゃない"んだ。」
レイ「分身か?」
かるた「そう…なのかな。ただ、その性質が異常極まりないっていうの?生半可な使い手じゃないわ…」
かるたは辛そうに壁に背中を預ける。
息が荒くなり、脂汗が滲み出ている。
レイ「撤退しろ」
かるた「言われなくても…でも、もう少ししゃべらせて…」
千代は親切心でハンカチを差し出すが、睨み返されたので、引っ込めた。
かるた「…ふぅ、はぁ。それで、その相手のヤバいところは───────」
言いかけたところで、ガチャリガチャリと金属が擦れあう音がする。
全員が音の方へ振り向くと、頭のない鎧の兵士が4体ほどこちらへ走ってきていた。
野鳥花「もう来たのカ‼」
野鳥花がブーツの踵を踏み鳴らすと、アスファルトにギザギザな亀裂が入る。
と、思うとバリバリと音をたててアスファルトが剥がれて行き、その塊のひとつひとつに紐のような手足が生える。
それに反応して、兵士Aは抜刀する。
抜刀した軌道に風の刃がほとばしる。
アスファルトでできた野鳥花のシモベたちが引き裂かれる。
野鳥花「衝撃波か…確かに強力だナ。だが、それまでダ。」
シモベたちは新たな手足を得て、兵士に向かって飛んで行く。
すると、兵士Bも抜刀した。
第2の衝撃波がくる…と身構えると、爆発が起きる。
レイ「何ッ‼?」
ボールのように跳ねならがら、半透明の球体が
転がってくる。
それが爆発の正体だった。
招待がわかればどうということはないと、次々とシモベが盾になる。
シモベの一部は真上に飛び上がる者も居た。
千代は釣られて上をみる。
そこには、ありえないほど高く飛び上がっている兵士がいた。
その兵士にシモベたちが飛びかかり、まずは打撃、そして、手足を伸ばして絡め、がんじがらめにする。
落ちてくる間に、どんどん締め付けは強くなり、ついに耐えられなくなった兵士は崩壊する。
アスファルトが剥けてむき出しになった地べたに落ちた頃には、バラバラになって霧散してしまった。
気づけば、騒がしかった爆発も止んでいる。
土煙が晴れると、静寂が取り戻された。
レイの元に、鉄の部品が寄ってくる。
どうやら援護に使用していた武器のようで、腕や足のベルトに収まった。
レイ「なるほどな…"全員が別々の能力をもった分身"ってわけだ…」
かるた「そう。あれが何十といるのよ?信じられる?」
レイ「頭がいたくなるな。」
野鳥花「なニ。こうこなくては、超能力の名折れだろウ。…というわけで藤原千代。」
野鳥花は周りを見回す。
気配を消して待機している千代を探していた。
野鳥花「オイ。警戒してるのはわかるがそれでは不便ダ。」
千代は能力を解く。
野鳥花「かるたを安全な場所に置いてきてくれないカ。」
かるた「嫌ぁ…ですよぉ…‼こいつに恩なんか着せられたくなぁい‼」
野鳥花はやれやれと首を横に振る。
野鳥花「私の言うことが聞けないカ?」
かるた「うう…。」
観念したのか、脱力して寝そべってしまう。
かるた「藤山。」
千代「藤原だよ。」
かるた「どっちでもいいよぉ。さっさとやりなさい。」
千代「はいはい。」
千代はかるたをお姫様だっこで持ち上げる。
かるた「おぁあ?」
千代「何よ。」
かるた「お前良い匂いするな…なんか香水つけてる?」
千代「つけてないよ。」
かるた「えぇ…じゃあ何これ…嫌に落ち着く…わ…」
かるたは眠ってしまった。
力が完全に抜け落ちた体の重みが千代の腕に重くのし掛かる。
千代「以外と重いなぁ…」
野鳥花「こいつめ、太ったナ?」

みるく「せいやぁー‼」
兵士の背中をナイフで掻き切ると、兵士は消えてゆく。
みるく「これで全部なのね?」
桜倉「見る限りはもういない。」
1年生組は、各々が的になって釣り、みるくが奇襲を仕掛けるという作戦で兵士を相手していた。
セイラ「まさかこんな見張りがきついなんてな…ほんと死んぢまうぜ。」
セイラはもっぱら的に向いていた。
余程の速い攻撃でない限りは走って振り切ることが出来たため、ヘイトを稼ぐ担当だった。
みるく「私もそろそろ限界なのね…」
榎「一旦隠れよう。」
真姫「それがいいね…」
1年生組は駄菓子屋のなかにぎゅうぎゅう詰めになる。
セイラ「ちわーッス、おっちゃん」
おっちゃん「はい、いらっしゃ~い。」
真姫「駄菓子屋ってトレカも売ってるんだ…」
不審に思われないように振舞いつつ、外を警戒する。
おっちゃん「どうしたんだい。外になにかあるのかい?」
榎「‼?」
あまりの敏感さに、嫌な予感が走る。
まさか、犯人の知り合いなんじゃ…
みるくはポケットの中のナイフに手をかける。
おっちゃんは笑う。
ジリジリとした空気、汗が喉元から流れ落ちる。
おっちゃん「ケイドロかい?ちょっとくらいなら、隠れていても良いよ。」
セイラ「…?」
おっちゃん「時々、ふと童心に帰ることってあるからねぇ。」
桜倉「…‼そうですね。ついさっき、小学校の頃の話をしていたところです。」
榎(ナイス機転‼)
真姫(あぶなかったぁ~…)
みるく(犯人とは関係なかったのね…)
一同はほっと胸を撫で下ろす。ここでしばらくは休憩できそうだ。
おっちゃん「でも、もうすぐ閉店時間だから、閉めるときには出てもらうよ。」
桜倉「はい。そのころには門限になると思いますし、そうさせてもらいます。」
笑顔で話していると、ふいにおっちゃんは外に目をやる。
おっちゃん「ところで──────鬼はその子かい?」
一同は「えっ‼?」と声をあげ、外を見る。
すると、駄菓子屋を覗き込む一人の少女の顔があった。

野鳥花「いやア。すごい数だ。」
千代「感心してる場合なの?」
野鳥花はシモベを駆使して次々と兵士を散らしていった。
レイとの連係で、雑魚を散らす作業にしか見えなかった。
疲労の色も、呼吸の乱れも見られない。
だが、数が違いすぎた。
次から次へと沸いてくるため、全く先へ進むことができない。
野鳥花「仕方がなイ…藤原千代。」
シモベたちは兵士の群れの一点を瞬時に集中攻撃し、人海の壁をこじ開ける。
野鳥花「往けッ‼お前がやりたかったことだろう‼お前がやるのだッ‼」
千代はそのわずかな隙間を駆け抜ける。
もちろん、誰に気づかれることもない。
レイ「美味しいところを渡してしまったな。」
野鳥花「なぁニ。私では犯人を殺してしまうワ。」

場は凍りついたままだ。
こちらは動けず、あちらは動かず。
なにも知らないおっちゃんだけが微笑ましく見守っている。
あちらは、駄菓子屋の前に置いてある自販機を隔てて向こう側に立っている。
???「大丈夫だ。敵じゃない。」
自販機から体を出すと、ジャージ姿のようだった。
胸にはディフェンダーのロゴがある。
???「蒼空の指示によって来た。海美(うみ)だ。よろしく。」
はぁ~と、深いため息をつく。
2度も肩透かしを喰らった。
海美「生きているうちに会えて良かった。大きな怪我も無いようだな。」
体格は小さく、パチリと開いた目に小さな瞳。
黒髪ロングで、帽子のつばを後ろにして被っている。
おっちゃん「おや、ディフェンダーの娘じゃないか。いつもご苦労だねぇ。」
海美「ん。」
海美はおっちゃんに一礼する。
顔馴染みなのだろう、よそよそしさはなかった。
海美「ついてきてくれ。」
手招きされるがままに、一同は駄菓子屋を出る。
おっちゃん「またおいで。」
榎「はーい」
互いに、笑顔で手を振りあった。

マリ「冗談でしょ…」
マリはその圧倒的な戦力に立ち尽くすしかなかった。
周囲を見渡す限りに現れる兵士の群れ。
それぞれの超能力を剣に込める。
メイジ「イィィィィヤッホォォォオオオ‼」
だが、無意味だった。
スバルは空飛ぶ二つの円盤を巧みに操縦して、超能力ごと兵士を引き裂く。
メイジは能力で兵士をインクまみれにし、ゴム毬のように弾ませてビリヤードをしている。
宇茶美に至っては、格闘術でかち割っている。
宇茶美「一体一体はそう固くない。戦いかたが器用なぶん、とても装甲はお粗末だ。パワータイプのお前の能力なら普通に殴り抜けられる。」
マリ「えっ‼?私にいってるんですか?」
宇茶美「お前も戦力なんだから、しっかりしろ。」
マリ「はいぃ…」
この調子なら自分は要らないのでは?と思いつつも、護身くらいはちゃんとやることにした。

千代は兵士の群れを縫って駆け抜ける。
日々のトーレニングの成果か、以前よりはうんと走れるようになっていた。
しかし、妙だ。
墓地に近づいているはずなのに、兵士の数は減る一方だ。
千代「感づかれているのか?まさか。」
そんな不安におそわれた次の瞬間、寒気立つような刃が背後から飛来した。
千代「あぶっ‼?」
危うくぶつかるところだったその刃は、いとも簡単に兵士を切り裂いて行く。
破壊しているなんて豪快なものじゃなく、元から切れてたけど、実はピッタリ重ねてただけでした、と思うほどに綺麗な切り口でかっさばいた。
その刃たちは、大きなカッターに収まって行く。
その持ち主は、ディフェンダー代表、堺蒼空その人だった。
蒼空「まだブレイカーどもは来ていないようだね、里陸(りく)。」
里陸「はい。解りにくいと思いますが、兵士の耐久度が上がってきています。本体は近いかと。」
蒼空は里陸と呼ばれる幹部と共に来ていた。
当然ながら、千代には気づいていないようで、すぐに走り出す。
千代「せっかくだし、ついていかせてもらっちゃおっと。」
二人のあとを追うように走る。
単独で走るより、この方がうんと安全だ。
少し走ると、見慣れた一団と合流する。
蒼空「海美(うみ)‼無事たったか。」
榎「ああっ‼ディフェンダーの団長さん‼」
千代(なんでこんなところに居るのよ馬鹿~‼)
完全に想定外。
こうならないためにブレイカーとの共闘を秘密裏に行ったいたというのに。
しかし、起きてしまったことは仕方がない。
ここはディフェンダーに任せた方が安全なのだろう。
千代(先に行って終わらせてくるから‼)
ディフェンダーが情報交換をしているのを横目に、墓地へと急いだ。

野鳥花「やけに戦力が落ちてきたナ…」
兵士に顔も向けずに殺戮しながら歩く。
レイ「さあ…かるたが居てくれればな…」
野鳥花「また撃ち落とされて終わりだヨ。あいつは戦いには不向きだからナ。」
そこへ、人払いチームのリーダーがやってくる。
人払いチームはフードつきのマントで身を隠している。
人払い「やは~。ねぇね。」
明るい声で挨拶する。
殺人事件の犯人を追っているとは思えない緊張感のなさだ。
野鳥花「相変わらず手際がよイ。」
人払い「それは私じゃなくて、彼女の"VE・GA"が優秀なだけですよぉ。」
もう一人の女「優秀?そうか。私の作品はまだ優劣の世界か。」
野鳥花「まあよイ。」
話が長引くのを察知した野鳥花は言葉を強引に締め切った。
人払い「あーあとぉー、1つ報告がありまぁす‼」
レイ「なんだ?」
人払い「ディフェンダーどもが来ててぇ~、でも、かるたちゃんは無事でーす。あれあれ?2つでしたぁ~。」
野鳥花「通りデ…」
野鳥花はご機嫌に笑う。
野鳥花「ありがとウ。今日の仕事は終りダ。あとは、あの御花畑勇者様御一行に任せておけばいイ。」
レイ「私は念のため、事の顛末を見届けに行く。」
野鳥花「頼んだゾ。」
レイは走り出す。
数の減った兵士など、相手にせずに撒いてしまえばいい、という考えだ。
野鳥花「おいしいスウィーツでも買って帰るかネ?」
人払い「わーい‼」
もう一人の女「腹が満たされればなんでもいいかな…」

聡「よく来られたな。いや、その能力なら来られるか。」
千代「そちらこそ、よく私に気づいたね。」
千代は完全に気配を遮断していた。
踏む砂利の音さえも自然の音に聴こえるくらいの錯覚を与えたつもりだった。
聡「わかるさ。俺を誰だと思ってやがる。」
千代「宮下聡(みやした さとる)でしょ。そして、マカアラシの犯人。」
聡「けっ。マジレスしやがって。」
風が強く吹いている。
互いのマントがたなびいている。
聡「セーラー服にマントか。いい趣味だ。」
余裕をかましたナメた視線が千代を舐める。
千代「そういえば、あんたも学ランにマントだね。クソカッコ悪いけど。」
聡「なんだよ。お前、自分の立場解ってんのか?」
意外にも安い挑発に乗った。
性格はなかなかに小物らしい。
千代「あんたに決められる筋合いは無いってことはわかるよ。」
聡は舌打ちする。
見事に頭が沸騰したようだった。
聡「お前‼理解してない訳じゃあないだろうなぁ‼俺はこの"風"で、何処にいようが、透明になろうが、お見通しなんだよ‼今のお前は無能力者同然なんだよ‼」
千代「ご高説どうも。」
聡「フン‼まあいい。予定外だが、お前の魂も戴いていくぜ‼」
千代は気配を消す。
聡は風を起こす。
その瞬間に、千代は急接近して、アッパーカットを喰らわす。
聡「なんつーごり押し‼」
千代「いいや、あんたの"癖"を利用しただけだよ。」
その癖とは、必ず彼の背後から風がくることだった。
その癖のせいで、彼の真正面に立てば風に当たる心配はなく、風に頼りきった探知をしていた彼は一瞬千代を見失ったのだ。
聡「だが、止めをさせなかったのは失敗だったな、女。」
聡の背後にキラリと小さな光が見えた。
みたび千代は気配を消し、何かを避けた。
それは、いつかの日にマリが見た鉄芯だった。
砂利道に、鉄芯が数本突き刺さっている。
聡「勘がいいな。お前。」
千代「おあいにく様、私も場数踏んでんだよ。」
聡「しかし、お前はやはり俺には勝てないよ。」
鉄芯でしつこく牽制してくる。
千代はその鉄芯のひとつを拾い上げる。
そして、その次の鉄芯を凪ぎ払う。
千代「やはり、お前はなにかと"癖"を持つ。」
聡「何ッ‼?」
鉄芯は1度に5~8本射出される。しかし、キメ細かにタイミングをずらすことはできず、まとめて1発の弾丸として撃ってるような挙動なのだ。
聡「なぁんてな。」
風に混じり、風の刃がセーラー服を引き裂いた。
聡「チッ、直撃は避けられたか。だが‼」
風の刃を受けてよろめく千代に、聡は突っ込む。
聡の手には、あの青白いスコップ。
そのにっくき姿に千代は一瞬だけ気をとられてしまった。
脳裏に茅ヶ崎美樹の顔がよぎる。
その一瞬の隙に、目の前の空間が爆発し、倒れてしまう。
聡はマウントポジションをとった。
聡「お前の、魂をいただくッ‼」
聡はスコップを突き立てる。
千代「それ、何なの?キメ台詞?」
聡は高らかに笑う。
聡「気づかなかったとは言わせないよ。俺はなぁ。複数の能力が扱えるんだよ。そして、それは人の体から集められる‼生死問わず‼」
千代「だから墓場…‼」
聡「そうさ‼記憶のためだけじゃない。俺の能力コレクションを、より多くするためでもあったのさ‼」
聡はスコップを突き立てる。
聡「お前の能力を寄越せぇ‼」
千代の胸に、スコップの先がめり込む。
千代は声をあげようとしたが、生気を吸いとられる感覚の方が強く、呻くことすらかなわない。
意識が遠退いて行く。

真っ白な世界。
ここが"死"なのだろうか。
あぁ、だとすると、このまま負けて死ぬのだろう。
頭から落ちて行く感覚がある。
死とは下にあるものなのだろうか。
しかし、上下を指し示す目印は存在しない。
もしかすると上に落ちているのかもしれないし、弧を描いて回っているのかもしれない。
死んだら何もかも終わりかと思っていたが、この空間は一体何なのだろう。
私は負けたのだ。放っておいてくれ。
「よお。ずいぶん情けない姿だな。」
聞きなれた声が聴こえる。
心なしか、彼女の香りまで漂っている気がする。
ミステリアスで、偉そうで、でも、誰よりも仲間を大切に思う繊細な彼女。
「負けていいのか?」
声だけが問いかけてくる。
いや、きっと後ろにいるのだ。
けれど、落ちて行くことしか許されていない私は、振り向くこともままならない。
「忘れ物は無いか?」
こちらが返事をしないことも意に介さず、一方的に質問を投げ掛けてくる。
「この先は本当に何もないぞ。いいんだな?」
いいも何も、抗うすべかない。
確定した死亡。
ただ生者から死者になるための通過儀礼
三途の川の真っ只中。
「お前は、今という今、この場所に来るために生きていたんだな?」
そこでやっと理解する。
彼女は私を引き留めてくれているんだ。
私が死を認めてしまわないように。
「…勝ちたくはないか?」
意地悪な。
訊かなくたって答えはひとつなのに。
おちょくってくるその声も、心なしか嬉しそうで、腹が立つ。
でも、それが彼女の持ち味だったりする。
「耳を貸せよ。いいことを教えてやろう。」
真っ白な世界に黒い亀裂が入る。
「相手の能力は、"相手の能力と、その使い方の癖"を貰う力で、そのために、"魂を掘り起こしている"。」
耳障りな風の音が響き始める。
落ちているせいでもあり、また、その亀裂が空気を追い出しているせいでもある。
「それを逆に利用してやるのさ。」
人が死にかけているって言うのに、なんて嬉しそうに話しやがる。
それもそうだ。
彼女は負ける気で戦ったりしない女だ。
「お前の中で死んでいるお前を呼び覚ませ。答えはお前の中にある。」
私だって本当は、負ける気で戦ったりしない。
「今のお前なら出来るはずさ。もう、あのときのか弱い少女じゃないだろう?」
抗ってやる。
「お前に恐怖など似合わない。」
覆してやる。
「ガッカリさせるなよ。」
私の中に眠るもう一人の私。
「───────────‼」
とり憑かれたように暴れる黒き意識。
答えを知らなきゃ気が済まない。
黒く、固く、強く、鋭く、輝く私のアイデンティティー。
亀裂に手を伸ばす。
千代「負けてたまるかぁぁぁぁぁああああ!」

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聡「クソッ‼どうなってる‼なんて固い魂なんだ‼」
聡のスコップは甘く千代の胸に食い込むばかりで、肉をえぐりとることを許可されない。
聡「生命力を吸い尽くすにはまだ時間がかかる…クソ‼クソ‼クソ‼」
何度もスコップを突き刺そうとするが、全くうまくいかない。
その時、突然千代が目を開ける。
聡「‼?」
驚くのも束の間、千代のマントから黒い手が生えてきて、スコップを捕まえる。
聡「ヒッ‼」
その黒い手は、ずるずると本体を現した。
そして、スコップを取り上げる。
クロ「久しぶりだな。千代。少々長く眠りすぎていたようだ。」
千代「おはようクロ。やっと私の実力が追い付いたよ。」
聡「どど、どういうことだ‼お前も能力を複数持っているのか‼?」
クロは問答無用でスコップをへし折った。
千代「あれ?サイコメトリーで調べているわりには勉強不足だね。」
聡「いや、おかしいだろう‼?記憶の通りなら、その能力は、アルカナバトルとやらの収束で消滅したはずじゃないか‼?」
クロ「消滅?まったく人の話を聞かない輩だな‼ダラァッ‼」
聡はクロのラッシュパンチに吹き飛ばされる。
千代は体の砂をほろいながら立ち上がる。
クロ「我は…いや、"強制超能力発生装置"は、各々の体の中に残されたままなのだよ。」
聡「だからなんだってんだ‼機能を停止した機関が残っていたところで、何の意味もない‼」
千代「機能を停止した…ね。」
千代は笑む。間抜けを哀れむ眼をして。
クロ「だからお前は話を聞いていないというのだ。我は消える前に、ちゃんと千代の中に居続けると言ったはずだ。」
にじり寄る千代に、聡は爆破能力で攻撃をする。
聡「やめろ‼来るんじゃあない‼」
辺りに爆煙と、土煙が舞う。
しかし、聡は左頬を思いきり殴られる。
黒いマントに、黒い学ラン。
クロの格好の餌食だった。
聡「しまった、射程距離内に近づくのではなく、威力の高い攻撃を出させて、土煙で視界を遮るのが目的だったか‼」
続いてクロは右頬も殴りにかかる。
聡「ウグーッ‼」
クロ「そんな我を呼び覚ましたのは、皮肉にもお前の能力なのだよ‼我という魂を、掘り当ててしまったのだよ‼貴様は‼」
クロは幾度も顔面にパンチを浴びせる。
聡「調子に乗るなよ‼」
聡はマントと学ランを脱ぎ捨て、肌着姿になる。
聡「お前の性質はサイコメトリーで読んで知っている。黒色がなければ手も足も出せないんだってな。」
聡が手刀を切ると、衝撃波が放たれる。
クロはそれを振り払う。
聡「いつまで続くかな?燃費も悪いんだろう?」
聡は風を起こす。その風にのって、いつくものコピー用紙が流れてくる。
千代は顔につかないように振り払う。
が、手に巻き付いたその紙が、突如燃え始めた。
千代「クソッ‼」
その隙をつこうと襲いかかる鉄芯と衝撃波を、クロが懸命に打ち落とす。
しかし、目前の攻撃に対応するのに手一杯になり、また爆破を食らってしまう。
聡「フン‼ビックリさせやがって。」
全身が痛い。
何て奴。服が焼け焦げてミニスカートになってしまったじゃないか。お気に入りのタイツもズタズタだ。へそも丸出し…なのは元からだ。
だが、まだ立ち上がれる。
マントがボロくなってきているのを、歴戦の戦士みたいで格好いいじゃんと思えるほど、心は元気だ。
負けられない。負けられないんだ。
聡「止めを刺されにわざわざ立ち上がるのか…でもねぇ、そんなことをしたところで、この俺が最強で、最高権力を持つことに変わりはないんだよ‼」
三度目の爆破。
心は元気でも、体は避ける余力を残していなかった。
聡「この世の中は弱肉強食‼強い者こそ偉いんだ‼どんな綺麗事を並べようと、この社会のあり方が何よりの証拠なんだよ‼」
千代「そのわりには、よくしゃべるなぁ。自信ないの?」
千代はふらつきながらも、また立ち上がる。
聡「うるさいうるさい‼お前は降霊術のための記憶さえ捧げれば、用済みなんだよぉ‼」
そこへ、ようやくディフェンダーと1年生組が追い付く。
聡「チッ、増援か‼だが、この俺には敵うまい‼」
榎「先輩‼これが、私が出来る最善の戦いです‼」
ディフェンダーの前に出る榎。
千代「来ないで‼」
榎「わかって…ますよ‼」
大きく振りかぶり、榎は何かを投げつけた。
地面にぶつかると炸裂し、墓地は橙色の光に包まれる。
聡「目眩ましか‼?小癪な───────ッ!!?」
千代「…?幻…?」
辺りには、都会の街並みが広がっていた。
早足ですれ違う人々が、都会を感じさせる。
退勤ラッシュで道が混雑する夕暮れ。
女の子「どこにいってたの‼」
叱責する大きな声が雑踏にのって千代たちの耳に届く。
女の子は、泣きじゃくりながらうずくまる男の子に向かってふんぞり返っていた。
女の子「探したんだからね‼」
女の子がそう続けても、男の子は泣きじゃくるばかりだった。
女の子「帰りなさい。」
女の子は男の子の手を引っ張りあげる。
女の子「帰りなさい‼ここは聡のおうちじゃないのよ‼」
女の子は的はずれな注意をして、無理矢理男の子を引っ張って行く。
千代「これ…って…」
聡「姉さん…」
聡は千代に止めを刺すことも忘れ、呆然と立ち尽くしている。
女の子「いい?怖いときに逃げるのは、多分止めようがないから許してあげる。でもね、"守ってくれる人から逃げるのは、やめなさい。"」
男の子「姉さんだって怖い顔するじゃあないか…」
女の子「そんなこと言う子はもう迎えに来てあげない。」
男の子「そんなぁ…」
女の子「いい?強くなれとは一言も言ってないんだからね。でもね、弱い自分に妥協しないで。そうやって卑屈にならないで。弱い自分が弱いなりに何が出来るか…その方が、心の傷を知らない誰かに見せびらかすよりも、ずっと大事。」
男の子「意味わかんないよぉ…」
女の子「学校だけが…この街だけがこの世界の全てじゃないの。生きる世界を…間違えないで。」
気がつけば女の子も泣いていた。
聡「姉さん…そんな…そんな難しい言葉じゃ…その時の俺じゃ理解できないよ…」
聡は泣き崩れた。
そこで、その幻は消えた。
聡「それに…俺に何ができたって言うんだ…強い人間に対して、弱い自分に何ができる‼」
千代「立ち上がることが出来る。」
聡「…‼」
千代「諦めないことが出来る。仲間を探すことが出来る。」
聡「そんな…そんな…ッ‼」
千代「強い奴に立ち向かえなくても、弱い自分と向き合うことが出来る。」
聡「…クッ‼」
千代「まだ逃げる?そのまやかしの強さに。」
千代は歩みより、聡の前にしゃがんだ。
千代「あなたの中にまだ、お姉さんがいるなら、あなたの逃げた場所を教えて。」
聡「隣町の地下倉庫だよ…そこに全てがある。オラクルが抱いた野望のすべてが…。」
千代「そう…。」
海美「では、拘束させて貰う。まぁ、超能力者相手では気休めにもならんがな。」
ディフェンダーだちが聡を取り囲む。
聡は両手を後ろに回したが、手錠をかけれることはなかった。
代わりに、海美の"テレキネシス"によって空中に持ち上げられて、体を動かなくされた。
聡「なぁ、女。」
千代「なに?」
聡「もうさ、段階は手遅れな所にまで来ているかもしれない。それでも行くのか?」
千代「もちろん。」
聡「…そうか。」
聡は激励するわけでもなく、引き留めるわけでもなく。それきり口を利かなくなった。
蒼空「藤原千代、といったな。この娘たちから、話は聞いている。」
蒼空は千代を頭から足まで一通り視線を通すと、少し悲しそうな顔をした。
蒼空「あとは私たちがやる。ご苦労だったな。」
千代「いいえ、私が決着を着けます。」
里陸「似た者同士なのね、お嬢さん。」
里陸は腕を組んで溜め息混じりに言う。
蒼空「そこの彼女も、お前のためにここへ飛び込むと利かなかったのでな。」
榎「やは…」
千代「榎ちゃん…まったくあなたって娘は…」
本当は凄く怖かったのだろう、脚が震えている榎を、千代は優しく抱き締める。
セイラ「なんかいい雰囲気になってるけど、私たちも功労者なんだぜーっ‼」
真姫「シーッ‼いいシーンなんだから邪魔しちゃダメ‼」
みるく「間にはさまりたいのね‼」
桜倉「お前らなぁ…」
ディフェンダーたちの後ろから、賑やかな声が聴こえる。
蒼空「彼女たちの為にも、一度帰ってやってくれないか。」
千代「そうですね…ありがとうございます。でも、それならあなたたちも…ん?」
塀の外を走る影があった。
ぐるりと回ってこちらに向かってくるようだ。
マリ「先輩ー‼間に合いましたかー‼…って終わってるー‼てか、何であんたたちまで居るのよー‼」
一際大きい声で、すべての驚きにリアクションをとる。
海美「誰だお前…」
マリ「いや、こっちの台詞よ‼」
遅れてきたマリに、事情を説明する。
マリは終始申し訳なさそうにしていた。
マリ「ははは、私、役立たずだ。一人で勝手に盛り上がって、何やってんだろ…浮かれてたのかな…。」
千代「何いってんの。みんな何かの熱に浮かされてここに来てるじゃない。役に立つとか立たないとか、そんなの誰も気にしちゃいないよ。」
桜倉「ぶっちゃけ一番の足手まといは私だったから気にするな。」
真姫「…頑張って痩せよう。」
マリ「そんなもんなのかな…ははは…っていうか、あんたいつまでくっついてるの‼離れなさい‼」
マリは千代に抱きついていた榎を引き剥がす。
すると、榎は泣いていた。
榎「先輩…こんなに傷だらけになって…死んじゃったりしませんよね…居なくなったりしませんよね…‼」
マリ「あんた…」
榎「ここに来て、また生きて先輩に会えて良かったって思ったけど、また一人で勝手に危ないところに行くって…」
榎は肩を震わせ、拳を握りしめる。
榎「先輩が目標だからとか、ヒーローだからとか、そんな理由じゃなくて、先輩が大好きだから、先輩の無茶が胸を痛め付けるんだよ‼ばかぁ‼」
ディフェンダーが去って行く靴音と、榎の泣く声が、墓場にこだまする。
千代「ありがとう、心配してくれて。でもね、許せないことがあったら無茶しちゃうのが私なんだ。ごめんね。」
榎「…。」
千代「…しょうがないなぁ、今日はうちに泊まりに来る?どうせ着替えなくちゃいけないし。」
榎「…ワガママ言ってごめんなさい。」
千代は榎の頭を撫でる。
みるく「じゃ、じゃあ私も…んむぐぐ‼」
真姫「だから、邪魔しちゃダメだって‼」

千代が家に帰ると、ボロボロのその格好に総ツッコミを入れられるが、「花火で火事になった」と無理矢理誤魔化した。
千代が榎を泊めたいと言うと、両親は快諾した。
榎も両親に連絡を取ったようでひと安心だ。
千代の父親「よっしゃ‼今日は赤飯だ‼」
千代の母親「焼き肉よ焼き肉‼」
急な頼みなのにここまで快く持てなされ、逆に引くくらいだった。
榎「いい人家族ですねぇ。」
千代「摩利華ちゃんにたかろうとする現金な両親だけどね…」
榎はダイエットのことも忘れ、藤原家の一員にといっても差し支えないほどに団らんしながら、モリモリ食べた。
百合恵「なんだ男友達じゃねぇんだ」
千代「一緒にしないでくれる…」
榎「ゆりちゃん今いくつ?」
百合恵「中3」
榎「かぅわいいねぇ~」
百合恵「か、可愛かねぇよぉ」
千代の母親「こら百合恵、後藤さんも先輩なんだからタメ口利いちゃダメでしょ。」
榎「ゆりちゃんって先輩と違っておっぱい無いんだね~」
百合恵「っせー‼余計なお世話だ、おっぱいお化け‼ぬわぁ‼抱きつくな暑苦しい‼」
千代の父親「わっはっは、娘が一人増えたみたいだ。」

千代の母親「あんまり夜更かしさせるんじゃないよ。」
千代「わかってるよ。おやすみ。」
風呂上がりのミルクティーを飲みながら二人でパソコンの前に座る。
榎「ゆりちゃんは?」
千代「夜遊び。」
榎「えぇ…。」
千代「お父さんとお母さんにバレないように窓から出入りしてるんだよ。私にはバレバレだけど。」
千代はパソコンでツブッターをスクロールしながら、LINEでメッセージを送っている。
榎がLINEを覗き込むと、明日の予定について話し合っていた。
枷檻『隣町か。そういえば塩のやつが居たな。』
摩利華『お塩?』
千代『潮さんのことでしょ。』
枷檻『そそ。あのエロ本作ってる人。』
摩利華『まだ純潔だったあの頃に戻りたい( ;∀;)』
枷檻『タイツの汗の臭い嗅いでた時点で充分アウト』
千代『あのさぁ…で、何時ごろ?』
摩利華『合図をくだされば、いつでもどこでも。協力は惜しみませんわ。』
榎「やっぱり行くんですね…」
千代「まあね…」
パソコンには新作ゲームのプロモーションビデオが流れる。
二人は特に興味があったわけてもなかったが、しばらく黙ってそれを見ていた。
榎「本当の事を言うと、やっぱり何処へも行って欲しくないんです。」
千代「…。」
賑やかなゲーム音楽が遠く聞こえる。
華やかなゲーム画面が色褪せて見える。
榎「でも、もう止めません。だって…」
千代「…う…ん…」
千代は少し伏し目がちになったかと思うと、榎の方へもたれ掛かってきた。
榎「先輩…?先輩ッ‼」
千代「ごめ…限界…ベットに…あげて…ほし…」
千代は言葉を言い切ることもできず、眠りについてしまった。
相当無理をしていたのだろう、シャワーを浴びた後だと言うのに、顎の裏側には脂汗が滲み出てきていた。
榎はそんな千代の姿がぼやけて見えた。
榎「いいやっ、もう止めません‼泣きません‼」
榎は唇を噛んで涙をこらえた。
榎「私が先輩のこと大好きだって伝わっていれば、もう充分なんです…」
千代の体を引きずり、ベッドの元へ持って行く。
体の下に手を回し、持ち上げようとする。
榎「先輩…筋肉が…重たいです…‼」

5月15日(金曜日)

放課後。
摩利華『泊ぉ~ま~った~ぁ‼‼??ええっ、それではどこまで…どこまでしましたの?』
電話から正気を失う摩利華の声が漏れる。
千代「あのねぇ…今そういう場合じゃないってわかるでしょ…?」
摩利華『…オホン。失礼いたしましたわ。榎ちゃんはうちに泊まったときもいい子でしたし、間違いが起こるなんてことはありませんわよね。ウフフ。』
千代と榎は今日学校を休んだ。
二人とも風邪を引いたと学校にウソの連絡を入れ、千代は榎に傷の手当てをさせていた。
途中、榎に包帯を巻かせていると「亜万宮先輩が藤原先輩のことを好きな理由…わかる気がします。」と言われて、まさか、そっちの気は無いよな…と不安になった。

しばらくすると、千代の家の前にリムジンが止まる。
おいおいまてまて。
千代「おいおいまてまて。」
榎「おいおいまてまて。」
ハモった。
急いで玄関に降り、外に出る。
千代「おいおいまてまて。なんでわざわざ。」
摩利華「まぁまぁ、細かいことはお気になさらずに。」
榎「えぇ…」
リムジンの扉が開く。
摩利華と千代はSPにエスコートされてゆく。
榎「あ、あのっ‼」
千代はその呼び止めに振り向く。
榎「必ず帰ると…必ずまた生きて会うと、約束してください‼」
千代「約束する。」
二人は指切りをする。
摩利華「なら私ともっ‼」
千代「はいはい。」
榎「いってらっしゃい‼待ってますから‼」
榎は笑顔で敬礼をする。
千代「うん‼」
千代は敬礼を返した。

中に入ると、理由を理解した。
ディフェンダーの面々が乗り込んでいたのだ。
見たことのないメンバーも静かに佇んでいる。
里陸「団長‼見てください‼シャンパンですよしゃんぺ~ん‼本物ですよぉ‼」
蒼空「遊びに来た訳じゃないぞ。それに、未成年が多いんだから、お酒なんて出すんじゃない。」
里陸は千代と目が合う。
里陸「ななな、なによう‼いーじゃない‼こういうの見たらテンション上がるでしょ‼」
里陸は顔を真っ赤にしてまくし立てる。
千代「お酒、お好きなんですね。」
大人の対応をした。

隣町に着くと、小塩潮が乗り込んできた。
彼女は大学生兼漫画家で、主に(エロ)成人雑誌に掲載をする他、コミケットで(エロ)同人誌を出していたりする。
アルカナバトルでの縁で何かと交流があり、今回の作戦への協力を許可してくれた。
潮「ハイハイ、地下倉庫ね。それなら、山の上にある資材置き場の一部ね。」
潮の道案内に従い、山を上って行く。
潮「しっかし、リムジンをバスがわりに使うなんて、セレブよねぇ~」
摩利華「逆ですわ。わざわざ新たにバスを貸しきったり、購入したりするより、既にあるものを使ってコストを押さえていますのよ。」
潮「選択肢がそこまで広がる時点でセレブだわ…」
地下倉庫に到達すると、摩利華と潮だけはリムジンの中に残った。今はもう超能力が使えないので、当然である。
地下倉庫は重い鉄の扉で塞がれていたが、"テレキネシス"で浮かせて吹き飛ばしてしまった。
奥へ進むと、いかにもな管がタイルの上を這っていた。
その奥には、たくさんのサーバーと、培養液につけられた脳みそが並んでいた。
恐らく、これらが"デバイス化されたサイコメトリー"だろう。
蒼空「ゲームや漫画のダークファンタジーを象ったようだわ…悪趣味な。」
海美「人の命で遊んでいると考えただけで吐き気がする。」
奥に進むと一人の男が立っていた。
男「あいつは…駄目だったのか。」
蒼空「安心しろ。お前もすぐに駄目にしてやる。」
蒼空は、大きなカッターを取り出す。
サイズは頭から腰辺りまであり、剣のようにして扱うもののようだ。
男「おっと、やめておきたまえ。」
白い煙が、こちらと男との間に渦巻き始める。
蒼空「ほざけっ‼」
カッターから刃が飛び出す。
一枚一枚が分裂し、男に飛びかかる。
が、煙の渦が急激に強くなり、押し返されてしまう。
男「さあ来い‼"オールドマシーナリータウンの魔女"よ‼」
里陸「まずい‼降霊術が始まります‼」
まばゆい光と強烈な突風がこちらの人間を壁に叩きつける。
男「…思ったより完全だな。」
霊体「…。」
青白く、生気を感じられない色だったが、その姿は正しく笛音番長そのものだった。
男「手始めに、そこに居るそいつらを始末して見せよ。」
霊体「…。」
霊体は無言で頷く。
蒼空「藤原千代‼あれはどれだけヤバイのだ‼?」
霊体は右手を前にかざす。
千代「番長ちゃんの能力が完全に再現されているなら、この世すべての力を、永久機関によって放てる…文字通りの魔女です。」
霊体の掌の先に、球状のエネルギー体が産まれる。
里陸「そんな奴相手にどーしろってーのよ‼」
霊体のエネルギー体は高速で緑と紫に点滅し、電気のような閃光をバチバチと吸収している。
千代「───────でも、あれは明らかに不完全だ。」
男はその霊体の凄まじいエネルギーに見惚れ、高笑いしている。
海美「確かに。永久機関なら、あのようなエネルギーチャージは必要ない。」
海美は試しに、テレキネシスで近くの柱を折り、霊体に向かって射出する。
霊体はそれに反応して、紫の閃光でいとも簡単に粉微塵にする。
男「ハハハハッ‼無駄無駄ァ‼」
柱を破壊した程度では、エネルギー体を消耗させることすら叶わなかった。
蒼空「…化け物め‼」
蒼空は刃を1つ、エネルギー体に向けて放ち、切断を試みる。
が、何事もなかったかのように吸い込まれて消えてしまった。
もはや意にも介していない。
ディフェンダーたちの体に冷や汗が伝う。
里陸「次元が違う…」
霊体はエネルギーの吸収をやめ、エネルギー体を体内に納める。
化け物のように強いエネルギーを帯びる。
千代(化け物?いや、オリジナルの番長ちゃんは、化け物なんかじゃないんだ。きっとあの霊体にも人らしいところがあるはずだ…)
千代は、培養されている脳みその後ろに隠れる。
しかし、閃光がしなったかと思うと、既に遮るものは消えていた。
ダメだ、番長ちゃんは目的のために人だって殺せる。
本当に化け物なだろうか?
千代は、気配を消して転げ回る。
男「鬼ごっこか。霊体のAIを強化するには丁度いいかもな。」
ふと、あるものを見つけた。
黒い閃光を放つ脳みそだ。
あの閃光には、何かある気がする。
その近くに落ちているバーコードスキャナのようなものを拾い上げる。
間違いない、これが"サイコメトリー端末"だ。
おそらく、この脳に対応しているのだろう。
脳の下には、モニターと、脳の持ち主が記載されていた。
茅ヶ崎美樹。
確かにそう書かれていた。
黒い閃光の正体は、彼女の能力"キャスト"。
生きたサイコメトリー
その時、千代は閃いた。
記憶を集めて霊体を具現化したなら、その霊体の記憶の収集は、完全になるまで行われるのではないか…と。
千代「美樹ちゃん、聴こえてる?私は、あなたが仲良くしてた1年生のみんなの先輩の藤原千代っていうの。」
ダメがもと、キャストが生きていることを信じて。
千代「私から1つお願いがある。いい?1回しか言わないから、よく聞いて。」
霊体が内装を破壊して行く。
千代「私は、榎ちゃんに、必ず生きてまた会うと約束した。だから、絶対にやりとげて。」
ディフェンダーは必死に応戦しようと立ち回る。
千代「番長ちゃんに…私の思い出を届けて。私と彼女の、去年の夏の思い出を‼」
千代は額にサイコメトリー端末を当てる。
ピコーンと機械的な音を発する。
男「ハハハハッ‼間抜けめ‼自ら居場所を明かすとは‼」
霊体は破壊を繰り返しながら、こちらに歩み寄ってくる。

そして、千代も歩み寄った。

緑の閃光が弾ける。




霊体「何してんだ?こんなところで。」
閃光が千代を破壊することはなかった。
千代「番長ちゃんッ‼」
千代は霊体に抱きつく。
霊体といえど、質量はあるようだ。
霊体「おい、なんだ、らしくもない。」
男「何が…起きた…?」
男は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。
霊体「…あっ、ふーん…この私は虚像なのか。」
霊体は手を握ったり開いたり、自分の体を眺めたりしている。
男「あり得ない‼霊体が自分が何者か看破するなんて‼」
霊体「残念ながら、そういった物に囚われないのが私という存在なのでね。不完全なもので満足しておくべきだったな。」
男「くそう‼操縦できないのなら不要だ‼消えろ‼」
白い煙の渦が霊体を包む。
が、霊体はそれを吹き飛ばした。
霊体「だーかーらぁ。そういうのには囚われないって言ったよなぁ‼」
男「ヒイッ‼」
男は吹き飛ばされ、並べられたサーバーにぶつけられる。
霊体「なぁ千代、こいつ、どうする?」
カツアゲをする田舎のヤンキーのように問いかけてくる。
千代「番長ちゃんは殺さないでって言っても殺す派だからね。宇宙旅行にでも行かせてあげれば?」
霊体「いいね。この美しい地球を生で見せてあげよう。」
霊体は男の胸ぐらを掴む。
男「な、なんだ、やめろ‼死にたくない‼」
命乞いをする男に、霊体は満面の笑みを浮かべる。
霊体「限定1名様、スペシャルスペーストラベルへご案内‼美しい空の景色をお楽しみくださいませ。行きは揚々、そして、帰れると思うなよ。」
青白いエネルギーが爆発する。
そのあと既に二人は…いや、一人とその能力は姿を消していた。
その光景はまるで、稲妻が地上から空へと落ちて行くようだった。
天井には、地下から地上までの穴がポッカリ空いている。
蒼空「…本当に宇宙にいったのか?」
千代「平気で行くよ。彼女なら。」
千代はその大きな穴から、空を見上げた。

ニュースキャスター「こんばんは。速報です。バイパスの狂気の延長とされていた、連続殺人事件"マカアラシ"の犯人が、今日未明に出頭、そのまま逮捕されました…」

5月16日(土曜日)

男子生徒「なぁなぁ聞いたか?隣町の山に穴が開いたんだってよ‼」
女子生徒「知ってるし‼あの、人体の一部が保管されてたとかっていうチョーサイコな奴でしょ‼?」
枷檻「なぁ、私もまだ穴の正体聞いてないんだけど、何なんだアレ…?」
千代「壮大な自殺の跡だよ。」
枷檻「いや、どうやったらあんな穴が空くんだよ。」
千代「何でもできる人が居たら空くんじゃない?」
枷檻「マジかよ…」
今日は午前だけ授業があった。
枷檻ちゃんは放課後になると直ぐに私の所に来る。
未だに他に友達居ないんだろうなぁ…
枷檻「今、とても失礼なことを考えただろ。」
千代「全然。」
摩利華「千代ちゃん、今日は部活?」
千代「久しぶりにね。しばらく事件のことばっかりでやれてなかったし。」
摩利華ちゃんは、榎ちゃんが私の部屋で二人きりで一晩を過ごしたことを根に持っている。
誤解を解くには時間がかかりそう。

桜倉「今日から部活再開のとこ、多いらしいですよ。自主練習してないスポーツマンたちが顧問からの叱咤を受けてるとか。」
千代「うちは顧問が男子にかかりきりだからねぇ~…くわばらくわばら…」
桜倉ちゃんは諦めていたダイエットをこっそり再開しているんだって。マネージャーなのになんでだろう。
セイラ「しばらく部活休みでしたけど、実際休みなんて、あってないようなものでしたね。」
真姫「何だかんだで駆けずり回ってたもんね~」
セイラちゃんはお母さんの心の病気と向き合うために、頑張っていて、それを真姫ちゃんがサポートしているらしい。
偶然にも、二人ともアイドルが好きみたいで、いいコンビだったりするのかも。
電子「お前らなぁ~何だかんだって…私たちがどれだけ心配したかわかってんのかー‼」
凶子「本当よ。サクサク死なれたら、会わせる顔が無いじゃない。」
檀「でも、無事で何より、いつもの生活に戻れて何よりって感じだね。」
3年生組は、理性的な判断で墓場以降はついてこなかったけど、川辺先輩が言うに、「電子がずっと泣いてるものだから、いっそ連れていった方がよかったかも」だって。お陰で今も早瀬川先輩の目の下は真っ赤っか。
みるく「そういえば3年生の先輩たちはどんな能力もってるのね?」
マリ「素質はあるけど、未だに発現してないんだと。」
みるくちゃんは相変わらず不思議な娘で、何をしてるのか、何を考えているのか、全然わからない。
マリちゃんはお姉さんを説得できる方法を考えながら、全うに生きて幸せを掴んでやるって奮起してた。やっぱり家族が人殺しなんて嫌だもんね。
榎「せーんぱい‼」
千代「なあに?」
榎「お帰りなさい‼」
榎ちゃんは夢を探し始めている。自分がやりたいことがなんなのか、はっきりさせたいんだって。そして…
榎「ニュース、見ましたか?」
千代「うん。」
真姫「ああっ、そうですそうです‼みっきーの頭、そこで見つかったって…」
千代「そう。私も見たよ。」
茅ヶ崎美樹の脳みそは、他の脳みそ含めてそれぞれの遺体の元に返されたらしい。
というのも、天井に穴が開いた時に電気が止まってサーバーがダウンし、発見された頃には培養装置が停止していて、既に脳みそ自体も死亡していたらしい。
千代「その上、私、美樹ちゃんに助けてもらっちゃったんだ。」
セイラ「ええっ‼?」
電子「のーみそにか?」
千代「うん。美樹ちゃんが居なかったら、私きっと、勝てなかった。」
桜倉「マジかよ…」
セイラ「めっちゃカッコイイじゃねぇか…」
真姫「頑張ってくれた美樹ちゃんのためにも、この平和を守らなくちゃね。」
電子「いやじゃあ~‼もう危ないところにいかないでくれ~‼」
私たちの戦いの物語はひとまずこれでおしまい。
ブレイカーとか、ディフェンダーとか、まだまだ戦い続けている人は沢山いるけど、私たちは、普通の毎日を、普通に生きていくのだろう…。
それを脅かされたときはまた…。
















5月20日(水曜日)

地下倉庫跡。
警察「嘘だろ…」
昨日まで保全していた現場の機材が、破損したものも含め、全て消失していた。
警察「捜査本部に連絡だ‼早くしろッ‼」

野鳥花「悪いガ、珍しいおもちゃは大好物なんでネ。」



そして──────惑星軌道。
男「はぁ…はぁ…なあ、いつまで生きていられるんだ?」
青白い半透明の球体に包まれながら、地球を眺めていた。
霊体「お前が餓死するか、私のエネルギーが尽きるまで…だな。」
男「なんだってんだ…ちくしょお…」
霊体「あ、アレ見ろよ、アレアレ。」
霊体は星空の向こうを指差す。
男「は?どこだよ。」
霊体「あそこあそこ。私が生まれた星なんだ。私、未来人ってだけじゃなくて、宇宙人なんだ。すごいだろ?」
男が目を凝らすと、霊体にうなじを捕まれ、顔を球体の外に出される。
勿論球体の外では呼吸はできない。
男の苦しそうな顔を確認すると、球体の中に戻される。
男「何すんだ~‼」
霊体「へっへっへ。まーよー、人生で一度きりの宇宙旅行なんだぜ?もっと楽しもうぜ?」
男「魔女だ…」

Fin

「ハーミット2」 ACT.8 ヒロイン

犯人の足はきっとつかめている。
そう自分に言いきかせている。
犯罪組織"ブレイカー"そして、マカアラシ主犯の"オラクル"。
話のスケールに対しての、自分の無謀さを省みる。
だが、このマントが思い出と共に告げるのだ。
『番長なら進むだろう』、と。
千代は一人、部室で俯いていた。

一方のマリは精力的に北団地の捜索にあたっていた。
体を動かしていれば、都合の悪いことを忘れていられるというのもあるが、もうひとつ情報が増えたというのもあった。
昼頃の連絡で知ったのだが、オラクルはそもそも壊滅寸前らしい。
ブレイカーが総力をあげて潰しにかかったために、枝葉は切り落とされて裸の木状態なのだという。
しかし、オラクルは人数が少なくなったことで、守りに入ってしまい、サイコメトリー端末部門の動きだけに集中して、隠密に情報収集するようになり始めたという。
もっとも、焦りからサイコメトリー能力を持つ脳を狙っていることがバレてしまったために、ブレイカーにとっては無意味な行動となってしまったのだが。

摩利華「私たちはどうすればよいのかしらね…」
桜倉「わかりません。藤原先輩の無茶を見送ることしかできないのは…正直辛いです。」
榎「…何か力になれたらなぁ…」
オープンカフェ"みのむし"に立ち寄る三人。
誘ったのは摩利華の方だった。
千代は囮作戦を決行しているため、ろくに会うこともできない。
その寂しさや不安から、後輩を誘ったのだ。
摩利華「やっぱりSPを派遣した方がいいかしら…」
桜倉「相手は超能力者ですよ。」
摩利華「ううっ…冷静になれませんわ…」
榎「先輩がこっちの立場だったらどうするだろう…」
桜倉「…ちょっと待てよ。」
桜倉は榎を睨み付ける。
榎「な、なに?そんな顔するなんて…」
桜倉「お前さぁ、先輩なら先輩ならって、自分の考えはないのか?」
榎「えっ…」
榎はうろたえる。目を泳がせて、無い答えを探している。
摩利華「貴女はどうしたいんですの?」
榎「いや、あの…」
桜倉「今、藤原先輩は居ないんだよ。助けるために、お前自身がなにをすべきか考えろよ。」
榎「…私はッ‼先輩みたいなヒーローに憧れてて、だから、先輩の力になりたくて…」
桜倉「だから具体的にどうするんだよ‼理想や憧れの話をしているんじゃあないんだぞ‼」
榎「…ッ‼」
桜倉「先輩に頼ってばかりだったから私たちは無力なんじゃないか…こんなときくらい自分で考えろよ…」
榎はなにも言い返せなかった。
なぜなら、ただ憧れのヒーローを追っていただけの自分の空虚さを知ってしまったからだ。
榎は逃げるように走り出した。
桜倉「お、おいっ」
摩利華「榎ちゃん‼?」
自分はいったい何がしたかったんだろう。
いったい何者になりたかったんだろう。
そう、胸に問い続ける。
桜倉「すいません。つまらないことで感情的になってしまいました。」
摩利華「無理もありませんわ。貴女も、友人を亡くして心が不安定なのでしょう?」
桜倉「…一番無力なのは、自分だってわかってます…わかっているんです…」

榎は、気づけば学校に来ていた。
放課後、静かな校舎。
最近は美樹が殺されたことで、ほとんどの部活が機能していない。
そこに、不良の男子生徒がいた。
不良「ヨォ」
榎「あ、えと…」
不良「お前、なんか俺たちと同じ雰囲気を感じるぜ。」
榎「ええ…」
榎が引き気味に困惑していると、不良は思わぬことを口にした。
不良「喧嘩しにいこうぜ」

不良についていくと、他校の生徒が待ち構えていた。
不良「ヨォ藤木。」
藤木「よう、不動。女連れか?」
不動「ギャラリーがいた方が盛り上がる。」
二人ともヘッ‼と笑うと、拳を構える。
榎「待って待って、どうして喧嘩なんてするの?」
榎は二人の間に割ってはいる。
不動「意味なんて無いさ。何をすればいいかわからないから暴れるんだ。」
藤木「どけよ。」
榎は突き飛ばされる。
不動「うおおっ‼」
藤木「おああっ‼」
男の拳が混じりあう。
一丁前の信念もなく、無意味に。
榎「そんなことしても前に進めないよ。ずっと、何もわからないままだよ。」
声を振り絞って言う。
不動「なら、どっちが前だっていうんだ。」
藤木「大人の敷いたレールがある。これに乗れば、確かに進めんだろうよ。」
不動「しかし、それは"前"なのか?疑う。」
藤木「けど、レールを無視すれば、道しるべを失っちまう。」
不動「なあ、どっちが"前"なんだ?教えてくれよ。」
榎「…わからないよ」
榎は下を向いてしまう。
不動「だろうな」
藤木「いつか俺たちは、暴れ疲れて、レールに帰るだけなんだろうよ。」
わからない。わからないんだ。
生き方の、行き方の正しさなんて。
でも、先輩は前に走っている。
そう思って背中を追いかけて来た。
だけど、どうして先輩はそっちが前だとわかるのだろう?
いや───────そもそも先輩でさえどっちが前かなんてわからないのではないだろうか?
そもそも、私が勝手に前に進んでいると決めつけているだけなんだ。
先輩は進んでいる。
前かどうかわからないが、しかし闇雲でもなく、進んでいる。
ただひたむきに"何か"に向かって。
それに対して私はどうだ。
先輩を見失って、ただ、立ち止まっているだけ…
榎「どっちが前だっていい…」
進まなくては。
榎「立ち止まってたって、どっちが前かわかるわけ無いじゃん‼自分が進む方を前だと信じて進まなくちゃあ、何もわからないし、誰も教えちゃくれないんだ‼」
二人は拳を止めた。
そして、両手をだらんと垂れ、俯く。
不動「暗闇の中を、たった一人で進む勇気なんて無いさ。」
榎「暗闇なんかじゃあない‼信じて行けば、先に走ってくれた人々の光があるから…諦めなければ、自分が信じた自分の目指すべき篝火があるから‼」
榎は立ち上がる。
榎「自分で歩き出さなくちゃ‼」
不動「…‼」
藤木「…‼」
二人は顔を見合わせる。
不動「フフ…そうか。そうだな。ありがとよ。」
藤木「つまんないことに付き合わせちまったな。」
榎「いいんです。私も迷いが晴れました。」
藤木「何か、やることがあるのか?」
榎「そうですね…人探しを手伝って欲しいんですけど…」
f:id:DAI-SON:20170531142050j:plain
その後、榎によって千代以外の陸上部が招集された。
榎「先輩にじっとしてろって言われて、じぅとしてるなんて、なんか違うかなって。」
枷檻「落ち着かねぇもんな。」
そして、全員の持つ情報を合わせた。
すると、ひとつの答えが出た。
凶子「その画家さんが探している弟さんは、マカアラシの主犯と見て間違いないわね。マリが出くわした超能力者と特徴が一致するわ。」
電子「はっはっは‼やればできるじゃないかお前たち‼」
檀「私たちはなにもしてないでしょ。」
電子「なにもしてなくはない。ただ、バガ真っ直ぐな後輩の帰る場所を、とっておいてやってるだけさ。」
檀「いい風に言って結局なにもしてないじゃない…」
電子「ところがどっこい‼真姫‼例の物を。」
真姫「はい‼実は、このロケット、絵の裏に写真が入ってたんです。」
ロケットの中から、丸く切られた写真を取り出す。
マリ「ってことは、この男子が犯人ってこと?」
みるく「悪そうには見えないのね~」
桜倉「見た目で判断しないように。」
榎「じゃあ、このことを先輩に伝えないと‼」
千代『もう伝わってるわよ』
榎「うわっ」
セイラ「効率化のためにテレビ電話繋げてましたぁーん」
榎「早く言ってよ…」
千代『榎ちゃん』
榎「…?」
榎は言い付けを破ったから、怒られるのか、と思った。
千代『がんばってくれて、ありがとう』
榎「え…」
千代『私は、みんなの安全のためにって思って動いてきたけど、みんなに心配かけちゃって…ほんと、ごめんね。動き出すまで、気づいてあげられなかった。』
榎「いえ、そんなことは…」
いいかけると、電子が間に割り込んでくる。
電子「なぁーに偉そうなこと言ってんだよ。こっちが勝手に心配して勝手に動いただけだ。上にたった気分になるなよ。私たちの関係は、横並びだろ?」
千代『そうですね…』
千代は涙こそ見せなかったが、声は震えていた。
電子「お前だって、助けて欲しいときがあるだろ?それならそれでいいんだ。お前が私たちを守らなきゃいけないだなんて、思い上がりもいいところだ。」
檀「あんただってポンコツでしょーが…」
千代『フフフっ』
電子「あ、笑ったなテメェ~」
凶子「そのへんにしなさい。本題を見失うわよ。」
千代『そうですね…ここからは、犯人の捜索と、確保という流れになりますから、今までのようにはいかないでしょうね…』
みるく「私が影のなかに引きずり込んで生き埋めにしてやればいいのね」
セイラ「怖ぇこと言うなよ。殺しはまずいだろ。」
真姫「画家のお姉さんが可哀想だよ…」
枷檻「そっかー…ブッ倒す方法も考えなくちゃいけねぇのか…」
一同はうーんと唸りを上げる。
マリ「…私に考えがある。」
凶子「どんなものかしら?」
マリ「私の能力で、捕獲担当の人に幸運を全てあけ渡します。それなら…」
電子「ダメに決まってんだろテメーッ‼」
電子はマリの肩を掴んだ。
電子「私は超能力者じゃないから、超能力がどれだけスゲー力かは知らない。けど、ローリスクじゃないんだろ。誰かを犠牲にする作戦なんて駄目だ。千代は姿を消せるから囮になったんだ。でも、お前はただじゃすまないんだろ。」
マリ「そんな綺麗事を言ってる場合じゃありません‼」
電子「千代はそんな綺麗事のために戦ってるんだぞ‼もう誰も傷つけたくないから戦ってるんだ‼」
マリ「…ッ‼」
マリはそのまま押し黙ってしまう。
摩利華「マリちゃん、別に責めているわけではありませんのよ。ただ、誰かを守れて、貴女を守れないなんておかしいって思っているだけなの。例えそれが、常識的に考えてそうすることしかできないとしても…。」
マリ「そう…ですか…」
マリは野鳥花の顔を思い浮かべた。
マリ(きっと野鳥花姉がなんとかしてくれる
人殺しの集団に任せるのはシャクだけど、約束してくれたから…)
千代『とりあえず、その線は最悪中の最悪パターンとしてしまっておくよ。
現段階ではいい作戦が思い付くまで全員待機するしかなさそう。』
ブレイカーか協力するものの、秘密裏に行うことが交渉条件だったため、伏せた。
セイラ「なんかイラつくぜ…美樹のカタキはもうわかってるってのに…」
真姫「ただの人なら負けやしないのに…‼」
檀「まぁまぁ、それもこれも確実に捕らえるためのものだから。今日のところは解散しましょう。」

野鳥花「ホーウ、顔が割れたカ。ウクク、この面倒な追いかけっこももうすぐ終わル。」
千代から送られた資料を眺め、笑みを浮かべる。
かるた「ずいぶん嬉しそうですね、鬼丸さん。」
野鳥花「当然ダ。私に一丁前に手を焼かせた罪を今、あがなわせてやれるのだからナァ。」
ルイ「…妹さんが危険にさらされなくなるからだろう。」
ルイは相変わらずパソコンに張り付いて、キーボードをならしながら言う。
野鳥花「家族とは大事なものダ。"心の家族"こそ…ナ。」
スバル「"心の家族"…ねえ。いい響きだ。」
野鳥花「血の縁なんぞ法律上の繋がりに過ぎなイ。大切なのは心の縁だヨ。ただ、血も心も通っていれば、それ以上の幸福は無いだろうナ。」
レイ「じゃ、家族を守りにいくか。」
野鳥花「アア。総動員でダ。」

5月15日(金曜日)

放課後、榎は画家の女性に電話で連絡をとった。
昨日のうちに連絡を取るべきだったのだろうが、残酷な真実を伝えることになかなか決心がつかなかった。
鍵のかかった部室のドアに背を持たれ、コールした。
女性「…そう。それはとても悲しいわ。」
数分の沈黙をやっと出た言葉だった。
息づかいで泣くのを必死でこらえているのが電話越しにわかり、いたたまれなくなる。
女性「私はどうすればいい?」
憔悴した声で問いかけてくる。
榎「説得してもらえればそれがいいんですけど…」
女性「でも、弟は…聡は超能力で殺人をしているのでしょう?」
榎「まー…そうなりますよねぇ…」
女性「なら、私の能力をつかってもらえない?」
榎「ええっ‼?あなたも超能力者だったんですか?」
女性「あら、言ってなかったかしら。」
榎「初耳です。」
女性「それじゃあ、この間渡したロケットの意味もわからないわよね…」
榎「弟さんの写真が入ってましたけど…」
女性「ああ、それはさほど重要じゃあないのよ。私の能力は絵の方よ。」
榎「はあ。」
女性「あんまり役に立たないかもしれないけど、使い方を教えるわね。」
榎「はい。」
女性「聡を見つけたら、ロケットごと投げつけて。そうすれば…………から。」
榎「なるほど。ダメがもとでやってみます…。」
そこで電話を切ろうとすると、女性は大きな声をあげた。
女性「必ずッ‼必ず聡を歪な奇跡から救って…‼」
榎「…はい‼」

時を同じくして千代はブレイカーの本部である白樺女子高へ向かった。
いつも通り気配を消し、奥へと向かう。
回りに誰もいないことを確認して、扉をあけた。
野鳥花「ホウ…気配を消すと言うのは、透明であること前提カ…」
千代「視覚で捉えても記憶から補完させて誤認させる。認識の死角をついてるんだよ。聴覚、嗅覚にも同じような暗示がかかる。」
かるた「空気になる能力ってこと?地味~なお前らしいわね。」
千代「華美にして強くなるなら着飾ってもいいけど?」
かるた「んだよ、喧嘩売ってんのか?ブス。」
かるたは嫌悪を眼差しを向けるが、千代は哀れみの眼差しを送り返した。
野鳥花「オイオイ、今喧嘩を売るべき相手は違うだろウ。」
レイ「ちゃんと犯人は見つけたのか?」
かるた「あったり前でしょ?そこの無能と一緒にしないでよ‼」
スバル「まぁまぁ、野良能力者相手にそういきり立つなよ。みっともない。」
かるた「先輩…。」
野鳥花はそんな会話に呆れたような表情で、テーブルを指でトントンと叩く。
すると、その部屋にいるブレイカーの面々全員がテーブルの方へ向き直る。
野鳥花「かるた、奴の居場所はどこダ?」
かるた「駅の近くのネットカフェを拠点にし、北団地へよく向かっています。」
野鳥花「なにかを気にしている様子ハ…?」
かるた「目的は大体つかめてます。」
野鳥花はウーン…と少し唸りながら、テーブルにある地図の駅と団地を指先でまっすぐ結ぶ。
途中で、広い土地にぶち当たる。
ルイ「ここっ。墓地だね…」
かるた「そうそう♪さすがルイ姉さん♪」
野鳥花「おおかた死人の記憶が目的だろウ。それも、"バイパスの狂気"の被害者。」
千代「でも、何故すぐにやらないの?」
かるたは聞こえるように大きなため息をつく。
かるた「あんた馬鹿なの?組織の大半を瓦解させたのは私たちなのよ?警戒してるに決まってるじゃない‼」
千代「封印がかかっていない番長ちゃんを降臨させたらそれこそ勝ち確なのに…」
レイ「そうとも限らないだろう。だいたい、そいつの強さを、お前は見たのか?」
千代「…いえ…」
レイ「あれだけ必死こいて記憶を探しているんだ、きっと"強さを証明する記憶"も必要なはずだ。」
スバル「そんで、それが墓地にあるかもしれない、と。
生きている人間や物、場所を調べるにも限界があったんだろ。」
野鳥花「そんで、目的がわかったところで次のフェーズへ移ル。」
千代「…と、言いますと?」
野鳥花「こちらが居場所を特定したことを高らかに宣言してやるのだよ。逃げ場は無い、とな。」
ルイ「そ、そうするとねぇ、きっとあいつら、焦って目的を達成しに行こうとするよ。だいたい78.2%くらいさ。」
野鳥花「いや、ほぼ100%で違いなイ。そうでなきゃこの地に固執する意味がなイ。」
千代「じゃあ、墓地で待ち伏せするってことだね。」
野鳥花「ウム。」
大きく頷くと、テーブルの資料を片付け始める。
野鳥花「今夜決行だ。かるたはメンバー全員に監視をつけるように。」
かるた「ふふっ、了解♪」

ディフェンダーの人「…というわけで、今夜、犯人を捕らえたい。」
セイラ「お願いします‼」
一年生組は、ボランティア団体、ディフェンダーの本部へ来ていた。
犯人の顔がわかったことを伝えて、一般市民に注意を呼びかけてもらおうとしたのだ。
そのために、団長である境蒼空(さかい そら)に話していた。
榎「でも、驚きました。まさか、幹部が能力者集団だったなんて…」
蒼空「ははは、隠しているつもりはないんだがな。なにぶん敵が、ことあるごとに隠したがるのでね。」
蒼空はずっと触っていたタブレットをショルダーバッグにしまうと、神妙な顔つきになる。
蒼空「それより、驚いたのはこっちのほうさ。君、そこへ向かいたいと言うんだね。見たところ、無能力者のようだが。」
榎は頷く。
蒼空はまいったな…と頭に手を当てる。
蒼空「この際だからはっきり言うぞ。君は足手まといだ。」
榎「わかってます。」
蒼空は露骨に頭がいて~な~という顔をする。
蒼空「君の言っていることは矛盾している。君もまた、忠告を受け、避難する側の人間なんだぞ?」
みるく「私が、私が護るのね‼だから、平気なのね‼」
熱烈なこだわりに蒼空は参ってしまう。
蒼空「あーもーわかったわかった。好きにしなさい。ちゃんと危機を感じたら逃げるんだよ。」
榎「…‼はい‼」
一年生組は揚々と去ってゆく。
その背中を蒼空は見送った。
蒼空「だれか1人付けとっか…。」

そして日は沈んでゆく。
戦況は、犯人の圧倒的不利。
────かに思われた。
が、夕闇のなかで、彼女らが見た光景は予想だにしないものだった。

「ハーミット2」 ACT.7  ダークブルー・スプリング 少女の暗い暗い青春

陸上部の部室には重苦しい空気が漂っていた。
胸の奥に、焼け付くような痛みを感じている。
やるせなさで膿んだ傷口を憎しみで焼き潰している。
だが、こういうときこそ冷静にならないといけない。
そのため、今日は部活も捜索もしないことにした。
頭を冷やそう。それだけの単純な提案だった。

榎「私たちの…せいなのかな。」
セイラ「…ッ」
購買にある自販機の前で一年生組が集まっている。
マリ「誰のせいってことはないわよ。私のときだって、能力がわかったらすぐ襲ってきたじゃない。」
桜倉「そうだな…。だいたい、あいつは気になることがあると夜も眠れない性格だから、私たちが関与しなくても、ジャーナリズムが働いて首を突っ込んでいたろうよ。」
真姫「たしかに、そう言うところあったね…」
桜倉「ま、誰が悪いとか悪くないとか、そう言う問題じゃあないんだ。」
榎「そうだけど…」
セイラ「クソがッ‼」
自販機を拳で殴り付ける。
セイラ「なんで人が人を殺さなくちゃならないんだよ…ッ‼」
真姫「なんで…なんでみっきーが…」
堪えきれずにあふれでた涙のすじが光る。
桜倉「今ここで考えたって答えは出ない。帰ろう。」

その様子を、二年生組は見守っていた。
枷檻「大分参ってるみたいだな。」
千代「そりゃあね。私たちだって同じ気持ちな訳だし。」
摩利華「当分、あの子達は休ませてあげたいですわ。」
千代「だね…」
枷檻「で、私たちはどうすンだ」
千代「…私が囮になってみる。」
枷檻「……」
摩利華「……」
枷檻と摩利華は呆れた顔になる。
千代はその身で超能力の危険を知っている上でそんなことを言っているのだ。
枷檻「お前がいなくなっちまったら、どれだけの人がどうなるかわかってンだよな。」
摩利華「千代ちゃんはもう、多くの人に囲まれて生きているんですのよ。おわかり?」
千代「だからこそだよ。私は、そんな"みんな"を守りたいからこうやって動いてるんだ。一人じゃできなかったことだよ。」
枷檻「相変わらず無茶苦茶で頑固な奴だよ。」
千代「ぶれたら大事なときに迷っちゃうから。」
摩利華「千代ちゃん…」
千代「さて、夜まで待ちますか。」

夜の北団地を訪れた。
マカアラシの犯人が目撃されたのはこの辺りだ。
強面の青年や、風俗の客引き、刺青のオッサンなど、ヒールな雰囲気を放つ人のラインナップ。
しかし、千代は色々あって顔が利く。
捜索の障害になることはまずないだろう。
なので、遠慮もなしに団地迷宮をさまようことができる。
こんな事をして意味があるかはわからない。
だけど、なにもしないでいるほどクールではいられないのだ。
千代「ま、毎日ここに来ているわけじゃあないか。」
夜風に体を揺らしながら歩く。
夜10時に差し掛かったところで、灯りが減り始めた。
ラブホや飲み屋が軒を連ねるメーンストリートは眠らないものの、路地に足を踏み入れると一転、暗闇が大口を開けている。
黒いマントを揺らして歩く千代はコウモリのようだった。
???「おい。藤原千代だな。止まれ。」
そのコウモリを狙うものの影が、家屋の上で月明かりに照らされている。
ミルクティーを思わせるロングヘアーに、三つ編みのエクステで梯子をかけている。
服装はよく見えないが、あまりヒラヒラとした装飾は見られない。
靴の代わりに足袋のようなものを穿いているらしく、足音を立てずに近づいてくる。
そして、妙な仮面をつけていた。
デザインは、レコードを思わせるものだった。
???「お前に忠告しておきたいことがある。」
声や体型からして、成人女性だった。
千代(マカアラシとは関係ない人間だろう。)
???「超能力をあまり公の場で使わない方がいいぞ。」
千代「どうしてですか?」
???「お前を始末しなくてはならなくなる。」
千代「悪い冗談ですね。言い回しもおかしくないですか?自分勝手に襲おうって言うのに、まるで他人の意思のようですね。」
???「いいや、それは今回が特別だからだ。藤原千代。後に我々のリーダーが誘いに来るだろう。いい返事を期待しているぞ。お前の仲間もきっと、な。」
千代「まるで意味が解らないんですけど。格好つけていないで用件だけを言ってくださいよ。」
???「我々は超能力の価値を守る組織"ブレイカー"。…お前の才能は常軌を逸するものだ。リーダーはお前のその才能を欲しがっている。」
千代「なんですか…その怪しさと厨二病丸出しの設定…」
???「ククク…冗談と思っているのか。まぁ、組織としては、超能力を公の場でひけらかさなければなんでもいいんだが、有能な"家族"が増える方が良い。」
千代「あぁ、駄目だ。話の通じないタイプの電波だ…。」
???「明日以降もここらに来ると良い。リーダーに知らせて急いでもらおう。」
千代「ご勝手にどうぞ。」
???「フフッ」
仮面の女性は不気味に笑うと、屋根から屋根へと飛び移って、視界から消えてしまった。
千代「あんな悪戯に構ってる場合じゃないのに…」

5月13日(水曜日)

マリ『絶対野鳥花姉は何か隠してる』
千代へ直接LINEが来る。
"超能力にはもう関わらない方が良い"という忠告のあと、直ぐに美樹は死んだ。
何か知っているに違いない、とマリは主張する。
偶然と言えば偶然だ。ただ、マリは野鳥花を追いかける口実が欲しいだけだった。
千代「私がここで、じっとしてなさいって言ったら、どうするつもり?」
放課後、鍵のかけられた部室の前にマリを呼びつけた。
デリケートなことなので、面と向かって話した方が良いと考えた結果だ。
マリ「一人でも…行きますよ。だって、納得できないでしょ‼?何も教えてくれないのよ。先輩だったら納得できるって言うんですか?」
千代「できないよ。できないけど、姉として、隠すほどのことに巻き込みたくないって気持ちもわかるんだ。」
マリ「あぁ、先輩、妹さんがいらっしゃるんでしたね…」
千代「うん。事件のことなんて他人事と思っていてくれてるけど。」
マリ「それって残酷じゃないですか。」
千代「どうして?」
マリ「だって、いきなり姉がいなくなって、自分たちのために危ないことしてたのに、何も知らずにのうのうと生きていた自分を許せなくなるわよ…妹として。」
千代「…」
千代の脳裏には妹の顔がよぎった。
何も知らない方が幸せだろう。
そう思って、この"探偵ごっこ"については黙ってきた。
実際、何かしら強い意思に引かれている訳ではない、ただの中学生でいる妹は足手まといでしかない。
しかし、妹が何か間違うとしても、無力だとしても、知らないまま終わってしまったら、怒りや悲しみの矛先をどこへ向けたら良いだろうか。
千代「いや、終わらせない…」
マリ「…?」
千代「いなくなったら悲しむというのなら、生きてやればいいんだ。野鳥花さんだってそういう覚悟でいるはずだ。」
マリ「先輩も、そうやって突き放すんですね。」
千代「…」
マリ「最初から、一人で行けばよかったんだ。」
マリは踵を返す。
千代「待ちなさい」
マリ「私は納得したいだけなんです。どうして止めるんですか。」
千代「一緒に行くよ」
マリ「え…」
千代「目撃現場が近い件同士なんだし、一人でいかせたところで、どうせ会うよ。」
マリ「え?先輩、捜索は中止してるんじゃ…」
千代「ごめんね。傷心してるみんなを巻き込みたくなくて。」
マリ「またそれですか…たしかに、あの様子ならら爪弾きにしたくなる気持ちもわかりますけど。」
マリは歩き出す。
千代「あ、ちょっと待って、夜まで待とう。」
マリ「ん、それもそうですね。目撃は夕方以降ですし。なんなら、どこかで暇潰ししませんか?」
千代「?」
マリ「実は、重い雰囲気になってるから~って、カラオケで気分転換しようって話になってるんですよ。」
千代「大きい声出せば、多少はスッキリするだろうしね。」
マリ「それに、私が入部してから新人歓迎会やってなかったからっていう口実付きだから、主役の私が言えば直ぐに集まってくれるでしょうし。」
千代「そうだね。いいんじゃない?」
マリ「じゃ、LINEしときます。」

セイラ「う゛お゛お゛ん゛」
毎度のことながら、カラオケに行くとセイラはいつも喉を破壊する。
真姫「ちゃんとうがいした?」
セイラ「ゲッホゲッホ‼」
桜倉「おら、おちつけおちつけ。」
マリ「みるくはどうして歌わないの?」
みるく「マイナージャンルが好みなのね~」
マリ「あっそう…」
榎「先輩歌上手いんですね~知りませんでした~」
千代「そうなのかな…自分じゃよくわかんないけど…」
真姫「じゃ、帰ろっか。」
マリ「うん。」
マリと千代は目配せする。
千代「気を付けてね。なるべく一人にならないようにするんだよ。」
真姫「わかりました。行こう、セイラちゃん。」
セイラ「ン゛」
マリ「アーイケナイ財布忘レテキチャツタワー(棒読み)」
千代「本当?取りに行かないと。みんなは先にいってて。」
真姫「?…はーい。」
マリと千代はカラオケの中へ戻っていく。
千代「…ちょっと、何よ今の棒読み…演技下手すぎない?」
マリ「そそそんなことないわよ‼何人の男を揺すったと思ってんのよ‼」
千代「たぶん、棒読みされて機嫌悪いと思われてたんじゃないの…」
マリ「そ、そーんなことなーいもーん‼」
千代「言っておくとさ、マリちゃん、結構思ったこと顔に出てるよ…」
マリ「‼?」
マリは赤面してうつむいてしまった。
千代(そうとう演技に自信があったんだろうか)
マリ「野鳥花姉…そんな私のこと、どう思ってたのかな。」
千代「きっと愛おしかったと思うよ。」
マリ「ですよね…きっとそうですよね…」
千代「じゃ、行こうか。」
マリ「はい。」

北団地は何時来てもいりくんでいる。
昨日とは違うルートを通っているつもりだが、自信がなくなってしまう。
マリ「思ったより寒いですね…」
薄着のマリはプルプルと体を震わせる。
千代「そうだね。日中は大分暖かくなったけど。」
声「止まレ。藤原千代。」
千代「む…」
マリ「‼?」
闇の向こうから声が聞こえた。
マリ「野鳥花姉ッ‼」
野鳥花「──────ッ‼?」
千代「今の声がそうなの?」
マリ「間違いありません。」
野鳥花「待テ。何故マリがここにいる。」
千代「あなたに会いたがっていたので、連れてきました。」
野鳥花「──────フン、取引のつもりカ?」
千代「何のことですか?」
野鳥花はこめかみに指を当てて、ため息をつく。
野鳥花「藤原千代、お前には先日我々の同胞が言伝を残したはずだが。」
千代「本気だったんですか…あれ。」
野鳥花「だからこそ、マリを連れてきて、何か揺さぶりを掛けてくるのかと思ったのだが、とんだ見当違いだったようダ。」
野鳥花はこちらへ歩み寄る。
不気味に薄く笑う顔は宵闇に禍々しく映る。
マリ「野鳥花姉…」
野鳥花「帰レ。」
マリ「…ッ‼」
千代「…」
千代はただ見守っていた。これは姉妹間の問題だ。
マリ「野鳥花姉は、何をどこまで知ってるの。」
野鳥花「もう、超能力には関わるなと言わなかったカ?何度も言わせるナ。」
マリ「そんなんじゃ納得できないよ‼」
野鳥花「だったらなんなんダ。」
マリ「納得いくまで帰らないし、何度だってやって来るよ。」
野鳥花はさっきよりも大きなため息をつく。
野鳥花「お前は強いんだナ…。」
マリ「え…」
野鳥花「馬鹿に強イ。それ故に愚かダ。どうしようもなク。」
野鳥花のスカートから、がらがらと金属が落ちる音がした。
どうやらそれは鉄パイプをぶつ切りにした物体のようだ。
鉄パイプの先端は裂けて五指を作っていた。
それが一斉にマリに襲い掛かる。
マリ「"ミス・フォーチュン"ッ‼」
マリの超能力像は鉄パイプを凪ぎ払う。
しかし、鉄パイプは空中で姿勢を戻し、再び飛来する。
マリ「どうしてここまでするの‼?」
野鳥花「お前が"錠前野鳥花"と会いたがっているのなら、それは叶わぬ願いだからダ。お前の優しい従姉(おねえ)さんはもう、お前の中にしか生きていないのだヨ‼」
マリ「嘘だ‼目の前に居るのに‼」
野鳥花「私は組織"ブレイカー"のリーダーである"鬼丸野鳥花"‼お前の従姉さんは私の中で死んだのダ‼」
マリ「だったら心配なんてしてくれないでよ‼私を突き放すのは、姉としての尊厳なんでしょ‼?」
野鳥花「ッ‼」
マリ「やっぱり…野鳥花姉は野鳥花姉だよ…。教えて、野鳥花姉は何から私を守ろうとしてるの。」
飛んでいた鉄パイプは野鳥花の回りに静止する。
野鳥花「私は人を殺していル。」
マリ「…‼」
野鳥花「この程度でうろたえるのカ?残念ながら、今度こそ嘘ではないゾ。」
マリ「いいわよ。全部教えて。」
野鳥花「私は私とお前の父親である錠前兄弟が許せなかっタ。だが、それ以上に、子供は親を選べないという現実と、その親がすべて悪いのに、そのせいで生じた精神や知恵の成長の遅れを、当人に押し付ける社会が許せなかっタ。」
マリは脳裏に幼少期の記憶をちらつかせ、胸をおさえた。
野鳥花「だから私は逃げ出しタ。錠前兄弟が私たち姉妹に"親の役にたて"と望むなら、全力でそれを否定して、なんの役にもたたない社会の癌(がん)になってやると決めたんダ。」
マリ「だから"社会になんの役にもたたなくていい"なんて言ったんだね。」
野鳥花「そうダ。そう思って、そうやって生きていこうと誓った私には、超能力の才能があっタ。私は直ぐに"これだ"と思っタ。これは、私の反逆の心の現れだと思っタ。だから、この社会に恨みをもつ同胞と共に、この世の中を超能力で思うがままにしてやろうと言う組織を作ったのダ。だが、そうなると、野良の超能力者は邪魔になる。」
マリ「だから、殺してきた…っわけね。」
野鳥花「いかにモ。」
千代「だけど、マリが超能力に目覚めたときあなたはとても悩んだはずです。余計な芽は摘み取りたい、でも、大切な妹を殺すわけにもいかず、かといって、人殺しに巻き込むわけにもいかない…だから、何も知らせない事を選んだんですね。」
野鳥花「オイッ、知ったような口を利くなヨ。」
マリ「だけど、先輩の見解は間違ってないはずよ。」
野鳥花「チッ…」
虫の居所が悪い様子で、野鳥花はつけている手袋のすそを引っ張る。
野鳥花「それで、この事実を知った上でお前はどうするのダ?マリ。」
マリ「今からでも、やり直そうよ。」
野鳥花「なんだト?」
マリ「野鳥花姉の中に、まだ錠前野鳥花が居るのなら、また私と一緒に…」
野鳥花「嫌だ。」
マリ「…ッ‼」
野鳥花は大きな声で遮った。
野鳥花「今更戻れるものか。この社会は人殺しを赦すまい。」
マリ「…もしかして、マカアラシの犯人って野鳥花姉なの?」
野鳥花「違ウ。」
マリ「ねぇ、それなら、人殺しをしていたことも、嘘だったって言ってくれてもいいんだよ…」
野鳥花「私たちは死体をほったらかしにしたりしない。それに、もっとたくさんの人を手にかけている。」
マリ「…」
そうだよね、と言いたかったが、もう強がれそうにもなかった。
野鳥花「わかっただロ。マリ。お前は何も知らなかったことにして、元の生活に戻るのダ。」
マリはとうとう膝から崩れ落ちた。
うなだれて、声を圧し殺して泣いていた。
野鳥花「で、本題に戻ろうカ。もともと従妹(いもうと)をたしなめにきた訳ではないしナ。」
野鳥花は千代の方へ向き直る。
千代「悪いけど、物騒な組織へは入らないよ。」
野鳥花「まぁ、正体を明かしてしまったからには仕方がないナ。お前には、マリの日常を守ってもらわなくてはならぬしナ。」
千代「脅かしてるのはあんたの癖に…」
野鳥花「ところがどっこい、そうでもないんだヨ。」
千代「どういうこと?」
野鳥花「結局のところ、藤原千代、お前を騙してでも頼みたかったのは、マカアラシの犯人の始末なんだヨ。私にとってもマカアラシの犯人は邪魔なわけだからネ。」
千代「犯人について知ってるの?」
野鳥花は不気味に笑い、人差し指を突き出して、チ・チ・チ、と指を振る。
野鳥花「知りたいなら、我々に協力し、世に存在を言いふらさぬことダ。」
千代「取引ってこと?組織をうたうだけはあるね。」
野鳥花「で、受けてくれるのカ?」
千代はマリの方を見る。
マリは未だ心の整理がついていないようだ。
千代「あんたから条件二つ、こっちは情報ひとつじゃ釣り合わないな。」
野鳥花「望みハ?」
千代「"犯人を殺さない"」
野鳥花「チッ…甘ったれが…」 
千代「マリちゃんを共犯にしたいわけ?」
野鳥花「ぬるま湯で生きてきたくせによく吠えるワ。」
千代「交渉成立ね。」
野鳥花「では、マカアラシの犯人の鎮圧を共にこなしていこうじゃないカ。」
千代「ええ。クリーンに、ね。」
野鳥花「そうだナ…立ち話もなんだ。アジトに来ないカ?」
千代「大丈夫?"口外はしない"とは約束したけど、"危害を加えない"とは言っていないよ。」
野鳥花「こちらが腹を割らなければ交渉の信用を欠くと言うだけの話サ。それに、馬鹿の自信過剰ほど悪の肥やしになるものはないゾ。」
千代「ご忠告どうも。」
千代は再びマリの方を見るが、マリは座ってうつむいたままだった。
千代「マリちゃん、立てる?」
マリ「え…?は、はい。」
マリは差し出された手に掴まって立ち上がる。
千代「これからどうする?私は"ブレイカー"のアジトに向かうんだけど。」
マリ「…私も…行きます。」
野鳥花「勝手にしロ…」

5月14日(木曜日)

時刻は24時を回っていた。
普段訪れない夜の町は思ったよりも暗かった。
まだ春の町は虫の声すらなく、風で街路樹の葉の擦れる音と彼女らの足音だけが響いていた。
野鳥花に連れられて訪れたのは、"白樺女子高等学校"だった。
ここは、この町のお嬢様学校だ。千代も摩利華と共にたびたび訪れている。
千代「ここがアジト?」
野鳥花「ククク…」
野鳥花は門にある柵に触れる。
すると、柵は自らグニャリとひしゃげ、野鳥花の通行を許した。
超能力者だと言うことを知っているので驚きはしなかったが、その正体不明さには薄ら寒さを覚えた。
職員玄関までくると、インターホンを押す。
受話器を取る音がして、回線が繋がる。
野鳥花「戻ってきていたか。よしよし。」
相手は返事もせずに受話器を置いた。
少し待っていると、依然見た仮面女が職員玄関の鍵を開けた。
先程の能力を見ていれば、そんなことをする必要など無いと感じるが、恐らくは学校に備え付けられたセキュリティを自分等も使いたいと言う思惑があるのだろう。
仮面女「…そっちは?」
仮面女はマリの事をわかっていないようだった。
野鳥花「かるたから話は聞いているはずダ。」
仮面女はほうと頷く。
仮面女「成る程。それでは。」
野鳥花「さ、来い。」
千代とマリは手招きされるがまま、学校に入って行く。
明かりのついている空の職員室の横を通って、廊下を歩いて行く。
その奥、美術室の奥の壁が仄明るく光っている。
そこには、明らかに回りの景観にそぐわないドアがあった。
千代「なるほどね…アジト自体は超能力でできてるんだ。」
野鳥花「いかにモ。」
野鳥花がドアノブに手をかけようとすると、内側からドアが開かれた。
???「ねぇねぇ、新しいおねぇちゃん?」
野鳥花「残念だが、ただ一時的な協力関係になるだけダ。そんなに気になるなら見ていればよかったじゃないカ。」
ドアから顔を覗かせたのは、そう背は高くない茶髪の少女だった。
組織、と言うからにはもっと堅苦しいものだと思っていたが、イメージとは大きくかけ離れていた。
茶髪の少女「じゃあ、いつか殺すことになるの?」
野鳥花「場合によってはナ。」
茶髪の少女が部屋の中に入って行くのに続いて、千代たちも部屋の中へ。
野鳥花「我が同胞たる家族を紹介しよウ。ま、そこにすわりたまえヨ。」

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部屋の中は雑然としていた。
組織のアジトとは思えないほど生活感が丸出しで、真ん中には木製のテーブルがある。
野鳥花「んと、めんどくさいから名前だけつらつらと言っていくぞ。案内してくれた仮面女が宇茶美(うさみ)、茶髪のやつがかるた、そこのおさげのやつがスバル、そこでパソコンに張り付いてるのがルイ、目付きが悪いのがレイ。あとは外出中だナ。言っておくが、そこのドアは開けるなよ。」
入り口から見て右の壁にあるドアを指差す。
野鳥花「そこに入っている奴は私以外の言うことを聞かない。飼われるのが好きなアブノーマル女が入ってるから、関わりたくないならそっとしておくようニ。」
と、言ったそばからドアが開く。
???「ぎぁあう、ヒヒ、はぁ…はぁ」
ドアから出てきた女は四つん這いで畜生のような振る舞いをする。
野鳥花「こらこらメイジ、今日は客人が来るから脅かすんじゃあないと言っただろうが」
野鳥花はメイジと呼ばれた畜生女をヘッドロックして鼻っ柱に拳を叩き込む。
マリ「ひっ…」
メイジ「ウヒヒ…」
メイジは殴られたにもかかわらずニヤニヤしていて、むしろ喜んでいるようにも見えた。
野鳥花「お前は緻密な作戦なんて出来っこないんだから、部屋で大人しくしていロ。」
メイジ「ウンウンウンウン‼」
激しく頷くと、吸い込まれるように自分の部屋に戻っていった。
マリ「野鳥花姉、何、あの人…」
野鳥花「あいつは親のせいで"暴力を受けないと必要とされてると思えない"やつなんだヨ。でも、手加減して飼ってやらないと死んぢまウ。」
マリ「そんな…かわいそうに…」
野鳥花「そうだよナァ。一般人は、ああいうやつを見ると、カワイソウカワイソウとは言うが、いざ友達になれるかと言われたら、きっと気持ち悪がられるだろウ。あぁ、なんてかわいそうナ。」
宇茶美「同情してもらいに来てもらったわけではないぞ。リーダー。」
野鳥花ははっとした顔をした後、ひとつ咳払いをする。
野鳥花「そうそう、マカアラシについての情報だったナ。」
野鳥花は雑然とした本棚から、クリアファイルをいくつか引っ張り出す。
あれじゃないこれじゃないとめくって、数枚の資料を引き抜く。
野鳥花「犯人は"オラクル"という組織なんダ」
テーブルの上に資料を広げた。
野鳥花「オラクルは本当に厄介な組織でね、目的がわからないぶん行動の予測の仕様がなイ。加えて、超能力を使っていることは確かだから、野放しにもしておけないのだヨ。」
千代「これは…被害者のリスト…」
野鳥花「ウム。そして、こっちがその分布だよ。共通点はわかるかネ?」
千代「いや、さっぱり」
かるた「クスクス…あなたほんとに役に立つの?」
かるたは千代の前にまわり、テーブルに頬杖をつく。
野鳥花「数日前まで私たちみんな知らなかっただろうに。」
スバル「かるた、鬼丸さんの邪魔しちゃダメだぞ。」
かるた「はい、先輩。」
???「センパイ‼センパイ‼」
天井近くに吊るされた鳥かごがガタガタ揺れる。
中に入っているインコが鳴いているようだった。
インコ「ミッキーチャン‼ミッキーチャン‼」
ルイ「ちょっと…気が散るじゃないのよ…」
あまりにも和気あいあいと会話しているせいで、思わず組織のアジトだということを忘れかける。
インコ「ソータクン‼ソータクン‼」
千代「ちょっと待って、ソータクンって、"風上草太"のこと‼?」
野鳥花「ん?あぁ、あのインコは死人の名前を覚える癖があるんダ。気にするナ。」
マリ「じゃあ、ミッキーチャンは…」
レイ「茅ヶ崎美樹で合ってるよ。私たちは、彼女のお陰で、オラクルの傾向を知ることができた。」
インコ「ジョエルクン‼ジョエルクン‼」
かるた「こら‼め‼」
インコ「ジョジョーーッ‼」
ルイ「納期近いんだから勘弁して…」
千代は常人のようなやり取りをする非常人を横目に、話を続ける。
千代「それで、その傾向とは?」
ルイ「"情報"だよ」
千代「えっ…」
ルイは陰険な顔をようやくパソコンから離す。
ルイ「以前、私のPCがハッキングを受けたのよ。」
長い紙を体の前に持ってきている彼女は、それをわさわさと撫でながらもじもじと話す。
ルイ「世の中には我々ブレイカーの存在を知るものは少ない…のに、どの心当たりを遡っても、犯人を見つけられずにいたんだ。だから、最初は無差別な愉快犯だと思っていた…。でも、被害者が増えるにつれ、"人を狙った事件"と"物を狙った事件"のパターンがあることに気が付いたんだ。私のPCは、その琴線に触れたみたい。」
レイ「物を狙った事件は、地図の△の印だ。ほら、わかるだろう?」
千代「書店や民家…あと展覧会の開催されていたホールに美術館…」
マリ「全部屋内ですね。」
レイ「そして、○印のついた地点が、人を狙った事件だ。」
千代「人気の無さそうな場所ばかり…」
レイ「そうだ。だが、それではまだ現場の共通点はでしかなかったんだ。」
野鳥花「そこで、茅ヶ崎美樹の死、ダ。」
ルイ「茅ヶ崎美樹の能力は、サイコメトリーで合ってるわよね。」
千代「うん」
ルイ「犯人は"人を狙った事件"で、"サイコメトリー系の超能力者"を狙っていたの。そして、死体は全員頭部を切断されていた。」
野鳥花「つまり、ダ。"物を狙った事件"では"物理的な情報"を、"人を狙った事件"では"情報を手に入れる能力"を集めていたのだヨ。」
マリ「そんなことして、いったい何を…」
野鳥花「降霊術、とか言っていたナ。」
千代「…は?」
スバル「ふざけてんのかって思うなら、当人に言ってくれよ。尋問したら、そう言ったんだ。」
マリ「降霊術の為の資料を集めているってこと?」
かるた「あーんちょっと違ーう。どうやら降霊術っていうのは超能力みたいでね、話を聞く限り、"情報から人を作り出す"能力らしいのよ。」
宇茶美「サイコメトリーなら、文字に書き起こせないほどの、詳細な行動の情報が手に入るから欲しがったんだろう。」
ルイ「そして、そのために集めたサイコメトリーの脳はデバイス化されてるらしい…デタラメだなぁって思うけど、少なくともクラッキングしたオラクルのメーラーから、そういう情報が読み取れた。」
マリ「先輩…私、頭がおかしくなりそうです…」
かるた「あらー。なんか、鬼丸さんが妹さんを巻き込みたくないって言ってた理由がわかる気がします。」
スバル「ああ。彼女はまともすぎる。どうして毒親のもとに産まれてあんなにまともなんだろうなぁ。」
千代「諦めなかったからだよ。」
スバル「…?」
千代「マリちゃんはまっとうな努力で社会に反逆していたからだよ。それがお姉さんとの違いだと思う。」
かるた「うわぁんやだぁこいつキモ~い。明るい社会の味方が居るとじんましんがでちゃうよ~。ねー先輩。」
かるたはスバルに抱きつく。
スバル「仕方ねぇよ。それで幸せと思えるやつらなんだから。私らには理解できないよ。」
野鳥花「理解する必要はなイ。また、私たちも理解される必要もないのだからナ。」
かるた「あーんさっすが鬼丸さーん‼悪のカリスマよー‼」
野鳥花「ま、それでだな。ここからが一番重要になるわけダ。」
千代「そうだよね。相手側がなんの情報を求めているかわからないと、先回りのしようがないわけだし。」
野鳥花はコホン!とひとつ咳払い。
野鳥花「笛音番長」
千代「えっ‼?」
野鳥花「よい反応ダ。」
千代「番長ちゃんのこと、知ってるの?」
あり得ない。
何故今?何故こんなところで出てくるのか?
野鳥花「降霊術の対象だよ。オラクルは必死になって笛音番長の情報を集めている。」
千代「何で‼?」
野鳥花「知らんよ。だが、お前は知っているのだろう?お前は狙われているのだからな。」
千代「…」
マリ「そんなにすごい人なんですか…?」
千代「私がこうやって、町を守ろうって思うようになったのは、番長ちゃんが勇気をくれたからなんだ…」
野鳥花「恩師だったカ。たが、それだけではないはずダ。」
千代は心当たりがありすぎた。
千代「番長ちゃんは、」
知りすぎていたのだ。
千代「未来人なんだ。」
ルイ「おおっ、おいおいおいおいおいおいおいおい‼それはほ、本当な訳か?そマ?マ?ソースは?解説キボンヌ‼」
ルイは今までが嘘のようにグイグイと近寄ってくる。
ルイ「ほあ、もちつけ漏れ…手のひらに素数を書いて飲み込むんだ…いや…これマジアフィ稼ぎ放題だろ…本人確認ができたらさんざんもったいぶって荒稼ぎしてドロンしてやる…」
千代「番長ちゃんはもう未来に帰ったから居ないんだよ。」
ルイ「は????なにそれずるくない‼?いつの時代のオカルト特番だよ‼ジョン・タイターかよ‼平日の7時にでもやってろよ‼はぁ…期待して損した…」
勝手にひとしきり騒いだあと、またPCの前に戻ってしまった。
マリ「あの人ってあんな声出すんですね…」
野鳥花「気にするナ。ああいうやつなんダ。デ?続きを頼ム。」
千代「えーと、かいつまんで私との関係を説明すると、未来から送られてきたアイテムのせいで私は超能力バトルロワイヤルに参加させられて、その時に会ったのが番長ちゃんなんだ。で、なんで関わり合いになったかって言うと、そのバトルの景品がタイムマシンだったんだ。で、未来人の番長ちゃんは自らの目的があって過去であるこの時代にやって来たんだけど、タイムマシンが一方通行だったってんで返れなくなって、都合よく開催されていたバトルに参加したわけ。最終的にその景品のタイムマシンで未来に帰ってめでたしめでたし。というわけ。」
野鳥花「ふーん」
野鳥花は淡白な返事をする。
野鳥花「と、なると、彼らの野望は…」
ルイ「タタ、タイムマシン…‼?」
野鳥花「一度産まれてしまえば、世界はメチャクチャだナ‼ワッハッハ‼」
ルイ「それで?どうするんだい。」
野鳥花「決まっていル。その計画、阻止して見せよウ。この世を掻き乱して良いのは我々だけダ‼」
千代「で、ちょっと言わなければいけないことがあるんだけど。」
かるた「何よ。」
千代「番長ちゃんについての記憶をサイコメトリーで追うのなら、摩利華ちゃんも枷檻ちゃんも狙われるはずだから、遠くから観察しておいて。」
野鳥花「かるた、頼んだゾ。」
かるた「え?まぁ、鬼丸さんの指示なら仕方ないなぁ…。あとで顔を覚えておかないと…。」
宇茶美「さて、そろそろ帰してやらなければ明日の生活に響くのではないか?」
野鳥花「そうだナ…。では、成果が上がり次第また招集するとしよウ。」
マリ「ねぇ、野鳥花姉。」
野鳥花「ン?」
マリは目を会わせずに話しかける。
マリ「タイムマシンがあったらさ。私たちがこうならないように出来るのかな。」
野鳥花「…。」
野鳥花は何も答えなかった。
返す言葉が浮かばなかった。
ただ、胸の奥にしこりを覚えただけだった。
マリ「なんてね、私、そろそろ姉離れしないと、ダメだよね。」
野鳥花は目を閉じて、拳を握りしめた。
マリ「頑張って、マカアラシなんて終わらせようね。野鳥花姉。」
野鳥花「アア。」
千代とマリは宇茶美に連れられてアジトを出た。

「ハーミット2」 ACT.6 真夜中に疾走す

マリはテレビを点ける。
ニュースは「マカアラシ」についての特集が組まれていて、朝ごはんが不味く感じる、どんよりとしたラインナップだった。
最近は行方不明も多く、関連があるのではないかという報道テロップが嫌でも目に入る。
マリ(世間は死人騒ぎで昨日まで話していた友人は原因不明の家出か…)
ヘアゴムを外すのも億劫で、結びっぱなしの髪を気休めにとかす。
今まで見たことがないくらいぼんやりしている自分が鏡の中に居るのを見ると、今起きている事の重大さまでぼんやりしてくる。
マリ「いや、ぼんやりしてたら、遅刻するでしょーーーーー‼」
どたばたとキッチンに駆け込む。
仕方がないので朝御飯はレタスを毟って食べ、トマトをまるごと1つ食べて、胃の中でシンプルサラダを作って済ませた。
マリ(GORILLAだ私…)
下着を変えないのはさすがにまずいと思い、下着と靴下はとりかえた。
バッグにちゃんと今日ぶんの教科書が入っていることだけはしっかり確認して、玄関へ。
途中、スカートのチャックを閉め忘れていたせいで、スカートがずり落ちてくる。
マリ(あれ…?この自分の余裕のない姿…今までと変わんなくない?)
情けなさをしみじみと感じつつも、自宅をあとにした。

真姫「マリっぴLINE見た?」
マリ「ひととおり、ね。」
何も知らないクラスメイトは、単なる欠席だと思っていて呑気なものだが、ホームルーム後の廊下に集まる陸上部の面々だけは暗い面持ちだった。
真姫「ねぇ、朝、ニュースでさ、マカアラシは殺人だけじゃなくて失踪事件にも関与してるんじゃないかって言ってたよね。」
マリ「そうね…」
真姫「先輩たちって、こういう覚悟をした上でああやって動いてるのかな…」
マリ「やめてよ。まだセイラがどうなったかわからないんだから。それに、覚悟しているんだとしたら、失う覚悟じゃなくて、失わない覚悟だよ。」
真姫「そう…だよね…」
気まずい沈黙が嫌な間を作る。
そこにいる誰もが、どういう顔をしていいかわからないでいた。
榎「あのさ、お昼、購買行かない?」
みるく「うん…」
榎「…」
みるく「あのっ」
榎「あのさっ」
みるく「…」
榎「…」
マリ「あんた、空気読みなさいよ‼そんなこと言ってる場合じゃないでしょ?」
榎「ぅええっ!!?」
桜倉「まぁまぁ、そうカッカするなよ。煮詰まってるから気をほぐそうとしたんだよ。」
マリ「えー、あー…。うーん…」
桜倉「だからよ、昼休みは購買行ってから先輩たちと話そうよ。」
真姫「頭に栄養回さなきゃだね。」
桜倉「そーゆーこと。」
チャイムが鳴る。

生徒会長「昨日の事件はどうだったのだ。」
昼休み陸上部は生徒会長の居るクラスを訪れたのだが、超能力がらみの話もしなくてはならないため、生徒会室に移動することとなった。
生徒会長はビールかごをうまく積んで、必要な書類を棚からピックアップする。
千代「それについての報告書です。」
千代はルーズリーフの束を渡す。
生徒会長は引き出していたファイルをビールかごの上に置いて、それを受け取り、斜め読みにする。
生徒会長「ふむ…麻薬密売の温床になっていたのか…ここからは警察に任せるしか無いな。」
生徒会長は空のクリアファイルにルーズリーフを納め、ノートパソコンの横に置いた。
生徒会長「それで?わざわざ全員で来るなんて、野暮用ではないみたいだが。」
千代「全員…じゃないんですよ。」
生徒会長「ん…確かに一人足りないな。たしか、田島とか言うやつだったな。めちゃくちゃ足が速くておりんぴっきゅに出るのではないかと言われていたな。」
途中、うまく発音できなかってので、軽く咳払いをした。
生徒会長「む、不吉な。さしては田島の身に何かあったのだな。」
いつもしゃべり方を馬鹿にして真面目な話をちゃかす電子が何も言わないところをみて、事の重大さを看破した。
生徒会長「数日前は工業高校の"風上草太"という生徒が行方不明になったらしいが…」
枷檻「いや、まだ何もわかっていない。いなくなったってこと以外、何も。」
生徒会長「警察は何と?」
枷檻「それが、何故だが解らんが、親は通報しなかったらしいんだ。」
真姫「あっ、あの…いいですか?」
陸上部のかたまりの後ろの方から、控えめに手を挙げる。
生徒会長「いいぞ。」
真姫「実は、最初にセイラちゃんの失踪に気づいたのは私なんです。」
千代「最初にLINEが来たときは、質の悪い冗談かと思ったのが記憶にのこっているよ。でも、母親は寝ていたの?」
真姫「そのお母さんなんですけど、セイラちゃんのお父さんって亡くなっているじゃないですか。その時から、心を病んでしまっていて、様子が変みたいなんですよ。」
生徒会長「それは気の毒に…」
真姫「セイラちゃんが言ってたんですよ。時々、お父さんの分まで食事を作って帰りを待っていたり、スーツやネクタイにアイロンをかけていたり、突然ファミレスにいって二人ぶんの食べ物と食器を用意させて店員さんに変な目でみられたり…だから、お母さん、今もちゃんと生活できてると思っているんじゃないかって。現に、私もお母さんにセイラちゃんと勘違いされて困ったこともありますし…」
生徒会長「唯一同居している母親からのSOSが無いため、学校も警察も動いていない…と。」
凶子「その前に、警察は動けないでしょうね。」
枷檻「何でだ?」
凶子「母親が幸せな幻覚を見ているとしたら、"娘なら居ますよ"って警察を追い返してしまうでしょう。そうでもなかったら、私たちが通報さえすれば、捜査のメスは入っていてもおかしくないと思うけれど。」
千代「今日中は私たちで探します。明日になったら、学校側と相談してみましょう。」
生徒会長「ただの家出だといいのだが…何か手がかりはあるか?電子。」
電子「ええっ、何で私!!?」
生徒会長「さっきから静かだからだ。お前らしくもない。」
千代「そういえば、密売人と思わしき人を警察に突き出したあとも、一緒だったんですよね。」
電子「あぁ、最後にあいつを見たのは私だろうな。」
生徒会長「どんな様子だった?」
電子「どんなって…そりゃ…」
口元に手を当て、少しの間が開く。
電子「『失った物っを取り戻せるか?』って、聞いてきたんだ。」
千代「‼」
電子「私、なんの気も使わないで、あっさり『出来ない』って答えちゃったんだ。きっと、あいつはそれで傷ついたんだ…私のせいだ…私のせいだ…」
電子は泣き始めてしまった。
生徒会長「電子、それはお前のせいじゃない。」
電子「でもぉっ‼」
千代「セイラちゃんね、犯人をやっつけても自分には何も帰ってこないって言って、我慢してたんだ。」
電子「え…?」
千代「怒りのやり場も、悲しみのやり場もなく、父親に甘えられなくて、病んだ母親を世話していて、それでいてプロのアスリートになるためにプレッシャーにも耐えてたんだ。」
マリ「ウソ…それなのに私なんかの心配してくれてたの…?」
真姫「…ッ!!」
千代「これは誰のせいでもない。強いて言うなら、バイパスの狂気の犯人のせいなんだけどさ。今はそんなことどうだっていいんだよ。」
電子「そんな…こと…?」
千代は頷く。
千代「早くセイラちゃんを助けてあげなくちゃ。」

放課後、部室に陸上部+摩利華を集め、緊急会議を開いた。
それぞれ、授業をまともに受けなくてはならないことに悶々としていたため、やっと動けたことへの安心感と、時間がたちすぎてしまったことへの不安感があった。
摩利華「話は聴きましたわ。こちらの人間もいくらか差し出します?」
枷檻「うーん…こっちの部隊も積極的に出していきたいんだが、超能力が関与しているという実態がない以上、曖昧な指示しか与えられないしなぁ…」
地図を広げ、ああでもないこうでもないと、いたずらな会話をする。
マリ「人員が多く確保できるならローラー作戦はどうですか?人探しの常套手段ですよ。」
凶子「それは森などの地形で、ある程度捜索範囲が限られている場合に行うものよ。町規模のローラー作戦を、警察や自衛隊の関与無しに行うなんで無茶よ。」
みるく「突然、町を横一列になって歩いている人たちを見たらみんなびっくりなのね~」
摩利華「そうですわね。住民を不安にさせない配慮も必要ですわ。」
榎「美樹ちゃんの能力を使えばいいんじゃない?」
真姫「それがね~、みっきー今日お休みなんだ。家に電話しても留守電だし、病院じゃないかなぁ。」
枷檻「と、なると最後に頼りになるのはやはり千代か。」
桜倉「どうしてですか?」
摩利華「千代ちゃんの能力は、『隠者』という本質から形成された能力群なの。元々は時おり行使している"気配を消す能力"だけだったのだけれど、外的刺激によって強力なパワーと、それに伴う能力が覚醒されたのですわ。
しかし、その刺激は今は失われてしまって、破壊的なパワーは消滅し、覚醒した能力が残りかすとして今も残り続けているのですわ。」
電子「んーーと、よくわかんないけど、2つ能力を持ってるってことか。」
檀「1つの能力が2つの役割を果たすってこと。」
凶子「それで、その便利能力とは何なの?」
千代「"真実に辿り着く能力"です。」
榎「かっこいい…」
枷檻「そうは言っても、ただの探し物の能力だけどな。」
摩利華「千代ちゃんが知りたいとした真実は、何でも知ることがでますわ。たとえ、そこに行くまでにどんな犠牲を払うとしても、また、その結果が望まぬものだとしても…。」
マリ「変な含みで脅かさないでくださいよ~。」
摩利華「脅しなんかではありませんわッ!!」
普段、まったくの穏やかで、物腰の柔らかい摩利華が声を荒げたので、一年生組と三年生組は竦み上がってしまう。
摩利華「最悪の事態だってあり得ますのよ。その結果を知ることで、千代ちゃんの身に何かが起こることだって…」
千代「大丈夫だよ。そんなことはさせない。させないために、立ち向かうんだから。」
千代は地図に、区域ごとに赤ペンでグリッドを引く。
この町を四分割した形になった。
その四角の中に、名前書いて行く。
A.檀、真姫 B.電子、マリ C.榎、みるく D.桜倉、凶子
千代「これがチームわけ。私は町の外周をまわるから。枷檻ちゃんと摩利華ちゃんは、何か起きたときにフレキシブルに対応できるように待機してて。」
枷檻「ああ。」
摩利華「ええ。」
千代「何かヒントを獲次第、グループLINEで報告すること。いい?解散ッ!!」

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榎「先輩ってホントすごいよね~。三年生を差し置いて指揮してるし、あのパワフルなハートときたら、到底真似できないよ。」
榎とみるくが担当している仮定区分:C区域は比較的安全な場所だった。
お嬢様学校の白樺女子高校があるセレブ街で、大きめの一軒家が軒を連ねている勝ち組の棲みかなのである。
ここいらで有名なのは、オープンカフェ"みのむし"で、少し値のはるオリジナルブレンドのコーヒーが、うら若き令嬢(レディ)から年の功を武器にする淑女(マダム)にまで、幅広く大人気だ。
ランチセットならリーズナブルなので、庶民でも気軽に訪れることができる、客層にたいしても実に"オープン"なカフェだ。
日が沈みかけ、歩き疲れた二人は、その店へと立ち寄っていた。
みるく「榎ちゃんは先輩のこと好きなの?」
榎「うん。」
みるく「だいすき?」
榎「うん!!」
みるく「おっぱい大きい方が好き?」
榎「ぇあぁ、いや、そういう好きではないよ。先輩として尊敬していて、人として好感が持てるって意味。」
みるく「まぁ、わかってはいるの…」
その言葉っ切り、押し黙ってしまう。
部活で多く体力を使うために、歩き通しなんていうのは平気な部類になってきていたが、心の疲労はピークに達していた。
店員「お待たせいたしました、ハンバーグセットと、サンドウィッチセットになります。」
榎「は、はいッ!!?」
店員「お、おまちがいありませんか?」
榎「あ、はい。すみません…」
普段は楽しいはずの食事も、今の自分をリフレッシュさせてはくれなかった。
みるくも食が進まないのか、浅くサンドウィッチをかじっている。
榎「あのさ、私たち、ホントに先輩たちの力になれてるのかな。」
みるく「ん~…」
頭を抱えながら悩む二人のところへ、女性が一人寄ってきた。
女性「あの、相席していいですか。」
榎「どうぞ。お構い無く。」
女性「失礼します。」
女性は椅子のそばにトランクとイーゼルを置く。
榎「画家さんなんですか?」
女性「ええ。この辺りの景色を描いたり…ってそれどころじゃないの。今、人探しをしているのよ。えっと、私の弟なんだけど、その、えーと…」
榎「落ち着いてください。」
みるく「深呼吸するのね。」
女性「そ、そうね。」
女性は大きく深呼吸をする。
榎「それで、どんな人をお探しですか?」
女性「私の弟で、声は低くなくて、地味なカッコしてて、やせ形で、身長は私と拳ひとつ違うだけで、そんなに高くはないわ。」
みるく「いや、お姉さん自身、充分長身なのね…」
女性「そ、そうかしら。で、見たことは?」
榎「無いなぁ…」
女性「そう…ごめんなさいね。」
榎「いえいえ。こちらこそ力になれませんでした。私、やっぱり人の役に立つことが出来ないのかな…」
女性「私も自分について、よくそう思うことがあるわ。あわてんぼうで、要領が悪いって怒られるのよ…」
榎「似た者同士なのかもしれませんね。」
みるく「お姉さんお姉さん、あと、こっちも人探しをしているのね。」
女性「どんな…?」
榎「えっと…髪が群青(あお)くて…足が速くて…えと…」
女性「ごめんなさい、私も見なかったわ。」
二人はため息をつく。
女性「あ、そうだわ。似た者同士ついでにこれをあげるわ。」
女性はトランクからロケットペンダント(開閉するペンダントで、写真を入れておく小窓がついている)を取り出す。
普通は、人の写真を入れておくところ、小さな絵画が嵌め込まれていた。
夜のように暗い町並みが繊細に描かれている。
女性「これを見せれば、弟は私のことがわかるはずだから。」
榎「あー、なるほど。気になる人がいたら見せてみます。」
女性「ありがとね。」
みるく「あ、あの、連絡先を教えてくれれば、すぐに伝えられるのね。」
女性「ごめんなさい、実は、家に携帯電話を置いてきてしまって…」
みるく「では、泊まっているホテルでも…」
女性「公園の隅で野宿してるの。」
榎「えぇ…よく悪い男の人に襲われませんでしたね…」
女性「そうねぇ…画材ばかりだから、金目のものが無さそうだと思われたのかしら。」
榎「多分奇跡だと思うんですけど…」
女性「ふふふ、その奇跡で弟も見つけられればいいのだけど…」
女性は、こちらの手元をみて、不意にハッとした顔になる。
榎「どうしました?」
女性「いけないわ、このままだと冷やかしになってしまうわ。店員さーん‼」
二人は苦笑した。

千代はポケットの中のスマートフォンバイブレーションを察知する。
LINEに通知が来ていた。
檀『場所は解らないけど、スクーターの盗難があったみたい。ボランティアの人に聞いたんだけど。』
千代「盗んだバイクで…まさかね。」
千代は町の東端に位置する川原に来ていた。
昔はよく宝探しや冒険をしたこの川も、この年になって来てみれば、たいした距離もないものである。
川の水は一見きれいに見えるが、決して飲めたものではない。
立ち止まってよく覗いてみると川の底や浅瀬に、たくさんのゴミが沈んでいる。
中身を失った黒いゴミ袋、パンクした車のタイヤ、もう映らないブラウン管テレビ、割れたガラス瓶、ふやけたコンドームの箱、錆び付いた電球のソケット、片側だけのサンダル、破れたガスボンベ、パチンコ玉、崩れかけたアダルト雑誌、底の抜けたバケツ、レアリティの低い昔のトレカ…
その隙間を縫うように黒ずんだ鯉やブラックバスが泳いでいる。
昔は、ここにあるゴミすべてが興味の対象だったものだ。
ここにある不思議すべてが友達だったものだ。
ここには、滅多に人が来ないから、人と遊ぶことが出来なかった千代にとっては、絶好の遊び場だった。
千代「一人でふてくされるなら、ここが一番だと思ったんだけどな。」
あの頃の記憶に立ち返り、急に寂しさが込み上げてきた。
幼い頃の自分が、とても痛々しく映った。
ひとりぼっちで当然だった。
それが当たり前だったはずなのに、何故だろう、あの頃には二度と戻りたくなかった。
毎日ここに来て遊ぶ日々が、あんなに幸せと感じていたのに。
千代「昔なら、もう帰る時間だっけかな。」
川の水面が夕焼けでチラチラと輝いている。
その時千代は自分が泣いていることに初めて気付いた。
千代「ひとりぼっちって、本当はこういう気持ちなんだね。」
過去の自分に語りかけるように呟く。
千代「セイラちゃんもきっと、ひとりぼっちじゃ寂しいよね。」
千代はふたたび川沿いを歩き出す。
頬を伝い濡らしていた涙を拭いながら。

日は完全に落ちた。
今日はみんな探索を打ち切った方がいいのではないかというムードが流れた。
今夜帰らなかったら今度こそ警察へ。
そういう方向へ話が進んでいた。
千代が南団地辺りを歩いていると、変わった衣装を着ている女性を見つけた。
千代(ボランティアの人…か。)
ここ数年で爆発的に会員数を増やしたボランティア団体、『ディフェンダー』。
地域の慈善活動に触れたことのある人間なら、1度は耳にするであろう団体だ。
とは言うものの、千代もポスターで見たことがあるだけで、詳しいことは何も知らない。
ボランティアの人だし、悪い人では無いだろう、というだけの認識だった。
ディフェンダーの人「そこの君」
千代「私ですか?」
こちらの姿を見つけるなり、呼び止められる。
ディフェンダーの人「君しか居ないだろう。回りをみたまえよ。」
千代「そうですね。」
ディフェンダーの人「で、こんなところで何をしている。こんな時間、こんなところには何も無いぞ。川の方角から来たみたいだが、不法投棄か?」
千代「人聞きが悪いですね…それでも慈善団体ですか?」
ディフェンダーの人「はは、すまない。本気で疑ってなどいないんだ。ちょっと不審な動きをしないか見ただけだよ。」
千代「もしかして、『スクーターの盗難』の件ですか?」
ディフェンダーの人「む、君は何か知っているのか?」
千代「いえ、むしろそれについての情報が欲しいんですよね。」
ディフェンダーの人「被害者の知り合いか?」
千代「えーと、複雑な事情で…」
ディフェンダーの人「こっちだって遊びじゃあないんだ。ちゃんと話してくれ。」
千代が一連の件について話すと、ディフェンダーの人はただ頷いた。
ディフェンダーの人「その家出少女が犯人かも知れないと言うことか。」
千代「はい。」
ディフェンダーの人「ならば、探してもらわなくてはな。スクーターの盗難が起きたのは白樺女子高校の辺りだ。
…といっても、我々が昼に散々探したわけだから、とどまっていると言う希望は薄いがな。」
千代「ありがとうございます。」
ディフェンダーの人「いやいや、その女子もかわいそうではあるが、窃盗についてはしっかり謝罪して、司法に裁いてもらわなくてはならないからな。くれぐれも勘違いするんじゃないぞ。」
千代「わかってます。私からも、しっかり言っておきますから。」
ディフェンダーの人「気を付けてな。」

白樺女子高校は最凝町の外れに位置するが、千代が直感的に探りをいれたのは、そのまた外れの山道の入り口だった。
おそらく、人のいないところに行きたがるよな、と思ったのと、能力が機能しているのなら、こういうときの勘は信じるべきなのだ。
ガードレールを伝い、暗闇の道を進んで行く。山は寝静まり始め、うすら寒い風に木々の葉だけが鳴いていた。
千代は、マントを着ているお陰で、春風程度ならへっちゃらだった。
その黒き背中は、山道の暗闇を恐れることなく進む。
震えることも、弱音をはくこともなかった。
ただ、やり場のない孤独を埋めてあげたいと、たったそれだけの気持ちで進む。
千代「…………見つけた」
スクーターと共に横たわる少女が居た。
長らく横たわっていたのか、蟻やハエが好き勝手に体を這っている。
千代はそれをシッシと追い払う。
セイラ「先……………輩………………」
唇がわずかに動く。
しんと静まり返った山道の中では、そんな些細な声さえはっきりと聞こえる。
千代「…」
セイラ「…」
千代はセイラを抱き締めた。
強く強く抱き締めた。
疲弊しきったセイラの体にミシミシと痛みがほとばしるほど強く抱き締めた。
千代「このままいなくなっちゃうかと思った…」
セイラ「……すんません…」
千代「私、セイラちゃんが我慢してるのに気づいてあげられなかった…」
セイラ「……」
千代「でもッ‼居なくなったりしちゃダメでしょ‼何考えてんだ馬鹿‼」
セイラ「だって、わかんないよ、こわいよ。パパもママも…助けてよ…」
千代「だったらわかるでしょ…私たちだって、セイラちゃんが居なくなったりしたら、同じ気持ちになるんだよ…
私たちが突然居なくなっても、セイラちゃんは何も感じないの?」
セイラ「やだ……先輩……一緒に居て……」
千代「なら、一緒に居てあげるから、苦しかったら苦しいって言ってよ…友達でしょ?」
セイラ「でも、どうやって…なんて訊いたらいいか、わからないんだ…」
千代「苦しいって、苦しいって言えばいいんだよ。気がすむまで、ちゃんと言えるまで聞いてあげるから…」
セイラ「こわい…こわいよ…」
千代はセイラの頭の後ろを優しく撫でる。
千代「ゆっくりでいいよ。」
セイラ「パパ…ママ…」
千代「そう、辛いね、苦しいね。
でも、もう少し前へ。もう少し前へ…」
セイラ「早瀬川先輩が…失ったものは…取り戻せないって言った…」
千代「嫌だった?」
セイラ「ううん、無責任に出来るって答えたくなかったのかなって、思った…」
千代「じゃあ、それからどう思った?」
セイラ「失ったものは帰ってこないことくらい知ってたんだ‼本当は気づいてた‼でも‼だったらッ‼その穴はどうすればいいんだ‼痛いんだ‼寒いんだよ‼この気持ちを私はどうしたらいいんだよォーーーーーーッ!!」
千代「ちゃんと、言えたね。」
セイラ「うっ……んん…」
千代「じゃあ、答えなくっちゃあね…」
セイラ「教えてくれるの…?」
千代「ううん、客観的に好き勝手言うだけ。聞きたくないなら、嫌だっていって。」
セイラ「聞かせて…ください」
千代「そう。なら、言わせてもらうよ。
"過去で空いた穴は、未来で埋めるしかない"。
私は、そう思う。セイラちゃんのパパやママは、きっと、泣いてるセイラちゃんより、笑っているセイラちゃんの方が見たいはずだし、セイラちゃんだって、笑ってるパパやママの方が好きでしょ?なら、隣に突然パパが現れたときに、パパが一緒になって笑ってくれる生き方をしながら心を満たしていかなくちゃ、そんな人生は嘘なんだよ。
だから、前に進まなくちゃ。
みんなと一緒にいるのが幸せなら、居なくなったりしちゃダメ。
パパとママのことが大好きなら、泣かせるようなことしちゃダメ。
でも、もし辛くなって立ち止まりそうなったら、いつでも相談していいんだよ。
みんなだって、前に進むためにもがいているんだから、きっと希望をわけてくれる。
どうか、一人で暗闇に走って行くのだけは、もう二度としないで…‼」
セイラ「先輩…」
セイラの顔は、涙でずぶ濡れになっていた。
その体は、既に恐れや悲しみにこわばってはいなかった。
ただ、何かに安堵し、ゆったりと千代の両手に身を委ねていた。
千代「帰ろう」
セイラ「先輩……ッ!!」
今度はセイラの方から千代に抱きつき、胸に顔をうずめる。
千代はそんなセイラの頭を、なおも撫で続けた。
千代「みんなが待ってる」

まず、すぐに帰宅せずに、スクーターを持ち主のところに届けた。
枷檻と小鳥遊財閥の人間に大きくお世話になってしまった。
おじさん「あ、はい、確かに私の物で間違いありません。」
千代「この度は申し訳ありませんでした。ひとえにマネージャーである私の管理の不届きが招いたものです。」
おじさん「いや、いいんだ。こいつも、誰かに乗って貰えて、幸せだっただろうさ。」
千代「と、いいますと?」
おじさん「実はな、これは、亡くなった息子に買い与えたものなんだ。」
セイラ「すみません…そんな大事なものを…」
セイラは深々と頭を下げる。
トレードマークのツインテールがまだ咲いていないシロツメクサと戯れる。
おじさん「だから、そんなに怒っちゃいないって。顔を上げてくれないと、目をみて話せないじゃないか。」
セイラ「すみません…」
おじさん「このスクーターはね、息子が16才になるすこしまえに、早とちりで買ったんだよ。ツーリングがしたくてしょうがなくてね。でも、免許をとる前に、息子は死んだんだ。
"バイパスの狂気"に巻き込まれてね…。」
セイラ「‼」
おじさん「君の事情はボランティアの方から聞いたよ。とても辛かったそうじゃないか。そういうやるせなさがわかるから、全く憎めなくてね。なんなら、君に譲りたいんだ。息子の代わりに使ってくれないか?」
セイラ「そ、そんな…」
おじさん「あ、でも、ひとつだけ約束してほしいんだ。」
セイラ「何でしょうか…」
おじさん「こんどは、ちゃんと免許をとってから乗るんだよ。」
セイラ「…はいッ!!」
おじさん「それと、マネージャーのお姉さん、よかったらでいいんだが、私の代わりに、彼女とツーリングしてやってくれ。息子が喜ぶはずだから。」
千代「ええ、是非とも。」

5月12日(火曜日)

榎「お゛か゛え゛り゛ぃ゛ぃ゛い゛い゛い゛‼」
セイラ「悪かった、悪かったから放してくれ‼」
校門前で、榎に前から、真姫に後ろから抱きつかれてサンドウィッチにされてしまった。
真姫「もう放さないからね~」
セイラ「いやいや、放してくれないと困る」
桜倉「そのへんにしといてやれ。」
桜倉の手によって、無事引き剥がされる。
みるく「とにかく、無事で良かったの~」
桜倉「そうだな。」
マリ「まったく、余計な心配かけさせるんじゃないわよ‼」
セイラ「ごめん…」
凶子「容態はどう?」
セイラ「おかげさまで、なんの問題もないッス。」
檀「よかった~。」
電子「セイラッ」
セイラ「はいっ」
電子「一昨日は…ごめんな、デリカシーがなくて。」
セイラ「いえ、先輩のせいじゃないッスよ。」
凶子「電子がデリカシーのない発言をするのはいつものことだし。」
電子「なんだと~?」
檀「ふふふ、いつもの日常が帰ってきたわね。」
電子「あぁ、お、おう。」
凶子「さぁ、さっさと行かないと、みんな遅刻になっちゃうわよ。」

千代は相変わらず授業をまともに受けない。
千代(このプリント使い回しじゃん…)
前回の回答を写し取って、スマートフォンを取り出す。
延々と人事ゴシップを流して一喜一憂するワイドショーを、イヤホンを着けて見ている。
そこへ、真っ赤なテロップで、『緊急速報』という文字が流れる。
千代の眉がピクリと反応する。
ニュースキャスター「…ッ!!速報ですッ、速報が入りました。"マカアラシ"の延長と思われる少女の遺体が発見されたようです‼遺体は、"旋風高校一年、茅ヶ崎美樹さん"と見られていますが、頭部が見付かっておらず、DNA鑑定の…」
じっとしてなどいられなかった。
先生「藤原さん?」
千代は立ち上がり、教室を飛び出した。
先生「待ちなさい‼どうしたのですか‼藤原さん‼」

行きを切らせて現場に駆けつける。
現場は駅の少し東側だった。
マスコミや野次馬が回りを囲っていてとても鬱陶しい。
警官「みなさん、もう少し下がってください‼」
少女「お姉ちゃん‼お姉ちゃん‼」
警官「こらこら、入っちゃダメだってば。」
少女「みー姉ちゃん‼」
美樹の妹と思わしき少女が警官に腕を捕まれていた。
千代は能力を行使して、警官の横を素通りする。
最近、能力を行使している間は、カメラにも映らないことも出来るようになったので、マスコミを気にする必要もない。
千代は、鑑識に囲まれた遺体のもとへ行く。
報道通り頭部がなく、うつ伏せになって倒れていた。
断面はとてもきれいなもので、超能力だろうなと容易に推察させた。
ショックに胸がズキズキと痛むし、遺体を見慣れているわけではないので、吐き気もする。
だが、目をそらせないものがあった。
それを、千代はスマートフォンで撮影する。
超能力は、無能力者に見えないだけで、撮影できる。
美樹が、キャストを使って遺してくれた、超能力者にしか伝わらないダイイングメッセージを、しっかりと確保した。
『超能力を2つ以上保有している 気を付けろ』
撮影したとたん、そのメッセージは消えてしまった。
これで、"茅ヶ崎美樹"の"生"はすべて無くなったことになる。
千代「絶対に見つけてみせる…」
悲しみと悔しさと怒りで、強く拳を握りしめた。

─────────────

野鳥花「奴らの目的が、さらにわからなくなってきタ…」
 「今までは、書庫やコンピュータを狙っていたのに、何故?」
 「なんで頭だけもってったんだろ。」
 「私怨か?」
 「奴らとは関係なかったりするんじゃ…」
 「×××は見てなかったの?」
 「えー、私は×××先輩みたいに録画したり出来ないし、同時に2つ以上見れる訳じゃなくて、切り替えてるわけだし…」
野鳥花「クソ、あいつら、何をたくらんでいル…‼」
 「あ、そくほーですけど、前々から色々嗅ぎ回ってる人たち居たじゃないですか。
どうやら、奴らを追っているみたいですよ。」
野鳥花「利用価値はあるカ…」
 「で、野鳥花さんが大事にしてる娘も、その仲間みたいです。」
野鳥花「…やはりカ。それなら、やりようがありそうだナ。」
 「おや、野鳥花さん直々に?」
野鳥花「スカウトの時はいつもそうだろう。」
 「ここ最近、多忙ですね。」
野鳥花「まったくだ。いつもはヒーローごっこの相手してるだけでいいっていうのに。」
 「…いってらっしゃい」
野鳥花「うむ。」